もしも女神像に呼ばれてアイルー達がウマ娘世界に現れたなら 作:葉隠 紅葉
食事というのは人間にとって大切な物だ。それはここ、トレセン学園の食堂にいる彼女達にとっても同様だろう。
否、日々レースという戦場にて大地を駆け抜ける彼ウマ娘たちは常人よりも遥かにカロリーを消費する。故に、きっと彼女達にとって食事とは我々よりも大きな意味を持つのだろう。
ウマ娘たちは食堂にて友人たちと夢を語らい、食物を糧とし青春を駆け抜ける。今日もまた笑い声と生き生きとした声が絶えないこの空間にその彼女たちはいた。
オグリキャップ、である。その美しい芦毛の彼女、怪物とまで謳われた彼女は現在、ここトレセン学園の食堂で食事を行っているのであった。
飯を食らう。大きなどんぶりにこれでもかと白米を詰め込んでいる彼女は、そのままもぐもぐごっくんと咀嚼を終えると、自身の隣に居る友人へと声をかけた。
「タマ、私達はなぜ生きるのだろうな」
「エ、エライ哲学的な疑問やな…」
同席している友人からの言葉に思わず箸が止まるタマモクロス。彼女はいきなり何を言っているのだろうか、そう思いながらも食事をする手を止めて話に聞き入るタマモクロス。
いつになく真面目な様子の彼女の視線に押し黙る。そんな様子を知ってか知らずかオグリキャップは話を続けた。
「私達ウマ娘は産まれながらにして宿命を背負う」
「
「そうだ、その魂が叫ぶんだ。走れ、世界を駆け抜けろと。それに応えるのはきっと本能だ。だがそれだけでは生きていけないのも事実だ」
「……」
「それが宿命か、はたまた運命か。いずれにせよ本能だけで生きるのは素晴らしいが、同時に悲しい事だ。きっとそこにこそ私達の産まれた意味があるんじゃないのか」
「……」
「つまりだ。美味しい物を食べる事もまた、生きる目的と言っても過言ではないと私は思う」
「結局言いたい事それかい!!」
「あっおかわりを頼もぐもぐ」
「喰いながら頼むなや!」
友人らしい言葉の締めだ。タマモクロスは呆れながら溜め息をつくと、そのまま食事に視線を戻した。あぁ全く、話を真面目に聞いて食事が冷めてしまったではないか。
すっかり人数が増えてしまった食堂を眺めて思う。その視線の先には本来の食堂では居るはずのない存在、アイルー達がいた。
アイルー
キッチンアイルーとも呼ばれる彼等はここ1カ月前から食堂で働き始めた存在である。当初は批判も多くあった。猫毛が入ったらどうするだとかそもそも猫に料理は作れないだろとか。もっともらしい理由ばかりだ。だがそんなものは彼らの作る料理を食べてみたら一変した。
これが中々どうして美味いのだ。
素材の味を万全に生かした最高の調理法に、類まれなチームワークで料理を仕上げる様はいっそ芸術的ですらある。それも当然だろう、アイルーとは器用さに長けた種族である。
薬の調合、武器の鍛冶。あの混沌にして厳しすぎるモンスターたちが闊歩する生存競争社会を生き抜くだけの力を持つ彼等もまた、立派な常識破りなのである。そしてそれは調理においても例外ではない。むしろ調理とは彼等の最も得意とする作業でもあった。
素材の下ごしらえ
華麗な包丁さばき
繊細かつ大胆な配膳
彼等の手の器用さがいかんなく発揮されるこれらの作業。別世界においてはハンター達は毎度欠かさずに彼らが調理する料理を食してから狩りに出かける程だと言う。なぜならばアイルー料理を食べる事によって身体能力が大いに向上するからである。
これはかの世界における食肉文化、モンスター達が持つ肉の性質が関係する。数多のモンスター達が生息するその世界、摩訶不思議生物達の肉なのだから栄養満点にして不可思議なエネルギーに満ちていてもおかしくはないだろう。
だがそれだけではない、それはアイルーたちが素材の味を120点まで引き出すからでもあるのだ。
素材(自然)の声を聞く。
それは大地に愛された猫獣人族が等しく持つ能力でもある。彼らは敵対生物の気配を敏感に察知し、自然と一体となす社会を形成する。
食材の在り処も、その生かし方も彼らが培ってきたノウハウと天性のセンスで理解してしまうのである。素質に優れた料理人が何十年も鍛錬を積んだ末に漸く手に入れるような希有な能力を、彼らは産まれながらに備えているのだろう。
閑話休題
ともあれこの世界に来た彼らの料理は不自然にステータスを向上させる事もなければ不可思議なスキルを身に着けさせるようなものではない。少なくともこの世界で暮らした時間が長いような若きアイルー達ならばなおさらである。
彼らの料理に優れた点があるとすればそれは食した存在が十全に健康を保てる程度であろう。アイルー料理を食べるようになってから徹夜明けでも健康だし、肩こりや持病が改善したという職員からの評判はよく聞く。
それはウマ娘達にとっても例外ではない。「夜ふかし気味」や「太り気味」「片頭痛」といったバッドステータスが解消されると大いに人気を博しているのである。また髪のつやが良くなっただの肌荒れが解消されただのと聞いてしまっては年頃の娘としてはやはり反応せざる負えない。
こうしている今も、タマモクロスが食堂内を見渡すとガッツポーズをしたりお腹をさする人で溢れかえっているのだ。
なぜそんなポーズを取る必要があるのかとタマモクロス自身疑問に思うが…彼女達によるとあまりの美味しさから無意識的にこの行動をとってしまうものらしい。いやどういうこっちゃねん。
と、長々と語ったがとどのつまり
「
「お、おう…さよか」
「どうしたタマ。もっと食べないのか?」
「お前が喰いすぎやっちゅうねん」
「まだそんなに食べてないが…」
「配膳しに来たおねーちゃん見てみ、死んだ魚みたいな目をしてたで」
「それはいけないな。もっとご飯を食べるべきだ」
「そう思った奴が何百人と居るからスタッフさんが困ってるんやなって」
9人前に突入するコロッケ定食へと挑まんとするオグリキャップ。そんな彼女を尻目にタマモクロスはひきつった表情を浮かべた。
単純な話アイルー達の作る料理は上手く、あまりに美味すぎた。人間達の琴線に惹かれる物があったという話である。それはウマ娘も例外ではない。
確実にアイルーたちの来る以前よりも消費量と人の混み具合が増えた食堂。それによって以前よりも遥かに混むようになったのだ。お昼時など席を離れないで食べ続けるウマ娘が続出し、回転率が減少。まるで巷の行列店のように長蛇の列が出来る日が頻出したのだ。
まるで妊婦のようにおなかを膨らませ、食べ過ぎで医務室へと運ばれていくスペシャルウィークを眺めながら、味噌汁をすするタマモクロス。
まぁだからといって彼女達に食べるなというのも酷な話だろう。ウマ娘たちは美味しい食事によって如実にポテンシャルを発揮し、素晴らしい記録を叩き出す事が頻出した。
以前よりもパフォーマンスが向上しレース会場は以前にもまして人気が高まったのだ。タマモクロスは小さく溜め息をついた。
「それは必要な事なんか?」
「決まっているだろう、様式美だ」
ナイフとフォークを両手に持ちつつ楽し気に待つオグリキャップ。時折肩が左右にゆれているのはきっと待ちきれないからだろう。背後から音楽まで聞こえてこんばかりの彼女の様子。
まるで子供のようで実に微笑ましいものだ。彼女の隣に山のように積まれた食事後の皿がなければ、だが。高く積み上げられた皿に挟まれながらそわそわとしてしまうオグリキャップ。
「ニャゥニャッ♪」
「おぉ…ありがとう!」
「ニャニャッ!」
「うん、いつも美味しいご飯をありがとう。頂きます」
配膳してきたアイルーに礼を述べながら食事にかぶりつくオグリキャップ。口いっぱいに頬ばってじつに幸せそうな表情だ。
アイルー達もまた実に嬉しそうに後を去って行く。ふと厨房へと視線を向けてみれば、人間達と一緒に楽しそうに調理を行っているキッチンアイルー達の姿があった。料理を作る、というのは彼らにとっても親しみ深い何かがある、そんな行為なのだろうか。
初めて見たときには驚いたものの、今ではすっかり食堂の一員である。タマモクロス自身、自分でも予想以上に彼らに好意を抱いている自分に驚いた程だ。話してみれば物わかりが良く、愛想まで良いのだ。正直タチの悪い人間の方がよほど付き合いにくいと思える。
ともあれ、目の前の光景はかなりショックが大きい。これが実家であればと思うと背筋に寒いものがはしる。トレセン学園が今後負担する食費の事を考えると少々気の毒に思う彼女なのであった。だがまぁ、そう思うタマモクロス自身がこれまでよりも多い量食べているのだから何とも言えない。
だって美味しいんだもの
仕方がないだろう。
アイルーたちは忙しそうにしながらも楽し気に配膳と調理を行っている。やはり根っからの善良な種族なのだろう。自身も増えてしまった食事量を鑑みながら、タマモクロスはそんな事をつらつらと思った。