視覚も聴覚も、触覚すらもほとんどない。
空を飛んで風に身を任せているような浮遊感があり、それでいて湯船に浸かっているような心地よい身体の重みも同時に感じていた。
理由は解らないが、自分は恐らく死んだのだろう。
ならば今現在、私は冥界辺りを霊魂となってふわふわ揺蕩っていると言った所か。
半分も覚醒していないはっきりしない意識の中で、
「母親のお腹の中ってこんな感じなのかしらねー」などとぼんやりと考えていた。
---そんな心地よい微睡みから、突然引き摺り出された。
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私の名前は博麗霊夢---ではない。
ではなくなった、と言う方が正しいか。
薄い膜で包まれたような、粘膜の中で眠っているようなあの感覚は、霊魂となった状態ではなかった。
どうやら本当に母親の胎内だったらしい。
私は今、赤ん坊の姿をしている。
木の柵で囲われた子供用のお布団---ベビーベッドというらしい---に身動きも取れず為す術もなく寝かされている。
あれから半年程経った。
起きては泣いて母乳を吸い、満足したら寝る。お漏らししては泣いて不快感が無くなれば満足して寝る。
などという非常に不規則な生活を繰り返していたせいで感覚が掴めずはっきりしないが、自分の体の成熟具合も考慮すると、大凡半年程だ。
それにしても赤ん坊の体というのは実に不便だ。
「ちょっと小腹が空いてきたわね」だとか、
「あ、背中が痒い!」だとか、
そんな下らないちょっとしたストレスですぐに泣き出してしまう。
感情のコントロールがまるで効かない。
何より苦痛なのが体が思ったように動かないことである。
「あー……べー……」
私のすぐそばから赤ん坊らしき声が聞こえてきた。
言い忘れていたが、今生の私は双子のようだ。
寝床が同じなせいもあり、この子には幾度となく貰い泣きさせられた。
耳元で突然泣き出すものだから、ビックリした私は釣られて泣き出してしまい何度も母親の手を煩わせることになってしまうのである。ごめんなさいねお母さん。
まぁ、ほぼ同じ数だけこの子にも貰い泣きさせてしまっているであろうから立場は同じなんだけど。
と言っても、赤ん坊なんてものはなくのが仕事だしね。責めるつもりはないわ。
「つぇー……でー……えー……」
またこれか、と私は内心で溜息を吐いた。
この双子の姉(妹かも)は母親が近くに居ない間に頻繁に謎の呪詛を唱え始める。
最初のうちは単なる呻き声かとも思ったが、毎回同じ言葉(?)を話すのだ。
ちょっと気味が悪い。
なんというか発音が日本語的ではない。
近い物をあげるとするならば、生前聞いた覚えのあるパチュリー等魔法使いが魔法を行使する時の呪文か。
もしくは、レミリアが宴会で飲み過ぎた時にポロっと漏らす彼女の母国語かと思しき異国の言葉。
「んー……えぃ、びぃ、すぃ、でぃ、いぃ」
お、今日は少し変化があった。
それにしても、呻き始めた当初と比べるとかなりはっきり話せるようになっている。羨ましい限りだ。
というか、なんというか聞き覚えのある文字列だ。
……これは確か、英語のいろはにほへとじゃなかったか。
「あー……るぇ、れ、らりる、れ、ろ……うん」
ん? 今らりるれろって言った?
……まさか、発声練習してるんじゃないでしょうね。
日に日に発音がはっきりしてくると、なんだか耳慣れた言葉に聞こえてくる様な気がする。
もしかしたら、隣のコイツも私と同じ境遇の人間だったり---
「……Remilia ,,,Scarlet」
------は?
発せられた言葉に、私の思考は寸断された。
心臓が跳ねた。全身がじんわりと熱くなっていくのが分かる。
滲み出る汗が背中に不快な湿り気を帯びさせる。
コイツ、今なんと言った?
相も変わらず日本語的ではない発音だったが私は確かに聞いた。
私の隣でブツブツと謎の言葉を呟いていた赤子から発せられた言葉。
それは、私もよく知るある吸血鬼の名前。
------レミリアスカーレット