「……今日も異常なし、だな」
スメール地方にある、ガンダルヴァー村付近の森林地帯。
一人のレンジャーが今日も辺りの見回りを終え、手に持っていた弓を手元から離し、粒子として消滅させる。
「コレイさん、こちらの偵察が終わりました」
「お疲れ様、じゃあ皆は村の方に戻って薬草の整理をしてくれ」
コレイがレンジャーの仲間に指示をし、彼らが村に歩き出すのを確認した後、今日回収した薬草やキノコを整理する。
(……うん、採取はこれで十分、かな)
コレイは丁寧に全ての数と種類を確認。
少なすぎないか、逆に過度に取っていないかを確認した後、もう一度袋に入れた。
――レンジャー。
それはガンダルヴァー村を拠点とする集団で、道の整備や観光客、遭難者の道案内……この森林を管理する者達。
コレイもその一人だ。
「さて、後はキノコンがいないかもう一回確認して終わりだ」
コレイは腰に手を当てて、ふんっと鼻をならした後に緑髪をサッとなびかせ、水面に浮かんでいる自分を見る。
(へへっ、私もだいぶ様になってきたな♪)
自分のかっこよさにうぬぼれながら、コレイは小さなバッグから今日の昼食を取り出そうとする。
しかし、
「……ん、あれ?!」
バッグの中には、持ってきたと思っていた昼食が無かった。
「ど、何処だ……?!」
その後、コレイは服のポケットやらまわりの茂みやら、挙げ句の果てには靴の中などを漁った後。
――持ってくるのを忘れた、という事実にようやく気がつく。
「し、しまらないな。私はいつもこうだ……」
コレイは自虐気味に笑った後、がっくりと項垂れる。
レンジャーになってから短くない年月が経過した。必死に努力したこともあり、ある程度はレンジャー長の指示無くやるべき事を理解できるようになった。
「どれだけ努力しても、結局初心者みたいな初歩的ミスをする……まだ見習い気分が抜けてない証拠だ。うぅ……」
しかし、どれだけ優秀になろうとも彼女は内気。
事あるごとに失敗をし、そのたびにヘラっている。
「アンバー、いつになったら彼女に追いつけるんだ……」
と、コレイが目元の希望の光を消し、大きな木の根元で膝を抱えて寝転がった。
その時、
「……ん?」
ふと、キノコン独特の匂いが鼻をついた。
レンジャーは基本的に鼻が利く、それは薬草の判別するときや異常事態の察知、天候の把握などレンジャーにとっては無くてはならない。
――なので、基本的な匂いなら、コレイも嗅ぎ分けることが可能だ。
「キノコン、か? いや……それにしては……」
しかし、今回の匂いはいつもとは違う気がした。
いや、違うというより何かが微かに混じっている匂い。
――もっと汗のような根本的な、フェロモンにも似た緊張が肌を打つ匂い。アドレナリンか?
「興奮しているのか……? 見に行ってみた方が良いな」
コレイはすぐさま立ち上がり、匂いのする方へ向かう。
□ □ □
コレイは道なき道、草木をかき分けて崖を上る。
キノコンが興奮しているということは、誰かが襲われている可能性がある。
そして、その匂いがするのは何も無い木々の中であり、遭難している可能性がある。
コレイはできるだけ早く、できるだけロスタイムなしで走り続ける。
「見つけたっ」
そして、コレイはキノコンのいる場所に着いた。
コレイは近くにある大きな木に登り、何があるのか確認する。
「な――っ。くっ……!」
コレイは木の上に立ち、目の前の状況を確認すると同時。
彼女はキノコンの数を数える事無く、すぐさま弓を構えた。
なぜなら、キノコンの中心にはまだ幼い少年がいたからだ。
「てやぁぁああ――っ!」
その刹那、コレイはその少年めがけて風の翼を広げ、そのまま右足で地面を潰すかのように急降下する。
その瞬間、キノコンの頭上から無数の矢が降り注ぎ、ダメージを与える。
「ていっ、やぁあああ――っ!」
間髪入れずコレイはブーメランを投げ、それにより打ち上がったキノコンを弓で狙撃する。
――一、二、三、四。
見事に全ての狙撃に成功し、キノコンは消える。
その所要時間、約五秒。その姿はまさに歴戦のレンジャーの姿だ。
「きみ! 大丈夫か?!」
戦闘後、コレイはすぐさま膝を付き男の子の状態を見る。
「っ、これは――!」
□ □ □
「うっ……ここ、は?」
少年は気がつくと、見知らぬベッドの上にいた。
天井には茶碗のようなお椀から大きな草が飛び出しており、周りを見渡すと木製の机やイス、棚には無数の紙とツボが飾られている。
「あ、気がついたか」
そして、そのイスには緑髪の女性が座っていた。
歳は二十代くらいであろうか、長袖の黒いワンピースで方にショールを羽織り、後ろのマフラーが特徴的だ。
「ここ、は?」
「ここはガンダルヴァー村だ。何処か痛いところは無いか?」
「大丈夫、です」
「そうか、よかった」
その言葉を聞き、女性はほっと優しい吐息を吐いた。
少年が頭を抑えながら起き上がった後、女性は話を続ける。
「わたしの名前はコレイ、レンジャーをやってるんだ」
「レンジャー……って?」
「え、っと……森を守る奴ら、見たいな感じだな」
「森の精霊、見たいな?」
「あははっ、そうかもな」
少年がそう言うと、女性――コレイは楽しそうに笑った。
それを見て彼も微笑み、自分も自己紹介をしようとする。
「えっと、初めましてコレイさん。僕の名前は――」
と、そこまでは口に出せるが、それ以上が出てこない。
出てこないのだ、いつも言っていたはずの自分の名前が。
「あ、れ? 僕の、名前は……?」
「……まだ混乱しているみたいだな。飲み物でも持ってくるよ」
そう言って、コレイは机に戻り、いつも飲んでいるお茶を入れる。
その瞬間、何故か背中から脇腹あたりが露出し、ブラジャーのようなインナーに目が吸い寄せられるが、すぐに首を振ってそっぽを向く。
□ □ □
「なるほど、これは記憶喪失って奴だな」
コレイは少年とお茶を飲んだ後、現状を確認した。
どうやら、少年には記憶が全くなく、名前すらわからないという。
「名前も覚えておらず、どこに住んでたかもおぼろ。親の顔ももやが掛かっているよう、と」
「はい……ごめんなさい」
「だ、大丈夫だ。お前が謝る事じゃ無いっ!」
悲しげに俯いてしまう少年に、コレイはあわあわと励ます。
そして、コレイは自分の胸に手を置いた。
「大丈夫、絶対わたしがどうにかするから、安心してくれ。絶対家にも帰すし、家族にも会わせる。記憶もできるだけ最善をつくす。な?」
「…………」
「こ、これでも一応良いところの学校出身なんだ。任せてくれっ」
「あり、がとうございます」
コレイの少し不安になるおどおどした言葉と、優しい笑顔で落ち着いたのか。
彼はにっこりと笑って見せた。次の瞬間、
――ぐぅぅうううっ
「…………」
突如、少年のお腹から音が鳴る。
少年は顔を朱色に染め、コレイはくすりと笑った。
「ちょうど良かった、ちょうどお昼が残ってるんだ。食べるか?」
コレイはそう言うと、小さなバッグから何かを取り出して少年に渡す。
それは、パンのような物の中にトマトやレタス、獣肉などが入ったサンドイッチに似た何かだった。
「これ、は?」
「ピタっていうんだ。お、おいしいぞ」
「……なんで震えてるんですか」
「む、武者震い、かな」
そう言ってコレイは引きつった笑みを浮かべる。
思えば自分の料理は身内以外だと友達と旅人、そして小さな飛行体にしか食べさせたことが無い。少し緊張する。
しかも、持って行き忘れた奴だから冷めてるし……。
「……あむっ」
「ど、どうかな」
コレイは恐る恐ると言った様子で、少年の顔色をうかがう。
すると、
――むしゃむしゃむしゃむしゃ…………
どうやら、コレイの怯えは杞憂だったようだ。
□ □ □
「すぅ……すぅ……」
「寝た、か」
空が暗くなり始めた頃。
コレイは全てのレンジャーの仕事を終わらせて部屋に戻ると、少年が寝息を立てていた。
「……相当疲れてたんだな」
目を離したと言ってもほんの三十分程度のはずなのに。
コレイは少し悲しい顔をし、イスに座る。
「…………さて」
そして、コレイは何かの薬の調合を始めた。
適量の薬草と花で調合、すり鉢で潰して作り置いていた塗り薬と混ぜる。
調合した塗り薬を大きめの草の上に出し、それを持って少年の目の前に立つ。
「…………」
そのままコレイは……ゆっくりと少年の服を上に上げ、胸元を露出させる。
――そこには、黒ずみ堅い鱗のような物があった。
「また、この病気を……しかも子供で見ることになるとはね」