喫茶『衛宮さんち』   作:山崎五郎

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あなた が ほしい


I beg you

 

…タマキくんの母親、秋葉さんと、そのお付の人…琥珀さんと翡翠さん。

私にいろんなことを…本当に信じられないようなことをたくさん言って、去っていった。

 

 

 

この街で起こっていることの原因が、タマキくんにあること。

 

 

 

それを何とかするために、この街を離れなくてはならないこと。

 

 

 

そして…そのまま戻ってこないかもしれないこと。

 

 

 

私はどうすれば良いのだろう。

そんな途方もない、常識の通じない世界で、一体私に何ができるというのだろう。

 

この街で、そんなものとは無縁に、ただ生きてきただけの私に…

 

 

 

 

 

ガチャン!

 

「え…」

 

手に持っていたケージから音がして、あんこが飛び出していった。

しっかりと鍵を閉めていなかったのか…とにかくすぐに追いかける。

 

「あんこ!ダメよ、ちゃんとケージに戻って…!」

 

「……………」

 

タマキくんのベッドまで移動したあんこは、いつものように顔に飛びつくわけでもなく、顔をペロペロと舐めるでもなく、

 

枕元に大人しく座って、ジーッと見つめているだけだった。

 

「………ん、う。ありゃ…あんこ?お前、どうしてここに…

 

あれ、千夜ちゃんも来てたんだ。おはよ〜」

 

「――――――――」

 

「…千夜ちゃ〜ん?」

 

「へっ。あ、お、おはよう、タマキくん…よく眠れた?」

 

「…まあね〜流石は病院って感じ?ベッドも掛け布団もフカフカですよ。

…消毒の匂いはやっぱ慣れないし、病院食も美味しいって言えば美味しいけど…やっぱ、甘兎の甘味とかシロウちゃんの料理が恋しいなぁ〜って」

 

「―――っ」

 

言葉に詰まる。

普段なら喜ばしくて顔が綻ぶというのに、先程の話の後では、胸がキリキリと痛む。

 

「…あー千夜ちゃん。もしかして、母さんからなにか聞いたの?」

 

「えっ」

 

「さっき母さんが来てさ〜『あなたのその症状を治すためには一度うちに帰ってきて貰う必要があるわ』って。

治るのはありがたいけど、唐突すぎない?」

 

「…それ、お母さんの真似?」

 

「うん。どう?似てた?

かれこれ直接会うのも数年ぶりだけど、元気そうで良かったよ」

 

「……………」

 

ハッキリ言えば、似てない。

こんなゆるゆるとしたタマキくんの母親が、あんな厳格なお嬢様みたいな人だなんて…

 

強いて言うなら目元と、あと髪の毛、が………

 

「………せめて、終業式は出たいんだけどなぁ…春まで帰ってこれるかなぁ」

 

「………そう、ね。

連日の事件もあって、学校も休学中だし」

 

「マジ?じゃあそもそも終業式自体ないまま春休みとか?」

 

「ふふ、この調子だとありそうね」

 

「そうなったら宿題も出ないのかな〜春休みは実家で遊び放題になったりして」

 

「……………タマキくんの実家ってどんなところなの?」

 

「んん?一応都会の街から少し外れた洋館みたいなところで…だだっ広いけどあたしの家族しか住んでないんだよね。

母さんと、琥珀さん翡翠さん、あと兄さんとそのお付の人二人…」

 

「すごい家なのね…」

 

「あと、街には『メシアン』ってカレー屋さんがあってね。

そこのカレーがすっごい美味しいの。あと隣町には焼肉屋さんがあって…」

 

 

 

それからしばらく、タマキくんの故郷の話に花を咲かせた。

話をしているタマキくんは、本当に楽しそうで。

 

実家に帰れるのも、楽しみみたいで。

 

 

 

「…でもさ〜。やっぱあたしはこの街が好きなんだよね」

 

「え…」

 

「そりゃあ、実家が恋しくないわけじゃないけどさ。

千夜ちゃんがいて、リンネくんたちがいて、ココアちゃんがいて、衛宮さんちが、甘兎が、ラビットハウスが、フルールが…

 

他にも数え切れないぐらいいろんな物があるこの街が好きなんだ〜。

 

やっぱ、これからもこの街で過ごしたいなぁって…今は思うよ」

 

「――――――――っ」

 

「………千夜ちゃん?」

 

「っ、な、なんでも、ないの…ごめんね、そろそろ、時間だから…」

 

「ん。そっか。

来てくれてありがとね。そんじゃあ〜」

 

…振り返らずに部屋を出ようとする。

でも、せめて。

 

「タマキくん」

 

「ん?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「もし…もしも。

実家からすぐに帰ってこられたら…皆で、お花見に行きましょう?

 

特製のお団子、たくさん用意するから」

 

「ほんと?やったー。

千夜ちゃんの作るお団子美味しいからね。楽しみにしてるね〜」

 

「ふふ、ありがとう。それじゃあ、お大事に。

 

 

 

 

…さよなら」

 

せめて、彼の前だけでも、笑顔を見せたままで。

病室を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

夜。

 

誰も彼も寝静まり、活発に跳ね回るうさぎたちも塒へ帰り明日を待つ。

そんな最中。

 

一人の少女は街をゆく。

 

ふらふら、ふらふら、おぼつかない足取りで。

ふらふら、ふらふら、だけどまっすぐ。

 

病院に向かって、ふらふら、ふらふら、ふらふら。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

不思議と病室までは問題なくたどり着けた。

神様が私に味方してくれているのかもしれない。

 

懐にしまい込んでいたそれを、ゆっくりと取り出す。

彼の傍らまで移動し、両手でそれを持ち。

 

ゆっくりと、頭上に持ち上げ。

その切っ先を、彼に向ける。

 

窓から入った月明かりが、刃に反射する。

 

 

 

「タマキくん」

 

 

 

大丈夫。

 

あなたはどこにも行かなくていい。

 

これからもずっと一緒だから。

 

最期まで、この街で。

 

一緒だから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あとは、刃を彼に向けて振り下ろし、一突きすればいいだけ。

それなのに、分かっているのに。

 

…それは、出来なかった。

 

「――――――ぁあ、あ…あ…」

 

声にならない声が喉から零れ出る。

目から流れた雫がポタポタと落ち、シミを作った。

 

「ち、がう…ちがう…わたし…」

 

こんなことがしたかったんじゃない。

でも、でも。

 

それでも。

 

「はなれたく、ない、のに…」

 

彼に居なくなってほしくない。

ずっと自分と一緒に居てほしい。

 

だけど。

それが彼を苦しめるのなら。

 

もしここから離れて、彼が幸せになれるのなら。

彼が、たとえ私以外の人とでも笑っていられるのなら。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

彼の唇に、自分の唇を重ねる。

 

せめて、どうせ最後ならと。

 

彼に、自分の存在を刻みつけるように。

私に、彼の存在が刻み付くように。

 

 

 

瞼を閉じたまま振り返り、彼を見ないように、病室の出口まで、ゆっくりと。

決して、彼をもう一度も見ないようにして。

 

もし、後一度でも彼を見てしまえば。

きっと今度こそ、離れたくなくなってしまうから。

 

 

 

 

 

 

「さようなら。タマキくん

 

 

 

 

 

 

――――――大好き」

 

 

まるでなにかから逃げるように、もう引き返せないように。

夢中で駆け出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

いかないで

 

 

 

 

「え―――――――――」

 

 

そう、声が聞こえた気がして。

 

その刹那。

 

私の視界は、真っ赤に染まった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

夜になると。不思議な感覚に襲われる。

身体がまるで氷みたいに冷たくて、どうしょうもなく寒くなって。

 

街を歩いて、温かいものから熱を分けてもらう。

 

そしたら、少しだけ温かくなる。

 

 

 

 

 

なんて。本当はどこかで分かっていた。

 

温かいものは、人。

 

そして、連日報じられている倒れた人は、あたしが熱を奪った人たち。

 

あたしは、他人の命を奪って生きながらえるどうしようもないもの。

 

だから、いつか罰が当たる。

 

あたしを何とかしてくれようと思ってる母さんや、心配してくれてる皆には悪いけど。

 

それは、多分無理だ。

 

 

 

 

 

 

そして、その日はやって来た。

 

あたしのよく知る、大切な友達。

 

その手に握られていたのは、銀の刃物。

 

気づかないふりをして、何事もなく眠ったふりをして。

せめて、彼女が苦しまないように、声もあげないようにしよう。

 

だって、悪いのはあたしなんだから。

千夜ちゃんが悪く思うことなんて、ないんだから。

 

 

 

 

でも、それは振り下ろされなかった。

 

代わりにやってきたのは、唇に柔らかい感触。

目を閉じていても、なんとなく分かった。

 

そして、彼女は離れていって。

 

 

「さようなら。タマキくん

 

 

 

 

 

 

――――――大好き」

 

「―――――――――――ぁ」

 

彼女は、病室を飛び出した

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

やだ。

 

いやだ。

 

いやだいやだいやだいやだ!!

 

はなれていかないで、いなくならないで!!

 

じぶんがなにをしたかなんてどうでもいい、きみがなにをしたかなんてどうだっていい!!

 

ただ、ただ

 

もっといっしょにいたいだけなんだ!

 

 

 

 

 

 

 

のびたのは手か、それとも足か、それとも髪か

 

わかるのは。

 

あたしが、千夜ちゃんをつつみこんだ。

 




ちなみに包丁を千夜ちゃんが振り下ろしていた場合、それを監視していた秋葉様に逆に首をスパッとされ、タマキくんも絶望に打ちひしがれながら気絶させられ完全にバッドエンド直行となります。






ED『I beg you』Aimer

エンドカード『廃墟に横たわるタマキと千夜。
千夜の手には彼岸花のブーケ、タマキの赤い髪が千夜に向けて伸びていっている』









約束の花。
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