ペガサス級強襲揚陸艦ホワイトベースが太平洋の空を翔ける。
マチルダ中尉が持って来てくれた補給物資のおかげで幾分か余裕ができた。公国軍が開発した水陸両用モビルスーツの脅威によって占領されてしまった太平洋諸島の拠点群、これをまるっと無視することでまだ完全には公国軍の手に落ちていないアジア方面まで補給なしでひとっ飛びする手筈だと話に聞いている。
ガンダム試作機2号は、まもなく修理が終わるようだ。
僕はもうユウ少尉が乗っていた試作機1号を引き継ぐつもりなので、性能の良い試作機2号は適当な誰かが使えば良いと考えている。……BBを他の誰かの手に渡したくないというのが本音だ。今日も今日とて、先日のグフ派生型との戦闘データを分析し、検証する為にコックピットのシートに腰を下ろしている。僕はもっと強くならなきゃいけない。幼馴染のフラウが持たせてくれたサンドイッチを片手に頬張り、あの幼い少女に勝つ為の努力を積み重ねる。ユウ少尉なら勝てたかもしれない、ユウ少尉と二人なら彼女を無力化する事もできたかもしれない。そんな思いを拭い取る為にも、コンソールに次から次に新しい数値を入力していった。
今、ホワイトベースの皆を守れるのは自分だけという自負がある。
でも、今は、そんな事よりも、ユウ少尉が戻って来た時に試作機1号を彼に渡したくなかった。
僕が一番、ガンダムを上手く使えるんだ。
そんなことを口にすることができるようになれば、きっとガンダム試作機1号は僕に預けられる。
『……あの、少しよろしいでしょうか?』
「クソッ! あの子の強さをプログラム上で表現できる訳がないんだ!」
『アムロ、話を聞いてください』
機械音声なのに語調を強めたのが分かる声に、思考を止めて耳を傾ける。
「……なんだよ?」
『サンドイッチを食べた手で触れないで貰えませんか?』
迷惑です。という機械らしかぬ声に少し気が抜けるのを感じた。
平謝りをした後で指紋の付いたディスプレイをおしぼりで拭き取ろうとした。
しかし『駄目です』と触れる寸での所で止められる。
『そのおしぼりにはアルコールが含まれています。ディスプレイ用ではありませんよね? コーティングが剥がれてしまったらどうするつもりなのですか? それにちゃんと傷付かない専用の布で拭いていただかないと……貴方には機械の扱いがなっていません』
「えっと?」
『機械オタクなのに機械の気持ちも分からないなんて、それで趣味が機械弄りだなんてよく言えたものですね。緊急的な処置と、これまでは我慢して来ました。しかし、これから先も私の相棒で在り続けるのであれば、その辺りからしっかりと学び直して頂かないと困ります』
何時もと違った怒気混じりの声に困惑しつつも「ごめん」と謝る他になかった。
『ユウも私の扱いが乱暴でした。いいえ、気遣っているのは分かっています。しかし性根の部分で乱雑な男である為、ささやかな心遣いというものができませんでした。何度、ディスプレイが傷付くといっても硬い布地で拭いてくるので……』
延々と愚痴を零し始めたBBを目の前に、僕は苦笑する。
「アムロ、またこんな場所で引き籠って!」
開けっ放しにしたハッチの外からフラウが膨れっ面を覗かせた。
僕は苦笑して「ちゃんと食べたよ」とサンドイッチの入っていた空箱を手渡す。
フラウは相変わらず、不満そうにしてたけど受け取ってくれた。
「偶には食堂にも顔を出してよね。ユウ少尉が抜けてからまた不満が溜まって来てるのよ」
「……僕が行ったところで変わらないだろう?」
「そうかしら? 少なくとも私はアムロの事を頼りにしてるわよ」
そんな事を口にする彼女の顔は、何処か誇らしげに見えた。
「それとブライト達が言っていたのだけど、ホワイトベースは日本に行くみたいよ」
「日本だって? あそこはまだ公国軍に占領されていなかったのか?」
「救援信号が出たみたいよ。とりあえず様子だけ見に行くって事になったみたい」
「僕達だって明日を生きられるのか分からないってのに、随分と余裕だな」
「もう、そんな事を言わないでよ」
ちゃんと外にも出て来てよね。とフラウは最後に言い残して立ち去った。
それにしても日本、次は日本なのかあ……
『良い友人ですね』
「そうかな?」
『恋人ですか?』
問われた後、少し考えた後でシートに座り直した。
「違うよ」
『そうですか』
「そんなことよりも」
と先程まで打ち込んでいた戦闘シミュレーションプログラムを閉じて、両手をパンパンと叩いた。今の僕には戦闘よりもやるべきことがある。
「僕に、君の手入れの仕方を教えてくれないか?」
『了解しました。戦闘も暫くないようなのでひと通り、実行してみましょう』
硬い口調、しかし声色は少し柔らかくなった気がした。
北米大陸を抜けた太平洋の青空、のどかな時間が緩やかに進んでいる。
水平線の果てに見える暗雲を見て見ぬふりをして、今は束の間の安寧を享受する。
何時かまた必ず来る戦いの時の為に。
◆
嘗て、私が住んでいた一戸建ての家には地下室があった。
これは核兵器を過剰に恐れた前の住民が作ったシェルターであり、物置代わりに使っていたものだ。私はこの少し窮屈な空間がまるで秘密基地のようで大好きになって、両親には内緒でその一角を私専用のスペースに改造した。空からコロニーが落ちてきた日も、なんとなく予感みたいなものがあって、怖くなった私は仮病を使って家に引き籠り、何時ものように仕事に出かける両親を見送った後は地下室でずっと布団に包まっていた。
何時しか眠ってしまった後、強い振動が世界を揺るがした。棚に乗せられていた物資の数々が空から落ちてきたから、布団で頭まで隠して身を守り、身体の上に落ちて来る物資の数々に震えながら耐え続けた。漸く、揺れが収まって、真っ暗になった地下室から手探りで外に出る。
分厚い蓋を開ける。外は家の中ではなかった、外は外だった。空が見えた、家はなくなっていた。昨日まで綺麗に並んでいた家屋は軒並み崩壊しており、街は街じゃなくなっていた。そして三日三晩待っても親は帰ってこなかった。
まだ十二歳を超えた程度、そんな私が暴漢に出会わず、連邦軍を名乗る人に保護されたのは運もある。
だけど、決して偶然じゃない。
私は他人の感情を感じ取ることができた。特に悪意に対しては敏感であり、幼少期の頃、気に食わないと殴られてからは逃げるように距離を取って生きて来た。なので自分に危害を加えない人間を探し当て、少しでも悪意を感じられる人間から極端に距離を取り、最終的には連邦軍と名乗る誰かに保護を受ける。
まあ当人に悪気はなくても流れで拉致を受けてしまう事はあるようで、程なくして、私は日本諸島のムラサメ研究所に送り届けられた。保護されて此処に来るまでも色んな感情に晒されてきた私は直接、私に危害を加えようとしないだけ上等かと思って、大人しく彼らの研究に付き合うことを決める。
日に一人、酷い時は二、三人。研究所内にある声が消える。
見て見ぬふりをする。あのコロニーが落ちた時はもっと酷かった、そしてコロニーが落ちた後も其処彼処で魂が消えるのを感じ取る。乾パンを巡って殺し、殺される現場を遠くから感じていた事もあった。空が落ちたあの日から、なんだか人の感情が少し煩くなった。そんな経験をしてきた事もあってか。顔も名前も知らない相手が何処でどんな風に死のうとも気にならなくなってしまった。
大事なのは自分が生き残る事。でも、やっぱり寂しかったので、思念で呼びかける。
此処はニュータイプ能力の研究所。私が他人の意識を読み取れるのだから、他人が私の思念を読み取れても良い。そう考えての行為だった。終ぞ、私の声に応えてくれる相手はいなかったけど。
私の名前はカチュア・リィス、それが親から貰った私の名前だ。
研究所の残骸、目の前には漆黒の機体。
私が乗るのは純白の機体、シートに座るのはセカンドと呼ばれる癖の強い茶髪の少女。
私は彼女の事を知っている。
声の強い子は、なんとなしに印象に残っている。
その内の一人が彼女であり、もう一人は漆黒の機体を操るパイロットだ。
どちらも一、二を争う強い力を持っていた。
「ふぅ……ふぅ……」
操縦桿を握る、彼女の手は震えていた。
実戦は初めてなのかも知れない。だから私は彼女を勇気付ける為に上から包み込むように彼女の手に触れる。周囲が燃え盛る中、次から次に尽き果てる声を感じ取りながらも彼女を勇気づける為に力強く握る。大きく深呼吸をする、直に触れているから私の思念も感じ取れるはずだ。研究者がニュータイプ能力と名付けた、この力は共振させることができる。共振させて、共鳴する事により、より効果を増大させる事ができた。
そうすることで極限まで高められた能力は、ちょっとした未来の可能性すらも見通すことができる。
これは保身の為、研究者にも隠していた力だ。
だって明かした場合、ナニカされちゃう系の可能性が見えちゃったんだもん!
「今から私が多元宇宙の可能性を見せてあげる。どの可能性を掴み取るかは貴女に任せる!」
「えっ……えっ? 刻……? 刻が見える……っ!」
「私の力は今、分岐した未来の可能性を見るのに精いっぱいだから……!」
託すよ、貴女に! その言葉と共に彼女が自らの意思で力強く操縦桿を握り締めた。
『セカンド! お前が俺に勝てた事はなかったなっ!』
ヒートナイフを片手に迫る相手の猛攻を、
彼女はヒートレイピアで受け止めるまでもなく、身を反らす。身体を捻りながら半歩後退するといった必要最低限の動作で避け切った。跳躍し、大きく間合いを取った時、彼女は大きな疲弊と共に息を吐き出した。
でも、よし、これなら行ける。彼女の操縦技術もピカイチだ。
「波長の相性も良い……私達なら天下だって取れちゃうかも!」
予想以上の成果に私自身のテンションも最高潮に達していた。