赤子主体は非常に書きにくい
あれから一年程経過した。
私の双子の姉がレミリアだと判明したあの日以来、母親の見ていない時間を狙って毎日毎日発声練習を続けたおかげか、かなりはっきりと話せるようになっていた。
あの日、舌足らずな言葉ながらも懸命に話しかけた結果、なんとか私が博麗霊夢だということを伝えることが出来た。
とはいえ、まともに会話など到底出来る筈もなく
「まずはちゃんと喋れるようになりなさいな。ら行とな行が曲者よ。しっかり練習しておきなさい」
というレミリアの言を受け、ひたすらあいうえおの反復練習に勤しんだ。
「レミリア。……レミリア、起きてる?」
現在時刻は恐らく亥の刻といったところか。
日が出てる間にバッチリ昼寝しておいたおかげで眠気はほとんどない。
母親が寝静まるのを見計らって、私は音をたてないように慎重に布団から這い出た。
転生者であるという事は親には隠し通すつもりなので、こうやってコソコソと行動するしかない。
時が来れば話すこともあるかもしれないが、出来る限り混乱や揉め事は避けたい。
そうそう、この家庭には父親は居ないらしい。母子家庭というやつだそうだ。
警戒すべき相手が少ないというのは、こちらからしたらありがたい。
「ほら、レミリア起きなさい。……あーもう、あんたそれでも元吸血鬼?」
我ながら理不尽な言い分だという自覚はある。
「ほーらレミちゃん起きなさーい」
母親のモノマネをしながらペチペチと頬を叩く。うむ、よく似てる。
レミちゃんと言うのはレミリアの今世の名前だ。どんな漢字なのかは知らない。
私の名前は前世と変わらずレイムだった。なんだか運命というか因縁めいた何かを感じる。
「夜中起きて話し合いましょうっつったのはあんたでしょうが。言い出しっぺが眠りこけてどうすんのよ」
多少の恨みも込めて頬を軽く抓ると、レミリアの量瞼がパチッと見開かれた。
「ふゃ……あ……」
あ、やっちゃった。これヤバイ。
レミリアの両目がどんどん潤んでいく。
あーゴメン! 謝るから! だから今は堪えて! ね? 良い子だか------
「ふぎゃああああああああああああああああああああ!!!」
耳元で発生した突然の大音量に私の体がビクっと震えた。
体の奥底から熱い何かが込み上げてくるのが分かる。
あー、これダメだ。こうなるともう止まらない。
ほら来た、あーもうダメだ、あ、あ、あー---------
「「びゃああああああああああああああああああああああああああ!!!」」
誰もが寝静まる真夜中に二人分の泣き声が木霊する。
幼児の身体というのはこれだから困る。頬を抓られた程度で泣き出すとは。
それよりも、泣き声に驚いて釣られ泣きしてしまう自分が情けない。
感情の急激な変化にどうしても耐えられないようだ。
「あーもう……。はいはい、どうしたのー?」
母親が起きて来てしまった。いつも夜中にゴメンねお母さん。
そう、実は夜の密会を計画して失敗したのは今月だけでもう五回目なのだ。
ちなみに、私の方が起きててレミリアを起こそうとするのは今回が初。
普段はレミリアが私を起こそうと声をかけるが、なかなか起きてこないので悲しくなって泣き出すというのがいつものパターン。
全く、幼児はこれだから。
「はいはいはいはい。ママはここにいますよー」
眠そうな顔で私を元の布団に寝かせると、今度はレミリアを抱き上げながら、私のお腹をポンポンと優しくたたく。
なんとも情けない話だが、私はこれが心地よくて結構好きなのだ。
前世での私は母親というものを知らずに育ったが、この人は優しくて良いお母さんだと思う。
……ただ、可愛がってくれるのはありがたいが、昼間は私達にベッタリなので、なかなか二人きりの時間というのが取れないのは考え物だ。
レミリアとゆっくり話が出来るのはまだまだ先かな。
泣き疲れて眠くなってきた頭でぼんやりとそんな事を考えた。