人々は、スタジアムに向かってサイコエネルギーが集まっていくのを目撃していた。
まるで意思を持っているかのように、あちこちから光の帯が伸びる。見慣れた、サイコジェットレースのコースのようだった。
過去のレジェンドシリーズでこんなことは無かった。
明らかな異常事態、加えてソーマで強く呼びかけられる避難。
大混乱と化した。
スタジアムに最も近いところにいた選手達も、飛び回るどころでは無かった。あまりにも濃縮されたサイコエネルギーを浴びせられ、箒の操作がまともに出来なくなっていた。ミネルバのみが辛うじて少しずつ場所を移動し、他の選手の元へ近付いていく。そのミネルバも、サイコエネルギーに含まれた恐怖の感情に当てられて息も絶え絶えであった。
今も鳴り響く鎖を引き抜こうとする音、もう時間の問題であることは容易に予想された。そうなれば、周囲にいるリン達が巻き込まれるやもしれない。だから、ポケモントレーナーとレッドは目を合わせて頷く。
「リザードン、リンたちを助けて」
レッドの指示通り、リザードンは一つ咆哮すると羽ばたく。
大きな羽ばたきをすると一気に加速した。屋上には突風のみが残され、瞬きをしたらすでに点になっていた。
肩を貸して、椅子に座らせたユカリに襟を掴まれて、必死の表情で言い募られる。
「リンを……リンを……」
「大丈夫だ、リザードンなら全員助けられる」
言葉とは裏腹に、かなり厳しい賭けである事は承知していた。リザードンは4人までなら運べるが、それ以上となると露骨に速度が落ちる。16人もいるレーサー達をまとめて運ぶことはできない。
だが、レーサー達は自前で飛ぶ能力自体はある。何とか地上まで誘導できれば問題無いだろう。
本来ならもっと多くのポケモンに手伝ってもらいたいのだが、地上は現在、逃げている人間達で埋め尽くされているし、そのパートナー達も自身のプレイヤーを守るのに必死だ。
薄い希望だろう。
フワンテもこの場にはいるが、流石に移動能力や牽引能力が足りて無い。
ヨウとリーリエがガオガエンに担がれてやってきた。急いで肩から降り、ナギに捲し立てる。
「ナギさん!」
「ヒカワさん……です! 間違い無く!」
「止めなきゃ!」
「そうね……でもその手段が……」
社長探索でだいぶ仲も深まり、頼りにされているようだった。とはいえ、あんな巨大なスタジアムをどうにかしようとしている相手だ。ナギを馬鹿にしているわけじゃ無いが、咄嗟に策が出てくるなんて事もまあ無いだろう。
俺は考えるのが嫌いだから、やれそうな事をやるか。
「お兄さん! どこ行こうとしてるの!」
「いや、あの鎖を登っていこうかなと」
手摺を乗り越えて行こうとしたらホシノに呼び止められた。
そう遠くないうちに引き抜かれるだろう鎖だけど、アレを辿っていけばスタジアムに乗り込めるはずだ。今からでも全力で走っていけばきっと間に合う。
本当ならそらをとぶの出番なわけだけど、生憎と俺のてもちポケモンはホシノだ。とても優秀だが残念なことにそらをとぶは覚えていない。
ポケモントレーナーらしく自分の足で走っていくぜ。
「うへー……アレを見て乗り込もうなんて普通思う?」
生憎と、未知を目の前にした俺の辞書に逃走や撤退の文字は無い。
今もユカリの周りを飛び回っているエムリットが何でいるのかは全然分からないけど、もうこうなったら関係無え! 目にしてやる! あそこで何が起こってるのかを!
「……じゃあ、おじさんも着いて行くからね〜? あと拒否権は無いから」
…………ああ! 行こう! ホシノ!
「そうこなっくちゃ〜」
ホシノと並んで飛び出そうとしたら、更に待ったが入る。
「待って」
レッド達がこちらを見ていた。全員、覚悟を決めた顔をしている。
何となく、察するものがあった。
……お前ら、良いんだな?
「師匠! 今回の事件で私たちいっぱい頑張ったんですからね!」
「むしろお兄さんは脇役」
「あなたは見ているだけで良いわよ」
全く……これだから仲間は最高だ!
ヨウ、何か案はあるか? 大事件を起こしたって言っても既に一度、ヒカワの目論見が完全に達成されるのは防いでいるんだろう? その時はどうしたんだ?
「な、何でソレを!? ポケモントレーナーさんの前では話してないはずなのに、まさかナギさん達が……?」
「私達は話してないけど、お兄さんの言うことはあんまり気にしない方がいいよ〜」
「この人、伝説とかにやたら詳しいのよね……」
伝説に残るような出来事に対しての嗅覚なら誰にも負けないと思っている。
「……三年前、アローハでヒカワさんはウルトラホールを用いて、かがやきさまっていう異世界の神様……モンスターを呼び寄せました」
オッケーわかった!
「まだ何も説明してないですよ!?」
ぶっちゃけた話、俺はusumはほぼ知らない。でも、リーリエっていう子がいたのは知ってる。あとグズマも。
多分、かがやきさまってのはそのシナリオとかに関わってくる何かだろう。地方名もアローラとは若干違うし、年代とかもよく分からんけど。
長々と話してる時間も無いし、そこだけわかれば今は良い。
あとは走りながら聞こう!
ヒーホーくん、ブフを使って氷の道をかけられないか?
ムラマサだっけ、そいつを食ったとか言ってたし強くなったんじゃないか?
「ヒーホーくんできますか?」
「ホ!」
頼もしいな! じゃあ、行くぞお前ら!
と、その前に……ユカリは放心状態だ、どうするか……
「……」
フワンテ、いざとなったらユカリを連れて、飛んで逃げられるか? あの世にじゃないぞ?
よし、いけるな?
ユカリ……聞いてくれ、俺たちはあのスタジアムに決着を着けに行く。リンはリザードンがここまで運んでくれるから、心配するな。
「ほん、とう……ですか?」
ああ! リザードンはすげえやつだ、絶対に戻ってくる。お前は椅子に座って腕組みでもして待ってりゃ良いさ。
「おねがい……します……」
──────
ヨウ、リーリエ!
ヒカワの起こした事件についてもう少し聞かせてくれ!
かがやきさまを倒すか元の世界に帰すか鎮めるかしてヒカワの目的を邪魔したんだろ?
二人でか?
「えと……しまキングや、このZリングを使ってカプ神達の力を借りた、んですけど分かりますか?」
わからん!
とりあえず強かったんだな!
今回に活かせそうな部分はあるか?
「ヒカワさんは……かがやきさまを呼び出した時……コイツじゃないって、そう言っていました」
コイツじゃない……別のやつを呼び出そうとしたってわけか。かがやきさまを放っといたらアローハが滅びちまうからヒカワを逃がすしかなかったって事だな?
「はい……あの、重くないんですか?」
え、こいつら? 別に?
四人ぐらいなら問題なく運べるよ。
「四人が乗ったベンチごと運ぶなんて……」
「うへへ〜快適だよ〜」
それで、今回はその別のやつってのを呼び出そうとしているって事かな?
「多分そうです!」
確証はないってわけね……レッド! リザードンはどうなってる!?
「うん……今、四人を運んでる」
四人ずつ運ぶ形式にしたか……リザードンのスピードに賭けるしかねえな。
ヒーホーくん! キツイかもしれねえがしっかり頼むホ!
「真似するなホ!」
さあ、そろそろ鎖だ! お前ら、ちゃんと箒は持ったな!? 多分とんでもなく揺れるから、振り落とされた時にいつでも飛べるようにしておけよ!
「し、ししょー……私まだあんまり上手く飛べないです……」
「私がちゃんと捕まえてあげるから心配しないで良いわよ、アイリちゃん」
ここから一気に跳ぶからな!
お前らベンチにしっかりしがみつけよ!
ガオガエン、行くぞ!
──────
飛び立とうとするスタジアムをオールドタウンに括り付けていた鎖。周囲の地面がどんどん盛り上がり、遂に引き抜かれた時、溜め込まれていた弾性エネルギーにより、鎖は一気に収縮した。
爆発かと錯覚するほどの音と、巻き上げられた土砂が周囲に飛び散る。
先端には基礎がそのままひっついており、縮み切った後は重力に従って垂れ下がる。
そんな鎖に人影があった。
「はあ……はあ……」
「ほ、本当に死ぬかと思ったわ……」
「あの、ししょー……ちょっとだけ……」
「おじさんも流石にヒヤッとした〜」
まじでとんでもない衝撃だった。あのまま振り落とされていてもおかしくなかったな。四人とも縄で繋いどいて良かったぜ。
よし、じゃあ登るか!
「このまま行くの!? あなた、今の状況わかってる!? あなた以外全員縄でぶら下がってるんだけど!」
…………ああ! ガオガエンはもう先進んでるしな! 足並み揃えてたら間に合わないと思う!
「お兄さん……お腹ちょっと苦しい」
他のやつは?
「苦しいかもです……」
「そりゃ苦しいわよ、だって縄だもの」
じゃあこうしよう、幸いなことにここはサイコエネルギーに満ちてる。細かい操作はいいから、浮く事だけに集中して操作とか出来ないのか?
できる? じゃあ少し待つから頼んだぞ!
最初からこうすりゃよかったな。
よし、出来たな? じゃあどんどん上ってくぞ!
「落ちる心配が無くなったとはいえ、結局引っ張られるのね……」
結構置いてかれちまったからな!
──────
「ガオガエンさん……大丈夫ですか?」
「ガウ!」
「ホシノさん達とはだいぶ距離が空いちゃったけど……あ」
まだ下の方にいるけど、猛烈な勢いでポケモントレーナーさんが登っているのがメガネ越しに見えた。他の4名はロープに括り付けられている。巨大な鎖を器用に足場としているようだ。
「大丈夫そうですね……それにしても、あの赤いエリアは……」
「サイコエネルギーの層……だね」
大気が赤く染まるほどに濃密なサイコエネルギー。もうすぐ辿り着くが、果たして生身であそこに飛び込んで無事でいられるのか分からなかった。
ソレでも今は、ひたすらに上を目指すしかない。
「リーリエ、大丈夫だよ。いつだって乗り越えてきたんだから」
「……はい!」
「ガオガエン、急ごう!」
「オンユアレフト!」
「ガウ!?」
ポケモントレーナーさんが、登っているというかもはや走り抜けていった。あの一瞬で追いついてきたんだ……
ガオガエンは上を見て下を見て、また上を見て……
「…………ガオオオ!」
「ガオガエン!? そこで対抗心は……わああ!」
そうだよ、僕のガオガエンは負けず嫌いなんだった!
張り切ったガオガエンが同じぐらいのペースで登って行くと、赤いエリアにはすぐに到着した。
ホシノさん達が、そこに入るのはちょっと待ってって騒いでいる。どうやら彼は躊躇なく行こうとしたらしい。縄で括られているだけの四人も道連れになるところだった。
「じゃあ俺がまず腕を入れればいいんだろ?」
そう言って、やはり躊躇無く左腕で試した。
「何ともねえな……次は顔面入れるか……むっ!?」
「早く抜いて! ちょっと!」
「なるほど、すげえ怖くなったぞ!」
彼は何を言っているんだろう。なぜ今の行動で怖くなるんだ?
「サイコエネルギーを通して人間の感情が伝わってきているみたいだな、恐怖を感じた人間達の感情がこれには籠められている」
「うへ〜……ちなみにどれくらい?」
「あー……生身でリオレウスと近接戦やるよりは全然マシだな。覚悟していなかったらパニックになるくらいだ」
「それ分かんないよ〜……」
「問題無いって事だから、登るぞ!」
「待って頂戴、恐怖で操作が乱れたりするかもしれないわよ」
「ソレは確かに?」
フワフワとロープで繋がれた状態で浮いている彼女達はどうやらサイコエネルギーを用いて浮いていたみたいだ。
僕たちも練習しておけばよかったかも……
「おっ……良いところに来たな!」
視線の方を見ると、リザードンが飛んできていた。鎖の前で停止すると、ポケモントレーナーさんは分かっていたのか一人ずつ縄を解いてリザードンに渡していく。
「じゃあ、先に頼むぜ!」
リザードンはスタジアムに先にあの四人を運ぶらしい。
「ホシグモちゃん、どうしたんですか?」
「キュウ!」
ルナアーラ……ホシグモが赤いエリアに突っ込むとその周囲だけがまるでホシグモを避けるように赤みを失った。
あまりその空間は広く無いようだけど、行けるかな?
「おっ! よく分かんねえけどすげえ! 俺たちだけならあの空間に突っ込んでいけそうだな!」
──────
青年は崖の上から街を見下ろしていた。赤く染まってはいるが、その視力でもって現在どんな様子になっているかが一望できる。
「あんだけの人数がいりゃあ、そりゃ避難も早々終わるわけないわな……」
「肉眼で見えてるの?」
しがみついているレッドが少し驚いたように聞いてきた。俺の眼が良いのは知ってるっしょ。
「見えるぞ、レッドもメガネ使えば見えるだろ?」
「うん……ここ、すごく高いよ」
「標高2000mぐらいか?」
「だいたいね」
雲が同じ高さにある事から適当に予想してみると、意外に近かったようだ。
こんな高い場所まで持ち上げて何をするつもりなのやら。
それに、まだまだ高く上がるつもりらしい。
「流石に落ちたら死ぬわこりゃ」
「うん……」
レッドを抱っこしたまま、みんなの元へ向かう。
「慣れたか?」
「まだ完全とはいかないけど……でも、やるしか無いのよね」
膝が少し震えているナギだけど、さっきよりはマシだ。
リザードンに運ばれて先に上に来ていた四人のうち、ホシノ以外は軽いパニック状態で転がっていた。スタジアムの中心に近づけば近付くほどサイコエネルギーの密度はどんどん高まって行く。環境に適応できなきゃ着いてくることもままならないだろう。
ヨウとリーリエは割と平気そうだし、やっぱ修羅場を潜ってきたんだな。
「な、何で師匠は平気なんですか……?」
なんでって言われても、ポケモンと戦う方が100倍怖いし。ほら、ホシノも大丈夫そうじゃん。
「うへへ〜、そうだね〜」
「やっぱりあなた達はプレイヤーとパートナーなだけあるわね……」
……こうやって道草食ってる時間なんて本当は無い。レポートだって出来ないし、画面を閉じればゲーム時間が停止するなんてことも無いんだから。
ただ、万全で無い状態で突っ込むことの方が余程危険だ。
なぜかヒーホーくんだけはここに来てからめっちゃ調子良さそうだけど。
なんなら調子良すぎて少し身体大きくなってる。
「ヒーホーくん……成長期?」
「居心地が良いホ!」
恐怖に満ちた空間が居心地良いとか大概な生態してんな……
さあ、いつまでもダラダラしてる場合じゃねえぞ! 今この瞬間もヒカワは目的を達成しようとしてるかもしれない! スタジアム内に突入する!
ヒーホーくん、アイリを担げるな? リザードン、お前はレッドを頼む。
俺はナギを連れてく。
──────
濃く、濃く、真っ赤な嵐が吹き荒れる中でヒカワは俺たちを待っていた。
「私は、封印された遺跡で手記を見つけた」
「そこには、あの神話の、裏側の物語とでも言うべき事が記されていた」
「遥か太古の昔、かつて、シンオウと呼ばれる地方があった時代」
「テンガン山には神殿の残骸があった」
「全てが始まった場所だ」
視界にノイズが走る。
「とある男がいた」
「私と、全く同じ理想を 抱いた男だ」
「男は 神殿の残骸を 見つけだした」
「ユクシー、アグノム そして エムリット」
「男は、三対のモンスターの 力をつかい あかいくさりという どうぐをうみだした」
ノイズが走る。
「このせかいに はびこる いつわりの かみではない」
「ほんもののかみを よびだすために」
ノイズの後、視界が切り替わる。
「これは……こんなげんしょうは よそう していなかった」
そこは、砕け、槍のようになった柱が立ち並ぶ場所だった。
「そうか これは せかいのひめい」
「わたしに ぬりかえられようとしている せかいの だんまつま」
「かこのざんしょう しんわのいちぶしじゅう」
水色の髪の男が、二人の女性を引き連れて誰かと対峙していた。
背後にはディアルガとパルキア、あかいくさりによって二体ともが縛られていた。
極彩色の波動が世界へ伝播していく。
2体の足元に広がる銀河、創世が今まさに成されようとしていた。
対峙しているのは金髪の少年、そのすぐ後ろには黒髪の少年少女。
金髪の少年が叫んだ。
『ぜったいに! そんなことはさせない!』
黒髪の二人はソレに頷いた。
水色の髪の男は、目の前で強く拳を握りしめた。
『いいや、この不完全な世界を……私が望む、究極の世界に造り替える!』
金髪の──ジュンが叫んだ。
『ヒカリ! コウキ! やるぞ!』
全員が取り出した「モンスターボール」から、ポケモンが召喚され、最終決戦が始まった。
俺は、あの男を知っていた。
アカギ、ギンガ団の首領、世界から感情を消し去る事で争いを無くそうとした男。
そして、夢を目前にして主人公に敗れ去った男。
俺は、この出来事を知っていた。
シンオウ地方に存在するテンガン山、その頂に聳え立つやりのはしらで起きたこと。
激しく繰り返される衝突。あらゆるアイテムを駆使し、それでも倒れない両者は、やはり、予想通りの結末となった。
崩れ落ちるアカギ、マーズ、ジュピター。
ジュンは傷付きながら、二人に肩を支えられながら三人の前に立ち塞がった。
それでも、アカギは二体の神を掌握したままだった。
なりふり構わず、目的を達成しようとする。
『パルキア! ディアルガ! この世界を終わらせて感情の無い世界を創り出せえええええ!!!』
『まずい!』
銀河が一気に拡張していき、あっという間に世界を覆い尽くそうとした。
パキン、そんな音が響いた。
アグノム、ユクシー、エムリットが現れ、ディアルガとパルキアを縛っていたくさりが消滅する。
唐突に、呆気なく、野望は潰えた。
悠然と佇む計5体の神は、アカギを拒絶した。
目を見開き、慟哭する。
『こんな……認めろというのか!』
『……もう、終わりだ!』
『神の力を、我が物としたのに……!』
『世界は……お前のモノじゃない! お前は神なんかじゃない!』
『ぐううう!! …………何だ、この気配は?』
『……な、なんだこいつら!』
全く知らない出来事だった。
現れるとしたらギラティナだと、そう思っていた。
もちろんギラティナは現れた。
しかし、それだけではなかった。
もう一体、空間を引き裂いて現れたのは、黒いドラゴン。そうとしか形容できないポケモンだった。
ドラゴンはディアルガとパルキアを一瞥すると、ギラティナに向かって青白い炎を放った。
ギラティナはソレを読んでいたかのように影に沈み込む。シャドーダイブでは無く、元々持っている能力によるものだろう。
ドラゴンは虚空を見つめ、バキバキという異音を鳴らして再び空間を引き裂いた。
顎を突っ込み、ギラティナが引き摺り出された。
ドラゴンはギラティナを地面に叩きつけるとのし掛かる。
ギラティナの顔面に対して、開けた口を向ける。発射寸前のロケットのような音を発しながら、明らかに何かのわざをギラティナに向けて放とうとしていた。
甲高い声が響く。
『ハイドロカノン!』
その横っ面にエンペルトのハイドロカノンが直撃する。
少し顔面がブレるのみだったが、ドラゴンはジロッと犯人の方を睨んだ。
『擦り傷すら無いなんて……!』
ヒカリは驚愕し、そして硬直する。
睨まれただけで身体が動かなくなっていた。
圧倒的な殺意、絶対的な破滅が自身を待っていると本能が理解していた。
ドラゴンは口に溜め込んだエネルギーをヒカリに向けて放った。
無音の世界で迫り来るソレを、避けることもできずに待ち受ける。
『あぶない!』
コウキがヒカリを持ち上げ、無理矢理退避させた。
通り過ぎたエネルギーは背後に飛んでいき、彼方で直撃した山脈を一瞬で蒸発させた。
絶句する3人を無視し、ドラゴンはアカギ達を鷲掴みにしてどこかへ飛んでいった。
『待て……! 私はまだ……!』
ノイズが走り、視界が元の世界に戻る。
ヒカワは、アカギのことを同じ理想を抱いた男と言っていた。
ソレはつまり……
赤い嵐はすでに収まっていた。
ヒカワの目の前には2本の赤い鎖が浮いていた。
「彼が失敗した原因は、あの三体をアテにしたこと」
「彼らの力を流用して拘束具を作る、ソレ自体は悪く無いアイデアだ。だが、あの鎖の存在はユクシー達の意思に依存していた。だからダメだった」
「私は最初、別の方法によって目的を達成できないかと考えた」
「テンガン山を見つけ出した」
「何も……何も残ってはいなかった」
「完全に風化し、低木が生い茂るだけだった」
「次に、アローハに向かった」
「ウルトラホールから異世界の神、ソレを呼び出せば何とかならないかと」
「呼び出したソレはただのエネルギーでしか無かった」
「利用価値は0に等しかった」
あかいくさりが二重螺旋を描いてヒカワの頭上に登っていく。
「我々は今、この世界で最も高い場所にいる」
「そして、スタジアムを見て気付かないか?」
ヒカワは構成する柱、配置、それらを一つ一つ指さしていく。
「このスタジアムはいわば、擬似的な神殿なのだよ」
「手記を基に、失われた神殿を再現したのだ」
「そしてエムリットを完全に分解し、サイコエネルギーを生み出した」
「彼女達は……大いに役に立ってくれた」
悲鳴のような音を立てながら空間が軋みはじめる。ヒカワがやろうとしていることは明白だった。
「今すぐに全力で攻撃しろ!」
「ブフダイン!」
「ブラストバーン!」
「だいもんじ!」
爆発によって上がった砂塵により一時的に視界が塞がれる。
次の瞬間、強風が巻き起こる。
「……まあ、そんなわけないよな」
依然として健在のあかいくさり。
今の攻撃でびくともしなかったらしい。
「君たちに出来ることは、見届けることだけだ」
──────
ソレは広がっていく。
その現象は世界中で観測され、わざわざソーマで確認しなくても十分であった。
極彩色の波動が空を覆い尽くしていく。
黒い波動が生き物のように脈を打つ。
執務室で、秘書が空を見上げて口を抑える。
「テッセンさん……あれは、一体……」
立ち上がったテッセンが、その現象と過去の経験を照らし合わせる。
全く覚えのないソレに、脳が警鐘を鳴らしていた。
「…………分からん、だが、何と不吉な……」
遠くで鳴り響くモンスターの声、何かが起きていることだけは確かだった。
カムイは、緊急招集を受けて水族館を訪れる。
絶対安全と言われていた水槽の上部がブレスによって完全に吹き飛ばされ、水槽が空に向けて開放されていた。
ナバルデウスは、空を睨んでいる。
「我1人にどうしろと?」
「ひとまずは補修作業をお願いします」
「全く……誰がこんなとんでもない事態を引き起こしたのやら……」
シュルシュルと木を操り、現場仕事に駆り出されていた。
アラカゼは孤児院を訪れているところだった。
「おじさん……怖いよ……」
「みんな、大丈夫だ。すぐに元に戻る」
「アラカゼさん! これ!」
ドタバタと駆け込んできたヒガンは、一つの動画をアラカゼと共有した。
その動画を見てワナワナと肩を振るわせる。
「……なんだこれは!?」
ポケモントレーナーが、浮遊していくオールドタウンのスタジアムの鎖を登っていた。しかも、腰に結びつけた縄には人間が括り付けられている。というかあの四人だった。
当然ナギもそこにはいる。
スタジアムの周囲は赤い霧が覆い尽くし、どう考えても尋常では無いことを感じさせる。
「こ、これも!」
「……ド真ん中に突っ込んだのか! あのバカは!」
波動が、スタジアムの上空を中心に広がっている映像だった。
アラカゼは走り出そうとした。
「待って下さい!」
「……」
「どこに行くんですか! あなたはこの街のジムリーダーなんですよ!」
「……ん」
「え?」
「すまん! チルタリス、いくぞ!」
「アラカゼさん!」
あっという間にアラカゼの姿は見えなくなった。
しばらく見ていたヒガンは、ため息を吐いた。
正直、こうやって振り回されるのも一度目じゃ無い。
ソレに、もう泣き虫は卒業していた。
「お兄ちゃん、おじさんどこ行ったの?」
「置いて行かれちゃったのですか?」
「……ミカ、ナギサ、違うよ。アラカゼさんは散歩に行っただけさ。どうせいつもみたいにすぐ戻ってくる。さ、一緒に中に入ろう?」
「うん……」
「しりとりしようよ!」
「中に入ったらね? …………あなたって人は、本当にどこまでも行けるんですね」
「なに?」
「ううん、何でも無いよ」
──────
とある地方、住人が右往左往する中、その青年は仁王立ちをしていた。
仏頂面で、空の異変を眺める。
暫くそうしていたら、背後から衝撃が走った。いつものアレだろう。
無視すると、そのまま抱きしめられる。
後ろから囁く声がこそばゆい。
「いつも聞こえるはずの声が聞こえない……本当に、何も。あれは、終わりそのものなんだね」
「…………」
「そうして、ずっと見ているつもりかい?」
「…………」
「何か思うところがあるんだろう?」
「……暑いから離れろ」
「…………あーあ、なんだか左のほっぺが痛くなってきたな〜」
「ちっ……好きにしやがれ」
青年は苦々しげな表情を浮かべていた。
いつまで経ってもこの話でコチラを追い詰めようとしてくる。
そもそも、何であの結果からこうなったのかが、改めて思い返しても意味不明過ぎた。
嫌われていてもおかしく無いはずだ。
けれど、あの頃のコイツと今のコイツが全く違うことは分かっていた。
「お前は……変わったな」
そんな発言を聞いてか、背後から正面に回り込んできて、その両掌が己の頬に添えられた。
優しい顔をしていた。
「……君が守ったこの地方だけじゃ無い、世界を壊そうとしている人がいるんだね」
「けっ」
わしゃわしゃと帽子を揺さぶる。
「やめてよ〜」
そんな事、わざわざ確認するまでも無い事だ。
理想を掲げるなら、それと反する理想も必ずある。
ぶっ壊すヤツがいて、ぶっ壊されるヤツがいる。
あの時のように。
ただ、それだけの事だった。
──────
ハンサムと、黒いスカーフで口元を覆っているのが特徴的な少年が、空を飛んでいた。
少年はウォーグルの背に載り、ハンサムはウォーグルの鉤爪で掴まれていた。
「た、たかい……たかくないかね?」
「ウォーグル! もっと急げないっスカ!?」
「まだ速くなるのか!?」
「……ハンサムさん、騒いで無いで、何か策をお願いできまスカ?」
「ううむ、しょんべんをちびりそうだ……かつて、シンオウという地方があった時代、神を操り世界を終わらせようとした者がいた。ソレは知っているな?」
「はい、有名な神話でスカら! 3人の英雄が止めたんスよね?」
「そうだ、そしてこれは神話には載っていない事だが、あかいくさり、そう呼ばれる道具が神を操る上で中心的な役割を果たした事はわかっている。さらに言えば、今回の現象はその時に起きた出来事と極めて酷似している」
「……じゃあ今から錆止めスプレーでも買ってきまスカ?」
「そういうことではなーい! いいか? 鎖はそこに存在する限りは絶対的な効力を発揮する。だが、逆に言えば、そこに存在させなければ効力は発揮されない!」
「どういうことっスカ?」
「無理やり破壊する!」
「……え、アレを使うんスカ!?」
ハンサムは国際警察の一員だ。
そして、国際警察は普段、全く別の世界からやってくるウルトラビーストを相手にしている。当然、倒しきれないような怪物だっている。
殊更に、パートナーを持たないハンサムにとって、直接ウルトラビーストと対峙することは命の危険に直結するはずだった。
ソレでも彼が、国際警察の一員として現場に赴くことを許されている理由があった。
ウォーグルに掴まれたまま、ハンサムが正面に向かって手をかざす。暫くそうしていると、玉のような汗が全身から噴き出し、腕が震え出す。
「だ、大丈夫っスカ?」
「…………はあああ!!」
ハンサムは虚空を掴むと、何かを引き抜いた。黒い雷が撒き散らされ、一振りの刀がその右手には握られていた。
教本に乗る、伝説そのもの。
少年も直接見るのは初めてだった。
禍々しく、見ているだけで破滅を齎されるような、そんな感覚があった。
「それが……封龍剣……」
「ああ、コイツであかいくさりを破壊する!」
「ちなみに……あかいくさりが関係無かったり、効かなかったりしたらどうするんスカ?」
「……遺書を書こう!」
「まだ書いて無いんスカ!?」
──────
「ガッ……!」
「お兄……さん……!」
全員が倒れ伏していた。ディアルガとパルキアを完全に掌握したヒカワはあらゆるわざを意に介さず、一方的に蹂躙していた。
ポケモントレーナーが首を掴んで持ち上げられていた。
「弱いな」
「くそ……」
「ポケモントレーナー……偽りの称号」
「……ぺっ」
ヒカワの顔面に唾を吐きかけた。
気分を害したのか、ポケモントレーナーを吹き飛ばす。
脱力した状態で衝突し、スタジアムの座席を薙ぎ倒した。
ヒカワは懐から灰色の物体を取り出した。
「これなるは、かつてこの世界に存在した道具、モンスターボール。手記を見つけたのと同じ遺跡で出土した、もう使うことのできないガラクタだ」
レッドの視線がモンスターボールと、倒れたままのポケモントレーナーを行ったり来たりした。
彼がいつか言っていたモンスターボール、ソレが今、目の前に存在した。
「これにはモンスターを縛りつける能力がある。悠久の時の流れの中で失われたテクノロジーだ……もっともこんなもの、今となってはどうでもいいわけだが」
モンスターボールを投げ捨ててディアルガとパルキアを見やる。
足元には今まさに銀河が瞬いていた。
「私はシジマを創世する。感情も個性もいらない、争いの起こらない世界……なんて素晴らしい世界だ、そうは思わないか?」
「……くっっだらない」
「なに?」
ヨロヨロとナギが立ち上がる。
唯一パートナーを持たない彼女は、それでも、圧倒的な力量差のある相手に立ち向かっていた。
「あなたのいうシジマとやらは、さぞ退屈な世界なんでしょうね」
「退屈……無駄が多過ぎる世界特有の考え方だ」
「感情を無駄としか捉えられない、あなたみたいな人間にはそう見えるんでしょう」
「…………君は……そうか、そういえば、ウツロイドに操られていたジムリーダーの家族だったな」
「──―は?」
話の途中で突然にはじまる、ウツロイドの話。ナギの脳が真っ白になるのも無理は無かった。
「ウツロイドは感情を操る実験のために私が連れてきたが……そうか、偶然もあるものだな」
高速で巡る思考が、恐るべき結論を導き出す。
アラカゼおじさんは、大群で現れたウツロイドを討伐して両親の仇を討ったのは自身だと言っていた。そして、残党に洗脳されたとも。
そのウツロイドを連れてきたのが目の前の男だということはつまり……
「なぜ泣く? 私が君に何かしたか?」
目の前にいる男こそが、真の仇だった。不思議そうな顔をしているこの男さえいなければ、両親が死ぬことは無かった。
その事実に気付いた時、ナギは走り出していた。
「蛮勇か? だが……力が伴っていない」
「あああああああああああ!!!」
不可思議な力によって縫い止められながらも、ナギは進もうとする。
「ナギちゃん! ……っ!」
ホシノがナギの元に行こうとするも、足を痛めており上手く進めない。
「お兄さん! ナギちゃんが!」
「今、行くぞ……」
声を聞き、ゆらゆらと立ち上がった青年は、念じる。
動け、何のためにこんなモノをもらったんだ。仲間が傷つけられているのに動けないなら、どこに生きている意味がある。
お前は約束を忘れたのか。
それでも、全員の中で最も痛めつけられていた身体を満足に動かすことができない。
辛うじて動かせる眼で、状況を把握する。
リザードンも、ヒーホーくんも、ガオガエンも、ボロボロだった。
最悪に近い。
動ける者はおらず、次に打てる手も無い。
ソレでも、動くしか無い。
世界が終わらないために。
次の瞬間、弾丸のように何かが突っ込んできた。
ヒカワは大きく跳躍して距離を取る。
その隙に、全力を振り絞ってナギの元に向かい、回収した。
「離して! 離してよ!」
「ナギ、頼む……! 落ち着いてくれ!」
「ポケモントレーナーくん! 遅れてすまない!」
「……何で、ハンサムさんがここに」
暴れるナギを羽交締めにして行かせまいとする。
そんな中で声を聞いて、心強いけどこの状況では心許ない、そう考えた青年の目に映ったのは禍々しい剣。
全く見た事が無かった。
「その剣……先ほどから感じていた気配は貴方か」
露骨に警戒の色を見せるヒカワ。
上空で羽ばたく音が聞こえる。
「ハンサムさーん! 大丈夫っスカー?」
呑気な声で語りかけるのは、ウォーグルに乗った少年だった。
「ああ! 腰がイった!」
ハンサムは、何でも無いようにそんな事を言うと剣を構え、ウインクをした。
「ポケモントレーナーくん、今こそ教えてあげよう。何故私がパートナーも持たずに、ウルトラビーストの相手をする事を許されてい、る……の…………か…………」
途中でヨウとリーリエに気付き、二度見をしたかと思うと、段々と言葉尻が伸びていく。
「何でこの子達がここに!?」
驚き過ぎて声が裏返っていた。
ヒカワのことをそっちのけで、気絶している二人の元に駆け寄る。
青年も、ナギを抑えていた。
爪で引っ掻かれ、殴られているが、彼女をアイツのところに行かせるわけにはいかない。
「アイツが……! お父さんとお母さんを!」
そういうことなのだろう。ヒカワがウツロイドを連れてきた結果として今があるのだろう。
「感情があるから親との別れを悲しむ。時間の無駄だ……シジマに至れば、そんな不要なものは無くなる」
右手をヒカワに向ける。ここに来てからは敢えてやっていなかったが、サイコエネルギーを収束させて、無駄口を叩いている顔面に撃ち放った。
「無駄だ、私にはどんなわざも届かない……ぐあっ! な、なにが!?」
「サイコエネルギーは時間と空間を無視して動ける。てめえが捕まえたのはディアルガとパルキア、時間の神と空間の神だ。例えその力を使って時間と空間を捻じ曲げようとも、サイコエネルギーからは逃げられねえんだよ!」
「……手記にも記されていなかった神の名を……やはり君は……」
「うるせえ! 俺が誰かなんてどうでも良い! てめえ、よくもナギを……!」
ナギの目からは大粒の涙があふれている。しかし、彼女の身体にも大きな疲労が蓄積していた。その場にへたり込み、しゃくりあげるのを見るのが辛くて、その頭を抱え込むように抱きしめた。しがみついてくる手を握る。
「私も加勢しよう!」
「……厄介だな。もう終わりだと思っていたが、君たちを放置しておく事は出来なさそうだ」
右手の炎が、激しく吹き荒れている。
憤怒が心を支配しているのを感じる。
銀河はすでにスタジアムを覆い尽くした。
世界に残された時間は残り少ないという事だろう。
そっと、ナギの手を離す。
「ハンサムさん……説明は後で」
「ああ! 私は隙を見て、この剣であかいくさりを破壊する。その時はヒカワくんを頼んだ!」
──────
アラカゼが恐るべき速度でオールドタウンに到着した時、もはや銀河は街全体を覆い尽くしていた。慄く人々を眼下に、スタジアムへ直行する。
あそこに、愛する家族がいる。
そして、家族を連れて行った大馬鹿がいる。
その仲間がいる。
何が起きているかは分からない。
国際警察の連絡係からの連絡が来ていないからだ。
ただ、何が出来るとは言わずとも、ここで動かない訳にはいかなかった。
スタジアムの壁を飛び越え、まず目に入ったのは見たことの無い2体のモンスター。赤い紐状のものが周囲をゆっくりと動いている。
ただ、その2体の足元を中心に銀河が広がっているのは明白だった。
スタジアムのあちこちで少年少女やそのパートナーが倒れている。
ナギも蹲ってはいたが命に別状は無いようだった。
ホッとして、スタジアムを移動しながら戦う3人を見る。
瞬間移動を繰り返す男に対して、ハンサムとポケモントレーナーは次に現れる場所が分かっているのか、全く遅れずにそこへと攻撃を行う。
現れた男にハンサムが剣を振り抜こうとすると、何故か直前で止められ、別角度から青年が放った光弾が押し寄せる。
その瞬間にまた男の姿はかき消え、別の場所へと転移した。掲げた右手から禍々しい球体が放たれる。
「メギドラオン!」
「やらせんよ!」
真っ二つに切り裂かれた球体は霧と化して消えた。
再び転移し、ハンサムから距離を取る。
ハンサムとポケモントレーナーはあかいくさりを狙い、ヒカワは2人の仲間を狙っていた。
お互いがお互いの弱点を理解しているが故の膠着状態だった。
──────
ハンサムの手から剣が弾き飛ばされ、スタジアムの外に吹き飛んでいった。取りに行くのは到底不可能だろう。
「ははは……」
ヒカワは浅く笑っていた。
それは、面白くて笑っているのでは無かった。
最初からこうなるはずだったのだと、なぜ抗うのかと、嘲笑っていた。
ハンサムもポケモントレーナーも、片膝を突いて肩で息をしていた。おっさんの域に両足を突っ込んでいるハンサム、ハンサムが来るまでに消耗していたポケモントレーナー。
ヒカワと2人、体力が先に尽きるのはどちらかなんて、自明だった。
「もうだれも わたしの じゃまをすることは できない」
「かれが なしとげられなかったことを かんすいさせる」
「ディアルガ……パルキア……シジマのせかいを いまここに」
ヒカワが手をかざすと、アカギの時とは真逆に、広がっていた銀河が収束していく。
「おお……エネルギーを いってんにしゅうちゅうさせて ビッグバンを おこすのか!」
どんどんと、収束とともに眩い光が放たれる。
二人とも、顔を伏せていた。己達が勝負に負けたという不甲斐なさで前を見ることができなかった。
「みんな……ごめん……」
「ちょうかん……もうしわけございません……」
ヒカワはただ一人、勝ち誇っていた。
「ぐしゃは こうべをたれ かみのおんまえにて すくいのひかりを まちうけるのみ!」
遂に、銀河が収束し切った。
最後にパチンと言う音が鳴り、そして──
「…………なんだ?」
ヒカワは困惑する。辺りを見回しても、何も変わっていなかった。
変わらずスタジアムは壊れたままで、ハンサムとポケモントレーナーは項垂れ、レッド達は倒れている。
「今ので、創世は完了したのか? …………なんだと!?」
自らの手を見た。完全に掌握していた力が揺らいでいる。試しにハンサムを消し飛ばそうとするも、全く見当違いの方向に力が作用した。
あかいくさりも消滅はしていない、ただ、制御が上手くいかなかった。
「な、何故だ!? 邪魔できるものなど他に…………貴様は!」
狼狽えるヒカワの声を聞いて顔を上げたポケモントレーナーは、自らが重要な事実を忘れていたことに気付く。ヒカワは、エムリットを完全に分解したと言っていた。ソレこそが、あの絶対的な自信の所以だったのだろう。
だが、己はここに来る前、確かに見ていたではないか。
「エムリットは……生きていた」
ディアルガとパルキアの周囲で、エムリットが踊るように飛んでいた。
「何故、消えたはずのエムリットがいるのだ!」
そして、二体の神の足元に少女がいた。
見覚えのある少女だった。
実験に果てに歪な翼を生やし、自在に飛ぶ力を得た少女。
ユカリがいた。寄ってきたエムリットを撫で、ポケモントレーナーと目を合わせる。
「この子が……私を……ここまで……導いて……くれ、ました……」
「ユカリ、どうして……」
「あの時……この子が……助けて、くれた……意味が……分かり、ました……」
「逃げ出した……増幅体!」
ユカリはその手に剣を握っていた。ハンサムの手から吹き飛んだ剣だ。
それを、くさりに振り下ろした。
ただ、ユカリも長距離飛行での疲れと、浮いている故の踏ん張りの効かなさで中々くさりを壊せない。
何度も、何度も剣をぶつける。
「やめろ! うぐっ……」
ユカリを止めようとするヒカワを2人がかりで拘束する。
衝撃波──ザンダインによって吹き飛ばそうとするが、決して離さなかった。
「悪いな社長! 後から後から援軍が来て!」
「だが、我々も必死なものでね! このまま最後まで意地を張らせてもらうよ!」
そんな3人の横を、影が通り過ぎた。
ナギだ。
よろけながら、転びそうになりながら、泣きながら、ユカリの元へとひた走る。
左手を構え、メギドラオンを再び放とうとする。それを、衝撃波に耐えながら青年とハンサムは無理やりに封じ込める。
「夢は夢のままに……! アカギとお前は、ここで破れ去る運命なんだ!」
「ぐううう……邪魔を、するなあああ!!!」
2人の身体に特大の衝撃波が撃ち込まれた。
「がっ……!」
「くっそ……ここまで……か……」
地面に今度こそ倒れ伏す。
ただ、青年には見えているものがあった。
薄れる意識の中で、託した。
「アラカゼさん……頼んだ……ぞ……」
「──チルタリス! はかいこうせん!」
「…………なっ!?」
上空から、ヒカワに向かって放たれるはかいこうせん。先ほどまでなら全く効かなかっただろうそれを、ヒカワは手を翳して必死に防いでいた。
「ぐぎぎぎぎぎ…………!!」
半透明のバリアを出してその圧力に耐えるヒカワは、視界の中でナギがユカリの元に辿り着くのをとらえた。
絶望とともに制止の声をかける。
「待て! 待ってくれ! 今も悲しむ人々が……苦しむ人々がいる! 私なら……私だけが、感情を消し去り、彼らを救うことができる!」
「黙れ!」
アラカゼは一喝した。
彼には分かっていた。
こんな事を引き起こす男が言う「救い」など、何の価値も無いものであるということを。
「何があったかは分からないが……ナギ、よくここまで頑張った」
「おじさん……いつも、背中を押してくれてありがとう」
うつ伏せで倒れる青年を見た。まさかこんなに早く再会するとは思わなかった。
「全く……だから、しっかりと手綱を握っておけと言ったんだ」
ナギが、ユカリと共に封竜剣を掲げた。
「お父さん……お母さん……今、仇を討ちます」
「ナギ、さん……」
「うん」
「やめろおおおおおおお!!!」
別に、剣からビームなんて出ないし、掛け声だって無い。ただ、風切り音と共に振り下ろされた剣は確かに、二つのくさりを断ち切った。
「ああ……嘘だ……」
自らの愚行が生み出した被害者により、正しく彼の夢は打ち砕かれた。
その場に崩れ落ちたヒカワは、こんな現実は受け入れられないと手を震わせる。
もはや、神の力は完全に失われていた。
あと一歩、確かにあと一歩だった。
アカギと違い、己は真の王手をかけたのだ。
過去の失敗を考察し、不確定要素を排し、完全に神を掌握した。
何故、こうも邪魔が入る。
「結局、悪は滅びるって事っス」
ウォーグルに乗っていた少年が降りてくる。
口元に黒いスカーフを巻いている。
「俺もそうでしたけど、悪い事を企むと……なんつーか、最後には失敗するんスよね」
「なんだ……きみは……」
見える目元だけ笑いながら、ヒカワの前にヤンキー座りをする。
「規模は違えど、あんたと同じような事をした集団の……ただのモブってとこっスカね」
「……やれやれ、自分を卑下するなと、いつも言っているんだが」
ムクリと起き上がったハンサムが諭す。
「さて……私は、見届けよう」
ゆっくりと歩く。
くさりを壊した後、過去を思い返して再び泣き崩れたナギをチラッと見る。
アラカゼとユカリが寄り添っていた。
被害者にして、最後には元凶を討ち果たした英雄たちだ。
ポケモントレーナーを見る。
全身がズタボロで、それでも気絶しているだけのあたり、流石と言ったところか。
子供を巻き込んでいるのはいたたげないがな。
レッド、アイリ、ホシノ。
彼女達も疲労と怪我で座り込んでいた。
あんなに小さい彼女たちの、その大きな勇気が無ければ、わたしもきっと間に合わなかった
ヨウとリーリエも。
まさかアローハだけでなく、この地でも助けられるとは。
凄まじい事件だった。
協力を仰ぎながら、彼らにほぼ全てを任せてしまった。
彼らがいなかったら、世界は本当に終わっていただろう。
頼もしさを感じると共に、大人として恥ずべき事だと分かっていた。
ナギのそばに落ちていた封竜剣を回収し、あるべき場所に帰す。
「ヒカワくん、私は国際警察のハンサム」
「…………」
「本来なら君を逮捕するのが私の役目だが──」
「……知っているとも」
影ですら無い闇が出現した。
黒い腕を伸ばし、ヒカワの身体を捕らえる。
「言い残す事は?」
「────────」
「……私が知りたいくらいだ」
ヒカワは闇に飲み込まれ、この世界から姿を消した。
──────
ゆっくりと、スタジアムが降下していく。
オールドタウンに近付いたら、すぐに病院の手配をしなければならないだろう。
ハンサムは葉巻を取り出し、口の中が傷だらけなのも気にせずに火を付ける。高度数千メートルの崖側から、世界を一望していた。
「1人の男の妄執から始まったオールドタウンの大事件。そして、そこに連なる過去の事件、全てが終わりを迎えた」
「彼は明らかに、サイコエネルギーの影響を受けていた…………長官は、これの事を仰っていたのだ」
「サイコエネルギーは人の感情と干渉し、互いを増幅させる。こんなにしっかりと明言されているのに、みんなすぐに忘れてしまう」
「ポケモントレーナー……彼もまた、サイコエネルギーの影響を受けていた」
「一体あの力はどこで……」
メガネを起動させる。
長官からメールが届いていた。
副長官や同僚もメールを出している。
『死刑死刑死刑死刑死刑死刑南極南極南極南極南極死刑死刑死刑死刑死刑』
『大変申し訳ございません。厳しく改善指導致します』
『大変申し訳ございません。即指導致します』
『大変申し訳ございません。指導徹底致します』
イラッときたので封竜剣スタンプを送る。
子供達が死力を尽くして世界を守ったというのに、彼らは何を遊んでいるのだろうか。
すぐに返信が来た。
長官からだった。
『誠にごめんなさい封印だけは許してくださいもう暗闇は嫌なんです(涙)』
面倒くさくなったのでソーマを見ることにした。
『みんな、もう大丈夫だぞ! 空を見ろ! 何ともねえや!』
『お空が眩しい』
『太陽って……素敵……』
『ポチが怖がってハウスから出てこなくなっちゃった……』
『まーたポケモントレーナーがなんかやったのか……』
『熱い風評被害で草生える』
『みんな愛してる!』
これを見ろ。
こんなにも馬鹿馬鹿しくて、色に満ち溢れている。
ヒカワにはきっと、汚い物しか見えていなかったのだ。その周りにある、人生を彩るものに出会えなかったのだ。
彼こそが、救われるべきだった。
それを思うと、少しだけ憐れだと思った。
胸元から、一つの冊子を取り出す。
それはヒカワが見つけた手記だった。
ある意味では、これこそが最も重要な物だった。
これに出会わなければ、彼の物語は始まらなかった。
失われた歴史を補完しうる。
それほどの権威ある物だ。
もう一つ、謎の球体を取り出す。
これまでに国際警察が捜索した遺跡にはこんな物は無かった。
一体これは何なのか。
「いや……」
今、そんな事を考えるのは無粋の極みだろう。
なにせ、世界が救われた。
これよりめでたい事なんてあり得るはずがない。
オールドタウンもだいぶ近付いてきた。
こちらに気付いて手を振る住人に手を振り返す。
みんな、笑顔だった。
少しだけ誇らしい気持ちになる。
晴れ渡る空が、どこまでも続いていた。
──────
空は元に戻り、青年は異変が終わったことを理解した。
何故かこんな時にソーマを見ていたアイツから声をかけられる。中毒だなこりゃ。
「これ見て。この絵、君だよね。この人、君のことを舎弟って言ってるよ」
「……あぁ? 誰だこいつ」
「ポケモントレーナーって言うらしいよ?」
「知らねえよ」
「あっちでの知り合いじゃないの?」
「知らねえ」
「ええ? じゃあどういうことなんだい?」
「知るか!」
「少しは真面目に考えてくれないかな?」
「マジで知らねえつってんだろうが! ……ったくよお」
青年は荷物を持ち上げ、自らの相棒に預ける。
もうここにいる意味は無いと言わんばかりに。
「あ、ちょっと待って……」
慌てて支度しているのをイライラと待ち、つま先で地面を叩く。
「はい、準備出来た」
笑顔でそんな事を言ってくるので荷物をひったくり、再び相棒に預ける。落ち着け俺。
この先の旅はまた長くなる。
こんな事で怒鳴り散らしてはすぐに疲れてしまうだろう。
「……ねえ」
「ああ?」
「君もやっぱり変わったよ」
「けっ、知るかよ」
「ふふ……いつか埋まると良いね、地図」
「……ああ」
旅。
閉ざされたあの街と家族から逃げ出して、世界を見た。
ヤツと張り合おうとしていた己がちっぽけに思えるような出来事ばかりだった。
多くの出会いがあった。
それと同じ数だけ別れがあった。
多くのものを手に入れ……与えられた。
それでも、まだまだ地図は埋まっていない。
ならば、埋まるまで旅をしてやろう。
時間はまだまだあるんだから。
その先できっと、また家族とも。
それに、コイツといるのもなかなか悪く無い。
「行こう? グズマくん」
「ナチュレ……」
「うん!」
「お前、服裏返しだ」
「あっ!?」