化け狐がキヴォトスで先生になるようです   作:ヘルゴーレム白雉

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交差Ⅳ:ホシノの秘密

 夜。

 ホシノに連れられ、英寿はアビドス高等学校の古びた教室に来ていた。

 

 「じゃじゃーん、おじさんの秘密の部屋〜。来たばっかりなのに入れるなんてラッキーだねえ、先生? 委員会の子達も、ここには誰も入れてないんだよ?」

 

 スイッチを入れると、壊れかけの蛍光灯がひどく遅れて灯り、小刻みに揺らぐ光が埃まみれの室内を照らし出す。

 隅に押し込まれ、積み上げられた机と椅子の山がバリケードを作っている。棚にはもう何年も使われていないであろう備品や銃火器類が、砂の布団をかぶって寝ている。この教室が役目を終えてから、いったいどれほどの年月が経ったのだろう。遠い昔に滅びた文明の遺跡のような雰囲気の中、英寿はゆっくりとそれらを観察した。

 

 学校に来てほしい、とモモトークにメッセージが来たのは三十分前のことだった。それを受け、英寿はすぐアビドスへ行った。

 他に用もなかったから──というより、彼は待っていたのだ。

 小鳥遊ホシノと二人きりで話す機会を。

 何故、彼女だけがデザイアグランプリを知っているのか。何故後輩たちにはそれのことを隠しているのか。聞きたいことがたくさんあった。早くも訪れた手がかりを掴むチャンス、逃すわけにはいかない。

 昇降口でオッドアイの小さな少女が待っていて、この教室へ案内してくれた。そして、今に至る。

 ふと、

 

 「……これは?」

 

 彼は、一つだけこの場に似つかわしくないほど綺麗にされたものを見つけた。

 スタンドに入った写真。それなりに劣化してはいるが、周囲のガラクタに比べれば新品と言って差し支えない。埃が払われ、前面のガラスもきちんと掃除されているようだ。

 淡い水色の長い髪の、随分と大人びた少女が、こちらに向けて満面の笑みでピースしている。背後にあるのは、よく見えないが──こことはあまりに対照的な、にぎやかな景色。

 

 「ユメ先輩だよ。ここの生徒会長だった人」

 

 後ろからホシノが言った。

 だった、と過去形で言った理由を問い返すと、

 

 「先輩は……ここを出ていったんだよ。理由は……」

 

 ……まあ、先生ならわかるよ。

 いつも通りゆったりしている中に少し寂しさの混じったような口調で、彼女は含みのある返答をした。

 言いながら──おもむろに教室の隅のバリケードを崩しはじめた。一つ机を下ろすたびに砂埃が舞った。背の低い彼女の代わりに、英寿は高いところに積み上がった椅子を下ろしたりして、手伝った。

 しばらくして、箱が出てきた。埃まみれのそこそこ大きな樹脂製の箱。ホシノはそれを持ち上げて、教室の真ん中に持ってきた。それなりに重量があるらしく、床に置いたときに一際勢いよく砂埃が舞った。

 

 「うんしょっと……見たい? 中身」

 

 いつになく意味深な笑みを浮かべてそう言うホシノ。

 彼女が何を見せようとしているか、英寿には何となく想像がついた。

 一方で、それが論理的に考えればここにあるはずのない物であることも、幾度となく“あれ”を経験した彼には分かっていた。

 けれど──

 先生ならわかるよ。

 そう言われた時から、予感していた。確信といっても過言ではなかった。

 中身は。

 

 「うへへ、じゃあ先生が私たちに週一でラーメンを奢ってくれるって約束するなら、見せてあげてもいいよー?」

 

 ホシノがニマニマしながら茶化すように言う。

 すると英寿は笑って、

 

 「それだけで見せてくれるなら安いもんだ。週三でトッピング全乗せに餃子十個ずつでもいいぞ」

 

 さらなる好条件を提示してみせる。

 ホシノの悪戯っぽい笑顔が汗と戸惑いに変わる。相手の笑顔の向こうに尋常ならざる思いを垣間見たことで、驚いた様子だった。

 冗談で浮かべるような表情ではない。

 喰われる──そんな感じがした。

 今ここで開けなければ潰されてもおかしくない。キヴォトスの外から来たヤワな人間に負けるはずはないと知っているのに、何故かそのように思われた。

 

 「え、えっと……あはは、冗談だって。早くしないとみんな来ちゃうし、開けるよ──」

 

 何はともあれ、ホシノは箱を開けることにした。そもそも中身を見せるつもりで呼び出したのだ──わざわざ誰もいない夜明け前を選んで。ふたを両手でゆっくりと開ける。長いこと触っていなかったせいか感触は固く、なかなか開き切らない。

 と、その時だった。

 

 「先生! どこですか、先生!!」

 

 噂をすればなんとやら。廊下の奥から突如響いた後輩の悲痛な声に、ホシノは慌てて箱のふたを閉めた。二人は目配せし、英寿は立ち上がって教室を出た。

 

 「随分早いな。そんなに慌ててどうした」

 

 階段を登ってきたその後輩──奥空アヤネに、彼は偶然を装って声をかけた。

 

 「先生、良かった……この階にいたんですね」

 

 ここまでずっと走ってきたのだろう。彼女は額に汗を滲ませ、肩で息をしながら言った。

 後で聞いた話だが、ここに来るまで色々なところを駆け回り、学校の昇降口にようやく先生の靴を見つけ、校舎を探し回ったのだという。

 ひとまず疲れ切った様子の彼女を休ませ、落ち着くまで待った。

 しばらく経った後、アヤネは今にも泣きそうな声で告げた。

 

 「セリカちゃんが……帰って来ていないんです!」

 

 隣にいてやっと聞こえる程度の声量だった──にもかかわらず、

 

 「なんだってー!?」

 

 ガラッと奥にある教室のドアが開き、華奢な少女が驚いた様子で顔を出した。

 階段に座る二人と目が合った瞬間、彼女は自分の失態に気づいた。

 

 「ホシノ先輩、どうしてここに……?」

 「あ……あはは、久々に校舎の掃除でもしようかと思ってさー。気にしないでー」

 

 ひとまず笑って誤魔化してみたが。

 失踪事件の後、彼女が一連のことについてメンバー全員から詰問されることになったのは、言うまでもないことである。

 

 

 

 *

 

 

 

 瞼をすり抜ける僅かな光を感じ、少女の意識が戻ってきた。

 何も見えない。が、ほんの少し明るい空間の中にいるのをなんとなく感じる。

 あの夜、店を出た直後に突然襲われて気絶してから、何時間経ったのか。街からどれだけ離れたところにいるのか。全てがわからない。

 背中に感じるのは硬い感触。ベッドではない何かの上へ横たえられているらしい。肌はしっとり濡れていて、ジメジメした泥の臭いがする。砂漠地帯のアビドスではまず嗅げない臭いだ。

 ここがどこなのか今すぐ確かめたいという欲求が、寝起き同然の体を強引に動かす。

 目を開ける。

 

 「う、うーん……」

 

 体を起こす。地面についた手には湿っぽい感触がまとわりつく。土の上だった。雨上がりのように湿った空気が、重い。

 全身のあちこちに泥がついていて、髪も汚れている。眠っている間の扱いは、あまり良いものではなかったらしい。立ち上がる。

 

 「ここは……」

 

 巨大な植物園のような場所だった。

 やや暑いと感じる程度の気温、しかし水蒸気が飽和寸前まで充満した湿っぽい空気の中で、汗による体温調節は望めない。

 たくさんの植物が葉を寄せ合い、それぞれに花を咲かせている。人工的に再現されたこの蒸し暑い気候と合わさって、辺りは熱帯雨林の如き様相を見せていた。

 ふと、少女は天井を這うように伸びている何本かの木を見つけた。

 見たことのない場所で何をすればいいか分からなかった彼女は、とりあえずそれを追ってみることにした。

 歩いている間、生きた心地がしなかった。周りに鬱蒼と生い茂る植物たちが皆少女をジロジロと見つめ、隙あらばその身を喰らわんとしている。そのように感じた。猛獣の胃袋の中にいる気分だった。

 しばらくして彼女の眼前に現れたのは、世にもおぞましい光景だった。

 

 「な……に…………これ……!?」

 

 這っていた木々の終着点には、無数の──赤ん坊とでも形容すべき何かが()()()()()

 遠目には布にくるまれた赤ん坊そのものだが、中身はまるっきり違う。植物然としたグロテスクな見た目の異形の怪物、その幼体。それが天井を覆い尽くす葉からブドウのように垂れ下がっている。数十、いや数百個以上。集合体恐怖症の人が見れば即座に卒倒するであろう光景を前に、少女は今すぐ逃げ出したい衝動に駆られた。しかしあまりの不気味さに脳も体も完全に停止、まさしく蛇に睨まれた蛙。上を向いてただただ呆然とする他に、彼女は何もできなかった。 

 そのとき、

 

 「目が覚めたか」

 「!!」

 

 よく聞き覚えのある嫌な声がして、彼女は現実に引き戻された。

 

 「黒見セリカ……だな?」

 

 赤いマスク越しに名前を呼ばれる。

 頭に被ったヘルメット。遺憾ながらその姿には見覚えしかなかった。

 

 「あんたたちは……!」

 

 カタカタヘルメット団。周りからそう呼ばれている不良集団が、セリカの眼前にいた。

 

 「何これ……ここはどこ!? 私をどうする気なのよ!」

 

 皮肉にも憎き相手を見たことで生気を取り戻したセリカは、大声でまくし立てた。そんな彼女に対し、

 

 「つべこべ言うな! お前にはこれから人質になってもらう」

 「人質……?」

 

 赤いヘルメットを被ったリーダーと思しき少女がそれ以上の大声で遮った。彼女の口から飛び出た人質という単語に、セリカは動揺する。

 

 「やつを捕えろ」

 

 赤いリーダーが命令すると同時に、部下の黒いヘルメットたちがカーテンのごとく一斉に道を開ける。すると、

  

 「ジャ、ジャ……」

 「ジャー……」

 

 やはり植物然とした異形の──二メートルはあろう成体の怪物たちが五体整列し、前に出てきた。

 後ろの四体は先ほど見た幼体をそのまま大きくしたような姿だが──彼らを率いている真ん中の一体は、一際大柄で他とは一線を画す物々しい姿をしている。赤ヘルメット同様、一目で敵の頭領だとわかる外見だ。

 

 「こいつら……何……!?」

 

 およそ言葉の通じなさそうな怪物たちを前に、セリカは身構える。

 そんな彼女に対して赤ヘルメットは胸を張り、

 

 「お前らのために準備したとっておきの『新兵器』だ。こいつらさえいれば、アビドスを……いや、キヴォトス全土を手中に収めることだって夢じゃない!」

 

 とあのお方がおっしゃった、と付け加え。

 興奮を隠しきれない様子で、大袈裟なジェスチャーと共に高笑いした。

 新兵器……? 泥だらけの少女は、拳を握りしめた。

 こんな怪物に……アビドスが。

 あの街が、あの店が。

 そう、考えただけで──

 

 「ッ……ふざけんな!! 銃なんかなくたって、こんなやつ──!!」

 

 理性が吹き飛び、全身の血液が一気に沸騰した。

 チンピラの分際で──! 怒りのままに、セリカは怪物の軍団へ飛び掛かった。真ん中のやつはともかく、取り巻きの四体はひょろひょろでとても強そうには見えない。愛銃を奪われた不利な状況下、素手での喧嘩に自信はないが、場をかき乱すことくらいはできるはずだ。ここから逃げられる可能性は十分にある。

 

 「やれ」

 「オオズカカン」

 「オオズカカン〜!」

 

 赤ヘルメットの命令に続く頭領の一声で、ひょろひょろの怪物たちは一斉に少女を迎え撃つ。

 

 「やあっ!」

 

 拳を振りかぶり、セリカは一番前の一体を力一杯殴った。

 硬い頭部を殴ったせいか、そこそこの痛みが右手に走る。骨にひびの一つくらい入ったかもしれない。だが今は、そんなことを気にしている場合ではない。迫ってきた近くの怪物へ体当たりする。

 懸命に戦った彼女だったが──攻め手でいられたのはほんの一瞬だった。振り払った腕を掴まれて拘束され、がら空きとなった腹に拳が入る。空気が押し出されて汚い声が出た。負けじとまだ自由な足で蹴りを入れ、なんとか拘束を振り解こうとするが──体格や力の差のディスアドバンテージが想像以上で、うんともすんともいかない。

 抵抗も虚しく、頭領の怪物に胸ぐらを掴まれて持ち上げられ、

 

 「ぐっ、うッ!!」

 

 ゼロ距離で巨大な砲弾を食らったかのような衝撃が、二度、三度と立て続けに腹へ突き刺さる。万力の如き力で掴む腕から逃れることもできず、しばらく一方的に殴られ続けた後──、

 

 「かはぁっ、あ……っ……!!」

 

 弾き飛ばされ、セリカは地面に転がった。明らかに汗ではない濡れた感触と痛み。鉄の味が唾液に混じって口に広がる。逆流した胃液が喉を灼く。顔が歪んでしまったかと思うほどの鈍痛が彼女を苦しめる。体が動かない。

 

 (ヤバい……こ、こいつら、ハンパじゃない……!)

 

 とんでもない力だった。そこらのチンピラとは違う、あまりにも違いすぎる。自分は戦いの土俵にすら立てていないと感じるほどの強さだ。

 鈍い痛みに覆われるような感覚で全身がしびれている。動けない。意識が薄れていく。

 

 「無駄だ。銃があってもお前じゃ勝てない」

 「くうっ……う……あ……」

 

 諦めずに立ちあがろうとする彼女だったが、満身創痍の肢体はかすかに震えるだけだった。

 ずかずかと歩いてきた頭領が、ボロ雑巾になった猫耳の少女を再び掴んで持ち上げる。

 

 「やだ……わたし……は……」

 

 もはや抗う力を失った手足がだらりと垂れ下がる。心はまだ折れていないのか、赤い瞳が同じ色のヘルメットを鋭い視線で刺す。しかし相手は怯むことなく、むしろそのささやかな抵抗を嘲笑うだけだった。

 

 「まあいい。私は他のチンピラどもと違って優しいからな、お前の仲間に選ばせてやろう。大人しくあのお方に従うか、それともお前をこいつらの肥料にするか」

 「ひ……りょう……?」

 

 肥料とはどういう意味だ。まさか自分より前にも誰かが……などと想像する暇もなかった。怪物の体から伸びた蔦が泥まみれの脚に絡みついていき、やがて口を覆ってしまった。

 

 「そこで指をくわえて見ているといい。お前の大事なアビドスが陥落(おち)る様を……ふひひひひっ」

 

 まあ、その状態じゃ指なんて咥えられないだろうがな。縛られたセリカを嘲笑しながら、赤ヘルメットは部下と怪物たちを引き連れ、その場をあとにした。

 温室の出口へ消えていく後ろ姿を、猫耳の少女はただ睨むことしかできなかった。

 何も言い返せなかった。

 ここがどこかもわからないし、外部への連絡手段もない。携帯は奪われているし、あったとしても今は使えない。全身をきつく拘束されていて、指一本動かせない。

 みんな心配しているに違いない。きっと全力で助けに来るだろう。さりとて自分を助けられる可能性は限りなく低い。もしあの怪物たちが束になってかかってきたら、対策委員会のみんなで対処したとて歯が立たないのは明白だ。

 ──それとも。

 それとも、あのどこか胡散臭い大人が、何とかしてくれるだろうか?

 ない。

 そんなこと、絶対に、ない。

 キヴォトス屈指の人気スターにしてあの「シャーレ」の先生。そんな権威を持った人間が、自分たちのような小さい存在に、純粋な善意で力を貸してくれるなんて、あり得ない。

 

 このまま、怪物の肥料にされちゃうのかな。

 連絡も途絶えて……他の子たちみたいに、街を去ったと思われるのだろうか。

 裏切った。そう思われるだろうか。

 最期まで、誤解されたまま──二度と会えないのだろうか。

 そんなの。

 

 「う……ううっ……そんなの……やだよ……」

 

 塞がれた口から嗚咽が漏れた。脳裏に仲間の顔が浮かんでは消えるたび、目尻から熱いものが溢れ、とめどなくこぼれていく。

 温室で、セリカは泣きじゃくった。

 彼女を捕えている怪物──ルークジャマトは、嘲笑うように邪な鳴き声を発するのだった。

 

 




そろそろ話のストックが切れてきて焦っています(おい)
ピクシブでまだ投稿していない話も頑張って執筆中でございます。ヒィハァ
何と言いますか、締め切りというものは憎いものですが、完全に自由というのもまた怠惰を招いてしまうもので……期限があった方が創作というものは捗るような気がしますね。
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