サイクロプス隊は水陸両用モビルスーツを活用した潜入工作部隊として編制されている。
同部隊の隊長であるハーディ・シュタイナー大尉によって集められた腕利きの軍人だけで構成されており、最大12名の少数精鋭とされている。東南アジア侵攻作戦の際には、このサイクロプス隊が真っ先に敵基地のある島に攻め込んで、敵基地の防衛能力を潰してから後続の部隊が上陸し、敵基地を占拠するということを繰り返した。その戦果は膨大なものであり、半数以上の諸島の攻略にサイクロプス隊が関わっていると言われている。
そんな役割を担っている為、サイクロプス隊が被る被害も少なからず多かった。
一年戦争が始まって以来、幾度目かの隊員補充の催促。開戦時と比べて、半分程度の顔が変わっている。最初の頃は精鋭と呼べるパイロットを宛がう余裕もあったのだが、今の公国軍は慢性的な戦力不足に陥っていた。──歴史家気取りの者共は、これを無作為に戦線を広げ過ぎた結果と宣うのだろう。だが、そうする他に公国軍が生き残る道がなかった、と付けておく。そもそもからして公国軍と連邦軍では、国力が違い過ぎる。開戦すれば、民主的な政体を持つ連邦軍も戦時体制に移行せざる得なくなるし、そうなれば連邦軍を倒すのに時間を掛ければ掛けるだけ、その軍事力を無制限に増していくことになる。事実、連邦軍は通常兵器の物量だけでモビルスーツに対抗しているし、もう少し時間が経てば、次はモビルスーツによる物量作戦が待っている。
時間は敵の味方だ。
連邦軍が反抗作戦の準備を整える時期を少しでも遅らせる為に、連邦の国力を削る必要があったし、叶う事ならば相手の準備が整う前に勝負を決めてしまいたかった。いずれにせよ、持久戦に意味はなし。耐え忍んだ先に勝機はなし。ただただ相手の攻撃を凌ぎ続けるだけの日々が待っている。
相手が攻勢限界に達する。その時まで、堪え続けることで漸く引き分けの目が見えてくる。
そんな戦いが待っているのである。
閑話休題、
香港にある豪邸のひとつはラル大佐が接収したものだ。その一室に呼び出されたシュタイナー大尉は提供された資料を来客用の机に広げて、唸り声を零す。内容は木馬に関する情報、ラル大佐の上官であるガルマ少将から送られた資料であった。
ラル大佐の内縁の妻であるハモンの淹れた珈琲を啜り、そして執務机で書類整理をする上官に告げる。
「赤い彗星の追撃を振り切り、ノイジー・フェアリー隊とタメを張っては、ほうき星の魔女との一騎打ちを生き延びる」
正直、肩の荷が重過ぎます。と率直な意見を口にする。
「貴様にはギャロップ級高速陸戦艇が2隻。ドム2機にグフ2機、ザクⅡが4機の計8機を用意してある」
この上官の言葉にシュタイナーは「やれと言われればやりますよ」と手に持っていた資料を机の上に放り投げた。
「しかしミード湖の戦いの結果を鑑みれば、確実とは言えないでしょう」
「なにも真正面から戦えって話ではない」
「と、いうと?」
「ガルマ少将は良くも悪くも人が良過ぎるからな」
それがあの御方の美徳でもあるのだが、とラル大佐が目を伏せる。
「ともかくエース部隊と対等以上に渡り合える相手を放置しておく訳にもいかんのでな」
「やり方は?」
「一任する。上からの指示がない方が、やりやすいのだろう?」
「よくご存じで」
「東南アジアもひと段落が付いたところだ、時間を掛けて貰っても構わん」
ただし、とラル大佐が書類から顔を上げる。
そしてシュタイナー大尉の顔を睨み付けた。
「条件がひとつある」
「それは?」
「慎重にやれ、貴様の代わりを探すのは骨が折れる」
木馬は、保有する戦闘力と危険性の高さから完全に放置する事はできない。もし仮に無視をした結果、後方を好き放題に荒らされてはたまったものではない為だ。
しかし、それだけだ。
高々孤立した強襲揚陸艦の一隻、国の行く末を左右にする程の存在ではない。作戦行動から離れた艦一隻に注視し、振り回されてやる程の価値まではなかった。
「ゲリラ戦ならば、貴方の方が得意でしょうに」
「それが許される立場ではないからな」
ラル大佐は執務机に積み重ねられた書類の山を見やり、溜息を零す。
「あまり出世をするものではないな、大尉」
若き日の彼の引き締まった肉体、それが今や見るも無残に中年太りした姿を見て「でしょうな」とシュタイナーは短く返した。
相手の顔色を窺う事が苦手な自分にとって、政治は苦痛なだけだ。今の信頼できる人物が自分の上司で居続けてくれる現状は、幸運に思うべきなんだろうな。と机に置いていた帽子を目深に被り直す。
実際、公国軍の現状を鑑みれば、自分の待遇は至れり尽くせりであった。
◆
カナリアが香港に着いた時には、既にサイクロプス隊は香港を出ていた。
数日間、着替えも碌にできなかったカナリアはランバ・ラル大佐の仕事がひと段落するまでの間、先に身を清める事にした。不自然に濃い湯気の立ち込める浴室にて、少女達が仲良く身体を洗い合っている。巻き込まれたメイ・カーウィンは二人の関係を知っていたので最初、一緒に入る事を断った。しかしカナリアとミアに服を脱がされて、一緒に浴室に連れ込まれてしまったのだ。
カナリアがミアの身体と髪を洗って、ミアがカナリアの肌に手を触れて、髪を流す。
そんな二人を仲睦まじい光景を見せつけられたメイは浴室の端で顔を赤くして、興味深く見つめ続ける。どうして自分が今、この場に居るのか分からない。ここは大事な場所だから、と指で直接洗い合う姿は彼女にとっては刺激が強過ぎた。まだ湯にも浸かっていないにも関わらず、頭はのぼせ上がっていた。耳まで顔を赤くして、仲良く湯船に浸かった二人を尻目に「あぅあぅ」と情けない声を上げながら自分で自分の身を清める。
しかしカナリアを前に無防備な背中を晒したのがいけなかった。
同性同士、裸の付き合いに慣れたミアと共闘し、ミアに背後から羽交い絞めにされたメイは奪い取られたスポンジで全身を隅々まで綺麗に磨き上げられた。髪も綺麗に洗われた後は、三人仲良く一人用の浴槽に浸かる。メイはもう、まともに頭が機能していなかった。背中にはミアの豊満な肉体の感触があり、肩甲骨の辺りを柔らかい双丘の感触を感じ取る。懐にはカナリアがスッポリと収まっており、自分に体重を預けていた。おかげで逃げ出す事も叶わず、二人の肉体の感触が直接、肌身に感じとれる。胸の鼓動は限界まで跳ね上がっており、彼女の瞳はぐるぐると渦巻いていた。
百合に挟まる男は許されないというが、はたして百合に挟まる女は許されるのだろうか?
結局、百を数えるまで湯船から上がることは許されなかった。
二人との出会いを経て、メイの性癖は破壊されていた。
カナリアとミアが恋人宣言をしてから、二人は積極的に恋人らしい事に取り組んでいた。出かける前には唇を交わし、部屋に帰ってきた後はハグをする。手を繋ぐときは恋人繋ぎ、部屋に居る時は、べったりと引っ付いてる時が多かった。大体、ミアの懐にカナリアが収まっている感じだ。時には膝枕をしている事もあるし、女の子座りをしたミアの股に俯せに顔を埋めている時もあった。基本的にミアはカナリアのしたいようにさせている。それが苦痛に思ったり、鬱陶しく思うことはないのかと問い掛けてみたこともあるのだけど、少し頬を赤らめて誤魔化すように笑ったのでミアも好きでさせているらしかった。洗面器のコップには、歯ブラシが二本、刺さっている。ケーキを貰って来た時なんかは、自分で自分の好きなケーキを取っておいて、二人で自分の好きなものを相手に食べさせ合っていた。
こんなのを北米大陸に居る時は、四六時中見せつけられていたのである。
意識するよ、こんなの。意識しない方がおかしいって!
自分の仕事を終えた日の夜、チベットに帰る事が決まっていたメイは部屋に脱ぎ捨てられていたシャツを見つける。それはミアが使っていたものだった。二人はベッドの上でも抱き締め合って寝ている為、寝起きは汗を掻いていることが多い。唾を飲み込んだ。今は戦時中、もう二人とは会えないかも知れない。そんな想いが、彼女を奇行に走らせる。ミアの匂いには、カナリアの匂いが染みついていた。
墓まで持って行こうと思った秘密。そして彼女は、偶然を装って二人の下着を盗んだ。
現在、二人の下着は彼女の鞄の中にある。
御丁寧にも、密閉されたビニール袋に入れてあった。
これは戦争という特異な環境下で精神を壊してしまった一人の少女の話である。
メイの中では、カナリアとミアはセットの扱いだ。この方程式が崩れる事はない。もし仮にあったとしても前後が入れ替わるだけの事だ。それはカナリアとミアにとっても同じ事、カナリアはミアを手放すつもりはないし、ミアもカナリアの側を離れる気はなかった。この二人の間に自分が挟まるのは所謂、解釈違いというものであり、二人は一生、私の前でニャンニャンし続ければ良いと過激な思想に取りつかれる程だった。
そんな欲を持ってならぬ、と理性が訴える。でも、彼女は既に前科1犯の身であった。
入浴後、ぽやぽやとした頭で荷物の整理をする。
至福と呼ぶには、あまりにも過激な出来事に脳が蕩けていた彼女は鞄から荷物を取り出す時、雑に入れていたビニール袋をポロリと床に落とした。それを見て、血の気が引いた。慌てて隠そうと手を伸ばした時、背後からの視線に気付いた。あらあら、と自分を挑発的に見下すカナリアの顔。その横にトテトテと歩み寄って来たミアが私が床に落としたブツを見て、軽蔑の眼差しを向ける。
この言い訳もできない状況にメイは涙ながらに訴えた。
「ほんの出来心だったんです……」
震える声、まるで推理ドラマのクライマックスのような言葉を口にする彼女に与える慈悲はなし。
最早、彼女達の関係性は修復不可能であった。
◆
ミアは寂しがりである。
一緒の布団で眠る時、私が目覚めると何時もぬいぐるみのように私の身体を抱き寄せていた。
そういう時は膨らんだ胸に顔を押し付ける形になっているので少し息苦しくて先に起きちゃうのだ。大きく深呼吸をすれば、肺がミアの匂いで満たされる。それが心地よくて、二度寝するのは至福だった。ミアじゃないと駄目なのだ。メイも良い匂いがするのだけど、安心するのはミアの方である。だからミアに抱き締められるのは好きだし、仕事を終えたばかりのミアと一緒にシャワーを浴びる時、上着を脱いだ時のむわりとした匂いは少し癖になっていた。
最近、私達を意識し始めたメイに私達の仲を見せつけることに優越感を覚えている。
ちょっと煽ると頬を赤らめる初心な反応を見るのが楽しくって、部屋の中で三人の時はついつい過剰なスキンシップに身を委ねる。ミアもまたメイに見られるのは嫌いではなかった。ずっと三人一緒で行動していた。ミアはシーマの機体の整備もするから離れる事も多々あったけど、メイが私の傍から離れた事はほとんどない。
なので溜まっている事は知っていた、何がとは言わない。
それを承知で見せつけていた。
だからといって、まさか、私達の下着を盗むなんて思ってなかったけど。
密閉されたビニール袋に入った下着を隠すように胸元に抱き締める彼女の姿を、パシャリと携帯端末に収めてやった。にっこり、と笑顔を浮かべてあげれば、彼女の顔は面白いように血の気が引いていった。大丈夫、悪い事には使わない。私はメイの事が好きなのだ、だから彼女の人生が本当に終わっちゃうような事をするつもりはなかった。
強いて言うのであれば、これから先もずっと一緒に居て欲しい。そんな程度の気持ちだ。
「とりあえず、お仕置きは必要だね?」
お父さんと会う時間が出来たのは、香港に来て翌日の事だ。
メイは私が昨日まで使っていたパイロットスーツに閉じ込めた。多少の伸縮性はあるのだけど、流石に身長差もあって全身がピチピチだ。股間とか食い込んでる。ヘルメットも付けた密閉された空間で両腕と両足をガムテープでぐるぐるに撒き付けた。彼女が盗んだ私のパンツを履かせて、ミアのパンツを頭から被せてある。中から呻き声が聞こえるけど、気にしない。とりあえず、お父さんのところから帰ってくるまで放置する予定だ。
部屋の扉は開けっ放しにして行くね。と囁いてからミアと共に部屋を後にした。
まあ、自動ロックだから、勝手に閉じるんだけど。
ちなみに頭の方にミアのパンツを被せたのは、ヘルメットに私の匂いが付くのが嫌だったからだ。
ミアの匂いなら別に構わない。
さておき、
まだ私にはお父さんとお母さんにミアを恋人として紹介する勇気はなかった。
結局、言えず終いでお父さんとの会談を終える。
「……私、ドム。好きじゃないんだけどなあ……」
私の為に新しく用意されたモビルスーツは、ドムだった。
正式にはドム・トロピカルテストタイプ。別名、トロピカル・ドム。熱帯や砂漠を想定した局地戦用機であり、通常のドムが高温下でマシントラブルが多発した事で改修された機体となっている。本来はアフリカ等で使われる事を想定した機体であるが、チベット基地から近場の砂漠地帯が中央アジアであった為、防塵処置がちゃんと機能しているか確かめて欲しくて送られたものが私に回された。
しかし、ドムは好みじゃない。
ドムにはホバー走行という他のモビルスーツにはない最大の利点を持っていたが、機体の長所を活かす戦い方をする時、どうしても二次元的な動きに終始してしまうのだ。飛んだり、跳ねたり、三次元的な戦い方が好きな私からすると地面から離れられない機体というのは、どうにも性に合わなかった。
シーマに言ったらヅダとドムを交換してくれるかな?
そんな事を考えいると私の隣を歩いていたミアが「あの」と意を決したような顔で私を見た。
「私にドムをください!」
この彼女の言葉が発端で、私はチベット秘密基地に向かう事になる。
余談だけど、放置していたメイは女の子がしちゃいけない顔をしていた。