もしも女神像に呼ばれてアイルー達がウマ娘世界に現れたなら 作:葉隠 紅葉
時刻は夕方。いや、太陽も沈みかけている頃合いからも、かなり日が落ちかけている事が分かる。オレンジ色にまばゆく夕焼けがここトレセン学園を照らしていくその光景は実に美しいものであった。
とはいえ、この学園の生徒であるならば幾回も見かけてきた光景だ、少なくとも彼女ウオッカにとってなんら感慨の浮かばぬ光景であった。
彼女は溜め息をつきながらそっと校門へと寄りかかる。そんな彼女の溜め息を隣にいた男性トレーナーが苦笑しながら聴いていた。チームスピカのトレーナーである彼、沖野は隣にいるウオッカに対してそっと言葉を投げかけた。
「そう溜め息をつくなよ」
「なんで俺が…」
「まぁそう言うなって。これは役得だぜ」
沖野の隣にいる彼女はウマ娘らしく実に整った容姿をしていた。ブラウンカラーの上質な髪に、ちらりと覗く一筋の白き髪束がチャームポイントの彼女。
そのきらりと覗く瞳がウマ娘界きってのイケメンとも名高い彼女である。そんな彼女は現在ジャージに身をつつみ、学校正門前にいたのだ。
腕を組みながらそっと外を眺める彼女。そう、彼女達はとある存在を待っていたのだ。彼らが帰校するのを今や遅しと待ちわびているのだ。
時刻は既に放課後、夕暮れと言っても差し支えない時間帯である。彼女はそっと隣にいるトレーナーに対して問いかけた。
「トレーナーこそいいのかよ」
「うん。何がだ?」
「今の時間だよ。時間外労働って奴なんじゃねーの」
「まぁ最近は仕事が段違いに楽になってな。アイルー様様さ」
「アイルーって猫獣人なんだろ?」
「らしーな、あんがいお前らと関係あるんじゃないか?」
「あーテレビでそんな話聞いたかも」
他愛もない雑談を行う。アイルーは猫に似た生物でありながら言葉を話す非常に知能が高い生物である。これを機にウマ娘という種族の研究もまた進んだ。
すなわちウマ娘もまたウマという生物をルーツとしており、それが彼らの居た世界と何か関係あるのではないかとする学説である。そもそもウマ娘という単語も三女神の伝承伝説からなる実証のない記述である。
結局ウマとは一体なんなのか。それは学説というよりは最早都市伝説に近しい存在となっていた。
だが今は違う。異世界から現れたというアイルーは明確に別世界の存在を明示したのだ。日本語を学習した彼等と研究者が対話を繰り返した結果、アイルー達の居た世界では信じられないような生物が多く生息している事が分かったのだ。
山のように巨大な生物
天候すら変える鋼の如き龍
マグマの中を平然と泳ぐ超巨大魚
砂漠や氷、神秘的な山々が連なる地帯、そしてそれらの生息域に住まうモンスターらしき巨大生物など。発言そのものが異世界の存在を示す物ばかりであった。
異世界
平行世界
つまり…アイルーとウマ娘、二つの種族の祖先は同じ世界に君臨していたのではないかという学説が浮上したのである。ウマ娘のルーツとなった『ウマ』なる生物もまた、彼らが元いた世界に居た生物なのではないかと。
無論、なぜアイルー達が、そもそもどうやってこの世界に来たのかなど。未だに疑問は多く尽きることがないが…なんにせよ研究者達の可能性は広がったという事である。
龍のような存在までいたという彼らの故郷。もしかしたらウマ娘という存在もまた、アイルー達と故郷を同じくする兄弟(姉妹)のような存在と言えるのかもしれない。
自分たちのルーツが異世界にあるかもしれない。そう考えるものの、いまいちぱっとしない表情を浮かべるウオッカ。興味はあるが、別にどうでも良いしなぁとばかりに彼女は腕組みをした。
時は既に夕暮れ。すっかりオレンジ色に染まりゆく夕焼けを眺めながら、彼女はトレーナーに対して問いかけた。
「なぁ…アイルーって見る限りちんまいけどさ。本当に狩りなんか出来んのか?」
「らしいよなぁ。うちの職員も半信半疑だったが…」
「そもそも狩りがしたいってあいつらがほんとに言い出したのか?なんで?」
「さぁそこまでは…おっと帰ってきた」
話している最中にどうやら件の彼らが帰校してきたらしい。校門にやってきたのは幾つかのトラックであった。
中からは複数のアイルーが乗車しているのがここからでも見てとれる。やがてトラックが校門前に駐車する。彼等は停車したトラックの荷台から勢いよく飛び降りた。
車から降りてくるアイルー達。どうやらトラックの荷台におさまっていたらしい。総勢10匹にも足らぬ程度の彼らは伸びをするように地面に手をついていたり、腰をさすって互いの健闘を称え合っていた。
待機していた職員がトラックに駆け寄る。まぁ狩りと言っても大した戦果もないだろう。そう思っていたウオッカもまたトラックの中身を後方からそっと覗く。 ぴょんと飛び降りたトラックの荷台の中を覗いてみると…恐ろしい量の戦果が乗っていた
「……マジかよ」
それは傷だらけの野生動物達であった。頭部を破壊され四肢をロープによって縛られた彼等はアイルー達の手によってえっさほいさと運び出されていく。どうやら豊作だったらしい。
トラックの荷台には様々な種類の獣が載っていた。猪、鹿、野兎…テレビでしか見たことないような獣の群れが。ずしりとのったトラックの荷台には傷だらけの獣達がこれでもかと積み上げられていた。
イノシシ6頭
シカ13頭
野兎3匹
素人の自分たちから見ても分かるほどの戦果である。まさか本当に狩りをしてくるとは…言葉も出ないウオッカに対して、沖野は戸惑い混じりに彼らの労をねぎらった。
「あー…おかえり。戦果は上々だったみたいで…」
「にゃぅにゃーう♪」
「あーうん…あとはウチのスタッフがやっときますんで」
「このちっこいアイルー達だけで…こんだけ狩りしてきたのか?」
ひきつったような表情をしながらつぶやいてしまうウオッカ。頭部が破損していたり、臓物をまき散らしているシカの姿がそこにはあった。
それはテレビや映画では視る事の出来ない生々しいまでのリアルさであった。武器にこびりついた血を巨大な猫が布でふきふきと綺麗にふいているのが不確かなコミカルさをも感じさせる。
狩り
最初狩りを行いたいとアイルーたちが言ってきたときにトレセン学園の職員たちは反対したらしい。調理や補佐といった業務で幅広く業務を行っている彼らが怪我でもすれば業務に響く。いや、大きな怪我や事故につながってしまえば、最早取り返しのつかぬ事にすらなってしまう。なにせアイルー達は数が少ない貴重な種族なのだから。
だが彼らはあえて狩りを求めた。どこからか材料を調達し、ハンマーや簡易性の防具まで造った彼らは、そのまま戦果を求めて獲物の住処へと出かけることを願ったのだ。
反対する学者やトレセン学園の職員たちの反対を押し切って森へと出かけた彼等。彼らが狩りを求めるのはやはりアイルー達が持つ習性なのだろうか。それはかの世界に暮らす彼らにとってやはり狩りというものがそれだけ重要だからだろう。
ともあれ狩りは無事成功したようだ。大戦果の横で、一息つくアイルー達。そんな彼らの周囲で、ウオッカはまるで子供のようにはしゃいでいた。
彼女は息絶えた獣たちのそばに近寄りながら感嘆の溜め息をつく。そっと鼻を寄せると、獣臭とそれ以上にこびりついた血なまぐさい血の匂いが感じ取れるのだ。なんだか癖になるようなその感覚に、少し興奮すら覚えてしまう。
「うわっすっげ…っ!」
「おい、あんまり近寄るなよ」
「すっげー!この猪なんか1m近くあるじゃねーか!」
「いやーほんと、あいつらってなんでも出来るんだな…」
呆然とつぶやく沖野。そんな彼のそばで、瞳を輝かせてウオッカは獣たちの死体に見入っていた。これが狩り、これがハンターかと。
森の狩人…自身の中の感性が刺激されるのを自覚するウオッカ。というか格好良いな!なんか野生に生きる者だとか1流のハンターといったイカした感じがクールじゃん!
彼女は興奮した様子で尻尾をぴょこぴょこと可愛らしく反応させる。
一方アイルー達はのんびりとしていた。とても戦いを終えたばかりとは思えぬほどにリラックスした彼らは、そのまま武器を地面に置きのんびりと背伸びをしたり地面に尻餅をついていた。
『なんかこっちの世界の獣って弱すぎにゃい?ブルファンゴとかの方が強かったにゃぁ』
『ジャギィみたいな奴はどこかにいないかにゃー』
『おなかすいたーお風呂入りたいー』
アイルー語で思い思いの会話をするアイルー達。どうやら元の世界のモンスターと比較しても、この世界の獣が弱すぎてどうにも物足りない様子だ。
改めて観察をする。手先が器用な温厚な種族というイメージばかり専攻していたが実は戦っても強いのかと。ウオッカはしゃがみこんで、件のアイルーの一匹をそっと手で撫でた。
「お前ら…本当はすげーんだな」
「にゃぅ~?」
しゃがみこんで一匹のアイルーを見つめるウオッカ。そっと彼、或いは彼女の頭を撫でてやる。ウオッカの柔らかい掌の感触をひたるように感じ取るアイルー。
見た目はこんなにも可愛らしいのに裏では実力者…などといかにも格好良い要素が満載ではないか。柔らかい猫毛の感触がまた心地良い。彼女はえへへと頬を緩ませながらそっとつぶやいた。
「狩人かぁ…イカすなぁ…っ!」
「アイルー族って実は狩猟民族なのか?絶対に怒らせたくないな…」
「ほんとすげーよな!そのうちクマとか狩りだすんじゃないか!」
「はは、そりゃ流石に無理だろう」
そういって笑い合う二人。彼等は知らない。アイルー達の故郷にはクマ以上に恐ろしい、とてつもない生物達が跋扈していたという事実を。アイルー達は本気を出せばクマでもワニでもサメでも問題なく狩れる程度には強いという事実も。
特に彼等の本領である武器や防具といった道具作成能力に関しては非常に秀でた才能を持つのだ。アイルーは弱く、そしてあの世界のモンスターは強い。それでもアイルー達は群れをなし、呼吸の合った連携をする事によって下級モンスター程度ならば問題なく狩りをすることだって可能なのだ。
でもまぁ改めて思う。リオレウスとかディアブロスとかが居るような世界はもうこりごりだと。砂漠を歩いていたらティガレックスにひき殺されるような世界より、断然こっちの世界の方が暮らしやすいニャァと。
故郷のトラウマを思い出す砂漠出身のアイルー。改めて轟竜の恐ろしさを思い返して身震いをしている彼のそばでは、一人のウマ娘とトレーナーが楽しげに談笑をしていた。沖野は嬉しそうにはしゃぐ、自身の担当ウマ娘に対してこう告げた。
「実は今日お前を呼んだのは理由があってな…この後付き合ってくれないか」
「あぁ?まだあんのかよ」
「これからあの素材を使って食堂スタッフ達が料理をするんだと。だから味を確かめる人が必要なんだよ」
「おぉ…!確かジビエ料理って奴か!…って味を確かめる?」
「狩猟した後の獣の肉をな、今後は食堂に定期的に降ろすんだと。それでウマ娘達の口に合うかどうか、味見のサンプルが欲しいらしくてな」
「あぁなるほどな」
自身のトレーナーの言葉に納得するように頷くウオッカ。なるほど、だから自身を呼んだのかと。今の期間はレースもなく体重管理も安定している自分が選ばれたのだろう。
どうにも回りくどい事だ。彼女は沖野トレーナーの背をバシッと叩いて陽気に笑みを浮かべた。
「水臭せーなぁ。へへっ!でもまぁ役得だな!」
「そうだろ?だからあのロックバンドのCDを紛失しちまった件はどうかチャラに…」
「はぁ!?なるわけないだろ!」
「だ、だよな!はは、勿論だよ…ちゃんと弁償するから…」
「たく…そういう事かよ。子供かアンタ」
「男はいつだって子供みたいなもんだからな」
「また馬鹿言って…あー俺もそれ、持ってくの手伝うよ」
そうつぶやきながらも満更でもない笑みを浮かべる。そういって彼女は子供アイルーが獲物を持ち運ぼうとしているシカの死体を掴む。
そのままウマ娘特有の腕力でえいやと勢いよく持ち上げる彼女。アイルーたちの歓声を背に受けて、満更でもなさそうな顔を浮かべたウオッカは、そのまま沖野と共に食堂へと向かうのであった。
誤字報告をして下さる方々、いつも本当にありがとうございます。今後は誤字が無くなるように尽力致します。どうぞ宜しくお願い致します。