もしも女神像に呼ばれてアイルー達がウマ娘世界に現れたなら 作:葉隠 紅葉
「やぁカフェ!一緒にアイルー狩りに行かないかい?」
「行きません」
突如自室に入ってきたアグネスタキオン。彼女は旅行帰りなのだろうか、大きなスーツケース片手に興奮した様子で話しかけてくる。
一方ソファの上で本を読み、そっけなく答えたのは同じくこの部屋の住人であるマンハッタンカフェであった。
どうやらよほど本に夢中であるらしい。それとも彼女は、アグネスタキオンという同性の方にこそ興味がないのかもしれない。
そんな様子を知ってか知らずか、タキオンは大きなスーツケースから荷物を出しながらなおも話しかけた。どうやら中身は実験器具のようだ。
スーツケースの中に大事に包まれた実験器具、その端のほうには折りたたまれた衣服や下着が入っている。どうやら私物よりも実験器具のほうがよほど大事なのだろう。
白衣を着たこの見た目の通り、彼女は科学者(サイエンティスト)としての気質があるに違いない。
フラスコや書き散らしたメモの切れ端を、大事そうに机に並べながら彼女はなおも陽気に語りかけた。
「ハッハッハ!もちろん狩りというのはジョークだとも。いやなに、ちょっとばかりお話をして、ちょっとばかり実験に付き合ってもらうだけだとも。安心したまえよ」
「そうですね」
「いやはやしかし、私が海外遠征に行っている間になんて事態になったんだ!新種の生物!未知の知的生命体!なんてロマンあふれる話なんだろうねぇ!」
「そうですね」
「現地で新聞を読んだときは驚愕で飛び上がったとも!私がいない時に限ってこんな面白おかしい事が起こるだなんて!まったく神様ってやつはなんてイケずなんだろうか、そうは思わないかいカフェ?」
「思いませんね」
アグネスタキオンは興奮した様子で話し始めた。瞳をらんらんと輝かせて、なおも語り続ける彼女。しかし、それでもカフェは本から視線を外そうとはしない。
アグネスタキオンがベッドの上、カフェの隣にそっと腰掛けながら、カフェに向けて熱く語り続けた。
一方のカフェの心は冷めきっていた。どうせこうなることはわかっていたのだ。
タキオンが海外遠征から帰ってきたら、アイルーの存在に興味を持つことなどわかりきったことだ。
それはもう、コーラを飲んだ時にゲップが出る位自明の理なのである。
こうなってしまっては眼前の未知に興奮したアグネスタキオンは止まらない。逆に言えば、止めようとしなければ、いつまでだってとめどなく話し続けるのだ。
どうせ相手が自分でもカカシでも、トレーナーでも際限なくしゃべり続けるのだ。なら自分は時間を有効に使おうと彼女がそう考えるのは当然のことであった。
本を読みながら、隣に腰掛ける彼女の様子を聞き流す。時折耳をひょこひょこと動かしながら、熱心に物語の世界へと心を躍らせるカフェ。
時間にして5分か、それとも15分か。すっかり夢中になっている様子のカフェは、無意識に返事を繰り返していた。
「~という訳でなにより驚嘆なのはそのタフネスだ。車にはねられたアイルーが数時間足らずでぴんぴんしているんだ、彼らの回復力!その耐久性には大いなる可能性が眠っているのだよ!」
「そうですね」
「最近ではこのアイルーなる存在がどんどん社会進出もしてきているというではないか!ぜひぜひ私もけんきゅ…もとい、研究したいと思うのは当然のことだろう!」
「言い直せてないのですが」
「なのに!なのにだよ!私がアイルーを雇おうとしたらみんなに逃げられたんだ!この私のやり場のない気持ちを汲んでくれよぉカフェ~」
「…はぁ」
彼女は読んでいた本から目を上げるとそっけなくこういった。この場合、否定も肯定も毒である。
どうせ彼女の中ではもう結論など決まり切っているのだ。関われば厄介ごとになるというのに、どうして気持ちを高揚させられようか。
読んでいた本にしおりを挟み、テーブルの上に置く。マンハッタンカフェはため息交じりに、彼女に対して言葉を投げかけた。
「どうせ常識が欠けている貴女のことです。『週休0日、報酬は君のやりがいだ』みたいなことを言ったんでしょう?」
「失礼な!週休1日位ならあげるつもりだったとも!」
「それでも法律違反です」
「報酬は特別のお薬だ。彼らは強靭な体を手に入れ、私は実験結果が得られる。これはまさにWinWinというモノでは?」
「片方損しかしてませんが?」
そっけなく言葉を紡ぐカフェ。彼女の声には、アグネスタキオンの提案に対する冷ややかな感情が込められていた。
「私は興味がありませんので勝手に行ってください。私もよく彼らのことを知りませんし」
「もう行ったとも!それで何度も断られたんだよ!無理なら別の手段を講じるのは当然だろう?」
「無理ならあきらめるのも選択肢ですよ」
「同じ轍は踏まないとも。私のコミュニケーション能力が不足しているのなら、別で補うまでだ」
「胸を張って言うことですか?…あの、やんわりと手を握られても怖いだけなんですが」
熱く、手を握ってくるタキオン。まるで逃がさないと言わんばかりの行為に、カフェはぞくりとした怖気を感じてしまう。
にんまりと笑みを浮かべた彼女は、カフェに対して穏やかに声をかけた。
「カフェ~今ここに!海外から仕入れてきた珍しい珈琲豆があるんだがねぇ~」
「……」
「今の私は非常に機嫌が良いんだ。この豆を、友人に分けてあげるのはやぶさかではない位にはね…っ」
「はぁ…分かりました、ついていきますよ」
「本当かいカフェ!?ハハっ、言ってみるものだねぇ」
「どうせ言っても聞かないのでしょう?なら誰かがストッパーになってあげないと」
「ハッハッハ!さすがはカフェだ!今度君の好きなコーヒーを淹れてあげよう」
「コーヒー…紅茶派のあなたがですか?」
「もちろんさ。香りはダージリン、アールグレイ、アッサム。なんでもござれだ、どんなものがご所望かな?」
「やっぱり一人で行ってください」
「うそうそ、軽いジョークじゃないか」
くすくすと笑みを浮かべるタキオン。意気揚々と尻尾を振る彼女の隣で、マンハッタンカフェは大きくため息をついた。