蟻と吸血鬼   作:サルオ

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吸血姫の話3

 

「おい、テメェ!またうちの若ぇのをたぶらかしたな!?」

 

 冒険者ギルド。そこに所属する強面の教官は、床に転がってゲロを吐き続けているアキトに近づいて言った。

 アキトはその声には答えず、ただ痛みが引くのを待つために、その身を踞らせている。

 

「おい『死にたがり』!テメェが戦場で死ぬのは勝手だがな!テメェの舐めた態度で新人共が調子付くんだよ!実力者ならよ、もっとそれらしく降る舞えや!」

 

 蹲っているアキトの腹に、教官が蹴りを入れる。だが、その蹴りの感触は、先ほどまでの新米冒険者が感じたものとは大きく異なっているだろう。

 

 固い。そして、重い…!!

 

 その足を無造作に掴みながら、アキトはゆっくりと立ち上がった。

 

「ああ、悪かったよ、ティーチ。アンタの気を損ねたのなら、ほんとにすまなかった」

 

 アキトは立ち上がると目の前の教官、ティーチに向かって深々と頭を下げた。

 

「…ちっ、これだからやり辛ぇ。テメェな、実力者がほいほいと頭を下げんな。周りに舐められるし、何より、テメェの実力を知ってる奴らからすれば腹が立ってしょうがねぇ」

 

「ああ、悪かった。これからは気をつけるよ」

 

 そういうと、アキトはギルド内の広いホールをずんずんと進み、ギルドの大きな玄関からわき目も振らずに出て行った。

 

「……たく、なんだってんだアイツは」

 

 教官ティーチは、気味の悪いものでも見たかのように、いつのまにか鳥肌の立っていた腕を摩った。

 

 

 

 

 アキトは宿にまで帰ってくると、カウンターにいるこの宿の店主に銀貨を2枚投げてよこした。

 

「うぉっとと!おいアキトさんよぉ。もう少し優しく金を出してくれねぇか?」

 

「悪い。ちょっと仕事が無くなってな。もう少し邪魔する事になるよ」

 

「お、おう…まぁ、それはウチとしてもありがてぇ事だが……」

 

「じゃあな。部屋に戻るから、夕飯の時間になったら起こしてくれ」

 

 そういうと、アキトは二回の客室に向けて階段を登っていった。

 

 部屋の鍵を開けて、ドアを押し開く。中は最低限のベッドと椅子が一脚置いてあるだけの、簡素な部屋。

 

 ただ一つ、この部屋でまず最初に目が行くのは部屋の中央にどさっと置かれている頭陀袋。いわゆる死体袋というやつだ。その頭陀袋は時々寝返りをうつように身を捩らせている。

 

「レヴァ」

 

 アキトはベッドに腰をかけながら、頭陀袋に話しかけた。

 

「……何よ?寝顔見に来たわけ?」

 

「違う。仕事がない。とりあえず今日はもう飯食って寝るぞ」

 

 頭陀袋からはぁ…と溜息が漏れる。

 

「これで何日め?ハッキリ言って、蟻の王様才能ないんじゃないの?仕事の」

 

「うるせぇ。それは自覚してるよ」

 

 アキトは舌打ちを打ちながら、自分の服の裾をまくる。それを察したかのように、頭陀袋から、見事な銀色の髪を湛えた少女が這い出してきた。

 

「また蟲の血かぁ……」

 

「贅沢言うな。半分は人の血だ……多分」

 

「どのみちまっずいんだよねぇ…それ」

 

 銀色の長い前髪の隙間から、気怠そうな赤い瞳を少女はアキトに向けた。

 

「いま用意する」

 

「はいはい……」

 

 アキトは腰元から小さなナイフを取り出し、ベッドの横に置いておいた水筒を手にとって蓋を開けた。その開けた水筒の上に腕を持ってくると、アキトは手にしたナイフで自分の手首をすばやく切った。

 

 ボトボトと血が溢れて、水筒の中に溜まっていく。

 

「……こんなもんか」

 

 水筒の中身がある程度溜まってきたところで、アキトは切られた手首に力を込めた。途端、その傷口が泡立ち始め、傷が急速に治癒し始める。

 

 アキトは自分の腕の血が止まった事を確認すると、血の溜まった水筒を少女、レーヴァテインに差し出した。

 

「ほらよ」

 

「……やっぱ変な臭いがする」

 

「文句を垂れるな」

 

「はぁ、めんどくさ…。頂きます」

 

 そう水筒のまえで両手を合わせた吸血鬼の姫は、水筒に口をつけて、中に溜まったアキトの血を飲み干した。

 

「うえ…まず…」

 

「……」

 

 アキトはその様子を見届けると、そのままブーツを脱いでベッドに寝転がった。今日、ギルドに行ったのは無駄足だった。

 

 そろそろ、アキト自身のストレス発散の場が欲しい。愚かにもこの世界に『魔王』なんて存在を作り出そうとしている、知恵と力を備えた魔物の群でもいないものか。

 

 そんなのがいれば、遠慮なく自分の力を振るうことができる。

 

「なに?寝るの……?」

 

「ああ」

 

「あっそう。じゃあ私も。おやすみ」

 

 銀色の少女は、そのまま床でへたっていた頭陀袋に自ら入っていく。その様子を横目で確認しながら、アキトは少女との出会いを思い出していた。

 

 あれは、楽しかった。なんの因果か、目的であったはずの吸血鬼の少女は、こうして行動を共にしているが。

 

 アキトはゆっくりと目を瞑った。

 

 五年前、一つの街を屍人の巣窟に変えた、真祖の吸血鬼に連なる少女との出会いを、思い返し始めた。

 

 

 

つづく

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