「さあぁッッッ!皆様お待たせいたしましたッ!これより本日のメインイベント、“テイムヒューマン・コロシアム”を開始いたしますッッ!」
そのアナウンスを待っていたかの如く、一斉に歓声が上がる。
先ほどまで剣戟が繰り広げられていた闘技場は、今や熱気は最高潮に達していた。
「一戦目はAランク練士のロベリア・ウォーカーが擁する“スレイ”、対するは同じくAランク練士、テオバルト・シュティールの“
興奮した実況とともに、二つの姿が現れる。
一切肌の露出のない重厚な鎧を纏った騎士、そしてそれとは対照的に鮮やかな紅い衣装に身を包んだ華奢な少女。
各々の武器を抜くと、それぞれが構えを取った。
「どちらかが戦闘不能となるか、降参させれば勝利となりますッ!それではッ、試合開始ッッ!」
その言葉を待っていたかのように会場は湧きあがり、そして、
──槌と剣のぶつかり合う衝撃が、大地を揺るがした。
◆ ◆ ◆
「はぁ……」
人気のない夜の街を歩きながら、彼女は思わずため息を吐く。
ほとんどの住民が晩餐を楽しむような時間にも関わらず静まり返った路地、そこにて僅かな月光を浴びながら。金髪を艶やかに照らされつつ一人の少女はそこにいた。
しかしそれよりも目に惹かれるのは、彼女の頭から生えた一対の赤い角、そして背中から大きく飛び出るコウモリのような黒い翼だろう。
人ならざる者。曰く、少女は悪魔なのだ。
「こんなことならじいやに最初から相談しておくべきだったかな……」
彼女、レーナ・フォン・ラウエは人間を探していた。
悪魔とはいえ、襲って殺したり食べたりを目的としているわけではない。テイムヒューマン・コロシアムに参加するために、どうしても人間が要るのだ。──そもそも彼女に人間を無闇に殺すような趣味は無いが。
レーナは辺境伯の娘である。父に「広い世界を知ってくるといい」と半ば領を追われるように十五歳で都会へと出てきた彼女は、そのまま学園へと入学することとなった。
だが田舎と都会では文化の違いがあるのだろうか。なんとか周りとは円滑な人間関係を築こうとはしているものの、気に食わなかった一部のお嬢様方に目をつけられてしまった。
「何よ、人間を手懐けて戦わせるって。気に入らないなら直接喧嘩でも仕掛けてきなさいよ、根性なし」
そこで暴力を嫌うお淑やかな彼女たちは提案する。“テイムヒューマン・コロシアム”で白黒つけようと。
正直レーナにとってはコロシアムなどどうでも良かった。だが断れば間違いなく相手を調子に乗らせてしまう。故にレーナは言い放った。
「ええ、わかりました。わたくし田舎者が、都会の流儀であなたたちをボッコボコにして差し上げましょう」
と。
そう威勢よく言い放ったは良かった。良かったのだが、いつまで経っても肝心の試合に参加させる人間が見つかりやしない。
世界を魔王が支配して久しいが、変わらず人間は保護という形で生き続けている。
彼らの扱いは様々だ。お人好しな魔族に保護されたり、愛玩動物として飼われたり。迫害こそされてはいないが、人間の世間一般の印象としては野生動物と何ら変わりはなかった。
軽い気持ちで勝負を引き受けたレーナは、そこら辺の人間でも捕まえておけばいいだろうと思っていた。
だが初めて人間をまともに見た彼女は驚愕した。あまりにも弱そうだと。
戦ったことどころか、武器すら持ったこともなさそうなひ弱な姿。人間たちは魔王に手厚く“保護”されて以降、その現状に甘えてのうのうと暮らしていた。否、飼い殺されていたのだ。
こんなことじゃあ勝てるわけない!──やっと事の深刻さに気が付いたレーナは、焦りに焦って街中を探し回ったのだ。
……そして今に至る。
「ああーっ、もうっ!色々考えてたらムカついてきた!とりあえず今日は帰って、明日のあたしに任せましょ」
ぐーっと伸びをして身体をほぐす。そのまま大きく背中の翼を広げて飛び立つ準備をした。
──同時に、背後で何か甲高い音が響く。はっとしてレーナは反射的に振り返る。何が起こったのかと。
「ぅ……ぁ」
「えっ──は?」
一番に目に入ったのは地面にうずくまる少年。そして手元には彼の身長ほどはある長剣。あの音は剣が地面に落ちたものだろう。
──この少年はどこから現れた?気配もなく、突然どうしてここに?
そんな疑問が浮かぶとともに、レーナは無意識に少年へと近づいていた。
「全身が爛れてる……。何があったらこんなことになるの」
彼は全身を酷く火傷していた。まるで直接火の中に放り込まれたかのように。衣服などがまともに残っているのが奇跡なほどだ。
それでも確かなことは、この少年は苦しんでいる。
必死に生を掴もうとして、浅い呼吸を繰り返し続ける。そんな姿を見るとどうにも胸が苦しくなってしまう。
何とかしなきゃ。レーナの正義感が彼女自身を動かした。
「君、大丈夫?意識はある?」
「う……っ?」
息も絶え絶えだった少年が顔を上げる。その瞬間、彼の顔が驚きに染まった。
身体中が焼け爛れているとは思えない俊敏な動きで後ろに飛びのくと、しっかりと両手で剣を握って構えようとした。
しかし上手く持ち上がらない。所詮刃先が浮くか浮かないかどうかで震えている。
「まっ、待って!あたし君をどうこうしようって気はないの!落ち着いて、ね?」
「うぅっ……ああッ!」
少年は剣を引きずりつつ飛び込んでいく。
剣に振り回されるがごとく彼は目の前を薙いだ。さすがにそんな攻撃に当たるはずもなく、レーナは余裕をもって避ける。
少年はそれを待っていたかの如く、振り回した勢いそのまま剣を投げた。
「ひっ──!?」
まさかそんなことをするとは思っていなかったレーナは、反応できずに逃げそびれた。
矛先は確かに彼女を狙って伸びていく。
ダメだ、間に合わない──!
そして何もできぬまま立ち尽くしていた彼女の脇腹を掠めて、大きな音を立てながら地面へと落下した。
「がっ……はっ……──」
力尽きたかのように少年は地に伏せる。今ので余力をすべて使い果たしたようだ。つられるようにぺたんとレーナも尻もちをつく。
心臓が暴れるように脈動し、身体が空気を求めて激しく呼吸する。ふとレーナは腹に手を当てる。大丈夫だ、傷は無い。
あともう少しずれていれば、あの剣は間違いなく自分の腹を貫通していた。状況が違えば死んでいたかもしれないのだ。
ひしひしと感じた。少年からの殺意を、絶対に仕留めるという圧を。レーナの額に汗が走る。
「でもそれって……」
彼は確かに強かった。父やお抱えの兵団に比べれば流石に見劣りするが。
少年には種族としてのそれらしい特徴はない。角が生えていたり、翼があったり、尻尾があるわけでもない。それが表すのは一体何か。
そう、彼は人間である。レーナが求めていた、戦えそうな人間なのだ。
街中で見た貧弱な彼らとは違う、闘志や技術。素人目から見ても十分なものだった。
つまり彼をどうにか手懐けることさえできれば、因縁のテイムヒューマン・コロシアムへと参加することができる。
「このチャンスを逃したらあのバカお嬢様になじられる……。それだけは嫌」
何より見栄を張って勝負を受けたメンツが立たなくなる。彼女のプライドがそれだけは拒否していた。
ともなればやることは一つだ。
「帰ってじいやとメイドに治療してもらおう。もうそれしかないわ」
決心したレーナは、少年と武器を抱える。
同時に翼を大きくなびかせ、力いっぱいはためかせた。
彼女の足が地を離れる。そしてあっという間に空高くへ上がると、夜空の下を飛翔していく。
淡い満月の光が、翼と刃を鈍く輝かせていた。