もしも女神像に呼ばれてアイルー達がウマ娘世界に現れたなら   作:葉隠 紅葉

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第4話

 トレセン学園には幾つものチームが存在し、そしてそれらのチームには一部屋ずつ部室が存在する。太陽がすっかり登り始め、徐々に人々が活動を始める時間帯に、その男は部屋の中にいた。

 

 パイプ椅子に腰掛けながらそっと息を呑む。男はギシギシと貧乏ゆすりを繰り返しながら見入るように新聞を読んでいた。

 

「おいおい未知の生物って…漫画や映画じゃないんだぞ」 

 

 新聞を眺めながらその男、沖野トレーナーは与えられた部室の中で溜め息をつく。見ている記事は数日前から話題沸騰のあの生き物の事についてである。

 

 その新聞の見出しには【驚愕!猫獣人現る!】と書かれており、何体かのネコ科らしき生物の写真が掲載されていた。

 

 無論、この猫科らしき生物とはアイルー達の事である。写真はどれもピンボケで不鮮明な物が多い。恐らくカメラを持った人間があえて意図的にそうしたに違いない。

 

 中には明らかに盗撮したと思われるような写真や正体不明の職員Bなる人物のインタビューまで載っているというのだから堪ったものではない。

 

 ムムムと難しそうな顔で新聞を読んでいるトレーナー。そんな彼に対してチームスピカのメンバーであるダイワスカーレットが声をかけた。コーヒーポットから真っ黒な珈琲をカップへと注ぎながら、彼女は言葉をかける。

 

「第三の知的生命体の到来だと言われているわね。なんだか凄い事になってるみたい」

 

「つまり…人間とウマ娘とこのおばけ猫科もどきが?」

 

「マスコミはひっきりなしね…今もテレビが特集してるし」

 

「あぁどのチャンネルを回してもこの特集ばかりだったな」

 

「さっき外を見てきたらこの学園にマスコミが押しかけてきてたわよ。しばらくは、あんまり外をうろつかない方が良さそうね」

 

 そういってテレビのチャンネルを付ける彼女。テレビ番組では今まさにニュースとして件の生き物が報道されていた。

 

 そのニュースによると、最近になって日本国東京都を中心に突如謎の猫もどき動物が出現しているのだという。それはネコ科の動物のような特徴を備えており、中には二本足で歩く者も居るらしい。

 

 遺伝子改良された生物か、それとも妖怪か。はたまた宇宙からの来訪者か。その猫的生物は服を着ていたり原始的な武器を身に着けていたりするらしい。彼らの中には二種類存在し、動物のように鳴くか、正体不明の言語をしゃべったりする者も居るだとか。

 

 人類はこれを、人間・ウマ娘に連なる第三の知的生命体なのではないかと考えているのだ。こうしている今も、世界各国や科学者達が議論をしているらしい。

 

 そう、ここトレセン学園においてもそれは例外ではない。むしろ、ここが猫もどきの出現数が一番多いかもしれない。一夜明けて出勤したら校内を二本足猫もどきが歩いていた時の衝撃は忘れられそうもない。2日程前の出来事であるが、当時はタチの悪い夢でも見ていたのかと思ったほどだ。

 

「理事長は彼らを保護するつもりらしいわ」

 

「…マジか」

 

「さぁね、ウマッターに載ってただけだし信憑性はないかもだけど」

 

 理事長曰く、彼らが宇宙人であろうと妖怪変化であろうが構わず受け入れるつもりなのだとか。嘘か誠か、就職の斡旋まで行うつもりだなんて噂もあるほどだ。

 

 しかし、仮にもここは教育機関である。一職員としては、そんな得体の知れない連中を簡単に受け入れるべきではないと思っている。しかも、相手は巨大猫もどき。いきなりこちらが襲われて殺されてしまうかもしれないのだ。

 

 知能があるかも分からない相手なぞどうして信用できるだろうか。溜め息をつきながらカップに口を付ける沖野に対して、彼女はテレビをぼんやりと眺めながら呟いた。

 

「もしかしたらあの子達のお世話、私達の方にまで回ってくるかもね」

 

「おいおい勘弁してくれよ…これ以上時間外労働したら過労死するぞ」

 

「だから残業は程ほどにしてもっと身体労りなさいっての!」

 

「トレーナー業は色々大変なんだよ」

 

 苦笑しながら、彼女が煎れてくれた珈琲を飲む沖野トレーナー。ここトレセン学園はブラック企業と揶揄される程に激しい労働環境である。

 

 休日なんて月に一度あれば良い方だし、有給休暇など存在しない。睡眠時間を削って朝までレースの分析を行うだなんてざらだし、酷い時には食事が日に1度だけ、だなんて日もあるのだ。

 

 そんな環境で働き続けた結果、数ヶ月前に沖野トレーナーはついに過労で倒れてしまった。

 

 幸いにも命に関わるような大病ではなかったのだが、それでも彼は入院を余儀なくされた。ちなみに退院後、彼のデスクには大量の書類が山積みになっていただとか。

 

 この一件を見てもいかに彼ら、トレーナー業が過酷かが分かるだろう。そんな業務に、件の未知の不思議生物の世話など命令されては堪らない。彼は小さく溜め息をついた。

 

「それじゃあアタシはもう行くからね。ちゃんとお薬飲んで、無理はしちゃダメなんだからね」

 

「分かってるよ、お前は母親か」

 

「誰がママよ!もう行ってくるからね!」

 

 ぷんすかと、尻尾を逆立てながら部屋から退出していくダイワスカーレット。そんな彼女を見送りながら、沖野はぼんやりと天井を見つめた。

 

 これ以上追加で仕事をしたら死んでしまう。間違っても厄介事に巻き込まれたくない物だ。沖野は新聞紙を机の上に放り出すと、そのままゆっくりと瞳を閉じて身体を休めた。

 

 だがどこからか音がする。トタトタと嬉しそうに足音を立てながら、その音の主は部室へと駆け込んできた。

 

「見てくださいトレーナーさん、猫ちゃんを拾ってきました」

 

「元居た場所に戻してきなさい」

 

「ほら見て下さい、こんなにも愛らしくてキュートで…はぅ…」

 

「頼むから、今朝からずっと見ない振りしてきたんだよ。これ以上は俺の胃が限界なんだ」

 

「トレーナーさんもほら、猫ちゃんを一緒に抱っこしましょう」

 

「頼むから、言うこと聞いてくれ。本当にお願いだから」

 

 そういって部屋に入ってくるのはサイレンススズカであった。彼女は巨大な猫を抱っこするように抱きかかえると部屋へと入ってきた。その猫は何とも奇妙な姿をしている。頭に小さな帽子を被っている所を見ると、普通の猫ではない事がよく分かった。

 

 彼女はその猫を抱えながらソファの上に座ると猫を撫で始める。猫の方も気持ちいいのか目を細めゴロゴロと喉を鳴らしていた。

 

 これだ、これなのだ。この猫もどき、何かよく分からぬがやたらに女性人気が高いのである。人類がこの不思議猫お化けを武力で排除しないのは、やたらこの生物を支持する女性達の声が大きかったからである。

 

 件の猫を抱きかかえてこちらににじり寄ってくる彼女。彼女はそのまま沖野に穏やかな口調で優しく言葉をかけた。

 

「ストレスには『猫吸い?』が効くとスペちゃんが言っていました。この猫ちゃんをぎゅーって抱きしめておなかに顔を埋めたら、疲れなんて吹き飛んじゃいますよ」

 

「あぁうん、後でな。だからそいつの肉球を俺に押しつけないでくれ」

 

「ほら、トレーナーさんも私と一緒ににゃんにゃんしましょう?」

 

「お前それ絶対外で言うなよ?絶対だからな?」

 

 手を猫のように丸め、両手で可愛らしく猫のポーズを取るサイレンススズカ。わざとか天然かよく分からないが、きっと後者に違いない。

 

 とても可愛らしい彼女からの要望をやんわりと遠ざけながら、沖野は一人思考にふける。

 

 確かに顔立ちは悪くないし毛並みも綺麗なものだ。だが、それが一体何だというのだろうか? こんなものただのお化けネコではないか。ちなみに動画投稿サイトやらネットではお祭り状態らしい。

 

 一歩間違えると未曾有のパニックにもなりかねないこの状況。それでも世界が平穏なまま、この生物を受け入れ始めているのには幾つか理由があった。

 

 一つにはこの猫たちが非常に穏やかな気性を持っていた事。そしてなによりこの世界自体が未知に対して迎合する気運があったからである。

 

 もとよりウマ魂<ウマソウル>というものがある。年頃になると第三世界から降りてくると言われているこれは、異界の女神からの交信ともされているのだ。つまり科学的にもオカルト的にも大衆から不思議な存在が認知されやすい世界だという事だ。

 

 何よりも彼らは大人しい、これに尽きた。町中にいた彼らは誰かを襲うでもなく、物を壊したりといった事もしなかったらしい。まぁ数件、コンビニの商品を勝手に食べられただとか、黒色をした個体に物を盗まれたといった事もあったらしいが、それも数える程度。大多数は抵抗らしい抵抗もしなかったらしい。

 

 警察や役所の人間が網を持って捕まえに来たのだが、彼らの態度が余りにも無抵抗な為、捕まえた人間達の方が困惑してしまったらしい。ちなみにその時の光景がインターネットに流出し、「無抵抗な彼らに対する非道な行為」としてマスコミや民衆から大非難を浴びて炎上しただとか。

 

 いずれにせよ、彼らには人類を害しようだとかそういった気配は微塵もなく、日本国政府も困り果てているらしい。

 

 それでもなんやかんやと受け入れ始めているあたり、この世界の人類はやはり逞しい。

 

 異次元からの来訪者、アイルー達。どうやら故郷を追われていた彼らは、着々とこの世界で生活基盤を築き始めているようだ。溜め息をつく沖野の視線の先には、ニコニコと笑みを浮かべながらアイルーを抱きしめる愛らしいサイレンススズカの姿があった。

 

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