もしも女神像に呼ばれてアイルー達がウマ娘世界に現れたなら 作:葉隠 紅葉
時刻は昼間、穏やかな日差しが照りつける時刻。そこは河川敷であった。緑豊かな木々が生え、穏やかな川がゆるりと流れている場所。ここは彼女、セイウンスカイのお気に入りの釣りスポットであった。
ふと空を見上げてみると燦燦と輝く日光が眩しく照りだしているではないか。身体にまとわりつく日照りが、じりじりと自身の肉体を照らしていく。
そっと地面に手を付ける。土と石の手触りと草花の感触にひたりながら、走り抜ける風の心地に酔いしれる。河川敷の魅力を存分に味わいながら、そっと瞳をつぶるのだ。
少し汗ばむ気候ではあるものの、やはりこの太陽に照らされるという時間はセイウンスカイにとって好ましい時間であった。
なんというか生物として満たされるのだ。日向ぼっこを通して太陽という名の栄養素を摂取しているような…そんな穏やかな時間。
とまぁ色々理屈をつけたが、単に日向ぼっこが大好きというだけだ。そんな日課を行っている彼女のそばでは、とある一匹のアイルーが釣りを行っていた。
「釣れた―?」
「ぜんぜんにゃー」
「そっかぁー」
何とも気の抜ける会話である。そういって再び目を閉じるセイウンスカイ、返事を行ったアイルーもまたあくびを交えながら釣りを行っていた。
どうやら本気で釣りを行っている訳ではないらしい。彼は時折あくびを交えながら、刻々と釣り竿を垂らし続ける。
そう、ここはとある河川敷。釣りも楽しめるセイウンスカイおすすめのマイベストプレイスなのである。だがいつしか、この場所に一匹のアイルーが現れるようになったのである。
行動も趣味嗜好も似通った彼女達が友人となるのはごく自然の流れであった。
お互いの名前を知っている訳ではない、互いの境遇をべらべらと喋って理解しあった訳でもない。向こうからすれば一人のウマ娘だし、彼女からすればただの茶ぶちのアイルーである。
よっと、片手をあげて挨拶をすれば向こうも返す。そうしてそのままゆったりのんびり時間を過ごして再び帰る、ただそれだけの関係だ。実際セイウンスカイは彼の名前も、どこで働いているかもよく知らない。
だがそれで良いのである。こんな関係も悪くはないだろう。こうして彼女達は時折一緒に釣りをするような釣り仲間となった訳である。
実は大の猫好きである彼女。本心では「ちょこっと撫でて抱きしめたいなぁ~」だなんて思ってはいるのだが…流石にプライベートでそれをするのは失礼だからと止めている。まぁそれ以上に、最近ではこんな距離感の付き合いも悪くないなと感じているのだとか。
釣り糸を垂らすセイウンスカイは、のんびりと水面に視線を向けながら隣に腰掛けるアイルーに対して声をかけた。
「そっちはお仕事大丈夫なの?」
「自主休暇にゃん。そっちこそトレーニングは良いの?」
「いいのいいのー。人間休みは大事だよー」
「人間じゃない気がするけど…まぁいっかー」
そういって地面に穴を掘り、自身が手に持っていた釣り竿を固定するアイルー。彼はそのままごろんと横になると…どうやら本格的にお昼寝をするつもりらしい。
働くのが嫌いなのかと問いかけると彼は寝ぼけたような声を出しながら答えた。
「働くのが嫌いなんじゃないにゃ。ただゆったりする方が好きなだけにゃ」
「おっ気が合うねー」
「オタクもねー、ウマ娘ってみんにゃ頑張り屋さんなイメージあったけどにゃー」
「いやいや…セイちゃんもやる時はやるんだよ?本当だよ?」
一途で働き者なアイルー族には珍しく、彼はさぼり魔であった。いや、どうやら彼だけではないらしい。セイウンスカイの周囲には何匹かのアイルーたちが存在していた。
くぁあと口を開けてあくびをしたり、地面に寝転がって昼寝を堪能する彼ら。案外、彼等はのんびりスローライフな生き方が性にあっているのかもしれない。
あるいは肩の力の抜き方というやつをよく知っているのだろう。ぜひとも現代人の忙しいサラリーマンに見習わせたいスキルである。アイルーの言葉に思わず頷いてしまうセイウンスカイ。
釣り糸を垂らす。風に揺れる水面と釣り糸の動きに目を向けながら、彼女はゆったりと問いかけた。
「ねぇ、アイルー達って趣味は何か持ってるの?」
「色々あるけど…釣りとか虫取りとかかなぁ」
「おぉ~良い趣味してるね」
「あとはやっぱり日向ぼっこだねー」
「益々気が合うなぁ…実はセイちゃんの前世は君たちだったりしてね~」
糸を垂らす、この穏やかな時間。なんとものんびりとした、憩いの時間である。トレーニングも心躍るようなレースも嫌いではない。むしろ好きなのだが…たまにはこうやってのんびり過ごしたいと思うのもまた生物としてのサガというものであろう。まぁ彼女のトレーナー曰く休みすぎだろ、との事だが。
おっと、どうやら餌が無くなっていたらしい。セイウンスカイはそっと水面から釣り竿を引き上げるとそのままごろんと地面に寝転んだ。通り過ぎる風がまた心地良い。彼女もまた、あくびをしながらそっと瞳をつぶるのであった。
地面に寝転びながら、空を見上げる。心地の良い陽気に包まれながら、彼女はぽつりと呟いた。
「猫の楽園ニャンカディア計画はここにあるのかもなぁ」
「なぁにそれ?」
「猫たちが幸せに暮らす場所だってさ…ひぃおばあちゃんが言ってたよ…いやおじいちゃんだったかな?」
「おぉ~素晴らしいニャ~」
「この世の果てか、世界の裏側か。そこでは猫たちが日々ぐうたらのんびりして暮らしているんだって~」
「釣りもひなたぼっこも、好きなだけし放題?」
「それどころか温泉も浸かりたい放題だねぇ」
「いいなぁ~行ってみたいにゃぁ~っ!」
「君なら行けるよぉ、いつかきっとねぇ」
釣りの陽気のせいだろうか。ぼんやりとしたままつい軽はずみに受け答えをしてしまうセイウンスカイ。そのまま彼女はくわぁと大きなあくびをするとそのままごろんと寝ころんだ。土の香りと草花が揺れ動くそのゆりかごの中で、彼女は深い午後の眠りへとついていく。
一方のアイルーは興味深いことを聞いたと思った。なにせアイルー族である。モンスター達に追われて生存競争に明け暮れた自身達にとってそんな場所があるならまさしく理想郷ではないかと。これはぜひ、同胞達に伝えてやらねばと彼は深く心に決めた。
彼女は知らない。後に楽園ニャンカディアはアイルー族の間で伝承され、300年ばかり後世のアイルー達にとって、本当の楽園となる事を。そこではセイウンスカイはニャンカディアを地上に伝えた女神として崇め奉られたとかなんとか…。
嘘か誠かは後生の人のみが知ること。今はただ、一人と一匹の間を通り過ぎる、穏やかな午後の陽気だけが真実であった。