「ごめんなさい、汚してしまって……」
「気にしないで。助けてくれてありがとう」
廃墟での出来事の後、私は助けてくれたアリスのような女の子と一緒に外に出て川で手を洗っていた。血がついたままはよくないからね。
あと喉が渇いたから川の水を飲もうとしたら彼女に止められて、水筒の水を少し貰った。何から何まで本当にありがたい。
そういえばここまでしてもらったのにこの子の名前、まだ知らないや。
「ねぇ。あなたの名前、教えてくれる?」
「アルテル」
「アルテルちゃんだね。私は朝咲柚珠」
「あさ、き……ユズ? ユズでいいですか」
「うん、ユズでいいよ」
「ユズ。ユズ……うん」
可愛い。何この反則みたいな可愛さは。
復唱して頷くところとかあざと過ぎると思います。アルテル、これ可愛いって自覚あってやってるのかな。
でも、違う。アルテルはただ可愛いだけの女の子じゃない。今私がここにいるということは、廃墟で見たあの光景はきっと夢とかじゃない。
「あの、さ……。アルテルは、人を殺して……平気なの?」
「平気?」
「ごめん、ダメな質問だったね。今のナシ!」
だからってこの質問はデリカシーがなさ過ぎだと思う。反省。
でもこんな私のダメダメな質問に、アルテルは嫌がることなく答えてくれた。
「普通、です。生きる為に、殺されない為に殺す。今の世界の、当たり前です」
普通だって、当たり前だって言いながらもその顔はなんだか少し悲しそうで。アルテルがそんな顔をした事に、私は少し安心した。
「ユズのいた世界では、殺さなかったんですか?」
「人を殺しちゃダメって決まりがあったからね。殺したら刑務所に入れられちゃうの」
「けー、むしょ?」
「牢屋。わかる?」
そしてわかったのは、やっぱりこの異世界と私の世界では価値観が全然違う。人を殺しちゃいけないっていう私の世界での当たり前は、この世界では当たり前じゃなくて。
廃墟にやってきたあのヒャッハーな人たちみたいな人を食べようとする奴らもいて、そんなのから身を守って生き延びる為にもこの世界では人を殺すのがこの世界の当たり前なんだって、私はなんとなく理解した。
「行きましょう、ユズ」
手を洗い終えると、アルテルはそう言って私の手を引いてくれる。
その手はとても柔らかくて温かくて、優しい感じがした。
「これ、アルテルの車?」
「はい。私のです」
アルテルについていった私は今、彼女が運転する車の助手席に座ってのんびりドライブを楽しんでいます。
その車っていうのが、なんだかすっごい巨大トラックなのはびっくりだけど。
「すっごい大きなトラックだね。でも免許は……」
「めん、きょ? なんですか?」
「ううん、なんでもないよ」
しかもアルテル、無免許らしい。というかこの世界に免許自体がなさそうな感じ。
薄々気付いていたけれど、もしかして私が転生した世界ってファンタジーとかじゃなくてヒャッハーな世紀末ワールドだったりしますか?
「後ろには何を積んでるの?」
「アームド・ユニット」
「あーむど……?」
「ユズの世界には、無かったんですか……?」
「聞いたことないなぁ」
トラックに乗り込む時に見た、荷台に積んであったシートで隠れためちゃくちゃでっかい積み荷はどうやらアームドユニット? って言うらしい。
なんだかかっこいい名前だけど、一体何なんだろう。後で頼んだら見せてくれるかな。
なんて考えてたけど、そんな時私は気付いてしまった。
「ていうかアルテル、私が異世界人だって知ってるの!?」
さっきから私の世界がどうとかってそんな台詞、私が異世界人だって知らないと絶対出てこないよね! もしやアルテルが何か知ってるかも!
「いせ……かい?」
「うーん?」
「いせかいって、なんですか」
と思ったけど、どうやら異世界っていう言葉が通じてない様子。車を運転しながらも可愛らしく首を傾げるアルテルにどう説明したものか、言葉を捻り出してみる。
「こことは違う別の世界?」
「別の、世界……。ユズ、今の世界の人じゃないです。それ、異世界人?」
よし、通じた。わかってくれたみたいだ。
「うん、異世界人。でもなんで知ってるの?」
「依頼を、受けたからです。あの場所にそういう人がいるから、助けてあげて欲しいと」
どうやらアルテルは誰かに私が異世界人だって教えてもらって、その人に頼まれて私を助けに来てくれたらしい。
「今からその人に会いに行きます」
「その人に訊けば何かわかるかな?」
「かも、しれません」
私がこの世界に転生したことに意味があるのなら、これから会う人が何か知っているかもしれない。何を訊くべきか考えながら私はアルテルの車に揺られて、そして……。
「アルテル……?」
「起きてください。着きました」
いつの間にか眠っちゃってたみたい。車はもう目的地に着いたらしく、アルテルが声をかけながら起こしてくれた。けど……。
「起こすのになんでおっぱい揉むの!?」
普通起こすなら肩を叩いたりとかだよね。なんでこの子、私のおっぱい鷲掴みにして揉んでるの!?
しかももう起きてるのにまだその手は止まることなく、私の女子高生としては結構大きめな自信のある二つのたわわを両手で揉み続けている。何、この状況。
「嫌、でしたか……?」
「あざとい! 断れない!」
つぶらな目で見つめて、ちょこんと首を傾げながら言ってくるもんだから嫌とも言えない。言いづらい。
もうこうなったら好きなだけ揉ませてやる! 感じるな、我慢だ我慢!
「ユズ、行きます」
「う、うん」
とか覚悟した途端、アルテルは結局すんなり手を離してくれて車から降りていった。私もその後をついていくと、そこにいたのは一人のいかにも紳士って感じの男の人だった。
「指定通りの場所と時間か。流石だな、首切りアリス」
「施設にいる少女の救出。彼女で合っている筈です」
紳士はアルテルとなんだか緊張感のあるやり取りをした後、こっちに向かってきて話しかけてくる。
「アサキ・ユズくん、で合っているかな」
「私のこと、知ってるんですか!?」
「ああ、知っているとも。私は君のような人間を保護する活動をしているヨゼフという者だ」
びっくりした。このヨゼフさんって人、私の名前まで知ってるらしい。この人なら、きっと何かわかる筈。
「大変な目に遭ってはいないかね。この世界は君がいた世界よりずっと危険だが、私なら君の安全を保証してあげられる。さあ、来なさい」
「……違う」
そう思ったけど、私はヨゼフさんから差し伸べられた手を取らなかった。
「あなたからは、なんというか……危ない感じがします。ごめんなさい」
私はこの手を取っちゃいけない。理屈じゃなくて何となくだけど、直感でそんな気がしたから。この人からは、良くない何かを感じる。
「そんなことはない。既に何人も殺しているそこの娘の方が余程危険だ。さあ、早くこちらへ」
それでもまだ私を諦めてないヨゼフさんから庇うように。また、アルテルが私の前に立ってくれた。
「どういうつもりかね、首切りアリス」
「あなたの目……女を、人をモノとしか見ていない。ユズは、渡せません」
アルテルもこの人はダメだって思ったみたい。この世界に来てからずっと私に安心をくれるアルテルの背中が、今もまたとても頼もしく見えた。
「まあ、構わないでしょう」
交渉決裂と見るや、ヨゼフさんはそう言って指を鳴らす。
すると近くの大きな岩陰から、二つの……。
「巨大ロボットぉ!?」
「元より君は消す予定でした。アリスを殺し、オリジナルワンを確保なさい」
「アルテル、逃げないと!」
ヤバい。流石にアレはヤバい。絶対10メートルはあるよアレ!?
巨大ロボット相手は流石にどうしようもない。私が逃げようとする中。
アルテルは動じる事なく一言、小さな声で呟いた。
「……コール」
その直後、ガキンと金属が激突する物凄い音が辺りに響き、体当たりで巨大ロボットの一つを弾き飛ばしながら。
二刀流の剣を持った巨大ロボットがさらにもう一体現れて、アルテルはその背中からコクピットに乗り込んだ。
その後剣を持った腕の内側にある箱から、銃を持った腕がガコンと生えてきて四本腕になって。アルテルが乗ったそのロボットは、ヨゼフさんが繰り出してきた二体のロボットの前に堂々と立ち塞がった。
「アルテルの、巨大ロボット……」
「アームドユニットを持ち出しましたか、アリス」
まさか。いや、間違いない。
巨大ロボット、アームドユニット。あれがトラックの積み荷の正体だったんだ。
「彼らは元アメリカ軍正規兵です。いくら
「よく、喋りますね」
元アメリカ軍の兵隊だという二体のロボットもまた四本腕を生やしてアルテルへと銃を向ける。
それでも一歩も退がらず、怯えることもなく。余裕すら感じさせる堂々とした声で、アルテルは私に向けて言ってくれた。
「隠れてください、ユズ。すぐに……終わらせます」