リオンたちが去っていくとマリエは膝を付き。上半身が倒れそうになるのを防ぐ様に両手を地面に着く。
額には脂汗が滲んでいる。
「ア、アイツ想像以上にヤバくない……?」
マリエの言うアイツとはリオンのこと。
マリエはそろそろとステファニーの元に近寄る。
遅まきながら警備員達が駆けつけ騒然となり始めていた。
何せ公爵令嬢を手にかけようとし寄子の男爵令嬢に対する殺人未遂。
アンジェ達当事者たちは去っていったが事の成り行きを見守っていた者も何名か居た。
とりあえずは医療設備に運ばれるだろうがその後は投獄、最終的には極刑の可能性も。
遠巻きにステファニーの顔を覗き見マリエは思わず口に手を当て悲鳴を飲み込む。
マリエが見たステファニーの顔は鼻が潰れるどころか顔面の中央が陥没し上の前歯も全て折れていた。
辛うじて生きてるのが不思議なほどの重症に見えた。
そして思い出されるリオンがステファニーを全力で殴り倒したときの顔。
完全に表情が消え能面のような貌。
マリエが礼を述べるリオン達の顔がまともに見れなかったのは単なる照れや因縁だけでなく、それはリオンの恐ろしさを垣間見てしまってたから。
鬼のような怒りの形相より恐ろしい能面のように感情も表情も消えた貌。
マリエはそんな貌を昔、それはこの世界に生れ落ちる前の前世で知ってた。
(まさか……兄貴?)
マリエの前世の兄は普段は要領の良いマリエに手玉に取られていたが、本気で怒った時は普段から想像も付かないほど冷酷だった。
それゆえマリエは絶対に本気で怒らせる一線だけは踏み越えず、密に恐れていたのだ。
リオンの本気の激怒に前世の兄が重なる。顔も思い出せないはずの兄と。
どう言う訳か前世に関しては、家族の思い出やゲームの記憶などは覚えているのに、家族の顔や名前は自分自身も含めて思い出せない。
だから確証は持てない。
だがあの表情が消えたリオンの貌が醸し出す空気雰囲気は兄を連想せずにいられなかった。
後日そんなリオンからマリエに招待状が届く。
それはとても丁寧で気持ちの込もったものだった。
その招待状にマリエは困惑と疑惑と入り混じった感情を抱く。
何せリオン達が懇意にしてるアンジェはマリエが婚約者を奪った相手。
そしてリオンはそのことが切っ掛けで自分の恋人たちと代理決闘までした間柄。
なのでアンジェは元よりリオンも自分に良い感情を抱いてる筈は無い。
だがその二人にとって親友の少女の命を救う為に尽力したことは相当恩義に感じてくれてるらしい。
いや、親友どころの話ではなかったのでは。
(確かアンジェリカは結婚がどうとか言ってたわね。で、あの後駆けつけてきたアイツが泣きながら抱きしめてた様子から察すると恋人で婚約者?
……カーラって呼んでたわね。カーラってカーラ・フォウ・ウェイン? アイツ、オリヴィアやアンジェリカとだけじゃなくカーラまで?)
何にせよこれ以上悩んでも仕方ないと腹を括る。
リオンに対し警戒心はあるが、恋人の命の恩人に無体な事はすまい。普通にお礼がしたいという可能性の方が高い筈。
それに、すっぽかして怒らせる方がよほど恐ろしい気がしたのだった。
当日。リオンの指定してた高級レストランにマリエは来てた。
それはユリウスたちが廃嫡される前羽振りが良かった頃さえ数えるほどしか来たことが無い店と肩を並べる程の高級店。
その中の豪華な貸し切りの一室に通された。
「招きに応じてくれて感謝する。そして俺の恋人の、婚約者の命を救ってくれたことへの感謝を伝えたい。カーラの命を救うのに尽力してくれて本当にありがとう」
そう言ってリオンはマリエに深々と頭を下げる。
「い、いいわよ! 分かったから頭を上げて。その、席に座ってよ。アンタが座らなきゃ私も座りづらいじゃない」
言って着席を促す。そして互いに向き合い着座する。
「さて、この時間だ腹も減ってるだろうから先に済ませてから話をしようか」
そうして高級レストランの装いに違わぬ豪勢な料理の数々が運ばれ、その料理に舌鼓を打ち堪能し、全てを平らげ今は食後の紅茶を嗜む。
「はぁ~っ。こんな高級フルコース久しぶりに堪能したわ」
決闘騒ぎで王子達が廃嫡されて以降食生活のグレードも下げざるを得なかったマリエにとって久しぶりの御馳走であった。
「とっても美味しかったわ。アンタのお礼の気持ちしかと受け取ったわ」
満面の笑みを浮かべるマリエに対しリオンは「何言ってんだ?」と疑問の声を上げる。
「俺の大事な婚約者の命を救ってくれたんだ。たかが食事で済ますつもりはねーよ」
その言葉にマリエはテーブルの下でガッツポーズを取るように手を握る。
内心食事だけで終わる筈がないと期待してたからだ。
そうしてリオンはテーブルの上にアタッシュケースを置いて開く。
その中身を見た瞬間マリエの瞳はこれ以上ないほどに見開かれる。
アタッシュケースの中には隙間もないほどぎっしりと白金貨が詰め込まれていた。
「え? え? ちょっ、何この量!?」
期待を超えすぎた額にマリエは戸惑いを隠せなかった。
「さっきも言ったろ。恋人の命を救ってくれた礼だ。正直これでも足りないぐらいだと思ってる。何なら同じケースをもう2、3箱……」
「い、いい! これで十分だから!」
「そうか。じゃぁ受け取ってくれるんだな。足りなかったら後で追加しても構わないからな? あとこれとは別に困ったことがあったら言ってくれ。
可能な限り力になる」
「え、あ、ハイ……」
金銭に対し並々ならぬ執着を見せるマリエだったが想像を超えすぎて逆に引いてしまっていた。
引いた理由はそれだけではない。
それは裏を返せば若し敵に回したら、特にリオンの周りの人間に害をなせば金に糸目を付けず報復すると言ってるも同然に感じたからだ。
「さて、折角の機会だ。メシ食って礼を渡してそれで終わりってのもなんだ。
こうして二人きりになったのには礼以外にも話したいこと聞きたいことがあったからだ。お前、リビアのこと【主人公様】って言ってたな?」
そう言ったリオンの声はほんの僅かだが低かった。
リオンの声にやっぱりそれか、とマリエは思い覚悟を決め口を開く。
「……アンタのお察しの通りよ。私は、いえ私もと言った方がいいわね。そうよ転生者よ」
リオンの声にやや気圧されつつも、ぶっきらぼうに問いに答える。
「やっぱりか。それでそのゲーム知識を使ってリビアになり代わり王子達攻略キャラたちを篭絡したわけか」
「わ、悪い!?」
「悪いに決まってるだろ……って言いたいが、まぁいい。あの五人にリビアは勿体無いからな」
「何よその言い方だとまるで私になら構わないみたいな」
「まるでもなにも……いや止そう。そう言う話するためじゃないんだ。悪かった喧嘩腰で。
あくまでもカーラを救ってくれた礼と、できれば転生者同士腹を割った話を」
リオンが頭を下げるとマリエもそれを受け入れる。
「そうね。私も十分過ぎるほどのお礼貰ったし。それよりあのコ、カーラの具合はどうなの?」
「ああ、お陰で経過も大分良好だよ。傷も残らなかったし。回復したら、あらためて感謝の意を伝えたいと言ってたからその時は会ってやってくれ」
「そう。快方に向かってるなら良かったわ」
「流石に出血も酷かったから暫く学園は休ませてる。アンジェとリビア、あと俺も見舞いに行ってるよ。
ここに来る前も顔出してきたし、コレが済んだ後も顔出す予定だ」
「随分とお熱いことで。しかしまさかカーラとはね。てっきりオリヴィアかアンジェリカ狙いかと思ってたんだけど。あの決闘の時からしょっちゅう一緒だったし」
言われてリオンは思わず視線を逸らす。
「ん? 何その反応? まさかアンタ、カーラだけじゃなくアンジェリカとオリヴィアも」
「アンジェは違う。身分が違いすぎて無理なの分かるだろ」
「"は"ってことは、オリヴィアの方は違くないってこと? え? 何アンタ、オリヴィアとカーラ二人娶ったの?
私やユリウスにはあんなこと言っといて?」
「お前と一緒にするな! 婚約者がいる相手を篭絡したお前と違って、コッチはそういう後ろ暗い要素無しの清い関係の果ての婚約だ!」
婚約者がいる相手を奪ったと言われると流石に反論出来ずマリエは黙り込む。
「……話を戻そうか。五人を見事篭絡したその手腕と知識。お前もあの乙女ゲークリアしてんだよな? おい何故目を逸らす? まさか……お前クリアしててないのか!?」
マリエのリアクションにリオンは驚きを見せる。そして続く言葉に更に驚かされる事になる。
「だ、だってあのゲーム戦闘パート馬鹿みたいに難しくて……それで兄貴に代わりにクリアしてもらって……それでそのクリアデータを後から……」
「兄貴!? お前の前世って兄がいたのか!?」
リオンの言葉にマリエはしまったと思う。
マリエは目の前の【リオン】が自分の兄なのか否かは確かめたかったが、若し兄であった場合逆に自分が妹と気付かれるのは避けたかった。
何せ前世の兄の死因には自分があの乙女ゲーのクリアの押し付けにあったからだ。
押し付けられた兄はあろうことか徹夜でぶっ続けてクリアし、そして徹夜明けの朦朧とした頭で階段を踏み外し打ち所悪く亡くなってしまった。
そんな兄が自分を恨んでないわけがない。
自分が前世の妹であった場合どんな報復を受けるか。
折角リオンの恋人の、カーラの命の恩人と言うことで天秤は大きくプラスに傾いてたのに下手をすればそれが台無しになりかねない。
だが直ぐに未だ大丈夫だと自分に言い聞かせる。
「ええ居たわよ。それで兄貴にクリアしてもらったんだけど、同じように私の友人にも兄にクリアしてもらったってコ結構居たわ」
「何? お前の知り合いにも兄貴にクリアしてもらったヤツ居るのか?」
「ええ、そうよ。それが何?」
マリエの話にリオンは「そうか……」と呟き黙り込む。
リオンは兄にゲームをクリアさせる妹なんてそうそう居ないと思い、そこからマリエが自分の妹かもと思ったのだろう。
だがマリエから同じように兄にクリアしてもらったコが結構居ると聞いて、マリエが妹の可能性は低くなったと思ったのだろう。
そうマリエは推論付けひとまず胸を撫で下ろす。
その一方でリオンが兄であるか否か、引き続き探りを入れるべく気を引き締めるのだった。
リオンとマリエの会話は書いてて楽しいですね。
次回も引き続きマリエとリオンの話になります。
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