転生現代入り   作:xandra

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6.駄目な母親

「何で魚一つ捌けないのよ!? あんた今いくつよ!?」

「……二十歳そこそこくらいです。はい」

 

  何故ボカす必要がある。

  思わず張り上げた私の怒声に返ってきたお母さんの声は、張りもなく弱々しいものだった。

  四苦八苦しながら鱗を取り除いているその姿を、私は台座の上で仁王立ちしながら見守っている。

 

  綺麗な台所だった。

  本当に綺麗な台所だった。

  まるでつい先日引越して来たばかりかと疑う程に綺麗だった。

  油はねも無く焦げも着いていない、真っさらなガスコンロ。

  水垢一つなく、空の三角コーナーが鎮座した銀色に輝く流し台。

 

  はっきり言おう。お母さんは料理したことが無い。

 

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  以前から薄々気付いてはいたが、我が家の食育事情は異常の一言に尽きる。

  お母さんがスーパーで買ってきたお惣菜を、とりあえず冷蔵庫にぶち込んでおき「腹減ったら勝手に食え」である。

  私達の身長でも一人で開けられるように、態々小さめの冷蔵庫をもう一つ設置してあるのだ。

  お陰様で電子レンジの使い方は完璧だ。オカズによって微妙に違ってくる温め時間の調整も誰にも負けない自信がある。

 

  離乳食が終わって自分一人で食べられるようになった当初は、「外の世界の食文化は変わってるわね」ぐらいの認識であった。

  しかし、テレビとやらでドラマやアニメなる物を見ていると、その中で繰り広げられる食事シーンは私の知っている物と大差無かった。

 

  そんなこともあって、私は意を決して、という程の事でもないが聞いてみる事にした。

 

「うちってさ、皆で一緒に食卓囲ったりしないの?」

 

  朝ごはんと称したカップ麺を啜るお母さんの手が止まる。

  ちなみに、私は既に朝ご飯を二時間程前に済ませている。卵かけご飯。美味しかった。

 

「え? いやー……面倒臭いじゃん? 時間、合わせんの。

  それに、あんたら、教えても無いのに、箸だって完璧に使えるし、一人でも大丈夫だろうなって……なあ?」

 

  なあ? じゃないわよ。

  悪い事だという自覚はあるのだろう、しどろもどろな返答だった。

 

  疑惑が確信に変わった。

  我が家は異常だ。

  そしてこの女はダメ親だ。

  というよりもダメ人間だ。

 

  思い返せば、この人自身も決まった時間に食事を摂るなんてことはしなかった。

  真夜中に急に起きて来て、一人でもそもそと何かを食べているのを目撃したのも一度や二度ではない。

  

  お母さんの食生活の乱れは捨て置くとして。

  それを子供にも強制するのは親としてどうなのだろう。

  幼児の食事を丸投げとは如何なものか。

 

  私が黙りこくって考え込んでいるのを良いことに、麺啜りを再開したお母さん。

  そんなお母さんの視線を此方に戻す為に、私はわざとらしく「はぁ」と溜息を吐いた。

  視線が此方に向いたのを確認し、私は両手の指を絡めて両肘を卓袱台の上に置いた。

 

「まぁ、ね。気持ちは理解出来るわ。

  他人に合わせて自分の時間を縛られるのは嫌よね。食事の時間なんて個人の自由だしね。もうこの際一緒に食べよう、とは言わないわ。

  でもさぁ、お母さん。

  それでも、料理くらいはちゃんとした物作って頂戴よ」

 

  お惣菜は確かに美味しい。だけどもいつも同じ店で買ってくる物だ。レパートリーも限られてくる。

  そして何より、私が何より耐えられないのは、

  汁物が無い。

  つまり、私は今世でお味噌汁を飲んだことがない。

 

「あー……料理。うん、料理ねぇ……」

 

  人差し指で頬をポリポリと掻き、視線を泳がせた。

  おう、こっち向けこら。

  出来ないのか。出来ないんだな?

  まぁそうだろうとは思ってはいたが。

  くそ、この女。どうしてくれようか。

  もう良い歳だろうに今まで何して生きてきたんだ。

 

  まぁ、これだけ発達した文明があるのだ。料理なんて出来なくても別段困りはしないだろう。

  幻想郷での常識に染まった私の感覚で、この人を非難するのは間違っているのかもしれない。

 

  それでも、私の食に対するフラストレーションはもう限界だった。

 

「立ちなさい」

「……は?」

「立ちなさいっつったの。買い物行くわよ。まずは書店ね。料理の指南書くらい置いてあるでしょ」

「シナンショ……? え、なに、料理覚えんの? 私が? ……今から?」

「私も一緒にやるから。ね?」

 

  笑顔でポン、とお母さんの肩を叩く。

 

「あ、はい」

「なら早く準備する! ほら立って!」

 

  完全に立場の逆転したやり取りだったが、意外にもお母さんは素直に従った。

  私だったら四歳程度のクソガキにこんな舐めた態度を取られたら、確実に引っ叩いて泣かせている自信がある。

  それをしないと言う事は、お母さんにも少なからず負い目があるのだろうか。

 

「ほらレミ姉も。出掛けるから準備して」

「んー……もうちょっと待って。後五枚だから」

 

  未だ寝巻きのままうつ伏せで足をパタパタと上下させ、ジグソーパズルを組み立てていたレミリア。

  その姿にイラっとした私は、股の間に足を滑り込ませ、その先にある尻を蹴飛ばした。結構強めに。

 

「ッ! ちょ、何すんのよ!?」

 

  お尻を抑えながら涙目で跳ね起きたレミリアの頭をガシッと掴んで、ニッコリと微笑みかける。

 

「早く準備して? ね?」

「あ、はい」

 

  涙目な顔そのままに、箪笥へと向かう。

  冷静になって考えればレミリアは何も悪くないのだが、そこはまぁ、日頃の行いということで。

 

  私は既に余所行きの服装なので、何の準備も必要ない。

  慌ただしく動き回る二人を腕を組んで見守ることにした。

 

「……ちょっと。お宅の娘さん、躾がなってないわよ。何とかしなさいよ」

「……あんたの妹だろ。手綱握っててくれよ」

 

  姉と母の仲睦まじい会話が聞こえてきた。

  家族仲は良好な様だ。

 

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  そして冒頭へ戻る。

  本当に何も出来ない人だった。

  

  まず、出汁というものを理解していなかった。

  差し当たってお味噌汁を作らせようとしたところ、出汁も取らずにいきなり味噌を大量にぶち込もうとして慌てて止めた。

  それも500gの容器丸まま入れようとしていた。どんな濃い味噌汁作るつもりだ。

 

  そして今現在、魚を捌かせている。

  背の小さい私は台座に乗ってその様子を見つつ、横からアレコレと口出ししている。

  ちなみにこの台座、ホームセンターなる場所で購入してきた。1280円。相場が分からないので高いのか安いのかは知らない。

  持って帰るのに苦労した。主に母が。

 

  幻想郷には海が無い。

  前世で私は川魚しか捌いた事が無かったので内心心配ではあったが、海の魚も大して違いは無かった。

  多少戸惑いはしたが、本屋で買って来た「お料理入門」と言う本が写真付きで分かりやすく書いてあったので、この分なら問題は無さそうだ。

 

「ここに包丁入れて、スーッと切ってサッよ。

  ほら、やってみて」

「擬音が多くて分かんねぇよ……手本見せろよ手本」

 

  言って、こちらに包丁を突き出して来た。……刃の着いた方を向けて。

  その事をキツ目に注意しつつ、お母さんから包丁を受け取ってゆっくりとやって見せた。説明付きで。

  うん、川魚と大して違いは無い。

 

「四歳の娘に刃物持たせるって親としてどうなんだろうなぁ……」

「何ブツブツ言ってんのよ、ちゃんと聞いてんの?」

「はいはい聞いてますよー」

 

  親としてもっと見直すべき点は他にあるだろうに。

 

「……ってか何でそんなに上手いの? ほんとに初めてかよお前」

 

その言葉に、私の手がピタッと止まる。

  しまった。張り切り過ぎて怪しまれちゃったか。

  どう言い繕おうか、と考えていると背後からフォローが入った。

 

「霊夢はよく料理番組とか見てたからね。それで覚えたんでしょう」

 

  うん、まあ嘘ではないし信憑性もある良い言い訳だ。

  後ろを振り返り、感謝の意図を視線で送ろうとレミリアを見ると、

  切り落とした鯵の頭をツンツンつついて遊んでいた。地べたで。

  水とか鱗とか血とか色々飛び散っている。

  ……後で掃除させよう。

 

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「いやぁ、美味かった! 久しぶりに温かみの有るモン喰ったよ!」

 

  あっはっは! と、豪快に笑いながら缶ビールとやらを煽るお母さん。麦種の一種らしい。

  普段あまりお酒を飲む人では無いのだが、「たまには良いのよ」だそうだ。

 

「魚を生で食べる習慣って無かったけれど、美味しいのねぇ……」

 

  と言うのはレミリアの言葉。それには私も同感だった。

  あっちの魚は寄生虫とかが怖いからね。火を通した物しか食べた事がない。

 

「霊夢ちゃん霊夢ちゃん、明日は肉じゃがが食べたいです!」

 

  ……結局、お母さんに料理を覚えさせるのは断念した。

  というよりも途中で音をあげて逃げ出し、寝室に引き篭もってしまったのだ。

  そして、料理が完成したのを見計らって部屋から出てきた。

幼児に火を扱わせて、目を離すとは……。

  この女はもう駄目だ。

 

  結果として、今日の夕餉は全て私が作ってしまった。

  大して豪勢な物でも無かったけど、出来栄えは上々。味も悪く無かった。

 

  相変わらず料理を覚える気の無さそうなお母さんを見る限り、今後も私が作ることになりそうだ。

  自分の作った物を「美味しい」と言って食べて貰えるのも、まぁ正直悪くはない。前世では宴会でもない限り味わえなかった感覚だ。

 

おっと、一応フォローしておこう。

内心色々毒付いたりもしたけど、お母さんの事は嫌いじゃない。料理以外の家事は一通りやってくれてるしね。

親としては駄目だけど、根はそう悪い人でも無いのだ。

 

「肉じゃがね、はいはい……」

 

  無意識に自分の頬が釣り上がるのを感じながら、私は適当に返事をした。

  明日から、食事は賑やかになりそうだ。

 




ああでもないこうでもない、と
書いては消してを繰り返し中々筆が進まないので、場繋ぎ適に書いた話です。

思いの外母親が駄目なクズ親になってしまったけど、まぁ、良いか。別な話でフォローしよう。
母親のキャラを決めかねていたので、今回で固まったから良しとしよう。

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