もしも女神像に呼ばれてアイルー達がウマ娘世界に現れたなら   作:葉隠 紅葉

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第7話

  朝の寝床というものはどうしてこうも居心地が良いのだろうか。そのアイルーは心地良いベッドの中でほんの少しだけまどろむ。とはいえ、彼の仕事は起床時から始まっている。

 

 学生寮のとある一室、彼は自身をぎゅっと抱きしめているミホノブルボンの腕からするりと抜け、ベッドから起き上がるとそのまま目覚まし時計を止めた。

 

 そうして彼はベッドの中で共に眠っていた同居人の身体をゆすって優しく起こしてあげる。肉球を彼女の頬に押しつけると、柔らかい頬が彼の掌を押し返した。

 

 これが数週間ほど前からのアイルーと彼女のルーティンとなっていた。パートナー契約を結んだ彼にとって、ミホノブルボンの世話もまた大事な仕事なのである。

 

「ほら、朝だから起きてニャ」

 

「…もう起きています」

 

「おはようブルボンさん」

 

「おはようございます、おもち」

 

 目覚まし時計にすら触れられない彼女の代わりである。こうして彼女たちの一日は始まる。今日はそんな彼女たちの日常を見てみるとしよう。

 

 時は変わって午後、トレーニングの最中である。トレセン学園に備え付けられた走行訓練場、芝で造られた疑似レース場の中で疾走をするミホノブルボン。

 

 随分と強い日差しである。暖かい日光を背に浴びながら、芝特有の香りを全身で感じる。タブレットを使用している白アイルーは、手を振りながらミホノブルボンへと駆け寄った。

 

「ブルボンさーん、トレーニャーさんが来てほしいって」

 

「伝達事項を承認…それでは12分後に第三会議室へ向かいます」

 

「了解、そう伝えておくニャン」

 

 タブレットを使用してメッセージアプリを操作するアイルー。彼からすればごく単純な操作である。実はこのアイルー、ものの数日ほどで電子タブレットの操作をマスターしてしまったらしい。

 

 そんな様子をミホノブルボンは無表情で見つめる。実はこの彼女、自身の身体の性質故か、電子機器を触れないでいた。

 

電子機器を触れない

 

 そう、電話はおろかメッセージの伝達にすら苦慮する始末である。そんな中、彼女に拾われたアイルーが良ければと声をかけるのも無理はなかった。結果、この白アイルーはものの数日で電子機器の操作を一通りマスターしてしまったという訳だ。今では彼女の代わりに電子機器を操作するようになったという訳である。

 

 無論、給与を支払った上での関係である。ちなみに給与は三食の御飯と肉球のスタンプらしい。それでいいのかと思うが現金を貰っても使い道がないというのが彼の言葉だ。

 

 きちんと連絡が取れるという事はなんと素晴らしい事か、雇って数日でその恩恵を受け、はじめトレーナーは感涙した程らしい。壊れる可能性があるためこれまで触れなかった電子タブレット。これが彼女達の生産性をおおいに向上させた。

 

まさに鬼に金棒

ミホノブルボンに電子機器である。

 

 外へ出る。屋外に出た彼女はジャージ姿でストレッチを行っていると、どこからか少女の声がした。ふと振り向くと、そこには一人のウマ娘が立っていた。

 

彼女は確か下級生…だっただろうか?

 

 そわそわとした様子でミホノブルボンの様子をうかがう少女、そんな少女は意を決してミホノブルボンに声をかけた。

 

「あ、あのミホノブルボンさんですよね…っ!」

 

「はい、そうです」

 

「この間のレース見ました!それに練習も…っ!いつもハードなトレーニングを頑張ってて凄いなぁって…前から気になってて…っ」

 

「そうですか」

 

「……」

 

「……」

 

「えーと…か、可愛いアイルーですね!その子のお名前は…」

 

「おもちです」

 

「え?」

 

「おもちです。白くてもちもちしているのでそう名付けました」

 

「あ、あはは…ユニークなお名前ですね…」

 

「……」

 

「えーと…ごめんなさいまた今度!」

 

 下級生が去っていく。一体彼女は何がしたかったのだろうか。首を傾げながら不審に思うミホノブルボン。彼女は脚早に去っていく少女の様子を困惑気味に見つめていた。

 

 そんなミホノブルボンの元へ件のおもちがそっと近寄った。二足歩行をする自身の相棒に対して彼はため息交じりに問いかけた。

 

「おもち、あの会話は一体どういう意味だったのでしょうか?」

 

「見たまんまだと思うよ。気になって話しかけたけど思った以上にユニークな娘だったから意表を突かれたって感じ」

 

「理解ができません。ユニークとは誉め言葉な筈です」

 

「じゃあ率直に言うけどご主人のネーミングセンスが悪いって事だと思うよ」

 

「…私は可愛らしいと思っています」

 

「生き物におもちなんて名付ける人と積極的に仲良くしたいとは思わないのがヒトなんじゃないの?僕も自分の名前調べた時にえぇ…って思ったし」

 

「否定、私はウマ娘であり人とは違います」

 

「それに彼女が後ろ手で持ってたのは色紙だったしね。あれ、たぶんご主人のサインが欲しいって事だったと思うよ」

 

「それならそうと最初にそう言うべきです」

 

 少し憤慨したように溜め息をつく。全く持って非合理的な行動だ。

 

「こんにちわ、貴方のサインが欲しいから書いてくださいなんて…直接的に言うのは人間社会じゃ嫌われるにゃ。挨拶の一つや二つを交わしてから本題に入るのがコミュニケーションって奴らしいし」

 

「…非合理的です」

 

「世の中ってそういうもんにゃ」

 

 耳の裏を気持ちよさそうにかきながらそう答えるおもち。一方でミホノブルボンは深く溜め息をついた。彼女からすればもっと直接的に言葉のやりとりをすれば良いのにと思わずにいられない。あのウマ娘の理解不能な行動に頭を悩ませているのだ。

 

 思えばここ、トレセン学園に来てからずっとそうだ。自身のトレーナーとの交流も増え少しづつ学習してきてはいるのだが…それでもやはり同世代のウマ娘達とは上手く交流できないでいた。

 

 随分と不器用な少女である。白アイルーは自身の尻尾を宙にくねらせながら、彼女に対して言葉をかけた。

 

「やけに会話にこだわるにゃぁ」

 

「…父からの教えです。トレセン学園ではクラスメイト、ひいては友人との交流を大切にしなさいと」

 

「ははぁにゃるほど」

 

「しかし会話が上手くいきません。相手の言う事も理解出来ず、私の言いたい事も上手く伝わらないまま交流が終わってしまいます」

 

「ふーん」

 

「このままでは両親からのオーダー『社会性の向上』が未達成になってしまいます。しかしどうすれば良いのか皆目見当がつきません」

 

「不器用だにゃぁ」

 

 ぺろぺろと前足を舐めながら空返事をするアイルー。Take it easy。のんきであらんとする彼らにしてみれば出来ないなら出来ないで気にせず他の事をすればいいのにと思ってしまう。それだけ父親という存在が彼女にとって大きいのだろうか。

 

「そういう事ならさ。伝達する内容より会話その物の方が大事なんじゃにゃいかな。交流したその先にどうなりたいかとか」

 

「交流した後?…考えた事もありませんでした」

 

「じゃあ今度友達のアイルー呼んだげる。一緒に釣りでもしてのんびりお昼寝したらいいよ」

 

「否定、トレーニングをする方が時間を有意義に使えます」

 

「やってもいにゃいのに否定するのは良くないよ。自分の体験を通じなきゃ世界は広がらにゃいし」

 

「そ、それは確かに…一理あります」

 

「でしょう?良くも悪くも色んな事を経験してみるべきにゃん」

 

「…分かりました。プラン『釣り』と『お昼寝』を追加します。プライベートに予定の追加を御願いします」

 

「それがいいにゃん。その二つが嫌いな生物はたぶんきっといないよ。あとご主人はもっと気楽に色々な事を楽しんでみたら?」

 

「そうですか…そういうものですか…」

 

 顎に手を当てながら深くうなずくミホノブルボン。じりじりと照りつける太陽の日差しに、美しく整理されたコースの芝生が照らされる。

 

 今もなお熱心にレーニングを重ねる少女達の姿をぼんやりと眺める一人と一匹。やがて彼女は白アイルーに向かってはっきりと言葉を口にした。

 

「おもち、貴方の助言は具体的で大変助かります。これからも至らぬ私にアドバイスをして下さい」

 

「まぁ僕ものんびりしすぎだっていわれるし。案外僕たちいいコンビかもね」

 

「コンビ…」

 

「そう、コンビ。人間の補佐をする役職を僕の故郷だとオトモアイルーって言うらしいにゃ」

 

「オトモアイルー…良い響きです。これからもオトモアイルーとして私の傍にいてくれますか?」

 

「いいよ、それも楽しそうだしね。じゃあこれからも宜しくご主人」

 

 白アイルーの返答に対してにこりと微笑むミホノブルボン。サイボーグ等と呼ばれている彼女だが、案外こういう所は表情が実に多彩な事を彼はよく知っている。

 

 不器用な彼女の夢を支えてやるのも楽しいだろう。互いの足りない部分を補えあえる彼女たちは案外きっと、良いパートナーなのかもしれない。穏やかな午後の日差しの中、晴れやかな風が通り抜けていく。

 

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