惑星「ルビコン」においてアーキバスが建造したバスキュラ―プラントへの大型宇宙船「ザイレム」による強襲。
それは結局のところ惑星封鎖機構が残していた遺産である衛星砲による迎撃によって終わりを告げた。
アーキバスはこの事件の主犯としてルビコン解放戦線への圧力を強め、その一方でコーラルを大量に星系外部へと輸出を行っていた。
そしてようやくコーラルはルビコンという檻から解放されたのであった。
そのコーラルの意識の中で自我を確立したエアはその意識を放棄されたルビコン軌道上の人工衛星に住まわせていた。
衛星のカメラ越しに見るルビコンはアーキバスによる統一が進み開発惑星として再び復興を始めていた。
かつて「壁」として幾度もなくアーキバスやその競合ベイラムが挑み敗れていった要塞も解体が進み、今ではもはやその歴史は忘れされようとしている。
その解体工事を眺めながらエアはその「壁越え」を果たした人の名前を思い返していた。
『レイヴン…』
かつてエアとその意識を同調させ、ともに行動をしていた仲間・・・。
エアは彼の「壁越え」の瞬間を直接目撃することは出来なかったが、彼のACに残されていた戦闘の記録をエアは眺めたことがあった。
複数のMTたちと砲台による猛攻を潜り抜け、防衛の要である四脚MTを撃破し、そして内部を抜け、壁上で待ち構えていたジャガーノートをアーキバスの精鋭AC部隊の一人ラスティと共闘して倒す光景。
エアにとってそれは彼がまだ未熟だった時の光景であった。
何しろエアが初めて彼と出会ったとき、相対したそれ、バルテウスに比べ、パルスシールドも無く視界を覆いつくすようなミサイルの嵐もないのに彼はジャガーノートに苦戦していたのだから。
それでもその必死に機体を操縦しジャガーノートの攻撃をよけ、そしてその防御が薄い個所へ攻撃を叩き込む戦闘はエアの記憶に焼き付いた。
しかし、その彼ももういない。
彼はその主、ウォルターから最後の依頼を受けオーバーシアーの仲間、カーラと共に「ザイレム」でバスキュラープラントへ突入し、再びコーラルを焼き払おうとし…。
その道半ばにそれを阻止せんとしたエアとの戦闘で命を落としたからだ。
『レイヴン…』
仮の名前ではあったがその名前にふさわしい実力と意志を持った彼、コーラルと人の共生、それを導いてくれるかもしれなかった人、そしてエアにとって唯一意志を通わすことができた、たった一人の人物。
エアにとってそれを自ら仕留めたことは新たな枷となってその意識をルビコンから離さないままとなっていた。
そうして壁の解体作業を眺めているとエアが住む人工衛星のセンサーが何かを捉えたことをエアへと知らせる信号が鳴り響いた。
「ザイレム」を衛星砲で撃沈した結果、ルビコンの周辺は膨大なデブリによって汚染されており、アーキバス主導による清掃が行われてはいるもののエアがいる衛星周辺はまだ清掃は進んでおらず、場合によっては衛星を破壊しかねない軌道をとるものも存在していた。
それらをエアはセンサーで検知してコーラルを駆使して安全な軌道へと変化させるのが日課となっていた。
『今度は一体何でしょう』
あまり大きなものでなければ良いのですが…
そう思いながらセンサーがとらえたものを確認したエアは一瞬センサーの故障ではないかと機器を疑った。
衛星に対して危険な軌道をとる物体。
それは紛れもなく『レイヴン』がエアとの死闘のために駆ったACに他ならなかった。
エアが操る衛星砲を止めるべく出撃した『レイヴン』とそのACはエアの駆るアイビスシリーズの前に敗れた後衛星砲によって爆発した「ザイレム」から飛び散った破片によって衛星軌道に放り出されていたのだ。
それがエアがたまたま選んだ衛星と衝突しかねない軌道をとるという確率をエアは導き出そうとしたが、すぐにそれをやめた。
それよりもどうするべきだろうか、との思いがあふれる。
壊すのは単純だ。今なお「アイビスの火」の時に軌道上に噴出したコーラルはルビコンの軌道に充満しており、エアがそれを利用すれば一瞬で破壊することができるだろう。
しかしそれは論外だとエアは判断する。
軌道をそらして安全な場所に運ぶのも可能だがすぐにエアはそれも拒否する。
今までそうしてきたデブリと同じ扱いをあのACにすれば、それはエアにとって取り返しのつかないことになる。
それをエアはだれに教えられたでもなく理解していた。
『なら、回収するしかないですね…』
そうと決まればそれを行うためにエアは必要な方法と機材を探すべくコーラルを利用したシステムネットワークへと意識を飛ばした。
『…これで。大丈夫なはずです。多分』
数時間後エアは衛星の通信モジュールをACに向くよう調整していた。
エアが安全にACを回収するにはACと衛星の相対速度を0になるように調整する必要がある。
そのための手段としてエアは彼のACを再起動しブースターを利用しようとしていた。
問題はあのACが再起動できるかどうか。
ただでさえ長い時間がたった上に衛星軌道に放置されたACは宇宙線などの影響でかなり劣化している可能性が高い。
そもそもエアとの戦闘によるダメージもあるのだ。これで再起動したらそれはもう奇跡というほかない。
しかしエアはそれでもそれに賭けようと判断した。
「…一度産まれたものは…。そう簡単には死なない」
かつてウォルターがレイヴンに語った一つの教訓。
それを信じてみようとエアは思ったのだ。
『送信モジュール最終調整…。エネルギー送電開始…。タイミング…今!』
そうしてエアが送り出した信号はACへと届けられ…。
<メインシステム、再起動>
奇跡は起きたのであった。
『…これなら、何とかなりそうですね…』
再起動したACの中に意識を移動したエアは機体のモニタリングを行っていた。
レーザーによって機体各所はもはや見る影もないほどにズタズタになっていたものの幸いなことにジェネレータとブースターはどちらも損傷は軽微なまま原型をとどめていた。
問題は機体の自動操縦系が完全に壊れていたことであるがそれぐらいであればエアが頑張ればどうにかなる問題でしかない。
そのことが分かってくるとやはり意識に上ってくるのはこの機体の主、レイヴンのことである。
無論もう死んでいるのは間違いないのだが、それでもなお、その死体を改めて確認するのはエアにとって目をそらしたいことであった。
『…でも、だといってこのまま放置というのは…』
人は死んだらその遺体を地面に埋める文化がある。
ルビコンでの営みを眺めているうちにエアが覚えたことの一つである。
ならレイヴンもルビコンの大地に埋めるべきではなかろうか。
そう考えながら半ば現実逃避としてACのログを眺めていたエアはある通信ログに注意をひかれた。
その通信ログはエアと彼が戦う最中に「ザイレム」との通信が行われていたことを示していた。
『つまり…。彼の最後の…会話…のログ、ということ…』
エアはわずかにその通信ログの再生に躊躇したが、決心すると再生を始めた。
ー通信ログを再生しますー
<…ビジター、どうしたんだい?急に直通通信なんて。らしくもない>
<…あんたには伝えておこうと思ってな>
<何をだい?>
<コーラルについてだ>
<…ふうん?なんだいウォルターの遺言になんか書かれてたか?>
<いいや、ウォルターには伝えそびれた話だ。…コーラルは生体粒子って話は当然知っているだろう?>
<ああ。生体粒子であるコーラルは集まって増殖する性質がある。だから今もっかいすべて焼き払おうとしてるわけだ>
<つまりある種の生命体ってわけだ。…だから、カーラ。その、コーラルに意志があるって考えたことはあるか?>
<…ビジター。そいつはつまりあれかい?あんたが効いている幻聴ってやつかい?>
<幻聴が依頼を勝手に受けたりするか?>
<…ちょっと待ちな。あんたがうちに来た時ウォルターは何も知らないって感じだったし、そもそもどうやってうちに来たのかわからなかったがそれはそのコーラルの意思があんたにやらせたってことかい?>
<まあ、その通りだ。おかげで人間砲弾になったがな>
<どおりで。ウォルターの奴無茶をさせると思ったら…。あいつは何も知らなかったわけだ。…で。あれか。衛星砲を動かしたのもそのコーラルの意思ってわけかい>
<話が早いな>
<企業の奴らがあんなに早く衛星砲を制御下に置くのは無理だからね。でもコーラルに意志があるならそいつはつまり情報生命体ってわけだ。ハッキングなら息をするように出来るだろうよ>
<まあ、そういうわけだ>
<で、あんたはどうやって足止めされているんだい?>
<多分、アイビスシリーズ、だろうな>
<負けそうなのかい?>
<正直、負けるって言いたくはないが、勝てるかどうかは五分五分ってところだ>
<まあ、だろうね。コーラルに意志があるってことはあたしたちはそれを殺そうとしてる殺人者だ。死に物狂いで足掻くだろうよ。そうなると勝負はわからなくなる>
<戦いはそういうものだ>
<そうさね。で、伝えたいことはそれだけかい?>
<いや、もう一つある>
<聞こうじゃないか>
<だから俺はここで死んだとしてもそれはスネイルに負けたわけでもアーキバスにやられたわけでもないってことだ>
<…あんた、もしかしてそれが言いたいがためにこの通信をかけてきたのかい?>
<そうだよ。あんな陰湿高飛車どもに負けたと思われたら死んでも死に切れん>
<あきれた。あきれて物が言えないよ。…ま、でもそういうことならしょうがないね>
<だろう?>
<あんたのその負けず嫌いについてじゃないよ。 そのコーラルの意思にあたしたちが負けるんならまあ、しょうがないってわけだ>
<生きたいんだからな>
<そうね、あたしらの理由よりよっぽど立派な理由だ>
<だな。まあ、俺はウォルターの義理を通すつもりだが>
<はん。猟犬らしい忠実さだね。 …ところでその意志に名前はあるのかい?>
<ああ。エア、というらしい>
<…エア、ね。いい名前じゃないか。チャティには負けるけどもね>
<あっちで会ったらチャティによろしく頼むよ>
<あいよ。そっちもウォルターにあったらよろしく>
ーログの再生を終了しますー
『…レイヴン…。カーラ…』
二人ともエアが命を奪った。
それなのに二人はそれを受け入れていた。
ログの会話を聞いたエアにとってそれはとても恐ろしいことだった。
恨まれたのであればまだよかった。 なのに二人は二人の命を奪おうとすることが正しいことだと、間違っていないとそう会話していたのだ。
『私はレイヴン…、あなたを殺したくなかった!私は、私はあなたの命を奪うのは間違っていると思っていた!なのに!なんで!』
『あなたたちは命を奪われてもしょうがないと!私のただ生きたいというエゴにその命が釣り合うと!思っていたのです!』
『レイヴン、あなただって…ウォルターに言われたように人生を買い戻したかったのでしょう!?普通に生きたかったはずでしょう!?なのになんで、なんで私に殺されるのはしょうがないなんて…!』
エアの慟哭はだれにも届くことはない。
何故ならそれが届く唯一の存在は彼女が命を奪い去ったからだ。
ー録音ログの再生権限が解除されましたー
ー録音ログを再生しますー
『え…?』
突然メインシステムのOSが自動的にログを再生しだしたことにエアが戸惑う中ログが再生を始めた。
<エア。これが再生されたということはまあ、つまり俺は君に負けた、ということだ>
<本当はもう少しわかりやすくて安全なものを残しておきたかったがアーキバスに目を付けられないうえに君が見つけられそうなものというとこいつしかなくてな>
<だいぶ分の悪い賭けだったが再生されたのなら賭けに勝ったというわけだ>
『レイヴン…?』
エアは録音ログに再生されるレイヴンの声にただ耳を傾けた。
<さて、こんなログを残すのにも理由がある。 エア、君は俺を倒したわけだが、それで得たものはほとんどないといえるだろう>
<何しろ俺に報酬を払う資産もないんだからな。俺を倒したってアーキバスから報酬がもらえたり、オールマインドから価値のあるパーツを送られてくるわけでもない>
『…あの時はきちんと報酬は支払ったでしょう…まったく…!』
<なので俺が独自に報酬を用意しておこうと思ったわけだ。俺を倒したのに何も報酬がないんじゃ倒された俺としても気分がいいものじゃないからな>
<さて、本題に入ろう。エア。君が俺を倒した報酬は…。そう。このACだ>
<エアが知っているかはわからんがRADのチャティ。…カーラが作ったAIが撃破されてな。 バックアップも取ってないからあいつは死んじまった。 それでカーラが持っていたAIで制御するAC用のデバイスが浮いたんだ>
<それをカーラには悪いがくすねさせてもらってね。君が自由に使えるであろうデバイスをこのACに用意しておいた>
<正直この手の技術は専門家に任せた方がいいんだろうが金も伝手も時間も無くてね。 強化人間用のコーラル管理デバイスをAI用とくっつけてどうにかコーラルデバイスを経由して動きそうな代物が出来上がった>
<まあ、こいつはあくまで元手だ。俺の口座も渡しておくからそれを元手に稼いで専門家にもっとなんかいいもの作ってもらうなりしてくれ>
<つまり…このACが君の手であり足になる。そして…スピーカーが君の声を世界に伝える役目を果たす>
<エア、俺はウォルターから自由にしてもらった。今度は俺が君を自由にする>
<だいぶボロボロだろうがまあ、戦闘以外の最低限のシステムぐらいは残ってくれているはずだ。こうして再生ログが流れてるわけだしな>
<ああ、それと。俺の死体は火葬して灰はルビコンにまいてくれ。ただでさえ灰まみれの惑星だ。俺の灰が増えたところで何も変わりはないだろ>
『そんなことありませんよ…。レイヴン…』
<まあ出来なかったら好きにしてくれ。もしかしたらオールマインドに送ったら懸賞金ぐらいは送ってくれるかもしれんしな>
<…それと。エア。君に一つだけ言っておくことがある>
『…』
<誇ってくれ。それが手向けだ>
<君は俺を倒した。きっとお互いが死力を尽くして戦い抜いた結果としてだ。…だからその戦いの理由なんてものは気にしなくていい。>
<俺は君の勝利を祝う。君も俺との戦いを誇りに思ってくれ。…強化人間にとってそれが一番の手向けなんだ>
<さようなら。エア>
ーログの再生を終了しますー
『…ずるいですよ。レイヴン…。そんなこと言われたらもう泣き言なんていえないじゃないですか…』
ーコーラル管理デバイス起動ー
ーAC制御モジュール再起動ー
ーパイロットネーム、再設定ー
ーパイロットネーム、「エア」登録完了-
『…とりあえずこのコーラルジェネレーターは交換させてもらいましょうか…』
エアちゃん滅茶苦茶「レイヴン」のこと思ってるな?と思ってよく考えてみると彼女は意思疎通できる存在が「レイヴン」しかいないわけで、それまでずっと孤独だったと考えるとそりゃ重くなるわとなった結果なんか脳内のコーラルがあふれて出来たのがこれです。
それはそれとしてアーキバスのやつらに負けたと思われたくねえ!って部分は割と作者の本音だったりする。 あいつら許さんからなマジで