仮面ライダーインテグラ Enhanced Episodes 作:虎ノ門ブチアナ
1月19日、午後14時14分。
御剣邸、応接間。
御剣家当主、御剣吹雪は紅茶を一口啜ると、卓を挟んだ先にいる男性に微笑みかける。
一見幼い少女に見える外見ながら、彼女は社会の全権を握るフィクサーとして何十年も暗躍して来た。
そんな彼女が呼び付けたのは、様々な発明で世界を救った科学者、藤村金剛であった。
「俺に用ってのはなんですか?」
「こう…いえ、長良長官の殉職により空座になっていたバディ長官の任を引き継いでいただきたくて」
え? と金剛が聞き返す。
「俺が…長官ですか?」
「はい、聡明で深い慈しみを持ち、人々を守る強い志を持つ貴方なら任せられますわ」
「ま、まぁあなた程の人がそこまで言うなら…ですが俺としては吹雪様の方が適任だと思うんですけど……」
金剛は少し首を傾げた後、何かに気付いて吹雪を見つめる。一方の彼女は笑顔を崩さない。
「……俺の知る由も無いが、吹雪様は長い事戦って来たんですよね」
「ええ。ですから―――」
「現役引退ってヤツですよね、分かってますよん」
そう言うと、金剛は腰を上げて吹雪に背を向ける。
「もとより吹雪様のお話を断る気はありませんでしたから。ゆっくり休んで下さいよ」
「ありがとうございます、金剛」
金剛に気を遣われ、少しだけでも肩の荷が下りた吹雪は、ソファに背をかけると目を閉じた。
すると、山奥の避暑地である筈なのに、場違いな波の音が聞こえて来る。
「! ここは―――」
「貴様が御剣吹雪か」
吹雪が立つそこは、世界を創りし神”アプス”の住まう神界であった。
「我の事は聞いているな?」
「…ティアマトとの戦いにおいて多くの知恵をお貸し下さった神…アプス様、ですわね」
「そうだ、以前
いえ、と吹雪が謙遜する。今まで自分が想像していた神とは異なる謙虚な態度に恐縮してしまう。
「ところで、私をお呼びになったのは何かお考えがあっての事でしょうか」
「大した事では無いのだが…ラフムになって相当の年数が経過している貴様には先んじて話しておこうと思ってな」
そう言うとアプスは砂浜に腰を下ろす。
「ティアマトとの戦いの後、神々の間で話し合って残っているラフムを人間に戻そうと意見が決したしたのだ。結果、貴様らがマルドゥック構成素と呼ぶ万物の素を操作してな」
画期的な提案に吹雪は息を呑む。
ラフムから人に戻ると言うのは、彼女にとっても悲願であった。
「そんな事が…出来ると言うのですか…?」
「神が出来ると言えば出来る、全てとは言わんがそう言うモノだ」
アプスの説明に釈然としない吹雪であったが、彼の持つ覇気が納得を促す。
「これは神としての傲慢かも知れないが…その姿のまま何十年とラフムであり続けた貴様の心労、計り知れん。かつて衡壱が貴様の事を憂いていたのを思い出す」
「衡壱さんが……」
「故にだ、貴様にこの話題を持ち寄ったのは貴様のラフムとしての生涯を終わらせる方法がある事を伝えたかったからだ」
その情報はとてもありがたい事だったのだが、吹雪は一つ懸念があった。
「私の体では、人間に戻ればすぐに老衰し死に至るでしょう……ですので、少し人生を片付けるお時間が欲しいのですが」
「勿論だ、今後も危機が控えている故な。準備が出来たら目を閉じ心の中で我を呼べ」
そう言うと、吹雪の視界が薄れて来る。どうやら神界との接続が弱くなって来ているらしい。
「やはり接触し続けられるのも刻限があるらしい…ではな、吹雪。今まで神の勝手に巻き込んで済まなかった」
深々と頭を下げる神の姿が、吹雪の目に映った。
次に目を開く頃には彼女は人間の世界に戻って来ていた。
(そうと決まれば…”終活”と言うモノを進めましょう)
――
午後15時32分。
御剣邸内、当主自室。
「―――と言う訳で風露、これからは貴方が御剣家を継いで欲しいのです」
「あの、お言葉ですが吹雪様」
「貴方の手腕を見込んで申し上げたのですが、当主の鑑識眼を疑いになりますの?」
吹雪の使用人として十年以上仕えてきた風露だったが、自分に対して吹雪がこんなにも強い言い方をするのは初めてだった。
「そんな急いた話をするなんて、一体どうしたのですか?」
「…貴方になら言っても良いですわね……私、もうすぐ死ぬんですの」
「―――は」
一瞬耳を疑ったが、吹雪は冗談を言わない人間である事を理解している風露はその発言が本気であると勘付いた。
「……仰せのままに、貴方様程の成果は期待出来ませんが、この命の限り使命を尽くします」
胸に手を当て頭を下げる。
「本来ならば、私の目の黒い内に御剣家などいなくとも世界中が手を取り合って欲しかったのですが…貴方に託しますわ」
「これはまた重荷を……」
「これからの御剣家を、世界を支えるのは貴方だけではありません…多くの仲間がいます。だから私は全てを託して
「仲間…そうですね。いつの間にやら沢山の仲間に、恵まれたものですね」
「私が戦勝国を揺さぶって
そう言って笑う吹雪に風露は苦笑いを浮かべる。先程は彼女を冗談を言わない人間だと評したが、死期が近付き発言も軽くなって来ている姿に風露は苦笑する他無かった。
「とにかく…貴方には、もう御剣家が秘密結社めいた世界征服などしなくても良い様にして欲しいのです」
「…かしこまりました」
吹雪の命令では無く、彼女の願いに従う。風露はそう心に決めた。
「必ずや、貴方が築き、生きて来た御剣家を
「ありがとう」
と、温かい雰囲気を打ち壊すサイレンが鳴り響く。
「沖縄県波照間島にラフムが複数体出現! コードネーム、『ポーラーラフム』、『マニピュレートラフム』!」
邸内バディ基地のオペレーターによるアナウンスを受け、吹雪は複雑な表情を見せる。
「波照間…島……」
それは彼女が生まれた地であり、初めて衡壱に会った場所でもあった。
過去の騒動以来上京して御剣家の名を使い政府要人と権力争いをしていた為、一度も帰った事が無かったのだ。
「いえ、私が現地に赴く訳にはいきません。バディ長官としての最後の任を果たすのみですわ」
吹雪は気丈に振る舞いながらバディ基地指令室へと急行する。
早々に引継ぎ任務を行った金剛により指揮がまとまっては来ているが、この場の長として戦いを見届ける義務があった。
「吹雪様!」
指令室に来るなり、金剛の大声が轟く。その様子は頭脳明晰な彼とは思えない狼狽え振りであった。
「ライダー及び機動隊が……完封されました!」
「完封、と言うと…」
「敵の能力で全員戦闘不能です…!!」
前代未聞の状況に吹雪は耳を疑う。
だが、それを事実だと突き付ける様に目の前のモニターには悲惨な光景が映し出されていた。
現在大護のアイアスが島民の避難完了まで足止めをしているが、いつまで持つか分からない。
絶体絶命の状況に吹雪は目を閉じアプスを呼ぶ。すると、その意識は自然と神の世界に辿り着いていた。
「―――アプス様」
「事情は分かっている。が、淡路島や他の人間の体を借りる事は出来ん。あれは神に対抗する為の応急処置だった故、ラフム相手に使えば力の濫用と扱われて二度と貴様らに接触出来ぬ様幽閉されるのだ」
「貴方のお力に頼る事は…出来ませんか」
申し訳無さそうな顔を見せるアプスに礼をすると、吹雪は現世へと意識を戻す。
「俺もオイオノスで出撃したい所だが、恐らく足手纏いになるだけです。が……行くしかありますまい」
決意を固める金剛だったが、吹雪は彼の肩に手を置き、静かに呟く。
「私が行きます」
「…って、吹雪様! あなたもラフムだとは聞いてますが、いけるんですか!?」
「確証はありませんが、考えがあります。と言う訳でこの場の指揮はお任せ致しますわ、藤村長官」
そう言うと吹雪は風露を連れて地下駐車場へと走る。
「私が出動する為の準備は整っていますね、風露」
「はい、問題ありません」
御剣邸地下駐車場。
その深部にはかつてプロトアイアスを射出したものと同様の射出可能コンテナが用意されていた。
そこに乗り込んだ吹雪は風露に合図を送る。
「本当に一人で良いのですか?」
「大丈夫ですわ、数十年振りにこの力を使いますが…私の為にここまでして下さった皆様のお力添え、信頼していますもの」
「お気を付けて、御武運を」
風露からの連絡を受け、オペレーターは緊急用マニュアル別紙を元に特殊射出用プログラムを作動、吹雪の乗ったコンテナを射出する用意を進める。
「指定コードネーム”レディ・アイシー”、発進準備完了。発進用特殊コンテナ整備済、システム異常無し、セーフティ特例規定により限定解除」
「座標指定完了、座標までの到達ライン演算開始……演算完了。ノードオンライン」
「射出準備完了しました、長官」
金剛に発進の号令が求められる、吹雪の想いを受容し意を決した彼は高らかに叫ぶ。
「レディ・アイシー…発進!!」
その号令と共に吹雪の乗ったコンテナが波照間島まで射出される。
ライドサイクロンの技術を応用して大型化と空気抵抗の抑制がなされたコンテナはサイクロンを軽く凌駕する速度で目標地点へと放たれる。
――
午後15時58分。
波照間島、灯台付近。
「アァァハッハッハ! 味方に攻撃される気分はどぅよ!?」
腕から何本もの糸を出しバーンらを操るマニピュレートラフムは高笑いを浮かべながらアイアスを追い詰める。
一方のアイアスはバーン、霹靂の猛攻に為す術無く攻撃を受け続けていた。
何とか島民の避難は完了し、後は離脱すべきだと判断しているものの、どうにも退路が確保出来ない。
「クソッタレ性悪ラフムめ! ティアマトがやられたこの期に及んで悪あがきしやがって!」
「悪足掻き? するさ! 俺達の心にはまだティアマトが生きている! ラフムとしての力を自由に振るえる世界を作ってくれようとしたあの人の想いが俺達が受け継ぐッ!!」
防衛に気を取られていたアイアスの背後を襲ったポーラーラフムが叫ぶ。
この2体の凶悪なラフムは意思を持ったビルダーラフムであり、ティアマトの命が無いまま過ごしていたのだ。
だがティアマト打倒の報を受け、彼らは偶然観光していた波照間島から攻撃を開始したのだ。
何の大義も持たないただの悪党である2人だったが、そのコンビネーションによりインテグラを使用する前にウイニングを凍結、バーン、ボンバー、霹靂の隙を狙い操作したのだ。
強力かつ能力に対処可能な戦士を狙い撃ちにした戦法は功を奏し、その戦いを有利に進めていたのだ。
狡猾、そして醜悪な彼らのやり方に残されたアイアスは苦戦を強いられる。
(外部との通信装備がやられたし、悪態ついてる余裕もねぇぞ…コイツら、強すぎんじゃねぇか!? なんでティアマトはコイツらに任せなかったんだよ)
「やはり想定外の攻撃を以て人々に恐怖、驚愕、狂乱を与えるのは実に享楽!!」
(あ~なんか、任せなかった理由分かるぜ)
「隙ありだッ!」
ラフムコンビの猛攻を前に、アイアスは遂に敗北する。
ポーラーにより足元を凍結され、動けないままに強烈な打撃を受け、バーン、霹靂、ボンバーの蹴りを受ける。
アイアスを撃破し悦に浸る2体だったが、突如上空から飛来して来る物体に気付いた。
吹雪が到着したのだ。
コンテナが展開し、吹雪の腰にライドツールが装着される。
《Account・Extra》
「悪に与する下衆外道…私の、そして衡壱さんの大切な仲間を傷付けた罪は……重いですわ」
《Blizzard》
ブリザード…それこそが吹雪の持つラフムとしての性質であり、イートリッジである。
「この力を振るうのは…長崎以来でしょうか」
空中を舞いながら呟くと、吹雪はブリザードイートリッジを装填しブートトリガーを差し込む。
祈る様に吹雪は目を閉じて合掌し、開眼と共にブートトリガーを引く。
「変身」
《Change・Blizzard》
変身音と共に吹雪が着地する。
突然の急襲に2体のラフムはただ唖然とする他無かった。
「―――御剣家初代当主、御剣吹雪。又の名を、仮面ライダー
着物を思わせる装いをした純白の女性型戦士が立つ。
その穢れ無き姿に、ラフム達は固唾を飲む。
「悪逆非道…凍てつく覚悟はよろしくて?」
口上を述べると、御剣前の頭上から一本の刀が鞘ごと落ちて来る。
彼女は難なく刀を手に取ると、そのままポーラーへと突撃する。
「増援だか知らんが…凍っちまえ!」
ポーラーの能力により巨大な氷塊が形成され、御剣前を包んだかの様に見えた…が。
「先に伝えておきましょう、私の能力は”凍結”と”解凍”…貴方と同じ力を持ちながら、貴方の攻撃を相殺可能です。いくら頑強な氷塊を繰り出そうとも私に燃ゆる魂の火は消せません」
彼女が告げると、狼狽えたポーラーがその剛腕を振るう。
が、その腕は御剣前に触れる事無く切り落とされていた。
御剣前が携行していた刀の一閃がポーラーに繰り出されていたのだ。
「ーーーーーーッ!!!」
「太刀…童子切・
御剣前が隙を見せた瞬間にマニピュレートが操っているライダーらをけしかける。
が、瞬時に彼らを凍らせて足止めする。
「悪鬼羅刹よ、雪花の如く散りなさい」
《Blizzard・Impact》
沖縄と言う温暖地に似つかない雪が降りしきる。
同時に氷の床を作り出しアイススケートの様に滑走する御剣前が、寒さにかじかんで動きを鈍らせたマニピュレートを一刀両断する。
「
必殺の剣技を叫びながら、御剣前は納刀する。
静かに金属音が打ち鳴らされた瞬間、マニピュレートが爆散する。
「相棒! …何なんだお前はッ!?」
「私は……世界を支配する、悪の首魁―――いいえ、そうではありませんね」
狼狽するポーラーの背を取ると、氷塊による高台を発生させポーラーの攻撃をかわしながら天高く跳躍し、両手で凍霧を構えて縦一直線にポーラーの額辺りを
「
ポーラーが撃破されると同時に彼が発生させた全ての氷が砕け散る。
その光景は、降りしきる雪と共に花びらの様に見えた。
光を反射して輝く雪に、御剣前は遥か過去の記憶を思い出す。
”お父さん、どうしてこの島には雪が降らないの?”
”ぬくさる気候やくとぅや~”
”そっか、あったかいと雪降らないんだ…私、いつか雪見てみたい! あと、波照間島にも雪を降らせてみたい”
”うれ~無理やさ”
”無理じゃないよ! いつか、お父さんにも雪を見せてあげるよ!”
(―――まさか本当に、雪が降るなんて…)
御剣前が変身解除すると、その手に雪を乗せる。
「―――もう、良いのだな」
アプスが問う。
吹雪は砂浜に立ち、アプスに告げたのだ。もう終わってもいいのだと。
「長年の夢を果たしてしまいましたから」
アプスが頷くと、吹雪の胸から光の玉を取り出し、空へ放つ。
その光玉は魂であり、空となった吹雪の体はどこかへ消えていく。恐らくあれが亡骸として現世に残るのだろう、と吹雪は実感した。
(”何なんだお前”…か)
魂の還る場所へ導かれながら、魂の身となった吹雪はポーラーの言葉を反芻していた。
自分が一体何なのか、そんな事を考える暇は一度も無かった故、今ようやく自分について見つめ直しているのだ。
(
魂が導かれる先、それは光に包まれた幸福なゴールと言うべき空間であった。
「私は―――
「そうかい? それだけと言うには君は多くのモノを得て来たと思うよ」
吹雪が振り向くと、そこには衡壱が立っていた。
「君が来るまで待っていたよ、吹雪」
「衡壱さん…」
と、吹雪も自分の体が形を成している事に気が付く。しかもその姿は大人の女性となっており、彼女が悲願としていた、衡壱と並べる程の齢となっていたのだ。
「人類救済の功労者に神様からのプレゼントだろうね」
吹雪は、潤む瞳を拭って笑うと、衡壱に手を引かれて光の中へ走っていく。
――
2月1日、御剣邸内、当主自室。
「風露様、新体制となったバディ及び御剣家についてご相談が…」
「様はよして下さい、ちょっと前まで同僚だったでしょうが、金剛さん」
バディ長官となった金剛の言葉に新当主、風露はかしこまる。
「ですがねぇ、この縦社会では社交辞令は大事ですよ?」
「はいはい分かりました、それで相談とは?」
旨を問われた金剛は歯を見せて笑うと、カメラを懐から取り出した。
「写真撮影、バディではお約束なので。折角だから風露様もどうぞ」
「ふふ…それでしたか。分かりました、お受けしましょう」
新たな指導者の下、これからの未来を明るく迎える為に全員が笑う集合写真。
そこには、未来を信じて想いを託した2人のリーダーがうっすらとピースしていたと言う。