喫茶『衛宮さんち』   作:山崎五郎

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約束の花。





春に帰る

 

 

 

 

あかい。あかい。あかい。

 

うえも、したも、右も左も。

 

トマトみたいに、林檎みたいに、血みたいにまっかっか。

 

指先からだんだん、身体が冷たくなってくる。

 

寒い、さむい。いたい。

 

どうして、こんなことになったの。

 

こわい。だれか、たすけて…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「がァ!?」

 

「…ぁ」

 

…赤いのがなくなった。

周りに見えたのは、病院の廊下で…

 

「…まさか暴走するだなんて。こんなことならもっと早くから連れ戻しておくべきだったかしら?

 

琥珀、翡翠」

 

「はい!秋葉様!」

「はい、秋葉様」

 

「千夜さんを連れて離れていなさい。

それと、仕込みは?」

 

「もちろん済んでいます!院内すみずみまで申し分なしに!」

 

「教会の神父様からの協力も確約なされています。

存分に」

 

「そう。

 

…なら、存分に不肖の息子を躾けてくるとしましょうか」

 

「………ぁ、ま、って」

 

「おおっと!いけませんよ千夜様!さあこちらへ!」

 

「流石に我々がこの場に留まるのは危険です。

この場は離脱です」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………これで十二分に離れたでしょう。

タマキ。そろそろ部屋から出てきたらどうかしら」

 

「…ォ、ァあ、あァァアあ…」

 

「――――――そう。もう私のことも分かってないのね。

まあ、むしろ好都合だわ。

 

余計なことを考えずに済むもの」

 

 

 

タマキの赤が秋葉に向かって伸びる。

 

しかし、バシン、バシンとそれらを弾き返す赤いもの。

…遠野秋葉もまた、その髪を赤く染め上げていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…ぁ、れ?」

 

「千夜さま!」

 

「目を覚まされたのですね…良かったです!」

 

ここは…病院の外?

私、タマキくんに…それで…あれ。

 

タマキくんは?

 

「タマキくんは今、どこに…!」

 

「千夜さま!動いては…!」

 

立ち上がって彼を探しに行こうとするが、足にうまく力が入らない。

ばたりと地面に倒れてしまう。

 

「ぅ、あ…」

 

「千夜さま、落ち着いてください…今タマキさまのもとに向かわれるのは危険です」

 

「でも、タマキくん…今…」

 

「タマキさまは秋葉様が何とかしてくださいます。

ことここに至ってはこのまま家へと強制送還もやむなしですが…被害が出ることはないでしょう。

 

ご安心くださいまし」

 

………強制送還。

分かっている。どのみち、もうタマキくんとは会えなくなる。

 

分かっていたから、あれに踏み切ったのに。

私は…

 

 

 

 

 

 

 

「…ごめんなさい。

でも…私…やっぱり行かなきゃ」

 

「千夜さま、しかし…」

 

「ごめんなさい、琥珀さん、翡翠さん…でも」

 

「行ってどうするのですか?」

 

「…琥珀さん」

 

今までの楽観的な声とも、ただ淡々と告げるような声とも違う。

低くて、本気で言い聞かせるような声で、琥珀さんが話しかけてきた。

 

「あなたもタマキさまのあの姿を見たのではないのですか?

加えて、あの人はあなたまでも襲おうとしたのです。

 

あの人はあなたやその周りの、平々凡々な方々とは理由が違うのですよ。

そんな人のところに、あなたが行って何が出来るというのですか?」

 

「「………」」

 

私だけでなくて、翡翠さんも驚きの表情を隠せずに居た。

だって、あんな明るくて、どこかあっけらかんとしていたあの琥珀さんが…

 

…確かに、私が行って出来ることなんてない。

でも。だからって。

 

「…それでも、タマキくんをこのままになんて…このままお別れなんて、私は納得できません」

 

自分で別れを告げておいて、何を身勝手な…と、我ながら思う。

でも、それでも。

 

嫌だと、思ってしまったから。

 

彼と離れ離れになるのが、恐ろしいと思ってしまったから。

 

「…理解できませんね。どうしてそこまでするのですか?

まさかとは思いますが、タマキさまを愛しているから、とでも?」

 

 

 

―――――その通りだ、とは言える。

でも。少し違うんだ。

 

私はタマキくんのことが好きだ。愛している。

それは、確かに紛れもない事実なんだろう。

 

でも、それだけじゃない。

 

 

 

「―――――――この場所が好きだって、言ってくれたから」

 

「「!」」

 

「私だけじゃない。衛宮家の皆が、友達が、たくさんのお気に入りの喫茶店やいろんなお店が、

 

大好きなものがたくさんあるこの街が好きだって…

これからもここで過ごしていたいって、言ってくれたから。

 

…でも、やっぱりそれだけじゃない」

 

この街が好きだって言ってくれた。

それだけじゃ足りないんだ。

 

いつか、この街だけじゃなくて、自分のことをちゃんと見てほしいと思う。

この木組みの街だけじゃなくて…私自身が、彼の帰りたいところになりたいんだ。

 

「…千夜さま、本気でタマキさまに恋してらっしゃるんですね」

 

「え。 あ、その…」

 

「そんな今更謙遜なさらずとも。

恋する乙女の顔は、私もよく見てきましたので」

 

「…姉さん…」

 

「きゃ!翡翠ちゃんったら怖いお顔!

ほらほら千夜さま!早く逃げないとお怒りの翡翠ちゃんに捕まっちゃいます!早くお逃げになって!」

 

「…!は、はい!」

 

そのまま駆け出す。

タマキくんの病室に向かって。

 

不思議と、足の重さや身体の冷たさはどこかに行っていた。

 

 

 

 

「…姉さん、よろしかったのですか?」

 

「あら、翡翠ちゃんこそ。まるで止める様子もなかったじゃないですか」

 

「それは、その…このままタマキさまと千夜さまがお別れになるというのは、その、心苦しいと、言いますか」

 

「つまり可愛そうだと思ったんですね。ならそれでいいじゃないですか。

どこかの誰かも言っていましたもの。『愛し合う二人はいつも一緒!やっぱ何よりそれが幸せだ』って!」

 

「…そう、ですね」

 

「とはいえ!このまま何もせず逃がしては秋葉様に後で何を言われるか分かったものではありません!追いかけましょう!」

 

「はい!」

 

 

 

「そこのお二人、ちょっと待った」

 

「…?はい」

 

「なにか御用で…

 

 

 

 

 

 

…え?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

赤い瘴気が大きな円鋸輪となってこちらに振り下ろされる。

円の内側からそれを掴み、解き、無力化する。

 

それを見た相手は足元に瘴気を吹き広げた。

食らっても大した問題ではないし、押し返すこともできるが…跳び上がって回避を優先する。

 

私に隙が出来たと思ったのか、真っ直ぐに爪を…いや、瘴気をまっすぐ飛ばしてきた。

軽く弾いてやると、飛び掛かってくる。

 

今度は直接突き出してきた腕を掴み、投げ飛ばす。

 

 

…わが息子ながら中々に手間を掛けさせてくれるものだ、と遠野秋葉は思う。

彼は数日前に力を目覚めさせたばかり、それも本来のそれに比べれば微々たる力だったはず。

 

多くの人間から熱を奪いあげていたことを考えれば、地理も積もればなんとやら、といったところだろうか。

 

 

 

――――――が、そんな仮初の微々たる力を、さも一人前かのように振るって、肝心の身体がついてくるはずもなく。

 

 

 

「ゥ、ア、ァ…?」

 

力が抜けたように項垂れ、地面に横たわる。

ふぅ、とため息をこぼし…ゆっくりと歩み寄る。

 

「……………」

 

右手を振り上げる。

何も殺すわけではない。

 

だが、曲がりなりにもこの子は遠野の血を継ぐ子なのだ。

先程までの戦いでも、加減していたとは言え大した負傷も見られない。

 

強い衝撃でも与えてやらなくては、気絶することもないだろう。

 

 

 

 

 

「環」

 

口から名前がこぼれ落ちるように、我が子の名を呟いた。

罪悪感からか、後悔からか。

 

そんなもの、私が今更感じで何になるのか。

謝罪したところで、何も変わるわけでもないのに。

 

それでも。

 

 

 

「ごめんね」

 

 

そう一言呟いて。

右手を振り下ろして

 

 

 

 

 

 

 

「待ってください!!!」

 

「ッ――――!?」

 

「………ぁ」

 

後ろから突然聞こえた、聞き覚えのある声に思わず振り返る。

肩で大きく息をしながら、少しずつこちらにやってくる、息子の同級生の女の子が、そこに居た。

 

「おね、がい…待って、待って、ください…」

 

「――――――何をしに来たの?」

 

今更貴女に出来ることなんてない。とそう言おうとする。

ただの人間のあなたがこの場に来たところで…

 

 

 

 

「ち、や…ちゃん?」

 

「………え」

 

「タマキくん…タマキ、くん」

 

嘘。さっきまで獣みたいに暴れまわってた息子が、自我を取り戻した。

あの子を見たから?そんな馬鹿な…いや、元々暴走したのも彼女が原因と考えれば…

 

 

「タマキくん…しっかり…」

 

千夜さんがタマキに手を伸ばしていた。

 

「その子に触れては駄目!!」

 

咄嗟に二人の間に割って入り、千夜さんを私の後ろへ。

「あ…」という声が聞こえ、少々心苦しくなった。

 

「…辛いと思うけど、今は抑えて頂戴、二人共。

タマキが今貴女に触れたら、今度こそ何が起こるかわからないの」

 

「「―――――――」」

 

二人共理解してくれたのか、大人しくなった。

油断を許さない状況ではあるけれど、好都合だわ。

 

「環。あなたはこの街で大変なことをしたわ」

 

「――――――うん」

 

「多くの人間から熱を奪い、あまつさえ己の大切な友人すら手に掛けようとした」

 

「………」

 

「そんなあなたを、私は母として、遠野家の当主として、この街においておくことは出来ません。

 

―――――――今日を持って、あなたは遠野家に帰って来てもらいます」

 

「―――――――――」

 

項垂れながらも、反論はない。

自分のしたことを本能的に理解しているのだろうか。

 

ならそれに越したことはない。

すぐにでも琥珀に連絡をして…

 

「待ってください」

 

「…千夜さん。まだ何かあるのかしら」

 

「まだ…タマキくんの本心を聞いてません」

 

「………」

 

「ほん、しん?」

 

「そうよ。タマキくんは本当にそれでいいの?」

 

「―――――――――」

 

「琥珀さんが言ってたの。

このままあなたの実家に帰ったら、もう戻ってくることはないだろうって。

 

タマキくんはそれでも良いの?」

 

「―――――――あた、しは…

 

 

 

沢山の人に、迷惑かけたよ。

 

何となく分かるんだ。

人によっては、命が危うくなった人だっている。

 

それなのに、自分はこれまで通りなんて…そんなの…

 

それに、()は千夜ちゃんのことだって…」

 

そうだ。

息子は大切な友人すら手に掛けようとしたのだ。

 

それがどんな意図であれ、それは許されて良いものではないだろう。

 

 

 

―――――――なのに、どうして彼女は。

 

息子に、手を差し伸べているの。

 

 

 

 

「…冷たい」

 

伸ばした手が息子の頬に触れた。

もう片方の手もまた、同じように頬に触れ、顔を優しく撫でる。

 

「…こんなに、冷たくて、寒くて…ずっと、辛かったよね

 

 

 

ごめんね…もっと、寄り添ってあげればよかった。

もっと、早く気づいてあげられればよかった」

 

「―――――――」

 

彼女は、息子に謝罪したのだ。

命を奪おうとした、その少年に。

 

どう考えても彼女に否などないというのに。

 

「…タマキくん。

私は、貴方のこと許すわ」

 

「え…」

 

「たしかにあの時は、怖かったし…死んじゃうかと思ったけど。

それは、タマキくんだって一緒だもの。

 

自分が許せなくて辛いって言うなら…私がそばにいてあげる。

 

『あなたはここに居ていいよ』って、言ってあげる、から。

 

だから………」

 

少女が息子を抱きとめた。

声が震え、顔から雫が流れ落ちる。

 

「どこにも、いか、ないで………

 

私の前から、いなくならないで………」

 

―――――――ああ。

 

まるで、古い鏡を見ている気分だ。

 

 

 

理由など必要なかった。

 

ただ、愛するものに自分の傍らにあってほしかった。

 

今の彼女も、望むものは変わらないのだ。

 

たとえそれがどんなものでも、愛する人にそばにいてほしいだけなのだ。

 

 

 

 

 

 

 

――――――だけど。それでも。

 

いや、だからこそ。

 

「環」

 

「…かあ、さん?」

 

懐から小さい刃を取り出す。

指の先をスッ、とわずかに引き裂き、そこから赤いものを流した。

 

「―――――――ッ!!」

 

「きゃっ…!?」

 

飛ばされた彼女を受け止める。

何が起きたのかわからない彼女は、息子と私を交互に見つめる。

 

…必死に手すりにつかまり、何かを堪らえようとする息子を。

 

「―――――――ァ、ァあ!!!」

 

「タマキくん!?どうしたの「近づいては駄目!!」

―――――――っ」

 

「………これが、私達に架せられたもう一つの業。

特異な力、優れた血筋…それと引き換えに、我々は血液を欲する」

 

「………吸、血鬼」

 

「似たようなものかしら。

私の先祖は嘗て人に近しい鬼と交わった…それ以来、遠野の一族は混血。

 

人と何ら変わらぬ姿でありながら、どうしようもなく人から離れた力を持って生を受ける。

そして、当然それには代償が伴う。あんな風にね」

 

「フーッ、フーッ、フーッ…!!!」

 

「たとえあなたがそばに居ても、それで自我を保てても。

どうしようもなく、あの子の中には衝動がある。

 

それは…いつか、あなたの命にすら届くわ」

 

「………」

 

「これで、分かったでしょう。

 

…どうして、あの子が…私達(・・)が、あなた達から離れて生きなければならないのか…」

 

 

 

 

 

 

 

―――――――タマキくんは先程まで以上に、苦しそうに唸っている。

赤い髪はゆらゆらと動き、しかしながら留まろうとしている。

 

…ふと、秋葉さんの方を見た。

 

ただ、冷淡に事実だけを話し、タマキくんを連れ戻そうとしていたその人は。

 

 

 

 

―――――――先程までの私と変わらないくらい、泣きそうな顔をしていた。

 

 

 

 

 

「そこで、大人しくしていて」

 

私を床におろし、ゆっくりと立ち上がる。

そして、タマキくんに向かっていく。

 

止めないと。

 

でも、どうやって。

 

だって、もう、

 

私にできることなんて。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「秋葉様ストップですーーーーーっ!!!」

 

「「!?」」

 

突然その場に割って入ってきた声。

それは、つい先日から聞き覚えのある…

 

「琥珀…それに翡翠、一体何を…」

 

「秋葉様、環様の吸血衝動を抑えられるかもしれないものが…」

 

「…な」

 

「お願いします秋葉様、環様を暫し抑えていてください!!」

 

「………」

 

瞬く間に駆け寄り、タマキくんを取り押さえた秋葉さん。

その近くに琥珀さんが駆け寄り…

 

「環様、ちょっと痛いですよ。

射ったあとは苦しいかもですけど…我慢してくださいね!!」

 

タマキくんの首に、注射器を刺して。

 

 

「ゥ、ア、ァアア――――――――――!!!」

 

 

「っ!タマキく―――」

 

「駄目です千夜さま、今は…!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ぁ、あ…」

 

タマキくんが動きを止め、小さく声を上げ項垂れた。

赤い髪はよく見知った黒に戻り。その目が開かれ。

 

「タマキ、くん…」

 

「…ちや、ちゃん」

 

彼に先程までの恐ろしさはない。

いつもと何ら変わらない。私の大切な人が…

 

衛宮タマキが、そこに居た。

 

「…環」

 

「…母さん、血が出てる。

怪我…してるの?」

 

「――――――――――!!!」

 

「や………やったぁ!!やりましたよ秋葉様、翡翠ちゃん!!

環様が、環様が―――――――!!」

 

「はい、はい―――――――――」

 

琥珀さんも翡翠さんも、まるで自分のことみたいに嬉しそうに喜んで、涙を流して。

つられて、私まで泣いて。

 

 

こうして、病院の一幕は幕を下ろしたのでした。

 





温かな、春の日に。
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