惚れた男に幸せになってほしいだけよ
木組みの街を去る日がやってきた。
1週間にも満たないつかの間の日々だったけど、いろんなことがあって楽しかったわ。
…いや本当、たった数日でいろいろありすぎだっての。
結局士郎の店で寛ぐことも出来てないし。
「二人ともごめん!私に付き合わせちゃって…!」
「いやいや、そんな謝らなくてもいいわよ」
「そうですよ。
公園でのピクニックも、ボートレースも、サプライズパーティーも全部楽しかったんですから!」
「凛ちゃん…桜ちゃん…」
「衛宮くんたちもありがとうね、わざわざ見送りに来てくれちゃって」
「………まあな」
「あら、ずいぶんそっけない態度ね。
私達が帰るの寂しくないのかしら?」
「…………………………」
「ちょっと?」「先輩?」
「その顔で近づくな!!
…寂しいか寂しくないかと言われれば、寂しくはなるだろ。
昔なじみにせっかく会えたんだし」
ふん、よろしい。
その顔に免じて今回は許してやるのだわ。
…ただ、もう一つ。
「
「………ああ」
「…逃げちゃだめですからね?先輩」
「分かってる」
「…凛さん!桜さん!」
「…リゼ。キミも来たのか?」
「あ、ああ…」
うん、ちゃんと来てくれたみたいね、よしよし。
んじゃ、こっちにも発破かけてやりましょっか!!
「リゼちゃんっ!!」
「わっ!?ちょ、凛さん何を…」
「頑張んなさいよ。
ちゃんと決着つけてね。私たちのためにも」
「………っ、は、はい!」
「?リゼちゃんたちなんの話ししてるのかな?」
「さあ…」
「ふふっ♪こういうのは大人にしかわからないものなんだよ、ココア、チノちゃん♪」
そんなこんなと話しているうち、電車も出発の時間に。
名残惜しいけど行かなくちゃね。
「じゃあね、士郎。
久しぶりに会えて嬉しかったわ」
「先輩、お元気で!!」
「ココアたちも元気でね!たまにはうちに帰ってきなさいよ!」
そうして、私たちは木組みの街を後にしたのでした。
凛さん桜さんは街を去った。
嵐のような姉妹だった…
それにモカさんも加わって…いや、その話はいいか。
それよりも…
「…いっちゃったな、3人とも」
「―――――そうだな」
「………」
「………」
沈黙。
2人揃って次の言葉が出ず押し黙る。
せっかく凛さんが背中を押してくれたのに…踏み出すのが怖い。
そもそも、私がシロウのことをす……………
気持ちを向けていたって、私の一方通行じゃ意味がないんじゃないのか。
シロウからしたって、私なんて年下の子供だろうし…
でも………
「リゼちゃーん!シロウさーん!
二人も帰ろー!!」
「えっ、あ…いや…」
「………すまない二人とも。
少しリゼを借りてもいいだろうか?」
「えっ」
「「え?」」
思わず声が出た。
どうして…
「………リゼ、少し時間を取らせるが…構わないか?」
「………分かった。
私も話したいことがあったんだ、ちょうどいい」
静まり返った店内。
夕焼けの橙色の光がわずかに差し込むそこにいるのは、リゼとシロウだけ。
店の奥から皿を持ったシロウがやって来た。
その上に乗っていたのは…
「…私が初めて来たときと同じだな」
「案外味は違うかもしれないぞ?
まあ、食べてみてくれ」
「―――いただきます」
スプーンでも分かるフワリとした感触の卵と、チキンライスをひと掬いして口に運ぶ。
………なぜだろう。
あの時あんなに美味しかった味が、今はまるで感じない。
感触も、料理の腕も、あの時より上だと分かるような出来なのに。
…いや、何となく分かっている。
心にしこりの残った、伝えたいことを伝えられていない今の状況が、素直に料理を楽しむことを邪魔してるのか。
なら、ちゃんと伝えないと。
早く、この胸中を………
「…っ」
「リゼ?」
怖い。
怖い、怖い、怖い。
もし、それを伝えて、突き放されたらどうしよう。
もし、この気持ちが相手に届かなかったらどうしよう。
何より、シロウに嫌われてしまったら、私は―――――
「…ハァ。ダメだな…
まったく、気持ちに料理の腕が左右されるなんて、料理人失格だ」
「………?シロウ?
顔が…それに気持ちって…」
「いや、なんだ。遠坂…凛のヤツに言われたことがずっと引っかかっているんだ。
オレはリゼの事をどう思ってるのかと」
「―――――――ぇ」
凛さん、シロウにそんな事を。
でも、それは…
「………そ、れは。
シロウ、その…」
「桜にも聞かれたんだ。
そういうのは早めにはっきりさせておけ、と…」
「………………
それで、
なんて、答えたんだ、お前は」
聞いてしまった。
でも、聞かずにはいられなかった。
「―――――分からない、と」
「――――――――――――」
「そもそも、遠坂のことも…好きだった、という感情は後々になって自覚したものだ。
気になる女子…という、思春期ならありがちなものだよ」
でも、それは。
凛さんの事を好きだったのは本当のことじゃないのか。
でも、今のシロウの態度は…
「ただ。凛や桜に聞かれて、考えて…一つ、わかった事はある」
「え…」
「リゼ。
オレは、………オレの料理を食べて、笑ってるお前の顔が、きっと好きだ」
「………」
「初めてやって来た時の…オレの作った料理を食べた時の、あの顔がずっと忘れられなかった。
味見役の協力を頼んだのは…その顔をもっと見せてほしいと思ったからだ。
そして…これからもその顔を見ていたいと思った」
「―――――それ、って」
青年が頭をかく。
手の動きに合わせ、短めに揃えられた髪が揺れる。
俯き、押しだまった静寂の中、
「リゼ。
オレの作った料理を、毎日食べてくれないか。
…あの笑顔を、これからも見せてほしい。
オレの隣で」
「―――――――!!」
青年の告白に、少女は目を見開く。
両者の顔が赤く染まっているのは、きっと夕焼けのせいだけではない。
『ありがとう』
「………上手くいったみたいね」
「良かったですね、姉さん」
「…桜、あんたは良かったの?
あんただって士郎のこと…」
「いいんですよ。
先輩が私のこと…『そういう風』には思ってないって分かってましたから。
なら、せめて同じような気持ちで思い悩んでいる人の背中を押してあげたいって思ったんです」
「―――強いわね、桜は」
「姉さんだって」
「よし!二人とも今日は飲もう!
そしてうちに泊まっていきなさい!!」
「「モカさん!!?」」
いつから聞かれてたのかしら!?
というか…
「そんなの駄目ですよモカさん!
モカさんのお家の方にだって迷惑が…!」
「大丈夫だよ!お母さん優しいから!!
今日は3人で飲み明かすぞー!!」
「あ、ハハ…」
こりゃ逃げられなさそうなのだわ。
仕事に戻るのは少し遅れそうね。
おめでとう、士郎。
そして今度こそさよなら。
私の初恋――――――――。
その後、保登家にはベロベロになったモカ・凛・桜の姿が…
ED『愛を叫べ』嵐