「敗軍の将として責任は取ります。私を連れて行きなさい」
そう言ってヘルトルーデはリオンに近づき手を差し出す。
「姫様!」
自ら降ろうとするヘルトルーデに黒騎士が声を上げる。
だが黒騎士を見詰めるヘルトルーデの静かで優しく、そして覚悟を決めた瞳に黒騎士は口を噤みその意思を尊重しその場で片膝をつくのであった。
リオンはヘルトルーデの手を取りコクピットに乗り込み、そして戦いの最中同様に彼女を横向きに膝上に乗せる。
だがそれは戦いの最中の時のような乱暴な抱え方ではなかった。
それは壊れ物を扱うように。それは魔笛により疲弊したヘルトルーデを気遣ってのことだろう、おそらくは。
コクピットハッチを閉める前に黒騎士の方を見ると真っすぐにこちらを見ていた。ヘルトルーデに向けられたその瞳はまるで娘を案じる父親の様。
「騎士バルトファルトよ。姫様の事頼んだぞ」
リオンは答えない。だが瞳を逸らすことなく真っすぐに黒騎士の顔を見つめ返す。
そしてヘルトルーデもまた真っすぐに黒騎士を見詰め、そして言葉を紡ぐ。
「バンデル……妹の……ラウダのこと頼みましたよ……」
別れを惜しむ二人を妨げるようで気が引けるがリオンはコクピットハッチを閉じる。コクピットが完全に閉じられるまで二人は互いを見詰めていた。
そして旗艦から飛び立つのだった。
そんなリオンとヘルトルーデの乗るアロガンツを黒騎士はいつまでも見詰め見送るのであった。
「妹が居たんだな。ラウダって言ってたな?」
コクピット内でリオンが訪ねる。
「……ヘルトラウダ。私の唯一の肉親で妹です」
ヘルトルーデからの返答にリオンは少し驚いた表情を見せる。まさか返事があると思ってなかったのだろう。
「妹、か。信頼してる黒騎士の爺さんに頼むくらいだから大切な妹なんだろうな。若しかして自分の命投げ出すような発言も自分が死んでも妹が居るから……。
いや、それだけじゃなく自分が日和った真似すると妹が危ないとか?」
「……存外頭が切れるのですね。単なる腕っぷしだけで成り上がった訳ではないのですね」
「そりゃどうも。……なぁ、アンタ妹が大事か?」
「答えるまでもないでしょう。妹は、ラウダは私の全てです」
「同性のきょうだいって特別だよな。俺にも弟が居るから」
実際には妹もいるのだが、兄妹仲はあまり良くなく、ついでに言えば前世の妹とも良好とは言い難かった少なくともリオンにとっては。なので意図的に伏せた。
「俺はな、当然弟が大事で可愛いし、弟の為ならなんだってできるつもりだ。だが俺自身が死んで弟を悲しませるようなこともしねぇ」
「何が言いたいのです……」
「妹が大事なら自分自身の身も大事にしろ。あんたに何かあったら妹も悲しむんじゃないのか?」
「そんなことあなたに言われるまでもなく……」
そう言いかけ口を噤み、そのまま黙ってしまった。
そしてリオンもまたそれ以上は語り掛けなかった。
豪華客船に向かうリオンにクリスが乗る鎧が近づいてくる。
『黒騎士を討ち取った槍働き見事だったぞ』
「お前もご苦労だったなクリス。豪華客船を護り黒い鎧四機を下してくれたのには心底助かった。それで、苦労ついでに一つ頼まれてくれるか?」
言ってアロガンツは黒騎士の大剣を差し出す。
「見ての通りアロガンツもボロボロだ。大剣一本分でも負荷を軽くしてやりたいんで預かってくれるか?」
『黒騎士の大剣か。分かった預かろう』
そう言ってクリスは大剣を受け取る。
そうして二機連れ立ち豪華客船への帰路に就くのだった。
『バルトファルトが黒騎士を討ち取り、見事敵の姫を捕らえたぞ!』
豪華客船にあと僅かまで、豪華客船からも十分視認できる距離まで戻ったところでクリスが船に向かって呼びかける。
その声に甲板に出てた生徒や船員たちが歓声を上げる。
特にリビア、カーラ、アンジェのリオンの婚約者と親友たちはひと際大きな歓声を上げ手に手を取って喜ぶ。
だが近づいて来たアロガンツの姿に言葉を失う。
胸に大穴が開き全身傷だらけで所々装甲が破損したり欠落してる部分も。
「「リオンさん!!」」「リオン!」
三人の上げた声は悲鳴に近いものだった。
こんなボロボロのアロガンツなど今まで見たことも無かったからだ。
特に胸の大穴は剣を突き刺された痕と思しき形。コクピットのある胸部にこのような大きな破損、中に乗るリオンは無事なのか。
心配でたまらずコクピットハッチが開くのを三人とも固唾を飲んで見守る。
アロガンツは片膝をつき接地面とコクピットの間に手の平を差し入れパイロットの乗降に適した姿勢をとる。
そしてハッチが開いた瞬間、三人の目に飛び込んできたのはリオンが公国の王女を横向きに膝にのせてる姿。
それを目の当たりにした瞬間、一瞬リビアとカーラの表情が消える。その貌にヘルトルーデの口から小さな悲鳴が零れる。
だが次の瞬間リオンの血で真っ赤に染まった右腕と殴られた痕のある腫れた頬に驚き、放たれた矢の様にリビアとカーラはコクピットに飛び込む。
先ほどの表情が消えた顔と一転今度は心配で血相変えて飛び込んでくる二人に驚いたヘルトルーデは直ぐ様飛びのく。
そのまま危うくコクピットから落ちそうになったところをアンジェリカに受け止められる。
「久しぶりです王女殿下。私の親友が無作法を致した。ご容赦を。何せ愛しい婚約者の傷だらけの帰還ですので」
「……久しぶりですねアンジェリカ。お互い挨拶程度しかしたことのなかった間柄でしたが……。彼女らがバルトファルト子爵の婚約者達ですか?」
「ええ、私にとっても自慢の親友たちです」
「そうですか……」
そう言ったヘルトルーデはリオンと二人の婚約者が居るアロガンツの方を見詰める。
ヘルトルーデのその顔に瞳に、どこか羨望の様な色が垣間見えた様に感じたのは、アンジェの気のせいだろうか。
「リオンさん! どうしたんですかこの腕!?」
「顔も腫れて! 今すぐ回復魔法掛けます!」
アロガンツのコクピット内。三人が入るには手狭過ぎる中、リビアもカーラも目に涙を浮かべ詰め寄る。
そんな二人の顔を見詰めながらリオンは心配させてしまったことに対する申し訳なさと、そして再び二人の元へ帰ってこれたことに対する安堵感を覚える。
「ただいま……リビア、カーラ……」
その言葉にリビアは回復魔法をかけてる途中の右腕に抱き着き、カーラも飛び込み首に手を回し抱きしめる。
「「おかえりなさい……リオンさん」」
「ゴメンな……ふたりとも心配かけさせちまって……あと、アンジェも……」
リオンは自分に抱き着くリビアとカーラ、そしてその二人の後ろから自分を心配そうに見つめるアンジェに声をかける。
「あれほど泣かせるなと言ったのにバカモノが……だがよくぞ生きて帰ってきた」
そう言ったアンジェの目にも涙が滲んでいた。
程なくしてリビアの回復魔法により腕の傷も頬の腫れも完全に元通りに治る。
「いつもありがとなリビア。何度も助けられちまってるなリビアの回復魔法には」
「私も何度も助けてもらいましたからねリビアさんの回復魔法には。私からもお礼を言わせて。いつもありがとうリビアさん」
「いえ、私に出来ることをしたまでです」
そうして三人肩を寄せ合うように抱き合い互いに微笑みを交わす。
「さて……傷も塞がったし部屋に帰るとするかな」
「じゃぁ肩をお貸しますね」
言ってカーラはリオンの腕を自分の肩に回す。
「いやそこまでしてくれなくても自分で歩け――」
「ダメです! あんなに腕が真っ赤に染まるぐらい大出血だったんですよ!? 傷は塞がっても血は沢山失ってる筈です! 経験者の言うことは聞いてください!」
カーラの言う経験者の言う事、とはステファニーに刺され出血多量で生死の境を彷徨った時の事。
それ言っちゃうのか、という思いと、そのことを持ち出してまで説得したいという思いにリオンは素直に従うべく黙って頷く。
「私も支えます」
言ってリビアが反対側の治療が終わったばかりの腕を自身の肩に回す。
「大丈夫? リビアさんも回復魔法の使用で疲れてるんじゃ」
「それでもやらせて下さい。私だってリオンさんの婚約者なんですから」
「そうね……私たち二人とも婚約者だもんね。支えるのも二人一緒よね」
そう言ってカーラが微笑みかけるとリビアも微笑み返し、そんな二人にリオンは目を細める。
「ありがとう二人とも。本当こんな良く出来た婚約者が二人もいて果報者だよ俺は」
そうして二人に肩を貸してもらいながらリオンはアロガンツから降りるのだった。
アロガンツから降り立ってリビアと共にリオンに肩を貸し支えるカーラ。
そこでアンジェと視線が合う。瞬間カーラの顔に焦りが出る。
いくら婚約者であるリオンが心配だとは言え主をほったらかしにし過ぎてしまったのではと。
そんなカーラにアンジェは近づき口を開く。
「カーラ、命令だ。リオンが寝付くまで……いや寝付いてその後起きるまで付き添ってやれ」
言ってアンジェが微笑むと、カーラはその顔一杯に感謝の気持ちを現し声を上げる。
「あ、ありがとうございますアンジェリカ様! お心遣い感謝します!」
そんなカーラの頭に手を伸ばしアンジェは優しく撫でてやるのだった。
「リビアも、リオンの事頼んだぞ」
「任せてください! ところでアンジェは?」
リビアの言葉にアンジェは首をめぐらせヘルトルーデの方に一瞬視線を向ける。
「私は私のすべきことをするよ」
現在この豪華客船に乗船してる中で最も地位が高いアンジェが、敵軍の将であり王女でもあるヘルトルーデに応対するのが必然。
そのことを察したリビアも真剣な顔で頷く。
最後にリオンの方に視線を向けるとリオンもまた頷くのだった。
「ではヘルトルーデ王女殿下」
「そうですね。敗軍の将としてあなた方に従いましょう」
言ってヘルトルーデはアンジェに従いついて行くのだった。
豪華客船内の貴賓室。
アンジェとヘルトルーデは戦後処理として相対してた。
本格的な話はこの戦の最功労者たるリオンが目覚めてからになるが出来る範囲内で進めていく。
その過程でヘルトルーデは驚くほどあっけなく敗軍としての要求を受け入れてアンジェはやや拍子抜けするほどであった。
アンジェは王国と公国の因縁をよく知ってるだけにヘルトルーデの要求に対する受け入れが素直すぎるのに逆に不信感すら抱くほどに。
「随分と素直に受け入れるのだな。どういった心境の変化だ?」
ヘルトルーデは一度瞼を閉じ一呼吸置いて口を開く。
「バルトファルト子爵。不思議な方ですね。最初敵の命も奪えない欠陥騎士、不殺など腰抜けの言い訳だと思ってました。
ですが、彼のそれは命がけの信念で……決して軽いものではないと。間近で見てそう思ったのです」
「間近で……?」
ヘルトルーデの言葉にアンジェは彼女を注視する。
黒一色のドレス故に分かりづらかったが、よく見ると血が付いてるのに気付く。それもかなりの量が。
「開戦直ぐ私は彼に捕らわれ人質になりました。ですが私も公国の王女としてむざむざ人質となり公国軍の枷になるくらいならと死を選ぼうとしました。
公国の騎士たちは私の意を汲んで私ごと彼を討とうとしました。彼はそんな私を逆に護ろうとしたのです。コクピットに招き入れてまで。滑稽ですよね敵の王女を護ろうなどと」
そう言ったヘルトルーデの顔には言葉とは裏腹に嘲りも侮蔑の意図もなく、むしろ称賛や憧憬の思いが見て取れるようだった。
「護ろうと?」
アンジェは呟き改めてヘルトルーデに視線を送る。
そして思い返す。アロガンツの胸部装甲の破損、帰投直後のコクピット内のリオンとヘルトルーデ、リオンの負傷、ヘルトルーデのドレスに付着した血。
パズルのピースが組み合わさるように一つの答えが見えてくる。
「そういう事なのか……?」
アンジェの問いにヘルトルーデは目を伏せ静かに微笑む。アンジェの推測を、問いを肯定するかのように。
「幼いころより国の為に命を捧げるのが美徳と言い聞かせられ、国の為に美しく散れと教えられてきた私に対し、その命を護ろうとしてくれたのが敵である筈の王国の騎士だなんて……」
ヘルトルーデの顔が歪む。それは悲しみ辛さに耐えるように。
「最低です……国に命を捧げる事に何の迷いも無かった筈なのにこんな思いにさせられるなんて……」
言いながら俯くヘルトルーデの両手は膝の上できつく握られ震えていた。
そんなヘルトルーデの肩にアンジェは優しく手を置く。
「殿下……、真実を知る勇気はありますか?」
「真実……?」
アンジェの問いかけにヘルトルーデは問い返した。
そんな彼女に向かいアンジェは静かに口を開く。
「我が国の王妃、ミレーヌ様にお会いになってみませんか?」
一秒にも満たない瞬間発火的な修羅場でしたw
本年最後の更新になります。
いつもお読みいただきありがとうございます。
来年もよろしくお願いします。
それでは皆々様良いお年を。
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