「あ、イリヤ。あのポ○モンちょうだい」
「じゃあ、代わりにそれちょうだいよ」
「ん〜」
ある休みの日。学校があるわけでも宿題があるわけでもなく、カード回収も終わった姉弟の二人は悠々自適に部屋でゴロゴロとゲームをしていた。至って平穏な日常。それが崩されることなどあるわけなく・・・・・・。
「やってられっかぁああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!」
「「何ごとぉぉぉぉぉおおおおおおおおお!!!?」」
割られる窓ガラス。飛び込んでくるメイド服姿の
「あ〜ったく!!冗談じゃないわよ本当に!!!」
「いや・・え?なに?何事?」
「ていうか、なんでわざわざ窓から・・・・」
明らかにイライラしている様子の凛はドカッと誰もいなくなったベッドに座り込む。どう見ても只事ではない様子に翔は恐る恐る声をかけ、イリヤは割られた自分の部屋の窓ガラスを呆然と見る。
「むしゃくしゃしたからやった!!あとで直してあげるわよ!!」
『反省の色無しですね、この若者』
全く後悔も悪びれた様子もない凛に呆れるルビー。しかし、彼女にとってはそれ以上に重要事項があった。
『それにしても凛さん、なんですかその格好は?さてはとうとう頭がイカれて・・・・』
瞬間、床に叩きつけられたルビーに大量のペン、ハサミ、コンパス、カッターなどが突き刺さる。まるで目に見えない早業。気づけばルビーは床に拘束されていた。
「これ以上私をイラつかせない方が身のためよ?」
『い、イエス、元マスター・・・・』
流石に身の危険を感じたのだろう。いつもの能天気さは鳴りを潜め、おとなしくすることにするルビー。
「えっと・・・・とりあえず凛がイラついているのはよく分かったけど、何があったの?なんでメイド服?」
何はともあれ、話を聞かないことには何も進まない。翔が代表してなるべく穏やかに問いかける。幾分か落ち着いたのか、一度大きく息を吐いた凛は語り出した。
「私だって好きでこんな格好してるんじゃないわよ!!ただ・・・これを着ないと働かせないって・・・・あいつが言うから仕方なく・・・・」
「・・どゆこと?」
悔しさがモロに顔に出ている凛だが、いまいち要領を得ない。結局は首を傾げるイリヤと翔だが、唯一理解したルビーがなんとか拘束から逃れて簡略に伝える。
『鈍いですね〜お二人さん。つまり凛さんは、お金のためにプライドを売った!!わけですよ〜』
「うぐ・・・・」
図星だったのだろう、凛は言葉に詰まる。
少しの沈黙を挟み、凛はやや重くなった口を開きことの顛末を語り出した。
「そうよ・・・・今の私には、お金が必要なのよ・・・・・」
無事に全てのカードを回収したものの大師父より一年の日本留学を言い渡された凛であったが、彼女は身の回りの整理をしているところであることに気づき、驚愕した。
「な・・・な・・・・な・・・・ない・・・・・」
彼女が覗き込んでいるのは宝石箱。その中にあったのは空気のみ。要は宝石が一個もなかったのである。ご存じであろうが凛は宝石魔術師である。宝石魔術師にとって宝石は魔術使用にも研究にも必要不可欠なのだ。その宝石がないということつまり、弾の入っていない銃のようなもの。
ちなみになぜ宝石が一個もないのかというと、任務達成直後のルヴィアとの追いかけっこで後先考えずにバンバン打ちまくっていたからである。
このままでは魔術研究すら出来ない。と言うわけで凛は宝石調達のためにお金を稼ぐことにしたのだ。詰まるところ、バイト探しだ。とはいえ、すぐに宝石を調達できるほどの割のいいバイトなんてそう簡単に見つかるわけがない。この際埋蔵金発掘だろうが人体操作系魔術の実験体だろうがなんだろうが金が手に入るなら受けてみせるぐらいの気概でいたのだが、そんな彼女はあるバイト募集を見つけた。
「メイド・・・?今時どこの金持ちよ、ったくこの不景気に・・・・えっと、時給は・・・」
何の気無しにバイト要項を確認していく凛。その彼女の目に映ったのは、時給一万の文字。
「い、いちまん〜〜〜〜〜〜〜!!!!!!!?」
今時はあり得ない高額バイト。それも特に怪しい仕事内容と言うわけでもなく屋敷内の清掃全般といったよくありそうなメイドの仕事であった。応募資格は16~20歳で学生も可と言う、金欠な凛にとってはこれ以上ない好条件であった。
「なお、黒紙ロング、身長159cm、B77W57H80、ツリ目で赤い服が似合う女性は時給五千円アップ・・・!!!!」
もはやあり得ないほど凛には好条件のバイトであったわけだが、当時喉から手が出るほど金を求めていた凛はその事実に気づくことのないまま駆け出し始めていた。
「勿論即応募、即面接、そして即日採用を勝ち取ったわ!!」
「早っ!!」
「行動力すごっ・・・」
「けどね・・・・浮かれてた私は重大なことに気づいていなかった・・・」
そう、無事にバイトを始められた凛であったが、当日になってようやく気付いたのだ。
「あらあらあらあら・・・・それが新しく入ったハウスメイド?」
「はい、お嬢様」
「そう・・・・・とぉーーーーーーってもよく働いてくれそうですわねぇ・・・!」
そこは、凛のライバルである
「いい人材を確保したわねオーギュスト。みっちりねっとりバッキバキに教育してあげなさい!」
「承知しました。足腰立たなくなるまで仕事を叩き込むと致しましょう」
「ほーーーーーっほっほっほっほっほっほっほっほ!!!」
「・・・・と言うわけで、職場環境は最悪だけど、背に腹は変えられない凛さんは泣く泣くメイドをやっていたのでした」
『なんて面白・・・・痛ましいお話なんでしょう』
「はぁ・・・トントン拍子の転落人生・・・」
「明らかにおかしい時給UPの条件から察しなよ・・・・」
呆れやら笑いやらが入り混じった空気が部屋の中を満たすが、それも致し方ないだろう。幸いなのはすぐにイリヤのみ同情し可哀想な人を見る目で凛を見たことか。・・・・・・いや、何も幸いじゃないな。
「でも、こうして逃げてきたってことは・・・・」
『大体予想つきますね』
「仕事内容と給料については何ら文句ないわ。というかあの時給のためなら大概のことは我慢するつもりでいたのよ。でもね・・・・何なのよあのオーギュストとかいう執事はっ!!私のやること全部にイチャモンつけて!!窓枠ツツーって指でなぞって”あなたの国ではこれで掃除をしたと言うのですか?”とか言っちゃって!!リアルであんなことする奴初めて見たわよ!!!」
よっぽど溜まっていたであろうストレスを一気に発散しているようだ。とりあえず手近にいたルビーを掴み両手で引っ張りつつ噛みちぎるように歯を立てながら一気に喚き散らす。
「わぁ・・・・」
「とりあえず・・お疲れ?」
「ううん・・・でも耐えたのよ、私。仕事だもの、お金をもらうためだもの。これくらいで負けちゃいけないって・・・」
「緩急激しいなぁ」
用済みになったルビーがポイッとそこらに捨てられる。
「でもあの金バカだけは我慢ならなかった・・!!!」
「怖っ!!?」
まるで般若・・・いや、それ以上の形相を浮かべる凛。あまりの怖さにイリヤは思わず翔を盾代わりにする。
「パワハラにも限度があると思うのよね・・・・まぁ詳しくは省くけど、ケツキック、雑巾バケツ、高笑い、身体的特徴に関する不適切な発言、この辺のキーワードから察していただけるかしら」
「なんて簡単な読解問題なんだろう・・・」
「簡単に想像できるワード群だね」
「で、まぁ結果としてーーーーーーカッとなってやっちゃったわ」
凛の脳裏に思い浮かぶのはほんの数分前の出来事、思わず近くにあった壺でルヴィアの頭をかち割った光景だ。
「お、殴殺事件だーーーーーーー!!!?」
「ついにやっちゃったよこの人!!」
『人の頭蓋は壺よりも薄いですよ凛さん!!』
流石の事態に普段は大抵の事態は笑って馬鹿にするルビーでさえ慌てる始末。が、事を成した張本人は全く悪びれた様子もなくベッドにゴロンと寝転がる。
「大丈夫よ、どうせあいつは殺しても死なない奴だし。ていうか死んでてくれてたらそれはそれで問題ないわ」
「「法的に大問題だよ!!」」
凛がどう思っているかはともかく、色々な問題が発生するのは間違いないだろう。と言うか下手したら今にも警察がやってくるかもしれない。何なら翔は警察を呼ぼうかどうか迷っているところだ。
「・・・・・・ま、元から上手くいくはずなかったってことね・・・・・話せて少しスッキリしたわ!突然悪かったわね」
「それは別にいいけど・・・・」
「これからどうするつもりなの?」
とりあえず溜まっていたものを全て吐き出せたのだろう、入ってきた時よりも気持ち穏やかになっている凛に問いかける。
「どうするも何も、これで私はクビだろうし、他のバイトを探すしかないわね」
流石に雇い主の頭に壺を叩きつけた以上同じ仕事を続けることは出来ないだろう。というよりもクビ以前に通報されなければいいが。
「それでいいんですか?」
「あ、美遊」
「お邪魔します」
跳んできたのか
「お金が必要なんですよね?ここ以上に高給なアルバイトは見つからないと思います」
今回用があるのはこの部屋の主人であるイリヤではなく、ここに逃げ込んできた凛の方らしい。同じ場所で働いている者としてある程度事情は把握していたのか。
「・・・分かってるわよ。でも!これ以上あのバカの相手はやってられないの!!」
美遊が言わんとしていることは凛も当然分かっている。しかし、それでも心に生まれた確執はそう簡単には拭えない。そんな凛たちの元に、今度は彼女がやってきた。
「私が”謝罪する”・・と言っても?」
「え・・・?」
いつの間にそこにいたのか、ベランダに立っていたルヴィア。美遊はともかく、まさかルヴィアまでやってくるとは思っていなかった凛は驚きの声をあげる。
「ルヴィア・・・あんた、どうして・・・」
「・・・恥ずべきは、私の方だったということですわ」
「なんでみんな窓から入ってくるの・・・・?」
「
ルヴィアもまた割れた窓ガラスから入ってくる光景にややげんなりするイリヤだが、しかし残念ながらこの部屋の主人である彼女やその弟は現在完全に蚊帳の外であった。
「貴女との確執からつい辛く当たってしまいましたけど・・・・ようやく気付いたのです。こんな形で貴女を屈服させても何も意味ないということに!」
「!」
「貴女との決着はいつか必ず、正々堂々とつけてみせますわ!けど、それと仕事は別のこと・・・・もう私情を挟むような真似はしないと誓いましょう。だから・・・・帰ってきなさい、遠坂凛!」
「・・・・」
予想外にルヴィアから手を引くという事態に、凛は動揺を隠せない。しかし、今回の一件で流石にルヴィアもやりすぎたと感じたのかもしれない。相手が引いた以上、これ以上事を荒げるのも大人気ないというもの。
結果、凛は選択することにする。
「・・・・廊下の掃除がまだ終わってなかったわね」
その言葉は、どっちを選択したのかの答え。
「凛さん・・・」
「ったく、これで逃げたらまるで私が仕事放棄しただけのダメ人間じゃない。・・・やるわよ、仕事は仕事・・・・
そう言って、凛は屋敷へと帰っていった。それを追うように、すぐにルヴィアも美遊も部屋から出ていく。凛が割った窓も最初に言った通り元通りに直していき、これで一件落着・・・・・となればいいのだが。
「翔・・・見たよね」
「見た・・・・あの顔を・・」
立ち去っていく彼女を後ろから見ていたイリヤと翔の二人は確かに見てしまったのだ。去り際に一瞬見えたルヴィアの邪悪な笑みを。そう、それはまるで”こんな面白い
「・・・また近いうちに窓割られそうな気がするよ・・・」
『今度は鉄板でも入れときましょうかね』
「それ窓ガラスの機能果たさなくならない?」
などと会話をしながら遠い目で外を眺める姉弟であった。
さて、屋敷へと戻ってきた凛にはルヴィアより一枚の
「はぁあああああっっ!!?560万!!!!?」
「貴女が割った壺の代金ですわ!!おーっほっほっほっほ!!」
「373時間はタダ働きですね・・・」