僕がガンダムに乗り込んだのは、成り行きの部分が大きい。
隣人のフラウがザクの攻撃に巻き込まれたのを目の当たりにした。幸いにも大きな怪我はない、覚束ない足取りで逃げる彼女の背中を見送った後、僕はザクの攻撃で仰向けに倒れてしまったガンダムを睨み付ける。今日の朝までは平穏な日常だった、このコロニーで生活をする人達は戦争なんて縁のない毎日を過ごしていた。それを破壊したザクに怒りがある、その切っ掛けを持ち込んだ連邦軍にも苛立ちがあった。父親が人の命よりも、新兵器を優先した事も許せない。理由は分かる、でも納得ができなかった。
ただ翻弄されるばかりのちっぽけな自分に嫌気が差し、こんな理不尽な世界に少しでも反抗してやろうと思って駆け出したんだ。
僕がガンダムに乗り込んだ理由なんて、そんなもんだ。
ザクを二機も倒せたのは正直、出来過ぎだ。
ホワイトベースの艦長代理を務める偉そうな人、ブライト少尉の指示に従ってガンダムをホワイトベースのドックに格納する。
そこで僕の役目は終わりになるはずだった。でも、僕はまだガンダムのコックピットに座っている。ブライト少尉が言うには、人手不足なんだそうな。ホワイトベースを守るには、僕の力が必要らしい。正規パイロットは一人を残して、他はみんな死んでしまったから。
この艦には僕の知り合いも多く乗っている。
ブライト少尉が、そう言っていた。そんな事を言われてしまっては、やらない訳にはいかないじゃないか。不貞腐れそうになる想いを胸に秘めて、今はただ生き残る事を考える。頭では分かっている、これが最善なんだって事くらい。部屋の隅でガタガタと震えて祈るよりも、僕がガンダムに乗った方が生き残る可能性が高い。
今はまだ、それだけが、僕がガンダムに乗り続ける理由だ。
『アムロ君、搭乗しているな!?』
真っ暗なコックピットの中、通信が入る。偉そうな声だ。
「はい、搭乗していますよ」
『出撃だ! 遠くからビームライフルで援護してくれるだけで良い!』
「先に出た人は、どうなったんですか?」
『ユウ少尉が倒されるかも知れない! だから、君が助けるんだ!』
小さく溜息を零す。
軍人は僕達を守るのが仕事じゃないのか、民間人に守られて恥ずかしくないのか。
今更、文句を言っても仕方ないのは分かっている。
「やりますよ、やれば良いんでしょ」
『なんだ、その態度は! これは遊びじゃないんだぞ!?』
「分かってますよ、死ぬかも知れないって事くらい!」
さっき、僕はザクを2機も倒したんだ。次は僕が、ああなってもおかしくない。
『だったら──』
「そんな場所に、僕は、これから行くんですよ!?」
『────ッ!』
ブライト少尉が言葉を詰まらせる。
どうせ、僕以外には乗れる人間はいないんだ。と操縦桿を握り締めた。
僕が上手く乗りこなせるから、戦場に出なきゃいけないんだ。
『アムロ君、と言ったわね?』
ブライトの声がなくなって、代わりに女性の声が聞こえた。
「……誰ですか?」
『セイラよ、セイラ・マス。貴方と同じ民間人よ』
「大変ですね、お互い」
『ええ、大変ね。こんな事に巻き込まれたのも不運でしかないわ』
「こんなのは不運じゃないですよ」
サイド7までジオンの艦船を連れて来た連邦軍を遠回しに非難する。
通信画面から見る感じでは、分かってない人の方が多かったけどブライト少尉には伝わってしまったようだ。
セイラと名乗った女性にも伝わった気がする。
でも、彼女は僕に同調する事もなければ、顔色ひとつ変えなかった。
『人生なんて何時も唐突よ。当たり前の日常が突然、壊れたかと思えば、唐突で理不尽な別れもあるわ』
「……何が言いたいんです?」
『アムロ、貴方も男でしょ。連邦軍も公国軍も関係ない、男だから戦うのよ』
「それならセイラさんも男と変わったらどうなんですか?」
『今時は女だって戦うのよ。黙っていたら、全てを奪われてしまうって分かったから……』
だからあの子も、とセイラが遠い過去を悼むように呟く。
『アムロ、難しく考える事はないわ。ただ男を見せなさい』
僕は目を伏せて、大きく息を吸い込んだ。そして長く細く吐き捨てる。
「乗せられたからじゃないですよ」
瞼を開ける。ガンダムの姿勢を低くして、メインカメラ越しに前を見据えた。
整備士の人からカウントダウンの声が聞こえる。射出時のGは凄いから、顎を引けって言われていたな。
ゼロ、の言葉が聞こえると同時に急激な圧力が掛かった。
まるでシートに身体を打ち付けて、そのまま全身を押さえつけられているかのようだ。
頭の中がクラリとする中、無重力の海に機体ごと放り出された。
「ぐ……うぅっ、先ずは姿勢制御だ……!」
少し機体を動かせば、コンピューターが自動でAMBACとアポジモーターを用いて調整してくれる。
そして見た。赤色と橙色の軌跡が交錯する姿を、見ただけで分かる圧倒的な運動性、機動力。それを制御する操縦技術、手斧を持ったザクが切り込み、それを橙色のガンダムがビームサーベルで応戦する。相手を振り払うように横に薙いだビームサーベルの一撃を、赤いザクは身を翻して回避、そのままガンダムに蹴りを入れながら距離を取った。追撃しようとするガンダムを、左手に持ったザクマシンガンで押し返す。
形勢は、あの赤いザクが有利だ。僕はスコープを取り出し、ビームライフルを構える。
しかし早過ぎて上手く照準を付けられない。
「……ならッ!」
僕は標的を変える。僕と同じように戦闘に付いていけていない通常のザクが居た。
二機の戦いに介入する機会を窺っているザクに向けて、ビームライフルを撃ち込んだ。
命中する、瞬く間に爆発した。
よし、握り拳を作った時、大きな衝撃音と共に機体が揺れる。
「な、何が起きたんだ!?」
姿勢制御、スクリーンパネルを見た。金色のモビルスーツが眼前で手斧を振り落とす寸前だ。
「うわあああああっ!?」
咄嗟に左肩の武装であるショルダーマグナムで応戦しようと発射スイッチを押し込もうとした瞬間、パッとメインカメラから姿を消す。まるで射線から消えたようだった。分かっていても指は止まらず、ショルダーマグナムの弾はあらぬ方向へと飛んで行った。横から叩き付けるかのような攻撃、機体が大きく揺れる。今の攻撃はなんだ!? 手斧!? それとも打撃!? 蹴られた方向に機体を回転させるも、もうそこには目立つ金色のモビルスーツの姿はなかった。
「何処に……うわぁっ!!?」
頭上からマシンガンの弾が雨アラレと降り注ぐ。
嫌な予感がした。咄嗟にバックパックからビームサーベルを手に持って、頭上を振り払った。
手応えは、ない。躱されたようだ。
「正面ッ!?」
直感、頭上に向けていたメインカメラを真正面に落とした。するとスクリーンパネル一杯に映る金色のモビルスーツの姿、既に右手に握った手斧を横に振り被っている。
これは間に合わない。と思った時、メガ粒子砲が目の前を飲み込んでいった。粒子の残滓が残る中、金色のモビルスーツの姿は見当たらない。やっては、いない。遠く離れた距離で、金色のモビルスーツが全身からバチバチと火花を散らしている。
まだ一撃も当てていない。当たっていないのに、相手はダメージを負っていた。
……これは、どういう事なんだ?
横殴りのマシンガン掃射。赤いザクが、金色のモビルスーツの前に立ちはだかる。
暫し、睨みつけあった後で敵機二体は共に敵船へと帰っていった。
『アムロ君、よくやってくれた。すぐ帰投せよ』
ブライト少尉の声がする。
宇宙での初めての戦闘は、何も分からず、何もできないまま終わったようだ。
茫然としたまま、暫く頭を動かすことができなかった。
◆
出撃を決断したのは、妙な気配を感じた為だ。
自らの権限を以て、私はヅダ出撃の指示を出す。元から準備をさせていた事もあり、出撃までは三分程度。宇宙に飛び出した後、キャスバルと戦うオレンジの奴を見た。良い腕をしているが、キャスバルに匹敵する程ではない──と、なれば特殊能力だな。嫌な予感は彼女によるもの? いや、アレは二人乗り? やっぱり、一人? 命の鼓動はひとつしか感じないのに、意思は二人分? ……まあ良い、壊せば一緒だ。今はキャスバルの援護を──いや、あの木馬のような艦艇から一機の新たなモビルスーツが出撃する。
オレンジよりも、白。私が感じていた気配は、アッチの方だ!
「にぃに! 私は、アッチの白いのとやるよッ!」
『出撃したのか!?』
「不甲斐ないお兄ちゃんだけに任せてらんないからね!」
『ええい、お兄ちゃんなどと! この通信は公式記録に残るのだぞ!?』
モビルスーツの操縦技術でキャスバルが負けるものか、私とお父さんの次くらいに凄いんだ!
それなら、と睨みつけるのは連邦の白いモビルスーツ。私の直感が、あのパイロットを今すぐに殺せと訴えてくる。装備は右手にヒートホーク、左手にマシンガン。統合整備計画でヅダとザクは武装を共有している為、満足に弾数が残っている装備がコレしかない。
ヅダ自慢の推進力で連邦の白いヤツに突貫する。
「動きが素人だね! ……もしかすると候補生?」
未熟なまま戦場に出る方が悪いんだ、と容赦なくヒートホークを振り被った。
しかし間一髪の所で良い反応を見せてくるし、マシンガンの弾幕を浴びせても弾は装甲に弾かれるばかりだ。超硬スチール合金では、こうはいかない。もしかするとチタン・セラミック複合材よりも更に硬いんじゃないか。マシンガンは牽制以上の役には立たない。決着はヒートホーク、相手の隙を狙った渾身の一撃──貰った、と思った次の瞬間、殺気を感じ取った。
機体強度を無視した全力後退、つい先程まで自分が居た空間を巨大なメガ粒子砲が飲み込んだ。
「メガ……粒子砲!」
コックピットに警報が鳴り響いた。
こんな事は日常茶飯事。ヅダの機体性能をフル活用する為、予め壊し方は決めてある。
でも、これは非常事態だ。限界を少し超えた機動をしていた時に、思いっきり出力を上げてしまった。
結果、愛機のヅダは全身がイカれた上にオーバーヒート状態に陥っている。
今、攻め込まれるのは拙い。
その時、マシンガンによる弾幕が私と白いヤツの間に撃ち込まれた。
『ゼロ少佐、大丈夫か!?』
「にぃに!? あ、えっと、エンジンがオーバーヒートした! しばらく出力上がんない!」
『クソッ! 離脱する!』
「マニピュレーターは、まだ動くから背中から支えて!」
キャスバルに背中から構えて貰いながら銃口を連邦の白いヤツに向ける。
でも相手も追跡する気はないようだ。橙色のモビルスーツと合流した後、木馬の強襲揚陸艦へと帰っていった。
戦場に渦巻いていた殺気が霧散したのを確認し、私は安堵に胸を撫で下ろす。
「死んじゃうかと思った〜!」
『もう少し自重しろ! お前の身に何かあれば、私はどうなる!?』
「火力が全然、足りなかったよね」
『お前は……まあ、マシンガンでは、どうにもならんな。オレンジのパイロットも勘が良い』
ドズルに物資の補充も頼まないとな、とシャアが気落ちした声で告げる。
損害はザクが6機。私とキャスバルの二人が居て、これだ。
嗚呼、久しぶりに負けたって感じがする。