「じいやッ!」
「扉は優しく開けてくださいませお嬢様。夕食の用意はできておりますが……その少年は?」
レーナが玄関の扉をハイキックで開け放つと同時に、一人の老人が彼女を出迎える。短く白髪を整えた逞しい壮年の男性こそ、この小さな屋敷の執事である。
そのままずかずかと入っていくと、抱えていた荷物を丁寧に降ろした。
「説明は後でするから、この子を治してほしいの」
「ふぅむ、確かに酷いやけどですな。……アメリア!」
返事とともに奥から足音が響く。程なくして現れたのは、メイド姿の若い少女。ちょうどレーナと同じくらいの歳だろうか。
翡翠色の長髪を揺らして駆けてきたアメリアは、二人の前で一礼する。
「私は少年を運びます。あなたはこの剣を」
「あの……っいえ、かしこまりましたルーカス様」
傷だらけの少年を見て動揺したのかアメリアは一瞬口ごもるが、気を取り直して剣を拾おうとする。
「熱っ……!?」
柄に触れた瞬間、まるで火傷したかのように彼女の手が跳ねる。
「大丈夫?」
「は、はい。私はなんとも……」
不思議そうな表情でアメリアは手を覗く。少なくともそこに傷はない。
困惑しているのはレーナも一緒だ。ここまで剣を運んでくる間に、熱いなどと感じたことは一度もなかったからだ。
「ふむ。少々失礼します」
ルーカスは何事もなく剣を持ち上げると、そのまま鞘を抜く。
現れたのは鈍く光る白銀の刃。危うくレーナの身体を切り裂きかけた曰くの品だ。
彼は刀身のすぐ側に手のひらを近づける。そうしてすぐに顔をしかめた。
「随分力は弱いですが、これは聖剣ですな」
「聖剣……ってなんだっけ」
「魔を打ち砕かんとする祈りが込められた剣、と言ったところでしょう。我々の身体をバターのように斬り、弱い魔族では触るだけで灰になりかねません」
迂闊に触らぬように。そうルーカスは言いながら刃を鞘に収めた。
聖剣と言えば、かつて人間と魔族が戦争をしていた時に猛威を振るったという話があった。そう彼は続ける。
魔族に比べて人間は力に劣る。だが知恵はそういかなかった。
元々の力で勝てない人間たちは、道具に頼った。用意したのだ、より鋭利な武器、より堅牢な防具を。自らの足りない部分を補うように。
そうした中で生まれた一つが、奇跡を込めた剣、聖剣というものだ。
種族的にも実力的にも、アメリアは決してレーナよりも強いとはいえない。故に剣に触れられず、火傷に似た反応が出たのだろうと。
学校の授業でこんなこと聞いたっけな──。そうレーナは思う。
「ひとまずこの剣は置いておきましょう。アメリア、階段のすぐ側にある空き部屋は分かりますね」
「もっ、もちろんです」
「臨時でそこを少年の部屋とします。救急箱を用意するように」
「えっ、そこあたしの部屋の隣じゃない」
「拾ってきたのはお嬢様でしょう」
ルーカスは少年の身体を軽々と担ぐと、そのまま廊下の先へと歩いていった。
「そうだっ、その人間は凶暴だから気をつけて!」
「何度お嬢様が拾ってきた生き物をお世話したとお思いでしょう。お任せ下さい、人間など可愛いものですよ」
彼はそう言いながら角へと消えていった。
アメリアはたどたどしく一礼すると、
「その、レーナ様はお食事を済ませてはいかがでしょうか。ゼラが用意してくれていると思うので……多分ですけど」
そう言い残して小走りで去っていった。
「分かったわ、ありがとね。──はぁ……」
アメリアの言葉で我に返ったレーナは、今の自分の状態を思い出しその場に座り込む。少年に出会い、殺されかけてから、レーナは今の今まで興奮しっぱなしだった。
ようやく見つけた戦える人間。このチャンスを逃したら、もしかすると次は二度とないかもしれない。そう思って、疲れも空腹も忘れてここまでやってきたのだ。
急にお腹が寂しい。この飢えを満たすため、レーナはとぼとぼ食堂へ向かっていった。
「んあ。レーナ、おかえりー。遅かったじゃん」
「ゼラ……。またつまみ食いしてる」
食堂に入ると、赤紫色の短髪を整えた少女が出迎える。髪色は違うものの、その顔立ちはどこかアメリアに似通うものがあった。
ゼラと呼ばれたメイドは悪びれることもなく料理を口に放り込むと、嚥下してから話し始めた。
「だってお腹すいたんだよ。でも屋敷のご主人様が帰ってきてないのに勝手に食べたら爺さん怒るからさ。味見だよね、味見」
「食べるのと味見ってどう違うのよ」
「あはは、一緒かあ。でもほら、このことは内密にしてよ。じいさんキレると長いから」
主人に仕える従者としてはあまりにも最悪の口調で、無表情に話すゼラ。またしても何かを口に入れると、テキパキと配膳を始めた。
一分も待たず、椅子に座ったレーナの前には丁寧に盛り付けられた料理が並んだ。
「あ、スープ冷めてるじゃん。ごめんちょっと待ってて」
そう言うとゼラは「これでいいや」と銀色のスプーンを持ってくる。
『……我が力、温もりとなりて内に凝固せよ』
何やら言葉を呟く。まるで目の前のスプーンに対して命令するかのように。
するとどうだろうか、緋色の淡い光が次々にそれを包んでいく。最後にそっと光が消えたかと思うと、スプーンはほのかに赤みを帯びていた。
ゼラはスープをかき混ぜると、たちまち白い湯気が立ち上った。
人間には行使できない、魔族だけに許された技。それは一般的に“魔法”と呼ばれていた。
「ほんと、あんたって品がないのに腕はいいわよね。多分姉と融合すれば完璧メイドになれるんじゃない?」
「お姉ちゃんと合体かあ。でもそれって、悪いところが前に出てきたらまずいよね」
「口の悪いドジっ子メイド……。じいやが心労で倒れるわね」
髪色も性格もまるで違う二人だが、顔や体格がアメリアとゼラの血縁を裏付ける。実際、彼女らは双子であった。
レーナはナイフとフォークを手に取ると、静かに食事を始めた。
「そういえばさ、さっき玄関で騒がしかったけどなんかあったの」
「拾ってきたのよ」
「またかあ。レーナも好きだよね。もう何が出てきても驚く気がしないけどさ、今度は何連れてきたの?グリフォンとか、それともケルベロスとか?」
「──人間よ」
食堂に静寂が訪れる。しばらく食器がぶつかり鳴る音が響いた後、ゼラがその沈黙を破った。
「……なんで?」
「ヒューマンテイム・コロシアムよ。言わなかったっけ?」
「うっそお。ついに見つけたの、レーナのお眼鏡にかなう人間」
こくりとレーナが頷く。
「えぇ~~~~。見たいなあ。どこにいるのそいつ」
「見るのはいいけど仕事終わってからにしなさい」
ナプキンで口を拭う。よほど空腹だったのだろう、あれほどあった食事はすでに綺麗に平らげられていた。
レーナは席を立つと、そのまま食堂を後にした。
「ちょっ、あーっ。……さっさと片付けるかあ」
手を伸ばしてレーナを止めようとするが、もはやそこに彼女はいない。仕方がないと肩を落とし、手際よくゼラは後片付けを始めるのだった。