出撃した直後、僕は先ずセイラに通信を入れる。
「セイラさん、大丈夫ですか?」
『アムロなの!?』
「後退してください。今、そちらに駆けつけます」
『あと少しなの!』
「深追いし過ぎなんですよ! 力押しじゃ駄目なんです、力だけじゃあ……」
通信が切られる。舌打ちを零し、少しでも早く辿り着けるようにスラスターを吹かして荒野を先行する。
試作機1号にはBBが入っているから大丈夫だと思う。でも、あの調子でBBのいう事を聞いてくれるのかな。
最悪、BBが操縦系統を奪って自分で操縦するはずだ。
BBがやりたがらないだけで何時でもシステムを乗っ取ることはできるのだ。
「まあ今がもう乗っ取ってるようなものだけども……!」
兎にも角にも急がなくてはならない。
深追いし過ぎて、僚機のガンキャノンとも距離が離れつつあるようだ。
頼むから無茶だけはしないでくれよ、と速度を上げる。
『おいおい、これじゃあガンタンクの出番はないねえ!』
カイの言葉に「仕方ないじゃないですか!」と返す。
今回の件は僕じゃなくてセイラにある。それでも突出されては困ります、とホワイトライダーから通信が入った。
シスだ、シス・ミットヴィル。結構な速度を出しているのに、それなりに付いて来ている。
機体の性能差もあって、徐々に離されつつあるけど。
『せめて、私が援護できる距離を保ってください』
「それは戦果が欲しいからかい?」
『それもあります。でも、落ち着いてください。急ぎ過ぎです』
急いで何が悪い。と思う気持ちはあったけど、彼女の言いたい事もわかった。
確かに今の僕は冷静ではない。勝手にBBを持ち出された事には怒りがある。
だけど、しかし、それでも、やはり、冷静になるのは必要な事だ。
「ごめん」
『構いません』
大きく息を吐き出し、少しだけ速度を緩める。
それでもかなりの速度は出ているし、それに追いつけるシスの腕前も良い。
だけど前に出て戦うのは僕の役目だ。
自分よりも若くて未熟な奴を、自分よりも前に出せるものか!
◆
爆撃に晒されて思うように前へ進めない。
性能は自分の方が上のはずなのに逃げる敵機に追いつけなかった。かといって有視界戦闘の射撃武器では、爆撃による砂煙が邪魔で無駄弾を撃つばかりだ。正確に照準を定めることもできず、補正有りでもまるで当てる事ができなかった。あと少しが届かない。『一度、退きましょう。ガンキャノンの射程範囲内で戦うべきです』というBBの言葉も振り切って、更に奥へと踏み込んだ。
心なしか、敵の攻撃が激しくなってきたような気がする。
『その先は……ッ! 盾を構えてください!』
「えっ?」
入り込んだ廃墟化した街中、建物の影に配備された左右3輌ずつのマゼラ突撃砲。
左右からの砲撃に揺れるコックピット、思わず操縦桿から手を離してしまった。メインモニターには真正面からバズーカを構えるザクⅡの姿があり、その引き金に指が掛けられるのを見た時には死を直感する。もう駄目だ、と目を塞いだ時、再び大きく機体が揺らされた。そのままスラスターを吹かす音がして、転進して駆け出す振動がシートを揺らす。
何が起きているのか分からない、まだ敵からの攻撃は続いている。
『勝手ながら自動操縦に切り替えました。』
「そんなことも……」
『戦闘は得意ではありません、撤退します』
「でも、あのモビルスーツを叩かないとホワイトベースが……」
『大丈夫です』
背を向けて逃げている。
レーダーに背後から切り込んでくるモビルスーツの姿が映った。
危ない、と声を上げようとした時、メインモニターの横をメガビームの一撃が掠める。
旧ザクの反応が消えた。
まだザクⅡの反応が残っている。
しかし、それは側面に回り込んでいたガンダムのビームライフルによって撃ち抜かれた。
ホワイトライダーは、そのまま足を止めずにガトリング片手に街中へと切り込んだ。
先程、街中に潜んでいたマゼラ突撃砲の掃討にかかっていた。
「……助かったの、かしら?」
敵機の反応がなくなったのを確認し、小さく息を零す。
暫くすると後方からホワイトベースが来て、程なく帰還命令が下された。
やっぱり、私ではカナリアのように上手くいかないようだ。
◆
「こんなものを頂いたよ」
ペガサス級強襲揚陸艦ホワイトベースにて。
緊急的に発進した本艦は出撃させていたモビルスーツを回収した後、そのまま中央アジア方面に向かって移動する。そんな折、物資の調達を任せていた整備員の一人、オムル・ハング兵曹長が持ち場を離れて艦橋まで足を踏み入れた。その際に先の発言と共に手渡してくれたのがメモリースティックである。
中身は暗号化された文書であり、オペレーターの一人に解析を頼んだ。
その待っている時間に予め、呼び出しておいたモビルスーツパイロットが艦橋に足を踏み入れた。リュウ曹長、ジョブ伍長。アムロ、カイ、ハヤト、セイラ……そして、シス・ミットヴィルとカチュア・リィス。まだパイロットスーツを着込んでいた幼い彼女はヘルメットを脇に抱えたまま右手で敬礼する。
子供用のパイロットスーツは、此処に来る時に彼女が着ていたものだ。
「戦果報告、モビルスーツが1機。突撃砲が5輌」
ちゃんと記録に残しておいてください。と幼いパイロットが少しどやっとした顔で伝える。
俺は頭を抱える。艦橋にいる半分が憐憫の目でシスを見つめており、残り半分が気の毒そうに俺を見ていた。パオロ艦長なら、こんな時、どうしていただろうか。まだ人脈もない俺では、保護する事すら儘ならない。
此処に呼んだのには、理由がある。先ずは、やるべきをやらなくては。
暗雲が漂う先の話に胃を痛めるのは、やることやった後で良い。
「シス・ミットヴィル、勝手に出撃するな。二度目はない」
先ずは規律を引き締める為、咎める一言を伝える。
「だが、よくやってくれた。アムロもな」
規律は大切な事だ、艦内を引き締める為に嫌われ役を担うのも構わない。
しかし今はアムロを始めとした民間組を精神面でフォローしてくれたユウ少尉が居なかった。
だから一言だけ、優しい言葉を掛けた。慣れない事をしている自覚はある。
「セイラは、やはりまだ早かったようだな」
「……はい」
「今回は偶然、助かっただけに過ぎない。今日は一晩、営倉に籠っているんだ」
途中でアムロの制止する声も聞かず、通信まで切ったのは頂けない。
また同じことを繰り返さない為にも罰は付ける。
大人しく受け入れたのを確認し、そして艦橋まで全員を呼び出した理由を口にした。
「今回の補給中にガンダム試作機2号の修理が終わった」
使える戦力を余らせている余裕は今のホワイトベース隊にはない。
ただ誰を乗せても何かしらの蟠りが起きそうな問題、誰だって性能の良い機体に乗りたいはずだ。それだけで生存率が上がる。しかし突出して戦果を上げているのはアムロだけな現状、誰にでも可能性がある状態なのが問題であった。
まあ候補に上がるのはカイとジョブ伍長の二人。ガンダムを使う以上、どうしても接近戦が発生する。
危険な任務には軍人であるジョブ伍長、しかしモビルスーツの操縦センスが高いのはカイの方だ。ただカイはカイでガンキャノンに乗り続けた結果、接近戦の経験がないのがネックだった。リュウ曹長は戦闘機の方が適正が高く、ハヤトもまたガンキャノンを始めとした二足歩行の機体を苦手としている。
心情的にはジョブ伍長に乗せたい。しかし、艦全体の事を考えれば、カイを乗せるのが妥当だ。
だが、カイを乗せてしまっては、盾役が民間人の二人になる。
「私が、乗ります」
この話を始めた時、シスが手を挙げる。
迷っていた。だが結論は出ていた。カイを乗せるしかないと思っていた。
だがシスが話に割って来たことで想定していた流れから外れる。
「……君には、ホワイトライダーがあるじゃないか」
「それは、他の方に。私には、扱いにくいので」
そう言うと彼女は視線を横に向ける。
彼女が見つめる先に居たのはカイだ。
「ホワイトライダーは本来、支援用。カイに、ピッタリ」
「おいおい、あれってワンオフの貴重な機体なんだろ? 俺で良いのかよ」
「命あっての物種」
パイロット達の間で勝手に話がまとまりそうな中、俺は思わず頭を掻いて、流れを引き留める為に口を開いた。
「俺に子供をそう何度も前線に出せというのか」
「私に勝てるのはアムロだけ。なら、前に出た方が生き残れる可能性が高い」
「……そんなに周りが信用ならないか?」
「違う、皆、優秀だと思う」
だけど、と彼女は淡々と告げる。
「私は、特別だから。そうなるように、作られた」
「お前はまだ守られるべき子供ではないか」
「失うだけ失って、なにも得られていなかったなんてことの方が嫌」
シスの無感情な目と視線が噛み合った。
暫く無言で睨み合った後、パンパン、と手を叩く音が響いた。
「はいはい、そこまでにしようよ」
「……カチュア、貴様は呼んでいなかったはずだが?」
「硬い事を言わないでよ」
赤髪の彼女は、口先を尖らせて続く言葉を口にする。
「戦果が欲しい私達にとっても、前に出て戦える方が助かるんだからね?」
これが新兵の慢心であれば、体罰のひとつで事が済んだ。
しかし、彼女達の身の上話を聞いた身では、それを口にする事もできない。
ただ拳を握り締める。
ふと在庫が少なくなってきた胃薬の事を思い出した。
補充しても心許ない。
「艦長、解読が終わりました」
オペレーターの一人が声を上げる。
とりあえず二人の事から目を逸らしたかった俺はパイロット達を待たせて、通信機の前で解読を続けていたオペレーターに歩み寄った。内容はオデッサ基地からの指令であり、新型モビルスーツの受け渡しがある為、ホワイトベース隊にはインドにある基地を経由する旨が書かれてあった。当初の予定では重要拠点の少ないロシア方面から欧州戦線を避けるように北欧に抜けて、アイルランドのベルファスト基地を目指す予定だ。
しかし、東南アジアは今、完全に公国軍の勢力圏内にある。
「勝手な事を言ってくれるな……」
「しかしロシア経由では、補給ができませんので」
「そんな事は分かっているよ」
オペレーターの言葉に悪態を零す。
「東南アジアを経由するよりも当初の予定通り、中央アジアを突っ切った方が良さそうだな」
「手薄とはいえ、敵地の真ん中を突っ切る事になりますね」
「どちらにせよ、突っ込む予定だったんだ。その後で北へ向かうか、南に舵を切るかの違いだ」
「結構、違いますよ。それ」
まあ、とオペレーターが表示した世界地図を指で差し示す。
「激戦区を迂回してインドに入るのなら、この進路になりますね」
チベットを経由するルートを提示された俺は、小さく頷き返した。
これだけの苦労をさせられるのだ。
せめて、回されるモビルスーツは良い機体であって欲しいものだな。
◆
ホワイトベース隊が方針を決めた頃、インド方面では一進一退の攻防が繰り広げられている。
ヴィッシュ・ドナヒュー中尉が率いるモビルスーツ部隊と、ヘンリー・ブーン大尉が率いる特殊部隊による快進撃はインドに入ってからは遅々として進んでいなかった。それは丁度、極東方面軍のお偉いさんが撤退と称して、次々と欧州か南米へと逃げる中、自分の意志で殿を請け負ったコジマ中佐が極東方面軍の指揮を執るようになった時期と重なる。第08小隊を始めとした精鋭のモビルスーツ部隊を駆使し、ゲリラ戦を以て徹底的な遅滞戦術を行使していた。
そのおかげでインドはまだ公国軍の手に落ちておらず、アフリカ大陸の南部が辛うじて維持され続けている。
そんな折にマチルダ・アジャン中尉が率いるミデア補給部隊がインドの連邦基地に入った。
いずれ来るホワイトベース隊に補給物資を届ける為だ。これには「連中は新型兵器のモルモットにされて怒りそうだがね」とレビル将軍が言った機体も入っている。任務を終えたマチルダ中尉は、他の基地にも補給物資を届ける為にすぐ他の基地を飛び立った。
この荷物を預けられたのは、ノクト・ガディッシュ少佐が率いるアルバトロス輸送中隊。中身はホワイトベース隊へ確実に届けるように言い渡されている。
「そんな新型があるなら、さっさと使えば良いんだ」
とは同部隊のボルク・クライ大尉の言葉。まだジムの量産が終わっていない時期、第08小隊が陸戦型ガンダムを三機も回して貰っている事に少なからずの苛立ちを募らせていた。まあ尤も後方を担当する輸送部隊では、良いモビルスーツが回して貰えるはずもないのだが……さておき、彼の部隊が後方で航空部隊に対する備えをしているので前線部隊が安心して戦えているのはあった。
このアルバトロス輸送中隊が後にホワイトベース隊と合流する事になるのは、もう少し後の事になる。
なおホワイトディンゴ隊の面々は、まだ秘匿してあるジムの慣熟訓練に参加していた。
ボルク大尉、世渡りが下手な男である。
はたして彼にジムが配備される日が来るのであろうか……