蟻と吸血鬼   作:サルオ

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後編

 

 この世界に『魔王』はいない。それはアキトが冒険者としてソロで活動し始めた頃になって、ようやく気付いた世間の常識であった。

 

 かつては『魔王』が存在していた、らしい。らしいというのは、アキトはこの世界の字が読めず、また自分の出自からこの『異世界』での人との関わりをなるべく絶っていたがため、人伝の噂話程度しか情報の入手源がなかったからだ。

 

 『魔王』が存在したのならば、当然『勇者』もいたのだろう。実際、いたらしい。その『勇者』は一国の姫と結婚して、幸せに暮らしました。めでたしめでたし、というのがこの世界における御伽噺だ。

 ただし、だいぶ脚色されてはいるものの、事実を語っている、という点ではただの御伽噺というより、神話、伝説の類と言ってもいいのかもしれない。

 

 その『勇者』の子孫たちは自らを『神族』と名乗り、その血筋はいくつもの国家に渡って広まっていったのだとか。

 

 その『神族』の末裔は、今も各国家の王族に深く根付いており、『神族』でなければ王の資格無し、とまで言われているのだとか。

 

(どーでもいい……)

 

 異世界転移を経験したアキトにとっては、心の底からどうでもいい話であった。

 それこそ『勇者』として召喚されようものなら、これから始まるであろう自身の伝説的ストーリーに心躍らせたであろうが、残念ながらアキトの転移先は巨大な魔物の蟻の巣だった。そこで味わったのは死をも許されない生き地獄。体内を蟲に徐々に喰われながら死ぬ経験など、二度としたいとは思わない。

 

 とりあえずは冒険者として、日々の生活に困らない程度の地盤は整えた。異世界を渡ってきた段階で、アキトはこの世界にとっての異物だ。一人気ままに、『鉄の馬』と呼ばれるバイクに乗って各地を転々とするのも悪くないだろう。

 

 ただ、金には困らなくなってきたところで、アキトに必要なものがあった。それは『生きる目的』だ。

 

 アキトは蟻を皆殺しにしてその棲家から脱出するまで、この世界におけるまともな人の生を味わった事がなかった。だが、図らずも手に入れた自分の強力な力に気付いたとき、蟻どもが宣っていた言葉を思い出したのだ。

 

『此度の王は魔族か、それとも魔人型か』。その言葉をゆっくりと咀嚼し、理解したとき、アキトの心に少しばかりの炎が宿った。

 

『俺は、魔の王として創り出された存在』だという事。蟻の魔物ではあったが、奴らは自分たちの手で、魔物の最高傑作を作り出そうとしていたのだという事。

 

 そこまで考えが及んだ事でアキトに宿った炎の名前は『復讐』。自分をこんな身体に作り変えた魔物どもへの復讐心だった。

 

 『魔王を創り出そうとしている魔物を皆殺しにする』。それがアキトの『生きる目的』となった。

 

 もちろん、すべての魔物が人にとって害を与える存在ではないが、少なくとも魔王を産み出そうなどと考える魔物は碌なものではないハズだ。

 

 とりあえず、そういった輩をブチ殺す。これはなんの正当性もない、半ば八つ当たりのような話であったが、アキトには関係なかった。この心に芽生えた、なんとも言えない負の感情を、ナニかにぶつけて発散したい。ただそれだけ、であった。

 

 それからというもの、アキトは冒険者ギルドで日銭を稼ぐ傍らで、可能な限り危険な魔物の巣の情報を情報屋から買い取るようになっていった。並の冒険者では太刀打ちできないような、魔物の群れや巣。そういった対象を『駆除』する、掃除人のような仕事。いや、もはやこれはアキトにとって『趣味』と言えるものなのかもしれない。

 

 蟻の王となるべく身体を蟲に喰われ、この世界である意味『魔王の候補』へと転生したアキトには、それを成すだけの力があった。最初の頃は彼我の戦力差がわからず死にかけた事もあったが、いくつか巣を潰せば、自ずと加減というものもわかってくる。

 

 『趣味』で魔物の巣を潰し、『仕事』として報酬まで受け取れる。ストレス発散をしながら金が貯まる。それはアキトにとっても好都合だった。

 

 そして、現在に至る。

 

 今日の仕事は森林豊かな森の国、そのうちの小さな集落の一つに襲撃してきた『オーク』の駆除だ。

 『オーク』は人の体に豚の頭が乗ったような醜い存在だが、人語を理解する高い知性と、旺盛な繁殖力を持つ、厄介な魔物であった。ただの『オーク』ではない『オークナイト』や『オークマジシャン』『オークアーチャー』といった亜種も幅広く存在している。そして厄介なのは、その『オーク』からは『ヒーロー』や『ロード』といった魔王級の存在が産まれやすいという事だ。

 

 もっとも、並の群れであれば一蹴するのは訳ないことだ。アキトの『力』でもって、思うがままに蹂躙してやろう。

 

 楽しい一日になりそうだ。アキトは村に向かう道中に於いて、獣のような笑みを溢していた。

 

 

 

 

 村はアキトの予想した通り、既に終わっていた。

 

 男は皆殺し。女は孕み袋。子供は一ヶ所に集められて踊り食い。

 

 想定通りのクソ具合だった。アキトはそれを喜んだ。優しい魔物などいない。世界はいつだって残酷だが、ここまで残酷ならば遠慮する事もないだろう。

 

「擬態、解除」

 

 アキトの言葉とともに、全身を黒い糸が覆う。それは徐々に硬質化し、外骨格としての役割を持った。全身にあった骨はドロドロに溶けて、黒い甲殻内で液体の筋肉と化した。

 

 何度やっても慣れない、この作業。だが、これさえ我慢してやれば、後に待つのはお楽しみタイムだ。

 

 アキトの顔が、蟻のそれへと変わる。強靭な顎をガチガチと鳴らして嗤う。

 

 蟲人と化したアキトは、風を置き去りに『鉄の馬』を走らせた。目指すは村の女が集められた小屋の一つ。そこでお行儀よく順番待ちしている豚ども。

 

 それを、『鉄の馬』が蹂躙する。『鉄の馬』の前輪が豚どもをミンチに変えていく。

 

 行列はあっという間に轢き潰されて、汚い肉の道が出来上がった。

 

 アキトはその肉片を無造作にひとつまみすると、口の中に放り込んだ。

 

「やっぱりマズいな…」

 

 アキトは小屋のドアを開けて、小屋の中へと遠慮なく入り込む。中には村の女に跨る豚どもの姿。一番近い豚に近付き、その首を捻り切った。

 

「ひっ……」

 

 女が小さく悲鳴を上げる。だが、関係無い。アキトはその首なし死体を持ち上げると、小屋の奥で必死に腰を振っている豚に思い切り投げつけた。

 

 蟲の王と化したアキトの膂力により、首なし死体は砲弾と化していた。死体にぶつかった豚が死体と混ざるように砕け散る。その下にいた女に血飛沫が降りかかった。

 

「悪いけど、気にしている余裕は無い。死にたくなければ逃げてくれ」

 

 アキトは小刻みに震える少女に優しく声をかけた、つもりだった。

 だが今の今までに辱めを受けていた少女は恐怖に屈し、悲鳴を上げて小屋を飛び出していく。

 その様子に気付いた他の豚どもが女を退かし、それぞれ得意な武器を手にして構えた。

 

「来いよ」

 

 蟻の王は挑発する。だがオーク達は動かない。瞬く間に仲間二人を挽肉に変えた怪物の出方を、慎重に伺っていた。

 

「仕方ないな」

 

 アキトの声とともに、蟻の王の姿が掻き消えた。それは一陣の黒い風となり、死を撒き散らす。

 

 アキトの振るう腕が、哀れな豚たちを引き裂いていく。オークが武器を一度振るう間に、アキトは腕を四回は振って文字通りの八つ裂きにする。哀れなオークは、しかし自分に起きた悲劇を理解する前に絶命する。

 その横で斧を振おうとしていたオークの両腕を蹴り飛ばせば、オークの肘から先が爆散する。だがあまりの速さに、腕を消し飛ばされたオークは痛みも感じていない。ただ無くなった腕を振り上げて、そこでようやく自分の腕が無くなっていることに気付く。オークの顔に驚愕が刻まれる。

 その頭を、アキトは拳で消し飛ばした。

 

 小屋の中は一瞬で阿鼻叫喚の地獄絵図と化した。なるべく人間の被害は出ないように細心の注意を払ってはいるが、もともと人助けが目的ではない。戦闘の最中に誰が犠牲になっても構うものか。アキトは強化された身体能力を存分に使い、オークどもを蹂躙した。

 

 一つの小屋が終われば、次の小屋へ。その途中で出会った豚はとりあえず挽肉に。次から次へとオークを殺戮して回る。

 

 そうして一通り村の中のオークを殺し回ったところで、村の中心部から怒りに満ちた咆哮が轟いた。

 

 アキトが目を向ければ、そこにはまさに子供を右手で摘んで踊り食いにしようとする、オークの親玉がいた。

 

 おそらく、『オークヒーロー』。『魔王』の候補となり得る強力な個体だった。

 

 アキトの頭に血が昇った。それは『魔王』の候補を見つけた事による怒りと、意外な事に、幼い子供を生身で喰らおうとしている事実に向けられたものだった。

 

 アキトの、どうしようもない性分だった。男や女はどれだけ残酷に殺されようが構わない。大人になれたのだ。そこからの人生の生き死には本人の責任だ、とアキトは考える。

 

 だが、子供は別だ。彼らに力と経験はなく、しかし理不尽な現実が牙となって降り注ぐ。そういった情景が、アキトは何より嫌いだった。

 

 子供だけは、なるべく助けたい。そう考えるアキトの身体に力が貯まる。

 

 身を縮めて、全身の意識を両脚に。途端に膨れ上がる太腿。その両脚が力を解放すると同時に、足元の地面が爆ぜた。

 

 蟻は、自分の体重の20倍もの重さのものを持ち上げる事ができるという。それは、同じ大きさであれば昆虫の王者たるカブトムシをも上回る膂力。そして、人間の脚は、腕の3倍の力を持っているという。

 単純計算で自分の体重の60倍のモノをどうにかできる脚力。それが地面を蹴った。

 目の前のオークヒーローが子供を丸呑みにした瞬間、アキトの体が弾丸のようにオークヒーローの腹に刺さった。反動で子供を吐き出すオークヒーロー。

 

「逃げろ」

 

 アキトは端的に今し方助けた子供に言い放った。子供は必死に頷くとその場を駆け出していた。他の子供達もそれに倣う。

 オーク共は目の前の敵に集中しており、逃げた子供達を追えるような状況ではない。次々に武器を構えて、アキトへと威嚇している。

 

 アキトは顎をガチガチと鳴らして嗤った。

 

 その眼前で、吹き飛ばされたはずのオークヒーローが立ち上がる。大したダメージはないようだ。

 

「いいね」

 

 アキトの笑みが大きくなる。雑魚を一方的に蹂躙するのも嫌いではない。だが、少しは手応えがあるほうが、自分のテンションも上がるというもの。

 

 アキトは声にならない蟲特有の雄叫びをあげ、オークの群れに飛びかかっていった。

 

 

 

 

 今宵は満月。その下で、動く影が二つ。一つは蟲の王と化したアキト。もうひとつはオークヒーロー。

 

 その二つが、月下で踊る。

 

 だが、その踊りは些か一方的なものであった。オークヒーローの巨躯が、ダンスの主導権を握っていた。

 

 アキトは、のされていた。敵の予想外の戦力に。オーク共の予想外の反撃に。全身の甲殻はビビ割れて、その傷跡から血が吹き出していた。

 

(ああ、マズいな…)

 

 アキトの身体の中心に、オークヒーローの拳が叩き込まれる。くの字に曲がったアキトの身体が村の小屋を突き破りながら吹き飛ばされていく。

 

(やっべぇ。見誤ったな……)

 

 アキトの脳裏によぎるのは後悔。彼我戦力差を見誤ったことによる、悔恨。

 

 気付けばアキトは、自身の『鉄の馬』の前まで吹き飛ばされていた。

 

 アキトの蟲の目が、『鉄の馬』に掛けられていた頭陀袋に向けられる。

 

「……おい」

 

 アキトは頭陀袋に声を掛ける。

 

「起きろ。今日は満月だ」

 

 アキトの声に、頭陀袋がピクリと震えた。

 

『……へぇ。それで?』

 

 頭陀袋から、可憐な少女の声が聞こえてくる。

 

「棺……」

 

「……」

 

「買うための資金集めだ。とっとと起きろ、レーヴァテイン」

 

「……めんどくさ」

 

 途端、頭陀袋から銀色に輝く何かが飛び出した。

 

 それは銀色の長い髪をたなびかせた、赤目の少女。その身にはボロ布しか纏っておらず、しかしその気品はそれに害されることなく。

 

 吸血鬼、その真祖に連なる『魔王の候補』が、月下の大地に降り立った。

 

 その姿を、唖然と眺めていたオークヒーローに、恐ろしき吸血鬼のひめは牙を剥き出しにして嗤う。

 

「あんたが今夜の獲物?」

 

 吸血鬼の姫君が、牙を煌めかせた。

 

 途端、目の前にいたはずのオークヒーローの姿が消える。姫君によって、細切れにされたが故に。

 

 月下の姫君は返り血を浴びることなく、妖艶な笑みを浮かべて、地に倒れているアキトに視線を向けた。

 

「あはは。ザッコ!」

 

「うるせぇバカ」

 

「ワタシに頼らないから、そんなんになってんでしょ?」

 

「満月しか役立たない雑魚が」

 

「んはッ!負け惜しみ。で、そろそろ棺は買ってくれるんでしょうね?」

 

「…たぶん今回ので貯まると思うぞ?」

 

「うわ、信用できない……それ5回くらい聞いたセリフだからね。蟲の王様」

 

「うるせぇ吸血鬼」

 

 アキトは捨て台詞を吐きながら身体を起こす。その様子を、面白いオモチャでも見るように眺める吸血鬼。

 

「今回の報酬は折半だ。お前、ちゃんと貯金してるんだろーな?」

 

「は?なにそれ?アンタが棺買ってくれるんじゃないの?」

 

「…てめぇ、マジでそのスポンジ頭をどうにかしろ。俺は買わねぇ。お前の金で買うんだよ」

 

「はぁん?めんどくさい、まぁ気が向いたらね。アンタが我慢できなくなるまで、ワタシは寄生虫生活させてもらうから」

 

「……くそメンドイのを拾っちまったな」

 

 アキトは自身の身体を人のソレにへと変えていく。目の前の吸血鬼は、それを面白そうに眺めていた。

 

「ねぇ、アンタはなんでワタシを殺さなかったの?」

 

「面倒臭い。喋るな。頭陀袋に戻れ」

 

「まぁいいけど。いつもこれくらいしか会話しないもんね。でもさ、これだけは教えてよ」

 

 吸血鬼は嗤いながら、問う。

 

「なんで人間やめてないの?」

 

「俺は人間だから、だ」

 

 アキトはそう謳った。

 

 月下に、真祖に連なる吸血鬼と蟻の王は嗤う。

 

 この世界には『魔王』も、『勇者』もいない。

 

 ただ、力を持つモノだけが生き残る、現実的で残酷な世界。

 

 その世界で歪な二人は生きている。

 

 これは、蟻と吸血鬼の、果ても目的も無い、適当な物語。

 

 

 終劇

 

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