マネカタと名乗る彼らは、一様に似たような顔をしていたそうだ。
謎の下水道で生活を営み、6人を言葉だけ歓迎した彼らは、ヒーホーくんのことだけは一切歓迎しなかったらしい。アイリが怒ってマネカタ達と険悪なムードになりかけたが、ヒーホーくんが彼らに対しては全く興味を持たなかったので何とか収まった。結構悪し様に言われたらしい。
たまたまそこにいた、ムラマサと呼ばれるマネカタが色々物資を持っていた。6人の持っている物品と必要なものを交換してもらい、装備を整えた。だいぶ足元を見られたとか。
なぜかオールドタウンの地下がそんなところに繋がっているのかという事に戸惑いつつも、目的は忘れない。
アイズカンパニーの社長を捜索するために下水道を進み、落胆する。行けども行けども下水道!
そりゃそうだろ、下水道だもん。
それで4日間無駄にしたらしい。
…………ちょっと待て、4日って何だ。
どうやら下水道は時間の流れが早かったようで、戻ってきた時には逆に驚いたとアイリが言っていた。
それで、流石に無理だということで元の場所に戻り、なんとかこっちに戻ってくるための手段を探した。
なんか向こうに行ってからはリーリエのパートナーの能力が使えなかったんだとよ。
マネカタたちに聞き込んでみるとどうやら、とあるマネカタが色々なことを知っているというので全員で駆け込んだ。
駆け込むまでの過程でも色々あったらしい。まず、そのマネカタがいるという場所に辿り着くのにさらに2日、しかも道中には未知のポケモンがわんさか。
接触攻撃が効かないのにリザードンのひのこ一発で落ちるとか、逆に炎が効かないのにヒーホーくんのブフが効いたりと中々偏ったポケモン群だったらしい。
ほのおわざが無効のポケモンとかいたっけ? あんま覚えてねえな。
それで、いざマネカタに会ってみればムラマサだった。最初に物々交換した時はもっと明るい態度だったのに、死ぬほど頑固で、ポケモンを倒した時にゲットした輝く石とかよく分からんものを散々献上してようやく話を聞いてくれたらしい。
それで、話をしてくれるようにはなった。しかし今度は、下水道の奥にいるポケモンを倒してくれないとその社長の場所や帰る方法を教えてくれないと。
レッドが殴りかかってナギが収めたらしい。
やるじゃんレッド。
「ぶい」
わしゃわしゃしてやる!
「……んふ」
6人の中でヨウだけはその話を快く引き受け、そもそもアテも無いんだからやるしかないという事で下水道の奥へ。
ムラマサも何故か着いてきたわけだが、さらに苦労したらしい。
疲れたからゆっくり歩けだの、飯を準備しろだの、モンスターを俺に近付けるなだの。今度はワガママ放題で精神的に疲れさせるタイプだったらしい。
自由だな、俺は嫌いじゃ無い。
俺も旅の最中は、もう少しゆっくり行こうとか、飯の材料取ってきてくれとか、野生のポケモンが出たらホシノ、君に決めた! とか、そのムラマサとやらとあんまりやってること変わらないしな。
「誰が言うかで全然違うんだよ〜……そもそもお兄さんは荷物全部持ってるし……」
ムラマサも荷物持ってればなあ……
それで、散々な目に遭いながらもムラマサの案内に従い下水道の奥、広い空間に着いた彼らは、ヒーホーくんの亜種みたいなやつと出会ったらしい。
ジャアクフロストと名乗るそいつは、出会って早々にヒーホーくんと、力が欲しいか? とかいう禅問答を始めたので、良い加減うんこ臭い空間から逃げ出したかった6人は戦闘を開始。
リザードンもヒーホーくんもガオガエンも、先ほどまで通用していたほのお・こおり技が全く効かず、それ以外のわざで戦っていった。
小柄な体躯に見合わぬ膂力、底が見えないpp、何を喰らっても耐え切る体力。控えめに言って一対一なら絶対に勝てなかったらしい。
それでも何とか追い詰めて膝を地面についたところで、ムラマサが発狂してジャアクフロストに飛びかかり、なにかを吸収し始めた。
ウジュルウジュルと気持ちの悪い音を立てるそれを見たヒーホーくんはブフを撃ち、ムラマサを弾き飛ばした。
先程までとは姿を一変させ、3面の顔と、全身から歪に腕の生えた悍ましい正体を現したムラマサは、自身こそがこの空間の主人に成るべき存在であり、その為に邪魔なジャアクフロストを吸収しようとしていた事を告白した。
そして判明する。6人が帰るのを邪魔していたのがムラマサであったという衝撃の事実。
ここに6人が来た瞬間からその事を把握しており、自らの糧とする事を決めていたとか。
ムラマサは、下水道の奥でマネカタ達を見張っているジャアクフロストと6人を戦わせて、消耗したところで全員を吸収する事を企んでいた。
しかも、アイズカンパニーの社長とか別に知らないらしい。
騙されたと知って激おこの6人はジャアクフロストから、輝く石を寄越すように言われた。
正式には魔石と呼ぶらしいソレを渡したところバリボリと食べ始め、先程までの傷は全部無くなった。
ムラマサも懐から魔石を取り出して齧り、ヒーホーくんのブフにより出来た擦り傷を治す。6人が交渉のために必死こいて集めて渡した魔石だった。
こうなっては致し方あるまいと、ムラマサは全員をこの場で抹殺して吸収するために襲いかかってきた。
執拗にナギ達を狙うムラマサをパートナーの面々は守る。ジャアクフロストも事情を把握し、ヒーホーくんの丁重な謝罪により彼らを許して加勢した。
ムラマサは、ジャアクフロストのミラクルパンチを叩き落としてリザードンの炎を喰らい、ヒーホーくんのブフを砕き割った。その隙に直撃したガオガエンのクロスチョップで吹き飛ばされて、壁にめり込んでも大した痛痒を感じていなかった。
少し傷を負えば魔石を齧るので体力にキリがないのも拍車をかけた。
さらに、どうやらサイコエネルギーを自在に操り、攻撃手段として昇華させていたらしい。
四方八方にエネルギーを撒き散らしながら、強者らしく全てのポケモンを相手する。
ソレほど強大なのに何故まだ他者を狙うのか、ナギは問いかけた。
そんな事を聞くのかと狂笑したムラマサは、リザードンをサイコエネルギーの奔流で吹き飛ばしてから答えた。
『こんな臭くて狭くて暗くて、ゴミみたいに群れてる奴がいるだけの場所の何が面白えんだよお! ……ああ、お前ら人間がいるっていうチジョウは広いんだろ? 臭くないんだろ? 明るいんだろお? ゼーンブ、おおおれのもんだ、ハハ、ギャハハハ! 何しようなあ! 楽しみだなあ! 全員潰して食べたら、どれだけ強くなれるんだろうなあああ! ここのヌシになったらそこに行きてえんだよおお!!』
ジャアクフロストはアホくさとでも言いたげにため息を吐いた。
元々地上にいたジャアクフロストはジャックフロストだった頃、プレイヤーと一緒に旅をしていたが、より強いパートナーを求めて捨てられたらしい。
暫くは森でニートをしていたが、ある事がきっかけで一人旅を始め、各地のジムを巡った。
プレイヤーじゃないのでバッジは獲得できないが、ジムリーダーとのバトルを経て成長し、ジャアクフロストになったところで調子に乗った。万能感に支配されて、手を出してはいけないやつに手を出したのだ。そして叩きのめされ、気が付いたらここにいた。
昔を懐かしむように目を細めたジャアクフロストはムラマサをバッサリと切り捨てた。
『お前なんか通用しないホ』
ムラマサは嘲笑う。ジャアクフロストが弱かっただけで、俺は負けていないぞ、と。
次の瞬間、リザードン達の攻撃が叩き込まれて土煙に覆い隠されたムラマサに、タッタッと空を蹴ったジャアクフロストが突っ込んだ。衝突音が暫く聞こえた後、両者が煙を突き破って吹き飛んでいった。
ジャアクフロストは腹に大穴を開けていた。アイリとリーリエは駆け寄り、慌てて手当てを始める。
ムラマサは、自らの手に纏わりつくジャアクフロストの黒い血を舐め取り、大喜びしていた。濃厚でエネルギーに満ちた血を取り込み、ムラマサはさらに漂う雰囲気を鋭くした。
対して、ジャアクフロストという大幅な戦力が離脱したことにより一行は劣勢に立たされた。どんどんとパートナー達の肉体は痛めつけられていき、追い詰められていく。リーリエのパートナーはこの隙にワームホールを作り出せないかと試みたがやはりうまくはいかなかったそうだ。
絶体絶命、社長を探すどころの話ではなかった。
ジリジリと迫ってくる死線にナギもレッドもヨウも、表情を強張らせる。
しかし、あれほど自信満々であり、ジャアクフロストを圧倒したはずなのに、どうしたわけか段々とムラマサの動きは精細を欠いていき、頭が痛いとしきりに訴えるようになる。
目を瞑って寝ていたジャアクフロストは、手当をしていた二人を他所に、魔石をたらふく食べて即座に回復した。こうなるのを待っていたようだった。
『もう、詰みだホ』
『てめえ、何だよコイツ……何なんだよコイツはああ!!』
『な? 無理だって言ったホ?』
ジャアクフロストは手を上に掲げ、ゆっくりと氷の結晶を作り上げて行く。
ムラマサは目の前の事などどうでも良いと、三つの顔のうち二つを、グチャグチャになる程かきむしる。
6人は、何が起きているのか理解出来なかった。
絶望的な戦力差によって劣勢になったと思ったら、ムラマサは焦点を遠くへ飛ばして恐怖に慄いているかのような様子を見せているのだ。
掲げられた氷の結晶は大きく、より大きくなり、漏れ出た冷気でナギ達の眉毛が凍りつくほどだった。
『オイラの血を取り込んだから、記憶も取り込まれたんだホ?』
『こんな奴……聞いてねえぞおおおお!!!』
『さよならだホ……ダイアモンドダスト!』
極低温の世界の中心に座す氷像と化したムラマサは、カシャカシャと軽い音を立てながら崩れていった。
その氷を、ジャアクフロストは食べ始める。ジャックフロストにも食べるように言い、2匹はソレを余さず食べ切った。
全員で、改めてジャアクフロストに謝罪をした。
許す代わりとして、ジャアクフロストは二つ条件をつけた。
一つ目はアイリに対して。
まだ弱いヒーホーくんを見捨てずに、一緒に強くなること。
二つ目は全員に対して。
うんこ臭いから早く風呂に入れ。
というか帰れ。
抗議する全員を無視して氷を空中に漂わせ、リザードンに氷を溶かすように言った。
火炎放射の絶妙な加減によってお湯となったソレはその場に降り注ぎ、汚れなどを多少は流した。
どうやってか温風を発生させて全員を乾かし、まあ良いだろうとリーリエに帰り道を作るように指示を出す。
今度こそワームホールは作られ、通り抜けたらオールドタウンの路地裏にいたらしい。
結局、社長の事は何もわからなかったし、一週間分の疲労がドッと押し寄せた。ソレで昨晩は足取り重く宿に帰っていたという話だった。
──────
「……いや、俺がいないところで何でそんな面白そうな体験してんの? 除け者ですか?」
「もう、本当に懲り懲りよ……あの二人も今日はゆっくり休むそうよ」
隣のベッドに寝転んだナギはまだ朝なのにもう疲れた顔をしていた。疲労が取れていないんだろう。
でもまあ……
「良かったよ、無事で。ソレに成長できてたみたいだな」
「ただただ疲れただけよ……」
不貞腐れた表情をするナギのおでこに、ちょっと腕を伸ばして手を置く。腰にジャリンコどもが抱きついてて動き辛いからな。ナギは確かに疲れているようで、少し熱がある。神経が過敏になっているのだろう。自律神経がどうのってやつだ。
「あなたの手、熱いわね……」
代謝がバカでかいんだろうな。身体機能が高い弊害だ。
「あと、臭くない……」
あの……脳みそが下水道にやられていらっしゃる……?
臭いか臭くないかを判断基準にしないでくれないか?
「あなたの顔見てホッとしたら、なんかまた眠くなってきちゃった……」
おう、寝ろ寝ろ。頑張ったんだからいくらでも寝ろ。
「うん……」
程なくして寝息を立て始める。研究所の時もそうだったけど、ナギはコイツらの中だと年長者だからどうしても責任とか感じちゃうんだろうな。
そりゃあ疲れるはずだ。
ナギの身体にブランケットをかけて、少し静かになったレッドを見る。ぼうっとした目つきでこっちを見ていた。
なんじゃ。
「なんか暑い」
ん〜〜、別にレッドの額は熱くないけど暑いのか?
「うん」
とりあえずそういう時は寝ろ。
お前ら飯は食ったんだろ?
「食べた」
じゃあほら、自分のベッドに戻って寝な。
「一緒に寝よ?」
俺は飯食ってないから一旦食堂に行きたいんだけど……
アイリとホシノも一旦離れてくれ?
あと、未だに俺は上裸なんだが、服を着させろ。
「もう暫くダラダラしようよ〜」
「まだ臭いです」
朝飯食ってないからダラダラできないんだが? あとアイリは流石に嘘って分かるから。
「くさーい」
なんかもうめんどくさくなったので、ピザの出前を取った。待っている間にホシノ達をベッドに放り投げてシャツを着る。
「ぼうりょくはんたーい」
「はんたーい!」
やかましい、大人しく寝とけ。
レッドはすでに意識が半分飛んでおり、おでこに手を乗せて欲しいという要求にしたがったらすぐ寝付いた。
あとはウダウダ言ってる二人だが、簀巻きにして耳元で褒めまくったら動かなくなった。
ASMRに屈したな。
というか、社長探して1日でこれか……なかなか一筋縄じゃないかないな。
ピザをモシャモシャ食っていると、部屋の隅っこで寝ていたリザードンが匂いに釣られて起きた。
お前も食べたいの? しょうがねえな……
と思ったらリザードンはどこから持ってきたのか、そしてどこに隠していたのか、トウガソースを取り出してぶちまけやがった。
おまえ辛党かよ。
四苦八苦しながら半分ずつ食べ、食後のミルクを堪能した。
舌がヒリヒリするぜ……
眠くは無いので街へと繰り出したところ、至る所で話しかけられた。
何だと思えば、研究所から被害者を助け出した話が随分と広まっていたらしい。
こんなに受け入れてくれる空気は初めてかもしれない。いつもは、やれゴキブリだのヒモだのトレーニングしろだのと酷い言われようだからな。
……ひどすぎでは?
しかし、まさかの弊害。話しかけてくる奴が多すぎて前に進めない。
無視していけば良いかもしれないけど、空気感が気持ちいいから無視できぬぇ……
ちょっと店に入ろうかなーって思ったら一緒に入ってくるやつがいるからまともに商品を探せない。
警察が途中で介入してくれたから解散したけど、きつかったぜ。
それでお目当ての店を探し当てて、どれが良いだのソレはダメだのと色々と店主と話し合った。
なんか途中で好きな体の部位の話になって、オッサンの性癖をぶつけられるという拷問を味わうことにもなったが大きな収穫はあった。
「けっ……お人好しなこって」
去り際にそんなセリフをぶつけられたのでうるせえ禿げろばーか! と吐き捨ててきた。
半分ぐらい意味の無い時間だったぞマジで。
──────
今日もスタジアムでバトルバトルゥ!
なぜなら、俺がどれだけ歓迎されようが、窓ガラスをぶち破ったという事実は消えないからな……
だけど歓声は心地いいぜ!
このままグズマにも届け!
前はされなかったインタビューで、この男探しています、とグズマの似顔絵を大大大大大公開。
ピカチュウ? ピカチュウ探してるなんて言って伝わるわけねえだろ! 関係無いピカチュウ押し付けられておしまいだ!
レッドとアイリの個人的な情報が晒されないように気を付けないといけないんだから、グズマだけ公開するのが正解なんだよ。レッドも大々的に探したいとは言ってなかったしな。
グズマとの関係性を聞かれたので舎弟です! と答えておいた。
今日のノルマは達成したので手を振りながらスタジアムを後にした。
金、グズマ、ただいまァ!
「なんでお兄ちゃんの顔を知ってるんですか私の家に写真は無かったですよね何となく聞くのを避けてましたけどやっぱりどこかでお兄ちゃんと会ったことがあるんですか何で黙ってたんですかこれは裏切りですよ!」
全員寝ていると思ってたのに、扉を開けると幽鬼のように立っていたアイリは、俺の着ているアロハシャツをグワシと掴んで引きちぎった。
…………ちょっとおおおおおおお!!!
アイリちゃん!? 俺のお気にのアロハシャツがさらに減ったんですけど!?
「……誤魔化すんですか」
……ふう。
アイリ……俺は最初からグズマを知っている、それはお前の家で言った通りだ。でも、別に俺はグズマと会った事なんてない。
俺がグズマと遊んでるところなんて見た事ないだろ?
「お兄ちゃんは……いつも言葉遣いの悪い人たちを引き連れていました」
あー、まあソレは分かる。どこいても問題を引き起こすタイプだよな。
「……お兄ちゃんは、カッコ悪いドクロのTシャツを着ていて、変なポーズをよく練習していました」
マジでそのまんまのグズマだったのか。そこら辺の見極めは全部アイリに任せようと思ってたからな、深く突っ込んだことはなかった。
「やっぱり師匠はマタナキタウンで育ったんですよね!? そうじゃなきゃ記憶喪失で出会ったことも無いのにこんなにお兄ちゃんに詳しいはずありません!」
いーや! 俺は絶対にマタナキタウンで育ってまへん! だってマタナキタウンみたいな、やたらと木を大事にしたりちょっと根っこ踏んだだけで逮捕されるような街に住んでたらストレスでおかしくなっちゃうもん!
「おかしくなっちゃった結果が記憶喪失なんじゃ無いんですか!」
それはどういうことだ! アイリが俺をおかしいと思うのはこの世界の常識がおかしいからだ!
……いや、この地方の常識がね、うん。
さっきも言ったけど、本当に俺がグズマとつるんでたんなら顔ぐらい覚えてても良いはずだろ?
「……師匠の顔は地味なので」
アイリちゃん!?
前はカッコいいって言ってくれたのに、アレはやっぱりお世辞だったのか!
……胸が痛い! 普通に傷付いたぞ!
「ご、ごめんなさっ……ふんだ! そんな顔しても謝ってあげませんから!」
良いじゃん別に! グズマを探す効率を考えたらこれだと思ったんだから!
「最初に言ってくれても良いじゃないですか! いつも言ってるのに! ちゃんと教えてくださいって! みなさんも言ってるじゃないですか!」
正論だ……ぐぬぬ……
「がるるる……ししょーのばか!」
うう……くやしい! 子供に罵られてくやしい!
「君さあ……子供と喧嘩して恥ずかしくないの?」
突然の乱入者あらわる。
振り返るとそこにはリン。
リン! お前はどっちの──
「アイリちゃんだよ」
あばーーーー!!
ショックで足元に倒れ込んだ俺を、リンはまるでそこら辺に落ちているゴミかのように見ていた。
「家族の顔をいきなり世界に公開されたアイリちゃんの気持ちにもなってみなよ」
…………確かに!?
盗撮され過ぎて感覚がおかしくなってた!
ごめんアイリ! 頭冷やしてくる!
──────
部屋を出て行ったポケモントレーナーを放っておいて、リンはアイリの前で屈んで目線の高さを合わせた。下を向くリンに話しかける。
「あいつホントバカだね」
「……」
「嫌いになった?」
アイリはフルフルと首を横に振る。
そういう事じゃなかった。
「じゃあ、スッキリした?」
躊躇いながら頷く。
上手く言葉にできないけど、アイリは少しだけ身体が軽くなった気がしていた。
「好きな人でも、一緒にいると少しずつ不満って溜まっていくんだよ。アイツはバカだからそういうの勝手に排出されていくんだろうけど、アイリちゃんは真面目だからね」
「……」
「私もお姉ちゃんとたまにしてたよ、喧嘩」
「え?」
意外だとでも言うようにアイリはリンを見た。
あんなにユカリの事を大好きで大好きでたまらないと振る舞っているいるのにそんなことがあるのだろうか。
少しだけ照れたようにリンは笑う。
「お姉ちゃんは大好きだけどさ。まあ、直して欲しいところもあるからね……最近直して欲しいことも増えたし」
特にアイツとの関わり方とか、とボソッと呟くリン。
「アイリちゃんも、アイツに直して欲しいところとか少しはあるんじゃ無いの?」
「……いっぱいあります」
い、いっぱいか……と引き気味のリンの前で、次々とアイリはポケモントレーナーに対する不満をぶちまけていく。
「そもそもししょーは女の人に目移りしすぎです! この街に来た時だって、すーぐ声かけてましたからね! 秘密も多すぎて酷い!」
「うんうん」
リンは邪魔する事なく、頷きながら話を聞いていた。
いつのまにか目覚めたレッド達も話に加わり、場はポケモントレーナーの悪いところを論う場と化した。
トイレで顔を洗って、文字通り頭を冷やしてきた気になってた青年。扉の前で一つ息を吐くと、中に戻る事なくユカリの部屋に向かった。
ユカリ、こんにちは。
え? なんか様子がおかしい? ハハハ、鋭いな。多人数パーティ特有の現象みたいなのを体感してきたところだ。
アーナキソ……
いやいやこっちの話。とりあえず、ユカリはちゃんと昼飯食ったか?
なるほど、食堂でちゃんと食ったんだな、偉いぞ!
偉くないって? いやいや、何事も褒めていかなきゃな! 褒めて損は無いし。
ユカリもリンの事は良く褒めてるじゃん。そういうのと一緒だよ。
ユカリは今日どこかに行く予定はあるのか?
こっちは、昨日アイツらが大冒険してきたらしいからな、ダラダラするって話でまとまってる。そう、大冒険。
まあなんか、面白そうな話だったよ。興味があるなら聞いてみれば良い。今はちょっとやめたほうがいいかもしれないけど。
なんでって? なんでだろうね……
……ところでさ、話は変わるんだけどユカリはご両親と連絡は取ったのか?
ああ、まだ取ってないのか……いや、今後の事とか伝えておく必要もあるだろうし。よくわからん男と大事な娘が一緒にいるわけだからな。
リンがやってくれた? ……最初に顔を見るのは直接が良い、か。
うん、そうだな、俺もそう思う。
一応聞いておきたいんだけど、俺のことってご両親に何て伝えてあるの? ──普通に? なんだ普通にって……
ところで明日はルーザーズの日だけど、ユカリは見るのか?
迷ってる? じゃあ直前でも良いから気持ちが固まったら言ってくれ。
──────
部屋に戻ると、ただの雑談会と化していたのでホッとしてホシノにおこづかいを頼んだ。
断られた。
今は試練が受けられないんだからおこづかいはカット! らしい、悲しいなあ。
さらに、出掛けようとしたらレッドから外出禁止令を言い渡された。どういうこと?
隣に座らされて、無言で見つめ合う謎の時間。
まつ毛なっが……
「お兄さんはさ〜……少し外に出したらすぐにお金無くしてくるし変な子見つけてくるからしばらく一人行動禁止ね? はいこれ」
手渡されたのはなんでも言うことを聞く券。う、嘘だろ……これがあと4枚?
でもどうすんだよ、お前ら明日はまた探索するんだろ? 俺も着いて行けば良いのか?
「あなたはリンさんが見張っててくれるそうよ。それにユカリさんもいるから、常にどっちかと一緒に行動してね」
んー? 逆に心配だから着いて行きたいんだけど、そこら辺どうなんだ。あんまり危険なことやるようなら探索なんて行かせないぞ。
「危険なことってどの口が……ひゃっ!?」
「あのな? 俺は確かにチャランポランだし浪費癖激しいし顔面も普通かもしれない。でも一応やるべき事もあるんだわ」
「そ、その……近いから……」
「街中だったらそんな危ないことにならないだろうって判断して、下水道に閉じ込められてるわけで」
壁際に追い詰められた事で弱々しく押し返してこようとするナギ、その両肩に手を置いて念を押す。
「行くなとは言わない。危なくなったら逃げる事、わかったな?」
「……はい」
それさえ聞ければ俺もニッコリ!
「じゃあ行ってヨシ!」
「…………」
わっ、と……なんだナギ、珍しいな。
前は威厳がどうとか言ってたのに。
「……温かいなって思ったの」
抱きついてきたので反射的に抱きしめ返したら、リンが自分がいるのを忘れていやしないかとか、アイリ達が放置は趣味ですか? とか言ってきたのでナギを離し、とりあえずさっきの件でアイリに土下座して謝った。
背中に座られるという、一部の界隈ではご褒美なんだろうけど俺は別に嬉しく無い罰をやらされたが、アイリがそれで許してくれるなら甘んじて受けよう。
モンスターレースごっこみたいだねとか言われたので微妙に共感し辛かった。多分お馬さんごっこみたいなもんなんだろうな。
あと、全員の不満をまとめてぶつけられた。
至極真っ当な意見が多かったので一考の余地ぐらいはある。取り入れるとは言ってない。
──────
あっという間に一週間が過ぎ、レジェンドシリーズ決勝の日になった。結局ルーザーズをユカリは見なかった。それもまた個人の自由だからな。
でも、リンが出場する決勝は見たいらしい。リンも見て欲しいと頼んだとか。そりゃそうだ。リンにとってもユカリにとってもある意味では人生の節目になるんだから。
本来なら自分が出場していたはずのレースで活躍する妹。
本来なら姉が出場していたはずのレースで活躍する自分。
複雑な心持ちだろうよ。
リンは、ユカリに届いて欲しいと願ってここまで自らを鍛え上げた。
何となく、レッドと通じる部分を感じる。
レッドとの違いは、リンの願いがすでに叶っているって事だ。そしてリンは、だからこそ、今夜のレースで自分が歩んできた二年間をユカリに見せたいんだ。
運営を訪ねると、一悶着あったがリンの控え室に通された。案内の人が扉をノックして、入室を許可される。
リンとはそんな長い会話はしなかった。集中を高めているところに邪魔して悪かったが、ユカリからの伝言を伝えた。
肩をピクリと反応させたリンはやはり、気になっていたんだろうな。さらに気迫が高まったような気がした。ユカリが直接伝えなかった理由は何となく分かる。最後に、特に意味は無いけど軽く言葉をかけて外に戻る。案内の人に感謝を告げて、開始までの時間、みんなで屋台を回る。
至る所に人が押し寄せ、夏の終わりを告げるのにふさわしい規模の祭りとなっていた。
ルーザーズの日から空は真っ二つに分かれていた。半分は快晴、煌めく星と渦巻く銀河が見えており、もう半分は雲が埋め尽くしている。
あの日はめっちゃ驚いた。季節の変わり方めちゃくちゃすぎだろ。
今日はみんな晴れ着を着ている。
こんなお祭りだ、目一杯おめかししなきゃな。俺もルカリオの仮装しようかと思ったが勝手にコーディネートされた。
まあ何でも楽しけりゃええ!
りんご飴っぽいのとか金魚掬いっぽいのとか色々と楽しんだ。かき氷とわたあめだけはそのままで安心する。
ユカリもなかなか楽しめたようだが、時折スタジアムを窺っていた。
今日のレースの最終到着地点であるスタジアム、コース自体はルーザーズが終わった直後から発表されていた。これまでのレースでは起伏やカーブが主だったのに対して、決勝では障害物が多く配置されている。衝突したら死ぬじゃんと思ったら、サイコエネルギーによって緩衝領域とかいうのが作られてて、接近したら減速するらしい。
ちょうだい! そういうのもっとちょうだい!
屋台の中には応援する選手を看板に掲げているところもあり、そういう所では同じ選手を応援している人たちが盛り上がっていた。
ナギ達はああいうのは良いのか?
え? あそこまではっちゃけるのは流石に?
バカ言うな! 祭りではっちゃけなかったらどこで弾けるんだ! たまにはお前らもパッションを解放しろ!
いつも俺だけはしゃいでてバカみたいじゃ無いか!
ほら! 大会が始まるまではお前らも同担集団に混ざってこい! 解散!
あんなに最初は渋っていたのに、混ざればなんだかんだで全員はしゃいでいる。ユカリをリンの応援団のところに連れていこうと、アイリが向かった方に近付くとユカリが自分はいいと言ってきた。
……じゃあ、何が見たい?
え、少し高いところに行きたい?
じゃああそこで良いか。
「なつか……しい……」
建物の屋根に腰掛けて、祭りの様子をユカリはじっと見ていた。
「この……こうけい……ほうき……の上か、ら……見て……いました……」
かつて見たのと似ている、だけど明確に違う景色を見て、ユカリは何かを堪えていた。
その儚さには、俺のような人間が口を挟むのは烏滸がましい美しさがあった。ここから見下ろした時、ホシノもナギもアイリもレッドも、もちろん他の人間、祭りに参加しているみんなが笑顔だった。
屋根から見ているユカリだけが、笑顔では無かった。
きっと彼女の心は未だ二年前……あるいはあの研究所に置いてけぼりのままなんだ。
だからこそ俺は、リンに伝言を届けてきた。
できるはずだ、想いを積み重ねてここまでやってきたリンならきっと。
素晴らしい物が見れるはずだ。
不謹慎だが、俺は正直ワクワクしていた。
──────
控え室、レース開始30分前、リンは己の原点を思い出していた。
はじめには、涙があった。
涙はやがて枯れて、雲に覆われた。
雲は分厚くなるばかりで、晴れることは無かった。
レースの最中、雲からは雷鳴が鳴り響き、尽きることのない怒りと悲しみの嵐が吹き荒れていた。
サイコジェットレースの頂上たるレジェンドシリーズ、姉を行方不明に追いやった憎きレース。そんな競技を制覇する事で、姉が自分を見つけてくれるんじゃないか、そして、心の中に渦巻く雷雲が消えるんじゃ無いかと思った。
去年は四位に終わった。
その時に思ったのは、来年なら行ける、そんな事だった。
血だろうか、私にはお姉ちゃんと同じく素質があった。
箒を握る度に憎しみが湧いてきて、それを冷静に操る事ができた。
サイコエネルギーは強い感情により励起すると言われている。レース終盤、サイコエネルギーを激情のままに操ると誰も比肩しない程の推進力となった。
一年間備えた。モンスターレースや日夜の研鑽を欠かさずにやってきた、今年のレジェンドシリーズ。出場する選手の中にはお姉ちゃんと一緒に練習していたミネルバさんやラクスさんもいた。
負ける気がしなかった。私の抱く感情より強いモノを、他の出場者が持っているとは到底思えなかった。
第一予選を経て、その感想は変わることは無かった。呆気なく優勝するだろう、そんな予感があった。
私は変わる事ができないだろう、そんな確信があった。
すぐに、確信は粉々に打ち砕かれた。
お姉ちゃんが見つかった。
見つけたのはポケモントレーナーだった。
下手人はアイズカンパニー。お姉ちゃん達は研究所に幽閉され、実験台とされていた。
聞かされた時は、怒りで叫びそうになった。
それと同時に、宿のロビーで醜態を晒してしまった。
ポケモントレーナーは逃げ出したお姉ちゃんを保護し、仲間達と共に研究所を壊滅させていた。
感謝しか無かった。
ムカつくから絶対に二度と口には出さないけど。
『ユカリからの伝言だ……「あなた自身のレースを見せて」だとよ』
『俺も、最高のレースを楽しみにしている』
胸中の雷雲は静まっていた。その代わりに、燃えたぎるものがあった。自分にこんな感情があった事に驚く。
あの煮えたぎるような負の感情では無い、今にも箒に跨って飛び出したくなるような、最高のモチベーションだった。
強く拳を握った。
例え怒りの中にあったとしても、この二年間の道のりは決して偽物じゃ無かった。
その全てをお姉ちゃんに見せる。そして、お母さんとお父さんとお姉ちゃんと私、四人でまたやり直すんだ。
──────
『それぞれがそれぞれに、強い想いを抱いています。私が抱くこの期待など、遥かに凌駕するほどの感情を以てこの競技に挑んでいます』
『ある人はそれを激情と呼びます』
『またある人は情熱、違う人は勇気、そう呼びました』
『合っているのかもしれない、間違っているのかもしれない』
『知るのは本人のみ、崇高なソレを、彼女達はただレースにぶつけ、我々はそれを観る。いや、観させて頂く。サイコジェットレース、レジェンドシリーズ決勝、ついにその日がやってきました!!』
オールドタウン全体に響き渡るほどの音量で、大会の開幕宣言が為される。
身体が振動していると錯覚するほどのソレに、いよいよ始まるという実感が濃くなる。
先ほどまでの夏祭り気分とは違う、見届けようという気持ちになる。
中継映像がスタート地点を映し出す。
予選第一レースやルーザーズの時とは違って、とても静かだった。唾を飲み込むのすら躊躇われるような静けさを生み出しているのは、スタート地点に立つ選手達から漏れ出る光の粒。
まだレースは始まってもいないのに、一年の集大成を前にして湧き上がる彼女達の闘志、それに反応したサイコエネルギーが励起現象を起こしていた。
納得させられる。
ああ、こりゃあプロだ。全員がどれだけの思いをこのレースに懸けているかが、視覚的に伝わってくるというのはそれほどに凄まじかった。
人間ってのはここまでも美しく在れるんだ。
ユカリも、強く服を握っていた。
映像が上空からに切り替わる。
『これほど多くの人間が集まり、そしてレースの開始を今か今かと待ち望んでおります。レースが始まるまであと5分……待ちに待って、恋焦がれたレース、そんなレースが始まるまでの最後の5分を、こんなにも長く感じる事になるとは、誰が予想できたでしょうか!』
ふと視線を外すと、ユカリの周りに赤い光が飛び回っていた。アレか、ユカリも気が昂っているのか。
まあそうだよな。
レッド達も息を呑んでレースが始まるのを待っていた。というか結局、社長の痕跡すら見つけられなかったらしい。ヨウもリーリエも、社長はもうすでに別の街に行ってしまったのかもしれないと心配していた。
頑張ってたのに残念だな、ハンサムも結局数日前に到着したばっかりだから全然役に立たなかったし。
世の中そんなもんだ、忘れ物とかも探してたら見つからないのに、案外目立つ場所に置いてあったり。
──────
集中を重ね、レースが始まるその瞬間をただひたすらに待つ。全員が共通して持っている勝ちたいという感情にサイコエネルギーが反応しているのは分かっていた。それだけ、彼女達も積み上げてきた物がある。
開始の1分前、お姉ちゃんと再会したあの時の気持ちを思い出した。
私、絶対に負けないよ。
箒に跨る。
「リンちゃん」
隣のミネルバさんが話しかけてきた。直前に盤外戦術を仕掛ける気かもしれないけど、その手には乗らない。
「返事は無くてもいいよ、でも、これだけは聞いて」
「私も私も!」
ラクスさんもだ、一体何なのだろうか。
「ユカリちゃんが見つかってテンション上がってるの、リンちゃんだけじゃないから。それだけ!」
「負けないよー!」
「……良い勝負をしましょう」
「ええ!」
「よーし!」
張り詰めていた気持ちが少しだけ和らいだ。
残り10秒。
──────
『9、8、7、6、5、4、3、2、1……スタートォォォォォ!!!』
先ほどまでの静けさは何だったのか。スタートと同時、歓声によってタブレットの音声が聞こえ辛くなる程うるさくなった。
『まさかまさか! 全選手、最初からクライマックスとでも言うのでしょうか! ばちばちに飛ばしています!』
『いや、あれはスタートダッシュみたいなもので、すぐに収まるでしょう。それにしても最初にカーブを持って来るなんて、このコースを作った人は良い性格してますねえ』
アナウンサーと解説が交互にレースの状況を説明し合う。スタート地点を出てすぐに急カーブの連続、そしてここに集ったのはトップオブザトップ。
ホッパードリフトを存分に使いこなして難なく超えていく。
『流石に決勝レース! ホッパードリフトだって問題無く使えるぞ、と言わんばかりに突き進んでいく! だがやはり少し出ているのはホッパー選手!』
『なにせこのドリフトの開発者ですからね。練度という点では他の追随を許さない、さあ、続いては螺旋状のコースです。上下の方向感覚が分からなくなるとともに、コース上には障害物が設置されており、下手に近付けばスピードが殺されてしまう。このレースでは致命的な遅れとなるでしょう』
『はい! ですが突入した選手達は上下方向が何だ、障害物が何だとばかりに螺旋コースを進みます! やはりこの程度では難所とも言えないという事でしょうか!』
『やはり上下が入れ替わるコースという事で、ひこうタイプのパートナーと過ごしている事で有名なミネルバ選手がジリジリと順位を上げていますね』
ナギの応援しているミネルバはこういう上下があるコースに強いみたいだな。ひこうタイプのポケモンと戦う時に背に乗ったりすると上下なんてすぐ入れ替わるし慣れっこなんだろう。
虹の螺旋の中を何ともなしに進んでいった。
『そして、直線コースが来ました! どの選手も速い速い! ……おっと!? いつもなら終盤に飛ばしてくるリン選手がすでに加速している! これは一体どういう戦略なのでしょう!』
『リン選手がこんなレース展開を見せるのは初めてですね。出し惜しみは無し、といったところかと思われます』
「リン……」
ユカリの口から言葉が漏れる。圧倒的な光を見せるリンに対して、何かを感じているんだろう。
赤い光も先ほどより激しく点滅していた。
というか鬱陶しいな。こいつらはメガネしてるから全然気になってないみたいだけど本当に鬱陶しい。
『さて、道のりも半ば、ゴールであるスタジアムに大分近付いてきました。何といってもこのコースの特徴は、スタジアムの真下まで続いたコースが、スタジオの下半分を構成する岩石部分を覆うように、お椀形に拡散する事です。つまり、どんなルートを通っても良い! まっすぐ行こうが、曲がって行こうが、一番最初にスタジアムのゴールに辿り着いた選手が優勝という事です!』
『どんなルートを通れば一番速いかは実際に辿り着いてみないと分からない。何せ、スタジアムの周囲にはこの日のために浮遊障害物が無数に配置されていますからね』
『さあ、上下左右に動く障害物を避けて、スタジアムの最下部にリン選手が一番乗りか!? …………いや、何という事だ、他の選手が猛追しているぅぅぅ!! 我々は何も見えていなかった! 私の方が凄い! 私の方が勝ちたい! そんな信念を見誤っていました!! 全選手が同時にスタジアムの下部に到着! 散り散りになって上を目指します!!』
『選手の道筋が幾重もの光となって……美しい……これ以上の芸術作品はこの世に存在し得ないでしょう……』
「う……」
ま、まぶしいいいい!!! もう眩しすぎてタブレット見えないよおおお!! 荒ぶってる! 赤い光が隣で荒ぶってるから!!
「リ、リン……ダメ……」
何なんだこの光……ユカリ、どんだけ興奮してんだよ…………え、なんか光が集まって……
「ダメ! ……ゴホッ、やめて!」
…………は?
なんかユカリが叫んでるみたいだった。だけど、そんな事がどうでも良くなるくらいヤバイことが起きていた。周囲の音が遠ざかるような感覚に陥り、口から言葉が漏れる。
「エ、エムリット……」
伝説のポケモン、エムリットが光の中からとびだしてきた。
座っていた椅子から転げ落ちた。
周囲を自在に飛び回るエムリットをハッキリと目で捉え、その存在が幻覚で無いと再認識する。
あり得ない事象に動悸が止まらない。
そして、悪寒が背筋を通り抜ける。
咄嗟に空を見上げて、異常に気付く。
空が赤く染まっていた。
夕焼けでは無い、陽が落ちてしばらく時間が経っている。
あの輝きはサイコエネルギーによるものだ。
「お兄さん! スタジアムを見て!」
ホシノに言われてスタジアムに目を移す。重厚な音が鳴り響いていた。重くて硬い何かを砕こうとしているようなそんな音だ。
「師匠、鎖が!」
鎖、浮いている街、オールドタウンの中で更に浮いているスタジアムを繋げる鎖。ソレがピンと張り詰めている。
そしてタブレットを見ると、映像にはしっかりと映っていた。鎖を繋ぎ止めている部分の地面が捲れ上がり、巨大な基礎部分が引き抜かれそうになっていた。
『な、何が起こっているのでしょうか! 少なくとも異常事態が起きているのは確かです! このチャンネルをご覧の皆さん! 直ちに避難してください! これは訓練ではありません! 繰り返します! 直ちに避難してください! これは訓練ではありません!』
「リン!」
劈くような声が聞こえた。ユカリが地面に倒れ込んでいる。無理に立ちあがろうとして椅子から落ちたようだ。
街のあちこちからも悲鳴が上がっている。レースを観に来ていた人々が、そこに住んでいる人々が、スタジアムから離れようとしていた。
「お願い……リンを……」
一体、何が起きているんだ。
──────
「やはり私は正しかった」
「極限まで高まった人間達の感情と、十分量のサイコエネルギーによる相互干渉が齎すエネルギーの異常増加」
「シンオウ神話の再現だ」
「さあ……シジマにたどり着こう」
──────
「あはは……あはははは!! やった……やったんだ!!」
「おい囚人ども! 何を騒いでるんだ!」
「我々は勝ったんだ! 社長……いえ……ヒカワ様、我々を真なる世界へとお導き下さい!」
──────
「これは……どうやら、ポケモントレーナー君の言った通りだったようだな」
「ハンサムさん、アレやばく無いっスカ?」
「うむ……ともかく急ごう!」
「ダッシュっスカ!? ウォーグルいるんスけど!?」
「怖いからダメだ!」
「ヒェェ〜!」