「あぁ……霊夢、太陽よ」
「そうね、日差しが強くてちょっと眩しいわね」
靴を履く為に爪先を地面にトントンと当てながら、なにやら感動しているレミリアに適当に返事をする。
「太陽が、日の光が、私の体を照らしているわ」
「お母さん、ちゃんと鍵閉めた?」
「ん、オッケーよ霊夢ちゃん。んじゃ行こっか」
なにやらポエムチックなことを呟くレミリアを無視して、お母さんと短く言葉を交わす。
あんたはホントしっかりしてるねー、とお母さんに頭を撫でられた。照れ臭いので辞めてほしい。嬉しいけど。
「ねぇ見て霊夢! 私!今! 日の光を浴びてるのよ!」
ついには叫び出して玄関先で両手を広げて空を仰ぐレミリア。
叫ぶな、近所迷惑だ。
「お? おぉ……。そんなに嬉しいかーレミちゃん。こりゃもうちょっと早く連れ出してやるべきだったかな」
未だかつてないレミリアのはしゃぎっぷりに弱冠引きつった笑顔を浮かべるお母さん。そりゃ引くわ。
初めてのシャワーの時も大概酷かったが、これはちょっと比じゃないな。落ち着くまで時間がかかりそうだ。
乳母車に乗せられずにする外出は、今回が初めてのことだ。あれには確か日除けの為の天井のような物が着いていたので、私達が日光をまともに浴びるというのは考えてみれば初めてか。
家から歩いて五分程の場所に公園と呼ばれる子供の為の遊戯場があるらしい。
「あんたらももう三歳だし、そろそろ外で遊びたいでしょう。連れてったげる」というお母さんの発案の元、私達はその公園なる場所に向かう為に外出している。
「うふふふ、ねぇ見てお母様。影が出来てるわ」
「そのお母様ってのやめてくんないかなぁ。どこぞのお嬢様でもあるまいし」
何処で覚えてきたんだか、と溜息を吐くお母さん。
実際お嬢様だったんだよなあいつ。
あのワガママお嬢様レミリアの母親かぁ……この先苦労するんだろうなぁなどと他人事のように考えていると、公園の入り口が見えてきた。
-------
-----
--
「遊具は……まだちっと早いか。ほれ、そこに砂場があるからお山でも作って適当に遊んでこい」
公園の中には、私達と似たような親子連れが数組居た。
子供達は園内を好き勝手に遊び周り、母親連中は一箇所に固まり何やら談笑しているようだ。
お母さんは私の頭を軽く撫でると、ちょっと行ってくるわと小さく言って母親集団の元へと赴いた。その横顔が何故か緊張した面持ちであったが、私の気にすることじゃないだろう。
「太陽よ! 私を祝福しろ!」
未だ高揚したままテンション高く叫ぶレミリアが鬱陶しいので軽く頭を叩いた。
レミリアがこちらを振り返り恨めしそうに見つめてくる。
「……痛いわね、何すんのよ」
「嬉しいのは理解出来るけどね、そろそろ落ち着きなさい。あんた注目浴びてるわよ」
私の言葉にハッとして辺りをキョロキョロ見渡す。不思議な物を見るような目が自分に向けられているのに気付いたようで、咳払いをして居住まいを正した。
「ごめんなさい、落ち着いたわ。もう大丈夫よ」
「ほんと、頼むわよ。私まで変な目で見られるんだから」
「ねぇ、霊夢。……空も飛べない、魔力も無ければ腕力も無い、脆弱な体に脆弱な精神。
……人間ってなんて不便な生き物なんだろうと思っていたけれど、人間になって良かったと今初めて感じたわ」
目を細めて空を見上げながら、感慨深そうに呟くレミリア。なんというか芝居がかってて態とらしい。
私は呆れた様な表情を作りながら、
「あんた初めてシャワー浴びた時も似たようなこと言ってなかった?」
「人が折角感動してるのに水を差すんじゃないわよ」
ジトッとした目で睨んでくるレミリアを無視してこの後の事を考える。
とりあえず何をしようか。言い付け通り砂場ででも遊んでようかな。面白くもないだろうが。
私としては正直さっさと家に帰って縁側でお茶でも飲んでいたいのだが、折角連れてきてくれたお母さんの手前そういう訳にもいかない。
鉄の棒を幾重にも繋ぎ合わせ立方体を重ね合わせたような珍妙な物体や、梯子を登って鉄板を滑り降りるだけという何の意味があるのか分からない遊具には然程興味も無い。
「レミリア、何かしたいこととかある?」
「弾幕ごっこでもしましょうか」
「あら、良いわね」
え? とレミリアが驚いたような表情でこちらを見る。
「出来るわけないでしょう」だとか、そんな言葉を期待していたんだろう。突っ込み待ちとは相変わらず面倒臭い奴である。
私はその場にしゃがみ込み、足元の砂利を両手一杯に握りしめ不敵な笑みを浮かべた。
「言い出しっぺはあんただからね。まさか今更やっぱり辞めるなんて言わないわよね?」
「え、ちょ、ちょっと! 待って霊夢!」
「食らえ! 夢想封印!」
両手の砂を力一杯レミリアに投げつけた。夢想封印でも何でもない、要するにただの砂かけである。美しさの欠片も無い。
「わぶ、ちょ、口の中に入ったわよ!」
ぺっぺっ、と口内に侵入した砂を唾と一緒に吐き出した。
服に着いた砂を払いながら憤慨した様子で、
「いきなり何てことすんのよ! 見てよこれ砂まみれじゃない!」
「あーやっぱりか。一瞬だけみたいね。で、自覚は無し。と」
怒りを露わにするレミリアを無視して、彼女の全身を観察する。
腕を組んで一人で考え込む私に、レミリアは訳が分からないといった様子で、
「はぁ? 何の話よ!? それよりこの服どうしてくれんのよ!」
「何でもないわよ。それより、被弾は被弾よ。私の勝ちね」
「この……っ!」
靴を滑らせ、蹴り上げるようにして足元の砂利を私目掛けて飛ばしてきた。
咄嗟に後ろに下がったがあまり効果はなく、私の下半身は見事に砂まみれとなった。
黒のスカートは砂埃で白く変色し、靴の中にも砂が入り込んだようで足の裏から異物感が伝わってきた。
これは何とも……イラっとするわ。
「……何すんのよ」
自分の事を棚に上げてレミリアを睨みつける。大丈夫、自覚はあるから私は悪くない。
「被弾したな? これで一勝一敗だ」
あ、口調が変わってる。これは本気で怒ってるな。面倒臭い事になりそうだ。
血走った目を見開き凄惨な笑みを浮かべながら、レミリアは右の手刀を構えた。
「第3ラウンドと行こうじゃないか」
かくして、私達の公園デビューは姉妹の殴り合いで幕を閉じるという悲惨な結果になった。
尤も、三歳児の取っ組み合いなど程度が知れると言うもので、すぐさま駆けつけたお母さんにあっさりと取り押さえられ、姉妹二人して長々と説教を受ける羽目になった。
「 私の公園デビューが……!」などとお母さんが頭を抱えていたのだが、
話を統合して推察するに、母親にとっての公園デビューと言うものは母親同志の横の繋がりを確立する為の一大イベントらしい。
成る程これは悪いことをしたなと罪悪感を覚えたので、私達にしては珍しく素直に説教を聞き続けた。
-------
-----
--
「ふふふ……ねぇ霊夢。私今シャワー浴びてるのよ」
「見りゃあ分かるわよ気持ち悪いわね」
湯船の縁に腕と頭を乗せながらぞんざいに返事をする。
恍惚とした表情でシャワーを浴びるレミリアの姿は、今となってはもう珍しくもない見慣れた光景である。
まだ日も高くお風呂に入るにはかなり早い時間帯ではあるが、私達二人が泥だらけになってしまったので帰宅早々入浴する運びとなったのだ。
のぼせそうなのでそろそろ上がりたいが、この体だと一人で湯船から出るのは少し骨だ。
私を湯船に入れてくれた張本人であるお母さんは、シャワーにはしゃぐレミリアの相手で手一杯である。双子の育児って大変。
「昔はあんなに嫌がってたのにねぇ」
感慨深そうに呟きながら、レミリアの全身に付いた泡を流す為にシャワーを浴びせるお母さん。
どことなく楽しそうだ。子供の成長が嬉しいと言った表情だが、実はそうじゃないのよお母さん。言わないけど。
吸血鬼は、流水によって浄化されてしまう。
その記憶が魂の髄まで刻まれているレミリアにとって、初めてのお風呂というのがどれ程の恐怖だったのかというのは想像に難くない。溶岩の中にでもぶち込まれるような気分だったんだろうか。まぁどうでもいいけど。
「それが今じゃあこれだものね。そろそろ鬱陶しいわ」
「あんたらってほんと早熟よねぇ……お母さんとしては楽で良いんだけど。 あ、頭流すよー」
この所、毎晩毎晩これである。
吸血鬼であったが故に前世では出来なかったことが出来るようになったのが嬉しいのは理解できるが、良い加減に慣れてほしいものだ。
「で、結局喧嘩の原因ってなんだったの?」
「霊夢が悪い」
お母さんの質問に対してどう言い訳したものか、と考えに耽る間も無く即座にレミリアが言葉を挟んできた。
まぁ、確かにあれは私が悪いわ。素直に謝っておこう。
「そうね、悪ノリが過ぎたわ。ごめんねレミ姉」
そんな私の態度がレミリアにはあまりにも意外だったらしく、
「そ、そう……分かれば良いのよ」などともにょもにょ言いながら引き下がった。
レミ姉、と言うのは母親の前でレミリアを呼ぶ時のあだ名の様な物だ。
以前うっかりレミリアと呼んでしまった時にお母さんに不審がられてしまったので、最近は特に気を付ける様にしている。
ちなみに正式には"麗美"と言うらしい。麗しく美しい。良い名前だと思う。
「あ、そういえば。霊夢、腕大丈夫? 引っ掻いちゃったけど血とか出てない?」
「あーちょっと染みるけど大したことないわ。すぐ治るだろうし気にしないで」
右腕を上に持ち上げてプラプラと振って見せる。三本の赤い線が前腕部分に短く走っているが、ミミズ腫れと言う程でもなく数日もあれば治るだろう。本当に大したことはない。
「あ、お母さん。私ちょっとのぼせてきちゃった」
「あら大変」
よっこいしょっと! 等とおっさん臭い掛け声を発しながら私を持ち上げて湯船から出してくれた。もっと言動をお淑やかにすれば良いのに。折角美人なんだから。
「先に上がっても良い? 部屋で涼んでおくわ」
「んー、一人はちょっと心配ね。ちゃんと体拭けんの?」
「私もう三歳よ? その位は出来るわ」
「ほんと成長の早い子ねぇ。お母さん嬉しいような寂しいような……」
「そこは素直に誇っといて頂戴よ。じゃ、お先に」
レミリアはとんでもなく長風呂だからね。付き合わされちゃたまらない。
あの調子なら後二十分は出たがらないだろうなぁ。母親って大変。
「着替えはいつもの所に置いてあるからねー!」
引き戸の向こう側から聞こえてきた声にありがとうと返して脱衣所を後にした。
-------
-----
--
「で、あれ何だったのよ」
「あれって何よ」
念願の暖かい緑茶に舌鼓を打ちながらレミリアを見やる。
ちなみに自分で淹れた物である。電気ポットというのは非常に便利だ。火を使わずともお湯を沸かせるとは、外の世界の技術には本当に舌を巻く。
「私に砂ぶっかけた後に何か一人で納得してウンウン言ってたじゃない」
扇風機の前に胡座をかいて座り込み、バスタオルで頭を拭いて乾かすレミリア。
扇風機よりドライヤー使えば良いのに。あれ便利よね。外の世界万歳。
もし幻想郷に戻るようなことがあれば河童に色々作って貰おう。多分そんな機会は来ないだろうが。
「あぁ、あれね」
チラリとレミリアに向かって風を送る扇風機を見やる。ちょうど良いか。
湯呑みをテーブルの上に置き、レミリアのすぐ目の前まで移動する。
油断させる為に笑顔を作ってニコッと微笑みかけた。
キョトンとした表情のレミリアの顔の前で、私は、
力一杯両掌を重ね合わせた。
「きゃあ! ちょっとなにす……」
パンッと小気味良い音が響いた。所謂猫騙しである。
レミリアの文句は途中で止まり、驚いた表情そのままに、視線は扇風機へと向けられた。
「あれ? 動いてるわよね……。あ、戻った」
「どう? 感じた?」
「え、えぇ……。えっと、よく分からないんだけど、扇風機の風を一瞬感じなかったわ。
扇風機が止まったのかとも思ったけど、むしろ風が体を避けて通ってるような……」
「そうね、一瞬だけど霊力の膜が出来てるわ」
かなり弱いけど霊力の防護膜ね、と言いながらさっき置いた湯呑みを手に取り口にする。
あ、くそ。ちょっと冷めてる。
「え? 霊力? ……私が?」
「そりゃ今は人間なんだから霊力くらいあるでしょうよ。あんたは元吸血鬼だから感じにくいかもしれないけど」
「ふぅーん……へぇー……」などと間の抜けた声を出しながら、レミリアは両手を広げたり握ったりしている。
「うーん、扱い方が全然分からないわね。その霊力の膜っていうのも出そうと思っても出せないし。
どうやって操作するの? これ」
「私が初めてあんたのそれに気付いたのは今日外出した時のことよ。日光浴びた瞬間ね。……本当に一瞬だったから気のせいかとも思ったけど。
次が私が砂を投げつけた時。つまりは身の危険を感じた時に一瞬だけ霊力が高まるって所かしら」
このレベルだと何に使えるだろう。風除けくらいだろうか。
しかし空も飛べない今の体だと風除けなんて使い道あるのだろうか。
うーん、自転車乗ってる時、か? まだ乗った事ないけど。あれちょっと乗ってみたい。楽しそうよね。
「あの砂かけにはそういう意味があったのね。
……いやいや、そうじゃなくて自分の意思で扱うにはどうすればいいかって聞いてるのよ」
「そう言われてもねぇ……魔力扱うのと似たようなもんじゃないの?
魔力なんて使ったことないから分からないけれど」
前世でも私はなんとなくでしか使って無かったので、いざ使い方を教えろと言われても返事に困る。
霊力を扱う為の修行などしたこともない。呼吸の方法を教えろと言われるような物だ。
「ご飯出来たよー! テーブルの上片付けて!」
レミリアと二人でうんうん唸っていると、台所からお母さんの声が響いた。
霊力講座はまたの機会になりそうだ。
相変わらず着地点が見えない。
この後どうしようかな。
最近やっとハーメルンの使い方がわかってきた。
皆様コメントありがとうございます。スマホからなので遅筆ではありますが今後共よろしくお願いします。