もしも女神像に呼ばれてアイルー達がウマ娘世界に現れたなら 作:葉隠 紅葉
ヤエノムテキはとある趣味を持っていた。そう、何を隠そう彼女は可愛い物が好きなのである。
ウサギは良い。白くてモフモフとした姿など愛らしくて堪らない。リスは最高だ。あの小さな口でもっきゅもきゅと木の実を食べている姿など見ているだけでとろけてしまう。モルモット、あぁもう膝に抱きかかえるだけで腰が砕けそうになる程に可愛い。
そう、可愛い物が好きなのだ。だからこそ、彼女は周囲から隠れるように、その嗜好を秘密にして生きてきた。
武を修める者として、金剛八重垣流の門弟として情けない姿など晒してはならないのだ。レースに生きるウマ娘として、決して可愛い物を見て動揺する未熟な姿など見せてはならない。
何より恥ずかしいのだ。顔を紅くして『はわわ』と動揺している姿など、もしも密かに恋心を抱いているトレーナーに見られたら生きていける自信がない。
可愛い物が大好きだというその趣味だけは、絶対に隠しておかなければならない。敬愛している師範にも、好意を抱いている自身のトレーナーにも決して教えられない乙女の秘密なのだ。
だからこそ、彼女は念入りに周囲を警戒していた。時刻は16時、自身のトレーニングにも一息ついた、放課後のスキマの時間。近くには物音や人影は居ない。遠い場所でトレーニングに励むウマ娘達の声がするのみだ。
大丈夫だ
周囲には誰もいない
彼女は周辺に誰もいない事を確認すると、そのまま目的地へと向かった。第2倉庫の裏道、トレーニング機材や整備車両が置かれたその倉庫は、普段は人もあまり立ち寄らぬ空間である。
その裏通り、アスファルトといくつかの木々が植えられたその空間に、目当てであったソレはいた。
ソレは灰色の体毛をしていた。おなかの周りに白い丸模様を身につけ、全体をこげついた灰色の体毛をしているのが特徴的な彼こそが、最近学園に現れたというアイルー族だ。
そのアイルーがこちらを見ていることに気づいたその瞬間、ヤエノムテキの心は飛び上がらんばかりに跳ねた。
彼女は鞄に忍ばせた缶詰を手に持ちながら、乙女のような声を挙げた。
「お待たせしました~ごはんですよ!」
それは、彼女のトレーナーが見た事もない程の満面の笑み。
彼女はそう言って手元の袋から高級猫缶を取り出し、アイルーへと差し出した。そう、彼女の目当てとはこの倉庫の裏道に住み着いている、この灰トラ柄のアイルーだったのである。
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アイルーを抱きしめる。優しく膝に抱きかかえ、アイルーのおなかに手を回してその撫で心地を堪能する。あぁなんて最高の感触なのだろうか。
さながら大きなぬいぐるみを抱きしめる少女のような姿だ。顔をにやつかせながら、その体毛に顔を埋めるヤエノムテキ。武に生きる、無骨な姿とはどこまでもかけ離れた乙女の姿がそこにはあった。
「あぁ~なんて可愛らしいのでしょう!このモフモフ具合が堪りません…っ!」
「…にゃぅ~」
「む、無理です~っ!そんな顔でこちらを見られては~…っ」
こちらをジト目で見上げる灰トラアイルー。そんな視線に対して、それはもう満面の笑みで応えてしまう彼女。普段の姿はどこへやら、表情を緩ませているその姿はどこまでも幸福そうだ。
年頃の乙女らしく、その声には隠せない喜びが溢れていた。彼女はアイルーの頭に顔を埋め、そのモフモフ感に酔いしれる。その柔らかさ、そのふわふわ感が彼女の心にしっくりとくる。あぁ鍛錬の疲れも吹き飛ぶ勢いだ。
というかアイルー族は愛らしすぎやしないだろうか。初めて新聞でその姿を見た瞬間、気絶しそうになったのは彼女だけの秘密である。つぶらな瞳に小さな顔、絶妙な大きさの背丈、愛らしい仕草。それらに猫としての魅力が更に備わってくるのだ。
天使
まさにこの地上に現れた天使の如き愛らしさである。
高級猫缶の食事も終わると、次はいよいよブラッシングの時間である。ネット通販で購入したその大型ペット用ブラシで、彼の身体を愛おしげに撫でつける。みるみるうちに毛玉が集まり、そして体毛はすっかりと綺麗に整っていくのだ。
随分と手慣れた手つきだ。それもそのはず、彼女がこうして彼のお世話をしているのは最近ではすっかりと日課になっていたからだ。
この特徴的な体毛をしたアイルーは言葉を喋れないのである。喋れない彼には悪いが、それこそが彼女にとってはありがたかった。こうしているすっかり魅了されているニヤニヤ顔の自分など、誰かに知られてはとても生きていけない。
彼のもふもふの身体を思う存分堪能する。そうすることが彼女の最近の日課であった。天にも昇るこの愛らしさ、どうして愛でずに居られようか、いや出来ない。思わず反語的表現も出てしまうというものだ。
「むふふぅ~堪りません。思わず顔がにやけてニッコニコに…」
「にゃァ…」
「つぶらな瞳も可愛すぎますぅ…っ!はぅぅ…」
存分に愛でていく彼女。一方アイルーの方は納得しているのかと言えば、まぁ不満ではあった。せっかくこうしてリラックス出来る場所でお昼寝を堪能していたというのに、このヤエノムテキなる女は出会うなり自身に抱きついてくるのだ。更には猫吸いなるものまでしてくるのだから正直不快である。
でもまぁそのお礼に食事には最高級のペットフードや人用ご飯を用意してくれるし、勝手にブラッシングまでしてくれているからまぁ許してやろう。と、その程度にはアイルーから気を許されている彼女なのであった。
体毛がきれいに整ったアイルーは、今度はヤエノムテキの腕の中にやさしく抱きしめられた。彼女の手がアイルーの毛に触れると、その手触りの良さについ顔がほころんでいく。
次に彼女は、「猫吸い」を始めた。彼女の口がアイルーの頭部にやさしく触れ、その独特の匂いを感じながら一気に香りを吸い込むのだ。あぁお日様のような香りと、猫特有の獣臭、そして毛の柔らかな感触。ヤエノムテキは天にも昇るような心地であった。
「もふもふ…はぅぅ~…」
肉球の感触にひたりながら、蕩けたような笑みを浮かべる彼女。ぷにぷにと人差し指で肉球をつつきながら、アイルーの身体を抱きしめるこの幸福感たるや。
あぁ叶う物ならこのままずっと
そう願っていた彼女であったが、突如どこからか足音がした。武道で鍛えた警戒心を最大限にまで強めていた彼女は、跳ね上がるようにしてその場から飛び退いた。
その数秒後、柱の陰からとある一人のウマ娘がこちらに走り寄ってくるではないか。足音を響かせ現れたのは、一人の少女であった。
「ややっ!そこに居るのはヤエノムテキさんではありませんか!」
美しいブラウンカラーの、ポニーテールが特徴的な彼女。まるで弾ける太陽のような笑顔をした彼女は、ヤエノムテキに向けて笑みを浮かべた。『サクラバクシンオー』そのウマ娘とはサクラバクシンオーであった。彼女は静かな足どりで彼女の元へと近づいてくる。
「おや、ヤエノムテキさん?そこで何をしているのですか?」
「
「ほう、こんな場所でですか!」
「常在戦場、未熟な自分は常に心身を鍛えているんです」
震える声で、そう答えるヤエノムテキ。無論、嘘である。可愛らしいアイルーを愛でている自分をどうしても隠しておきたかった彼女がついた、嘘である。
アイルーはそんな事情を察してか、我関せずといった様子でウトウトとまどろんでいた。だがそういった事情なぞ露とも知らずに、サクラバクシンオーは瞳を輝かせて彼女に言葉を投げかける。
「素晴らしい心意気です!その模範的な姿勢、とてもバクシン的ですね!」
「は、はぁ…どうも。貴女の方はどうしてこんな場所へ?」
「私は
「そうですか」
にっこりと笑みを浮かべるサクラバクシンオー。彼女は自身の鞄から小さなおにぎりをいくつか取り出して灰トラアイルーに向けて差し出した。
一方のヤエノムテキは引きつった表情を浮かべる。いや、さっきその子にご飯を挙げましたよとはとても言えない。いつまでたってもご飯を食べようとしない灰トラアイルーに対して、サクラバクシンオーは首をかしげて呟いた。
「おや変ですねぇ、以前あげた時は喜んでおにぎりを食べてくれましたのに」
「だ、誰かが既にご飯でも与えたのでしょうかね?本当に不思議ですね」
「むむぅ…まぁ良いです。アイルーさん、このおにぎりは差し上げます。好きなタイミングで食べて下さいね」
「にゃ~ん」
「うふふっ、可愛らしいですね。所でヤエノムテキさん、貴女も少し撫でていきませんか?」
「あいにくですが結構です。鍛錬の時間ですので」
「ですが少し位…ほら、この子はとても可愛らしいですよ」
「確かに愛らしいとは思いますがその程度です。ウマ娘の私には興味ありませんね」
笑顔で灰トラアイルーの頭を撫でるサクラバクシンオー。そんな彼女とは対照的に、ヤエノムテキは視線をそらして答えた。ほんの少しばかり尻尾が左右に揺れているが、表情だけは完璧なポーカーフェイスである。
凜として答える彼女。そんなヤエノムテキの言葉に感動したのか、サクラバクシンオーは瞳を輝かせて彼女に向けて言葉を発した。
「おぉストイックなのですね!」
「こうしている今も強敵達は鍛錬を続けています。未熟な自分には余計な物にかまけている暇はありませんので」
「なる程なる程!見習いたい程の勤勉さですね!」
「えぇ…所でサクラバクシンオーさん。突然木に登りだしてどうしたんですか?」
勤勉だとうなずきながら、ヤエノムテキを褒め称える彼女。そんな彼女は鞄を地面に置くと、そのまま木に登り始めた。
その木はかなり逞しくて巨大である。幾らウマ娘の身体能力が高いとはいえ、少々危ないのではないだろうか。そもそもどうして木に登り始めたのだろうか。そんなヤエノムテキノの疑問もよそに、彼女はするすると木の縁に手をかけると、そのままあっという間に木の上部まで昇りつめた。
小さくあくびをしながら地面に寝転ぶ灰トラアイルーのすぐ近くで、サクラバクシンオーは笑顔で応えた。どうやら目的の物を見つけたらしい。彼女が手に持っていたそれは、小型の監視カメラであった。その木の幹に隠すように設置されていたそれは、小型ながらも高品質な日本製の監視カメラであった。
「あぁ、監視カメラを回収するんですよ」
「え゛」
「最近このあたりでゴミのポイ捨てが多いとの通報がありましてね。学園からの指示で、この付近にカメラを設置しておいたんです!全く許せませんよね!」
「……」
「この神聖たる学び舎で不届きな事をする輩は許せません!学級委員長たるこの私が犯人を見つけて注意をするのです」
「……」
「さぁて戻って録画された映像を確認するとしますか!」
カメラを手に持ちながらするすると木から下りてくるサクラバクシンオー。一方のヤエノムテキの表情は真っ青だ。まさか、いやそんな…。パニック寸前の頭の中で、先ほどまでの光景をフラッシュバックで思い返す彼女。
あっ
これはダメな奴だ
そう考えた瞬間、ヤエノムテキは猛烈なスピードでサクラバクシンオーに接近し、勢いよくカメラを踏み抜いていた。
「ではではさようなら…ちょわーーっ!?」
「チェストーッ!チェストチェストーッ!!」
「ヤエノムテキさん!?カメラが壊れちゃいますよ!?」
「す、すみません。手が滑りました」
「いや脚でしたよね!?」
「弁償しますから…っ!お金なら幾らでも払いますから…何卒データだけはご勘弁をー…っ!!」
「いきなりどうしたんですかー!?」
訳も分からず悲鳴を上げながら走り去るヤエノムテキ。そんな彼女を呆然と見つめる事しかできないサクラバクシンオー。すぐそばには彼女によって無残にも踏み潰された監視カメラだけが残されていた。
訳も分からず彼女の後ろ姿を見つめる事しかできないサクラバクシンオーのすぐ隣では、一匹の灰トラアイルーがゆったりと午後のお昼寝を堪能しているのであった。