ホワイトベース隊が、連邦軍に正式な部隊として認められたのは日本を出た直後の事だ。
ルナツーの司令官であるワッケイン少佐が、ホワイトベース隊が置かれている状況を憂いてレビル大将に相談したのが始まりとなる。同部隊がルナツーを出た直後、ワッケインから連絡を受けたレビル大将は、何時もの面子であるゴップ大将とワイアット中将に相談することを決める。
司令部にある適当な部屋を取り、ワイアットが三人分のティーカップを並べる。
ワイアットが自らの紅茶の出来に満足げな笑みを浮かべる横で、レビルが無作法に紅茶を手に取り、ズズッと音を立てながら啜る。「今日はダージリンのようだな」と呟くレビルの隣で「ほう、少しは味が分かるようになったな」とワイアットが口元の渋みのある皺を濃くする。ゴップもまた紅茶を啜り、僅かに眉間に皺を寄せた。口には出さないが、茶葉の質が悪くなっている。公国軍に制海権を取られてしまった今、アジア方面から物資を仕入れることが難しくなっていた。レビルもまた無意識ながら混ぜる蜂蜜の量が増えている。
この二人の変化にワイアットも気付いたが、あえて口にしなかった。
「一般論から言わせて貰う」
白髭にたっぷりと紅茶を吸わせたレビルを前にワイアットが告げる。
「ホワイトベース隊は見捨てるべきだな」
ワイアットの身も蓋もない言葉に「だろうな」とレビルが項垂れる。
今の連邦軍には、敵地の真っ只中にいるホワイトベース隊の救援に向かわせられるだけの戦力がないのは勿論の事。まだ量産型の生産が終わっていない現状、部隊単位でいうとホワイトベース隊が最も戦力が整った部隊であるとも云えた。
軍政家としての視点を持つゴップとしては、技術漏洩の方を恐れた。
どんな兵器にも弱点はある。西暦以前、極東の島国が開発した戦闘機は、開戦直後は猛威を振るうも敵国に鹵獲された事で弱点が露呈してしまう事になる。これによって優位性は覆り、島国は制空権を取る事が難しくなってしまった話もある。
理屈だけで判断すれば、今すぐ自沈させるのが正解だ。
「まあ、そういう話をしたくて私達を呼んだ訳じゃないだろうがね」
ワイアットは優雅に紅茶を啜り、ティーカップを音も立てずにソーサーの上に置いた。
暫し、沈黙を保っていたレビルが俯けていた顔を、ゆっくりと上げる。
「私はね、連邦軍は常に何かを守る為に戦うべきだと考えている」
それは理念の話であった。青臭い理想論、子供が大人になる過程で削ぎ落される信念をレビルは強く持ち続けている。レビルは軍人の家系である、レビルは幼い頃から英才教育を受けている。実利と理想の両方を学んでいたレビルは本来、相反する二つを融合させる術を知っていた。理想なくして実利なし、夢も語れぬ者に何かを為すことなど出来んのだ。
レビルは不器用である、生き方も下手であった。
しかし、そんなレビルだからこそワイアットは彼に惹かれて無二の友人となり、ゴップは一人くらいは堅物の軍人が居てくれた方が良い。とレビルを引き上げた。実際、レビルは軍学校時代から優秀な成績を収めており、実戦型で結果も出し続けていたので出世させるのは難しい事ではなかった。
「地球圏にコロニーを落とす事は許されざる悪事だと継戦を主張した。その結果、多くの将兵が死んでいくことになった。この決断を後世の歴史家は、無意味に戦争を長引かせた大罪人として語るかも知れない」
だが、と続けるレビルの瞳には、強い決意が込められていた。
「止むを得ず戦ってくれた現地の民間人を軍規に照らし、銃口を突き付ける事を私は良しと考えない。私が所属する軍隊が、そういう組織であって欲しいとは思わない」
「では考えるしかないな」
ワイアットが気障っぽく指を鳴らした。
「勝てば良い、と簡単に考えるのは現場を知らぬ者の視点だ。歴史に名を残す偉人の大半は、凡人の思いつくことなんか分かっている。それでも、やらざる得なかった。どうしようもなかった。その理由がある──と考える方が合理的だし、有意義だ」
合理と効率だけを求めて勝利を淡々と目指した時は、人心を得る事が出来ない。
王には人の心が分からぬ、としたり顔で告げる輩も居れば、プロ野球のシーズンで優勝したにも関わらず、試合が面白くない。とスポンサーとファンからそっぽ向かれる事もある。勝利だけを追い求めては、誰も付いて来なくなってしまうのだ。
時には非合理で非効率な手段を取る事が、必要とされる時もある。
「だが周りの連中を納得させるには、相応の理由が必要だ。所謂、建前というものがな」
そのワイアットの言葉に「私は謀略家には、なれんな」とゴップが溜息を零す。
「才能はありますよ」と返す英国紳士に「君がいる間は遠慮しておくよ」と狸親父が椅子に凭れ掛かる。
この時点でホワイトベース隊は、正規の部隊として連邦軍に組み込まれる事が既定路線となった。
同部隊に課される任務は、新型モビルスーツの実地試験。対モビルスーツ戦のデータを蒐集するモルモット部隊として、同部隊の存在価値を周囲に認めさせる方針で画策する。
しかし、それでは、周りを納得させるに足る材料とはならなかった。
実益がある。と説得するには、目に見える成果が必要だ。その為にはホワイトベース隊が抱える戦闘データを回収する必要があった。そこでレビルはマチルダ中尉に補給物資を届ける際に戦闘データの回収を厳命する。また敵地深くまで補給物資を届ける事に対しては「補給はついでだ、戦闘データを回収する事が本命である」と説明することで周りを納得させている。
この実戦データを得た事により、モビルスーツの戦闘システムは大きく改善される事になった。
模擬戦では、ホワイトベース隊のデータを反映させた機体が十戦して十勝する成果を出したことが軍全体に知れ渡り、同部隊の有用性が認められる事になる。
そうしてホワイトベース隊は、正式に連邦軍の所属となった。
もう少し現実的な話をすると、
ホワイトベース隊の戦闘データをシステムに組み込んだ時点で、同部隊が連邦軍に編入する事は決まっていたのだ。データの出処が非正規に徴兵された民間人部隊だと皆が困る事になる。その辺りの整合性を取る為にも「ホワイトベース隊は、最初から正規軍の一部だったよ!」としてしまうのが最も綺麗に話が纏まるのだ。
この全ての図面を引いたワイアット中将は、模擬戦の結果を知った後に秘蔵の茶葉で紅茶を淹れたという。
パオロ中佐。もとい、パオロ准将の遺志はワッケイン少佐を通じて連邦軍の三羽烏によって果たされたのだ。
話は此処で終わらない。
政治を巡る人模様は千種万様、決定事項のひとつに様々な意思が介在する。連邦軍の三羽烏が引いた図面をいち早く察知し、自分好みの線を付け足す者がいた。
その者の名は、ティアンム中将である。
三羽烏の次の世代を担う新鋭は、ホワイトベース隊を囮にしたニューヤーク奪還作戦を立案する。
本来であれば、重要拠点を守るエース部隊が現場を離れている。
この好機を逃す手はない。ティアンム中将自ら部隊を編成し、指揮を執る。
斯くして、奇襲は成功する。
先行量産型のジムを中軸に据えた陣地制圧、何時も連邦軍がされていた事を公国軍相手に仕返した。
ティアンム中将は勤勉な男である。
連戦連敗を積み重ねる中、何時か来る反撃の時に備えて、
公国軍の戦闘教義を徹底的に洗い出していた。
ティアンム曰く、
「公国軍は、部隊をよく運用している。戦術に優れた将兵が多く、学ぶべきことは多い。しかし良きばかりではない。公国軍には、戦略を知る者が少なく、反面教師としても優れている」
ティアンム中将の才覚は、鬼才と謳われたレビル大将をも上回る。
レビル大将を山本五十六と例えるのであれば、ティアンム中将は山口多聞である。ニューヤークを奇襲で落とした後、彼は余裕を持って防衛線の構築を命じた。ノイジー・フェアリー隊を中核に据えたモビルスーツ部隊が防衛線の突破を図るも「我々はモビルスーツ戦では負けるかも知れんがね、陣地構築と通常兵器の運用に関しては一日の長があるのだよ」と公国軍が目を剥くほどの速度で整えた防衛線により、弾き返した。
公国軍の戦闘教義を徹底的に分析したティアンム中将だからこその手腕である。
「通常兵器も、なかなか捨てたものではあるまい。私は戦闘の全てをモビルスーツのみで賄う論調には懐疑的でね。少なくとも現段階でのモビルスーツは万能の兵器ではあるまい、あくまでも汎用兵器だ」
それは開戦後、連邦軍が初めて公国軍相手に戦術的な勝利を得た瞬間である。
モビルスーツはモビルスーツで受け止めて、通常兵器で打撃を与える。公国軍の埋め合わせ的な運用とは異なったモビルスーツと通常兵器の完全なる連携による諸兵科連合の概念は、連邦軍に籍を置いていたティアンムだからこそ生まれた発想だと云えた。後にボールと呼ばれる兵器が開発されたのも、この時の戦術が基になっている。
軍隊とは規律である。個人の武勇を誇るのは、今の時代に相応しくないのだ。
ニューヤークを制圧された事によって、北米方面軍の指揮を執るガルマ少将はニューヤーク周辺に戦力を集めざる得なかった。これによりアジア方面軍に対する補充が滞ることになる。
この事が公国軍にとって目に見える形で痛手となるのは、もう少し後の話だ。
公国軍は確実に戦力を擦り減らしていた。
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余談だが、
ユウ少尉が残した戦闘データは、連邦軍に大きく貢献している。
というのもユウ少尉を通じて蓄積された戦闘データは、BBの手によって改竄されているのだ。ユウ少尉のガンダムには元々、赤い彗星やほうき星の魔女、ノイジー・フェアリー隊といったエースパイロット達と互角以上の戦いを見せた戦闘データが入っている。そしてBBは改竄する時、無意識の内に戦闘データの解析を最適化してしまっていた。
これにより、先の模擬戦では劇的な成果を上げてしまったのである。
ティアンム中将は「この戦闘データがあれば、ニューヤーク奪還作戦の戦死者を半分以下に抑えられた」と天を仰いだという。
ニューヤーク奪還作戦に参加した面子。
ホワイトディンゴ隊、エイガー等。後のウィッチハント隊。
後のブラックドッグ隊。撃墜数トップ勢、等々。