透き通るような世界観にいちゃいけないタイプのクリーチャーに成ったけど今日も元気に擬態する 作:食卓の英雄
対
道中の海の様子はいつも通り、凍えるような風はあるものの、冬場でないだけぬるい方である。
何か異変があるかとも疑い、周囲を探知してみたが、成果は芳しくない。
2番船には超音波ソナーを始めとして水中用ドローンなどの探知機を総動員し、目下捜索中である。
それ程の大きさの生物だけに、発見は容易に思えたが、その様な痕跡は見つからない。思えばこれまでの漁と調査において発見事例がなかったことから、何らかの方法で身を隠している可能性がある。
「……いや、そもそも、動く大地のようなものを探査機が感知するのか?」
生物として規格外にも程があるそれを目的に作られた機械など、現段階では存在しない。まして、報告からして甲殻の上に岩を纏っているそれを、動いていない状態で発見できるのだろうか。
もしくは、一部の甲殻類などのように地面に埋まっている可能性も十分に考えられる。
「…周辺の生物探知よりも、より深域の地質を調べたほうが早かったか?」
そうなると、持ってきたレーダーの類はあまり役に立たなくなってしまうが。
巨体から、そう離れた位置に移動することも無いだろう。ならば、目撃例から周囲50km四方を目安として、切り換えようかと声に出そうとした次の瞬間だ。
「っ!」
「これは…!あの方の言っていた…!」
急激に波が立ち、海が荒れ始める。揺れる船上で揉まれる彼女達だが、それでも選抜されただけあってか、互いに指示を飛ばし合い、各々の役割につく。
『オーナー!2時の方向、水深約150m位置にある台地が盛り上がるのを確認した!情報と一致する、あれがカルキノスです!』
2番船の放つドローンからの映像が共有される。
ほの昏い水底の岩盤が、亀裂を立てて持ち上がる。尋常ではない砂埃が立ち込め、ゴツゴツとした岩肌から、節ばった岩の柱が立ち並ぶ。
持ち上がった体が、海と海底を揺らし、その急な揺らぎが海面を大いに狂わせる。
「きゃっ…」
「…成程、超自然現象でなく、純粋な質量の移動によるものか」
一際大きく揺れたものの、リアンは足裏の棘で仁王立ちのまま耐え、独自の感覚器官からその威容をしかと見据える。
完全に立ち上がったそれは、奇妙なシルエットをしていたが、体中に纏う岩石には、海藻やイソギンチャクなどが多く付着しており、最早小さな生態系を作り上げているほどだ。
カルキノスの顕現と共に、一気に海の色が薄くなる。カルキノスの背中の台地が、高度を上げたことによるものだ。活動中のカルキノスは海上からでも観測できる。とはいっても、広範囲にわたって薄くなる海面のみが見えているのだが。
「あれは…確かに島と見紛う程ですね…。どの様な味をしているのでしょう?それとも、あそこまで大きいと雑味が強いのでしょうか…?」
「味の考察は後にしてくれ」
『あれ、これ…』
「…どうした?疑問があったら即座に共有してくれ」
『やっぱり…。ドローン越しに視認できているとは思うけど、こいつレーダーに映ってない!』
「何…?」
「何でー!?」という悲鳴をBGMに、リアンは即座に備え付けのレーダーを確認する。
するとどうだろうか。範囲内にいるはずのカルキノスは欠片も写っていない。
「これは、一体どういうことでしょう…。まさか蟹がレーダーステルスを備えているはずが……」
「…………いや、ここまで来たら常識を疑え。ただでさえ妙な生き物がいるんだ。レーダーに映らない程度、どうとでも考察出来る」
ならば、と他のアプローチを指示する。主にドローンによる撮影や、サーモグラフィー等だ。
リアルタイムで映像を解析しながら、脚を動かして海底を歩くカルキノスの後を追う。
いざという時の殿を兼ねた1番船を先頭に、最低でも500m以上距離をとって、対応できる範囲でギリギリまで接近する。
色の薄い海が移動する度に、これほどの巨体が自由に歩き回っているという事実に戦慄する。
「鈍重そうに見えて、意外と速いですわね…」
「……巨体の分、一歩が大きいからな」
追いかけながらの観察でわかったのだが、カルキノスは凡そ時速30km程度で動いている。あまりに巨大なために見た目上ではとてもゆっくり移動しているようにも思えるが、人間にとって、この速度は船を使ってようやく追いつけるという程だ。
これは世界最大の生物であるシロナガスクジラの遊泳速度が時速37kmであることを考えると、巨体に似つかわしくない速度。
見た目上での鈍さに油断していると、その速度故に容易く追いつかれてしまうことだろう。
因みに、1番船にはこちらでの漁師たる少女はハルナしか搭乗しておらず、運転や船員の役割は、テントの周囲を囲っていた黒装束の集団により構成されている。
乗組員は黒いボディアーマーの上から分厚い耐爆コートを纏い、管のついた特徴的なフルフェイスヘルメットをつけている集団だ。
黙々とただ作業を熟す彼らは悪く言ってしまえばとても無愛想で、ハルナが話しかけようと、ロクな返事も寄越さずに少し一瞥したかと思うと、すぐに作業に戻るのである。
不気味さすら感じられるそれに、ハルナも寂しく思ったのか、甲板に出てリアンに話しかけているのだった。
それも当然、黒装束の集団の中身は人ではないのだから。
彼らはリアンの産み出した精鋭。エスカドラ、と種族名をつけられた彼らは、姿を隠しながら高性能な装備を身に纏い、リアン直属の私兵として活動している。
尚これが初任務である。
と、話がズレた。
それから暫くの間、追尾しながら解析を進めるが、やはり距離とその外殻に纏った地面のせいで一部の情報は揃いにくいようだ。
今のところ判明した情報は時速30kmで動き、その体躯は見えている限り、第二関節の両端まで334m。外殻の地面は深層岩が含まれており、それほど長い間生きているということ。
食性は恐らく雑食。藻や魚など、目のつくものを食べているらしい。特に大型の魚類にとっては天敵になりえ、巨体を維持するための食事量もまた、膨大。
そして、構造から推測される種類としてはズワイガニに近く、逆算の結果甲殻の厚さはおよそ2m。甲殻には未知の金属が含まれており、その硬度は不明。
先程は通りがかったシャチを一撃で二つに切断し、チマチマと食い進めていた。
姿を現してから前進している様だが、時折辺りを気にするように、岩塊の隙間から覗かせた目で伺っている。
「……気が立っているのか?」
「分かるのですか?……私には、違いが分からないのですが……」
「いや、そう感じただけだ」
歩みを進めながら、頻繁に辺りを見回しているカルキノスの姿は、余裕のある捕食者などのものではなく、むしろ切羽詰まったようなもの。
あり得るものとしては、度重なる襲撃により警戒しているのか、はたまた縄張り意識が強かったり、気性が荒いことが考えられるのだが……。
如何せん、全体像を収めるのは難しく、決定的な証拠などもない。この距離から調べられる情報は一通り入手した。もっと詳しい内容には、更に一歩踏み込む必要がある。
「仕方ない」
すると、船首から身を乗り出したリアンが、何かを口走る。
「―――――――」
「?今、何か…?」
言葉を発する呼気だけがかすかに届き、意味を持たない奇妙な風切り音のみが耳を打つ。ハルナが漠然と違和感を覚えていると、先程までの静かな気配を一変させたリアンが振り返って叫ぶ。
「っ、失敗した!全力で右に躱せ!」
「はい?一体何が―――」
疑問を抱く暇もなく、舵を取る黒装束の人物は全速力でその場から離脱する。あまりに急な加速に欄干に捕まり耐えるハルナだったが、次の瞬間。
――ゴギンッ
水底から鉄の割れるような壊音が響き渡り、今の今まで船体があった場所から水柱が噴き上がる。
「!?」
「ちっ」
高く吹き上がった水滴が落ちる。吹き出した勢いによって海面が大きく揺れ、船体が攫われかける。
不意の攻撃。それも予想外の一撃に誰もが驚愕し、特にその最中にいたハルナは困惑しながら声を上げる。
「今のは…!?まるで魚雷のようでしたが…!」
「見えたか?」
リアンは即座に2番船へ連絡を取る。データ収集の役割を持ち、こちらに共有している画面以上の視点を持つ2番船ならば、きっとその攻撃の正体もわかるだろう。
そして、その瞬間を一つの海中ドローンが捉えていた。
『ばっちり映ってますよ!見た所、オーナーが何かした後に、やったみたいですけど』
「……ハサミをこちらへ向けて、閉じましたね」
「……直後に大量の気泡が発生し、莫大な水流が吹き上がった、と」
映像によると、リアンの行動直後、それに呼応するように位置を見定めたカルキノスは、唯一岩に覆われていないハサミを持ち上げると、勢いよく打ち鳴らしたのだ。
直後、海流の乱れと大量の気泡によってドローンからの映像は途切れたが、状況からしてそのハサミの打ち鳴らしによるものだろうと推測される。
「…他の機器だとどうなっている」
『ええと、嘘ぉ…。ものすごい熱量が一瞬だけど感知された…。明らかにプラズマが発生する温度を超えてる…。この機器で測れる最大温度を超えてるから分からないけど、少なくとも1万度以上は確実…?』
「1万度…。それは分かりましたが、何故今のような水柱…。いえ、砲撃にも近いものが…?」
「…キャビテーションか」
『はい。多分…』
ハルナが疑問を浮かべ、リアンが思い至ったそれに、やや自信なさげに同意の言葉が返る。
「キャビテーション…ですか?」
“キャビテーション”
液体の流れの中で、ごく短期間だけ飽和蒸気圧よりも圧力が低下した時に、小さな気泡が生み出される現象。この気泡が消滅する際に急激な温度上昇と衝撃波が発生し、最終的には周囲の圧力が飽和蒸気圧より高くなり、周囲の液体は泡の中心に向かって殺到する。
気泡が消滅する瞬間に中心で衝突するため、微小ながら強い圧力波が発生し、騒音・振動を発生させる。
圧力の高さによっては金属すらも破壊する程のもので、実はこの現象は機雷による船体の破壊にも応用されている。
爆薬の水中爆発で大量の高圧気泡が発生することによって起こる破壊力を持ったキャビテーションの波が、衝撃波として襲いかかり、水圧の小さな海面方向へと勢いよく噴出するのだ。これをバブルパルスとも言う。
「では、その…魚雷と同じ化学現象を蟹が?」
「あり得ない話じゃナい。
復活したドローンの映像が、再び鋏を打ち鳴らさんとするカルキノスを捉え、逆算して船を移動させる。
瞬間、またも響いた巨大な破砕音と共に大きな水柱が立ち昇る。
小柄な鉄砲蝦や紋花蝦蛄ですら、驚異の威力と呼ばれたそれが、数百、数千倍の規模で撃ち込まれる。
ただ規模のみをサイズに当て嵌めただけのものは机上の空論だが、現実的な制限を受けていて、尚あれだけの威力を誇っている。
最早、元の生物の持つ鉄砲という名はふさわしくなく、大砲ですら遠く及ばないモノになってしまっている。
「…流石に漁船のみでは厳しいか」
然程待たずして2射目が放たれたことから、あまりクールタイムや負荷はない。或いは踏み倒せるかだ。
いくら発射前に備えられるとしても、海に浮く船である以上、その後の揺れに攫われる。万が一、制御の完璧でない間に数発撃ち込まれれば、そのまま有り余る水流が船を真っ二つに引き裂き、そのままこの海域に投げ出されることだろう。
「……………凄まじい、な」
「ですが、きちんと予測自体は――」
「…撤退だ。今の戦力では相手にもならない。威力偵察の役割も果たせないだろう」
苦々しそうに呟かれた一言を拾ったハルナの顔が、呆気に取られた。
言うが早いか、2番船、3番線に撤退指示を出し、準備が出来次第、こちらも下がると通達を始めた。
直後、再び水柱が上がるが、警戒し、回避に専念していた為にかすることすらなく虚空を貫く。
「……その、よろしいのですか?」
「……何が?」
他の船の撤退の為、意識をこちらに向けている間、ハルナが問いかける。
「結局何もしていない私が言えることではありませんが、あれはあの方の仇の様なものなのでは…」
「……だからこそだ。既に被害が出ている以上、尚更確実に対処する必要がある。……今の戦力でも威力偵察程度はいけるかと思ったが、見通しが甘かった。この戦力では無理だ」
はっきりと断言するリアンに、ハルナは疑問をぶつける。
「無理…ですか?……私には、一定の距離を保ち、あの砲撃にさえ注意していれば対処も出来たように思えるのですが」
「…ああ、可能だろう。だが、あれは精々が威嚇だ。……自然界において、基本的に捕食、或いは防衛など以外での積極的な殺害、敵対行為は行われない。ドちらも最低限の威嚇で、追い出すための争いが殆ど。……攻撃して撃退する意思はあッてモ、本気ではない。その一線を越えたら、その先は死に物狂いの攻撃に入られる。……そうなれば、様子見などとは言ってられない状況に陥ったダロう」
何せ、キヴォトス人を容易に殺し得る存在なのだから。
言わずとも伝わったのか、ハルナも重々しく頷く。
「だが、話だけだった情報がより精査出来る。甲殻の厚さ、纏う岩盤による解析の妨害と防護性。正確なサイズや予期せぬ攻撃手段を備えていたことも確認できた。……これを踏まえて、本格戦に備えることが出来る」
「!」
そこで、ハルナもまだ諦めていないその思いに気がつく。リアンとて、悔しくないはずが無い。むしろ、未だ領海内を彷徨うそれに不安を感じていない訳では無い。
だが、次がある。そもそも、最初から情報収集が目的の探査船。それ以上の情報収集が困難とみれば、即座に退却するのも不思議ではない。
そして、集めた情報から更に戦力が必要ともなれば、大人しく引き下がり、牙を研ぐのだ。
「…ええ、了解致しました。最高の環境を整えなければ、然るべき結果は得られない。……私も、焦りで目が曇っていたようです」
「???…まあ、いい。そら、既に避難は終わったらしい。俺たちも出るぞ」
再度放たれた水柱の飛沫を背に受けながらも、1番船は意気揚々と反転して道を引き返していった。
その後も、幾度かカルキノスによる砲撃は続いたが、完全に振り切った後には、興味をなくしたかのように、ゆっくりと徘徊を再開したカルキノスが、獲物を探しながら彷徨い歩くのだった。
謎の黒服集団→エスカドラ改めRE:flector社長直属の私設部隊。
黒装束に耐爆コート、管のついたフルフェイスヘルメットが目印。もちろん色々と装備も持っているし、本格的な戦闘にも動員できる。
外見はバイオハザードの特殊部隊系の装備とネメシス、そしてアークナイツの「皇帝の利刃」(ヘルメットの形状が近い。金属製の兜部分を、戦闘機パイロットのヘルメットみたいな素材に置き換えたようなもの)みたいな感じ。
自我やら愛嬌が薄いため、不気味に思われているが、決して他者を蔑ろにしている訳では無い。感情が薄くて、命令待ちが多いだけである
先生の台詞にゲーム本編のように「“”」はいる?
-
先生と一目で分かるからあった方がいい
-
別にゲームテキストでもないのでなくていい