「こちらワイルドエリア上空『砂塵の窪地』付近。タクシーナンバー46、信号は届いてますか?」
身体を打ち続ける細かな砂粒に顔を顰めながら、トランシーバー越しに何度も呼びかけるが、帰ってくるのは耳障りな音ばかり。
ゴーグルがなければ何一つ見えないほどの強い砂嵐の中で、彼は鼻と口を防護するネックウォーマーを指先でいじり、自分がまたがるパートナーの首を軽く蹴りさらに上空へと舞い上がる。
「頼むぞ」
彼のパートナー、プテラは甲高く鳴くと砂がまとわりつくことも何ともせず、上へ上へと羽ばたいていく。その巨躯に見合わないスピードで空をかけ、そうして、とうとう砂嵐からの脱出を達成した。
「ぷは。ぺっぺっ、うえっ、口ン中じゃりじゃり」
自らの呼吸を制限していた防塵ネックウォーマーをずり下げた男は、細かな砂粒が絡まる癖のある黒髪をがりがりとかきむしり、相棒の上から改めて砂嵐渦巻くエリアを眺めていた。
『そっちはどうですかぃ、ダリア』
「信号は多分届いてる、けどこりゃアーマーガアが目ぇ回してんな、おやっさんたちはあんまこっちには寄るなよ」
『親子連れのバンギラスの噂が出てますからねぃ、ダリアも無理せんで』
ダリア、とスマホロトム越しに呼ばれた男は「無理しないわけにはいかんでしょ」と苦く笑いながら、再びネックウォーマーを口元へと引き上げて相棒のプテラと共に砂嵐の中へと舞い上がる。
そこにあるのはただひとつ、遭難者を助けたい。その一心で。
風と共に生きる街、ゲイルタウン。
ガラル地方に街は数あれど、年中を通して柔らかな風が吹き抜けるのはゲイルタウンをおいて他にはない。
その風は優しく、人もポケモンも簡単に彼らを掴むことができるため、自然と『とりポケモン』たちが子どもたちを育てるために集まる街だ。
とはいっても、エンジンシティやシュートシティなどと比べると、ゲイルタウンは少々牧歌的にすぎる。街中にポケモンセンターはあれど、ブティックやらバトルカフェなどといった洒落たものはなく、観光名所といえばゲイルタウンの中央にある粉挽用の巨大風車と、ガラル地方のインフラの心臓の一つ、そらとぶタクシーの総合事務所があるぐらいだ。
「はーい、そんじゃあみんな、ポケモンたちとゆっくりおりるからなー」
「「はーい!!」」
そんな田舎町といって差し支えのない場所でも、子どもたちは無邪気にポケモンたちと戯れるものだ。
大ぶりのヘルメットやフライトゴーグルを身につけた子どもたちが各々が背中に乗ったポケモンたちの上で元気よく返事をする。
彼らに声をかけた青年ダリアは、そんな子どもたちの様子に静かに笑い、子供の世話を焼いてくれているポケモンたちにサインを送りゆっくりと降下していく。
「ねぇ、ダリアー!新聞見たよ!大手柄だったんでしょー!」
「ワイルドエリアで迷子になっちゃったタクシーを助けたんだよね!」
地面に降りた子どもたちは、あんなに高く疾く飛んでいたにも関わらずまだまだ元気が有り余っているようだ。
それぞれがまたがっていたポケモンたちから降りた途端に、自分にまとわりついてくる。
「ま、俺はそらとぶタクシーの保安責任者かつひこうジムのジムリーダーだからな、あれぐらいできて当然」
「ひこうジム、いつになったらメジャーに行くのー?」
「今年もメロンさんに泣かされちゃうのー?」
こどもたちの情け容赦のない指摘は実に痛み入る。
うんうんと頷いてから、その頭に拳骨を一発ずつ落としてやった。
「いってー!!」
「お前ら散れ!!バルジーナのエサにすんぞ!!」
「ぎゃー!!食われるのやだー!!」
蜘蛛の子を散らすようにしてかけていく子どもたち。
あたしはそんなことしねぇけど?と言わんばかりの目で見てくるバルジーナ。ごめんて。
ガラルにおいては、秘伝技というものはめっきり見ることはない。空を飛ぶならアーマーガァタクシーを、海を渡るならロトム自転車をという具合に、人々がポケモンたちと共に世界を渡る機会というものが存外少なくなっていた。
そんななかで、ダリアは定期的にこうしてこどもたちに『ライドポケモン』の体験をさせてやっている。
この子達の多くは、このままガラルで生きていくのだろう。
でももしかすれば、何人かは外の地方へと目を向けるかもしれない。
カントー、ジョウト、ホウエン、シンオウといった海の向こうへと旅をするのかもしれない。
アーマーガアタクシーはガラル固有の文化だ。
もし、彼らが外へ目を向けたときにライドポケモンの存在を知っているだけで、その可能性はどこまでも広がっていく。
子どもの可能性は多いほうがいい。
「と俺は思うんだけど、プテラはどう思う?」
「ぎゅる」
今回の一番の功労者、相棒は俺の話を聞いているのかいないのか、いわタイプの用の硬いブラシを気持ちよさそうに目を細めてグルグルと喉を鳴らすようにしている。もっともっとと頭をぐりぐり押し付けてくるのにあわせて、ツノの隙間に溜まった砂をかき出してやれば、ぉあーと言わんばかりに脱力していた。
「お前はほんとかわいいよな」
「ぎゅる?」
「わかっててやってるなー?こいつー!」
明日は歯磨きをしてやろう。
すっかりブラッシングを終えて、満足げに大きく息を吐き出したプテラは、そのまま身体を丸めて眠り始める。
あいもかわらずモンスターボールに入るのが嫌いなこの子は、いつも自由気ままにひこうジムで過ごしていた。全く本当に頼れる相棒だ。
ぐっと伸びをしたダリアはスマホロトムを開いて、読みかけだった昨日の記事を呼び出す。
『そらとぶタクシー、安全面がなやみのタネか?』
『砂塵の窪地、うちおとすに要注意』
『そらとぶタクシー、乗客を乗せたままワイルドエリアにて遭難』
やれ、安全面に憂慮しなかったからだの
やれ、ワイルドエリアの通過は見直されるべきだの
やれ、ひこうジムジムリーダーの評判集めのためのマッチポンプの可能性だの
好き勝手書いてくださる。
どうせこの記事を書いた記者たちもうちのタクシーを使うくせになぁ。と、ほんの少しだけモヤっとしたものを感じつつ、見るだけ目の毒かとページを閉じる。
さて、子どもたちに倣うわけではないが、そろそろ本業のための調整を行うとしよう。
ひこうジムこそが、ガラルにて最強と理解らせるのだ。
打倒ジ・アイス
打倒ドラゴンストーム
めざせ、メジャーリーグ。
足下ですっかりお昼寝しているプテラが大欠伸をした。
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プテラ
性格:ようき
モンスターボールに入るのが嫌いなかせきポケモン。
図鑑に記されているような獰猛さはあんまりない。
いわポケモン用の硬めのブラシでツノとか背中のこぶの境目とかをゴシゴシされるのが好き。
ぉあーーってよく溶けてある