もしも女神像に呼ばれてアイルー達がウマ娘世界に現れたなら   作:葉隠 紅葉

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第5話

 トレーナー業というものは非常に過酷な業界である。いや、わきまえずに言うならば最早ブラック企業に両足を突っ込んでいるとすら言っても過言ではない。

 

 なにせ基本労働に加えてレースの業界研究、最新スポーツ学の研修、加えて担当ウマ娘達の心身のケアまで担当するというのだからあまりにも大変だ。サービス残業なんでもござれのような非常に労働環境の良くない業界なのだ。

 

 朝6時から朝練を開始するウマ娘達の監督を行い、9時から基本業務が開始。そしてそのまま17時には基本労働が終了し、以降残った業務はサービス残業として消化されるのだ。休んでいる暇などとても存在しない。

 

 ただでさえ、膨大なウマ娘達の人数とトレーナー数の比率がおかしいのだ。レース研究やチーム分析、学園側への申請書類やレポートの作成を行っていては、あっという間に時刻は深夜12時を回ってしまう。

 

 レース先によっては遠征を行う必要があり、その際には遠征先でウマ娘達が宿泊するホテルの予約をしたり、彼女達のトレーニングメニューを調整する必要がある。勿論、学園に残された担当ウマ娘達のトレーニングだって決して疎かには出来ない。

 

 担当ウマ娘がレースに勝利し有名になってくれば、インタビューや広報の仕事だって増えてくる。グッズ販売や地域イベントなども発生すれば、企業担当者との打ち合わせ等も発生してくると言うのだからとても一人では業務が回らない。

 

 無論、たづなさんを始め優秀な学園側のスタッフもこれらの業務をサポートしてはくれるのだが…それでも恐ろしきまでの仕事量である。

 

 心身を疲労して病院の世話になり、退職する人間が後を絶たない。そしてその辞めた人間の業務を補佐する内に、残された人員には更に負担が溜まるという恐ろしき悪循環なのだ。

 

 非常な人手不足と過酷労働である。ここトレセン学園には深刻な労働力不足、つまりはトレーナー不足が問題視されていた。

 

そう、以前まではの話である。

 

 今はというととある存在達によって大幅に…いや劇的に改善されたらしい。無論、その存在というのはアイルーと呼ばれる第三の知的生命体であった。

 

 チームカノープスに配置されたその部室の中は随分と殺風景な部屋であった。幾つか並べられた個人用ロッカーや、業務用テーブル。掛け軸などが書かれたその空間はおしゃれな空間とは言い難いものの、利用する人間の手になじむ、活動しやすい空間となっていた。

 

 そんな空間の中でとある一人の男性トレーナー、南坂は作業を行っていた。ノート型パソコンを片手に作業を行う彼に対して一匹のアイルーが報告を行う。

 

「こっちのレポートもできたよ、ハンコ頂戴にゃん♪」

 

「あ、ありがとうございます…」

 

 そういって書類を渡してくる一匹の猫獣人。そう、アイルーである。彼等は2週間程前よりここチームカノープスへと加入した新たなメンバーであった。

 

 彼等と呼称したのは2匹のアイルー達だからである。一匹は真っ黒なアイルーであり名をクロ。日本語とアイルー語を使い分けるバイリンガルなアイルーである。

 

 もう一匹は白く眼鏡をかけたアイルーであり、彼女の名はシロ。子供用眼鏡をかけた彼女はパソコンを使用した業務が得意なアイルーである。日本語こそ話せないもののそれ以外のスキルが極めて優秀な個体である。

 

 そう、アイルー達には言語を話せる者と話せない者がいる。日本語を器用に話せるアイルーがいれば『にゃう』としか鳴けないアイルーもまたいるらしい。どういう違いなのかは人間である南坂にはよく分からぬが、本人たち曰く意思疎通出来るから問題はないとの事。

 

 ちなみに、この学園では定期的にアイルー達に向けた日本語講座が開かれているらしい。アイルー達は教科書を皆で読み合い、少しづつ会話をしたり文字を読む訓練を行っているようだ。

 

 彼等は想像以上に優秀な働き手であった。それはもう、未来から来たどこぞの猫型ロボット並みの安心感であった。

 

 少なくとも彼、南坂トレーナーにとってはそれほどの頼もしさであった。なにせトレーナー業とは孤独なモノである。生徒たちが寝静まった夜遅い校内で、徹夜で書類を制作していた時を思えば、今の状況は非常に恵まれた環境であると言えた。

 

「ありがとうございますクロさん…あぁそれと」

 

「学校側に提出する用具貸出書?それなら出来てるから後で持ってくるにゃ~」

 

「ど、どうも…」

 

『にゃぅにゃぅ~♪』

 

「…ちなみにシロさんはなんと?」

 

「アプリを作ったから見てくれってさ。以前頼まれたデータ記録用?の奴らしいよ」

 

 そう言って眼鏡をかけた白アイルー、シロはパソコンの画面を南坂へと見せてくる。自信満々の顔でどや顔…いやドニャ顔をしてくるアイルー。どうやらそれはウマ娘のトレーニング管理用のアプリらしい。制作したデータベースと連動するという高度な仕組みのようだ。

 

 スマホ、またはタブレットを通して日々の運動記録を入力するとデータベースに記録が保存され、しかも連動したデータベースから自動でグラフデータが表示されるとの事。自動でグラフ化までしてくれるとは…もはや至れり尽くせりである。

 

 彼女の他にもITに精通したアイルーがいるらしく、他にも定型文やデータを記録するとそのまま申請用の提出書類として、用紙をプリント出力してくれるソフト等今では多くのトレーナー達が使用しているらしい。かくいう南坂も初めて見た時はその使いやすさに感動した程である。

 

 

非常に優秀である。

というか優秀すぎないか。

 

 子供のように愛らしいのに猫獣人族というものはこうまで賢いのか。彼等曰く、この世界は面白いとの事である。見る物全てが新鮮で楽しいと。

 

 パソコンであったり、本や知識といった分類は彼等にとって非常に知的好奇心を刺激するものらしい。

 

 真に尊むべきはその学習意欲の高さであろう。彼等は自身の能力を高める事に意欲的である。彼等が持つ好奇心、手先の器用さと相まって非常に高い能力を放つ。

 

 ウマ娘がその身体能力と整った美貌が特徴であるならば、好奇心と器用さこそがアイルー族の特徴なのだろう。

 

正直な話不安ではあったのだ。未知の生物とまともなコミュニケーションが取れるかどうかすら怪しかったが、恐る恐る話しかけてみれば彼らがとても穏やかな種族である事が南坂にもよく分かった。

 

 抱いていた恐怖など1日で吹き飛んだ。ブラックな労働環境から解放してくれた事に唯々礼を言いたい。

 

 人類側としては彼等が温厚な種族であったことに対して神にも感謝したい気分である。心中でこの場に居ない神に祈りを捧げていると、どこからか愛らしい少女の声がした。

 

「皆お疲れさまー差し入れだよぉー!」

 

「にゃぅ~」

 

「やぁんシロちゃんはいつも可愛いねー♪」

 

 どうやら担当ウマ娘のトレーニングが終わったらしい。ジャージ姿で部屋に返ってきたのはチームカノープスの一員、マチカネタンホイザであった。トレードマークの帽子を被ったこれまた驚くほどの美少女である。自他ともに認めるゆるふわ系の彼女はそのほんわかとした気性から多くの人に愛されるウマ娘であった。

 

 彼女が手に持ったお菓子を求めてかけよるシロ。そんなアイルーを、マチカネタンホイザは自身の胸元でむぎゅっと抱きしめた。見る人にとっては愛らしく、うらやましいその光景。だがアイルーは、どうやら貰ったお菓子に夢中な様子だ。

 

 そう、アイルー達はその愛らしさ故に瞬く間にウマ娘達にうけいれられていた。今ではすっかりこのチームカノープスのアイドルである。

 

 きっと身体能力が著しく高い彼女達からしてみれば少し大きな、賢い猫程度の存在なのだろう。シロを優しく抱き留めながら、ニコニコと笑みを浮かべる彼女の表情はとても明るい。

 

 彼女の膝に抱きかかえられながら、お菓子を食べるシロ。そのままシロは貰った肉球スタンプを嬉しそうに眺めていた。

 

そう、貰った肉球スタンプに夢中なのである。

 

 人間である南坂にはその価値がよく分からない。恐らく肉球スタンプとは、アイルー族にとっての貨幣のようなもの…なのかもしれない。

 

 ちなみに現金や現物支給ではなく肉球スタンプなのは本人(本猫?)達の希望である。この事からも、彼らは独自の価値観を持っている事が分かるであろう。

 

「トレーナーもお疲れ様ー。ちゃんと休んでる?」

 

「ハハ…二人が優秀なおかげで休ませて貰ってます」

 

「うんうん、いつもオーバーワークしてるなーって皆気にしてたんだよ?」

 

「最近は本当に改善されてきたので…いやほんとに助かってます」

 

「トレーニングの方もばっちりだよ、皆気合入ってるしねー♪」

 

「そうですね、今度こそ打倒スピカです」

 

「えへへーマチタンさんにまっかせなさーい!」

 

 ムムムン

 

 と胸を張って嬉しそうに表情を緩ませる彼女。そんな彼女に同調して、南坂もまた朗らかな笑みを浮かべた。言葉通り、来てくれたアイルー達のおかげで南坂の疲労は大いに改善されている。

 

 いまトレセン学園は大きく変わろうとしていた。特にトレーナー達は雑務から解放されて改めて空いた時間をウマ娘達とのコミュニケーションに使ったり、業界研究に励む事も出来るようになった。

 

 食堂や喫茶店ではアイルーたちのサポートによってその能力とポテンシャルを大いに発揮しているらしい。この変わり具合に、マスコミからは毎日のように取材が押し寄せてきているとの事。貴重な第三種生物との共存が、ここには生まれつつあった。

 

 

打倒チームスピカ

 

 一層努力をする自身の担当ウマ娘達。そんな彼女達の勢いに乗せ、気持ちよく走らせるのが自身の仕事である。彼は一層の努力を心中で決意した。

 

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