もしも女神像に呼ばれてアイルー達がウマ娘世界に現れたなら   作:葉隠 紅葉

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第13話

 アイルー達にも子供はいる。普段働いている彼らの両親に変わり、村の中で暇なアイルー達がみんなで交代しながら赤ん坊や小さな子供達のお世話をする。それが彼らが築いてきた伝統的なスタイルであった。

 

 トレセン学園の一角に建てられたその空間は、アイルー達の集合住居であった。人間用には小さなそのプレハブ小屋も、小柄なアイルー達には立派な住居である。学園側が急遽用意した仮住居ではあったが、本人(本猫?)達はえらく気に入っていた。

 

 元の世界では洞穴やジャングルに住んでいた彼らである。それを思えば雨にも風にも負けないプレハブはまさに魔法の素材で出来た素晴らしい住宅であると言えた。

 

 江戸時代の長屋生活をイメージすると理解しやすいだろう。アイルー達は幾つかの世帯を並べ、多人数で寝食を共にする。みんなの子供は自分の子供、そうして子供達を大切に育ててきたのだ。

 

 しかし親アイルー達がトレセン学園で働き始めてからは、貴重な子供達の育て手が少なくなってしまった。これに対し学園側はヘルパー制度を設置する事を提案したのであった。最近では手のあいた職員やウマ娘達が、子供アイルーや赤ん坊アイルーのお世話をするようになったのだ。

 

 わいわいとやかましく騒ぐ子供アイルー、おしめを濡らして泣きわめく赤ん坊アイルー。そんな騒がしくも微笑ましい空間の中に彼女はいた。ウマ娘特有のウマ耳をピクピクと動かしながら、エアグルーヴは大きくため息をついた。

 

「全く…赤ん坊の世話なぞどうすればいいんだ…」

 

 エアグルーブは手をこまねいて困り果てたようにため息をついた。目の前にいるのはアイルーの赤ん坊。どうやら、会長からの指示でこうしてアイルー達のお世話をする事になったらしい。

 

 この世界で生まれたばかりだというその赤子は、人間世界の幼猫と見た目は大差がなかった。

 

 まん丸な瞳に愛らしい顔、まさに猫好きにはたまらないその姿。今の所人間世界の猫と大差ないのだが今後、成長するにつれ徐々に大きく、そして賢くなっていくのだろうか。

 

 赤子を抱きしめながら途方に暮れる彼女に対して、学友であるスーパークリークが声をかけた。

 

「うふふ、難しく考えなくても良いんですよ」

 

「スーパークリーク…」

 

「基本は人間の赤ちゃんと一緒ですよぉ」

 

「いや、その人間の赤ちゃんをよく知らないんだが…」

 

 スーパークリークは笑顔で言いながら、手に持っていた哺乳瓶を赤ん坊へとあてがう。彼女が膝に抱きかかえたトラ柄の赤ん坊アイルーは、口を伸ばして哺乳瓶の先端へと吸い付いていた。

 

 小気味よく音を立ててミルクを飲む赤ん坊。そんな赤ん坊を愛おしげに抱きかかえながら、彼女は慈母精神たっぷりに微笑んだ。

 

「はぁい栄養たっぷりのミルクですよー。沢山食べて大きくなりましょうね~♪」

 

「…随分手慣れているな」

 

「最近アイルーさん達のお世話をする事が多くて…うふふ、彼らのお世話も私には向いているのかもしれませんね」

 

 そういって笑みを浮かべるスーパークリーク。まさに保母、なんとも慈愛に満ちた表情である。どうやら彼女、暇を見つけては頻繁に子供アイルー達のお世話を買って出ているらしい。なんでも『他人のお世話をする』という行為が堪らなく幸福なのだとか。

 

 よく分からないが彼女が満足しているならばそれで良いだろう。そんな彼女達の背後では、一匹のアイルーが居た。そのアイルーは段ボールの中に頭を突っ込みながら、何かを探している様子であった。彼は額に汗をかきながら、そっと独り言をつぶやいた。

 

「うにゃー…そろそろおむつとミルクの替えがなくなりそうニャ…」

 

「あらーそれなら私が学園から取ってきましょうか?」

 

「うーん、この時間帯になったらいつもスタッフさんかウマ娘さん達が段ボールを持ってきてくれるんだけど…おかしいにゃー」

 

 そういって首をかしげる三毛柄アイルー。どうやら、普段から定期的に学園側のスタッフが物資を運んできてくれているそうだ。おむつやミルク、その他日用品などはどうしても体躯の小さなアイルーでは手に余る。その為か、人間やウマ娘達にそれらの物資を運んで貰っているようだ。

 

 普段ならそろそろ現れる頃だという筈の運搬スタッフなのだが、どうにもそのスタッフがまだ来ていないらしい。困ったにゃ~とため息をつくアイルーに対して、スーパークリークは声をかけた。

 

「なら近くにいるのかも…探してきましょうか?」

 

「いやいや多分大丈夫ですにゃん。それなら向こうで一緒にやんちゃな子供達を寝かしつけるの手伝ってほしいかにゃー」

 

「分かりましたー小さな子を寝かしつけるのは得意なんですよ」

 

 そう言ってアイルーと楽しげに会話をするスーパークリーク。そうして彼女は遊び足りなくてまだ寝ていないという子供アイルー達の様子を見に行くのであった。彼女、根っからの子供好きなのだろう。

 

 胸に赤子を抱きながら、哺乳瓶でミルクを与えていた彼女の姿はなんとも幸せそうだった。そんな彼女の姿を思い返しながら、見よう見まねで同じくミルクを与えてみるエアグルーヴ。

 

 なんともほのぼのとする光景である。そんな彼女に対して、エプロン姿のキジトラ柄アイルーが声をかけた。どうやらかなりお年を召した雌らしい。その雌アイルーは洗濯物をたたみながらエアグルーヴに声をかけた。

 

「手伝ってくれてありがとうですにゃん。ウマ娘の皆さんが来てくれるおかげで大助かりです」

 

「いや、それは構わない。それにしてもミルクや離乳食はこれで良いのか?与え方などに何か注意点があれば…」

 

「だいじょーぶ、ワタシ達は胃袋が丈夫だから何でも消化できるんですよ。細かいことは気にしなくって平気にゃ」

 

「そ、そうか…そうなのか…」

 

「この世界は栄養満点で便利な物が沢山あるから、安心して子育て出来ますニャー」

 

「むむ…今更だがアイルー達は本当に異世界から来たんだな」

 

 ため息をつく。改めて見て思うが、アイルー族とはなんとも不可思議な存在だ。個人での付き合いが特別深いわけではないが、それでも最近ではめっきりこの社会に馴染んできた様子のアイルー達。

 

 そんなアイルー達が元いた異世界とやら、一体どんな場所なのだろうか。抱きかかえていた赤子にミルクを与えながら、エアグルーヴは雌アイルーに問いかけてみた。

 

「興味本位で聞くんだが異世界とはどんな場所なんだ?」

 

「う~んといってもワタシが住んでたのは普通の雪山だったからニャ~。あんまりこっちの雪山と変わんにゃいと思うなぁ」

 

「雪山…猫達には寒そうに思えるが平気なのか…?」

 

「あとはまぁモンスターがいましたニャン。昔住んでた場所だとでっかい龍とか黄金に光る大猿とか居ましたよ」

 

「りゅ、龍?おとぎ話に出てくるあのドラゴンか!」

 

「うん、あと地を這う恐ろしい龍も。ティガレックスって言うんだけど…あいつに仲間を何匹も食われましたにゃぁ~」

 

「く、喰われ…」

 

「機嫌が悪いとしっぽでぶん殴られるから死体がぐちょぐちょになってしまって…いやぁ本当に恐ろしかったにゃ~…」

 

「……」

 

 なんともグロテスクな話である。いや、彼らの世界の話はテレビや雑誌でもそれとなくきいていたのだが、余りにも過酷な環境であるらしい。それにしても龍や巨大生物が平然と存在する世界とは…。

 

 彼ら曰く、そういったモンスター達が食物連鎖の頂点に存在するらしい。アイルー達は彼らから隠れ住むように住処を建設し、村という社会を築き上げてきたのだとか。

 

 それこそ人族に近しい場所に住むアイルーは、人族と共存関係にあるらしい。が、この世界に来るようなアイルー達は自然が豊かであまりにも奥深くの、それこそ秘境のような場所に隠れ住むアイルー達が多かったらしい。故に、これまでの生活では人族とほとんど関わってこなかったのだとか。

 

 女神からの導きでやってきた彼らは漸く、この地で安息の日々を暮らせるようになったのだろう。雌アイルーはタオルをくるくると丸めて畳みながら、しみじみと呟いた。

 

「ボタンを押せばなんでも作れて、蛇口を捻れば好きなだけ飲み水が出てくる…初めて知ったときは腰が抜ける程たまげましたよ」

 

「……」

 

「嵐にも落雷にも怯えないで暮らしが出来る…ここは天国みたいに住みやすい場所ですにゃぁ~」

 

「…異世界とは過酷なんだな」

 

 その後に出てくる話も、そのどれもが非日常的な話ばかりだ。特にアイルー達が抱くモンスターに対する恐怖は並々ならぬようであった。そんなアイルーの話を聞いてふと、興味がわいてきた。エアグルーヴは赤ん坊アイルーのおしめを替えながら、彼女に対してそっと問いかけてみる。

 

「所で…アイルー達の世界で最も速い生物とは何なのだ?」

 

「え?速い生物…?」

 

「あぁ、個人的な興味があって…」

 

 そう訪ねるエアグルーヴ。彼女とて立派なウマ娘である。速さという物には誇りがあるし、この世界の誰よりも速くあらんとする自負がある。だが異世界とやらにはそんな自分たち(ウマ娘)よりも速い生物がいるのだろうか。

 

 ふとした事から沸いた疑問。そんな疑問に対して雌アイルーは考え込んでしまう。腕を組み、頭を捻って考え込む。うーんとうなり、嗜好した末に、彼女は漸く言葉を発した。

 

「う~ん『воп▲лощ◎ение мол▼◎нии』かなぁ」

 

「な、何だって…?」

 

「こっちの世界風に言うなら…キリンって所かにゃぁ。本で読んだけどこいつが一番近い概念かも」

 

「キ、キリン…?あの首の長い生物の…?」

 

「いやぁ、そっちじゃなくて。この国では霊獣として麒麟って生物が居るんでしょう?似たような奴がワタシ達の世界にも居たんですにゃん」

 

 そういってしみじみと頷く彼女。麒麟、確かにアジア圏では麒麟と呼ばれる伝説の生き物が存在する。学校の図書館で読書をしていた時にかの存在を思い出したという雌アイルーは、元いた世界の『キリン』なる生物について語り出した。

 

 なんでも向こうの世界ではキリンというモンスターは、古龍種という生物種に分類され、非常に強い力を持つ最強の生物として知られているらしい。

 

 白銀に輝く体毛に額から伸びる一本角が特徴的なその姿。その身体はあまりに雄々しく、また神々しい。何よりも特徴的なのはその『雷電』である。かの生物が一度出現すれば周囲の天候は一変し、その地域(エリア)の上空には轟くような巨大な雷雲が発生し、周囲には柱のような雷鳴が降り注ぐのだとか。

 

 キリンが放つその落雷の威力たるや凄まじい。巨大な岩塊も、逞しく立派な大樹も一撃で真っ二つに割る程の破壊力。周囲の生物からは恐怖とともに畏れ、崇められているのだとか。

 

 蓄電した雷をまき散らし、閃光の如く走る。その速度たるやかの世界でも紛れもない頂点級。荒れ狂う海上やぶ厚い雲中すらも稲妻のように駆け抜ける、そんな伝説の生物なのだとか。

 

「そいつが、ワタシが知る限り一番速いですかにゃ~。ま、実際に見たことはにゃいけど」

 

「むむぅ…」

 

「…競争してみたいの?」

 

「いいや、別に」

 

「でもエアグルーヴさんの尻尾がぶんぶん左右にふられてるけど…あとお耳がピクピク動いているし」

 

「…まぁ興味がないと言ったら嘘になるな」

 

 頭の中で想像を広げる。大きさ数メートルにも及ぶ、体躯をした四足歩行生物。そして太く逞しい一本角をはやしたかの生物が海の上すらも走り去るその光景を。

 

 閃光の如く走るというその健脚、ぜひとも一度見てみたいものだ。おしめを取り替えてきゃっきゃと笑みを浮かべる赤ん坊アイルーを抱きかかえながら、思考にふける彼女。

 

 そんな彼女の元へ、スーパークリークが再びやってくる。どうやら件のアイルー達がようやく寝付いたらしい。彼女はそっとこちらに近寄ると、そのままエアグルーヴに向けて笑みを浮かべた。

 

「やっと眠ってくれましたぁ。アイルーさんはどの子もみんな元気いっぱいですね」

 

「赤ん坊のお世話が随分と板についているようだな」

 

「うふふっ、これは予行演習みたいなものですから。いつか私も結婚してお嫁さんになって…子供を持つ日が来るでしょうしね」

 

「予行演習…子供か…」

 

「そういうエアグルーヴさんは、誰か好みのお相手はいないんですか?」

 

「私にそんな男が居るとでも思っているのか?」

 

「えぇーいるじゃないですか!例えば…あのトレーナーさんとか♡」

 

 そう言って、こちらを見ながら揶揄(からか)うように微笑むスーパークリーク。どうやらエアグルーヴが専属契約しているあのトレーナーとの仲について聞いているらしい。

 

 エアグルーヴは公私共に距離が近い、あの専属トレーナーの事について考える。確かに彼は、顔が良い訳ではない。指導者として特別能力に秀でている訳でもない。間違いなく凡人とすら言えてしまうような男だろう。

 

 それでもあのトレーナーはいつだってエアグルーヴの事を考えてくれている。不器用ながら努力を怠らず、女帝に見合う男になれるようにと、陰で懸命にあがいている事もよく知っている。そのおかげか、今ではすっかりトレーナーとしての実力も備えてきた。

 

君が大切にしている物を、自分も大切にしたいんだ

 

 あんな台詞を恥ずかしげもなく言えてしまうような純真な男を、彼女は他に知らない。彼の事を思い返す。ただそれだけで、エアグルーヴの胸中に温かな感情が芽生えてくるのもまた事実であった。彼女は優しげな笑みを浮かべながらはっきりと答えた。

 

「ふふっ…それも悪くないかもな」

 

「まぁ!もしかしてもう告白されちゃったんですか!」

 

「たわけ!私達は学生だぞ……だがまぁ将来的に『奴となら』そういう関係になっても悪くないというだけだ」

 

 そういって微笑むエアグルーヴ。そんな彼女の微笑みはとても美しかった。愛しい男性の事を思いながら、笑みを浮かべる女性のなんと美麗な事だろうか。同級生達が見たこともないようなエアグルーヴの笑顔に、同性であるスーパークリーク自身も見惚れてしまう。

 

 それが恋か、それとも別の何かか。その答えはきっとエアグルーヴにしか分からないのだろう。それでもきっと、その思いは非常に純真で尊い物である。スーパークリークは彼女の隣に腰掛けながらやんわりと笑みを浮かべた。

 

「ふふっこういうの、ツンデレさんって言うんでしたっけ」

 

「…恥ずかしいからさっきのは忘れろ」

 

「だめでーす。ふふっ、もう聞いちゃいましたもん」

 

『…ン゛ッ!!! ……ンン゛ッッッ!!!』

 

ゴンッ!!

 

 近い距離で、じゃれあう二人。そんな二人のそばに設置された窓枠から、何かが倒れるような音がした。まるで()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()その音。エアグルーヴは首をかしげながらスーパークリークに問いかけた。

 

「ん?今なにか倒れるような音がしなかったか?」

 

「お外で何かあったのでしょうか…?それよりも、もっと一緒に恋バナしましょうよー♡」

 

「えぇい、抱きついてくるな!この子にミルクが与えられないだろう」

 

 楽しげに談笑をするウマ娘達。年頃の少女のように、会話に花を咲かせて恋バナをし始める二人。雌アイルーはそんな様子を気遣ってか、微笑みながらその場を去って新たなミルクを作りに行った。

 

 レースにいそしむウマ娘達。そんな彼女達もまた年頃の乙女なのだろう。恋の話にときめく彼女達の姿はどこにでもいる有りふれた乙女のそれなのであった。

 





アイルーA『それにしても運搬係の人遅いニャ~…ん?』

アイルーB『大変!リボンを付けたウマ娘さんが窓の外で倒れてるにゃ!』

アグネスデジタル『尊い…しゅきぃ…しゅきぃ…』

アイルーA『鼻血を出しながらうわごと言って倒れてるニャァ!』

アイルーB『急いでネコタクで運ぶにゃ!』
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