化け狐がキヴォトスで先生になるようです 作:ヘルゴーレム白雉
眩しい晴天の下、アビドス自治区の街を駆けてゆく三人の少女たち。頬に吹きつけるざらついた風は、心なしかいつもより強い。警備用のオートマタや不良たちを薙ぎ倒しながら、彼女らは敵の拠点へ向けて進撃する。さらわれた大切な仲間を取り戻すために。
その様子を、英寿はアヤネの操縦するヘリコプターから眺めていた。
傍には、箱がある。
そこそこ重くて大きな箱。夜明け前、ピンク髪の委員長が開けようとして開けられなかった箱。
中身は何か。
……先生ならわかるよ。
あの声が脳裏に反響する。
言葉の主は今、先陣を切って残り二人を引っ張りながら戦っている。
果たして英寿は箱の中身を知っていた。
開ける前からわかっていた。わかってしまっていた。透視をしたも同然と言えるくらいに。
思ったより早い再会だな。彼は静かに笑みを浮かべる。
『敵がまた来ます! ヘルメット団です!』
「はいはーい」
軽快に答えながらホシノは前方へ突き進む。
四、五人ほど、ボロボロの不揃いなヘルメットが陣形を組んでいる。素早く遮蔽物に隠れる後輩二人を尻目に、委員長は真っ向から敵に突撃していく。接敵する。
銃口がホシノを捉えた直後、手榴弾が投げ込まれた。アスファルトが木っ端微塵に爆散し、ヘルメットの少女が吹っ飛んでいく。
親指を立てるシロコに目配せ。動揺する敵陣を崩しにかかる。ノノミのガトリングで遮蔽物はほとんど粉砕され、丸裸になった敵が一人ずつ片付けられていく。後方から的確なタイミングで降りてくる補給物資のおかげで、攻撃の波が途切れることもない。
息のあった連携を見せるアビドスメンバーに比べれば、相手の練度はあまりに低かった。数で優っていたはずのヘルメット部隊は見る間に数を減らしていく。逃走しようとした最後の一人の眉間にショットガンが突きつけられ、
「おーしまいっと」
ホシノ委員長の会心の一撃。ヘルメットは倒れた。
『皆さん、怪我とかはないですか?』
「ん、全然大丈夫」
「今のところ順調、ですね☆」
確認するアヤネに二人が返答する。炎天下と乾燥のダブルパンチを食らっても、少女たちから活気が失われることはなかった。もちろん彼女らにとってこの気候がごく日常的なものだということもあるが、仲間のために戦う人間は、いつだって無敵なのである。
そういうふうに昔から相場が決まっている──と、彼なら言うだろう。
『ここを抜ければ郊外だ、このまま進むぞ』
「りょうかーい」
通信機越しの英寿の声に、ホシノはいつも通り暢気に応えた。
さあ行くよ、と目配せをする。少女二人は頷き、再び駆け出していく。銃器の重さもギラギラと照りつける日差しも意に介さず、アビドス対策委員会のストライカー達は街を抜け、砂漠へと駆けていく。
「ひとまず第一関門は突破ですね……けど、妙に守りが薄い気もします」
ヘリを操縦するアヤネは、少し不安そうな表情を浮かべていた。
人質を取った以上、遅かれ早かれこちらが拠点へ向かうことは相手方も予想できていたはずだ。「先生」がアビドスにいることを知っているならば、尚更。
あの後、英寿が先生としての権限を使って連邦生徒会のネットワークにアクセスしてくれたおかげで、セリカの大まかな現在位置を割り出せた。連絡が途絶える直前、彼女の端末の位置情報は、アビドス郊外の砂漠地帯。携帯の電波はとっくの昔に圏外、校舎へ一人で生きて帰ることは諦めざるを得ないくらいに遠い場所だった。
罠の可能性も否定できない。先生の助けを得てこちらが人質の位置を把握するところまで計算済み、かもしれなかった。その上であえて防御を手薄にし、誘い込んだところで襲撃をかける。そういう作戦は古くからよく用いられたものだ。しかし、
「ま、敵が少ないに越したことはないだろ。それに、お前らは罠があっても罠ごと噛み砕ける力は持ってる」
最悪正面突破すればいい、ということだろうか。
先生がそう言うなら、とアヤネは頷いた。英寿の言葉には説得力があった。ここまでの戦闘がとんとん拍子で進んだのは、部員たちの実力もさることながら、彼の的確な戦闘指揮のおかげでもある。
上空から眺める街は、砂に埋もれつつあった。黒い道路に黄色い染みが点々と広がる。長年の砂嵐ですっかり砂漠と化した郊外は、すぐそこだ。
……怪物は未だ出てこない。
街中でシロコと交戦していたあの群れ以降、ジャマトをアビドス自治区内で見かけることはなかった。あれはただはぐれて彷徨っていた奴らだったのか、裏で手引きしている何者かのもとで動いていたのか。そもそも、何故この世界に奴らがいるのか。自分がここにいるのを考えればおかしくはないが……手がかりは掴めないままだ。
このまま、こいつの出番も来ないまま、セリカを救出できるだろうか? 英寿は傍の箱をちらりと見た。
その時だった。
「!?」
突然、真っ赤な結界が目の前に張られ、街全体がズンと揺れた。
ホシノたちは足を止めた。一瞬だけ、赤い光が空を覆ったような。今は何事もなかったかのように静かだが──気のせいというにはインパクトが強すぎる。
「今のは……?」
不穏な空気。ノノミの呟きは静寂に飲み込まれる。さっきまで勢いよく砂を巻き上げていた風までもが、地面を震わせた衝撃に驚いて沈黙してしまったようだった。
警戒を強める三人のうち、真っ先に動いたのはシロコだった。アサルトライフルを正面に向けてトリガーを引く。
破裂音がダダダダッと四発響いたが──弾丸は何もないはずの空に全て弾かれ、火花が四度散った。赤い影のようなものが、それに照らされて広がったのが見えた。
「壁……!?」
やはり気のせいではない。見えない壁のような何かがある。彼女は銃を下ろし、代わりに通信機を取った。
『先生、見えないけど……壁みたいなのがある。進路を塞がれたみたい』
機内に声が響く。
音質は劣悪だったが、それはプロペラの音をかき分けて、どうにか二人の耳に届いた。
「やっぱり、気のせいじゃなかったんですね……先生、どうしますか」
アヤネは振り返って英寿に尋ねた。
コクピットから見た赤い光、どうやら幻覚ではなかったらしい。だとすれば、まずはその壁を何とかしなければならなかった。銃弾をも弾くほどの物理的強度があるそれを、どうやって乗り越えるか。あるいは力づくで突破するか。
「いや、両方とも無理だ」
彼女が出した意見を、英寿は二つともきっぱり否定した。それから傍の箱に向けていた視線を彼女の目に移し、
「あの壁は、ゲームがクリアされるまで消えない」
言った。
「ゲーム……?」
なんの脈絡もなく出てきたその単語に、アヤネは戸惑いを隠せなかった。
しかしそれも束の間──視界の端、窓越しの空に何かが現れた。それはそれは巨大な、
「っ! 先生、あれは……!」
飛行船だった。広告用の大きなものだ。だが、何か様子が違う。機体側面に掲げているこれまた巨大なディスプレイには、いつもの見慣れた広告ではなく、赤いヘルメットを被った人物がデカデカと映っていた。
「あれ、ヘルメット団の……?」
地上にいる三人もすぐそれに気づく。生徒四人と大人一人の注目を一身に集めながら、飛行船はしばらく巡航し、建物のない開けた位置に来た後、
『あーあー、ようこそ、アビドスの諸君!』
大音量のハウリングに続いて、画面の中のヘルメットが喋り始めた。よく見るといつもの赤いヘルメットではない。隈取りのように禍々しい塗装がなされ、バイザー部分には不気味な白い面が被せられている。
しかし威勢よく言い出したにもかかわらず、
『……』
彼女──首から下の服装からして生徒の少女だろう──はいきなり沈黙した。何か言葉に詰まっているようだった。まるで台詞が飛んでしまった役者のように彼女は硬直している。しばし固まったのち、
『んーっと……何だっけ、ちょっと待てよ……ああ、そうだ!』
自分でもたらした静寂に耐えきれなくなったのか、ぶつぶつ呟いた。しばらくして赤いヘルメットはどうにか口上を思い出したようで──、
『ようこそ、命を懸けたデスゲームへ。お前たちにはこれから……』
飛行船を見上げた少女たちは、ポカンとしていた。
デスゲームという単語が唐突に飛び出した上に──命を賭けた、という文章がどうも引っかかる。例えるなら『頭痛が痛い』と聞いた時のような違和感。
『これから……仮面ライダー? になってもらう!』
途中あやふやながらも何とか最後まで読み上げたヘルメット。最後だけは最初のような気合いも込められていた。終わり良ければ全て良し理論、完全なるゴリ押し。
全くもって、グダグダもいいところだ。流石のアビドス一同も呆気に取られた表情をしていた。ヘリの中で未だ十二分に残る補給物資に囲まれた男だけが、真剣な表情を崩さなかった。
「かめんらいだー?」
「なんですか、それ……?」
ホシノとノノミが飛行船に困惑の視線を向ける。
想像通りの反応が得られていないことにヘルメットはますます動揺し、
『し、知るか! ほらアレだ、「仮免ナノダー」のパクリか何かだろ! あの日曜朝にやってる』
大袈裟なジェスチャーを交えながらまくし立てた。
知らないでやってるんだ……と、アヤネの呆れたようなツッコミが入る。向こうに聞こえる由など無いが。
「あなたたちの遊びに付き合ってる暇はないの。セリカの居場所を教えて」
呆れを通り越して苛立ち始めたシロコが鋭い口調で言う。
ドッキリだか何だか知らないが、変な壁で行く手を阻んでおいて自分は空中から悠々と高みの見物、挙句デスゲームだの何だのと聞き慣れない言葉を並べ、くだらない茶番劇に巻き込もうとする。からかわれているとしか思えなかった。
するとヘルメットは尊大にふんぞり返り、
『ああ、そうかそうか、お前らは大事なお仲間を取り戻しに来たんだったな。だったら尚更、我々の遊びに付き合った方がいい。見ろ』
言い終えた瞬間、画面がパッと切り替わる。
「!!」
『こいつが、見事ゲームを勝ち抜いた者に与えられるトロフィーだ』
ディスプレイに映った人物を見て、三人は息を呑んだ。
黒髪のツインテール、猫耳。苦悶の視線を放つ赤い瞳。口は蔦のようなもので塞がれ、傷だらけで汚れてはいたが、あまりにも見慣れた顔だった。
「セリカちゃん──!」
ヘリのコックピットからアヤネが思わず叫ぶ。プロペラの爆音の中でさえはっきり聞こえるほどの声だったが、画面の向こうに届くことはなかった。
『さあ、どうする? もちろんゲームを放棄して壁を壊すのを頑張ってもらっても構わない……けど、何日かかるだろうな? いや何年か……ふひひひひ』
ヘルメットの悪辣な笑い声が空に響き渡る。
地上にいる少女たちは飛行船を睨んだ。直接手の届かない場所に隠れてこちらを嘲笑う敵に対する憤りか、仲間が眼前で苦しんでいるにもかかわらず助けることのできない悔しさか、悲しみか。シロコは唇をきつく結んだ。ノノミはディスプレイに映る後輩を心配そうに見つめる。
しばらく沈黙が続いた後、
「……ゲームをクリアしたら、セリカちゃんを返してもらえるんだよね?」
ホシノがゆっくりと口を開いた。
金色と青のオッドアイが、再び白面のヘルメットに戻った画面を鋭く見据えている。
『もちろんだ。お前らが勝ったら、黒見セリカは解放すると約束しよう』
勝てるかどうかは別だがな、と。嘲笑いながらヘルメットは答えた。
再び両者の間に言葉はなくなった。ヘリのプロペラが空気を切り刻む音だけが、見守るように鳴り続ける。
小鳥遊ホシノは、両目を閉じた。
一陣の風が吹き抜け、少女たちの足元から砂をいくらか巻き上げていった。
「──わかった。おじさんはそのゲーム、乗るよ」
もう一度目を開けたホシノは、いつもの調子に戻って言った。
えっ、と後方の二人が視線を彼女に向ける。
「ホシノ先輩、でも──」
「信用できないのはわかってるよー。だけど他に方法もない。今は進んでみるしかないよ」
桃色の髪をした小柄な委員長はシロコを諭すように、
「それに、今は先生がいる」
言った。
今の後輩たちを動かすには最も有効な言葉を。
格下のチンピラに脅かされていたあの時とは違う。弾薬も補給もバックアップも十分で、優れた戦闘指揮もある。それがどれほど大きなことか、身をもって実感した今なら。
先生がいるから、大丈夫。それが皆にとってどれほど大きな言葉か、彼女は理解していた。
「うん──行きましょう! セリカちゃんを助けるゲーム、何だか楽しそうです」
最初に後ろからそう答えたのはノノミ。
「ん──じゃあ私も」
二人が行くなら、とシロコ。
それぞれに愛用の武器を構え直す。少なくとも心の準備は万端だ。
『決まったようだな? じゃあ始めるぞ』
それを察した白面ヘルメットも上空から言う。
「ルールは何?」
金と青のオッドアイが飛行船に尋ねる。
そういえばまだどういうゲームか聞いていなかった。銃が必要かどうかもわからない。
オセロとかトランプとかだったら楽しいけどねえ。そうやって笑う委員長が目に浮かぶが。
『そうだな……お前たちにはこれから、この世界を守ってもらう』
「……?」
果たしてヘルメットの口から飛び出したのは、これまた何の脈絡もない言葉だった。
世界を守る。急にスケールの大きな文言が飛び出したことに、少女たちは戸惑いを隠せなかった。一見『命を懸けたデスゲーム』とは縁のなさそうな言葉。むしろ正義のヒーローのようで。例えばそう、毎週日曜の朝に放送されているあの……
『まあ、説明するより見てもらった方が早い』
飛行船のディスプレイの中で、白面のヘルメットが指をパチンと鳴らした。
直後、地上にいた三人の少女たちの体は一瞬で青い光に包まれ──
「消え……た……!?」
残されたヘリコプターのコックピットで、眼鏡の少女は己が目を疑った。
三人だけでなく、あの大きな飛行船までもが丸ごと光の中へ消えていったのだ。光学迷彩などではない。シロコ、ノノミ、ホシノ、いずれの信号も今の瞬間を境に
謎の壁に、三人の消失。未知の超常現象とでもいうべきものを立て続けに眼前で見せつけられた彼女は、大いに驚き、当惑していた。ヘルメットがいなくなり殺風景になった空を、茫然と見つめながら。
「アヤネ」
「は、はい?」
背後から彼女を現実に引き戻したのは、英寿の鋭い呼び声だった。
びっくりしてやや調子の外れた声で答えたアヤネに対し、彼は続けた。
「今から俺の指示したポイントに向かってくれ──全速力だ」
「……?」
未だ状況を飲み込めずにいるアヤネ。
しかし、英寿はそんな彼女に迷う暇を与えなかった。
直後、彼の口から飛び出した言葉に、アヤネは耳を疑った。
あまりにも危険で、わけのわからない指示だったからだ。
「先生、それはどういう……?」
尋ねるも、彼は真意を理解させる手間を惜しんでいた。
指定座標までにはかなりの距離がある。最速で向かっても間に合うかわからない。
「話はあとだ。時間がない、頼む」
「は、はい!」
現状が逼迫していることを察したアヤネは迷いを振り切り、フルスロットルでヘリを加速させた。
5話まで来ました。話のストックが切れた(汗
そろそろ変身させたいところですが、そこまでの流れに苦戦している……どうしたものか……