もしも女神像に呼ばれてアイルー達がウマ娘世界に現れたなら 作:葉隠 紅葉
最近友人の付き合いが悪い。マルゼンスキーは昼休みの最中溜め息をつくように肩を落とした。
彼女からすれば同学年でもあるシンボリルドルフの事を気に入っており、並走訓練やプライベートでの歓談等にもよく付き合ってもらっていたのだ。
だがそんな友人の付き合いが最近悪くなった。トレーニングや学業が疎かになったという訳ではないのだが…。休み時間になると妙にそわそわし出すし、どこかへと姿を消すことが多くなったのだ。
あの勤勉を絵に描いたような優等生が…と。同じクラスの生徒達も首をかしげ不思議に思っているのだ。まぁ肝心の本人がプライベートな事を語りたがらないのだから仕方がない。
とはいえ彼女のこれらの行動に関してはどうにも気になる。マルゼンスキーの年頃の乙女としてのアンテナがビンビンなのだ。それはもう電波バリ3並みである。
もしや逢引きか?
そう考えると自身の好奇心がうずうずと反応してしまうのを自覚する。まぁそれこそあの真面目すぎる堅物優等生が色恋沙汰に走るとも考えにくいが…。
ともあれまずは行動である。休み時間のチャイムが鳴った事を確認すると、自身の座席から立ち上がった彼女はそっとシンボリルドルフへと近寄って声をかけた。
「ねぇルドルフ、良ければ一緒に食事でもどうかしら?」
「すまないマルゼンスキー。今日は忙しいんだ」
「…そう、気にしないで」
「すまない、埋め合わせはまた今度するよ」
「貴女がそんなに夢中になるなんて…誰か気になる人でも出来たのかしら?」
「ふふっ…さぁどうかな」
そう言って足早に教室から出ていく彼女の視線を追いかけるマルゼンスキー。無論、ただ黙って見過ごすはずもない。彼女は無言のままその背中を視線で追いかけた。
駄目だ、やはり我慢など出来そうにない。彼女ははやる好奇心のまま、そっと教室の外へと出歩く。
一体どこへ向かうのだろうか
ここトレセン学園はとても広い。広大な敷地を持つこの施設は日本においても一流の教育施設である。ひょこひょこと揺れる彼女の尻尾を追いかけながら、マルゼンスキーは自販機の影からそっとシンボリルドルフを追いかける。
拙い尾行の末にたどり着いたのはここ、学園のはずれにある第三倉庫であった。そこは使われなくなった物品やトレーニング器具が置かれた倉庫である。周囲には鬱蒼とした木々が生えており、ちょっとした林のようにもなっているこのエリア。
はて、こんな所で一体何をしようというのだろうか。
後をつけていた彼女はその光景を目の当たりにしてそっと息を呑む。なんとそこには一匹の猫がいるではないか。彼女は思わず声を口に出してしまった。
「あら可愛い!」
「なっ!?マ、マルゼンスキー?」
「猫ちゃんじゃない!」
そうか、そういう事だったのか。マルゼンスキーは漸く一人、納得をして頷く。心優しい彼女の事だ。大方野良猫でも拾ってきたのだろう。
規則だなんだとうるさい彼女でもどうやら可愛い生物ならば例外らしい。彼女はくすくすと笑いながらシンボリルドルフとその猫の元へと歩いて行った。
「後を付けるだなんてはしたないよ。しかしバレてしまったか…」
「だって気になったんだもの…それよりその子!野良猫かしら?」
「まったく…まぁ見ての通りだよ」
「可愛い~♪隠れてお世話だなんて水臭いじゃないの……うん?」
ここで若干の違和感を覚えるマルゼンスキー。なぜだろうか。その猫はとても美しい毛並みをしておりとても愛らしい容姿をしている。だが何故だろうか。
少し、いやかなり…。
否、とてつもなく大きな気が…。
距離が離れている為事態を正常に認識出来ないでいたマルゼンスキー。そんな彼女の元へ、アイルーが彼女の元へと走り寄る。そのまま器用に二足歩行したアイルーは彼女の元へと両手を挙げて万歳をしながら駆け寄った。
「にゃうにゃう~♪」
「ぎゃあぁああー!?!?」
「おい!あまり大きな声を出さないでくれ」
「い、いまその子…歩いて…っ!?」
突如悲鳴をあげてしまうマルゼンスキー。それも無理はないだろう。可愛らしい野良猫が突如二足歩行してこちらに走り寄ってきたら誰だって悲鳴をあげてしまうだろう。
大きさが1m近い、その巨大猫生物がこちらに駆け寄ってくるというアンビリーバボーな光景に、彼女は非常にひきつった表情を浮かべてしまうのであった。
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「ほら、お水だよ」
そういってアイルーに対してキャップを外したペットボトルを手渡すシンボリルドルフ。どうやらそれは飲料水らしい。どこぞの山奥で取れたという栄養豊富なそれは、ペット用に調整されたものらしい。
そのペット用ミネラルウォーターを器用に両手で挟んだアイルーは、そのままごくごくと器を傾けて呑み始めるのであった。大樹に背中を預けながら両手でボトルを挟んで、水分補給を行っていく。
その光景はどこまでも人間のようであった。マルゼンスキーは思わず、溜め息をつきながらそっとつぶやいた。
「ほ、本当に猫なのよね…猫であっているのよね…?」
「あぁ賢い子だろう?」
「いやいやいや…っ!おかしいから!普通の猫はあんなに器用じゃないわよ」
「そうなのか?私は世間の事情に疎いからなぁ」
「いや一般常識だから!あとすっごく大きいからっ!」
「大きい事は良い事だよ。スタミナが保つからね」
彼女は名家のお嬢様。一般常識からは外れた感性を持つのだろう。だがマルゼンスキーから視ればどう見ても未確認生物である。これはNASAだとかどこぞの研究所に持ち込むべき案件だ。こうしている今も器用にコンビニの袋からおにぎりを取り出した。
どこの世界に器用におにぎりのラベルを自力で剥いて食べる猫がいるのだろうか。賢いで済ませて良い話ではない。だがどうやらその猫はいつの間にやらおにぎりの味とその食べ方を学習したらしい。
両手で器用にそのおにぎりを持ってむしゃむしゃと食べていた。彼(彼女?)が食べるたびに尻尾が左右へと揺れ動く。その揺れ動く様を見ながら、マルゼンスキーはそっと彼女に問いかけた。
「ど、どうするのこの子?そもそもこうして育てて大丈夫なの?」
「一通り調べてみたが一応校則違反ではないらしい…寮や建物の中に持ち込んでいる訳ではないからね」
「そう…」
「用務員と職員にはもう事情を話してあるんだ。この後ペットクリニックなんかで飼い主を探してみるつもりだよ」
「え、どうやって伝えたの?」
「猫を保護したから飼い主を探してあげたいと言っただけだが…?」
「う、うん…多分勘違いしてるわね。普通の猫は二足歩行しないし」
どうやら学校側は普通の猫と勘違いしているのだろう。名家の優等生が行う少々のわがままだ。校則に違反しない程度には見逃すつもりなのだろう。きっと学校の職員は段ボールにおさまる程度の猫を世話する優等生の姿を想像しているのだろうが…現実は個別包装されたおにぎりを自力で剥く巨大化け猫である。
いや、百歩譲って大きさだけなら存在はするのかもしれない。そういった特別な品種ならば、この1m近い身長の猫も世界にはきっといるのだろう、たぶん。
だが余りにも賢すぎやしないだろうか。だってこうしている今もペットボトルの蓋を自分で開け閉めしているもの。器用に尻尾の先でおにぎりを掴みながら、両手を器用に使ってペットボトルの開閉をしているのだ。そんな野生動物が存在していいのだろうか?
問題はシンボリルドルフがこの事を正しく認識しているか否かである。この優等生ならばそういう種類の猫だと勘違いしていてもおかしくない。この娘は存外に天然なのだ。マルゼンスキーはそっと溜め息をついた。
一方のシンボリルドルフ、彼女はおいしそうにおにぎりを食べる猫の頭をそっとなでながら優しく微笑んだ。そうして彼女は穏やかな声色で自身の友人に対して言葉を紡いだ。
「このアイルーを保護猫として飼育してもらえる人がいないか探そうかと思うんだ。…いつまでもこうしているのはアイルーの為にもならないだろうから」
「う、うん…そうね。所でアイルーっていうのはこの子の名前?」
「うん。アイルルス…ラテン語で猫を意味する言葉からそう名付けたんだ」
そういって微笑む彼女、それは何とも穏やかな表情であった。レースや生徒会活動では見かけないような、慈母精神に満ちたその表情に、友人であるマルゼンスキーは思わず何も言えなくなってしまう。
ちょうど同時期、またしてもここトレセン学園には異界からの訪問者がやってくる。あるものはリオレウスに仲間を焼かれ、あるものはティガレックスに住みかを破壊された彼等。
心身ともに途方に暮れるアイルー達の目の前に、一筋の光に包まれた空間が現れる。彼等は脳内に響く三女神の声の導きに従い、安寧を求めてこちらの世界へとやってくる。
邂逅によって訪れるのは
幸福かそれとも未曾有の混乱か。
漂い始める不穏な気配に包まれるトレセン学園。そんな中、穏やかな午後の日差しだけが彼女達を暖かく照らしていく。そんなとある日の午後の事であった。