あんな脅迫文が届いた以上、無視することも出来ない。イリヤと翔は家族にバレないよう、こっそ〜りと家を抜け出て、どうにかバレずに高等部までやって来ることが出来た。
「うぅ・・・・やっぱこの格好恥ずかしいよ・・・」
ちなみにここに来るにあたり、イリヤはすでに魔法少女としての姿に転身を終えている。イリヤ本人からしたら、他の誰にも見られたくない姿だろうが、生憎とすでに翔には見られている。そのため隠す必要は皆無なのだが・・・・・まぁ、それとこれとは話が別ということだろう。イリヤは体を隠すようにして歩いている。
「イリヤ、遅い。もうちょっと普通に歩いてよ」
「弟が薄情だよぉ・・・・」
『ほらほらイリヤさん、シャキッとしてください!もう着きますよ!』
指定された穂群原学園高等部校庭。そこに、見覚えのある一つの人影が浮かび上がる。
「来たわね」
前もって色々と準備があった凛だ。彼女はちゃんとイリヤが来たことに内心ホッとする。まぁ、あんな脅迫文を出しといて何言ってんだというところだが。
「・・・って、翔、あなたも来たの?」
「まぁ、あんな話聞いて落ち着いてられないし・・・・・」
実際にルビーと契約したのはイリヤであり、戦う力を持っているのもイリヤのみである。だから翔には何も力がない、ただの野次馬になってしまうだろうが・・・・とはいえ、イリヤが帰ってくるのをただ待ってるだけっていうのは、出来ないようだった。
そんな翔の気持ちを知ってか知らずか、凛は溜息を吐きながら翔の同行を認める。
「・・・まぁ、仕方ないか。ただし、ここから先は私の指示に従ってもらうわよ。いいわね?」
「うん」
「正直、不安ではあるんだけど・・・今はイリヤ、あんたに頼るしかない。準備はいい?」
「う・・・・・うん」
凛の確認に、イリヤはこれから始まるんだと意識を新たにする。
「それで、凛・・・・・肝心のカードは?特に何もないよ?」
彼らがいるのが校庭。周りに障害物などなく、視界は極めて明瞭であった。だからこそ、昨夜見せられたカードと同様のものがどこにもないことはその場からでもよく分かる。
「ここには無いわ。カードがあるのはこっちの世界じゃないの・・・ルビー」
『はいは〜い!』
こちらの世界にないとはどういうことか。その疑問を口にする前に、ルビーが魔力を集める。
それと同時に、三人の足元に描かれていた魔法陣が輝き出す。
『半径2メートルで反射路形成、鏡界回廊、一部反転します!』
次の瞬間、三人は飛ぶ。カードのある世界、
・・・・・・・・・・・・・・・
そこは、一部を除いて先ほどまでと何も変わらない。高等部の校舎も、校庭も、そこに設置された用具室も、先ほどまで広がっていた光景と何も差異はない。
だが、それでもここが先ほどまでいた場所ではないことは、イリヤと翔も理解出来た。
「空が・・・・」
「なんか、変・・・・」
二人の視線は、ただ空へと注がれている。それはまるで光の格子。よくよく見れば空に限らず周囲一帯を覆っているそれは、まず現実ではあり得ないものだ。
ここは一体どこなのか、どのような場所なのか、それを理解する間も無く凛が警戒を顕にする。
「説明は後ッ!!来るわよ!!」
ハッと、意識を校庭の中央に移す。次の瞬間、どこからか湧き上がってきた闇の中から、
「あれ・・何・・?」
黒い衣装、長い髪、視覚情報からそれが女性であることははっきりと理解できる。しかし、その両目は不気味な意匠の施された眼帯で覆われ、何よりも醸し出す雰囲気は不気味以外の何者でもない。
そのような現象を見て、思わずイリヤは後ずさる。その奇妙さに心が警戒を放つ。これを見てすぐさま行動に移すことが出来るのは、この中ではたった一人だけ。
「来るわよ、構えて!!」
襲いくる女性。イリヤは咄嗟の判断で飛び退き、凛は翔を掴み飛び退く。
瞬間、先ほどまで三人が立っていた場所に、女性は爪の生えた腕を薙ぎ払う。
こちら側にダメージはない。しかしその一撃をまともに食らっていたら、ルビーがついているイリヤはともかく生身の凛と翔は無事では済まないだろう。
すぐさま、反撃へと移行する凛。指の間に挟んだ複数の宝石を女性めがけて投擲する。
「
見事に女性に着弾する宝石。同時に爆炎が舞う。
「爆炎弾・三連!!」
凛の使う魔術は宝石魔術と呼ばれる、宝石や鉱石といった魔力を貯めやすい物質を利用した魔術だ。その性質上使い捨てになってしまうのだが、それでも威力は申し分ない、ポピュラーな魔術である。
やがて、爆炎が晴れる。
「・・・ちっ」
そこには、あれほどの攻撃を喰らいながらも全くの無傷で佇む女性の姿があった。それを見て凛は思わず舌打ちをしてしまう。
「やっぱり駄目か。そんじゃ・・・」
凛は傍にいるイリヤに視線を移す。自身の魔術があの女性に効かないことは半ば予想通り。だからこそ、彼女をここに連れてきたのだ。
「イリヤ!あとは任せたわ!!翔は私と離れたところで見守るわよ!!」
「え、えぇ!?」
突然の指名に慌てるイリヤ。だが、振り向いた時にはすでに凛は翔の首根っこを掴んで後方に向かって爆走していた。
『イリヤさん、二撃目来ますよ!!』
「うえぇえええええええ!?」
どこから出したのか、大きな鎖のついた杭を振ります女性。その攻撃を緊急回避するイリヤだが、避けきれずに背中を掠める。
「うわわ!掠った、今掠ったよね!!?」
『接近戦は危険です!まずは距離を取ってください、イリヤさん!!』
確かに距離を取ることはゲームでもよく使われる手法だ。相手が遠距離武器を所持しているならともかく、少なくとも今持っているのは届く距離に限界のある鎖。ルビーの警告は的を得ている。
「う、うん、そうだね、取りましょう距離を・・・キョリィィィィィィィィィィィ!!!!!」
女性に背中を向け、絶叫にも近い何かをあげながら全力疾走をするイリヤ。元々足が速いのが功を奏し、二人の間は徐々に開いていく。その様子を、校舎の物陰に隠れて凛と翔が見ていた。
「逃げ足だけは最強ね、あいつ」
「うん、置いてかれることもしばしば」
なんとも呑気な会話なのだろう。こうしている間にもイリヤは全力で走っているというのに。
『落ち着いてくださいイリヤさん!逃げてるだけじゃいつまでも変わりません!距離を取ったら魔力砲を放つんです!!』
流石にルビーの声にも焦りが混ざり始めた。とはいえ、イリヤがルビーと出会ってまだ一日しか経たずにもう実戦。せめてもう一日ぐらい時間を空けて欲しかったところだ。まぁ、今更だが。
「くっ・・・もう、どうにでもなれぇぇぇ!!」
やけくそ気味に、魔力を込めたルビーを振り向きざまに横に振るうイリヤ。その瞬間、ルビーから放たれた魔力が女性を吹き飛ばす。
「な、何これ!?滅殺ビーム!?」
一番驚きの声をあげるのはそのビームを放った張本人であるイリヤであった。ただルビーを横に振るったのがこれほどの威力になるとは思いもしなかったのだろう。
やがて土煙も晴れ、中から女性が姿を表す。しかし、その体には先ほどと違い、纏った衣装はところどころ裂けていて、左腕はダラリとし、左肩の肩口からはうっすらと血が滲んでいる。
「やっぱり、効いてるわね」
「どういうこと?」
凛の呟きに、翔は首を傾げる。
簡単にいえば、この敵には『魔術が通じない』というだけだったのだ。そのため凛の宝石魔術による攻撃は無傷であったが、イリヤによる単なる魔力の攻撃にはダメージを喰らったということだ。
兎にも角にも、勝機は見えた。
「効いてるわよ!!間髪入れずに速攻!!」
「頑張れイリヤ〜!」
凛は指示を出し、翔は言った通りに応援を。残念なのは二人とイリヤの間にはそれなりに距離がある点であろうか。
しかし、自身の攻撃が効いていることはイリヤ本人にも分かること。ただやられっぱなしじゃないということを見せるために、先よりも積極的に攻撃へと転じていた。
とはいえ、その攻撃はあまりにも単調すぎる。相手方も徐々にイリヤの攻撃を避け始め、直撃を避けている。
『イリヤさん、単発の砲撃タイプでは追いきれません!散弾に切り替えましょう!イメージできますか?』
「やってみる!」
徐々に魔力を放つということにも慣れてきたのだろう、イリヤは慌てることなくイメージを変える。一点に集中していた魔力を、散らすように。
「特大の・・・散弾!!」
視界を覆い尽くすほどの光弾。当然一つ一つの威力は落ちてしまうものの、広範囲にわたるそれを避け切ることはできず、女性に直撃する。
「や、やった・・・?」
『いえ、恐らく今のでは・・・』
直撃したとはいえ、先に当たった一撃ほどの威力はない。あれではダメージはほぼほぼ期待出来ない。そんなルビーの予想は的中し、女性は真っ直ぐにイリヤを見ると、赤い魔法陣を出現させる。
それが何を意味するのかをイリヤは理解していない。だが、それが危険であることは本能が告げている。
「まずいわ・・・宝具を使う気よ!!逃げて!!」
『イリヤさん、退避です!!』
凛とルビーから、同様の指示が出される。それほどあの魔法陣が危険であるということだろう。
「ど、どこへ・・・・!?」
『とにかく敵から離れてください!!』
そうこうしているうちにも、魔法陣に集まる魔力は高まっていく。
もはやいつ放たれてもおかしくない。
そんな時。
「!」
女の足に何かが直撃した瞬間にバランスを崩す。立て続けに、
「・・・・・クラスカード『ランサー』、
低く呟かれた、誰かの声が、異様に響く。
同時に背後から女性に向かって駆ける小さな影。
その手に握られた赤い槍が、放たれる。
「
それに気づき、振り返る女性。しかし、時すでに遅く、放たれた槍は一寸の狂いなく女性の心臓を穿つ。
突然の出来事に、何が起こったのか理解できずに動きを止めてしまうイリヤ。それを歯牙にも掛けず、女性を貫いた一人の少女は目の前で消滅しカードとなる女性を見ながら、淡々と事を確認していく。
「ランサー、
それは、青いレオタード風の衣装で身を包んだ少女。マントは蝶の羽を思わせる造形をしており、髪は後頭部でポニーテールに纏めている。そして、その手にはルビーと酷似した六法星が模られた青いステッキが。
イリヤも翔も、そして凛すらも知らない少女だが、確かにイリヤと同じ立場の存在であることは間違いないだろう。
果たして、一体誰なのか。それを問いかける前に、彼らの耳にそれはもう大きな高笑いが聞こえる。
「お〜ほっほっほっほっほ!!」
明らかに覚えのあるその声を聞き、凛は嫌なものを見たように顔を顰める。
「こ、この馬鹿笑いは・・・・」
「知ってるの?」
翔が首を傾げるが、その疑問に凛が答える前に、声の持ち主が姿を表す。
「無様ですわね、遠坂凛!!まずは一枚目のカードは頂きましてよ!!」
派手の声、派手な服装、長い金髪をロールさせた、とにかく派手な人物。凛と共にこの冬木に来たが、色々あって別行動を取っていたルヴィアだ。
「相手の宝具に恐れを成して逃げ惑うなど、とんだ道化ですわね、遠坂凛!!」
とにかく相手よりも上でありたい・・・・というよりも、凛より上でありたいと言った感じだろうか。言っている内容はイリヤのことを指しているのだろうが、しかしあくまで対象は凛となっている。
さて、笑われ馬鹿にされ・・・・・凛は一体これをどう思うのか。
答えはただ一つ。
「やっかましーーーーーーーーー!!!」
「ふぉ!?」
見事なまでの回し蹴りがルヴィアの延髄に直撃する。
「レ、レディの延髄によくもマジ蹴りを!!?これだから知性の足りない野蛮人は!!」
すぐさま体勢を整え反撃へと移行するルヴィア。凛も負けじと応戦する。
「何を偉そうに!!後ろからの不意打ちのくせにいい気になってんじゃないわよ!!」
どちらも引くことのない攻防戦。その近くにいた二人の少年は、避難するようにイリヤたちの元へと駆け寄る。
「イリヤ、大丈夫?」
「翔・・・・うん、まぁ・・・大丈夫、かな?」
「曖昧だなぁ・・・」
イリヤ本人も、戦い云々がどうだったのかなど分かるはずもない。だからこそ、ひとまず怪我はないという意思表示として、大丈夫という一言が出たのだ。次の瞬間、突如として空間に亀裂が走る。
「な、何これルビー!?」
『あら〜、カードを取り除いたことで鏡面界が閉じようとしているみたいですね〜』
元々、この鏡面界を支えていたのはクラスカード『ライダー』の魔力であった。空間を支えていた柱を取り除けばその空間がどうなるかなど、答えは明白だ。
『さっさとしないとマズイですね。凛さん、ルヴィアさん、脱出しますよ〜?聞いてますか〜?お〜い』
未だに攻防戦を繰り広げている2人はあまり周りが見えていないのか、空間に亀裂が入ろうとその手足を止める気は無いらしい。本来指示を出す立場にある凛がこのような状態のため、イリヤはどうすればいいよか判断出来ずにいる。
「サファイア」
『はい、マスター』
美遊と呼ばれた少女の呼びかけに、彼女が手に持つステッキが答える。そしてその足元に、イリヤ達がこの空間に入った時と同様に魔法陣が展開される。
『半径6メートルで反射路形成、通常界に戻ります』
いつまで続けるのか、まだいがみ合っている凛とルヴィアの2人もしっかりと魔法陣の中にいれ、その輝きを増していく。
そうして、一同は最初の戦いを終わらせたのだ。
・・・・・・・・・・
「ふぅ・・・・とりあえず、一枚目のカード『ライダー』は回収完了だな」
イリヤたちが立ち去った鏡面界に存在する学校の屋上から、校庭を見下ろす一つの影が。その手には銃口が細長く伸びた銃が握られている。
「ここまでは予定通りだが・・・さて、どうなるか」
その人物、白い狐面はドライバーからバックルを外す。すると狐面が纏っていた鎧は宙に消え失せ、その素顔が見られる、見た目はイリヤや翔と同年代と思われる少年だが、纏う雰囲気はどこか大人びている。
彼は壊れゆく鏡面界を眺めながら、懐から3枚のカードを取り出す。それぞれに描かれている絵柄が示すのは、『アサシン』と『キャスター』、そして『ライダー』。
「『ライダー』の次は『キャスター』、そして『セイバー』だったな。予定通りに行けばいいが・・・」
そんなことを呟きながら、少年もまた鏡面界を離れるのだった。