ペガサス級強襲揚陸艦には、パイロット訓練用の戦闘シミュレーターが配備されている。
鹵獲したザクⅡは勿論、V作戦に関わる多くのモビルスーツの情報が記録されており、高度な物理エンジンによって現実と大差ない環境でパイロットの戦闘訓練を行える優れものだ。勿論、現実との差異はある。しかし純粋にパイロットの技量だけを推し量るのであれば、充分な代物であった。
そして今、シス・ミットヴィルを相手に打ちのめされたカイ・シデンとハヤト・コバヤシが項垂れている。
最初は1対1での戦いだった。幾度と死線を乗り越えて来たカイとハヤトは少なからず自分の腕に自信を持っていた。それを数分で打ち砕いた後、カチュアの提案で1対2となり、それでも勝負にもならなかったのだ。種はある。対戦は横並びに座って行われていた。度重なる強化手術により、少なからずニュータイプ能力の片鱗を持っていたカチュアは横目で二人の思念を読み取りながら対戦をしていたのである。
三人の対戦の一部始終を見ていたアムロは、カチュアの戦い方にあの少女の事を思い出す。
「僕もやらせてくれ」
放心状態のカイに代わって、アムロがシートに腰を下ろす。
シスは最初、彼を興味なさげに一瞥した。しかし彼女の隣に立っていたカチュアがシスの肩を叩いて耳打ちする。
「彼、私と一緒だよ」その言葉にシスは気合を入れ直した。
此処で負けると研究所送り。がけっぷちの危機感を抱いていた彼女は、全力を以てアムロに挑んだ。
その気迫に押されたアムロは終始、苦戦を強いられる事になった。
「……そこッ!」
シスが使っていたのは、戦闘シミュレーターで扱い慣れていたジムである。
彼女はビームスプレーガンで広範囲を攻撃した後、盾でやり過ごしたアムロにビームサーベルによる突きの一撃を見舞った。アムロは、その攻撃を読んでいた。しかし先程も感じた実戦さながらの気迫を受けて、思わず手を止める。シスによる思念だけならば手を止めるまではいかなかったかも知れない。だが、彼女の隣に立つカチュアからの攻撃的なプレッシャーに驚き、一瞬だけ手を止めてしまったのだ。
気付いた時には、もう遅かった。
致命的な一撃を受けたアムロのガンダムは撃破判定を受けて、モニターに敗北の文字が表示される。
リュウを始めとしたパイロットが二人の戦いに感嘆する中、アムロはシスを見た。シスは咎めるようにカチュアを見つめており、カチュアは誤魔化すように笑っている。赤髪の少女は自分の方を見ると悪戯っ子がするようにウインクをしてみせた。別に絆されたつもりはない、ただ彼女達にも何かしらの事情があることは分かった。
「アムロちゃ~ん?」とカイが嬉しそうに絡んできたのを見て、溜息を零す。
「これじゃあホワイトベース隊のエースの地位も返上かな~?」
「そんなもの、気にしてません。それに訓練と実戦は違いますよ」
「あらあら負け惜しみ言っちゃって~」
「カイさん、もう良いですか?」
カイを振り払って戦闘シミュレーターから席を外す。
今度はシスの代わりにカチュアが座る。カチュアはシスとは違って、モビルスーツの操縦技術は大した事がなさそうだ。しかし攻撃が当たらない。操縦技術の差で追い込まれる事があっても遠距離からの狙撃は、回避するか確実に防御をしている。その結果として泥仕合が頻発し、最終的に勝利を拾っても、カイとハヤトはへとへとに疲れ切ってしまっていた。
「アムロ」とアムロと同じく対戦を見ていたブライトが問い掛ける。
「……二人は、どうだった?」
「そんな曖昧な言い方では、なんと答えたら良いのか分かりませんよ」
でも、とアムロは素っ気なく続ける。
「シスって子の方は強いですよ」
「……手加減した訳じゃないんだな?」
「手を抜いたつもりはありません」
「カチュアの方は?」
「さあ? でも、守るだけなら僕よりも上手いかも知れませんね」
「……そうか」
ブライトは重い顔で考え込む仕草を見せると部屋を後にした。
それを見て、僕は首を傾げた後、カイとハヤトに呼ばれてカチュアの相手をさせられる。
勝つには勝った。しかし、随分と時間をかけさせられてしまった。
◆
艦長席に腰を下ろした俺は全体重を背もたれに委ねる。
太平洋を一気に横断したホワイトベースは今、物資を補給する為に日本の広島に当たる位置へ向かわせている。残念だが、此処にはホワイトベースを始めとした大型艦艇を収容できるだけの設備はない。食料を始めとした物資を買い込んだ後、そのままアジア大陸を横断する手筈となっている。アジア大陸を横断するのは今、公国軍の戦力が南東アジアに集められている為だ。自分には欧州のベルファスト基地まで、この艦とガンダムを届ける責務がある。激戦区を避けて、敵の包囲網を掻い潜ってベルファスト基地まで向かわなくてはならない。
また北米の時のように敵の支配域を掻い潜らなければならない。と思えば、胃が痛くなる。
「そういえば、アムロから外出要請が出てるわよ」
ミライの言葉に「アムロが?」と思わず問い返した。
「停泊予定地の近くに故郷があるみたいなのよ」
「……それを俺に認めろというのか?」
「認めてあげたら? あんな事があった後だもの。誰だって、故郷は心配なのよ」
「しかし、奴だけ認める訳には……」
「これから先も戦わせるつもりなら、できるだけ蟠りはなくしておいた方が良いわ」
コア・ファイターなら大した時間も掛からないわ。という言葉に少し考え込んだ。
カイとハヤトは地球に家がないはずだ。リュウ曹長とジョブ伍長も出撃できる。
……そして新しい戦力も得られた。
大きく息を吸い込んで、そして吐き捨てた。
思う所はある。しかし自分の今、やるべき事を考える。
最優先は、アムロのメンタルケアだ。
ユウ少尉が居なくなった今、この艦の命運がアムロに掛かっている事なんて誰にでも分かる事だ。
「コア・ファイターは駄目だ、相手に自分達が此処にいると知らせるようなものだ」
車を出してやれ。と唸るように呟けば、ミライが笑顔を見せる。
こういう時にユウ少尉が居れば、規律を引き締める事もできるのだがな。
今更ながら失った彼の存在感を痛感する。
分かっていた事だ。
しかし生活態度からして規律を体現した彼の存在は余りにも大きかった。
今はリュウ曹長に頼るしかない。
だが、彼は彼で人情派なのが難しい所だ。
◆
屋根のないオープンな荷台付きのジープを走らせる。
久しぶりに見る故郷の光景に胸を躍らせて、数年ぶりの再会となる母親との思い出に想いを馳せる。そんな感じに気が逸っていたので、荷台に誰かが入っているなんて想像もしていなかった。
幾度かの空襲、ひび割れた道路に車体が小さく飛んだ。
着地した時に「きゃっ」と少女の悲鳴が上がる。最初は気のせいかと思った。しかし、気になって二度、三度と車体を跳ねさせてみれば、何度も少女の声が聞こえてくるのだ。そこで車を止めて、荷台を覗いてみると二人の幼い少女が抱き合った状態で身を隠していた。
カチュアとシスである、シスがカチュアを守るように覆い被さっている。
「いたた……運転が乱暴すぎない?」
罰が悪そうに視線を逸らすシスとは打って変わり、悪びれる様子もないカチュア。
程なくして通信機から呼び出しが掛かる。少し二人を睨み付けた後、受話器を取った。
『アムロ、そっちに例の少女が乗り込んでないか!?』
ブライトの大きな声に耳から受話器を離した。落ち着いたのを確認し、ゆっくりと受話器を耳に戻す。
「……居ますよ。荷台にいるのを今さっき確認したところです」
『ええい、やっぱりか! これだから子供というものは……アムロ、今すぐに戻るんだ!』
「ええ!? 嫌ですよ! 僕の休暇はどうなるんですか!?」
『そんな事を言っている場合か! その辺りには敵が来るかも知れないんだぞ!?』
ブライトの尤もな言葉に僕は押し黙る他なかった。
しかし、背後からカチュアに受話器を奪い取られる。
「私達なら大丈夫だって」
『大丈夫とはなんだ!? 保護されるつもりがあるのならもっと大人しくしてくれないと困る!』
「シスは全身を強化されているから並の大人よりも強いんだよ?」
『強化手術とは、そんなことまで……いや、それでも確実じゃないだろ!?』
「そして私の力があれば、相手の悪意を感じ取れるから不意打ちを受ける事もないからね」
『そのような確証のないものに信頼を置く訳にはいかん!』
「ちゃんとアムロを見張ってるし、連れ戻すからね」
そういって彼女は通信を切った。二人で助手席に座り、少し窮屈そうにシートベルトを付ける。
「良いのかい?」
「良いの、良いの。私達の力も早めに見せておかないといけないと思うし」
「ちゃんと銃も持ってきた」
シスが慣れた手付きで銃を分解し、そしてまた組み立て直す。
その二十秒と掛からない早業に、息を飲んだ。
「ちゃんと守ってあげるからね、お兄ちゃん」
「……頼もしいな」
僕はハンドルを握り直して、目的の場所まで車を走らせる。
やっぱり母親には一度、顔を合わせておきたかった。
◆
モビルスーツ格納庫、セイラ・マスは新しく入った純白のモビルスーツを見上げる。
先ず目に付いたのは両肩に装備された射撃武器と放熱板であり、頭部の数多あるアンテナはまるで王冠のようなシルエットをしていた。ホワイトライダーと呼称された機体は、その見た目からしてジオン公国の系列にない機体だという事が知れる。特別な能力に特別な機体、そこから連想されるのは一人の少女。幼い時に生き別れとなり、ルナツーで再開した黄色に近い金色の髪をした少女であった。
ニュータイプ能力。相手の思考や感情を読み取る能力は、正にカナリアが持っていた能力と酷似していた。
まあホワイトライダーを見たからと言って、何か分かる訳でもない。
通りがかりにユウ少尉とアムロが乗っていた青いガンダムの方へと歩み寄り、開けっ放しのコックピットに腰を置いた。アムロが時折、口にするBBという呼称。整備士に話を聞いてみても知る者はおらず、名前も該当する者が居なかった。何かのコードネームなのか、単なるあだ名なのかも分からないまま、他に解決すべき事があると放置され続けている問題である。
喉に骨が引っかかったようなもどかしい感覚に、他のモビルスーツにはない手元の小型モニターに手を触れる。
すると簡単に起動した。
明るくなる画面に“BlueBird-SYSTEM”という文字が浮かび上がった。そして頭文字のBBという文字が抜き出されて、この二文字が画面上に大きく表示される。
『おはようございます。システム名に不満の声が大きかった為、名称を変えてみました。如何ですか?』
その声を聴いた私は思わず、声を荒げる。
「カナリア!?」
『……何処でその名称をお知りになられましたか?』
BBの正体を知るまで、間もなくの事。
連邦軍で行われていた非人道的な研究の事もあり、BBから得た情報によってジオン公国に残してしまったカナリアに最悪の出来事があったことを推測する。どうしてあの時、私は無理にでもカナリアを連れ出さなかったのだろうか。私はジオン公国に対して、これまで以上の強い憎しみを抱くことになった。
彼女をジオン公国の魔の手から解放してやらなければならない。
カチュア「精神操作的な事もやってたよ」
シス「現実と妄想の区別がつかなくなっている子もいました」
カチュア「もう死んじゃった人を他の人に当てはめちゃったりとかね~」
シス「それを利用して被験者を上手く扱うことも……」
セイラ「おのれジオン!」
カナリア「くそぉ! なんて私って可哀想な奴なんだ!」
シャア「おのれザビ家め! 可愛い妹から兄を奪うなど!」