俺はポケモントレーナー   作:goldMg

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15_解放、しかし心は

 レジェンドシリーズ予選第一レースから3日後の早朝、寝苦しさに目覚めて目を開ければテントじゃ無いことに気付き、オールドタウンに来ていた事を思い出す。

 ガッチリと両手足をそれぞれホールドしている娘どもを1人ずつ剥がし、窓辺に寄る。

 こうして朝、目覚めるたびに強く意識するのは、遠いところに来たという事実。

 そして、昨日も一昨日も、バトルトーナメントとは別の単発試合に参加してお小遣いを稼いでいた俺は、もう一生このまま暮らせそうだな、なんて思っていた。

 気分爽快に窓から空を見れば、女の子がふらふらと遠くの空を飛んでいて……ん? 

 もう夜じゃないのに、なんだあれ……ポケモンに乗っている様子も無いし。

 …………夢か。

 窓際のベッドに横たわり、二度寝をする。

 なんでサイコジェットレースってポケモン使わないんだろうな……

 

「早朝に女の子が空を飛んでいた? お兄さん、夢でも見てたんでしょ〜?」

 

「そんなことより師匠! 何でベッドを勝手に抜け出したんですか!」

 

 何でそんな事で怒られなきゃいけないんだよ、意味わかんねえだろ。

 

「そんなことじゃないです! 師匠は私の抱き枕なんですから!」

 

 違うね? 俺はアイリの師匠であって抱き枕では無いね? そもそもテントの時はそんな事言ってなかったよな? 

 

「それは……うるさーい!」

 

 前はあんなに素直だったのに、生意気なやつめ……お前が抱き枕になるんだよお! 

 

「きゃー!」

 

 楽しそうにキャーキャー言うアイリとベッドの上で戯れていると、ナギが朝のシャワーから戻ってきた。

 サッパリしたか? 

 

「ええ、あなたも浴びてくれば? 寝てる時も人は汗をかくのよ」

 

 寝てる時も人は汗をかくのよ? じゃねえんだ。お前らが暑苦しいだけなんだ。

 ……気まずそうに目を逸らすなら最初から引っ付くんでねえ! 

 

「だって安心するから……」

 

 まあ別に良いけどな、勝手に剥がすだけだから。

 

「だめですー!」

 

 腕の中のアイリがまた喚くが抑え込んで制圧。お前は既に包囲されている、大人しくするんだ。

 

「……にゅふふふ」

 

 うわっ、何だ今の。

 アイリ、どこから出したんだその声。

 

「ん〜……」

 

 あれ、アイリ? 

 ……狸寝入りしてやがる。

 なら俺はそろそろ起きてロビーで時間でも潰すか。お前らも着替えとか出したいだろうし。

 俺? 俺は別にパン1の姿見られても何とも思わんし、今着替える。

 ……別に見ろって意味じゃないから。

 リザードンたちは別に目を隠さなくてもいいだろ。

 

 ロビーに行くと、ラックにまさかの新聞。

 嘘だろ、この世界で紙の新聞とか絶滅してると思ってた。

 手に取り、内容を読み上げようとして……文字読めねえ! 

 いや待てよ、少なくともサイコジェットレースの写真が一面に載ってるんだからそこから読み解けるのでは? 

 そういうわけで、ロビーにあるソファに座って、新聞をじっくりと読み込むフリをしているだけの青年が爆誕した。

 

「あれ、もう新聞出来てるんだ」

 

 知らない声が聞こえた。どうやら俺を見て新聞に気付いたらしい。まさか、俺以外にも紙の新聞に需要を見出している子が!? 

 読んでもらえないかと思い、顔を上げればめっちゃ近くにいた。

 なんだ? 

 

「君、メガネ使わないの?」

 

 …………うん! 使わない! お嬢ちゃんは? 

 

「お嬢ちゃんって……私は使うよ、紙の新聞を読んでいる人が珍しかっただけ。邪魔してごめんね?」

 

 ちょちょちょちょっっと待って? 

 

「……なに? ナンパならごめんなさい」

 

 いや、俺文字読めないからさ、代わりに読んでくれない? 

 

「ここで? ロビーだよ? ここ」

 

 確かに……やっぱ良いわ、変な目で見られたく無いし。

 バイキング行く途中だったんだよな、こっちこそ邪魔して悪かった。

 新聞に目を戻し、コボちゃんとか載ってないかなあと探すも、四コマ漫画的なのは全く無い。

 天声人語でも良い! なんか分かりそうなものプリーズ! 

 …………無い。

 新聞の時代は終わりだな、せめて日本語でふりがな振ってないと読者にはウケないよ。

 それにしても、二度寝の前にも少しだけ考えたけど何でサイコジェットレースってポケモン使わないんだ? 折角原種以外のポケモンもたくさんいるんだから、それを使って競えばもっと盛り上がりそうな気もするんだけどな。

 規格統一って意味では箒に乗るのはすげえ良いと思うし競技性も高まるけど、エンタメ性は若干劣るよな。まあ俺は箒で飛ぶの嫌いじゃないけど。

 

「君って……ポケモントレーナー?」

 

 あ? ……あれ、さっきの。

 どうした、もうバイキング食い尽くしてきたのか? 早いな、まだ10分も経ってないんだが。

 

「そんなわけないでしょ!」

 

 どうやら俺のことを見たことがある気がして、メガネで調べていたらしい。

 やだ……ストーカー? 

 悪いな、このソファは1人分なんだ。飯はあっちで食ってくれ。

 

「6人ぐらい座れるじゃん」

 

 俺は6人分の魂を持っているから、一人の体でも6倍必要なんだ。

 

「なんでもいいけど、君みたいな人が何しにきたの?」

 

 みたいな人って失礼だな、俺は仲間にくっついてきただけだ。

 別に何をしにきたわけでもないよ。

 

「ふーん……でも昨日の大会には出てたよね?」

 

 まあな、やっぱりポケモンバトルは最高だ。俺の持つ能力の限界を引き出して戦える。脳汁ドバドバよ。

 

「のうじ……? 噂通り変なこと言うんだね」

 

 サイコブレイク最高! 

 

「は? ちょっと落ち着いてよ、会話できないじゃん」

 

「あーー! 師匠が女の人とソファに座ってます!」

 

 ロビーで騒がないで……お願い……

 

「……あれ、あの、もしかしてあなたってリ──」

 

 アイリの口を塞ぐ。ロビーでは騒いじゃダメ、絶対。

 

「……君、私に気付いてたんだ?」

 

 むしろ、なぜ気付かないと思ったのか。あのレース観てて気付かないとか脳の病気だろ。

 朝から騒いで朝飯が遅れるのとか勘弁願いたいんだ。

 そんで、俺も仲間が来たしそろそろ向かいますかね。じゃあな、次のレースも期待してるぞ。

 

「なーにカッコつけてんだか……」

 

 ホシノ、余計な事言うな! 

 

 食べたいものを適当に盛り付けて席に着く。バイキングって色々なものがあるんだけど、なんちげが多いから結局いつも通りになりがちなんだよな。

 

「ねえねえ、さっきは何話してたの〜?」

 

 何も話してないな、強いて言うなら向こうも俺のことを知っていたってだけだ。

 

「良いなぁ……私もリンさんと知り合いになりたかったのに……」

 

 脚をプラプラさせるアイリに逆に聞きたいんだけど、盗撮されまくるのがそんなに羨ましいか? 

 あまりにも邪道すぎると思うんだけど。

 後、アレだ。レジェンドシリーズの事で散々取材とかされてるだろうし、ああいう時は放っといてやれ。

 

「その割にはあなたは結構話してたような雰囲気あったけど?」

 

 ぐっ……アレは向こうから話しかけてきたんだよ、新聞読もうとしてた所にな。

 

「読めないのに」

 

 バリアー! 文字読めない煽りは差別だから無効でーす! 

 

「恥ずかしいからやめて?」

 

 はい。

 じゃあ食べるか。

 

 バイキングを食べ終え、部屋に戻る際ソファをチラッと見ると流石にもうリンはいなかった。

 いや、よくよく思い出したらまだ飯食ってないはずだから食堂にいたんだろうな。

 部屋に戻って、早速横になろうとするホシノを抱っこしてソファに座る。

 ちゃんと、歯を磨け! 

 

「……磨いて〜?」

 

 はいはい。

 ……いや4人は多いから、お前ら自分で磨けるだろ。

 …………俺、元の世界に帰ったら介護福祉士の資格とか取れそう。

 全員歯を磨いたところで、というか俺が磨いたところで、今日の予定が発表された。

 まあいつもの通り、街の探索だ。地理情報の把握というか、散歩だな。

 俺は正直、技術者が集まるって区画に興味があるから行ってみたい。

 なんかスーパーメカとか無いかなって。

 ……なぜ笑うんだい? 俺の夢は立派じゃないか。

 技術者の区画は機密漏洩防止の関係で技術者以外立ち入り禁止? そんなの当たり前じゃん、侵入するんだよ。

 おい止めるな、俺を誰だと思っていやがる。

 とまあ、冗談は置いておいて、俺も俺で色々観て周りたいからな、別行動だ。

 

 

 ──────

 

 

 そういうわけで、お小遣いを頂戴して俺は1人で街に繰り出した。こういう時間も貴重だから大事にしなきゃな。ホシノたちには変なもの見つけてくるなとか言われたけど、変なもの筆頭のお前らに言われたくねえよって感じだ。

 信用なさすぎだろ俺の。

 まあいい、とりあえずこの街にしか無い服を買うんや! こんなところにある街に、普通な服が売ってるわけがないんだ! 

 多くの服屋を漁り、結局新しいパーカーと長ズボンを手に入れる。ぶっちゃけ、冬になったら今の俺の格好じゃ凍死する。変な服が〜とか言う前に生きるための装備だよね。まあ、俺の対外的なイメージを和らげるためにファンシーなのにしたけど。

 ……もう欲しいもの無くなっちゃった。

 しょうがない、ラウンドワンでも行くか。

 ……そういえば無かったわ、この世界に。

 暇つぶし暇つぶし……行くか、技術者区画。

 

 そういうわけで早速、黄色い壁の前にやってまいりました。周囲に人がいないことを確認した上で、地面を蹴って一気に壁の頂上に手をかけようとしたけど、飛びすぎて無様な姿を晒してしまった。

 2回目はしっかりと手をかける。

 向こう側に人は……いない、な。

 ヨシ、侵入完了! 

 建物の外観は区画外と大差無いんだな。

 チラホラと歩いている人も別に白衣を着てるとかそんな事は無く、普通の市民っぽい。

 これならバレずに活動できそうだ。ただ、念の為にこのパーティー用サングラスは付けておくけどな。

 こんにちは〜なんてすれ違う人に挨拶をしながら、こっちのコンビニにしか無い食べ物とか無いかな、なんて探したり。キャンパス限定みたいな。

 とはいえ、所詮はコンビニ、探索もすぐ終わり、もうどうすれば良いかわからなくなったので、博物館とか無いかな、なんて店員に聞いてみれば怪訝そうな顔をしながら、一般区画になら一応サイコエネルギーの博物館があると教えてもらった。

 こっちに来なくても良かったかもしれねえ……

 

 適当に歩いてたら、なんか物騒な場所に来た。爆発事故でも起こったのか、建物の一部が吹き飛んで地面に転がっている。

 何の実験したらこうなるんだよ……

 規制線が張られており、警備員もついている為、中を覗くことは出来なかったけど、実験ってのはこういうのでいいんだよ。

 爆発こそロマンだからな。

 ただ、何があったのか話だけでも聞きたいと思って警備員に尋ねてみたら、厄介払いというか相手にしてもらえなかった。

 やっぱりこの付け鼻とサングラスがダメだったか。

 しばらくウロウロして粘ってみたけど、けんもほろろな感じだったので諦めてその場を去った。

 

 ……迷ったぞ。

 こんなことなら、買った服をさっさと宿に放り込んでからくるべきだったんだけど、裏路地みたいなところに迷い込んでしまった。

 街に来て早々こんな目に遭うのはなんとも情けないが、引き返してもしょうがないし先に進むか。

 今更だけど、石畳で舗装されたオールドタウンの道は、何と言えばいいか……そう、ヨーロッパ風? イタリアとかあんな雰囲気を思わせる。

 俺はヨーロッパに旅行したことは無かったけど、確かこんな感じだったよな、ヨーロッパ。

 最初はタバコを吸ってるオッサンとかならいたのに、段々とソレすらいなくなって、壁だらけだ。

 足元を駆け抜けるコラッタやデカいゴキブリ型のポケモンに路地裏感をすごく感じていると、入り組んだ路地の更に奥に進んでしまったようで、かなり暗い雰囲気の場所に来た。

 まあ、浮浪者がいるとかいう話でも無いのでただただ寂しいだけだ。

 ソレにしても……区画に侵入した時に思ったけど、いつもより遥かに調子が良いな。身体が羽みたいに軽いし、視界もまるで昼間みたいに明るい。

 まあ昼間なんだけど。

 多分いつもよりすげ〜明るく見えてるわ。

 しかも身体が羽みたいに軽い影響か、路地の奥に小さな羽の生えた女の子が倒れているように見えるし。

 いやあ、幻覚が見えるぐらいに目が良くなっちゃうなんてさすが俺だわ。

 でも、あんまり健全じゃ無いからさっさとこの裏路地は抜けるとしよう。あっちの方に行けば何と無く抜けられそうな気がするな。

 

「たす……けて……」

 

 うーん! 耳が良くなり過ぎて幻聴まで聞こえてきた! 多分埃が詰まってるんだな! ここの空気は淀んでそうだし、後でレッドに耳掃除でもしてもらおう! 

 そうしよう! 

 …………それで、お姉さん方は一体どういった方々ですか? 

 ああ、関係無いですか、そりゃそうだ。

 でもその子、凄い疲れてるっぽいんですけど。そんなズダ袋みたいなのに入れて持ち運ぶのはあんまり良く無いんじゃ無いかな〜って……

 どうせ運ぶなら、警察とか病院とかそういうのあるじゃ無いですか。なんでそんな運び方するんですか? 

 ……おいおい、そんな目配せしてどうしたー? なんか秘密の暗号でもあるのか、それとも俺の後ろにいる3人に何か用でもあるのか? 

 そこのあんた、さっきはタバコ吸ってたよな? 

 ちょっとちょっと、そんなティアーズの焼き直しじゃ無いんだから(笑)

 早まらないでくれよ。

 そんなに証拠隠滅したいのか? その子を見られると何かまずいのか? 

 もしかして、あんたらって悪の組織? 

 人間さらって何してんの? 

 そんで、あの服の形状は実験服っぽいよなぁ。もしかして、あの子は何かの実験体で、逃走したのを確保しに来たとか? 

 おっと……いきなりビームなんかで攻撃しないでくれよな。

 もしかして図星だったりして!? 俺って探偵とかやった方がいいかな! 

 何だっけそいつ、ドーベルモンだっけ? すげえ暴れる奴って聞いたんだけどよく制御してるな。

 なんだろう、もしかしてだけど……サイコエネルギーが関係してたり? 

 ……へ〜、こんな適当な言葉にそういうあからさまな反応してくれると俺もやりやすいんだよねぇ。

 そんで、あんたらもちょっと正気じゃなさそうだよなぁ。

 全く、ウツロイドに続いて今度は何だあ? 

 ……ウツロイドに反応するんだ、何でだろうねえ。

 ヒントがダダ漏れじゃん。

 そいっ、それっ、いやあ、悪いね。身体がいつもより軽いから、その程度の攻撃じゃ当たらないんだ。

 とりあえず、その女の子は俺が貰ってくよ。

 ほいっ、と。

 ……ブチギレで草ァ! 

 

 

 ──────

 

 

「申し訳ございません。想定外の相手がおり、逃げられました」

 

「……はい、はい、申し訳ございません」

 

 電話から聞こえる失望の声に、ただひたすらに頭を下げる。引き続き追跡するように指示を受けて電話は切れた。

 建物の外壁に拳を叩き付ける。

 部下たちに、今すぐに先ほどのふざけた格好をした意味不明な男を追うように指示を出す。

 あの男、偶然にこんなタイミングで訪れた訳がなかった。

 どういう情報網かは知らないが、実験体の事を知っているようだった。サイコエネルギーに関する実験の事は絶対に外には漏れていないはずなのに、何故知っていたのだ。

 内部の人間の機密漏洩も視野に入れなければならない。

 そしてあの男は、ティアーズとウツロイドの事を口にしていた。傘下のティアーズカンパニーが何者かの襲撃によって壊滅したのがおおよそ一ヶ月半前。

 監視カメラやティアーズの従業員が身に付けていたメガネは念入りに壊されており、誰が襲撃したのか結局知る事はできなかった。敵対組織の妨害工作かと思ったが、奇妙なことに従業員やそのパートナーは気絶していたものの大した傷は負っていなかった。

 さらに、その場には指紋すら残っておらず、全ての証拠は焼き尽くされていた。

 飛び散っていたであろう血も全てDNA情報が焼き切れるまで燃焼していて、入念さが伺えた。

 報告書だってまともなものは提出出来ていない。あの男を捕らえて情報を吐き出させなければいけない。

 サングラスと付け鼻で細かい人相は分からなかったが、メガネの機能を使えばすぐに、メガネに登録してある人間を割り出すことができる。

 ……そろそろアレを飲む時間だな。

 懐からニトロserという錠剤を取り出して水で飲み下す。肉体の能力を向上させる効力があり、常用するように指示されている。

 

「……ここは空中都市、我々の手の内から逃げられると思うなよ」

 

 

 ──────

 

 

 余裕で追っ手を振り切り、一息吐く。

 技術者区域から一般区域まで来たし、すぐには追ってこないだろ。

 善人ばっかだと思ってたが、もしかしてそんな事無いのか? いや、そんな事無いよな、みんないい人ばっかりだし。

 でも、どいつもこいつも目が血走ってたからケンタロスの子孫とかかもしれない。うん、きっとそうだ。

 おい、一旦降ろすぞ。

 痛むか……どこが痛い? 

 足? 

 ……おいおい、腱を切るなんて穏やかじゃねえ。想定をぶっちぎってくるレベルで厄介事に巻き込まれちまったようだな。

 とりあえず、回復スプレーは常備してるからかけるぞ。

 ……どうだ、痛みは和らぐか? 

 そうか、たくさん買っといて良かった。

 どんどんかけてくぞ〜。

 

 よし、痛みは無くなったな? 

 お前の名前は? 

 俺はポケモントレーナーと言うものだ。

 ……ユカリ? 

 これまでに比べたら随分と馴染みのある感じの名前だな。

 いや、こっちの話だ。それで、ユカリはどんな面倒ごとに巻き込まれたんだ? 

 …………お腹減ったか。とりあえず、そんなあからさまに薄い布一枚纏ったやつを飯屋に連れて行くわけにはいかないからな。

 ちょっと待ってろよ……今俺の服を出すからな……

 ほら、ちょっと大きいかもしれないけどズボンとパーカー貸してやるよ。

 ……立てないから履きづらいのか、手伝ってやるからジッとしてろよ。

 よしっ、じゃあ行くか。おぶるぞ? 

 とりあえず付け鼻は外して、サングラスも新しいの買うか……ユカリ、お前もその白い髪は目立つから、今はフードを被っておけ。

 

 リュックを前に抱えてユカリをおんぶし、路地裏を抜ける。

 さっきまでは何だったのか、かなりの人通りがある表通りをコソコソと通る。何でこんな昼間から人間をおんぶしてるんだ、とチラチラ見られはするがそこまで目立ってはいないようだ。むしろ、すぐ背中からの視線の方が痛いほど感じる。

 飯を食うところなんかもたくさんあり、適当に選んで入る。

 ユカリをソファ席に座らせて椅子に座る。

 何か食べたいものはないかと聞くと、首を振るので食欲は無いようだ。

 俺は定食を頼み、飯が来るのを待つ間に軽く事情を聞こうとするが、首を振って説明を拒絶し──

 

「うぷっ」

 

 すぐさま抱えてトイレに駆け込む。

 トラウマを刺激してしまったのだろう。

 すまない、配慮が足りなかった。

 もう思い出さなくて良いぞ。

 

 ……いやーすいません、ちょっと昨日食べたナマモノが当たっちゃったらしくて。

 ええ、白湯だけでもいただけませんかね? はい、すみません本当。

 

 背中をさすりながら、考えをまとめる。

 とりあえず、追われてるのは確かだ。そんで、ティアーズの奴らと関連がある。

 正確に言えばウツロイドか? 

 ハンサムがいると助かるんだが、俺はメガネ使えないから、あいつらを巻き込まにゃならん。

 うわ〜どうしよう、覚悟を決めて巻き込むか? 

 でもなあ……人体実験するようなやべえ奴らだもんなあ……

 もしあいつらが人質に取られたらどうすんだよマジで……俺何もできねえぞ。

 レッドもホシノも十分な実力は持ってるから大丈夫だとは思うけど、アイリとナギがなあ。特にパートナーが見つかってないナギなんて本当にもうカモがネギを背負ってるというか。

 うわー! 国際警察のありがたみが分かる──! 

 助けてくれー! 銭形でもいい! 誰かいないかー! 

 ……いるわけないな。

 それにしてもこの小さな翼、なんか違和感を感じるんだよな……

 ところで、そろそろ落ち着いたか? 

 コクコクと頷くので席に座らせようとするが、極めて疲労の色が濃いため、座らせているだけでもまずい事に気付く。

 これは……点滴が必要だな。

 おい、今から病院に行く。行ったらまずいとかあるか? 

 ……よし、じゃあ今から行くぞ。

 辛いだろうけど我慢してくれ。

 店長すみません! ちょっと吐きすぎて体調悪くなっちゃったみたいなので病院行きます! 

 お代はここに置いとくんで! 

 

「そしたら救急に電話しようか? すぐに駆け付けると思うけど」

 

 いや、俺が走った方が早いんで大丈夫です。

 

「そんなバカな……」

 

 ユカリはいよいよ辛そうで、目も瞑っている。

 店長さん、それじゃあまた! 

 大ゴキブリの二つ名の由来を見せてやるぜ。

 通りは人がいるせいで、ユカリを揺らさないようにしたらまともに速度が出せない。

 壁を駆け上がり、建物の屋上に飛び出る。

 なぜかたくさんいるフワンテを足場にして、駆け抜けていく。

 気分はスパイディ。

 

 病院に着いて事情を説明すると、すぐさまラッキーが出てきて病室に案内された。

 ユカリはベッドに横たわり、点滴の注射を刺されるとすぐさま眠ってしまった。

 5時間ほど経つが、全く目覚める様子は無い。

 そりゃそうだ、目の隈も凄かったしな。十何時間眠り続けててもおかしくない。

 今日はここで明かすか。

 まあ、そろそろやることがあるけど。

 すいません、看護師さん。ちょっと知り合いに伝えたい事がありまして……俺はメガネを使わないもので。

 ええ、そうなんです。

 番号は──────です。

 はい、すみませんね。

 

 

 ──────

 

 

 ホシノたちは、全く帰ってくる気配のない青年にイライラしながら夕飯を食べていた。

 

「師匠、遅いですね……」

 

「何で連絡しないのかしらね、あの男は」

 

 すると、ホシノのメガネに電話がかかってきた。

 

「あれ? 誰だろこれ……」

 

「ホシノさん、知らない人からですか?」

 

「うん、おじさんの知り合いはちゃんと名前付けてあるし」

 

「とりあえず出てみたら? 本当に知り合いかもしれないわよ?」

 

「そうだねー」

 

 空中に表示された通話表示を押すと、青年の顔が現れた。

 

「お、お兄さん!?」

 

「師匠ですか!?」

 

「ちょ、ちょっと待ってね……すぐ同期するから」

 

『あ、あーホシノ、聞こえてるか? ……分かんねえ、声聞こえねえからな……』

 

『ちゃんと届いてますよ』

 

『おっそうすか、ありがとうございます』

 

 どうやらポケモントレーナーは誰かのメガネで代わりに通話してもらっているらしい。

 

『ホシノさん、ですか?』

 

「えっと〜はい」

 

『こちらは病院です、彼は治療が必要な方を見つけて運び入れてくださったんです。それで、伝えたい事があるそうで』

 

「そうなんですか?」

 

『看護師さん、その子を映して貰ってもいいですか?』

 

『はい』

 

 そして映像が、見知らぬ女の子を映し出す。

 

「えっと〜その子が運び込んだっていう子だったりして?」

 

『そうです、栄養失調という事で』

 

 ホシノは嫌な予感を抑えきれなかった。

 

「それでその……伝えたいことっていうのは〜?」

 

『内容をお願いします』

 

『はい』

 

 青年に映像が戻り、話し始める。

 

『まず、落ち着いて聞いて欲しい。うん、「また」なんだ。悪いな。仏の顔もって言うしな、謝って許してもらおうとも思っていない。 でもこの通話が始まったとき、お前は、きっと言葉では言い表せない違和感みたいなものを感じてくれたと思う。 そういう敏感さを忘れないでほしい。看護師さん、ここから先は耳を塞いでくれ。聞いたらきっと厄介な事に巻き込まれる。……塞いだな? じゃあ、用件を伝えようか』

 

『シンプルに言えば、どうやらウツロイドの事件はまだ終わってなかったらしい。ティアーズカンパニーを壊滅させてジエンドなら良かったんだが、もっとやべえ奴らがいた』

 

『これは推測だが、ウツロイドがこの世界に現れたのも奴らの仕業かもしれない。詳しい事情はまだ知らないけど、この子はそのやべえ奴らに誘拐されて人体実験されていたらしいんだ』

 

『そんで、昼間そいつらと一戦……までは行かないか。この子が実験場から逃げ出したっぽくて、また連れ去られそうになっているところに出会して盗んできた。それで、お前らに頼みたいのは……』

 

『ハンサムを呼んでくれ』

 

『これはおそらく、俺1人で手に負える問題じゃ無い。本来ならすぐさま警察にでも投げたいところだが、嫌な予感が拭い切れない。相手の正体も掴んで無い現状だと、下手に動いたらお前らに危険が及ぶ』

 

『そこでハンサムだ、あの人ならすぐにでも動いてくれるはずだ。番号は────ヨシ、伝えたな』

 

『……街に来て早々ごめんな、バカは死んでも治らないというかなんというか……まあ、諦めてくれ。関わろうとか考えるんじゃないぞ? 最悪の事態ってのはお前らが捕まる事なんだから…………このタイミングで! 看護師さん、逃げろ!』

 

『え……え…………』

 

「お兄さん!」

 

「待って!」

 

 ホシノとレッドの叫びも虚しく、窓ガラスが割れるらしき音が響いて通話は切れる。

 場に沈黙が広がった。

 

「わ、私がこの街に連れてきた、から……?」

 

 レッドは愕然としていた。

 良かれと思ってやったのに、まさかこんな事になるなんて。だって、お祭りが開かれるっていうから。

 ピカチュウを探しながらでも、たまには良いだろうと思って、それで、予約までして──

 

「違うよ、レッドちゃん」

 

 ホシノはレッドの言葉を否定する。

 

「全部お兄さんが悪いんだからね〜、いつもいつも相談もしないで危ない事ばっかして、もう本当……良い加減、おじさんも頭に来ちゃったよ〜?」

 

 

 ──────

 

 

 ユカリを背に庇い、看護師さんに逃げるように言って、先ほど病院に来る時に捕まえたフワンテを前に立たせる。看護師さんのメガネは握り潰して粉微塵に砕き、証拠を文字通り風に載せて消し飛ばす。

 

「やっと見つけたぞ、貴様……」

 

「結構遅かったな、お姉さんよ」

 

「貴様、何故ニューラルリンクに登録されていない」

 

「シャドーボール」

 

「っ! ドーベルモン! ……いきなり攻撃など野蛮な……グラオ・レルム!」

 

 グラオ・レルムの効果により、フワンテは技を使えなくなる。青年はフワンテの状態を把握した瞬間、女に接近して顔面に拳を突き込んだ。吹き飛んで壁に叩きつけられた女を助けようと、ドーベルモンが噛みつきに来たのを察して追撃は諦め、すぐさまフワンテの後ろに戻る。

 ズルズルと地面に崩れる女が痛みにうめきながら呪詛を唱える。

 

「うぐぁ……! くそ……卑怯な! 何なのだ貴様!」

 

「俺は、そうだな……シャドーボール」

 

 女の意識が一瞬遠のいた事ですぐに解除されたフワンテの能力制限を感じ取り、不意打ちで放たれたシャドーボールがドーベルモンの腹にクリーンヒットした。

 さらに同じ場所にインステップキックを喰らわせる。先ほどの女と同様吹き飛んで、威力が違うのか今度は壁に凹みをつけて地面に落ちる。

 それを目にした女は、すぐさま内線で指示を飛ばす。

 

「くっ……戦力が……応援を寄越せ! ……なっ、い、いない!? いつの間に!」

 

 しかし、その瞬間には既に青年はその場からいなくなっていた。

 こんな奴ら相手してたらキリねえな……と判断して即座に撤退したのだ。

 

「全く……あり得ないぐらい厄介だな。空中都市だから容易には抜け出せねえし……」

 

 逆に、この街から逃げれば良い、という問題でも無かった。ユカリの腰から生えた小さな翼、明らかに尋常では無かった。いや、ホシノの輪っかは? と思うかもしれないが、アレからはこんな雰囲気を感じない。

 

「う……ここ、は……」

 

 ユカリが目覚めてしまった。

 幸いな事に、もう、あいつらの目からは逃れているだろう。俺もすぐさまサングラスかけたから結局素顔見られてないし。監視カメラ? 俺がそんなのに映るポカやらかすわけないじゃん。

 現状を伝えると、ユカリは申し訳なさそうに謝る。

 声が掠れているのはおそらく、実験の後遺症なのだろう。

 

「巻き……込んで……しまって……ごめん……なさい」

 

 今更すぎない? 助けてって言ったんだから助けてるんだよ? 

 それとも実験場に逆戻りしたいの? 

 彼女の身体が強張るのが背中から伝わってくる。

 まあ、当面はお前の体力を取り戻すのが先決だ。事情はそれから聞かせて欲しい。

 

「あの……」

 

 どうした? トイレか? 

 

「いえ……お名前……を……」

 

 あれ、名乗らなかったっけ……

 まあいいや、じゃあ改めて名乗らせてもらうわ。俺の名前はポケモントレーナー、よろしくな。

 

「それが……本当に……名前なの……ですか?」

 

 ああ、俺は記憶喪失でな。本当の名前も含めてほぼ全てを失ったからそう名乗ってるんだ。

 

「そう……でしたか……あの……」

 

 まだ何かあるのか? 

 

「降ろして……いただいても……」

 

 ん? 良いけど、ちょっと待ってな、よいしょ。

 地面に下ろすと彼女はただ座り込んだまま動かない。立てないのに、どうした? 

 彼女は何か力んでいるようで、正直何をやろうとしているのかさっぱりわからない。

 だが、次の瞬間たまげる出来事が起きた。

 何と、浮いたのだ、ユカリが。

 脅威! カラクリなしの浮遊マジック! 

 脳裏に浮かび上がるテロップ。

 そりゃあもうびっくりした。

 普通に浮いてるんだもん。

 それどうなってんの!? 

 お前、やっぱりポケモンか!? 

 

「実験で……」

 

 なるほど、だいたい理解した。

 身体に負担はかからないのか? 点滴20個ぐらい(勝手に)もらっては来てるけど、無駄にエネルギーを消耗するのは良くないぞ。

 

「サイコ……エネルギー……を使って……浮いてる……から……大丈夫……」

 

 何が大丈夫なのかわからん。サイコエネルギーって確か感情によって励起状態に持っていけるんだよな。でも、メガネを使わなきゃプロ選手でも高度に操ることができないって聞いたぞ。

 

「そう、いう……じっ……けん……ぅ……」

 

 おい、バランス崩してんじゃねえか! 

 落ちてきたユカリを受け止める。

 だからまだ話さなくていいって、喉も調子良くないんだし。

 もっと体力回復して、話したくなったら話せよ。また体調崩されても敵わねえ。

 …………ん? 

 なあ、もしかしてお前、早朝も飛んでた? 

 ……やっぱりそうか、あの時も逃げてたんだな。

 俺が泊まってる宿の窓から女の子が飛んでるのが見えたんだけど、夢かと思って二度寝したんだよね。

 いやー、たまたま技術者区画に侵入しててよかったわ。そうじゃ無かったら今頃また実験室戻りだったな? 

 ……そんな顔すんなよ、ただの事実だろ。大事なのは今、お前が俺の手元にいる事だ。

 でえじょうぶだ! そのうちハンサムが来る! 

 ハンサムってのは……全部解決してくれるやつだ! あの人に全部任せよう! 

 それまでは一時の逃避行と洒落込むか! 

 いやあ、吹っ切れたらワクワクしてきた! 

 警察と追いかけっこもいいけど、悪の組織と対峙してタイムリミットまで逃げ切る、そういうのも悪くないかもしれねえな! 

 ガハハハ! 

 

 

 ──────

 

 

「がはぁっ!!」

 

 女、カレンは地に倒れ伏していた。

 あの男を取り逃し、病院に残された手掛かりは無いかと、応援の部隊と共に捜索をしていたら、唐突にブラストバーンを喰らったのだ。ドーベルモンが盾になっていなかったら消し炭になっていただろう。

 そしてドーベルモンは、身体から煙を上げながらぴくりとも動かない。

 

「ぐ……一体、何が……」

 

 起き上がることもできないまま、顔だけを動かして下手人を見ると、応援の部隊をリザードンが一掃していく光景が見えた。ショットガン片手に近距離戦を挑んでいるやつや、こおりタイプの技をこんな病院内でぶっ放しているやつもいる。

 

「い、イカれてる……なんだ……あいつら……」

 

「あなたがリーダーみたいね?」

 

 紙袋を被った、一番背の高いやつが声を掛けてきた。どうやら女のようだ。というか全員紙袋を被っている、変装のつもりだろうか。

 

「何なんだ……お前ら……」

 

「あら、質問できる立場にいると思ってるのね」

 

 余裕たっぷりの様子だが、実際、腕利きのプレイヤーであるはずの部隊が薙ぎ倒されていくのを見るに、相当な実力者なのだろう。

 

「なんでこの病院を襲撃したのか答えなさい」

 

「……はっ、答えるとでも思っているのか?」

 

「別に答えなくてもいいわよ、貴方達の持ち物を調べればある程度は分かるでしょうからね」

 

「……!」

 

「どうせ、既に痛めつけられた後でしょうし、そこにブラストバーンなんて喰らったから動けないでしょう?」

 

「貴様……! あの男の、仲間か!」

 

「答えるとでも思っているのかしら?」

 

 意趣返しとでも言うようにそう答える紙袋女は、カレンからメガネやアイテムなど様々なものを奪っていった。

 

「ほら、どんどん回収してこ〜」

 

 ショットガンのやつも気絶した部隊員から次々と物資を奪っていく。

 カレンは、続け様のダメージに意識を手放した。

 

「結局、師匠はいませんでしたね……」

 

「どうせ逃げ切ってるわよ」

 

「だといいんですけど……」

 

 4人は、先ほどまでポケモントレーナーとあの少女がいたと見られる部屋に来ていた。

 レッドは、丸椅子の下に落ちていた数独の紙を拾う。

 まだ途中のようだ。

 

「この字、お兄さんの……」

 

 何の意味もないそれを、丁寧に畳んでリュックに収める。

 証拠収集といったところだろうか。

 

「ここに居たら、ふんじばって連れ帰ってやろうと思ったんだけどね〜!」

 

「ホ、ホシノさん、落ち着いてください……」

 

 ホシノが額に青筋を立てながら荒っぽい事を言い、アイリが慌てて宥めた。ホシノは怒りが収まらないようで、ベッドをバフバフと叩く。

 

「……お兄さんの匂いじゃないね」

 

「何言ってるのよ……」

 

「……あっ、ほんとだ! 師匠の匂いじゃないです! ここでは寝てないようですね!」

 

 意味不明な談義をし始めたホシノとアイリにナギが困惑しているとレッドは丸椅子に座り込む。

 

「ちゃんと……また、戻ってくるんだよね……?」

 

「…………大丈夫、きっと最後には、また元通りよ」

 

 自責の念を感じているのか、いつもよりも不安げに内心を吐露するレッドをナギは勇気付ける。

 本当は、ナギ自身も不安だった。

 ティアーズカンパニーをリオレウスとともに壊滅させた青年が、自分の手に負えないと言ったのだ。

 そんなところに、勢いだけで来て、未知の敵に対して明らかな敵対行動をとってしまった。

 これからどうなるのか、全く読むことができなかった。

 

「も〜……なんで先に相談しないかなぁ〜」

 

 ホシノだけずーっとイライラしていた。

 

 

 ──────

 

 

「えー、そういうわけで宿を取るんですが……残念ながら俺の手持ちのお金も、あるとは言えそこまで多くありません。替えの服も一応ありますが、多くはありません」

 

「……はい」

 

「つまり何が言いたいかというと、節約のために一部屋しか借りれません!」

 

「……それは……いいの……ですが……むしろ……一度……お仲間の……元へ……」

 

「ああいいからいいから、何となく言いたい事は分かる。でも、今俺がお前の元から離れたら誰がお前を守るんだよ。あと、俺の正体がバレた時に仲間も同時にバレるからあんまりいい手じゃない」

 

 だから、と気まずそうにポケモントレーナーは告げる。

 

「見ず知らずの男と同じ部屋で本当申し訳ないんだけど、そういうことだから」

 

「……はい」

 

「まあアレだ、病院は割とパブリックな場所だからバレたけど、こんな宿なら早々バレることもあるめえよ」

 

 とりあえず、シャワーだけはついているらしいので、ポケモントレーナーはユカリに先に入るように促す。

 流石に自分がシャワーまで付き添うわけにはいかないが、フワンテに捕まって移動すれば問題ないだろう。

 

「それ、じゃあ……」

 

 ユカリは脱走してから今までシャワーも何も浴びてないし、さっさと身体を綺麗にしたいに違いない。

 俺は飯の準備でもしてくるか。

 

 

 ──────

 

 

 ユカリは、フワンテを椅子代わりとしてシャワーを浴びながらこれまでのことを考えていた。

 先ほど病院のカレンダーで日付を確認したところ、誘拐されてから2年の月日が流れていたことが分かった。

 

 繰り返されるあの実験。私達に励起活性したサイコエネルギーを直接注入し、どんな反応を得るかを見る研究員達。

 肉体の内側で暴れ回る衝撃と痛みで、最初は喉が枯れるまで叫び続けた。

 毎日、苦しみの中で意識を朦朧とさせていた。

 その日の実験が終わり、気力も尽き果てた身体を地面に横たえても、明日はまたあの地獄が待っている。眠れるはずもなかった。

 

 彼らは、寝ても覚めても私たちを監視しているようだった。

 実験の過程で腰から異形の翼が生え、研究員達は何故かそれに大喜びしていた。

 だが、そんなことはお構いなしに実験は続けられ、毎日毎日、サイコエネルギーを注入された。

 喉が擦り切れ、声がまともに出なくなった。そんな私はある日、視界内に赤い煌めきがあることに気付いた。

 最初は幻覚かと思った。

 極限の状況では人間は幻覚を見るというのは、いつかソーマで見たのだったか。

 永遠に思えるようなその生活の中で、たかが赤い光が見えたところでどうでもよかった。

 無視していた。

 見えたところで何が変わるわけでも無い。この地獄は死ぬまで続くんだろう、そう思っていた。

 

 どれだけの実験を繰り返したのか分からない、日付感覚も無くなったある日、例の赤い煌めきが激しく蠢いていた。

 何故か研究員は不在で、その日は実験が無いようだった。

 特に意味は無かったけれど、その煌めきに触れた。

 実験が無いということで、動こうという気力があったのかもしれない。

 触れた瞬間、大爆発が起きた。

 

 私は何ともなかったのに、私のいた部屋から外まで一気に、建物が吹き飛んでいた。

 そこから覗く空へ目掛けて、ゆっくりと飛んだ。

 翼が生えてから出来るようになった、ニューラルリンクグラスに頼らないサイコエネルギーの操作。

 

 焦る気持ちと、泣きそうで、霞んでしまう視界を必死に抑えて、操作を誤らないように慎重に、月の照らす世界に私は再び帰ってきた。

 とても大きな、よく見覚えのあったはずの箒が夜空に浮かんでいた。

 そこからは、数日逃走して、空腹で倒れたところを彼に見つけられて今に至る。

 ……まだ、あそこには実験をされている子がいる。数日前の私がいる。未だ、完全に信用は出来ないけど、それでも彼なら……あるいは助けてくれるのかもしれない。

 ただ……研究員達のあの目が、忘れられない。人を人とも思わない、ただの道具としか見ていない目。

 案内のためだとしても、あそこに戻ると思うだけで……身体が震え出して、視界が回って、吐き気が止まらなかった。

 

「ごめん……なさい……ごめ、ん……なさい…………」

 

 

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