俺はポケモントレーナー   作:goldMg

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11_自由の翼

 アイリとナギのジム戦の次の日ぐらいから、何故かファンクラブからの風当たりが弱くなった。

 後日、だいぶ傷も治り、約束もあるのでホシノと2人でリハビリがてら街を軽く散歩していたのだが、いつもなら俺を見ただけで舌打ちをしていた奴らが気不味そうに目を逸らしていた。

 なんだよ逃げんなよ、こっち見ろ。

 

「ちょっと〜、どっち見てんの〜?」

 

 はい、そうですね。

 ファンクラブとかどうでも良いんで、ホシノのことだけ見てます。

 ホシノは、桃色の地に水玉模様の浴衣を着て、アクセントとして小さなホエルオーの髪留めをつけていた。

 髪を指先でいじって、期待するようにチラチラとこちらを見てくる。

 しかもそのくせして

 

「やっぱりおじさんにこういうのは似合わないかな〜……」

 

 とか照れたように言うので目一杯褒めてやった。

 頬が崩れそうになってるのを隠す為にムニムニと頬をもんで、結局ニヘラと笑っていた。

 やっぱりホシノって天使だわ。

 

「…………」

 

 どこ向いてんだよ、顔逸らすな。

 どうせ2人なんだから手繋ぐぞ。

 

「うあ……」

 

 ほら、あっち見に行こうぜ。温泉が川に湧き出してるんだってさ、足湯とかあるかもしれない。

 

「う、うん」

 

 川に温泉が湧き出す。当然、魚なんか住んでいないけどポケモンは違う。

 温泉が沸いていようがなんだろうが、そこに適したポケモンっちゅうのがいるわけなんじゃぞ! 

 見てみろホシノ、看板によるとあれはホッパーって言うらしいな。

 なになに……あいつらが温泉掘り起こしたの!? 

 え、じゃあこの街の真の神様はアイツらじゃん。アイツらいなかったらこの街の魅力半減じゃん。

 ナギの神様を悪く言うわけじゃないけど、貢献度で考えたらホッパー半端ないだろ。

 好物は……ほ、宝石ですか……お布施でもしようかと思ったけど、俺にはそんなに自由に使えるお金は無いんだ、ごめんな。

 片手で悪いけど、とりあえず拝んでおこう。

 あれ、あっちのはなんか違うな……ウロコトルって言うのか……なんか、あんまり食べるところがなさそうな魚だな。

 ていうか何でホシノは黙ってんだよ。

 ……何恥ずかしがってんの? 

 

「み、みんなこっち見てない……?」

 

 …………見てるな。

 まあ慌てるなって、逆に見せつければ良いんだよこういうのは。

 ただ手を繋いでいたのを解き、一本一本指を絡めていく。

 手を繋いだ方の腕でホシノを抱き寄せて、もう一方の手でピースをする。

 見ていた奴らが露骨に目を逸らしたので多分成功してるわ。

 

「あう、うう……」

 

 おじさん、語彙力が……

 とりあえず足湯は無いっぽいし、もう見るものも無いから一旦ここから離れようか。

 おっ……あっちにはちゃんと足湯があるっぽいし行こうぜ! 

 

 靴を脱いで、足をお湯に浸ける。

 足湯なんてのも久しぶりだな……ホシノはどうだ、足湯ってした事あったか? 

 

「ううん、おじさんは無いよ」

 

 やってみた感想はどうだ? 

 

「足の先からピリピリしてきて変な感じだよ〜」

 

 分かる、毛細血管がどーのこーので多分こうなってんのかもな。こういう時に冷たい飲み物でもあれば美味しく飲めるんだろうけど、気が利かなくてごめんな。

 

「いいよーそんなの、まだ治りきってないんでしょ〜?」

 

 まあな、くるぶしの切り傷にくるぜ。

 あ、傷が開いて血がお湯に……

 

「……ちょっと? 早く足上げなよ、またいっぱい出血しちゃうよ」

 

 悪い悪い、いやー足湯に浸かった後はしばらく足が熱いままなんだよな。

 これが醍醐味というかなんというか。

 ホシノはもう少し浸かっとくか? 

 

「ううん、汗かいちゃうからもう出るね。飲み物でも買いにいこっか?」

 

 そうだな、なんとかかんとかフラペチーノみたいなやつ買おうか。

 こんな時に自販機の飲み物じゃ味気ねえよ。

 

「うへー、お兄さんはほんとにお金の使い方が……」

 

 今日を楽しむためにお金を使って何が悪い! ホシノ、楽しく無いか? 

 

「……えへへ」

 

 じゃあ良いだろ? こういう時はパーっと使うもんなんだよ。

 

「最近のお兄さんは全然稼いで無いけどね〜」

 

 やめろ、それは俺に効く。

 しょうがないじゃん……色々やることがあったんだから。

 

「もちろん分かってるよ〜、年下の女の子に養われちゃうぐらい忙しいもんね〜」

 

 今の発言はメスガキレベル2ぐらいはあったな。

 年下の女の子に養われないと生きていけない雑魚雑魚お兄さん、まで言ってたら一気にレベルマックスだった。

 

「うへ……何言ってるの……」

 

 おかしいな、本物のおじさんなら分かってくれるのに……

 

「誰が本物のおじさんだ〜!」

 

 いや、お前は乙女なんだから分からないんだろうなって話なんだけど。

 

「お、乙女……」

 

 ホシノが乙女じゃなかったら世の中の女性みんな乙女になれないよ。

 

「……お兄さんって、よくそんな恥ずかしい事を真顔で言えるよね」

 

 お前は良くもまあそんなに顔を赤くできるよね。

 俺が真顔なのは本当のことを言ってるだけだからだよ。

 

「…………私達、悪い男の人に引っ掛けられちゃったのかなあ」

 

 ポソッと呟いたのが聞こえた。俺の聴力じゃなきゃ聞き取れなかっただろうな。

 それにしても悪い男の人……サカキか!? 

 

「き、聞こえちゃったんだ……待って、サカキって誰?」

 

 悪い大人の代表例だよ、バーの女将とか惚れさせて次の日にはいなくなってるタイプ。

 

「多分お兄さんもそのタイプだね〜」

 

 そんなわけあるか、俺は大事なものは丁寧に扱うんだ。そんなほったらかしにするわけないだろうが! 

 

「……はぁ、本当だからタチが悪いんだよ〜……」

 

 お、俺の可聴能力でも聞き取れないほどの小声だとお!? 

 なんか悔しいので耳を口元に寄せる。

 

「ち、ちかいって!」

 

 まあ当然バレて拒否られた。

 

 フラペチーノが売ってる店に来ると、みんな思考は同じなのか長蛇の列になっていた。

 どうする? 並ぶ? 

 フラペチーノにそこまで拘ってはいないから別のところでも良いけど。

 

「……どうせなら並ぼっか〜、こういうのも楽しみの一つなんじゃない〜?」

 

 それもそうだな……◯ィズニーも並ぶのを含めてのアトラクションみたいなところあるし、そういうもんか。

 ……この世界って、あんな感じのテーマパークとかあるのかな。

 こんな、街と街の移動中にポケモンが襲いかかってくる世界でテーマパークなんて作ろうとしたら、それはもうとんでもない労力がかかるんだから、存在しないんじゃないかと俺は睨んでる。

 

「テーマパーク……? おじさんにはちょっと分からないかなあ」

 

 やっぱ無いっぽい、まあ別になくて良いけどな俺は。どんなテーマパークよりもワクワクを感じさせてくれるこの世界に、偽物のファンタジーなんかいらない。

 まあ観覧車ぐらいはあっても良いかもしれないけど。

 

「ねえねえ、テーマパークってなにー?」

 

 ん? テーマパークってのはだな……

 

 

 ──────

 

 

『ジムリーダーナギに熱愛発覚!? ポケモントレーナー氏と高級レストランにて食事をしているところを激写!』

 

「ぶわははははははは!!」

 

 テッセンは、流れてきたニュースを見て爆笑していた。ソーマを見るたびに何かしらやらかしていて、本当に話題に事欠かない男だ。

 マタナキタウンでは二つ名持ちのドダイトスを捕まえて街を出る時に逃したらしいし、コトリタウンでも成体のリオレウスを手懐けたり、スタジアム観戦中にいきなり血を流して医務室に運ばれたりしたらしい。

 

「カムイのことも倒したし、これは近いうちに全てのバッジを揃えてしまうかもしれんのお〜」

 

「大怪我をして、今は治療中らしいですけどね」

 

「何やっとるんじゃかなあ」

 

「それにしても、本当に大変でしたね……」

 

「いや、本当に……」

 

 成体のリオレウスを捕まえたという噂がソーマで流れ、それがどうやら本当らしいとなった時に、研究者達が笹食ってる場合じゃねえ! と一斉にコトリタウンに向かおうとしたのを無理やりやめさせたのはテッセンだった。

 それは、混乱を防ぐためということが一つと、純粋な気遣いだった。

 

 記憶喪失のポケモントレーナーは、旅をとても楽しんでいるようだった。本人としては不本意だろうが、盗撮の動画や写真からその事は十分に見て取ることができた。

 加えるなら、マタナキタウンで1人仲間が増えて、彼は年下の女の子3人を引き連れて旅をしていた。

 仲間に優しい彼は、その平穏を乱すような輩と相対したら容赦無く叩き潰すだろう。

 それはフルオカタウンでも、ホシノに絡んできたプレイヤー達に対して見せた一面だった。

 

「楽しそうでいいのお……」

 

「新しい書類、置いておきますよ」

 

「はあ……」

 

 長年ジムリーダーを務めてきた故、通常のジムリーダー以上の権限と知識を持つテッセンの元には多くの問題が舞い込んでくる。

 知恵を貸してほしいだの野外フェスティバルの許可が欲しいだの税金が高すぎるだの。

 時代の更新とともに新しい常識が生まれ、知らんよそんなの……というような事まで流れ込んでくるわけで、誰よりも街のことに詳しいのに誰よりも四苦八苦しながら、時代に置いてけぼりにされないように今日も問題を捌いていくのだった。

 

 

 ──────

 

 

「冷たくて美味しー!」

 

 抹茶チョコフラペチーノも美味しいねえ。

 バニラモカチョコチップフラペチーノを持っているホシノの笑顔、並んでまで買った甲斐があったわ。

 今はどこに向かうでもなく、プラプラと歩きながらフラペチーノを楽しんでいた。

 

「……おじさん、そっちのも飲みたいな〜」

 

 はいどうぞ。

 

「えへへ、ありがと」

 

 あー可愛い。

 ホシノを見て和んでいると、いきなり敵意を持った視線を向けてくる奴がいた。

 ファンクラブのやつっぽいな、ナギラブTシャツ着てるし。

 

「おい」

 

 なんすか。

 

「ナギ様もいらっしゃるのに、なんで別の女と遊んでんだよ」

 

 ナ、ナナナナギ様!?!? 

 この世界にはこんなコテコテの信者もいるのか! 

 でもなんかキモオタとは若干雰囲気が違うというか、ガチ感すごい。

 ……というか楽しんでんだから邪魔すんなよ、ぶちのめすぞ。

 リオレウス1人で制圧できるようになってから出直してこい。

 

「ねえ、傷開いちゃうからやめなよ……せっかく治り始めたのに……」

 

「黙ってろガキが!」

 

 あろう事かコイツはホシノに対して手を振り翳した。すぐに抱き寄せてホシノに当たらないように調整したけど、流石に許されないでしょ。

 顎を殴って意識を消し飛ばした後にソバットで吹き飛ばした。

 なんかカードがヒラヒラと落ちてきたので見ると、会員番号00005と記載されていた。

 ガチ古参が危険人物とかマジで終わってんな。ナギに今度注意促しとくか。

 このカードは没収です。

 ホシノ、大丈夫だった? 

 

「う、うん……お兄さんこそ傷、大丈夫?」

 

 大丈夫、開いてないよ。

 ホッと息を吐くホシノ。

 

「良かった……」

 

 せっかくのデートなのにごめんな、変なやつに絡まれちゃって。

 あっち行こうか。

 

 その後も温泉卵を食べたり、大道芸人を見たり、コトリニュースとかいう報道番組なのかYouTuberなのかよく分からないやつに取材されたり、慣れない下駄を履いていたせいで靴擦れを起こしたホシノをおんぶしたりした。

 

「ごめんね、せっかく1日空けてくれたのに……」

 

「むしろ、ポケモントレーナーの俺としては手持ちポケモンのホシノにもっと時間を使いたいんだけどな。中々状況が難しいだけで、本当はいつもこういう感じで過ごしていたいよ」

 

「……えへへ」

 

 抱きつく力が少し強まり、機嫌が良くなったのかあっち行こうだの、こっち行こうだのと指示を出し始める。

 ホシノがして欲しいことに全部従って生きる指示厨ホシノ概念、アリだと思います。

 そしてホシノの言う通りに色々な店を見て周り、ホシノが欲しそうに見ていたサクランボの髪留めを2つ買った。

 

「ねっ、私の髪につけてよ」

 

「今? 宿に帰ってからとかじゃなくて良いのか?」

 

「うん」

 

 一旦ホシノをベンチに座らせて、ショルダーバッグから先ほどの髪留めを取り出す。

 

「はやくはやく!」

 

 楽しそうに催促するホシノのご希望に応えて、髪に手を伸ばす。

 マタナキの水族館で買ったホエルオーの髪留めを外し、丁重にホシノに返す。

 サクランボの髪留めのうち一つの封を開け、どこに付けようかと髪を軽く撫でる。

 

「あ…………」

 

 何か呟いた気がしたので目を向けると、頬を紅潮させたホシノが、目をウルウルさせながらこちらを見つめていた。

 

「どうした?」

 

「お兄さん……」

 

「うん、どうした?」

 

「あーーっ! お母さん! あの人達キスしてる!」

 

 いきなり響く子供の声、なんだなんだとそちらを向くと子供はこちらを指差していた。

 

「キス? してないぞ、なあホシノ」

 

「うぅ〜〜〜〜……」

 

「どうしたホシノ!?」

 

「こっち見ないで〜……」

 

「いやいや、そういうわけには……何なんだ一体」

 

 うずくまってイヤイヤと首を振るホシノに困り果てた俺は、先ほどの子供と目を合わせる。

 お母さんはどうやら俺のことを知っていたようで、口に手を当ててビックリしていた。

 

「君、名前は?」

 

「俺? ダンデ!」

 

「……ダンデ? どこかで…………ああ、なるほど。俺の名前はポケモントレーナー、よろしくな」

 

「うん!」

 

 ダンデに握手をしてもらった。

 俺は一つ、気になることを尋ねた。

 

「ダンデ、好きなポケモン……モンスターはいるか?」

 

「うーん……みんな好き!」

 

「そうか……君はきっと強いポケモントレーナーになれる、パートナーを大事にするんだぞ」

 

「? ……うん!」

 

「ほら、お母さんが待ってる、そろそろ行きな」

 

「じゃーねー! ポケモントレーナーのにいちゃん!」

 

「ああ!」

 

 ダンデとお母さんは手を振りながら去っていった。

 それにしても、そういうこともあるのか……意味は分からないけど、実にポケモンの世界らしくて俺は好きだぜ。

 また一つ、歯車が動き出したような気がする。

 将来が非常に楽しみだ。

 ……で、ホシノ、そろそろ大丈夫か? 

 

「う〜……」

 

 顔を両手で抑えているホシノに背中を向けて、乗っかるように言う。これなら俺の顔を見なくてもいいし大丈夫だろ。

 

「うん……」

 

 あ、そういや髪留めつけてなかったわ。

 

「ちょ、なんで振り向くの!?」

 

 ホシノは真っ赤な顔を慌てて右手で抑え、左手で俺を無理やり前に向き直させようとする。

 フンッ! 

 良い加減鬱陶しいので無理やり抱きしめる。

 さーて、どこにつけてやりますかね〜。

 

「う……」

 

 ホエルオーがついていたのと同じ位置で良いか。

 ……よし、ホシノ! 

 何をそんなに恥ずかしがってたのか知らねえが、俺は気にしてないからそろそろ次の場所行こうぜ。

 

「……うにゃーーー!!」

 

 猫と化して飛びかかってきたホシノをすかさず横抱きにキャッチ。

 

「え」

 

 それじゃあいきましょうか、お姫様? 

 

 

 ──────

 

 

「あ、師匠、お帰りなさい! ……ホシノさん、どうしたんですか?」

 

「アイリちゃーん……もうおじさんはダメだぁ〜お兄さんにメチャクチャにされちゃったよ〜……」

 

 ばっ!? お前やめろそういうの! 死ぬぞ俺が! (社会的に)

 ……へへ……女将さん、何でもないですから、ええ……

 ほんとに洒落にならない事を言うホシノの言葉を真に受けたのか、レッドとアイリはホシノを庇って俺をジト目で見る。

 あの……マジでその誤解はまずいから……

 ホシノは散々可愛がってやった事に対する意趣返しなのか、2人の後ろでニヤーッとしている。

 はあ……誤解を解く為に、キスをしようとした事も説明しなきゃなあ……なあ、ホシノ? 

 

「キス!? ホシノさん!?」

 

「あ……うう……」

 

「ホシノ、どういうこと」

 

「う、うわああああ!!」

 

 ホシノは脱兎の如く部屋に逃げ帰っていった。

 ふん、雑魚が……

 2人もホシノを追って行き、その場には俺1人が残される。

 

 ああ、女将さん久しぶりですね。

 何してたのって……ちょっと怪我をして入院みたいな事してました。

 ほら、この傷とか。

 ……まあ、職業柄そういうことも……職業では無いか、だって就職できないもんね! ……ええと、モンスターと戦ったりしてるとたまにはこういうこともあるんですよ。

 ええ、大丈夫です。

 お気遣いいただきありがとうございます。

 はい? キス? あぁ冗談ですよ。

 おい、ため息が早いぞ。

 ……いつか刺される? 

 もう刺されてますよ、ほら、ここの傷。

 これはストライクに刺された傷ですね。

 脇腹から抉り込むように入ってきたから、左手で掴んで止めてなかったら切り裂かれて死んでましたね。

 そういう事じゃない? 

 刺されるにそれ以外の意味が? 

 いちいち説明するのがバカらしくなるって……それじゃあ理解できてない俺がバカみたいじゃないか! 

 

 迎えにきたリオレウスの背に乗ってナギの家まで飛ぶ。おせわ係ローテーション的に、今日がちょうどナギの日だった。

 ……流れで来ちゃったけど、だいぶ傷も治ったしもうナギの家に泊まる必要無いのでは? 

 

「は? 嫌だって事?」

 

 そうは言ってないでしょうが! 

 リオレウスの世話もだいぶ大変だろうし、俺まで来たら飯も作んなきゃいけないしで手間だろ? 

 あと、ナギのおじさんもそろそろ退院するんだから気まずいじゃん。

 

「おじさんにはあなたの事を話してあるから大丈夫よ」

 

 何でそんな事をしてしまったんだ……俺の命にさよならグッバイなのか!? 

 ソーマで悪評が広がっている奴が姪の家に泊まっているなんて知られてみろ。元ジムリーダーの全力で俺なんか消し飛ばされるぞ! 

 納豆もらおうと思ってたのにそれどころじゃねえ! 

 

「だから、ちゃんと話してあるから大丈夫よ」

 

 どういうこと? 

 

「それはまあ……色々よ」

 

 おい濁すな、仔細まで詳しく教えろ! せめて納豆を貰えるだけの好感度は稼いであるんだろうな!? 

 

「納豆の何があなたをそこまで突き動かすのよ……」

 

 故郷の味だからな。

 

「あなたって、記憶喪失なのよね……? その……全て失くしたって聞いたのだけど……」

 

 うん、人生全部失くしちゃったんだわ。でもあれだぞ、そこまで重く捉えないでも良い。

 実質的に俺は赤ちゃんだから、全部が新鮮で楽しいぞ! お前も一回なってみると良い! 

 

「嫌よ」

 

 こりゃ手厳しい。

 まあ俺の記憶喪失なんてどうでも良いからさ、夕飯、食べさせてくれよ。

 

「そうね……あ」

 

 なに、なんか納豆に関する重要な事でも思い出した? 

 

「おかえりなさい」

 

 …………ただいま

 

「ふふっ、今日は煮付けよ」

 

 そうか! それは美味そうだな、何て魚なんだ? 

 

「サカバンバスピスよ」

 

 ……何だっけ? この前買い物行った時に店で見たような。

 

「あなたが興味ありそうだったから買ってみたのよ、店員さんに聞いたら煮付けが合うっていうから」

 

 ほーん……今度ホシノたちにも食べさせてやるか。

 

「温めるから待っててね」

 

 ナギを待つ間、新たに居間に設置されたモニターで色々とニュースを見る。

 俺がメガネを使えないと知って買ったらしいんだけど、俺がこの街出たらマジで無用の長物になるじゃん……

 それを指摘したら、少しでも役に立ちたいと健気にも言ってくれた。厚意に甘える事も礼儀のうちかと受け入れて、ありがたく使わせてもらっている。

 

「そういえばあなた、今日はホシノさんと一日中一緒にいたのね」

 

 何で知ってんの? ……ああいや、言わないで良いわ、ソーマだろ。

 やどりぎビルで飯食った時に、ホシノのために時間を割くって約束したからな。

 わざわざあんな事しなくても、言ってくれればいくらでも割いてやるのになあ……

 

「……少し、羨ましいわ」

 

 ナギも友達とかたくさん欲しい感じか? まあホシノの場合は俺にとっては友達というか命の恩人って感じだけど。良いよな、友達。

 

「そうでは無いけれど……そうね、私は巫女だから、対等な友達っていないかもしれないわね……」

 

 なーに言ってんの! 

 俺たち友達だろ! イェーイ! 

 ……ノッてくれよ、こういう時はハイタッチだろ。

 

「よく分からないけど……私たちは友達、なのかしら?」

 

 赤の他人を家にあげてご飯をあげるのかお前は。

 

「そう、ね……友達……よね」

 

 なんでちょっと悲しそうなんだよ。俺が友達なのがそんなに嫌かよ、俺が悲しいわそんなこと言われたら。

 というか、お前やっぱりおじさんに俺の悪評聞かせてたりしない? 

 

 

 ──────

 

 

「おっ、サカバンバスピス美味いじゃん! ナギも食べな!」

 

 ナギは、自身の内心を概ね悟っていた。

 ただ、それは自らにとって、あまりにも許されない事であるという事も同時に理解していた。

 巫女、ジムリーダー、たった2人の家族。彼女が背負っているものは、彼女の意思すら超えて彼女を縛り付けていた。

 

 目の前の彼、ポケモントレーナーの事が心底羨ましかった。

 サラッとこぼした、人生を全て失くしたという発言。常人なら到底耐えることが出来ないであろうハンデを前に、彼は全く怯んでいなかった。

 むしろ、嬉々として未知を受け入れていた。

 全てを失くした彼は、この世界の全てが新鮮で、胸を弾ませるワクワクが押さえきれないという。

 あらゆる障害を気にせず、あらゆる距離を歯牙にかけず、前へ突き進む。

 

 それはまさに、空を自由に翔ける翼の性質に似ていた。

 ナギがひこうタイプを好きなのも、それが理由の一つだった。巫女として両親から厳格に育てられた彼女は、いつからか、自由に対する強い欲求を抱くようになった。

 そしてそれは、空を気ままに飛ぶひこうタイプのモンスターへの憧れとなった。

 

 しかし両親は、聖域に侵略してきた未知のモンスターとの戦いで亡くなり、叔父がそれを討伐した。

 ナギは後悔した。

 もっと言うことを聞いておくべきだったと。親孝行をしておくべきだったと。

 憧れは胸のうちに、巫女の仕事に没頭して毎日を過ごした。

 そうして一生を過ごすと思っていた。

 アラカゼが倒れるまでは。

 引き継いだは良いけど、ジムリーダーの仕事なんてよく分からなくて、でも、巫女以外になる道も残されているのかと少し喜んで…………結局、ダメだった。

 翼は折れていた。

 

 そんなナギの目の前に、突然この男が現れた。

 神の風を纏う謎の男。

 彼は、正体を隠して迎えにきた王子様でも無ければ、魔王を撃ち倒す勇者でも無かった。

 地位だの聖剣だの、そんな大層な物は持っていない男だった。

 記憶すら失った放浪者、ただのポケモントレーナーだった。

 そして男は、それを良しとしていた。

 ありのままの自らを曝け出し、ソーマという、この世界を覆い尽くす巨大なネットワークの中で鮮烈な輝きを放っていた。

 彼は勘違いしていたが、ソーマは単なるSNSでは無い。モンスターが蔓延るこの世界で、街と街を繋いで唯一、あらゆる情報、文字通り全ての情報が集うライフラインだった。

 そんなソーマで目立つということがどういう事か──

 当の本人は、ソーマを気にも留めていなかった。自分の評判に対して口では文句を言っても、実のところどうでも良いと思っているようだった。

 だから、自分を助けてくれた。

 あの日、膝を抱えることしかできなかった自分とは違い、リオレウスを駆って大企業を相手取り、勝利を収めた。

 あまりにも強く、あまりにも気高く、あまりにも自由だった。

 

 ナギは、惨めな気持ちになっていた。

 目の前の彼と比較した時に、自分はあまりにも弱くて、あまりにも不自由だった。

 ただ、そんな彼が自分に戦いを挑むと言う。

 全身全霊でやろうと、そう願ってくれた。

 なら、自分も負けられないと思った。

 おじさんには遠く及ばないけど、ジムリーダーとしてのありのまま、本気の自分を見せてやろうと、そう決意した。

 

「ナギ、大丈夫か?」

 

 考え込んで下を向いていた自分の隣に来て、心配そうに覗き込んでくるポケモントレーナー。

 彼はいつもそうだった。

 2ヶ月間、ほぼつきっきりでいてくれた時、こうして励ましてくれた。

 泣き崩れたナギの肩を抱いて、大丈夫だと安心させて、泣き止むまで頭を撫でてくれた。

 寝付くまで、隣にいて見守ってくれた。

 

 あと少し、そう、この生活はあと少しの間だけ許された甘い夢。

 だからこそ今だけは──―彼女でも、甘えることが許されていた。

 

「ちょっと疲れちゃったかも……」

 

「そうか……じゃあ、今日はもう寝るか?」

 

「……ねえ」

 

「ん?」

 

「一緒に寝ても良い?」

 

「……えー、と……」

 

 彼の困ったような顔を見て、少しの罪悪感と、仄暗い喜びを覚える。

 

「寂しいの」

 

 こう言えば、彼は言葉を飲み込んで承諾してくれる。

 

「……分かった」

 

 お風呂に入ったあと、彼と一緒に布団に入る。

 困り顔の彼にピタリとくっつけば、すぐに優しい顔になって抱き締めてくれる。

 

 虚しいとは感じつつも、覚えた温もりを手放すには、彼女は余りにも彼に救われすぎていた。

 

 

 ──────

 

 

 発表があった。

 ナギが全力でやる、そう聞いてファンクラブのみならずコトリタウンの住人は湧いた。相手はあのポケモントレーナー、一体どんなバトルが見れるのか、スタジアムは観客でいつも以上にギュウギュウだった。

 待機室から歩いて出てきたナギは、どうか力を貸してくださいと、コッソリと持ってきた御神体を握りしめ、チルタリスに跨った。そしてポケモントレーナーはスタジアムの外から飛んで現れ、地上では言葉を交わす事なくそのまま上空に飛び上がった。

 

 体調を崩していたため、これまで観る機会がなかったナギの空中戦。

 退院日に合わせて決められたソレを初めて観て、先代コトリタウンジムリーダーのアラカゼは、自身に対して抗いきれない憤りを覚えていた。

 俺は兄貴の忘れ形見、ナギをそこまで追い詰めていたのか、と。

 彼女の翼を、俺は折っていたのか、と。

 自由でいたい、駆け回りたい、飛んでいきたい。

 ナギの様子からは痛いほどに気持ちが伝わってきた。

 そして、その気持ちを解放したのが彼である事も。

 下で祈っているピンク髪の少女をチラッと見て、安心させるように高笑いしながら、飛び回る火竜リオレウスの背に立つ青年。

 俺とナギをティアーズカンパニーから救ってくれた青年、ソーマで有名なポケモントレーナーというのはまさに彼のことだろう。

 あまりにも対照的だった。

 暗雲の垂れ込める空で、チルタリスに乗っているナギは辛そうに、苦しそうに、リオレウスに乗る青年は本当に楽しそうにしていた。

 スタジアムでは、上空で起きている戦いの音を聞き、姿を見るために観客全員がメガネをつけていた。ポケモントレーナーから見ればシュールだったが、この世界では当たり前の姿だった。

 戦いの最中、ポケモントレーナーはナギを挑発した。

 

『ナギ! コトリジムの真骨頂、空中戦ってのはまだまだこんなもんじゃねえだろう!』

 

『……ええ、見せてあげましょう……空を飛ぶというのが、どういう事かを』

 

『それでこそだ! ジムリーダーナギ!』

 

 飛来する幾つもの火球を舞うようにすり抜け、肉薄する。

 

『みだれづき!』

 

 放たれた5連のみだれづきを、2つは青年が捌き、3つはリオレウスが直接受けた。

 吹き飛び、一度錐揉み回転した後に体勢をすぐさま立て直す。

 

『身体能力にモノを言わせた俺たちとは違う、まるで舞い踊るように……流石だ』

 

『あなたは、何を見せてくれるのかしら……?』

 

 冷たく言うナギに対してニヤリと青年はイタズラに笑い、意味の分からない言葉を紡ぐ。

 

『中国4000年の歴史、お見せしよう!』

 

 リオレウスの背をトンと蹴って飛び上がった青年。何をする気かと息を呑む観客たちの前で、リオレウスは青年に尾を叩きつけた。

 尾の腹の中心部を両足で捉えた青年はピンポン玉のように発射され、観客から悲鳴が上がる。

 

『これぞ人類の歴史の集大成! 飛鳥文化アタックだああああ!!!』

 

 青年はチルタリスに突っ込み、単純な直線軌道ゆえにスッと避けられる。

 呆れ顔のナギとすれ違う一瞬、青年は助言をする。

 

『下方注意だぜ』

 

 ハッとナギが気付いた時にはすでに迫っていた。

 リオレウスは、青年を弾き飛ばした瞬間にはトップスピードで下に潜り込んでいたのだ。

 大質量による突進で無防備な腹をいきなり突き上げられたチルタリスは一時的に失神する。

 

『チルタリス! 起きて! 目を覚まして!』

 

 両者共に落下し、青年はリオレウスが回収、チルタリスはナギがなんとか気絶から目覚めさせる。

 

『はっはっは! エンジョイ ザ ショーってなあ!』

 

『なんて無茶を……! チルタリス、こうそくいどう!』

 

『リオレウス! 振り切られるなよ!』

 

 加速していく白と赤の軌跡が空を彩る。

 圧倒的な先読みの精度で追い縋る青年だが、人獣一体、稲妻のような軌道で移動するナギを完全に捉えるまでには至らない。

 

『クハハハ! すげえよ、本当に!』

 

『……チルタリス、今よ!』

 

 一気に上空に飛び、青年たちを見下ろしたナギは、この時のために用意した必中の連撃を放った。

 

『れんぞく、つばめがえし!』

 

 稲妻の軌道とつばめがえしにより、一瞬にして全方位からつばめがえしを食らうリオレウス。

 空中でよろめき、そのダメージの大きさを窺わせた。

 ナギが上空から降りてきて、青年と同じ高さに来る。

 

『つばめがえし……どんなモンスターも避ける事はできないわ』

 

『そうだな、つばめがえしはそういうわざだったな』

 

『降参は認めるわ……また挑みに来ればいいから』

 

 だから、まだこの街にいればいい、言葉にはしない、出来ない気持ちがあった。

 青年はあり得ないと首を振った。

 

『アイツらが見てるんでな……かっこつけなきゃいけねえ』

 

『なんで……』

 

『ナギ、楽しく無いんだろ』

 

『……』

 

 ゆっくりと、噛み締めるように伝えた。

 

『縛られてて──』

 

『苦しくて──』

 

『泣きたくて、仕方が無い』

 

『だけど、逃げられないんだ』

 

 ナギはギリィ、と奥歯を噛み締めていた。

 じゃあさ、と青年は続ける。

 

『全部捨てちまえよ、そんなもん』

 

『なっ…………』

 

『お前を縛るモノ全て、お前を苦しめるモノ全て、お前の人生を良くしてくれるのか?』

 

『……ダメよ、私はジムリーダーで、巫女で』

 

『それで、自由はそこにあるのか? そんな泣きそうな顔をして、前も向けないのに』

 

『…………うるさい! 何も知らないくせに!』

 

 激情から来る涙がゆっくりと頬を伝っていく。

 青年は小さく首肯した。

 

『そうだ、数ヶ月程度しかお前と一緒にいない俺は何も知らない』

 

『っ…………』

 

 それを聞いて、ナギの心がチクリと痛む。

 

『──でも、お前のおじさんとチルタリスは分かってくれているんじゃないか?』

 

『え……?』

 

 チルタリスは、高らかに鳴き声を響かせた。

 スタジアムでは、アラカゼが高く腕を突き上げていた。

 アラカゼに気付いた周囲の観客が驚く。

 アラカゼはメガネを用いて拡声機能を起動させる。

 

「ナギ! お前は今日限りでジムリーダー解任だ! ついでに巫女もな! 明日から再び、俺がこの街のジムリーダーを務めさせてもらう!」

 

 突然に、何とも勝手な事を言っておいて、アラカゼは続けて自身の家族を応援した。

 

「これがお前の最後のジムリーダー戦だ! そこのバカを、地面に叩き落としてこい!」

 

『おじさん……』

 

『ハッハッハ! 粋なおじさんじゃねえか! ……ソレで? お前は明日からジムリーダーじゃない。巫女ですら無い、ただのナギだ! ……そしたらどうする? 引退試合で、どうするんだナギ!』

 

 一筋の涙を最後まで垂れさせずに拭い去ったナギは、やっと笑った。

 

『私の本当の舞を……見せてあげるわ!』

 

『ハッハーーーーーー!!』

 

 さらにテンションを上げた青年はリオレウスと一緒に蒼穹を駆け回る。バカみたいに笑いながら、バカみたいに火球を連射させる。

 空中を埋め尽くし、もはや壁のようになって迫るそれを前に、ナギの目は澄んでいた。

 隙間だらけだった。

 どんなルートでも手に取るようにわかった。

 一つのルートを選び、チルタリスを突っ込ませる。

 白い稲妻は、火球を歯牙にもかけず抜けていく。

 抜けた先で、口中に爆炎を溜めたリオレウスが待っていた。

 ニヤニヤと青年がいやらしい笑みを浮かべている。

 

『赤壁の戦いpart2、容赦なくいくぜ?』

 

 先ほどとは異なり、真に炎の壁を発生させた。

 食らえば一撃で瀕死に至るそれを前に、ナギはチルタリスの頭を撫でた。

 

『チルタリス……私たちなら、出来るわよね?』

 

 至近にやってきた壁が当たる前に、2人の姿はかき消えた。

 一瞬にして炎の壁を避け、つばめがえしの時と同じように上空へ舞い上がったのだ。

 違う事があると言えば、高く、先ほどよりもさらに高く、雲より上を目指していた。

 ナギは何かを感じていた。

 何か、胸の内に湧き出る熱いものがあった。

 ソレに従い、ひたすらに飛び続け──

 ボフッという音と共に雲を抜け、澄み渡る空が広がるその先でナギが見たのは、あまりにも明るく、赤く、世界を照らし出す太陽……では無かった

 

「神様……」

 

 羽衣を揺らめかせ、ナギを見つめる者がそこにいた。

 コトリタウンの守護神、太古の昔に巫女の一族と契約を交わしたというモンスター。

 アマツマガツチが、永い年月を経て今代の巫女の前に姿を現した。

 伝承の通り巨体に風を纏わせ、羽ばたくでもなく悠然と浮かんでいた。

 ナギが持ってきていた爪がひとりでに浮遊していく。

 

「あ……」

 

 アマツマガツチは、今回だけだぞ? とでも言うようにウィンクをした。

 爪に息を吹きかけると、再びナギの元へと戻す。

 ナギは身の内から、凄まじい活力が湧いてくるのを感じた。

 ナギは、何も言わなかった。チルタリスも、何も言われずとも分かっていた。

 自由落下に身を任せ、先ほどとは逆向きに雲を抜けていく。

 

 ポケモントレーナーは、理解していた。

 このピリピリとした感覚、間違えるはずもなかった。

 アイツがいる。

 巫女が信仰する神だ。

 そしてそれは、ひこうタイプ最強の威力を持つアレがくる事を意味していた。

 ナギとチルタリスがどこから現れてもいいように準備をする。

 そして見つけて、笑う。

 オーラの翼を広げ、空を覆っていた雲をまるごと切り裂きながら向かってくる巫女とチルタリスを。

 

『突き抜けて……! ゴッド、バード……!!!』

 

『──ワクワクさせてくれるじゃねえかあ!』

 

 それは最早、わざというより権能だった。

 大気の断熱圧縮により赫き流星と化したチルタリスとナギは、全く熱さも圧力も感じず、どんどんと加速していった。

 青年は幻視した。

 加速するほどに、彼女を縛っていた鎖がちぎれ、砕け、背に押し込められた翼が広がっていくのを。

 そして回避を考え、受け流す事を考え、対応できる技を考え……

 

『うーん、無理!』

 

 諦めた。完全に人智を超えた事象を前に、攻略は不可能と結論付けた。

 リオレウスの背をポンポンと叩く。

 

『悪いな、今回はそういう役回りだったと思ってくれ』

 

 ハア、とリオレウスは溜息の代わりに煙を吐いた。

 青年は迫る流星を見つめ、翼を手に入れた少女を祝福した。

 

『──おめでとう』

 

 真横を掠めていった際の衝撃波のみでリオレウスも青年もズタボロに吹き飛ばされて気絶し、勝敗は決した。

 

 

 ──────

 

 

 スタジアムの中心で目を覚ました青年は、ナギの手を掴んで立ち上がった。

 

「カッコ、つかねえなあ……」

 

「……カッコよかったわよ」

 

「そうか? それは良かった……よいしょ!」

 

「キャッ!」

 

 青年はナギを肩車し、勝者が誰かを明確にした。

 大盛り上がりの観客たち、スタジアム内はナギコールで包まれる。

 青年はそばにいたホシノに笑いかけた。

 

「ハハハ! 悪いホシノ! 無理言ってリオレウスと俺だけでやらせてもらったのに、呆気なく負けちまったよ!」

 

「も〜……しょうがないなあ、お兄さんは」

 

 ホシノは笑って許していた。バッジよりも大切なものがあると、理解していた。

 ポンポンと青年の背中を叩く。

 

「でも、お疲れ様」

 

「ああ!」

 

 青年は、観客に手を振るナギにも話しかける。

 

「最高のバトルだった、気持ち良いぐらいに負けたぜ」

 

「何だか……私がジムリーダーに挑んだみたいな気分よ」

 

「ハハッ、迷いは晴れたか?」

 

「…………ええ、そうね」

 

 アラカゼが近付いてきた。

 何かを握っている。

 

「おじさん!」

 

 ナギは青年の肩から下り、アラカゼに抱きつく。

 アラカゼは、ナギの頭を撫でた。

 

「ナギ、凄かったぞ。良いバトルだった」

 

 そして、とポケモントレーナーに視線を向ける。視線に気付いた青年はぺこりと頭を下げた。

 

「いつも娘が世話になっております」

 

「こちらこそ、ナギさんには大変お世話になっております」

 

「……君には命を救われた。いや、それだけでは無いな……本当に、ありがとう」

 

「よして下さい、当たり前のことをやっただけです」

 

「そうはいかない。俺は君に対して礼をする義務がある」

 

 ジム戦の後に盛り上がる観客を無視してスタジアムの中心で行われる、あまりにも堅苦しい会話にホシノたちが困惑していると

 

「おじさん!」

 

 ナギが会話を遮り、青年の側に立つ。

 なんだなんだと、青年が視線をナギとアラカゼの間で行ったり来たりさせる。

 アラカゼは悟っていた。

 ナギは青年の腕に抱きつき、宣言する。

 

「私、この人と旅に出るわ!」

 

「!?」

 

 心底から青年は驚いていた。

 だって聞いてないもん。

 確かに巫女をやめろとかなんとかアラカゼは言っていたけど、そういう事!? 

 

「き、聞いてないぞ!?」

 

「さっき決めたから!」

 

「…………そうか、そうだな。自由だもんな」

 

 自由なら、決めるのはいつだって良い。

 許可さえ要らない。

 心の赴くままに、やりたいようにやるだけ。

 アラカゼは空を見上げる。

 結局、彼女に対して何かをしてやることは出来なかったけど、あの空の上で鎖を外した彼女を引き止めるような愚行だけは犯さずに済んだ。

 そして、鎖を外してくれたのは……

 目の前で、再びバカ騒ぎを始めた青年を見る。

 

 肉体を乗っ取られていた時のアラカゼには、ウツロイドの思念が流れ込んでいた。

 意識が戻ったあの日、極めて強い負の感情が流れ込んできた。

 まさか負けるなんて、そんな驚愕がありありとアラカゼには伝わった。

 誰かが成し遂げた、と身動きの取れない意識の中でアラカゼは悟った。

 聖域の奥に現れたウツロイドの群れ、ソレを討伐したのはアラカゼ自身だった。

 生き残りがいて、ティアーズカンパニーの総裁を乗っ取っているとは思いもしかった。

 迂闊だったと反省している。

 群れでは無理だと学んだウツロイドは、1匹で乗り込んでその世界の動物、つまりは人間を操る事で目的をなそうとしたのだ。

 

 既に死したウツロイドの残留思念、その怒りで意識が混線し、共有される記憶と視界の中で、アラカゼは見た。

 笑みを浮かべながら、リオレウスと共に最上階の窓ガラスを突き破ってビル内に入ってきた青年を。

 背後を取り、精神を支配するつもりだったウツロイドを、いつの間にか上から見下ろしていたリオレウスが一瞬にして食い破り、驚愕と共に肉体が砕けていった瞬間を。

 最期にウツロイドが出した暴走信号により社員達が青年へ殺到したのを見届け、意識は自らの肉体の元へ戻った。

 

 後は、知っての通りだ。

 ……なんて美しい終わり方だ。

 アラカゼにとってあまりにも都合が良くて、夢なんじゃないかと思うような結末だった。

 フワフワと、どこか浮き足立っているのを感じた。

 でも、これでいい。

 ポケモントレーナー、あまりにも珍妙であまりにも有名な彼の名を呼ぶ。

 彼が俺にしてくれたことの報酬としてはあまりにも小さいのかもしれないけど、せめてこれぐらいは。

 振り返った彼に、投げつける。

 それをパシッと片手で受け取ったポケモントレーナーは驚きで目を見開いた。

 

「受け取れ! コレは俺からの気持ちだ!」

 

 コトリバッジ、本来はジムリーダーを倒すか、貢献度によってのみ渡されるそれを、ジムリーダーとのバトルで負けた彼に渡す。

 批判を浴びるだろう。処分もまあ、食らうだろう。

 だが、家族を救ってくれたんだ、コレぐらいは良いだろう? なあ、兄貴。

 

「……いや、俺プレイヤーじゃ無いから」

 

 ……なに!? 

 

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