SE持ちカマキリ女に狙われる影浦隊長 作:ワートリファン
影浦雅人。
ボーダーに所属する戦闘員。
そして正隊員で構成されたチームの中でも精鋭を意味する、A級の影浦隊を率いる隊長である。
彼は、
友人との待ち合わせており、約束の時間まで猶予があるための暇潰しだ。
だがC級隊員たちの騒めきが耳に入ったので端末を操作する手を止め、その原因であるモニターに目をやった。
中継されているのは、C級隊員同士のランク戦である。
片方はC級隊員の少年。
トリガーは
トリオンキューブを展開しているのを見るに中距離戦闘を行う
近距離武器の間合いの外から弾丸を射出して戦うのだろう。
相手はC級隊員の少女。
トリガーはスコーピオン。
近距離戦闘用トリガーを使うアタッカー。
弾幕を掻い潜り、その刃で男の急所を狙わなければ勝ち目はない。
10本勝負中8本目。途中経過は0対8。
間合いの不利を覆し、少女が圧倒していた。
C級は基本的に訓練用トリガーを一種しかセットできない。
つまり飛び道具をもつ
間合いの差によりアタッカーは不利。
しかしスコーピオン使いの少女は、珍しい戦い方で圧倒している。
自動追尾を行うハウンドに対し被弾覚悟で近づき、スコーピオンを伸ばせる限界距離まで辿り着くと鋭い刺突で急所を貫き勝利。
少女が9本目を勝利する。そしてすぐ10本目も少女が勝った。
結果のみ注目すれば圧勝だが、勝者の姿はボロボロである。
見学していた隊員たちのざわめきが大きい。
影浦は少女の戦い方に注目していた。
アタッカーがシールドを使わずガンナーやシューターと戦う場合、機動力を駆使して動き回り、的を絞らせず被弾を避けるよう立ち回り近づくのがセオリーだ。
逆に中距離で戦う側は、有利な間合いを保つために動きつつ牽制の弾幕を張り、相手を削るなどのかけ引きがある。
だが少女は真っ直ぐ接近し、弾丸を紙一重で避けて重要度の低い部位で被弾して自分の間合いに相手を巻き込んで瞬殺した。
今回相手はC級隊員。間合いを保つ技術もなく誘導弾の誘導設定も甘い。未熟な訓練生。
相手の弱さを差し引いても、明らかにセオリーを無視した動きとC級としてはかなりの強さ。
影浦の目には、一か八かの思い切りで接近戦を挑んでいるように見えなかった。
実際10本も勝ってる以上、そこには本人なりの必勝パターンなのだろう。
印象的なのは、
練度や被弾率に大きく差があるものの、被弾を恐れない自身の戦闘スタイルに似てなくもない。
影浦はC級隊員どころかB級以上の隊員だろうと、戦うことの無い相手に興味を持つことはない。
気まぐれに、勝利した少女の名前ーー間桐の名前を眺めた。
親交のあるアタッカーからは聞いたことのない名前。
外見は普通。目元を隠し首元まで伸ばした髪型。身長は高くも低くもない。
痩せていて手足が長く見えるのが特徴か。
ボーダーの中には兄弟・姉妹・従兄妹同士で隊員をやってたりする場合もあるが、名前と顔にピンとこないので知り合いの関係者でも無さそうだ。
目線をモニターから端末に戻して暇つぶしを再開すると、程なく待ち合わせの相手と合流した。
相手とソロランク戦を何本も続けていくうちに、その少女の印象も薄くなっていく。
その日ボーダー本部から帰る彼の頭の中には、珍しい戦い方をする隊員がいたな、ぐらいの記憶が残るのみだった。
そんな影浦は、後日、ひょんなことから件の少女と交流する羽目になる。
時は夜。防衛任務が終わり帰路の最中。
サイドエフェクトのせいでストレスを抱えがちな影浦は、気分転換の散歩も兼ねてボーダー本部から警戒区域を通って家に向かっていた。
警戒区域は
そして、私的に警戒区域を通ることは推奨されない。
だがネイバーの出現を知らせる警報もなく一先ず安全であること。
何より影浦がボーダー有数の実力者ーー百人以上いる正隊員の中でも上位の近接戦闘能力と実績を誇る隊員であり、ネイバー出現にも対処可能であること。
それらの事情から警告されども制止されることなく、元は市街地だった廃墟の群れを抜けていく。
その道中、彼の感覚が不審者を捉えた。
砂まみれの地面を足で擦ったような音。
そして彼のサイドエフェクトにより、音の発生源から「恐怖」と「焦り」の感情が肌に突き刺さる。
サイドエフェクトにより気分の盛り下がった彼は、ボーダー隊員以外立ち入り禁止の警戒区域内にいる謎の人物に接触することなく通り過ぎようとした。
相手が何しようとどうでもいい。ネイバーに襲われてるなら助けてやるが警報も出てないので関わる理由も無い。
品行方正な隊員なら闖入者に注意でもするだろうが、他人と極力関わりたく無い影浦は無視することに決めた。
遠ざかって暫くして。
闖入者のいる方向から風が吹き、そこに濃い血の匂いを嗅ぎ取った。
思わず舌打ちし、ポケットから取り出したトリガーを起動する。
トリガーによりトリオンから戦闘体を精製。
生身の私服姿からボーダーのエンブレムが入った戦闘体へと換装する。
ボーダー基地の周囲は無人となっている。
それは、市民への被害を防ぐためにボーダーの技術によってネイバーの出現を基地周辺に限定させ、即時排除するためだ。
ネイバーが出現したわけでも無いのに血の匂いがするなど、一般人でも馬鹿な奴が侵入して大怪我を負ったか。
放置して事件にでも発展した場合、ボーダー本部から警戒区域を通り自宅へと帰ることを知られた自分が叱責されるのは納得がいかない。
無視して怪我人が死んだりでもしたら面倒だ。
どうせ面倒に巻き込まれるなら楽な方がいい。
今後の面倒を避けるため最低限のことはやる。
帰路に着いてるだろう自分の隊付きオペレーターに迷惑をかけるのを厭い、本部のオペレーターに連絡を入れて闖入者の元へ急行した。
相手の場所はすぐわかった。
わざと音を立てながら近づく影浦に対し、相手は音を立てずにゆっくりと離れようとする。
夜闇の中でも、影浦のサイドエフェクトをもってすれば相手の居場所を補足することは容易である。
サイドエフェクトから伝わる「恐怖」と「焦り」の感情が強く刺さるのに舌打ちしながら、すぐに現場に到着した。
現場は住宅街。家々の間を通る細い路地へ少し踏み込んだ場所。
家が陰を作り、一見しただけでは分からない暗がりの中。
そこには、長袖の少女が片袖を捲り、そこから覗く細い腕に夥しい切り傷を作っていた。
もう片方の手にはカッターナイフ。
目の前の少女が自傷していた。
「か、影浦先輩……⁉︎」
顔やか細い声に聞き覚えは無い。
予想しなかった光景に一瞬面食らった影浦だが、少女が傷だらけの手をジーンズのポケットに突っ込んで取り出したものを確認すると、すぐさま対処に当たった。
トリガーはメインとサブ、二つを起動できる。
彼が起動したのは両方ともスコーピオン。
そこから繰り出されたのは、影浦が考案し誰も使いこなせない”マンティス”と呼ばれる荒技。
二つのスコーピオンを組み合わせることで、単一のアタッカートリガーでは届かない相手を切り裂く攻撃範囲と、ムチの様な変幻自在の軌道を実現させる高等技術。
少女と影浦の距離は十メートルほど。
普通のスコーピオンなら変形して伸ばしても決して届かない、もしくは届いても大した働きが出来ない距離。
その彼女のもとに、一秒にも満たない時間で光の筋が届いた。
そして少女の手から、カッターナイフとポケットから溢れたものーー訓練生用のトリガーが地面に落ちた。
彼女の獲物を叩き落とした影浦は、戦闘体のカーゴパンツのポケットから包帯を取り出し止血する。
少女は影浦のマンティスに驚いたか腰が抜け座り込んでおり、影浦の手当てに抵抗することなくされるがままになっていた。
トリオンは万能のエネルギーであり、こうした戦闘体や包帯の様な布製品すら作成できる。
ボーダー隊員としてネイバーの被害者に応急処置できるよう携帯されたそれが、このような形で活躍するとは作成者も思わないだろう。
相手を無力化した影浦はオペレーターに報告する。
『警戒区域内で自傷する少女を発見。訓練用トリガーを取り出したため万が一を想定して訓練用トリガーを取り上げた。
事情聴取のため、当直の隊員に対応を要求する』
通信相手より返答があった。
聞き覚えのない声だが、ある意味有名な影浦のことを知っているのだろう。
『夜番の隊員が来るまで待ってくれませんか。
事情聴取は私達が担当しますので、到着した隊員と合流後、影浦隊長は帰宅いただいても問題ありません』
返信をもらった、ひとまず、影浦は十分ほど待てば帰宅できるのであれば帰れることに安堵した。
対面した時に影浦の名前を呟いていたのだから、ボーダー隊員か学校の関係者か実家の客か。最初はそのまま我関せず隊員の到着を待つつもりだった。
基本、影浦は他人に極力関わろうとしない。
サイドエフェクトにより人との交流で肌を刺すような痛みを感じることが多々あるため、それを避けるために人から距離を取ることが多い。
だが敢えて、影浦は少女に声をかけた。
「お前、サイドエフェクト持ちか?」
その言葉に、無表情だった彼女はびくりと反応にて影浦を見る。
その顔は歪んでおり、彼のサイドエフェクトから「恐怖」を感じていることが伝わった。
先ほどマンティスで少女の獲物を狙ったとき、彼女の目はマンティスの切っ先を追っていた。
近代兵器を意に介さず、常人を超えた運動性能を発揮できる戦闘体なら可能だろう。
だが生身で運動経験も無さそうな痩せっぼっちの少女が目で追えるほど、マンティスは遅くはない。
それを見た影浦は、マンティスの発光で暗闇に浮かび上がった顔と合わせて、以前ソロランク戦のブースで見た奇妙なC級隊員を思い出した。
彼女の戦い方は、機動性で翻弄するタイプや、技量で攻撃を凌いで反撃するタイプとも違った。
言うなれば、予め攻撃が来ることを予想して敵を倒す戦い方。
相手の狙いを知ることが出来るサイドエフェクトをもつ影浦や、予知のサイドエフェクトをもつS級隊員を彷彿とさせた。
影浦に問われた彼女は、涙をこぼし嗚咽を漏らしながら蹲る。
とてつもなく面倒臭いという雰囲気の影浦が怖いのか、目線を合わせることなく。えぐえぐと泣いている。
しかし黙っていても好転しないと判断できたのか、辛い状況から逃れようとした。
彼女は堰き止められた思いが決壊するように言葉を吐く。
それは答えにもならない自分語りだった。
「私、大規模侵攻で親を殺されたんです。
家族が居なくなった私を、ボーダー職員になった叔父が引き取ってくれて、ボーダーに誘ってくれたんです。
ネイバーに襲われるのが怖くて嫌だけどボーダーにいたら守ってくれそうだからオペレーターを希望したけど戦闘員を勧められて。
断ったら叔父に迷惑かけそうだからC級隊員になったけど、そのあと帰宅途中でネイバーに襲われた時、両親の時と同じ感覚になったんです。
ネイバーの動きが凄く遅く見えて、だけど身体は早く動けなくて、いくら焦っても全然早く逃げられなくて動きも鈍くて……。
助けられたあとボーダーの医務室で相談した時にこのことを言ったら検査されて、サイドエフェクトじゃないかって言われたんです」
辿々しい口調による長ったらしい自分語りを端折って聴くと、やはりサイドエフェクトを持ってるらしい。
検査の結果、彼女のサイドエフェクトは『急速思考』だと判明したそうだ。
急速思考。
命の危険が迫った時、その窮地を脱するために感覚器官が鋭敏になり情報処理するため思考が高速化する。
時間をスローモーションに感じるという、タキサイキア現象にも似た効果。
生身だと思考に身体の動きが追いつかないが、戦闘体だと彼女視点でゆっくりだが動けるらしい。
辛抱強く話を聞く影浦。
そこで一番聞きたかったことを質問する。
「なんで自殺しようとしてんだ?」
「……別に自殺しようとはしてないです。
戦闘体だと命の危険が無いって分かるから自分でペナルティをつけてるんです。
もし負け越したら死ぬって。
実際に死んじゃダメだから身体に覚えさせて。
そうすればソロランク戦でもサイドエフェクトを使えるんです。
ランク戦でもし一本も取られたら罰として、もし負けたら死ぬって恐怖を忘れないよう身体に刻み込んでるんです」
「……襲われても大丈夫なように正隊員目指してるのかもしれねぇがーー」
「それに私が両親を殺した人殺しだから罰してるんです」
「……あ?」
そこからは怒涛のように彼女の懺悔が続いた。
「サイドエフェクトの検査した時に聞いたんです。
サイドエフェクトは高いトリオン能力があると発現するって。
そして侵略者は高いトリオン能力を持ってる人を狙うって」
「……」
「……私がネイバーを呼んだんです。
私のせいで両親は殺されたのに、私だけ生き残って!
私のサイドエフェクトなら両親を助けられたのに、怯えて逃げたせいで見殺しにしました。
……ママとパパは私を一生懸命助けようとしてたのに」
話してる途中から、大粒の涙を零し始める。
顔から滴る液体も拭き取らず、歪んだ表情で彼女は慟哭する。
「だから私は罪を償うために戦闘員をやります!
でも無能のクズで人でなしのバカだからズルしてるのに正隊員になれなくて、こうしてサイドエフェクトを使うために……」
「……バカかてめぇは!!!」
「⁉︎」
怒鳴った影浦に、少女から「恐怖」と「困惑」、少量の「憤り」の感情が刺さる。
影浦はデリカシーがないと同じチームのメンバーから言われたことがあるし、本人にも自覚がある。
また善人でも無いし面倒ごとに首を突っ込みたく無いとも思っている。
それでも彼は、サイドエフェクトをもつ彼だからこそ、彼女に声をかけた。
「まず、お前は両親を殺しちゃいねえ」
「違います!私がーー」
「ネイバーがトリオン高い奴狙うなら、俺や他の奴も狙われて死んでるから関係ねえ」
「でも力があるのに見殺しにしたのはーー」
「サイドエフェクトは便利な超能力じゃなくて邪魔な副作用だ。
それがあるからって責任があるわけじゃ無い」
「でもーー」
「あー五月蝿えな!二度とこんなことするんじゃねえぞボケ!」
彼女の言葉を遮るように怒鳴りつけて、会話の主導権を握る。
「お前の両親は、娘のせいにして死んでほしいって思うクズか?」
「……違います」
「お前の両親は、自分の手首切ってる娘をほっとくアホか?」
「……違います」
「なら、もうやるな」
論理もへったくれもない勢いで説教する。
「ーー俺はクソみたいなサイドエフェクトを持ってる。けど親は責任なんて言わねえし責めねぇ。知ってる奴らも言わんし思ってすらいない。
だからお前も、誰も思ってないのに勝手に責任感じて自分を責めてんじゃねえ」
影浦が柄にもなく説教したのは、無意識に自分のようなサイドエフェクトで苦しむ後輩を助けたかったのかもしれない。
影浦のサイドエフェクトは「感情受信体質」。
自分に向けられた他人の意識や感情を肌で感じ取ることが出来る。
感じ方は様々だが負の感情ほど不快に感じ、肌にチクチクと刺さる。
発現した日から正体不明の病気らしきものに苛まれ、医者に相談しても解決できず他人から理解を得ることもできず悩みを共有できず、苦しむ日々を送っていた。
家族の理解があり支えられて暮らしてきたが、それでも辛い毎日だった。
だが彼はボーダーに入隊したことで、自分を苦しめてきた原因を知り、それを活用する術を得て、自分に理解を示す友人たちに恵まれることができた。
サイドエフェクトの中身や境遇は違えど、それのせいで苦しんでる姿は見たくない。
自分も周りから助けられたのだから、同じように助ける奴がいてもいいじゃないか。
彼本来の優しさや面倒見の良さが、不器用な形で現れたのだろう。
「とにかく自傷するのはやめろ」
「それだと私がボーダーで罪滅ぼしするなんてできない……」
「ならサイドエフェクト使わずに活躍できることすりゃあいい。
スナイパーなんか練習すればするだけ上達するんだ。
トリオン多いなら十分活躍できる。
そもそもC級でも緊急時ならトリガー起動して逃げても問題ねえだろ。周りを頼れ」
そうやって話をしてるうちに、本部のオペレーターから通信が入る。
『影浦隊長、まもなく隊員が到着する』
『わかった。後は頼む』
本部のオペレーターからの通信を受け取った彼は、最後に少女へと声をかける。
「もう一人で抱え込んでんじゃねぇぞ。何かあったら頼りになる奴に言え」
「……もし何かあったら、影浦隊長を頼ってもいいですか?」
「俺に出来ることしかしねぇが」
「……ありがとうございます」
その後、夜番の隊員が見えたことで会話は止まる。
隊員たちと合流した後、影浦は帰路につく。
「とにかく悩んでるなら誰かに相談しろ。絶対一人で抱え込むな」
柄にもなく説教した自分に面倒くささを感じながら、影浦は彼女を見る。
自分を見つめて呆然としてるようだか、ひとまず溜まったものが吐き出せて冷静になったのかもしれない。
当直の隊員たちから自分へ刺さる感情の他に、妙に生暖かな感触を背中に感じながら影浦は自宅に向かった。
次にボーダーを訪れた際、彼は小会議室に呼ばれ本部の職員から顛末を聞いた。
曰く、カウンセリングを行い様子も落ち着いてきた。今後も適宜カウンセリングを行い、健康な状態に戻れるようフォローする。
C級隊員が基地周辺の警戒区域に足を踏み入れトリガーを起動しようとした罰は無い。
サイドエフェクトをもつ(トリオン量の多い有望そうな)隊員に対し適切な配慮が足りなかったとして不問とする。
これからは自分を頼らずとも大丈夫だろう。
そう結論づけて一息つく。慣れないことをして気疲れした影浦は自分の隊の作戦室で休憩しようと足を向ける。
仲間に面倒かけるかもしれないので、彼なりの言葉で事の顛末を話して協力をお願いすると、隊のメンバーは一応に答えてくれたのが有り難かった。
それから数ヶ月が経ち、影浦が少女のことを忘れた頃。
正隊員が結成したチームには作戦室が与えられる。
影浦がリーダーを務める影浦隊の作戦室にそに足を踏み入れると自分以外の影浦隊メンバーと、来客が一人いた。
縁の下の力持ちでありながらマスタークラスを誇るヘビーガンナー、北添尋。
マスタークラスのクールな中学生スナイパー、絵馬ユズル。
自由に動き回る戦闘員たちを支援する感覚軍師型オペレーター、仁礼光。
来客の顔は分からない。
だが、白い戦闘服姿からC級隊員だと分かる。
「カゲに来客だよ〜。前のことでお礼したいってさ」
「立ちっぱなしも何だし座ってて。これお茶」
「良かったらミカン食うか?」
そうしてチームメンバーはランク戦の作戦を立てようなどと嘯きつつ別室へ移る。
普段は作戦会議どころかMAPすら見たいのに、影浦に気を利かせているのだろう。
「先日はありがとうございます。おかげでだいぶ気持ちも落ち着きました」
「俺はなんもやってねえ。礼は相談した奴に言え」
「いえ、そんなことないです!影浦先輩がいなかったら私はここにいません」
「そうか。ならもういいから気にせず帰れよ」
お礼を言いにきた相手に対し、影浦は敢えて無礼な態度を示した。
それは、少女が影浦を捕捉した瞬間からサイドエフェクトに特大の感情がぶつかってくるだ。
負の感情による痛みを伴った刺激ではない。まるでぬるま湯で出来たスライムが包み込もうとするような悪寒を伴う感覚である。
髪型が変わっていて分からなかったが、警戒区域で見つけたC級隊員らしい。
「私、影浦先輩のことが好きです!良ければ恋人になってください!」
「ならん。ランク戦で忙しい」
「ならチームに入れてください!きっとお役に立てると思います!」
「正隊員ですらねえ奴は論外だし、マスタークラスじゃなきゃ足手まといだから諦めろ」
「ということは、マスタークラスの正隊員になればチームに入れてくれるってことですよね!ありがとうございます!」
「お前、スナイパー薦めたんだから、スナイパーでマスタークラスとらねえと認めねえ」
と、わざと馬鹿にするように嘲笑った。
影浦は内心狼狽えていた。
少女から伝わる感情は、家族やチームメンバー・友人から感じる好意に似ている。
その大きさがデカすぎて全身が舐めまわされたような気分になり、悪意に晒されるとは別の不快さがある。
人肌くらいの体温で血行を良くするような感触なのが意味不明すぎて、一刻も早く離れてほしい。
だから、マスタークラスなんていう無理難題を条件にした。
多くのC級は入隊後1000
ランク戦や訓練を通じて4000ptを超えると
そこからランク戦や防衛任務をこなして実力を磨いて経験を積むことで8000ptに到達した者が、マスターランクと認められる。
努力と才能と経験によって成れるものだ。
だからこそ主力は主力であり、精鋭もまた然り。
この発言の直後、影浦は悪寒に晒された。
今まで人肌やぬるま湯に近い感情の塊を貫くように、殺意に似た感情が刺さったからだ。
まるで獲物を狙う肉食獣のような、「食らう」と言わんばかりの原始的な情念。
一瞬言葉を詰まらせた影浦に、少女は立ち上がって一礼した。
「影浦隊長、本当に助けてくれてありがとうございます。
影浦隊長のおかげで私は変われました。
だから影浦隊長のために尽くしたいのです。
私が改めてマスタークラスのスナイパーになっだ時、改めて挨拶に伺います」
影浦に「感謝」や「好意」の感情を正面からぶつけた彼女はイスから立ち上がる。
そうして影浦隊の作戦室から立ち去る間際に振り向き、真正面から影浦を見据えて笑いかける。
「申し遅れました。私、
どうぞ末永く、宜しくお願い致します」
深々とお辞儀をして、開いた扉から颯爽と出ていった。
「ごめん聞こえちゃったんだけど、これってカゲの厄日?」
「カゲさんメテオラに包囲されたみたいな顔してるけど……」
「おいおい助けた美少女に惚れられるなんてスミにおけねえな!私がきちんと釘刺しておこうか?」
二人の話をたまたま聞いてしまい労いや同情し気を使うチームメンバーに対し、影浦は何も言い返さず深いため息をこぼした。
そしてその後、友人のアタッカーから妙な噂を聞いた。
「荒船、この騒ぎは何だ?」
「スナイパー以外のC級全員に10-0で圧勝してB級昇格した隊員がいるらしいんだが、その子がマンティス使ってB級の奴に勝ち越したらしい」
「……」
マンティスとは、メインとサブの両方にスコーピオンを使用して扱う、影浦が独自に作り上げた技だ。
その性質上、使用中はシールドも貼ることができず無防備になる。
メインとサブに攻撃用のトリガーを使う「フルアタック」を行うのは中距離攻撃を行うシューターやガンナーなど存在する。
しかし彼らは射程と弾幕で近づけさせず、間合いという盾を以って相手を屠ることができる。
同じフルアタックといえど、マンティスは射程や間合いでの立ち回りに防御の備えなど、戦闘で活躍できるまでの難易度が異常に高いのだ。
何より一番の問題として、マンティスの特徴は変幻自在にアタッカーを翻弄し高速で襲いかかる予測困難な斬撃。
それを体現できる技能要求が半端ではなく、マンティスを実用できるのはサイドエフェクトにより防御の隙がなくアタッカー五本の指に入る実力の影浦のみだ。
誰が一体そんな芸当を、と考えたときに影浦の頭によぎったのは一人の女。
情緒不安定で初対面に近い男に告白するヤバいやつ。
初対面の際にサイドエフェクトが発動していて、図らずもマンティスの起動から使い方を目の前で見せつけることになっていたのなら。
ランク戦のログをサイドエフェクトを発動させた状態で何度も何度も見返して学習していたならば。
その姿が脳裏に浮かぶと同時ーー。
「影浦隊長ー!見てくれましたー?」
気色悪い声色で名前を呼ぶ、
「もし別のトリガーを使う時って、マスタークラスだと4000点からスタート出来るらしいです。
親しみを感じる笑みを浮かべながら間桐はソロランク戦用のブースから降りてきて、影浦に話しかけた。
「今から防衛任務ですが頑張って来ますので、よければ激励とか来れませんか?」
「……」
「影浦隊に加入できた時のご褒美として甘いお言葉お待ちしてますね。任務頑張るごとに貯金する方式でいいですよね」
「……」
「
そう言って颯爽とブースから出ていった。
「お前サイドエフェクト使ってるだろ、使うなって言ったよな」など怒鳴りたいのを飲み込んで、影浦は大きなため息をついた。
影浦雅人が少女に付き纏われる面倒な日々が始まったのは、