目を覚ますと病院のベッドだった。
天井を見た時、一瞬、元の世界に帰ったのかと思った。
頭を打って意識不明だったところから回復した、みたいな。
しかしどうやらそうではないらしい。胸元の大きな傷がソレを教えてくれる。
今回は正直、そこまで大きな怪我じゃない。
もう起きて動くことはできた。
それにしても……
ナギが、俺のベッドに突っ伏したまま寝ている。
ホシノとアイリが俺を挟んで寝ている。
レッドが腹に乗っかっている。
おそらく、付き添っていてくれたんだな。
「みんな、よく頑張ったな……」
まさか、コトリタウンでの因縁がここまで続いて来るとは思わなかった。
本当に、ヒカワは全ての元凶だった。
ウツロイドを呼び込み、ナギの両親を間接的に死に追いやり、アローハでも大事件を巻き起こした。
そして、世界を再編しようとした。
かつてアカギがやったのと同じ方法で。
そう、アカギは実在した。
どれだけ昔かは分からないけど、この世界の人間が神話と呼ぶぐらいだ。
おそらく千年単位なんだろうな。
果てしない時間だ。
そんな遠い昔厄災を本気で再現しようってんだから、そりゃあ人が死のうが何だろうが構いやしないだろう。
何故、そんなことをしようとしたのか。その動機が俺には分かることはないだろう。
ただ、ヒカワは確かに積み上げてきていた。段階を経て、試行錯誤をして、確実に、世界を塗り替えようとしていた。
俺たちがあそこに居合わせたのは、たまたまだった。本当に、土壇場で、何とか止めることが出来ただけだった。ゲームみたいに、何度も衝突して、それで然るべき最終決戦を迎えたわけじゃ無い。
あるいは、俺たちがいなければヨウとリーリエがどうにかしていたのかもしれない。
2人ならアレ以外の方法で、ヒカワを止めていたのかもしれない。
何気ない家の花瓶から重要な鍵を見つけて、あるいは痕跡を見つけ出して、ポケモンを使って、こんな大事件にまで発展すらさせなかったかもしれない。
いつだってそうだ。
俺には自信が無い。
何かをして、それを振り返ると声が聞こえる。
主人公はどこかにいて、俺が余計な事をしなければ万事問題なく解決したかもしれない。そんな声だ。
ただ、それに従うかと言えばそんな事も無かった。いざ問題に直面するとどうしても身体が動いてしまう。
楽しいから。
それは大きな理由の一つだ。
ポケモンがいて、キャラクターがいて、見たこともない世界が広がっている。この素晴らしい世界を謳歌したかった。
そしてもう一つ、言葉を借りるならば、俺は正しいことの白の中にいたかった。その確信が欲しかった。
その理由も分かっている。俺は、胸を張れる俺でいたかった。
こいつに……こいつらに誇れる俺でいたかった。
自信があろうがなかろうが、仲間と共にいられる俺でありたかった。
突っ伏しているナギの、アメジストのような綺麗な髪を撫でる。
改めて、ヒカワの事を思い返す。
理想の世界を創るために、ユカリやナギ、他の被害者、こんなに可愛くて良い子たちが悲しむ。
ソレの何が良いんだろう。
どうせなら、もっと夢のある世界を創ればいいのに。
パンケーキで満たされた世界とかな。それなら俺だって賛同できない事もない。
親を失い、仇を目の前にして、それでもナギはやりきった。
最後まで見届けることはできなかったが、今、俺がここに生きていることがその証左だ。
彼女は、大罪人が見ていた夢を終わらせるという、最も穏やかな形で復讐を果たした。
美しかった。
その魂のあり方は、俺には真似出来そうもないものだった。
アイリも、こんなに小さいのにあれほどの敵によくも立ち向かえたものだ。
まあ、原作のポケモンを思えば、それこそがある意味で普通なのかもしれない。
ただ、現実として見てみると、この子はまだ子供だ。
10歳になったら旅に出るという常識がある以上、大人して見られる部分もあるのかもしれないけど、俺には本当に、子供にしか見えなかった。
俺の右脇腹にしがみつく手を見る。
小さくて、幼さすら残している。
ヒーホーくんが懸命に守ってくれたから、アイリは擦り傷しか負っていなかった。それでも、あのサイコエネルギーの渦の中にいるのはかなりの負担だったらしく、戦闘の途中で気絶してしまった。
「うゆ……」
あどけなく寝言を呟く鼻先を突く。
「んや……」
仲間の中では最年少、だけどその身に宿した勇気は俺を遥かに超えていた。特別な力を与えられただけの俺なんか、とても彼女に敵いやしないだろう。
レッドは──親がいない反動か、お兄さんお兄さんと慕ってくれている。
そして、彼女とそのパートナーのリザードンにはいつも何かとサポートされており、慕ってくれているのを利用しているようで若干の罪悪感を覚える。
それでも、彼女と何かをする時は本当に妹が出来たような感覚になり、ついつい可愛がってしまう。
こうして俺の腹の上で寝ているのを見た時にも思わず撫でてしまった。寝辛く無いのかと思わなくも無いけど、すぅすぅと寝息を立てる姿は本当に安心しているようで、そのままで良いかと思わされる。
今回の戦いでは、彼女たちはホシノ、ヨウと並んで主戦力として前線を張ってくれた。高レベル帯のリザードンとレッドの指示能力があってこそ、俺もあれだけの長時間戦い続けられた。
でも、その本質は戦う人間では無い。彼女は、親友を探しているうちにバッジを集め切ってしまっただけだ。
彼女は、寂しがり屋で、構ってちゃんで、とびきり可愛くて、お嫁さんになるのが夢の、ただの女の子だ。
そんな彼女が戦わないでも良い未来まで、一緒に歩いていきたかった。
ホシノは……一心同体だから別にいいか。
「ちょっと〜?」
あれ、起きてた。
「今、おじさんに対して失礼な事考えてなかった〜?」
そんな事ないよ。
ホシノは俺と一心同体だから別にいいか、なんて考えてるわけないじゃん。
「いっしんどうたいぃー?」
何だよその舌っ足らず可愛いな。褒めてやる、きなさい。
「もうきてるよ〜」
オオ、ソウダッター。
よしよし。
ホシノも、よく頑張ったな。
「うへ〜……その言葉はおじさんよりもナギちゃんとかにさ〜」
何だ、もっと褒めて欲しいのか。
ぎゅー、だぞ!
「……もー」
ホシノ、兄ちゃんに素直に褒めさせてくれよ。
「そーお? ……しょうがないなあお兄さんは」
ありがと。
……いいにおいだな。
「えっ!? や、やめてよ! 寝てたんだから!」
いや、目の前に頭があったら匂い嗅ぐでしょ。良い匂いだから安心しろ。
……暴れるな、お前は包囲されている!
「うへ……やっぱり変態だ……」
諦めて、どうぞ。
……なあホシノ。
「うん?」
お前は、ヒカワの考えをどう思った?
感情の無くなった世界を創る事で、世界を救う。それにお前は何か価値を見出せたか?
「……昔の私なら……ううん、そうだね。お兄さん、私は断言できるよ、あの理想に私達のしあわせは無かった」
愛してる、ホシノ。
「…………へ?」
そうだ、こんなにも熱い気持ちを抱く事すらできない世界。それはきっと、今、この世界を謳歌してる俺たちとは何から何まで真逆なんだ。
聞けて良かった。
……あれ、アイリ起きたのか。
どうした必死な顔して。
「あの、あのあのあのあの……今のは」
……?
「あ、あいしてるって……」
…………あ。
多分漏れちゃってたわ、思考が。
まあ良いよ、ホシノも分かってるだろそんくらい。
ほら、ホシノもうんうんって頷いてるし。
「うううううううう〜!!!」
「それ呻いてるだけですよ!?」
アイリ……疲れてるんだな。
ほら、ちゃんと寝な?
「な、納得いかないです……!」
──────
全員の怪我が治って退院後、宿を訪れたハンサムさん曰く、警察署長直々に表彰してくれるらしい。めんどくさいからパスしようと思ったら金一封も貰えるとか。
受けましょうとも!
それで警察署に向かおうと宿を出たら人混みがすんごいの。
前進めないのよ。
5人もいたら流石にすり抜けもキツいしどうしたもんかと思っていたら、4人はリザードンで飛んでいくらしい。
ヨウとリーリエはひと足先に警察署に行っちゃった。
「アイリちゃん、ほらこっち寄って」
「はい! えへへ、ナギさんがシートベルトだ!」
「ふふ、そうね」
「ホシノ、顔、まだ見れないの?」
「うううう〜……」
「もういいから乗って」
俺とヒーホーくんを置き去りにして飛んでいく4人、何だこれ。俺たちってやっぱり除け者って、コト!?
ケモノはいなくても除け者はいたんだ!
ところでユカリは浮いてくのか?
「疲れ……ちゃうので……それに……目立つ……から」
そうか、それじゃあ2人になったし、軽く走ってくか!
ユカリ、どんなコースがいい?
何でもいいぞ? 言ってみ?
「ええと……楽しい……コースが……良いです……」
よし、なぜか置いてけぼりのヒーホーくん! 頼んだぞ!
「ヒホ?」
またまた惚けちゃって〜、アレだよ、アレ。一発頼むぜ?
「ひゃっほーい!」
氷で作られたコースを滑走していく。
気分はサイコジェットレーサー!
さすがヒーホーくん、イカしたコースだぜ! 先行して滑りながら最適な道を作り出していくのはまさに職人技だな!
どうだユカリ、ちょっとは楽しいか!
「ふふ……はい……新鮮で……」
そうか……それじゃあ、もっと激しいの頼むぜ!
「下っ端は辛いホ……」
なーに言ってやがる! 可愛い女の子の言う事を聞けるなんて贅沢なんだぞ!
「実際命令してるのはお前だホ!」
はっはっは!
……ユカリ、本当はもう、箒で飛べるんだろ?
「え……な、なんで……」
雰囲気で何となくわかるよ。俺、そういうの読むの得意なんだ。ヒカワをぶっ倒して吹っ切れたか?
「……はい」
「ちょっとトレ君! 何なのさこの氷の道! 邪魔なんだけど!?」
見知った顔にブレーキをかける。
リンじゃねえか!
昨日は楽しかったな!
「う、うん……ってそうじゃなくて、なに呑気にこんなところ滑ってるの! 誰がこんなの作って……って、アイリちゃんの所のヒーホーくん、なにしてんの!?」
「奴隷労働だホ……」
人聞き悪いなあ! ほら見ろ! みんな手振ってくれてるぞ! おーい! 楽しんでるか〜!
「いぇーーーい!!」
ハハッ! みんなここ数日馬鹿騒ぎだ! それも当然だな、だって世界が救われたんだから!
「ちょっと! シーッ! それ言っちゃだめなやつでしょ!」
なーに言ってんの、どうせみんな分かってるよ。
なあユカリ?
「はい……!」
「お姉ちゃん……トレ君に毒されてない?」
「……リンこそ」
昨日、パーティーを開いて今回の功労者たちと一緒に飯を食った。飯を作ってくれたのは当然、最初にユカリと飛び込んだあの店の店主だ。
大喜びで準備してくれたよ、もちろん金は払ったけどな。
そこで、食えや歌えやの大騒ぎをしていたらリンに、俺の名前が長すぎて呼び辛いってんでトレ君と呼ぶと言われた。
別に呼び方なんて何でも良いんだけどな。
ほら、リンもこっちこいよ、一緒に滑ろうぜ!
お姉ちゃんも楽しんでるぞ!
「ふふ……おいで?」
「私……地上はあんまりなんだよね」
おやおや? 空では無敵のリンも地上だとそんなもんか?
「ムッ! 私だって人並みには色々できるから! そんないきなり滑るなんて誰だって無理でしょ!」
春日のここ、空いてますよ?
「カスガって誰なの……」
カモン、リン!
「……はあ〜、抵抗しても無駄だよね、分かってるよ……それっ!」
オーケー! ヒアウィゴー! ヤッフー!
「それうざいから」
リン! お前ちゃんと飯食ってんのか!?
軽すぎるぞ!
「うっさい!」
ははは!
「……へ〜、滑ってるとこんな感じなんだ。なんか動きがヌルヌルしてるね」
ヌルヌル……? やだもうリンちゃんったら!
「うわ、鳥肌立った、それ本当にやめて?」
「リン……楽し、そうだね……?」
「……まあ、そうだね」
そうか! 楽しんでるか! 何事も楽しいのが一番だからな! よく分かんねえけど!
「そこは自信持ってくれない?」
何かを言ったら知らんで締める。コレ鉄則ネ。
「そんな鉄則知らないよ……」
でもまあ、何の憂いも無く遊べるってのは良いもんだろ?
「……本当、お節介焼きだね」
かー! お節介ときましたか! 素直にトレ君大好き(ハート)ぐらい言えないもんかね!
「無いから」
塩対応! 出た! 塩対応出た! 得意技! 塩対応出た! 塩対応! これ! 塩対応でたよ〜!
「もう……うるっっさい!」
わぁ……ビンタされちゃったぁ……
「リン……暴力は……めっ」
「お姉ちゃん……だってこいつ、私の時だけ対応雑くない!?」
俺はいつでも臨戦体制、相手によって対応を変える天才だからな。
「最低だよ!」
ほら、そろそろ警察署に着くぞ、最後のジャンプ台だ!
……なんかスノボやりたくなってきたな!
──────
警察署では納得がいくまで色々ポーズを変えていたらリンとナギにキレられそうになったり、ホシノが全然顔を合わせてくれなかったり、レッドとアイリが何かを言わせようとしてきたり、リザードンにしばかれたりと収拾がつかなかったが、最終的に満足のいく写真が撮れたのでよしとした。
お金をもらってウッヒョ〜! と喜んでいたら、速攻でナギに取られて俺の皮算用は幻だった事を知った。
両さんの気持ちが分かったよ俺……
もう、うちのおっかちゃんどもは俺に金を触らせる気が無いようだ。
リンにその件で煽られたのでくすぐり攻撃で瀕死に追い込んだら、警察の前だったのが良くなかったのか逮捕されそうになった。
絵面がいかがわしすぎたらしい。
警察の脳内お花畑すぎる。
リンも一緒に誤解を解いてくれたのでしょっ引かれずに済んだ。
婦警さんは冗談ですよとか言ってたけど、俺にはわかる。あの目はマジだった。
多分リンのファンだ。
レッドも後乗りで煽るのはやめろお!
「……じゃあ、分かるよね?」
そんな近くで目を見られても分かんねえよ! 何だ何ださっきから!
「……ばか」
トテトテと、レッドは少しお怒りでアイリのところに行ってしまった。
2人でなにやら話した後、ハア、とここから見ても分かるぐらいに溜息をついた。チラッと俺の方を見て、やれやれ、みたいな顔をしている。
なんやねん。
今度はアイリが俺のもとに来た。
「じ────っ」
そんな穴が開くほど見つめられても……俺には分かりもはん!
「むぅ……やっぱりホシノさんじゃないと……」
なんなんだ……
とりあえず、俺はこの後行きたいところがあるんだけどアイリはどうする?
「じ────っ」
…………俺に着いて行きたいってことか?
「……!」
ぱああと花開くような笑顔を見せるアイリはレッドに自慢しに行き、レッドはそれを聞いて少し不満そうにしていた。
……ま、まずい、レッドに嫌われたら俺は生きていけない。
「…………どう」
…………一緒に遊びたい! そうだろ!?
「……はあ」
うわぁごめんレッド! 俺が全部悪かったから許してくれえ!
「嫁さんに捨てられるダメ男じゃん……」
リンに酷いことを言われたが、必死にしがみついてレッドに何とか許してもらった。あんなに良い感じの写真撮ってもらったのに、何でこんな感じになるんだ!
ユカリを連れて行きたい所があると言ったら、アイリはぜったいれいどの目つきで俺を睨んで、じゃあ行きません! とのことだ。
レッドも、もう良いってツーンとしていた。
トホホ……
──────
リン、ユカリ、ポケモントレーナーがやってきたのはボロい看板の装具屋だった。武器屋とはまた違う装備を売っている店である。あまり人が入っているようには見えず、ユカリは何をしにきたのかと不思議になる。
そもそもポケモントレーナーは基本的に武器を持たないし、ユカリもリンもバッジを集めたりはしていないので戦う道具なんて必要としていない。
ポケモントレーナー達が入ると店主だろうか、壮年の男が話しかけてくる。
酒焼けした声は人の少ない店内によく響いた。
「あっあっあ、来ないんじゃないかと思ってたぜええ?」
「じいさん、危うく忘れるところだったよ」
「こういうのは早めな方がいい、そう言ったのは誰だったかねえ」
「うるへー、性癖のびっくり箱がよ」
「それで、その嬢ちゃんか例の子は……おやおや、コレはコレは、とんでもない子もいるな」
「ああ、ユカリ下ろすぞ」
青年は敢えてリンに関してはスルーし、ユカリを椅子に座らせる。
何をするのかという心持ちで待つユカリの足を店主はいきなり掴んだ。びっくりして足を引いたユカリを見て青年は、丁重に扱えと指示を出す。
「わりいな、近くじゃねえとよく分からん」
大丈夫だからと青年に宥められ、足を再度下ろした。店主は何かしらの器具を用いて足のさまざまな箇所の寸法を測っていく。
何をしているのか戸惑って、青年に尋ねる。
「腱の代わりの機械をこの人に作ってもらうんだよ。なんかすげえ良い機械なんだろ?」
「名前ぐらい覚えとけや、ハトロンpt2だよ」
「だっさw」
「死に腐れ」
ユカリは、何を言っているのか一瞬理解できなかった。リンも絶句している。
聞き間違いかと思って、もう一度聞き直すと同じことを言われる。
確かにそれがあったら便利だろうけど、そこまでしてもらう謂れが無かった。拒否して足を引こうとするユカリは、足を動かすなと店主に怒られる。
嬉しさよりも困惑が勝つ。
なんでそこまでしてくれるのか、本当に意味が分からなかった。
採寸が終わり、今日は帰れとのことなので店から出る。
「なんで……そこまで……」
「良いじゃん、歩けるようになるんだから。本当は手術の方がいいんじゃねえかと思ったけど、そっちの方が金かかりそうだし今回はこれで我慢してくれ」
「……なにも……かえせ……ない、です……」
「はあ〜……」
心底呆れたというように彼はため息を吐いた。気分を害したのかと思い、慌てて謝ろうとすればそれも遮られる。
「ユカリ、俺じゃあお前を助けるには役者不足かな?」
「そう、いう……ことじゃ……なくて……」
心の整理が追いつかなかった。
だって、あの地獄から抜け出してまだ三週間とちょっとしか経ってない。
逃げ出した直後はもっと色々想像していた。
また連れ戻されるのかとか、どこに逃げればいいとか、お腹が空いたとか、足が動かないのにどうすればとか。
もちろん、最初の二日間は恐怖と空腹で眠ることもできず、ヒシヒシと迫りくる命の終わりに震えながら身を隠すことしかできなかった。
三日目の朝、極限の状態で目も霞む中、幻かと思いながらも助けを求めた。日の光もまともには届かない路地裏で、ただ、誰かがいるのが見えたから。研究者達の仲間かも、なんて思う余裕すら無かった。
そのすぐ後に袋に詰められて
『ああ、間違えたんだな』
って思った。
だけど、何事か外でやり取りをしている声が聞こえて、揉めているのが分かった。
そこからはスピード感があり過ぎて、思い返すと動画を高速で見ているような感覚になる。
パーカーを与えられて、病院に連れて行かれて、宿に泊まって、久しぶりのご飯を食べて、研究所は壊滅して、みんな助かって、リンと再開した。
そして──
『待て! 待ってくれ! 今も悲しむ人々が……苦しむ人々がいる! 私なら……私だけが、感情を消し去り、彼らを救うことができる!』
『やめろおおおおおお!!!』
私とナギさんが、全ての元凶を倒した。
良いところを持っていっちゃったみたいだったのは彼らに悪いと思っていた。本当に、最後の一押しだったみたいだから。
それに関して聞いてみたら
『……いいや、最後の一押しではあるけど、お前がいなきゃ絶対に一押しはされなかった。だから誇れ、ユカリ』
そう言って頭を撫でてもらえた。だから、少しだけ誇りに思う事にしている。
ただ……これは、たったの三週間での出来事だ。
私が研究所にいたのは二年。
二年だ。
苦しんだ時間に比べると解決までの時間が短過ぎて、もう、色々あり過ぎて反応する余裕が無い。
彼は──ポケモントレーナーは──マホウツカイの話を聞かせてくれた時、夢を見ているのかもしれないと言っていた。
それはこちらのセリフで、安っぽい、お姫様と勇者の物語の中にでも迷い込んでしまったかのようだった。
こんなあり得ない展開、起きて良いのだろうか。本当の私は今も研究所にいて……あの実験を受けているのでは無いだろうか。
腹の芯まで冷えるような恐ろしい想像が脳裏をよぎる。そうならば、夢から目覚めてしまったならば、私は間違いなく狂ってしまう。
ただ、体に伝わるこの熱、余人より明らかに高い体温が嘘で無いと信じることしかできなかった。
彼が突然、ピタリとその場で足を止めた。
まさか、本当にこれは夢なのだろうか。
今から私は地面に下ろされて、彼は此方を見ぬままにどこかへ去って行き、目が覚めて──
「ユカリ」
「…………」
「コーヒーでも飲むか?」
「……え?」
「眠い時は、カフェインがよく効くんだ。それとも、もう既に眠っているのか?」
よく、分からないことを言われたと思った。
「…………」
「……この夢は覚めない、そうだろ?」
「あ……」
「例えこの世界が夢現だとしても、覚めないならそれは俺たちが生きるべき現実だ」
「…………」
「なら、俺はこの世界を目一杯楽しんでやる。お前はどうだ?」
圧倒されて言葉が出なかった。
まるで、全てを見透かしているかのように、そんな事を言う。
また歩き出した彼は、別に返答は求めていなかったのか、また雑談を話し始めた。
──────
リンは、二の句を継ぐどころか一の句を出すことすらできなかった。
冷静に頭の中のメモリーが思い出させるのは、彼が名前をバカにしていたハトロンpt2の値段。こういうのって、助けたいとか助けたくないとか、そういう問題を超えているはずだ。
被害者に対して、その救助者が身銭を切って助けようとする。それってもう、善行とかじゃなくて狂気じゃないかな。
「夕張メロンが──、ハニーハントが──」
「…………」
お姉ちゃんも、なにも言えなくなっていた。
ぶっちゃけ、言ってることなにも頭に入ってこないし。
少し怖くなって、肩を掴んで止める。
「ねえ」
「お? リン、お前もハニーハントのことが」
「ここまでする理由はなんなの?」
「私も……聞き、たい……です……」
「ディ◯ニーの歴史を語れと? 流石にそこまで詳しくは無いんだけど……」
「違うよ、分かるでしょ?」
「…………うーん……これ誰かに言ったことあったっけ……?」
「私たちだって、理由もなく助けられたら納得できないよ」
「そう……です……」
「……まあ良いか、理由ね。単純さ、俺も助けられたからだよ」
「?」
「このせか……地方で目が覚めた時、その最初に俺は、ホシノとテッセンさんに助けられた。何も無かった俺は、本当に、あのままだったらのたれ死んでいた」
このチートに気付くことも無くな、と2人に聞かれないように小さく呟く。
「でもさ、俺を助けて何のメリットがある? こんな、ポケモンにいつ滅ぼされるとも知れない世界で、素性の知れない男1人。常識もIDも無いソイツの面倒を見る余裕が誰にあるんだ?」
「余裕があったとして、何の義理があって俺みたいなのを助けるんだ? いいや、俺なら間違いなく助けなかったね」
「でもさ、その損得を超えてあの2人は俺を助けてくれた。そりゃあもう驚いたさ……だから俺も、2人に倣うことにしたんだ」
ポケモントレーナーと、数人にしか分からない認識があった。
突然こんな世界に来てしまった。ならばもう一度、元の世界にいきなり帰ってしまうこともあるはずだという、希望と恐怖の入り混じった認識だ。
その時に、悔いが無いようにしたかった。
帰ったその瞬間に、何故あの時にああしなかったんだと拳を机に叩き付けるような結果にしたく無かった。
たかが金で解決できるなら、何の躊躇いも無かった。
リンは、その瞳に浮かぶものに既視感を覚えていた。そう、アイリが自分を見る時の目と似ていた。
それは崇敬だった。彼にとって2人は、尊敬の対象だった。
見られていることに気付いた青年は、少し照れて結論を話す。
「まあだから、お金如き気にすんなよ。俺が勝手にやっていることだから」
「……納得はしたけど、お金は半分払うよ」
「それはマジで助かる」
──────
こうしてユカリの補助具は作られ、当初の予定よりだいぶ長くなってしまったがオールドタウンでの滞在期間を終えた。
流石に、ユカリのあの状態を解消するためとなれば仲間も頷いてくれた。
ただ、宿代がね……
途中で安い宿に切り替え、一部屋だけあるファミリールームで5人生活とかいう地獄だった。
狭いんじゃ!
……まあベッドに関してはいつも起きたら一つのベッドだからあんま関係無いけど。
コスパいいなこのメンバー。
ユカリは謝ってくれたけど、別に気にしなくていいよ〜とホシノも返していた。
かと思ったら裏でバチくそに怒られた。
すんまへん……
「へっ、さすが俺だ。問題なく歩けるだろう? ニューラルリンクから読み取った脳波をもとに、次にどう動くかを即座に組み立てて補助するんだ。サイズもコンパクトだしこれ以上の装具はねえだろうよ」
「ありが……とう……ござい……ます」
「金はもらってるからな。やるべき事はやる、それだけよ。とりあえず、嬢ちゃんが手術を受けるまではなんの問題もなくコレで動けるはずだ」
補助具をつけたユカリは問題なく歩けるようになった。
さすが、スマホをはるかに超越したメガネを常用できる、意味分からんぐらいに技術力のある世界だ。
リンと抱き合って喜んでいる姿にうんうんと涙ほろりしてるとホシノにああいうのが好みなの〜? とか言われた。
俺の好みはホシノなんだよなあ。
そう返せばツンデレみたいなことを言って引き下がっていった。
ちなみにレッドもアイリもナギも好みだ。
……理想郷はここにあったんだ!
「本当に……ありが……とう……ござい、ます……!」
気にすんな、それより次の行き先は……
「マサゴタウンでしょ?」
そうそう、ユカリとリンの故郷であるマサゴタウンに向かう。どうやらかなり小さい、村と呼ぶに相応しい場所らしい。
それとお前ら、ちゃんと防寒着は買ったな?
「師匠こそ、半袖で大丈夫ですか……?」
まだ大丈夫、歩いたら暑くなるし。
「あなたのアロハシャツもこの時期になると場違いね……」
そう、冬が間近に来ていた。旅の途中で雪に降られたらたまったものでは無いらしい。
俺? 知らねえよ、徒歩で雪の中の旅とかしたことあるわけねえじゃん。現代っ子舐めんな。
一応上着は買ったけど、着るのはまだ早い。なんせ皮膚を掠めていく風から冷たさとかそういうの感じないから。
でも他のみんなはやっぱり肌寒く感じているらしく、夜、布団に潜るとみんな俺を湯たんぽがわりにしていた。
俺はもう、春夏秋冬を感じられない身体になっちまったんだ……
そしてユカリは、物理的に歩けるようになったからといってすぐに歩けるわけでは無い。
なんせ、脚の筋力が無いからな。
毎日少しだけ歩いて、あとは俺が運ぶ感じだ。
「トレ君そこは車椅子とか……」
こんなガタガタの道を車椅子でいけるわけねえだろ! もっとアスファルトとか敷き均されてから言ってくれや。
「おーーい!」
あれ、定食屋の店長さんじゃないっすか。
どうしたんですか、わざわざ街の下まで来るなんて。
「水臭いじゃ無いか! 出立の日が今日なんて聞いてないぞ!」
はあ、それはすみません。
まああんまり騒がれたくも無いし、そもそもそんなことを一々周知するわけがないというか。
「ほらこれ! 今日の分のご飯だけでも作ってきたから持っていってくれ」
あらら、それはありがたい!
「特に報道とかは無いけど、この街を救ってくれたんだろ? コレくらいはさせてくれよ」
……粋だな!
「それにしても、聞きしに勝る荷物の多さだな」
それはまあ、そういう役目ですから。
「一枚写真撮らせてくれ、店の広告に使いたいからな!」
それが目的かーい!
「ほら、弁当持って!」
しかも遠慮ねえ!
……バトルトーナメント、サイコジェットレース、主人公、拉致事件、そして、ヒカワ。
ヨウとリーリエはひと足先にハンサムに連れられて故郷へと向かった。
オールドタウン、なかなかクセが強い街だったな!
────
「よい……しょ……よい……しょ……」
「お姉ちゃん、結構辛いでしょ? 無理しないでね?」
「ううん……たのしい……よ……」
今日のキャンプ地にて、ユカリはリンの肩に掴まりながら歩く練習をしているようだった。
俺はいつもの如く……いつもとは少し違うか。今日だけはご飯あるし、全員で焚き火を囲んでいた。
温めるだけで食べられる飯を作ってくれたので、火にかけているところだ。
どうやら結構寒いらしく、みんな俺のところに集まっていた。
レッドとアイリなんかは2人でぎゅうぎゅうに俺の膝の上を占領していた。そんな寒いのか?
「ん」
「しゃむいでしゅ」
寒風摩擦的なアレなのか、背中を擦り付けてくる。
俺はちょっと暑いよ……
「あなた、本当に身体が熱いわよね」
……何となく思ったんだけどさ、違うんじゃね? もしかして、俺の体温が高いんじゃなくて、この世界の人間の体温そのものが低いという説は無いか?
お前らの体温ってどれくらい?
「36度くらいね」
俺は?
「38度ね」
……分かんねえや。
おいホシノ、服の中に潜り込むのやめろ。シャツ破けちゃうでしょ!
「あったか〜い……」
スヤァ……じゃないから、飯食え。
「君たち何してんの……」
ほら、リンだってこう言ってるぞ。
「いや、トレ君でしょ」
オレガナニシタッティンディスカ!
「甘やかし過ぎた結果でしょ」
「お兄さんすごいあったかいんだよ〜?」
「……その、ホシノちゃん、服の中からモゴモゴ喋ってるのすごい変だよ?」
甘やかし過ぎ……? 甘やかすのに限界があるわけ無くないか?
「ほらもう……バカじゃんやっぱり」
そんな事よりユカリはどうだった? だいぶ頑張ってたけど。
「うん、疲れちゃったみたいだからちょっと休んでるよ」
ん?
「どうしたの?」
寝てないのか? まだちょっと早いけど、別に寝ててもおかしくない時間だろ。
「んーちょっとね」
そうか、まあ飯も食ってないしな。
……結局、レジェンドシリーズ最後まで出来なくて残念だったな。
「ほんとーだよ! もう何なの! 許せないよあれ!」
い、いや……俺に詰め寄られても……
「トレ君がいるから治安が悪くなったりしてるんじゃないの!?」
お、おい、なんて恐ろしいことを言うんだ。まるで人を某少年探偵みたいに……
まあ、来年優勝すればいいじゃん。また参加するんだろ?
「……まーね」
じゃあ来年こそ、その姿を拝ませてもらいますかね。
「ふっふーん、楽しみにしててよアイリちゃん?」
「ふゃい!」
あれ、俺と会話してたと思ったんだけど……まあいいか。
──────
夜空の銀河を眺める。
ディアルガ達を操り生み出されたものと同規模のものが、アレだ。
改めてとんでもないな。
まあ、こっちの世界だと夜の銀河なんて見慣れたもんだ。
そこまで疲れてはいないけど、旅はまだ長い。不測の事態に備えて今日は寝よう。
「ちょっと待って」
どうしたレッド。
「もう少しだけここにいよう?」
ええ……? むしろお前らは何で寝ないの? いつもならそろそろ寝てるぐらいだろ?
「師匠! 私ももう少し待っているのがいいと思います!」
「そうね、もうちょっといましょう?」
「私もそれがいいと思うな。ね? お姉ちゃん」
「……うん」
…………何か企んでるなこいつら。
隠す気が無いのか分からんけど、誘導があからさますぎる。
「まあまあ、細かいこと気にせずにさ〜」
ホシノは5人の膝をベッド代わりにしながらダラダラとしていた。寒くて5人がおしくらまんじゅう状態だからちょうど寝そべりやすいんだな。
いや、それにしても何してんの……
まあいいか、変な事しないだろうし。
それで、何をするんだ?
「待って……いれば……だい……じょうぶ……です」
ユカリ、疲れは大丈夫か?
「えへ、へ……結構……疲れ……ちゃい……ました……」
眠いなら言ってくれればちゃんとテントまでは運んでやるからな。
「ちゃんと……起きて……ます……」
真剣な顔で俺の言葉を否定する。何か、彼女にとって大事なことがあるのだろうか。
──────
誰も、話を聞いたわけでは無かった。
それでもみんな理解していた。
虹色に染まる空、足元を覆う銀河、段々と空に昇っていくスタジアム。街だってスタジアムほどの速度じゃ無いけど大地から離れていく。
彼らとてバカじゃ無い。
これで、街には何事もなくて明日には元通りだ! ……そんな結論に、到達するはずがなかった。だから彼らは必死に、ソーマを探した。生き残るためにはどうすればいいか。
どこにも答えなんか見つからなかった。
ただ、このままだとどうなるかだけは分かった。
数々の投稿から、世界中の空が同じように塞がれている事がわかった。
街を覆い尽くした銀河も、周囲の森林や山々を侵食し続けている。
世界が、呆気なく終わろうとしていた。
混乱に陥った彼らの感情はサイコエネルギーに増幅され、サイコエネルギーを増幅して、ヒカワに吸収され続けているとも知らずに嘆き続ける。
それでも、ヒガンが見つけたものと同じものを彼らも見つける。
ポケモントレーナーが仲間と一緒に、あの太い鎖を登っていた。
先日も彼はアイズカンパニーが引き起こした残虐な事件を解決したばかりだった。
何をしようとしているかなんて明白だった。
無意識のうちに手を合わせていた。
他力本願で申し訳ないけど、責任を負わせて申し訳ないけど、どうか、助けて下さい。
不思議なことに、感情が伝わってくる。
彼らが戦っているという、それがわかる感情が伝わってくる。
それは、綺麗な感情じゃなかった。
護りたいとか、助けたいとか、そんな綺麗なものじゃなかった。
読み取れないほど煮詰められた、様々な感情だった。
それでも、希望だった。
そのうち、危機感を強く混じるようになった。
何が起こっているかはさっぱり分からないけど、それでも、良くない状況なのだけはみんなの心に届いた。
それは、彼女にも届いていた。
「いか……なきゃ……」
助けられて──助けられて──そして、助けられた。
何も出来なくて、嘆くしか出来なくて、祈るしか出来なかった。
そんな、何の関係もない自分を守り通してくれた彼が、危ない状況に陥っていた。
気絶しているリンを見る。
彼女が知ったら、怒るかもしれない。
これ以上頑張る必要なんて無いって。
それでも、周囲を飛び回る1匹のモンスターを見る。
この子がきっと、あの時助けてくれたんだ。そして、今再び、私の目の前に姿を現した。
そういうことなんだ。
そのために助けてくれたんだ。
我儘を言っている場合じゃないと、そう思った。
箒を握ろうとして、白い小さな手に止められる。
ユカリに生えた、歪な翼を指差していた。
無理だと首を振る。この翼は、そこまで飛ぶことに特化していなかった。
そのとき、脈打つような、強く、抗い難い危機感が伝播した。
一層まずい事が起こりそうな事が予感された。
そして、尚も翼を指差すモンスターに、何かあるのだと察した。
覚悟を決める。
「あなたの……ちからを……かして……ください」
頷き、差し出された手に恐る恐ると手を重ねる。
接触した部分から、何かが流し込まれる。
青く脈打つそれは、実験で何度も見たはずのそれだった。
ハッとするが、不思議なことに痛みを感じなかった。
代わりに、腰にむず痒い感触を覚えた。
青く、半透明な翼が広がっていく。
呆気に取られる私を置いてけぼりにして、翼は巨大になっていく。
楽しそうに笑うモンスターは、それを知っていたのだろう。悪戯大成功! とでも言いたげだった。
翼は、自在に操る事が出来た。
そして古今東西、翼があったら何をするかなんて決まりきっていた。
「わたし、を……みちびいて……ください!」
「きゃううん!」
──────
アラカゼはコトリタウンに戻って、自室であの日の動画を見ていた。
空、銀河、逃げ惑う人々、天に昇るスタジアム。
様々な角度から公開されていた。
ただ、一際目を引くものがあった。
巨大な青い翼を広げ、一直線にスタジアムに向かっていく少女だ。まるで鳥のように、翼の一振りでどんどんと空に昇っていく。
あの少女だった。
ポケモントレーナーがあの街で最初に助けた少女。
確か、ユカリと言っていた。
アラカゼはあるものを思い返していた。
別の動画を持ってくる。
ナギとポケモントレーナーのジム戦だった。
再生を開始して、あの場面まで飛ばす。
最後にナギが繰り出したわざ、ゴッドバード。あれは本来、あんな威力のわざでは無い。
雲の上に一度消えた彼女が次に姿を見せた時、驚愕したものだ。己がどれだけ研鑽を積もうとあんな事にはならないだろう。
2人を比較する。
とても似ていた。
ナギは大地に向かっていき、ユカリは空に昇っていくという違いはあるが、まるで、同じわざを出しているように見えた。
ポツリとこぼす。
「神と、巫女……」
言われてはいなかったが、アラカゼは確信していた。ナギはあの日、雲の上で天津禍土と出会い、祝福されたのだろう。
そしておそらく、ユカリという少女も別の神に、
論理的で無く、直感的なところで納得した事があった。
あの男が負けたのは必然だったのだ。
ナギから話を聞いた。あの男、ヒカワこそが己の兄とその嫁、つまりナギの両親の真の仇であり、ユカリの誘拐に関わる首魁であったと。
その2人が奇しくも同じように翼を手に入れ、2人でその男の野望を討ち砕いた。
これが運命で無くて何なのだ。
画面から目を離し、ふぅ、と息を吐く。
戸棚に飾られた、わざわざ現像した写真を見る。ナギ、その両親、己、4人で撮った写真だった。
兄達は、ナギにとってあまりいい親とは呼べなかっただろう。ナギを厳しく躾け、巫女として立派にしようとしていたから。
でも、彼女の両親だった。
最期まで彼女らはナギのことを案じていた。
それをアラカゼは知っていた。
そして、今だからこそ言える事があった。
「兄貴、ナギは強くなったよ」
そんなことを口にしただけで目頭が熱くなる。
ああ、これだから歳は取りたくない。
そういえば、ヒガン君が何か変なことを言っていたな。
何だったか……ああ、そう、そうだ。
「ふふ……雨が、降っているな……」
──────
青年達とあの少女が街を去る。そんなの、知っているに決まっているじゃないか。
だけど、邪魔しちゃダメだろ。
だって、あんなに頑張ってくれた子達に返せるものなんて、穏やかな日常ぐらいしかないだろ?
もう十分に騒いだ、十分に迷惑をかけた。
十分に、助けられた。
自分達に出来ることは、穏やかに見送ることだけだと思っていた。
いつもの通り、町内放送が入る。
いつもとは少しだけ違う、町内放送が入る。
『え〜、本日のエネルギー解放は、機械故障の影響でマサゴタウン方面にしか出来ません』
『いつもよりも長いコースをお楽しみください』
そういえば彼は、空を飛ぶ人を見るのが好きだと公言していた。
なんでも自分が飛べないかららしい。
別に、特に理由とか無いけど箒を引っ掴んで飛び出す。
隣のおばちゃんもいつものようにモップを持ってきていた。
「あら奇遇ね」
「どこかへ行かれるんで?」
「ちょっと、ね」
向かいのお宅からもおじいさんが出てくる。
カーペットにすでに乗っていた。
「一番乗りじゃよ!」
負けじと箒で空を駆ける。
あちこちから、人々が集まってくる。みんな、いつものように飛んでいた。
ただ、街中全体から同じ方向に向かっているからだろう。尋常じゃない数になっていた。
隣を飛ぶ人に話しかける。
「見に行くんですか?」
「……ええ!」
どうやらみんな、気持ちは同じらしい。
マサゴタウン方面に伸びる青い道。それは、彼を見る最後のチャンスだった。
しばらく飛ぶとキャンプだろうか、火が見えた。
みんなそこに向かって手を振っている。
どうやら間違いないらしい。
前に倣って手を振ると、声が聞こえてきた。
「もう我慢できねえ!」
「……ええ!?」
「相乗り失礼!」
箒の先端にポケモントレーナーが飛び乗っていた。
あそこからここまで一体何mあると思っているんだ……
「や、やあ……」
「ん? どこかで会ったか?」
「いいや……でも、これだけは言わせてくれ。ありがとう」
「……ははっ! どういたしまして!」
彼は次々と飛び移っていく。
「これぞまさにハッソウトビ! ミナモトノヨシツネになった気分だな!」
よく分からない事を言うというのが本当だと分からされる。
どうせならと撮影機能、集音機能も起動させる。
「はーはっはっは!」
まるで軽業師のようなその動きと笑い声に、皆にも段々と笑いが広がっていく。
本当に楽しそうだ。
彼はカーペットの上に立って、地平線まで埋め尽くす、飛んでいる人々を見る。
「まさかこんな光景が最後に見れるとは……ありがとよ、みんな!」
「元気でな!」
「応援してるぞ!」
「こっちこそありがとなー!」
「サインくれよー!」
「こんな時に書けるわけねえだろ!」
「それもそうか!」
「がはははは! すげえ光景だ!」
どこまでも、どこまでも続くこの光景をどうか覚えていてくれ。
君にとっては有象無象ばかりかもしれないけど、これこそ、君たちが守り切った光景だ。
それに、私たちも覚えているから。
君達の魂の叫びを、翼をはためかせて天に向かったあの子の美しさを、悍ましい虹が消えた時に見えた、青空の尊さを。
──────
「ユカリ、ちゃんと飛べるようになったんだな」
「……はい」
青年は今、ユカリの操る箒に乗っていた。
周りは多くの人に囲まれ、久しぶりの飛行で、それでもユカリはしっかりと飛んでいた。
「やっぱり良いな、空を飛ぶってのは」
「……はい」
「それにしても、安心した!」
「え?」
「お前が故郷に戻っても、しっかりやっていけるって確信を持てた!」
「それ、は……」
「俺がお前にしてやれることは残りたった一つだ!」
「は、い……」
「何だ歯切れ悪いな、喜べよ」
「その……寂しい……なって……」
「……確かに、仲間と別れるのは寂しいな」
ユカリは嬉しくなった。彼は確かに、自分のことを一時だけでも仲間だと思ってくれていたのだ。
「でも、俺はやっぱり嬉しいよ。最も活躍できる場所で活躍しているやつを見るのが一番だ」
「ええと……」
肩にポンと手を置かれる。
「俺はなユカリ。実を言うと、お前がレーサーとして活躍しているのが実際に見たい」
そんな、微妙にデリカシーに欠けた事を言う。
「お前ら姉妹が揃って飛んでいる姿を見てみたいんだ」
「その……わたしは……」
「ああ、みなまで言うな。こんなのはただの俺の我が儘だ。真剣に考えなくて良い」
「…………」
「でも、たまにはこの街でリンと一緒に飛んでやれよ? あいつも中々のシスコンだから、そういうの憧れてるだろうしな」
「……この街で……あなたと……出会えて……辛……かった……けど……楽し……かった……です」
「おいおいいきなりなんだよ、まだ挨拶は早えって……」
「早めに……言って……おきたい……んです……その時……言えるか……分から、ない……ので……」
「……そうか、そう想ってくれるんだな」
「はい……」
「嬉しいよ。俺もお前のことは、本当に仲間だと思っているから」
「ゔぁぁぁぁぁ!! お、お、おねえぢゃんがどんでるぅぅぅぅ!!!」
リンが突然、泣き散らかしながら隣に並んだ。
彼も当然そちらを見る。
「……ブハハハハ! ギャン泣きじゃねえか!! ギャハハハハハハハ!」
リンは涙と鼻水で顔がグシャグシャになっていた。
それを見て、彼は大笑いしていた。
でも、私も……
「ううう……!リンン……!!」
「ダーッハッハッハ!! し、姉妹揃ってガチ泣きしてる!!」
もうダメだ、とか言いながら落ちそうになり、慌ててバランスを取っていた。
私も、色々な感情が入り乱れてダメだった。
辛かった記憶と、助けられてからの楽しい記憶が入り混じり、別れが近いことを感じて、リンの泣き顔を見て、一気に溢れてしまった。
「──ユカリ」
頭に手が乗る感触があった。
ゆっくりと撫でられる。
あんなに大笑いしていたのに、とても優しい手つきだった。
「お前の人生の、辛かった第一章はこれにて終幕。ここからは……楽しい第二章が始まるんだ」
剰え、そんな優しい声を掛けられたら、もう、本当に歯止めが効かないじゃないか。
涙で前が見えないし、あんなに枯れていた喉だったのに、こんなに出るのかってくらいの声量で泣いてしまった。
いつのまにか一緒に飛んでいたアイリちゃんやナギさん、ホシノさんにレッドちゃん、それに周りを飛んでいる人たちまで、何故かみんな泣いている。そんな中で彼だけが、いつまでも笑っていた。
「あーーはっはっはっは!!!」
ポケモントレーナー
21歳
サイコエネルギーに目覚めた。
精密制御が出来ないので空は飛べない。
ディアルガとパルキアを見て密かに喜んでいた。
ダークライはいないよ。
タカナシホシノ(原作:ブルーアーカイブ)
16歳
ポケモントレーナーが厄介事につっこんでしまう気持ちが少し理解できた。
レッド(原作:ポケットモンスター)
14歳
空を飛ぶのは嫌いじゃない。
でも、あのスタジアムには2度と行きたくない。
アイリ(原作:ポケットモンスター)
10歳
ヒーホーくんが成長したのに引き摺られて指示能力が上がった。
ししょー!わたし強くないですか!?
ナギ(原作:ポケットモンスター)
17歳
全て乗り越えた。
あとは幸せになるだけ。
ハンサム(原作:ポケットモンスター)
40歳
モンスターを操る才能が絶望的に欠如している。
彼が受け継いだのは封竜剣。
ウルトラビースト、土着の神、異次元からの侵略者、それら全てを切り伏せるための武器。
スカくん
17歳
とある組織に所属していたチンピラ。
世界を滅ぼすために活動していた。
とある男に止められ、ハンサムに拾われ、両親の墓参りに行った。
善も悪も、全ては自分次第と知った。
今は現場で服役中。
グズマ(原作:ポケットモンスター)
18歳
グズマァ!
何してるんだグズマァ!
女とイチャイチャしてる暇があったら家族に会いに行かないかグズマァ!
ナチュレ(原作:???)
17歳
グズマと共にいる少女。
グズマに殴られた事がある。
最低だなグズマァ!
ユカリ(原作:ボイスロイド:結月ゆかり)
18歳
――地獄を見た。
――地獄を見た。
――永遠に続く、地獄を見た。
――光を見た。
あの夜に見た月は余りにも美しく、空が余りにも儚いことを知った。
――光を、見た。
もう助からないと悟ったその時、光がこの世界にあることを知った。
――闇を見た。
この世界が許せないと歯軋りし、根底から全てを覆そうとする存在がいることを知った。
――全てが終わった。
――もう、見る必要はなかった。
彼女はただのユカリ。
地獄にいる哀れな少女でも、光に憧れる奴隷でも、闇に飲み込まれる子羊でも無い。
月を目指して飛ぶだけで良い。
リン(原作:ピアプロキャラクターズ:鏡音リン)
16歳
サイコジェットレーサー、モンスターレーサー。
姉を失くし、憎しみに包まれ、彼らと出会い、姉を取り戻した。
憎しみを無くして出力は下がった。
ただ、それはヒトには要らないものだった。
今日も今日とて空を飛ぶ。
ヒカワ:(原作:女神転生:氷川)
160歳
彼を襲ったのはありふれた悲劇。
――ああ、愛する者よ。
彼は耐えられなかった。
醜いものに、耐えられなかった。
創り替えることで悲劇も、己の悲しみも無かった事にしようとした。
世界の一部を解き明かし、あかいくさりを作る事で時空間を掌握した。
見つけたのは遠い昔の誰かの日誌。
金髪の少年と、2人の少年少女に敗れ去った男の日誌。
全ての大陸を巻き込んだ戦争を巻き起こした男は、たった3人の子供に負けた。
ジムリーダーを倒し、四天王を倒し、チャンピオンを倒した。
やった事はそれだけ。
大喜びだった。
胸が躍っただろう。
神を手中に収める手がかりを見つけたのだから。
神殿を造りさえすれば神すら降ろせるのだから。
――負けた男を参考にして、誰かに勝てるはずが無いのに。
「彼は哀れだね、ハンサム」
『……』
「そんなものに縋らなくても、人は幸せになれるんだろう?」
『……』
「怒らないでよ」
『……』
「きっとおじいちゃんかなぁ……いいなぁ、私もそんな戦争に……って、ハンサムがいたら無理か」
『……』
報告を終えたハンサムは灰色の丸い物体と手記を手に持ち、スクリーンに映し出された存在を冷たい眼で見つめるだけだった。
霧
ポケモントレーナー君、レベルが足りないよ!
はい、サイコエネルギー!これあげるからレベリングしてきな!
これが無いと色々詰むからね!