俺はポケモントレーナー   作:goldMg

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10_男は自分勝手

 なにやら騒がしい気配を感じ、目が覚める。胸の傷は痛むけど、動けない程では無くなったようだ。

 まあ全身バッキバキに疲れてるし、クッソ痛いけど、体力だけは多少回復したのかもしれない。

 それにしても、ティアーズの残党でもやって来たか? 

 やっとこさ状況が落ち着いたんだから、これ以降に何かあってはいけない。

 気怠さを押して起き上がり、襖を開ける。

 壁に寄りかかるようにして歩き、音源の方に近付いていく。

 縁側からはリオレウスが寝ているのが見え、まだまだ辺りも暗い。こんな短時間で体力が回復したのか……

 それにしても、リオレウスが反応してないって事はティアーズでは無い、のか? 

 重い体を引きずり、やっとこさ玄関まで辿り着くと見慣れた3人娘がナギと何やら言い合っていた。

 こいつらこんな遅くに何やってんだよ……

 

「師匠は今どこにいるんですか!?」

 

「電話でも何度も言ったでしょう、彼は今、大怪我をして寝てるのよ」

 

「それは分かったから、会わせて欲しいって言ってるんだけどな〜? ……あ」

 

 よう、こんな時間に元気だなお前ら……

 ダダダッとホシノがナギをすり抜けて駆け寄ってきた。

 正直クソ重い体を支えるように寄り添ってくれる。

 

「大丈夫!? ほら、座って……」

 

 ホシノに言われるまま、廊下に座り込む。

 まさか歩くだけで疲れるとは……血を流し過ぎたようだ、ってやつか。

 

「ちょっと……! なんで起きてきたのよ!」

 

 なんでってお前……ティアーズの残党が来たのかと思ったんだよ。

 レッドとアイリがペタペタとあちこち触るので傷に響くぜ。

 

「お怪我は大丈夫なんですか……?」

 

 大丈夫大丈夫、ありがとな。

 なんで3人がここにいるか……ってのは聞かなくても分かる。

 ナギが連絡してくれたのか。

 ……そういや、ナギとレッドって戦った事無かったんだな。先代と戦ったのか。

 意味ありげに挨拶してたのはアレか、巫女だったから顔を見た事があったみたいな感じか。

 

「そんなこと今はどうでもいいでしょう!? 早く部屋に戻らないと……ほら、肩を貸して」

 

 いや、尿意がね……

 

「じゃ、じゃあトイレに……」

 

 悪いねどうも、これじゃあ病人みたいだ。

 

「あなたは立派な病人よ」

 

 つい先日までメンタル病んでたナギに言われると、全部皮肉にしか感じねえな。

 

 いやー危うく尊厳を失うところだった。

 悪いな、こんな事で。

 

「……なんでも言ってちょうだい、出来ることならなんでもするから」

 

 そうか……じゃあ、とりあえず部屋に行くのを手伝ってもらってもいいか? 

 

「ええ」

 

 ホシノ達だと身長差のせいで肩を借りるってのも出来ないからな、女性としては高身長なナギで助かった。

 ホシノ、俺は大丈夫だから、今日はもう帰りな。

 

「帰らないよ」

 

 いや、ナギもいるしさ。

 

「絶対帰らない」

 

 どうしたもんかな、3人とも目力が強いというか何というか。今の俺じゃ、説得できそうに無い。

 

「あの……泊まって行ってもらっても大丈夫よ?」

 

 そうか? 家主がそう言うなら……お泊まり会だな! 

 まあ俺は寝させてもらうけど。

 

 

 ──────

 

 

「何か食べられそう?」

 

 ああ、食うもんあるのか? 

 

「今作ってくるから……寝て待ってて」

 

 布団に横たわると、ホシノやレッドが勝手に潜り込んできた。

 モグラかよ。

 いてて、そっちしがみつくな。

 

「ごめん」

 

 全く悪いと思ってなさそうなレッドの謝罪、なんなら今もしがみついてる。

 ……3人とも、心配かけて悪かったな。明日謝ろうと思ってたんだけど。

 

「本当に心配したんですよ!? レッドさんなんかナギさんからのコールが来た時、狼狽えていつものキャラがむぐっ」

 

「黙って」

 

 少し頬を染めたレッドがアイリの口を塞いだ。

 ありがとうなレッド、心配してくれて。

 

「抱き枕の刑」

 

 はいはい。

 なんなら、いつも寝てる間に勝手に抱き枕にされてるような気もするけど、今日はゆるしちゃる。

 ホシノはもう、何も言わずにただくっついてるだけだ。

 そのピンクの髪を撫でると、もっと撫でろと頭を押し付けてきた。いででで!! 

 こいつら、ほんといつも通りだな。

 

「師匠!」

 

 はい。

 

「私は怒っています!」

 

 はい。

 

「なんで毎度毎度、師匠は全然相談とか無しに大事なことを進めてしまうんでしょうか!」

 

 居ても立っても居られずにやった、後悔も反省もしていない。

 あの瞬間、あの気持ちのままに行くのが一番、俺の能力を発揮できた。

 あと……

 

「あと?」

 

 あんな危険な場所に、お前らを連れて行かなくて良かったと心底思ってる。

 

「……ん〜〜もうっ!」

 

 ぐわあああ!! 

 そこには大きな傷が! 

 ア、アイリ……そこをグリグリしないで……

 

「もう〜ししょお〜」

 

 ……ティアーズカンパニーってのは、大会社だ。数百人、数千人ってレベルの人間が働いている。

 3人とも、クロバットに追いかけられて工事現場に突っ込んだ時のことを覚えてるか? 

 

「そりゃ覚えてるよ〜アレ以降はちゃんと気をつけて試練受けてるんだからさー」

 

 今回、俺がした事は間違っていない、そこは疑っていない。

 でも、あそこで働いていた人たちは、ティアーズカンパニーの下で、真面目に働いている人たちだ。

 俺がした事は、あの人たちの生活を……

 そこまで続けて、ホシノが人差し指を俺の唇に当てた。

 

「今はさ〜、そんな事考えないでゆっくり休みなよ〜」

 

 …………そうだな。

 

「お兄さんに真面目な顔は似合わないよ〜」

 

 どういう意味だそれは! 俺は就職できないんだから、逆にその大切さをだな……あいてて……胸元の傷がクソいてぇ。

 

「ここ?」

 

 そうそう、聖剣みたいなのから放たれたビームで切り裂かれたんだよね。

 よく生きてたわ。

 リオレウスが後少しでも遅れてたら死んでたな、間違いなく。

 

「ふーん……私だったら擦り傷だって負わせなかったのにな〜」

 

 巻かれた包帯をさすりながらホシノがそう呟く。

 ……なんだよ可愛いやつだな、俺の相棒はホシノだけだよ。

 

 

 ──────

 

 

「じゃあ、なんで私を連れて行ってくれなかったの」

 

 真剣に、ホシノは怒っていた。

 いつもいつも、青年は危ないところに自分を連れて行ってくれない。

 大事にしてくれるのは嬉しいけど、待っている側の気持ちを考えた事があるのだろうか。

 この人は絶対に考えてないだろうな、というのがなんとなく分かっていた。

 その場の思いつきで突拍子もない事を始めるのが彼の特徴で、熟考という概念からは縁遠いのが彼だった。

 

「……真面目な話をすると、ナギが限界だった。あいつ、1人で暮らしてるんだぜ。おじさんからジムリーダーの仕事を引き継いで、慣れない仕事をして、挙げ句の果てにはおじさんの意識が戻らなくなった。それで、鬱みたいな……いや、そうだな、心が疲れちゃってたんだよ」

 

「…………」

 

「相談しなかったのは悪いと思ってる、ただ……あの時は思い付きもしなかったんだ」

 

「はぁ〜〜……」

 

「何とかしてやりたいと、思っちゃったからなあ……俺ってこんな性格だったっけ……こっちに来──記憶喪失になった影響かもしれないな」

 

 本当に、なんてしょうがない人なんだろう。

 言い分を聞いて、怒りさえ通り越して呆れてしまい、ホシノは深いため息を吐いた。

 フルオカではレッドのピカチュウ探し、マタナキではアイリのお兄ちゃん探し、そして今回の件。

 毎回誰かを助けなければ気が済まないのだろうか。

 こんな性格だったっけ、なんて、ふざけたセリフだ。

 任せた方が良さそうだなんて判断して、実際にお兄さんに任せたのは私だけど、相談ぐらいするものだと思ってた。

 あの時の約束をもう忘れたのだろうか。

 

「しばらくお小遣い抜きだから」

 

「怒んなよー……」

 

 廊下の奥から歩いてきたのを見た時は、安心すると同時にゾッとした。

 常に元気いっぱいだった彼が、壁に寄りかかりながら、心底辛そうにしながらやって来たのだから。

 そうまでして玄関に来た理由が、ティアーズの残党かと思ったから、だというのだから見上げたものだ。

 まだ戦うつもりだったのだ、彼は。

 詳細は分からないけどナギは、化け物と戦ったと聞いたらしい。

 正直、全く聞いた事がないモンスターだったけど、これだけ傷を負っているのだからそれは恐ろしいモンスターだったんだろう。

 本当に、命に別状が無くてよかった。

 

「ホシノ……」

 

「なぁに?」

 

「いつまで傷をなぞってんだ」

 

「え?」

 

「正直こそばゆいぞ」

 

「あ……ご、ごめん、そうだよね……」

 

 無意識だった。なんかすごい恥ずかしい事をしていたような気がして、顔が熱くなる。

 スッ、と襖が開いた。

 

「ご飯できたわよ……あら、随分と仲良しなのね、いい事だわ」

 

 私たちが抱きついているのを見て、ナギは発言とは裏腹に目が笑っていなかった。

 彼には見えていないからだろう。

 彼は私たちの仲間なので、これぐらいのスキンシップは当たり前なのだ。

 

「おお、出来たのか、早かったな」

 

「ええ……さっ、起きて」

 

「せっかちだな……ちょっと待ってくれ、腕が動かしにくくてな」

 

「え? ……じゃあ起こしてあげるから、無理に動かさないで」

 

「頼むわ……正直全然治って無いしな」

 

「まだ数時間なのに治るわけないでしょ……」

 

「なんか不思議パワーで」

 

「バカなこと言ってないで……よいしょ」

 

「サンキュー、そんじゃ、ダイニングに行きます、か……おっ」

 

「きゃっ!」

 

 脚に力が入らないのかバランスを崩し、ナギを巻き込んで倒れた。

 

「大丈夫?」

 

 レッドが近付くと、彼はナギの胸に顔を突っ込んでいた。

 

「ご、ごめん、バランスが」

 

「大丈夫よ、あなたこそ大丈夫?」

 

「どうにも力がな……ちょっとお前らも起きるの手伝ってくれ」

 

「うん」

 

 ナギの胸は女性らしく相応に大きい。アレなら確かにクッションにもなるだろう。

 対するホシノの胸は控えめだ。

 ホシノが二つの胸の間で視線を行ったり来たりしていると、ナギと目が合う。

 

「ふっ」

 

 ドヤ顔で彼を伴ってダイニングに向かって行った。

 

 

 ──────

 

 

 冷や汗ダラダラです。

 やべえ、ナギのおじさんに殺される。

 いや、それだけじゃ無い。巫女の胸に顔を突っ込んだとか聞かれたら、ファンクラブがカチコミに来るぞ。

 万全ならともかく今来られたら俺は死ねる。

 不可抗力だったとはいえ、俺はなんて恐ろしい事をしてしまったんだ……

 せめてホシノ達なら……何も良く無いわ! 

 

 ナギが作ってくれたのは、随分と手の込んだ料理だった。マリネだのコーンスープだのサラダだの。

 いつもは米と味噌汁と目玉焼きとウィンナーだったのに、3人が来てるからか随分と豪華だな。

 よいしょと座ると、当然隣にはレッドとホシノが。

 お前ら、好き嫌いすんなよ? 

 

「ちょっと……あなたどこ座ってるのよ、こっちよこっち、いつもそうでしょ」

 

 確かに2人の時はそうだったけど……別にどこでも変わらなくない? 

 ああでも、アイリがナギの隣は確かに気まずいな……

 じゃあ移動するか、と腕をテーブルについたらホシノが膝を抑えた為立ち上がれなかった。

 

「もう席に着いちゃったんだし、わざわざ怪我人が移動しなくても良いんじゃないかな〜? ね、アイリちゃん?」

 

「は、はい……」

 

 何この変な空気。

 モヤモヤするわ〜。

 まあ俺はアイリがいいならなんでも良いんだけど、じゃあいただきます。

 つっても腕が動かしにくいことには変わりない。

 ホシノ、頼むわ。

 

「あ〜ん」

 

 あーん……うん、美味い。ナギ、意外と料理うまかったんだな。

 

「意外とって何よ」

 

 ほら、これまでは卵とウインナー焼くくらいだったじゃん。

 

「それは作る気が起きなかったからで……」

 

 うん、だから初めて知ったよ、ナギが料理出来るの。たまにはこういうのも悪く無い。

 

「そ、そう?」

 

 ああ、次食いにくるとーきーはー!! いぃててて!! なんだホシノ! 

 

「あーん」

 

 え、なんなの……

 

「あーん」

 

 あ、あーん……

 どうしたんだ今日のホシノは、いつもと様子が違うような。

 いつものホシノなら、うへ〜、このお魚美味しい〜! ね、それも食べていい!? とか言いそうなのに、なんなんだ一体。

 ホシノ、実はまだ怒ってるのか? 

 

「ええ〜? 全然そんなこと無いよ〜、ね、アイリちゃん」

 

「は、はい……」

 

 アイリがは、はい……って言うだけの機械になっちゃった……

 レッド、お前もなんかおかしいと思わないか? 

 

「別に」

 

 我関せずとひたすらご飯を食べ続けるレッド、さすが未来のポケモンマスター……肝っ玉のデカさがちげえな。

 俺ももっと食うか。

 ホシノにいつまでも食わせてもらうわけにもいかないので、腕をプルプル震えさせながらおかずをよそおうとするも見事に失敗した。

 ダメだこりゃ。

 

「も〜、おじさんが食べさせてあげるから余計なことしないでいいよ〜」

 

「ホシノさんもそろそろ召し上がって? 私が代わりに彼に食べさせてあげるから」

 

「…………」

 

「…………」

 

 なになに、なんか今、ファンクラブからの視線に近い何かを感じたぞ。

 よく分かんねえけど、飯が不味くなるような事はやめてくれよ。折角ナギが用意してくれたんだから。

 

「……それもそうね」

 

「そうだね〜、はい、あーん」

 

 あーん。

 あーんって良いシチュエーションだけど、一々言わないと運んでくれないシステムは直した方がいいよ、ホシノ。リピーターつかないよそれじゃあ。

 

「んふふ、これは罰だからね〜」

 

 そっか……じゃあしょうがないな。

 結局全部食べさせてもらった。

 

 歯を磨く程度なら出来たのは良かった、子供に歯を磨いてもらうのはなんかな……

 いまはホシノとレッドに両脇を、アイリに背中を支えられながら寝室に向かっている。

 過保護にも程がある、逆に歩き辛いし。

 でも純粋に心配してやってくれてるのは伝わってくるから拒めねえ……

 布団に横たわると、どっと眠気が襲って来た。

 悪い、もう寝るから電気消してくれ。

 

「はい、師匠、おやすみなさい」

 

 おやすみ……

 

 

 ──────

 

 

 青年が寝た後、3人はソロソロと静かに部屋を出ていき、再びダイニングへと向かった。

 ナギは食器を片付けており、3人が来たのに気付くと向き直る。

 

「お兄さんは寝ちゃったよ、相当疲れてたみたいだね〜」

 

「そう……あの……彼には、大変お世話になりました。それと……皆さんの仲間を巻き込んでしまい、申し訳ありませんでした……」

 

「うーん……じゃあ、2人が探してる人達を探すの、改めて協力してもらっても良いかな? お兄さんもきっとそう言うと思うんだ〜」

 

「確か、レッドさんのピカチュウと……グズマさん、だったかしら? 彼からも一応名前だけは伺ってるのよ」

 

「うん、ジムリーダーの伝手みたいなのを使ってさ」

 

「……申し訳ないのだけれど、私にはまだそういった権限みたいなのはあまり無いのよ」

 

 ジムリーダーになったからといって、それで全ての権限が解放されるわけでは無い。彼らにも実は貢献度というものは設定されている。それが溜まっていけば、さまざまなメガネの機能が拡張されていくわけなのだが、彼女はジムリーダーになって一年、ペーペーも良いところだ。まだ、そこらへんのプレイヤーに毛が生えた程度の機能しか解放されていなかった。

 だから今回のように、企業の電波妨害みたいなもので簡単に絡め取られてしまったのだ。

 いや、通信機能は大事なんだから最低限の基盤だけは守れよ、と思わないでも無いが、そういうものだった。

 ジムリーダー達の中では、メガネを作った企業とジム協会の問題だとも言われている。

 

「そっか……まあそれでもいいからさ、協力してあげてよ」

 

「それはもちろんよ、ただ……そうね、おじさんなら出来るかもしれないわ」

 

「辞めたんじゃないの?」

 

「あくまで休職みたいなものよ、今度頼んでみるわ」

 

「ありがとう」

 

「ありがとうございます!」

 

 頭を下げてくるレッドとアイリに対して、ナギは申し訳ない気持ちになった。

 

「……いいえ。こちらこそ、この御恩は返しても返しきれないわ。彼がいなければ、どうなっていたか分からないから……私を彼と一緒にいさせてくれて、本当にありがとうございます」

 

 お互いに頭を下げ合う光景を見て、ホシノはパンパンと手を叩く。

 

「ほら、湿っぽいのはこれでおわりだよ〜」

 

「ええ」

 

 そこで、ふとナギが思い出す。

 

「そういえば、彼はしばらくこの家に泊まっていくって事で良いのよね?」

 

「え?」

 

「え?」

 

 4人とも首を傾げ合う。

 激論が始まった。

 

 

 ──────

 

 

 身体にかかる重みで目が覚める。なんとなく、どういう状況かは分かった。

 またいつものように3人が……そう思って目を開けると、4人目がいた。

 というか掛け布団が無くなってた。

 

「はあ……」

 

 増えた。

 このまま段々と数が増えていって、目が覚めたら全身誰かにのしかかられた状態になってしまったりするのだろうか。

 そうしたら人間鏡餅の完成だ。

 おかしいな、俺は怪我人のはずなんだけど。

 しかも、今の体力では退かすこともままならない。

 無理やりならともかく、そこまでして起こす意味も無い。

 

「やっぱ、無茶しすぎたか……」

 

 飯を食えば治る、そういうものでもないらしい。これまで、あまりにも身体の調子が良かったので勘違いしていた。

 怪我は怪我、そういう事だろうか。

 

「んん……」

 

 俺を敷布団代わりにし、胸元に頭を置いて寝ていたナギがムニャムニャとこちらを見る。

 

「おはよう」

 

「……おはよ」

 

 パタンとまた寝てしまった。

 ええ……

 おはようはどこいったんだよ。

 両腕はそれぞれレッドとアイリに捕まっているので息を吹きかけると、またもやムニャムニャとグズリ、ハッと気付く。

 

「おはよう」

 

「……お、おはよう」

 

 やっとこさ意識がはっきりしたのかちゃんとこちらを認識した目をしていた。

 

「こ、これは、その……」

 

「寝起きで悪いんだけど、シャワー浴びたいから連れてってくれ」

 

「わ、分かったわ」

 

 体を洗おうかと提案されたが、それを断り、おじさんの服を用意しといてくれと頼んだ。

 くぅ〜! シャワーと石鹸が傷に染みるぜ! 

 だけど、拭いきれなかった汚れや染み出していた血が落ちて、清潔になった。

 やっぱさあ、風呂なんすよねえ……

 全身を洗い落とし、サッパリとして浴室を後にする。本音を言えば温泉が良かったが、巫女といえど家に温泉は湧いたりしていないらしい。

 

 用意されていた浴衣を着て座り込み、火照りを冷ます。正直、上半身に関しては傷が痛んで服を着るどころじゃないので、下半身のみ着ている感じだ。

 空は白んでおり、リオレウスもそろそろ腹が空く頃だろう。

 だけど今は、庭の真ん中にいるリオレウスまでの距離が果てしなく遠く見える。

 みんな嘘だろ、あんな距離歩けるのか……超人じゃん。

 ペダペタと、素足で廊下を歩く音が聞こえた。

 

「お兄さん、お風呂入ったの?」

 

 おはようレッド、寝てる時の俺、臭かったんじゃねえか? 

 

「うん」

 

 臭かったんかい! 

 

「頑張った匂いがした」

 

 お、おう……でも汚いからそういう時はちゃんと言ってな? 

 

「別に気にしない」

 

 俺は気にするかな……

 というか、いつも臭いけど我慢してたとかじゃないよな? そうだったら俺は死ぬんだが。

 

「いつもは別に」

 

 じゃあいっか。

 もし臭かったら確実にソーマで悪口書かれてるだろうしな。

 良かった良かった。

 

「傷、痛くないの?」

 

 超痛い、この胸の傷なんて最初は死ぬかと思った。

 

「触っても大丈夫?」

 

 痛いっつってんだろ。

 ……しゅんとすんなよ、俺が悪いみたいじゃん。

 

「……悪いのはお兄さんでしょ」

 

 そんな事を言われるとは思わなかった。

 レッドの我の強さは俺も見習ったほうがいいのかもしれない。

 

「勝手に行っちゃうのが、悪い」

 

 そうは言ってもだな……

 

「なんで、1人でやろうと……するの」

 

 それは──―色々言い訳とか、理屈とか、頭の中に浮かびはしたけど、口に出す事はできなかった。

 

「危ないところに……1人で……」

 

 レッドの泣き顔を見るのは、ピカチュウ探しの為に接触して来た時以来だった。

 

「まだ、旅の途中なんだよ……?」

 

 何も言えなかった。

 レッドが、俺たちとの旅を楽しんでくれているのは十分に伝わって来ていた。

 無表情・無感情っぽく見えるが、彼女はよく笑うし、よく拗ねるし、構ってほしそうにもする。

 本当に、孤児院でお姉ちゃんをやれていたのか不思議なくらいだ。

 そんな彼女とのやりとりは、この意外と殺伐とした世界で、俺の心を癒してくれた。彼女もきっとそう思ってくれていたのだろう。

 それが、俺の勝手な行動で破綻しかけたのだ。

 何かを言う権利なんて無かった。

 

「ごめんな、レッド」

 

「許さない」

 

「そっか…………どうすれば許してくれる?」

 

「撫でて」

 

「ああ」

 

「……もっと」

 

「これぐらいか?」

 

「まだ」

 

「これならどうだ」

 

「……抱きしめて」

 

「はいはい」

 

「勝手に怪我しないで」

 

「既に破ってるような気もするけど、分かった」

 

「私達を頼って」

 

「……もう、十分頼ってるよ」

 

「お願い、私達を──私を、置いていかないで……」

 

「──―約束だ、お前を置いていったりはしない」

 

「しばらくこのまま……」

 

「ああ、そうだな」

 

 リオレウスは、気まずいという感情を初めて覚えた。

 

 

 ──────

 

 

 また女の子と約束する羽目になってしまった。

 そのうち俺の一挙一動が約束だらけになって、生きているだけでペナルティ食らう事になったりしない? 

 あと、ホシノと約束した相談するっていうのも破ってるから明日は……もう今日か……今日、ヨイショしなきゃいけないかもな。

 ……あれっ、もしかしてあのお小遣い無しってそういうのも含めてなのか? 

 やばいな、金が無くなったらあとはそこらへんのプレイヤーにバトルふっかけて金もらうしかねえわ。

 幸いな事に、ここら辺のプレイヤーはかなりの確率でナギちゃんファンクラブだし、俺のことを嫌っている。

 いやー、ナギの飯美味かったわー! かーっ、ファンクラブのみんなにも食べて欲しかったけどなー! あ、ごめん、お前らはナギの家に入るの許されてないもんな! 本当にごめん! 

 とか言っとけば戦ってくれるだろ。

 ……まあ、身体が治ってからの話なんですけどね。

 

 ここ最近ドタバタと忙しかったレッドと青年は、久しぶりに話をした。

 

「サトシ?」

 

「知ってるか? サトシ」

 

「分かんない」

 

「そうか、じゃあ説明してやらなくちゃな」

 

 青年はニヤリと笑ったが、レッドはイマイチな顔をしていた。

 疲れたからと縁側に寝転び、抱きしめられていたレッドも一緒に寝転んだ。

 サトシってただの人名じゃないのかな、というレッドの視線を受けても青年は微笑んでいた。

 

「サトシは、俺と同じポケモントレーナーだ」

 

「ポケモントレーナー……」

 

「まあ俺の先輩みたいなもんというか……正確に言うならサトシこそが本当のポケモントレーナーだ」

 

「……お兄さんは、偽物?」

 

「ああ、そうだ」

 

 なぜか心底から愉快そうに、自らが偽物である事を認めた。そしてレッドにとって、とても重要な事を言う。

 

「サトシの相棒は、ピカチュウだ」

 

「ピカチュウ……」

 

「最初から最後までそうだった」

 

 ピカチュウをパートナーにするプレイヤーは、驚くほど少ない。

 冒険の最初にピカチュウと他のモンスターがいたら、みんな他のモンスターを選ぶだろう、というぐらいに選ばれない。

 それはとてもシンプルな理由があって、ピカチュウというのはこの世界において、小柄な部類に入るモンスターだった。

 親からすれば、せめて、頼り甲斐のあるモンスターを選びたいという気持ちでもあるのだろうか。

 実際、アイリを旅に同行させるにあたっても、ヒーホー君の処遇でだいぶ揉めた。

 将来強くなるんで大丈夫ですよ(適当)、という青年の言葉添えがあってようやく認められたのだ。

 

「サトシはすごいぞー、ラティアスとだって会ったことがあるんだから」

 

「! ……そうなの?」

 

「ああ、しかも色々な街の危機を救ってる。文字通り世界を救ったことだってあるからな」

 

「どんな危機?」

 

 レッドには、世界を救わなければならない状況というのがいまいち想像できなかった。

 ナバルデウスがたくさん現れたとかかな、なんて思ったりしていた。

 

「時間の神と空間の神が衝突して時空間の概念が崩壊し、物理法則が歪んで街そのものが次元の向こうに消えようとしてた。あのまま戦い続けたらそのうち世界ごとぶっ壊れてただろうな」

 

「???」

 

「……要は、サトシってのは事件に巻き込まれやすくて、それを解決する術がいつの間にか手に入っている、そういう類の人間だったんだよ」

 

「……マッチ、ポンプ?」

 

「ははは、そういうわけじゃない、なにせ虹の勇者だからな」

 

 レッドは、昔のことを思い出した。

 孤児院に置いてあった絵本、その一つのタイトルがにじのゆうしゃだったはずだ。

 空に虹のできた日に旅を始めた少年が、さまざまな街を巡り、色々な仲間を得ていくお話。

 

「にじのゆうしゃって、なに?」

 

「まあ気になるよな……ホウオウってポケモンがいる」

 

「うん」

 

「七色の翼を持ち、そいつを見れば永遠に幸せを約束される、なんて眉唾物の逸話があるポケモンだが、サトシは旅の初めにホウオウに出会った」

 

 七色の翼、それが虹なのだろうか。レッドは続きを待った。

 

「それで、ホウオウの羽を手に入れたサトシはピカチュウと一緒に旅をして行くんだけど……実際のところ、ホウオウに会ったからってサトシの何かが変わったわけじゃない」

 

 それは、どういう事だろうか。

 虹の勇者だから事件に巻き込まれやすいという話をしていた、とレッドは思っていた。

 

「ただ、一番最初の偉業がホウオウに出会った事だったから、そう呼ばれることもあるんだな」

 

「うん……?」

 

「虹の勇者に選ばれたから凄いんじゃない。仲間を築いて、旅をして、色々な街を救って……最後には最強に至ることが出来る。そんな人間だから、旅の初めに虹の勇者に選ばれたんだ」

 

 そしてレッド、お前はある意味ではサトシと同じような人間になることができる、と青年は心の中で続ける。

 口には出さなかったのは、仮にそこを目指そうとしたなら、最終的にシロガネ山に辿り着くのではないかという恐れがあったからだ。

 

「ふーん……」

 

「まあ、ここにはいないだろうな」

 

 それはそうだ。だっておとぎ話の主人公なんだから、仮に、にじのゆうしゃがサトシだとしても、とっくにおじいちゃんでお墓の中だ。

 

「さっ、そろそろ部屋に戻るかな、手伝ってくれるか?」

 

「ん……」

 

 レッドが青年を支えながら、ゆっくりと部屋に戻っていく。

 そういえばナギはどこにいったのか、浴衣を置いていってくれはしたが、レッドと話をしている時も姿を表さなかったし、これは一体……? 

 青年が不思議に思いながらも、レッドが開けてくれた襖を抜けて部屋に入ると、ナギとホシノに布団を占領されていた。

 寝てたのか、まあ早朝だししょうがない……いや、布団敷けよ。

 ただ、突っ込む気力もない。

 レッドが2人を転がして退かし、空いたスペースに寝っ転がる。

 いや、お前も寝るんかい。

 なんでこいつらこんな布団一つで寝てんだよ……

 

「こっち」

 

 言われるままに横たわる。結局またレッドに抱きつかれて、子供の体温って高いよなあ、暑いなぁ……と思いながら意識を失うように眠りについた。

 

 

 ──────

 

 

 目を覚ましたら、もうお天道様が上りきってた。

 まさか一度寝た後にこんなに寝られるなんて、驚異的な睡眠力だな。

 まあ、傷は治ってないんだけど。

 流石に全員起きてどっか行ったようで、俺以外は誰もいなかった。

 …………あー、気になる。

 あんだけ派手にやらかした後だ。

 確実にネットニュースになっているだろうという嫌な確信があった。

 一応マスクは被って行ったけど、最後の方は服もボロッボロでマスクも無くなっていた記憶がある。

 いつもならそれで良いんだけど、今回はことの大きさが大きさだからなあ……

 テレビなんてほぼどこにも置いてないから、情報を手に入れる手段ががが。

 

 そういえば、リオレウス暴れてないよな? 

 何の音もしないから大丈夫なんだろうけど、不安だわ。

 一応確認だけしとくか、一応ね。

 そう思い、起き上がろうとするもやはり、傷ついた肉体では体重を支えるのはキツイものがある。

 昨夜は起き上がれたのに、腑抜けてるなこりゃ。

 まあ仕方ないか、と諦めて布団の中でボケーっとしてると襖が静かに開いた。

 

「ししょ〜、おきてますか〜? ……あ、師匠! おはようございます!」

 

 おはようアイリ。

 もう昼間だな、めっちゃ寝ちゃったよ。

 

「はい!」

 

 なぜか正座で横に座り、俺の事を見てくるアイリ。

 えっと……どうした? 

 

「今日は私が師匠のお世話をするので、こうして見てます! 何でも言ってください!」

 

 そうか、じゃあちょっと起きるの手伝ってもらって良いか? 

 

「はい!」

 

 うにににに、とか言いながら背中を押してもらい起き上がる。

 廊下に出て、ノロノロととりあえず縁側を目指す。

 

「えっと……えっと……あっ!」

 

 なぜかアイリは俺の左腕を持ってくれた。

 これで合ってるよね? みたいな笑顔を向けてくるのでニコッと笑って返す。

 縁側に辿り着くと、ホシノとレッドが庭でリオレウスの背にまたがりお馬さんごっこ的な事をやっていた。

 ……何やってんの!? 

 驚いた拍子にバランスを崩して倒れ込む。

 

「だ、大丈夫ですか師匠!?」

 

 全然大丈夫じゃない。

 めっちゃ痛い。

 ただ、ちゃんと見ればリザードンもいるし、そもそも暴れてないんだから問題無いんだろう。

 倒れた俺を心配したのか、リオレウスを操りノシノシと近付いてきた2人に確認する。

 何やってんの? 

 

「これ? なんか出来たからさ」

 

 ええ……乗る時暴れたりしなかったのか? 

 

「全然、大人しかったよ〜。ね、レッドちゃん?」

 

「うん」

 

「賢くて偉いね〜」

 

 Vサインで余裕を見せつけるレッド。

 早朝の泣き顔はどこへ行ったのか。

 それにしても、リザードンで制圧したとかいう話でも無くおとなしいのか。

 確かに最近は、ナギが餌を与えても暴れたりしてないっぽかったし、大分落ち着いたのかも? 

 まあ、大人しいならそれに越した事はないか……

 

 リオレウスにとって、周りにいる人間どもは全て肉である事には変わりないが、何となく理解しているものもある。

 野生的に見て、ポケモントレーナー、つまりはボスと親しくしている4人の女の子達を、そういう事かと解釈して振る舞っていた。

 

 

 ──────

 

 

 なんと、アイリが朝ごはんを作ってくれるらしい。

 ふんす! と張り切って台所に立ち、小さい身長で冷蔵庫と行ったり来たり。

 ベーコン目玉焼きを作ってくれるらしい。

 なんだろう、感動して泣きそう。

 踏み台に乗っかり、鼻歌を奏でながらベーコンを焼くアイリ。

 絵にでも残したいぐらい尊い。

 

「はい、出来ました!」

 

 そう言って出てきたのは、少し黄身が解けてしまった目玉焼き。

 

「……ちょっと失敗しちゃいました」

 

 ま、眩しい……! 

 俺なんか目玉焼き作ってると途中でめんどくさくなって結局スクランブルエッグみたいにしちゃうのに。

 アイリは凄いなあ、俺じゃあ作れないわ

 

「そうですか? えへへへ」

 

 じゃあいただきます。

 食べ始めると、アイリは横っ面に視線で穴が開くんじゃないかってくらいマジマジと見つめてきた。

 あの、そんな見なくても……

 

「今日は私がおせわ係ですから!」

 

 なんぞよくわからんがそういう係が出来たらしい。ローテーションでも組んでるのか? 

 

「明日がナギさんで、明後日がレッドさん、明明後日がホシノさんです!」

 

 ふーん……じゃんけんで決めたの? 

 

「はい!」

 

 ……一週間ぐらい安静にしてろって事? 無理だよ、そんなの我慢できないよ俺。

 ラーメン食いたいんだから。

 久しぶりに食いたいんだ、とんこつラーメン。

 でも食ったら動かないと太っちまうから、治ってからじゃないと食べられない。

 俺の怪我は一体いつ治るんだい? 

 あと、ホシノとアイリのバッジはどうするんだい? 

 

「私は……ナギさんに挑戦してみます! ホシノさんも調子が良いそうなので、師匠が治り次第だと思います!」

 

 アイリとナギの戦いは見てみたいな、いつやるつもりなんだ? 

 見るだけなら治る前でも出来るだろうし、予定教えてくれよ。スタジアムもジム併設だし、リオレウスに乗ってけば余裕っしょ。

 

「い、一週間後です……」

 

 そりゃまた早いね。

 ヒーホー君もだいぶ強くなったのか? 最近はナギにつきっきりだったから、試練に付き合ってあげられなくてごめんな。

 

「いいえ、むしろ師匠のことがもっと好きになりました!」

 

 まるで意味がわからんぞ! 

 

「師匠はいつも人助けをしてるんですね! ホシノさんから聞きました!」

 

 人……助け……? 

 

「ちがうんですか? フルオカタウンでも人助けをしてたって……」

 

 分かんねえ……俺は人助けをしてるのか? なんか、こう……俺がやらなくてもどうせ誰かがやってる事だから、あんまりそういう気持ちにならないんだよな。

 もちろん助けたいって気持ちはあるけど…………そう、だからやっぱり、誰がやろうが結果に差は出ないんだろうなって。

 

「…………」

 

 ストーリーイベント、みたいな気持ちでやってるのかもな。人によって、かかる時間とか手持ちのポケモンは違うけど、結局辿り着くところは同じ。

 だから、あんまり持ち上げられてもっていう感じではある。

 はあぁ……とアイリがため息をついた。

 なんでいなんでい。

 

「まったく……ししょーはダメダメです!」

 

 ダメダメ

 

「ダメダメです!」

 

 なんででしょうか。

 

「ししょーはすごいんです!」

 

 ダメダメな俺が……すごい……!? 

 

「良いですか? ししょーはホシノさんを助け、レッドさんを助け、私を助け、ナギさんを助けました! これがすごくないわけがないんです!」

 

 な、なるほど……? 

 

「ホシノさんは言ってました! ししょーは心を救ってくれたんだって! ただ、助けるだけじゃなくて救ってくれるんだって!」

 

 ???? 

 

「とにかく、すごいんです!」

 

 よく分からないけどそうらしいので頷いておいた。

 味噌汁も美味い。

 

 

 ──────

 

 

 飯を食って、布団で寝て、縁側に座り込んで、ホシノ達と話して。

 こんなにのんびりするのはこの世界に来てから初めてだ、俺の体力余りすぎだろ。

 ティアーズカンパニーの事は結局、ニュースにはなってたけど俺のことはバレていなかったらしい。

 ウツロイドが洗脳してたから記憶があやふやだったのかもしれねえな。

 リオレウスもナギ達にだいぶ慣れたのか、俺がいなくても勝手に模擬戦したりしてる。

 もうお前1匹でいいよ……

 でも、ホシノもセンスが凄いからリオレウス相手に上手く立ち回ってる。

 アレなら俺がなんかしなくてもナギ戦はいけそうだな。

 アイリも無事にバッジ獲得できたし、喜んでる姿は非常にナイスでしたねえ! 

 いやほんと、体力だけはすぐに回復する体質で良かったわ

 

 スタジアムの観客席で2人の入場をワクワクと待っていたら、ナギがチルットを伴ってやってきたから非常に驚いた。

 舐めプか? とホシノに聞いてみると、バッジの所有数に応じて使うポケモンを変えるらしい。

 バッジ4つに対してあの強さとかカムイまじ? 化け物じゃん。

 かと思ったら、あの時は特別なドダイトスということで本気だったらしい。

 カムイィ! 恣意的に難易度操作するのは良くないぞカムイィ! 

 …………というかそれならわざわざ二つ名持ちなんか用意しなくても良かったじゃねえかどうなってんだカムイィ! 

 ……あ、ちゃんと説明してたのね。

 俺が聞いてなかっただけですか。

 ごめんなさい。

 

 周囲にはファンクラブの奴らがぎっしり。ナギコールばっか唱えやがるので俺も負けないようにアイリに応援を飛ばしていたら、こっちに気付いたのかブンブンと手を振ってくれた。

 うおー! っと俺も猛烈に手を振ると、ナギも気付いたのかちょっとだけ手を振っていた。

 ナギにも振り返そうとしたけど、アイリに手を振った拍子にどっかの傷が開いちまったのか血が垂れてきて、それ拭くのに忙しくて振り返せなかったわ。

 ファンクラブどももそれで興奮したのかうるさすぎる。

 負けるわけにはいかないと声を張り上げようとしたら、これ以上は本当に傷がまずいからやめろとホシノが怒ったので抑えめにした。

 

 戦いは最初、ナギ優勢で進んだ。

 アイリはスタジアムの人の多さとか、初めてのジム戦とかそういう要因があったのかあまり良い指示を飛ばせていなかった。

 空に飛んで逃れることができるひこうタイプのチルットと、こおりメインだが小柄で足もあまり速くないヒーホー君。

 それで指示が良くなきゃ、防戦一方になるのは目に見えていた。

 正直ハラハラしながら見守っていた。

 だけど、何度も上空からの攻撃を受けてどんどんボロボロになっていくヒーホー君はそれでも立ち上がり、前を見続けていた。

 それを見て、何かを感じたのかアイリは両頬をパン! と叩いた。

 先ほどの怯えを含んだ目つきから、目を細めて相手を観察する目つきに変わった。

 ブフを的確に打ち込んでいき、チルットを誘導していく。おそらく、逃げ場をなくして最後の一撃を喰らわせるつもりだったのだろう。

 しかし、ヒーホー君が負っていたダメージが向かい風となった。

 何かの拍子に、くらっていたダメージが表面化したのか反応が遅れたヒーホー君。

 アイリから心配の声が上がる。

 さすがナギ、そこを見逃さなかった。

 りゅうのいぶきによってヒーホー君とアイリがせっせと築いてきた氷の壁を粉砕。

 敬意を込めて、ブレイブバードを解き放った。

 そして俺は見た。

 光の粒子が、アイリとヒーホー君に流れ込むのを。

 

「マハブフゥゥゥゥ!!!」

 

 アイリは、これまで知りもしなかったそのわざの名を叫んだ。

 ジャックフロストは、体の奥底から湧いてくる力に逆らわず、それを爆発させた。

 突っ込んできたチルットは、先ほどとは桁違いの範囲と速度で迫ってくる氷の波に、ブレイブバードの勢いそのままに飲み込まれてダウン。

 俺はその光景を見て大興奮でアイリの名を叫び続けた結果、ブチッという音と共に血が胸から溢れ出して周囲は阿鼻叫喚。

 医務室に連れて行かれた。

 いつもの盗撮動画も、今回は流石にドン引きのコメントばかりで、肉体が崩壊するまで応援し続ける男とか言われていたらしい。

 

 手当してもらっていたら、ナギがやってきて手を振り返さなかったことについて嫌味を言ってきた。

 あと、もっと応援しろと言われた。

 いや、スタジアムにいる99%の人間がナギのこと応援してるんだからせめて俺ぐらいはアイリを応援しなきゃバランス取れないでしょ……

 そう返したらお気に召さなかったのか、今日の夕飯を一緒にすることを要求してきた。

 お前何言ってんだ、今日はアイリの初バッジ記念日なんだからアイリと一緒に飯に決まってんだろ。

 すると、絆がどうの、期間がどうのとウジウジといじけ始めた。

 流石に邪険にしすぎたと反省し、もし良ければ一緒に来るか? と聞いたら、若干複雑そうな顔をしながらも頷いた。

 別に明日でも良いぞ、と伝えると今日がいいと言われたので一緒に行くことに。

 

「ししょー! やりましたししょー!」

 

「ああ、全部見てたぞ! アイリ、すげえカッコよかったぞ!」

 

「えへへへへ!!」

 

「ほんとうにアイリは凄いプレイヤーだ! 今日はなんでも好きなもの食べて良いぞ!」

 

「いつも好きなもの食べさせてるじゃない……」

 

「うるさいぞ! ……でもナギもやっぱりチルットの使い方は完璧だったな! ひこうタイプの強みを押し付ける、戦いってのはああでなくちゃな」

 

「そ、そう?」

 

「ああ、凄かったぜ」

 

「……ふふっ、ありがとう」

 

「でも、それを倒したアイリはもっと凄いもんなー! そら、たかいたかーい!」

 

「うわー!」

 

「…………」

 

「いでででで! ナギ、肘で突くな!」

 

「私も今日は好きなだけ食べるから。……もちろんあなたの奢りで」

 

「しょうがねえなー! …………ホ、ホシノさん、ちょっとお願いが……」

 

 こんな時ぐらいカッコつけたかったなあ! 

 

 

 ──────

 

 

 やどりぎビルという、この街一番の高さを誇る建物の最上階にある、これまたお高いレストランに5人で入って席に着く。

 2人ともお疲れ、どっちも凄かったぞ。

 

「お兄さんが一番疲れてるみたいだけど〜?」

 

 だってアイリのこと応援するのに一生懸命だったし、血も流したからな。

 必要経費だ。

 

「本当に傷は大丈夫なのよね?」

 

 大丈夫だって、もう包帯巻いてあるから垂れてこないし。

 

「そういう話はしてないのだけれど……」

 

 俺の傷とかどうでも良いから。

 とりあえず、アイリおめでとう! 

 

「おめでとう」

 

「おめでと〜」

 

「複雑な気分だけれど、おめでとう」

 

「えへへ、ヒーホー君が頑張ってくれたおかげです!」

 

 ピョコッとテーブルから顔を覗かせるヒーホー君。

 確かに今日のヒーホー君はカッコよかったな。

 何照れてんだよ、胸を張れ。

 ……俺もあんぐらい根性なきゃダメだな。

 

「それ以上根性があったら先に身体が壊れちゃうでしょ、あなたの場合」

 

「既に壊れてるしね〜」

 

 アイリ、なんでも好きなもの食べて良いぞ! オデ、ウソツカナイ! 

 

「……約束、ちゃんと守ってね?」

 

 ボソッと、ホシノが耳元で囁いてきたのに小さく頷く。お小遣いの代わりに今度、ホシノのために時間を割くことを約束していた。

 そう、俺はヨイショマン。

 ホシノをヨイショし、甘やかすためだけに生まれてきた男……

 

「ええ〜こんな高いもの食べられませんよ〜!」

 

 目をバッテンにして首を振るアイリの目が、チラッとハイパーメガバズーカパフェなるものに行っていたのを見逃さなかった。

 すいません、このハイパーメガバズーカパフェひとつください。

 

「畏まりました」

 

「ふぇっ!? な、なんで私がそれを食べたいって……」

 

 師匠だからな。

 

「……ふわぁ〜〜! すご〜い!」

 

 届いたパフェは、俺の語彙力だと甘そうとしか表現できないものだったが、女子には大ウケだった。

 胸焼けしそうなので、他に届いたローストビーフとか突いてる時に無理やりあーんされて口の中がとんでもないことになった。

 ハイパーメガバズーカの名に偽り無し、だな。

 でもアレだ、4人ともすげえ楽しそうで良かった。ナギも連れてきて正解だわ。そりゃあ、負けたからって場の空気を悪くするような子じゃないよな。

 でも俺は早く回復したいので、とりあえず肉を中心に食べていくぅ! 

 

 パフェを食べて、出されたディナーに舌鼓を打って、お腹いっぱいになった3人は散策を始めた。

 楽しそうに夜景を眺めているのを尻目に、ナギの隣に座る。

 

「ナギ、本当にお疲れ様」

 

「急に何……?」

 

「明日、おじさんの面会謝絶が無くなるんだってな」

 

「…………ええ」

 

「これで、やっと全てが終わった……いや、全てが始まる、そうだろ?」

 

「……そうかもね」

 

「俺も、心残りはあと一つだけだ」

 

「え?」

 

「俺は全力で行くぜ。だからお前も、全力で受け止めてくれ」

 

「そう……そういう事ね」

 

「ああ、今から楽しみだなあ!」

 

「……私も、楽しみ」

 

「なになに〜、何話してるの〜?」

 

「師匠! 夜景がすごい綺麗ですよ!」

 

「こっち」

 

「いてて、引っ張るなって……こら、走るな!」

 

「…………ふふっ、本当に──」

 

 ──ありがとう

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