俺はポケモントレーナー   作:goldMg

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23_マサゴタウン

「どーしてししょーはいつもいつもレッドさんにばかり甘くて私にもっと構ってくれないんですかいちばん年下なんだからもっと甘やかしてくれなきゃおかしいですそもそも──」

 

 背後からのしかかって呪詛をひたすら耳元で垂れ流し続けるアイリ。

 

「別にレッドさんを甘やかすのは構わないけど、もっと平等でいてくれないと困るわよ。あなたは仮にもこの5人の要なんだから。いい? あの時私に約束したでしょ? 目一杯──」

 

 人差し指を立てて俺に説教垂れるナギ。

 

「…………」

 

 無言でぽす……ぽす……と俺の脇腹を殴り続けるホシノ。

 

 案の定だ。

 諦めてレッドを抱きしめていたら、起きてきたナギが鋭い目つきで俺だけを睨みつけてレッドを引き剥がしにかかった。

 いや、おかしいだろ。

 ていうか怖えよ、レッドの身体掴んでるのに顔だけこっち見てんだぞ。

 ホラーだったわ。

 

 それで次に起きてきたアイリが、離れてくださいとか私の場所ですとか騒ぎ始めた。朝なのに元気だね君は……

 しかも何故か、俺の服を掴んで引っ張るし。俺の服引っ張っても何にもならないでしょうが! ただ伸びるだけだよ! 

 

 で、いつも通り最後に起きてきたホシノが状況を見て無言で至近距離に立った。

 ずももも、って感じだった。

 何回か口を開こうとして、結局言葉が出なかったのか殴り始めたのは可愛かった。

 

 でもお前ら、誰が元凶かわかってるのに俺に対してフラストレーションぶつけすぎじゃなくって? 

 右から左へ全て受け流す技術が無かったらストレスで死んでもおかしく無いぞ。

 

 というか、控えめに言って良い加減にしろ。

 やる事を統一してくれ、愚痴にしろ説教にしろ八つ当たりにしろ、全部一緒に来たら処理しきれねえよ。

 

「…………」

 

「…………」

 

「…………」

 

 いや何も来ないんかい! 

 というかレッドはセミみたいにしがみついたまま結局離れないし……起きたか。

 レッド、下ろすぞ。

 

「わっ」

 

 反応の隙間を狙って下ろしたから、自分の身体が勝手に離れたように感じたんだろう。驚いたレッドの頭を一撫でして、目を覚ましたユキノオーの元へ行く。

 

「…………」

 

 ゆっくりと目を開けたユキノオーは、俺の方をチラッと見るとすぐに視線を空に戻した。

 一度、何かを噛みしめるかのように目を瞑ると、バッと開眼して跳ね起きた。

 包帯が巻いてある事を思い出したのか、空中に生成された氷の刃で留めてある場所を切り裂いた。

 ハラハラと勝手に包帯が解けていく。

 もう、血は止まっているようだ。深かった傷はすでに再生が始まり、ピンク色に盛り上がっている。

 腕を翳すと極小の吹雪が発生して包帯が綺麗に畳まれていく。しかも氷で洗っているのだろうか、赤く染まっていた包帯は見る間に元の白を取り戻した。

 その場に置かれた包帯を指差し、次いで俺を指差し、こちらを一顧だにせず雪山の中に消えていった。

 

 

 ──────

 

 

「本当に、良かったの?」

 

 レッドが服の裾をちょいちょいと引っ張って尋ねると、青年はユキノオーが消えていった方向から視線をレッドに移す。

 

「ありゃあ、二つ名持ちクラスだな。さすが試される大地だ」

 

 心底楽しそうに笑みを浮かべる青年は、これから何が起こるか楽しそうにしているのだろうとレッドにはわかった。

 レッドは青年の、この表情が好きだった。

 

「楽しみ?」

 

「とんでもなくな!」

 

 腕を伸ばしてくる。

 高い高いをしてくれるのかな。

 と思っていた目の前で青年の顔面に雪玉がぶつかった。一個ではなく、何個も何個もぶつかって弾ける。

 

「あだっ……いでででで」

 

「ヒーホーくん! あんな人には目一杯ぶつけちゃって!」

 

 不満が限界を超えたアイリがヒーホー君に指示を出していたようだ。

 寝起きでまだ頭が働いていないヒーホー君は何も考えずに雪玉を飛ばしている。

 狙いが外れた一個が自分の方に飛んできた。咄嗟のことで身構えると、すんでのところで青年が伸ばした手に当たって消えた。

 

「こら、レッドに当たったら危ないだろ? ……えげえ!? 何だそれ!」

 

「むー!」

 

 またレッドの事を言った! と逆に不満が増したアイリの指示によって特大雪玉が作られる。

 

「ちょ、ちょっとアイリちゃん……流石に危ないんじゃ……あ」

 

 流石にちょっとだけ心配になったナギが止めようとするが、そんな暇も無くアイリはポケモントレーナーを指差した。

 

「いけー!」

 

「どわあああああああ!!」

 

 転がってきた雪玉に青年は呑み込まれて転がっていった。

 

 

 ──────

 

 

 いやー、雪玉は強敵でしたね。

 それにしても……アイリはもうちょっと甘やかしてあげなきゃ……いや、ナギもそうだわ……ホシノもだよ! 

 うごごご……コミュニケーションの時間が足りねえ……

 結構な時間を費やしてるとは思うんだけど、一日って短くね? 

 

「アイリちゃん? 隣にレッドさんもいたんだからああいう事しちゃダメでしょ?」

 

 肝心のアイリはナギに少しだけ叱られていた。

 

「でも……ししょーが……」

 

 涙目で俯くアイリとナギの間に入る。

 これは俺が悪いからアイリを叱らないでやってくれないか? 

 俺も、もうちょいこう……時間の使い方とか考えるからさ。

 頼むよ。

 

「……まあ、あなたがそう言うなら良いけど」

 

 ナギも、色々不満はあるんだろうけど堪えてくれてありがとうな。

 

「私だって……もう少しだけ時間を割いて欲しいわ」

 

 うん、気を付けるよ。

 ……アイリもごめんな。

 ほら、そんな泣かないで。

 

「わたしも……ごめんなしゃい……痛かったですか?」

 

 痛いわけないだろ? 

 ほら、寒いから一旦テントの中戻ろうな? 

 

「はい……」

 

 アイリの手を取ってテントへ向かう。

 ……誰か教えてくれよ、バランスよくコミュニケーション取る方法。

 1日24時間だから一人6時間ずつ相手すれば良いのか? でもそれだと機械みたいじゃん俺が。

 なんかもっと根本的な解決方法無い? 

 

 腕を絡めてアイリと反対側の隣を歩く、ご機嫌なナギを見る。

 ニッコニコだ。

 

「どうしたの?」

 

 いや、機嫌良いなって。

 

「そう? 普通じゃない?」

 

 いや、ナギはいつもならもうちょっとクールというか。

 

「まだ成長期って言ったのあなたでしょ?」

 

 それはなに、まだ子供だから、的な? 

 

「えーい!」

 

 飛びついて来たので受け止める。

 やっぱ楽しそうじゃん。

 

「時間、くれるんでしょ?」

 

 ……あげちゃう! 

 逆サイドから飛びついて来たアイリごと抱っこして駆け回った。

 たまには頭空っぽで遊ぶのも悪くねえよな! 

 

 

 ──────

 

 

 テントを片付け、今日も今日とて歩いていくぅ! 

 道はもう雪で覆われてるので、靴とかそこら辺の準備はあいつらに任せた。

 何だヒーホー君、別にサボってたわけじゃないぞ。

 そもそもこんな状況で俺が役に立つ事なんてあるわけないじゃん。俺を何だと思ってるんだ? 

 雪道を効率よく移動する方法なんて知らねえよ。旅の講習とか受けてるあいつらに任せるのが一番だ。

 下手に動いてぐちゃぐちゃにするよりはその道のプロたちにぶん投げますよ俺は。

 

 雪道というのは不思議なもので、真っ白に覆われている世界を見ているとどれくらい進んだか把握し辛くなる。まあ俺は完璧に把握してるんだけど。

 でもアイリ、数分おきにどれくらい進んだか聞いてくるのはやめるんだ。

 退屈な授業は時計を数分おきに確認してしまうから気持ちは分かるけど、実際そんな事しても何も変わらないぞ。体感時間は伸びてくばかりだ。

 それなら、あそこを歩いているユキメノコとか凍った川で遊んでる氷精とかこっちをチラチラ伺ってるビッグフットとか空を悠然と飛ぶフリーザーを見て時間を潰すんだ。

 

 …………? 

 …………フリーザー!!? 

 ユカリ! フリーザーがいるんだけど! 

 おい、やべえよ! 

 何興奮してるんですかって……興奮しない奴がいるか! 

 え? いつも飛んでる? 

 お前アレが何かわかってんのか!? 

 ……名前は知らないけどなんか昔から飛んでるらしい? 

 お前らも何も思わないの!? 

 割と有名って……ええ……

 これは確かに覚悟必要ですわ……

 ……え? これは別に覚悟とかいらない? 

 じゃあマサゴタウンの覚悟って何!? 

 誰にも名前知られずに空飛んでるフリーザーがいるのを見るよりも覚悟がいるの!? 

 

 おいマジかよ……ワクワクが止まんねえ……俄然マサゴタウンに興味が湧いて来たぞ……

 ん? ……そうだぞお前ら。以前に話したけど、あれこそが、ルギアを呼び出す鍵の一体だ。

 すごいだろ? 

 何で誰も知らないのか……それを想像するだけで楽しくなってくるな! 

 

 いいか? フリーザーは準伝説のポケモンだ。それが意味することは、あの神様と同じくらいに出会うのが難しいという事だ。

 そんなポケモンがあんな堂々と飛んでる。

 それで、だいぶマサゴタウンに近付いているはずだろ? 

 つまり、俺が推測するに……マサゴタウンには何かある。

 え? 普通の村だって? 

 いーや! 違うね、ユカリ。お前らの日常の中にその「特別」は紛れ込んでる。

 楽しそうだって? 

 オールドタウンでは真面目にやってたし、羽目を外してえんだわ。

 ナギも楽しみだろ? 

 そうかそうか、やっぱそうだな! 

 俺たちの冒険はこれからだ! 

 

 あれから歩き続けること数日、一つの看板が見えた。

 この頃にはすっかりリンも元気になっていて、倒れていた時の事でイジると顔を赤くしてしまうのでとても楽しい。

 ……いや、ドSじゃねえよ。リンが可愛いからつい弄っちゃうというか。

 やっぱりドS? 

 ……いつまで性癖の話してんだ! 俺がドSならリンがドMになっちゃうでしょうが! 

 ほら見ろ! もう顔真っ赤になり過ぎてマフラーに顔埋めちまったじゃねえか! 

 

「もうやめて……」

 

 蚊の鳴くような声でそんなことを言うリン。

 ……倍プッシュだ! 

 

「うう……弱っていたとはいえ、何であんな恥ずかしい態度をとっちゃったんだよお……」

 

 良いじゃん、それがリンの魅力だよ。

 

「ずるいよ……」

 

 

 ──────

 

 

 ユカリとリンがソワソワしているのには気付いてた。

 時折、背中の上で深呼吸をしているのも聞こえていた。ただ、みんな、見えぬフリをしていた。

 彼女にとってとても大事な瞬間が、すぐそこに近付いていた。

 彼女が願ってやまなかった事は、果たされる。

 俺は、彼女達をやっと導く事ができたんだ。

 

「おろして……ください……」

 

 ユカリは声を震わせながらそう言った。

 ゆっくりと、地面に下ろす。

 少し躊躇うように、一歩を踏み出し、背中を軽く押してやれば無言で、彼女はリンの手を握って歩いて行く。

 足に取り付いた小型の機械によって補助され、何の問題もなく歩いて行く。

 2年、終わりの無い地獄から解放され、夢が覚めることに怯えて、それでも彼女はやっと。

 

 それは、どこにでもありふれていた事だった。

 本当にありふれている事だ。

 ただし、奪われたものにとっては叶える事能わぬ、望むことしかできない事だった。

 ユカリは涙を必死に堪えていた。

 こんなにも、この言葉を言うのに時間がかかってしまった。あんなに当たり前に言っていたのに。

 一度、後ろを振り返る。

 苦しんで苦しんで、それでも助けてくれる人達がいた。

 彼らは結局、最後まで私たちを見ていてくれた。

 そんな義理もないのに、ここまで届けてくれた。

 この瞬間を一番願ってくれていた彼は、親指を立てて笑っていた。

 前に向き直る。

 ──ああ、本当に変わらない。

 大人って、2年じゃほとんど変わらないんだ。そんな当たり前のことが愛おしく感じる。

 私はこんなにも幸せだ。

 信じて、待っていてくれる人がいた。

 

「お母さん……お父さん……ただいま」

 

 ユカリは二人の前に立って、それをやっと言うことができた。リンに抱きしめられてこぼれ落ちた涙を、ハンカチがそっと拭う。

 お父さんだった。

 

「ユカリ、そんなに泣いたら……綺麗な顔が台無しだぞ……」

 

「帰ってくるのが、遅かった……わね……」

 

 二人の胸に飛び込む。

 どれだけこうしたかったか。

 抱きしめられ、三人の顔を見ると、全員、涙で顔がぐしゃぐしゃになっていた。

 何にも替え難い時間を、やっと取り戻せたんだ。

 

 

 ──────

 

 

「うぅー……よがっだでずねー……」

 

 貰い泣きしていたアイリは、ナギもホシノも、マサゴタウンの住民も同じように涙しているのに、違和感がある事に気付いた。

 そして見回すと、師匠とレッドの様子が全く違った。

 

 レッドは、よくわからないという表情でユカリ達を見ていた。あの光景に、特に何も感じるものが無いようだった。それでみんなが泣いているのを見ると、何か自分が間違っているのかと感じているようだった。

 

 師匠は、眩しいものを見るように目を細めていた。

 アイリには、何で彼がそんな顔をしているのかがわからなかった。

 ユカリがこうなる事を一番願っていたのは彼だ。それは、側から見ていれば明らかだった。そもそも、ユカリをマサゴタウンに届けると決めたのは彼だった。

 それが完遂されて、嬉しいはずだ。

 とても喜ばしいはずだ。

 それなのになんでそんな目で見ているのか。

 どうしても分からなかった。

 

 そして、師匠は幸せな光景から目を逸らし、不安気なレッドの前にしゃがみ込む。自分の腕を自分で掴んで気分を誤魔化しているレッドと、二言三言小さい声で話して頭を撫でる。

 目を瞑って撫でられるレッドを、いつものように抱きしめた。

 どんなやり取りがあったかは分からないけど、レッドが泣かなかった理由を師匠が理解しているらしい事を、アイリは察した。

 

 

 ──────

 

 

 マサゴタウンに入ったぞ! 

 覚悟完了だぞ! 

 ユカリ達は一旦四人で自宅に帰って団欒を過ごすぞ! 

 さあ、フリーザーを超える衝撃来い! 

 絶対に驚かないぞ! 

 

 ……え……あれは…………うわあああああ!!! オーキド博士だああああああああああ!!! なんでこんなところにいいいいい!!! 

 マジ!? モノホンのオーキド博士!? 

 オーキードーキーとかじゃなくて!? 

 た、確かめなきゃ……! 

 あ、あの! オーキド博士でいらっしゃいますか!? 

 ……ほ、ほんものだああああああ!! 

 ファンです! サインください! 

 

「おお、君があのポケモントレーナー君か! 成体のリオレウスを手懐けたという話も聞いておるぞ! 専門では無いがワシも興味はあるからのお! せっかくマサゴタウンに来たんだ、ワシの研究所でじっくり話を聞かせてくれ! な!?」

 

 は、はい! 今から行きましょう! 

 ……ぐえっ! 

 ナギ! なんだ! 俺は今からオーキド博士と大切な時間をだな! 

 

「その言い方、やめてはくれまいか?」

 

 ……え? 俺の知ってるオーキド博士と違う? 何でそんな事分かるの? 

 聞けば分かる? なにが? 

 

「なんだいお嬢ちゃん」

 

「あなたのフルネームを教えていただいても良いですか?」

 

「フルネーム? オオキドカズユキじゃよ」

 

 あれ、ユキナリじゃない!? 

 ……つまりどういうことだ? 

 

「ユキナリって……もしかしてオオキドユキナリのことかね?」

 

 そうですけど……どういう関係? 親戚ですか? 

 

「ワッハッハ! 遠い昔の人だからのお! 親戚……まあ広義では親戚というのも間違い無いかの!」

 

 大昔の人ってことは、ご先祖様なんですか? 

 ……そっか……そっかあああ〜〜〜!! 

 ……いや、すんません! 失礼な反応しちゃって! 

 

「まさか古いご先祖様を知っている子がいるとは思わなかったぞ? サインなんか欲しがってたのはどういうわけじゃ?」

 

 大ファンなんです。

 誰だって会いたいと思うでしょう。

 ポケモンをポケモンたらしめ、この世界をそうであると定義付けた本物の偉人。

 

「定義付けた?」

 

 ええ! ポケモン……この世界だと今はモンスターですね。その大分類はタイプによるものであると発見し、通常生物の系譜から外れたポケモンという生物の根源を解き明かそうとした。

 今もモンスターたちはタイプによって分けられているでしょう? あれは元々はオーキド博士、ええとユキナリ博士が始めた事です。

 ……そうでしょう? 

 

「……詳しく聞きたいのお」

 

 いや、俺も知ってるのはそれが全部ですけど。そうじゃないんですか? 

 

「伝わっているのは、先祖であるという事実だけじゃよ」

 

 へー。

 

「ちょっとあなた! なんで唐突にとんでもないこと言い出してるのよ!」

 

「お兄さーん? それほんと〜?」

 

 本当かどうかを本人に聞きたかったんだけど。残念ながら大昔の人らしいし、確かめようが無いな。

 

「……なぜ君はそんな事を知っているんだい?」

 

 そりゃあもちろん、俺がポケモントレーナーだからですよ。

 これは冗談じゃない。

 

「……きっと、彼が生きていた時代にその博士がいたのね」

 

「うへ〜……やっぱり、モンスターはお兄さんの時代だとポケモンって呼ばれてたって事なんだろうね……」

 

 ところで……博士はなんの研究をされているんですか!? 

 

「そんなキラキラとした目で見られても困るのお……ワシは、君が知るユキナリ博士のようにモンスターの起源を解き明すなんて、大それた研究はとてもとても……」

 

 でも何かを研究されているんでしょう!? 彼の子孫であるあなたがどんな研究をしているかはきっと、この世界を揺るがしかねないもののはずです! 

 

「……ご期待に添えず申し訳ないが、ワシはあのモンスターのことを研究しておる。他にも少々やってはいるがね」

 

 空を指差すカズユキ博士。

 そこには空を飛ぶフリーザーの姿が。

 準伝説を研究ですか……それは凄いですね。

 フリーザーを研究して、何を目指してらっしゃるんで? 

 …………博士? 

 

 何故か博士は口を開けたままフリーズしてしまっていた。フリーザーだけに。

 ……おーい、大丈夫ですか? 別に俺のギャグでフリーズしたわけじゃないですよね? 

 呆然とした博士の口から言葉が漏れる。

 視線が俺を捉える。

 

「フリー……ザー……?」

 

 え? そうですよねあれ。

 まさか俺の知らないポケモンなのか!? 

 あんなに似てるのに!? 

 

「ワシは……あのモンスターの名前など……知らん」

 

 え? でもどこかに資料が……図書館とかあんまり行かない感じですか? 

 

「無い、どこにも資料など……無かった」

 

 ええ? そんなバカな……アレ、でも確かにヒカワはディアルガの名前が残っていなかったって……

 そうなの!? 

 

「あらゆる地方の図書館や遺跡を巡ったが……結局どこにも記述は無かったのだ」

 

 マジかよ……えーと、そう! 久しぶりに思い出せた! オレンジ諸島には行ったんですか? 

 あそこなら何かありますよ多分。

 

「オレンジ諸島……? それは一体……」

 

 正確な場所は分かんないですけど多分カントーの南とかじゃないですか? 

 

「恥ずかしながらワシはカントーなんて地名聞いた事が無いぞ」

 

 そうなんですか? ちなみにどれくらいの期間、旅をしてらっしゃったのですか? 

 

「30年じゃ」

 

 30年!? それなのにフリーザーの名前一つ出てこなかったってとんでも無いっすね! 

 ……ところで一つ聞きたいんですけど。

 

 

 ──────

 

 

 泣き崩れながら感謝するリン達のご両親に死ぬほどもてなされ、夕食の間、笑顔を維持できていたかわからない。

 一口進めるたびに、美味しいですか? と聞かれ、少し話せば大仰にリアクションをする。

 リンもユカリもニコニコしながら親御さんの奇行を見ているものだから、俺一人でなんとか捌き切らなきゃいけんかった。

 肝心の仲間たちが何してたかと言えば、あいつらはあいつらで自由に話している。

 何故俺だけこんなに大袈裟な事になっているのか全く分からん! 

 ただ……窓から眺める雪景色は最高だ! 

 

 食事後、いただいた高そうなお茶を飲みながら、窓際に立って外を見る。

 子供達が雪合戦をしていた。

 やっぱ、子供は風の子元気な子だよな。

 俺も混ざろうかな。

 久方ぶりの室内を堪能していると、ユカリがそばにきた。

 なお、親御さんはそんな俺たちをニコニコと眺めている。

 やっぱ笑っている顔も似てるな。

 

「あの……楽しめ……ましたか?」

 

 そんな、聞く必要すらない事をわざわざ聞くのは、俺が四苦八苦しながら対応しているのをただ見ていたからだろうか。

 お茶を飲み干してテーブルに置く。

 

「めっっちゃ楽しかったけど、凄いご両親だな」

 

「あはは……」

 

「良いご両親だよ……ユカリ、良かったな」

 

「……本当に……ありがとう、ございました」

 

「──おいおい、俺が泣かせたみたいじゃねえか」

 

「夢、みたいで……」

 

 悲しみの涙ではなく、嬉しさから来る涙。

 服の裾で拭おうとして、やめた。

 この涙は、何よりも得難いものだ。

 このままが一番良い。

 笑っているユカリの頬を伝う涙。

 絵に残したいぐらいの光景で、オールドタウンで頑張った報酬がコレなら、俺も大満足だった。

 突然、脇腹を突かれる。

 下手人はリンだ。

 

「ちょっと、またお姉ちゃんのこと泣かせたの?」

 

「……いや、お前も目元真っ赤だぞ」

 

「うるさい! そういうのは言わないもんでしょ普通!」

 

 リンもきっと、2年間苦しかっただろう。

 どこにいるかもわからない人を探し続ける。それは時に、苦痛すら伴う。

 それでも諦めなかった結果として今がある。

 もしかしたら、途中で折れていたら、オールドタウンにあのタイミングで来ていなかったら、一生ユカリと会えない可能性もあった。

 なんだか、褒めてやりたい気分だった。

 リンの頭に手を置いてわしゃわしゃと雑に撫でる。

 

「な、なにさ」

 

「よく頑張ったな、リン」

 

「え…………」

 

 リンは、ポカンと驚いたような表情を浮かべ、すぐさま後ろを向いた。

 ユカリがリンの肩を抱く。

 ポンと軽く頭を叩いて、窓の外の景色を再び見る。

 しんしんと降る雪の中で、子供達が今度はかまくらを作っているようだった。

 やっぱりハッピーエンドが一番だよな! 

 

 

 ──────

 

 

「ねえねえ! バッジ見せてー!」

 

「私も見たい!」

 

「はい」

 

「うわーすっげー!」

 

「コレ、お姉ちゃんが全部集めたの?」

 

「そうだよ」

 

「俺も旅に早く出たいな〜」

 

「ダメだよ、まだ10歳じゃないんだから」

 

 次の日、レッドがガキンチョどもに囲まれていた。孤児院の出なだけあって子供の扱い方も慣れたものらしいな。

 リザードンに曲芸をさせたりすれば、子供達の目が憧れに煌めく。

 まあ、普通はそうなるよな。

 小さく手を振ってくるレッドに手を振りかえす。

 んほ〜うちの最強戦力かわええ〜。

 

 でもって、俺は俺でマサゴタウンの大人に囲まれていた。

 

「コレがあのポケモントレーナーさんなのねえ……実際に見ると思ったより普通というか」

 

「ばか! そんなこというもんじゃないよ! 私見たんだからね、全員の荷物片手で引きずってるの。それに、あの動画だって見たでしょ! ありゃあ隠してるんだよ、内に秘めた力をさ」

 

「結構良い男ではあるわよね、稼ぎも腕っぷしもあるし。すでに四人養ってるわけでしょ?」

 

「どうだいあんちゃん、うちの娘もらってくんねえか? まだ、ちと小さいけど、器量良しの自慢の娘だ」

 

「おい、抜け駆けすんなよ。なあポケモントレーナー君、うちの娘は年頃だぞ! 一人ぐらい増えても問題ないだろ!?」

 

 なんなんだこれはあ……

 おかしい、何故みんなして俺に娘を捧げようとするんだ。俺は邪神かなんかか? 

 そもそも俺はまだフリーでいたいのに……

 

『マサゴ……タウンでは……覚悟を……した方が……いいです』

 

 そういうことかあああああ! 

 いや、コレなら先に言っておいてくれよ! 

 こんなの覚悟してても反応しきれねえぐらいだぞ! 

 あれか!? 田舎だから外からの血が重要なのか!? 

 

「ぜひうちにもいらしてくださいね? いや、今から来ましょう!」

 

 ……ヘルプ! へーールプ! 

 

「どうしたの?」

 

 真っ先に反応したのはナギだった。

 ナギ! こっち来てくれ! 

 みなさんちょっと待っててくださいね! 

 

「なに? なんなの?」

 

 頼む! ちょっとの間、俺の彼女のフリしてくれ! 

 

「……はあ!?」

 

 実はかくかくしかじかで……

 

「…………」

 

 ナギは一瞬眉を顰めたが、何かを思案するように腕を組んで人差し指を自らの顎に当てる。

 不穏な予感……

 ニッコリと笑顔を浮かべた。

 

「いいわよ!」

 

 おお、なんだやってくれるのか。

 非常に助かる! 

 

 ナギと腕を絡めて戻る。

 いやーすみませんみなさん、この子が俺の彼女なんですけど……

 

「一夫多妻なんて認めませんから!」

 

 そうなんですよ、彼女がダメって言ったらダメなもんで……はい、ごめんなさいね。

 ……いや、愛人ならとかそういう問題じゃないから! 

 自分の娘さんをどこぞの馬の骨の愛人にしようとするな! もっと大事にしろ! 恋愛とかさせてあげろ! 

 自由意志万歳! 

 

 

 ──────

 

 

 泊まっている民宿の部屋で一息つく。

 

「いやー助かったよナギ、ありがとな」

 

「いいのよアレくらい、だって彼女なんだから」

 

「おぉ……役に入り切って……俺も負けてられないな! マイハニー!」

 

「その呼び方はやめて」

 

「ナギ、本当に助かる」

 

「……急に改まらないでよ」

 

「いや、真剣な話だから」

 

「……ふふっ」

 

 横に座っていたナギが俺の腿の上に頭を乗せる。

 ちょいちょいあるけど、俺の膝枕とか絶対硬いのに、良くもまあ寝られるものだ。

 普通逆だよな。

 伸ばしてきた手が頬に触れる。

 

「あなたもいつもお疲れ様」

 

 ナギの手に俺の手を重ねた。

 短い時間ではあったが久しぶりに二人きりで緩やかな時間を過ごした。

 

 乱入者はコチラの方です。

 

「あー! ナギさんずるーい!」

 

 スタタタと走ってきて、ナギとは逆側の太腿を占領する。何が楽しいのか、コロコロと笑っている。

 

「えへへ、ししょー!」

 

 なんですか。

 

「えへへへー!」

 

 なんなんですかね。箸が転んでも笑うお年頃ってやつかな? 

 そして次の乱入者はこちら! 

 

「ポケモントレーナーくん! コチラに泊まっていると聞いたぞ! さあ私の研究所に…………今はやめておこう」

 

 視線が俺の顔からふとももに移り、引き攣った顔で退室する。

 流石にノックぐらいして欲しい。

 何故いきなり扉を開けるなどという暴挙に出るのか。

 アレか? 田舎特有のやつか? 

 でもなんか、オーキド博士っぽいムーブで正直興奮する。

 それで、なんで二人とも静かなんだ? 

 

「なんでもないわよ?」

 

「はい! なんでもないです!」

 

 そうなの? オーキド博士の顔が引き攣ってたから、なんかしたのかと思ったわ。

 

「どうでもいいでしょ? そんなこと」

 

 そうかな……そうかも……

 

 

 ──────

 

 

「うへ〜寒いよ〜……本当に寒い」

 

「そうか? じゃあこれ貸すよ、多分大きいけど」

 

「ありがと〜……うわ! お兄さんの体温ですごい温まってる!」

 

 うおォン、俺はまるで人間火力発電所だ! 

 

「じゃあ、行こう?」

 

 小さい手を握ってマサゴタウンの探索を始める。あいつらは良いのかと思ったら、たまには二人でだそうだ。

 ……なんで俺の手をニギニギしてんの? 

 

「……え? あ、あ〜……久しぶりに手繋いだからかも?」

 

「……これが、萌えか」

 

「うへ……なんなの〜」

 

 このおじさん、いじらし過ぎる。

 ……というかマジでちゃんとコミュニケーション取らないと。自分のポケモンに不誠実になっちゃいけねえ。

 ホシノの肩を掴む。

 上から下まで、改めてその姿を見て取る。

 

「おじさんをそんなにまじまじと見て、どうしたいの?」

 

 いや、もこもこのホシノも可愛いなと思って。

 

「も〜褒めても何も出ないよ?」

 

 俺のやる気は出る。

 

「ん〜〜〜〜!」

 

 なんじゃいなんじゃい。

 何故かポコポコと殴られてるんだが、何が不満なんだ? 

 

「そうじゃないよー!」

 

 ええ……? 

 まあでも多分俺が悪いんだろうな……

 良くわかんないけど、ごめんホシノ。

 

「そうじゃなーい!」

 

 そうじゃないらしい。

 もしかしてこのアキネーター壊れてる? 

 そうじゃない、そう、の二つだけで解決しないといけない感じですか? 

 めんどくさいので抱きしめた。

 

「温か〜い……」

 

 手が止まった。

 どうやら質問パートすっ飛ばして正解したらしい。

 じゃあ、今度こそ行こうか? 

 

 マサゴタウンを見て回ると、やはり俺が知っているマサゴタウンの形に良く似ている。規模とかは若干違うけど、研究所とポケモンセンター(っぽいやつ)、ショップを起点に南に建物が並んでいる。

 ヒカリとかコウキの苗字なんて知らないから、ホシノに家の表札を読んでもらって、ライバルの家ってこれかな……なんてドキドキしながら家を覗き込んでいたら奥さんが扉を開けて──

 

「あれ! さっきのかのじ──」

 

「おあああああああああああ!!!!」

 

「お兄さんどうしたの!?」

 

 あぶねえあぶねえ。

 ホシノに聞かれたら本当に色々変な誤解を生みかねない。

 ただ、大声のせいで他の家の人も出てきてザワザワしてしまったので逃走本能に従い、俺はホシノの手を引いて走り出した! 

 人気の無いところまで逃げて一息つく。

 

「ちょっと〜? いきなり走り出してどうしたのさ〜?」

 

 いや……ホシノ、男の子には突然走り出したくなる時があるんだよ。

 

「そんなの聞いたことないけどな〜」

 

 みんな心の中に秘めてるんだよ。

 

「……ナギちゃんを彼女にしたんだって?」

 

 ……ほわあっ!? な、何故それを!? 

 いや、違うぞホシノ! あれはあの時たまたまあそこにいたから協力を頼んだのであって、別に本当に彼氏彼女になったわけじゃ無い! フリなんだよフリ! 

 ナギにも聞いてみてくれ! 

 

「ふーん……?」

 

 マジだから! 

 

「それはそれで最低なんじゃない〜?」

 

 うぐっ……反省してます。

 

「……なんだか懐かしいな〜」

 

 え? 

 

「最初はこうして二人でやってたもんね」

 

 そうだな。

 

「お兄さん本当に何も知らないから、バトルで負かした相手からお金奪ったりしてさ」

 

 だってポケモンバトルで勝ったら普通もらえるもんだと思うじゃん……

 そういえばあの時も叱られてたような……

 

「ね」

 

「ん?」

 

「私は、お兄さんの相棒としてやれてる?」

 

「…………」

 

 何を言うべきか、迷う。

 勿論、その質問に対して肯定以外で返すのはあり得ないけど、陳腐な言葉で表したくなかった。

 というか何故そんな事を? 

 

「お兄さんはいつも、とんでもなく大きな相手と戦ってるよね」

 

 それは物理的なサイズではなく、規模という意味だろう。

 確かに、定期的にヤバいのは相手にしてる。

 戦いたいわけじゃないけど、流れでしょうがなくな? 

 

「おじさんがもってる武器じゃ、相手しきれないようなのばかりでしょ?」

 

 そんな卑屈なことを言い始める。

 正直、立ち回りによるとしか言いようがない。確かにショットガンじゃビルは倒せないけど、敵を全員倒すだけなら十分だし。

 

「戦力的に、お兄さんの相棒として足りてるのかなって……」

 

 ……ん? 

 

「ちょちょちょちょっと待って? なんでいきなり別れ話みたいな空気になってるんだ?」

 

「別れ話じゃないよ、ただ──」

 

「いーや、間違いなくそういう空気だった」

 

「…………」

 

 ホシノの言いたいことは分かった。

 その上で、ホシノの思いは間違っていた。

 ただ、そうなった経緯は理解できた。

 俺はホシノを信頼しているという自覚がある。

 ホシノも俺を信頼してくれているだろう。

 そして同時に、だからこそ、言わずとも伝わると思っていた。

 どうやら、完全に、俺の自己満足だったみたいだ。

 言わずとも伝わるなんてのは一方的な押し付けで、傲慢でしか無かったという事だった。

 

 言葉にしなきゃ分からないことだってある。

 そんなの、あっちの世界だったら当然だったのにな。

 俺は愚かだ。

 

 

 ──────

 

 

「ホシノ……俺が悪かった」

 

「え?」

 

 青年が、頭を下げる。

 いきなりそんな事をされて、ホシノは少し戸惑う。

 

「俺の自己満足で、大事なことをちゃんと伝えていなかった」

 

「な、なにが?」

 

「口に出さなきゃ分からないこともあるよな」

 

 うんうんと、頷きながら勝手に納得していた。

 青年は困惑するホシノの前で跪き、その手を取る。

 少し冷えたホシノの手を温めるように、両手で挟んだ。

 

「ホシノ、俺はポケモントレーナーで、お前は俺のポケモンだ」

 

「それで、ホシノはプレイヤーで俺はそのパートナー」

 

「そりゃあ確かに、戦力的な関係が最初にくるよな」

 

「…………」

 

「で、結論なんだけど、戦力的には十分足りているというか……オールドタウンで戦ってたのはほとんどホシノ達じゃん」

 

「でも、ヒカワと戦った時、最後までは一緒に……」

 

「お前、それを気にしてたの? ……良いか、あいつが操っていたのは、紛れもなく、この世界を作り出した神に列席する存在なんだぞ? そんな力を使う奴に対して、あそこまで粘ってたのは誇って良い! 俺なんか途中で気絶してたしな!」

 

「……うん」

 

 そう、ホシノの強さは驚嘆に値する。近距離でヒカワを撃ちながら、念動力に捕えられないように上手く間合いを取って戦っていた。ワンミスで吹き飛ばされてしまっていたが、それでも十分な戦いっぷりだった。

 青年は徒手空拳しか無いので普通に何度も捕まっていた。神の力は伊達では無かったという事だ。

 ただ、ソレを聞いてもホシノの顔はまだ晴れない。

 聞いたらそう答えてくれるのは正直分かっていた。

 でも、彼から本当に聞きたいのはそのことでは無かった。

 

「ナギちゃんとかユカリちゃんとか……可愛い子がいっぱい増えたよね……」

 

「んん〜?」

 

 青年は、いきなり別の話題が出てきた事に首を捻りつつも黙って話を聞く。

 ホシノは、葛藤しながら続きを話した。

 これを聞いても本当に大丈夫か、自信が無かった。

 

「私は……お兄さんからどう見えてるの?」

 

「…………」

 

 不安だった。

 彼は仲間とコミュニケーションを積極的に取る。

 自分とも取ってくれるが、割と少ない方だと思っている。言葉で大事だって表してくれる事もあるけど、どうしても比較してしまった。

 跪いたままの青年は、ホシノの手を見ていた。彼と比べてかなり小さい自分の手に、なんの意味を見出しているのか。

 

「俺は騎士じゃ無いけど、別に良いよな」

 

「あっ……!」

 

 彼が手にキスをした。

 触れたところが熱くなる。

 初めてだった。

 何を言えば良いか分からなくなる。

 跪いていた彼は立ち上がった。

 

「そういえば……これも言っていなかったな」

 

「あの時、助けてくれてありがとう」

 

 その表情は言葉では言い表しづらく、ホシノが初めて見るモノだった。

 

「ホシノ、お前こそが俺にとっては原点にして頂点なんだ」

 

「お前が助けてくれたから俺の人生は始まったんだ」

 

 初めて聞く事だった。

 彼が、こんな風に自分の事を想ってくれていたなんて想像もしなかった。

 

「というか、前にも言ってるんだけど……俺はお前がいないとダメなんだ」

 

「変な気を起こされると困るぜ?」

 

 苦笑いをしながらそんな恥ずかしい事を言う。

 彼のそういう表情を初めて見た。彼は時たま弱音も吐くけど、そういう時は抱きしめられているので顔を見ることは出来なかった。

 言葉を、顔を合わせてちゃんと伝えてくれた。

 可愛いな、と思った。

 

「……ちょっとしゃがんで〜?」

 

「ほい……おっ?」

 

「ありがと〜、ちゃんと聞かせてくれて」

 

「──ははっ、なんだそりゃ」

 

 彼を抱きしめる。

 これも今までした事が無かった。

 ただ……自分から抱きしめるのって結構恥ずかしい。

 なんでこんな事を平然とやれるのか。

 

「ホシノ、これからはもっとちゃんと言葉に出すからさ」

 

「……うん」

 

「ホシノも少しだけ態度に出してほしいな」

 

「……分かった!」

 

 ギュッと、強く抱きしめる。

 一番長くいるから、我慢しなきゃと思っていた。でも、そう言ってくれるならもう少しだけ、我儘になっても良いかな? 

 

「……よし!」

 

「うわっ!」

 

 いきなりお姫様抱っこをされる。

 彼はそのまま走り出した。

 

「うちのホシノをみんなに自慢しに行こう!」

 

「うへ……やだ!」

 

「分かった!」

 

「──あはは!」

 

「じゃあ、とりあえずオーキド博士の研究所に行くか!」

 

「えーと……もう少しだけ二人でいたいな〜」

 

「──俺のポケモンは可愛いなあ! 世界一だ!」

 

「……大袈裟だよ〜」

 

「いいや、世界一だ! この世界で一番ポケモンに詳しい俺が言うんだから間違いない!」

 

「…………」

 

 世界一とか、そんな事を言われたら期待してしまう。

 ナギちゃんもアイリちゃんもレッドちゃんもみんな魅力的な女の子で、時には女として敗北感を味わうことがある。

 それでも、彼が世界一と言ってくれるなら……

 

「おにいさん」

 

「ん?」

 

「お兄さんも、世界一のポケモントレーナーだよ!」

 

「…………」

 

「なんで泣いてるの!? しかも鼻血出てるよ!?」

 

「あ、気付かなかった」

 

「ええ……」

 

 この人やっぱり心配だよ……

 

 

 ──────

 

 

「おお! ポケモントレーナー君! 良くぞ来てくれた! ……なんで両鼻にこよりを?」

 

「ちょっと脳みそがキャパオーバーを起こしちゃって」

 

「そ、そうか……それで、これが君に見てほしいモノなんじゃよ」

 

「私も見て良いんですか〜?」

 

「お? 君は確か……ホシノ君だったね? 勿論良いぞ、彼の仲間なんじゃろう?」

 

 そう言って博士は写真を白いテーブルに並べていく。

 写真には円盤状の石? が写っていた。

 

「おお、ありがたいですね、わざわざ現像してくれるなんて」

 

「なんのなんの、君に見てもらえるならこれぐらい、徹夜でやったわい」

 

「生粋の研究者だ……」

 

 青年は写真を一枚一枚手に取って見ていく。

 ホシノは背中にのしかかって一緒にソレを見ていく。

 

「各地に存在する遺物なんだが、我々は便宜上これを円盤石と呼んでいる。君にはこの中で見覚えのあるモノを教えてほしいんじゃ」

 

「これはまたフリーザーとは違う研究ですか?」

 

「そうじゃの、あのモンスターに関しては長くやっていくつもりでな」

 

「なるほど……これはエンテイ、こっちはアンノーン、こっちは──」

 

「ぬおおお! どれじゃどれじゃ!」

 

「これとこれです、アンノーンは数枚ありますね」

 

「アンノーンとはなんじゃあ!」

 

「古代……いや、古代の古代か。とりあえず、太古の昔に存在した文字、それに酷似したポケモンで、ある法則で並ぶと未知の現象を引き起こせるらしいです」

 

 超高速で文字を打ち込んでいくオーキド博士。

 

「エンテイは……まあ、強いポケモンってところですかね。でも、こっちの不死鳥っぽいのとかやたら刺々しいコレとかは全然見覚えが無いっすね。グラードンとも違いそうだしな……あ、コレはプテラですね」

 

 青年は首を傾げる。

 

「何か変な事があったのかね?」

 

「こいつ……普通に化石で出るはずじゃ……?」

 

「うん?」

 

「いや、こっちのアンノーンが一万年前とかだとしたら、プテラは一億年前とかなはずなんですよ。全く違う年代の存在が同じように封印されてるもんで変だなって」

 

 それからも青年の話を聞き、メモを取っていく。

 オーキドは大興奮の嵐だった。

 どうやって彼がそんな事を知ったかは分からない。

 だが、自身がどれだけ調べても見つからなかった事実がどんどんと明らかになる。

 

 この青年から、出来るだけの知識を引き出したかった。

 

 スッ、とホシノは目を細めた。

 

「お兄さん、今日はもう帰りたいな」

 

「え? ……分かった。すいません博士、ホシノがちょっと疲れてるみたいで」

 

「お? おおそうか、すまんのう……今日はありがとう!」

 

 

 ──────

 

 

 青年は先ほどのホシノの態度に違和感を覚えていた。あのタイミングであんな事を言うのは、何か理由があるに違いない。

 というか、少し怒ってる? 

 

「お兄さん」

 

 はい。

 

「あのさ、いくら知ってる人と似てるからって……あんな事を話しちゃっていいの?」

 

 ダメかなあ……ユキナリ博士は生粋の善人だったから、カズユキ博士もそうじゃないかと思ったんだけど。

 

「そうじゃなくて!」

 

 おお……早速グイグイくるな。

 

「そんな大事な事を知ってるって色々な人にバレたら、悪い人たちに追われちゃうかもしれないんだよ!?」

 

 ヒカワみたいなやつの話だよな。

 

「そうだよ! もう忘れたの!?」

 

 うーん……確かにホシノの言う通りだよな、そんなのがいるかどうかはおいておいて。

 正直、あれを超える敵なんて今後現れないぞ多分。

 どんなのが来ても大丈夫だ。

 という判断だったんだけど。

 

「うへ……なんでそんな脳筋なの……兎に角、これ以上知識をひけらかしちゃダメ!」

 

 分かった、ホシノがそう言うなら。

 オーキド博士には俺から断っておく。

 

「ナギちゃんたちにもちゃんと言うからね?」

 

 おおん……

 

 

 ──────

 

 

「正座」

 

 はい。

 

「あなたは本当にもう……」

 

 心底呆れたとでも言うようにナギが顔を手で抑える。

 

「おじさんが一緒にいたのにごめんね、まさかあんなに大量に知識を持っているとは思わなくて……」

 

「ホシノさんは悪くないわよ……はぁ……記憶喪失なのになんで余計なことばっかり覚えてるのよ……」

 

 記憶喪失じゃ無いからだけどな。

 そもそもコレまで散々ポケモンの話してて、知識が無いわけ無いだろ! 

 

「お兄さん」

 

「師匠」

 

「「めっ」」

 

 ごめんちゃい……毎度の事ながら、10代の女の子達に叱られるの辛いよ、俺……

 コレがお姉さんとかなら……

 

「今、変な事考えた〜?」

 

 ナニモカンガエテナイデス。

 

「既に教えてしまった事は仕方ないけれど、これからは控えてね?」

 

 確かに軽率ではあった。

 少し気分が緩んでたな。

 ホシノとのやり取りのせいかもしれない。

 

「……えへへ」

 

 目が合うとホシノはにへらと笑った。

 やっぱり、言わずとも通じあえる部分もある。

 

「真剣な話をしてる時に何をイチャイチャしてるのかしら?」

 

 してないしてない! 

 ただ目合わせただけだろ!? 

 

「あなた達は目を合わせただけでもイチャ付けるでしょ?」

 

 なんだそれ!? 

 ファミチキ的な事!? 

 そんな能力ポケモントレーナーには御座いません! 波導が使える相手同士ならともかく! 

 アイリ、どう思う? 

 

「うーん……なんか嫌だったのでダメです!」

 

 ダメか〜! 

 

「あ、あの〜……おじさんも別にいちゃついては……」

 

「ホシノさんはまずその顔を直してから言ってちょうだい」

 

「え?」

 

「さっき目を合わせてからずっと笑顔よ、あなた」

 

 ホシノお前……

 本当におじさんキャラ向いてないよな……

 

「ちょ、ちょっと鏡見てくるね〜……」

 

 そそくさと洗面所に向かったホシノ、場には四人が残る。

 さて、そろそろ時間だな。

 

「今日もお呼ばれしているんですよね?」

 

 そうだぞ、美味しい山の幸がたくさん出てくるからな? 

 

「わーい!」

 

 今日は、マサゴタウンの集会場で宴会だ……覚悟、決めさせてもらうぜ! 

 すると、ナギがすすっと隣にくる。

 どしたん? 

 おっ……なるほどな! 

 

「なんでナギさんと腕を組んでるんですか!」

 

「彼が一人でいると玉の輿狙いで話しかけてくる人たちがいるからよ」

 

「ずるいです! さっきはホシノさんに注意してたのに!」

 

「もう話は終わってるからいいのよ」

 

「じゃあこっちの腕はもらいますから!」

 

 悲報、俺の左腕、無くなる。

 結局この後レッドとホシノも参戦して、大乱闘スマッシュブラザーズが開始……とはならなかったけど、厳正なるくじ引きの結果、アイリとホシノが俺の腕を獲得した。

 右足と左足まで奪われたら俺は封印されしポケモントレーナーになるに違いない。

 

 

 ──────

 

 

「かんぱーい!」

 

 かんぱーい! 

 宴が始まり申した! 

 すげえ! こんな山奥なのに新鮮な魚だ! 

 あれか、空輸できるのか! ほらレッド、この刺身めっちゃ新鮮だぞ! 

 え? わからない? 

 ……とにかく新鮮なんだよ! 美味しいから食べな? 

 美味しいだろ? ……な? 

 よいしょ、ほら、俺の分もちょっとあげるから食べて良いぞ。

 どういたしまして。

 え? アイリももっと食べたい? 

 じゃあ、コレあげるよ。

 ん? はい、あーん。

 ……ホシノも? 

 ……ナギも? 

 じゃあ全部あげるよ、俺は刺身なんて散々食ったことあるし。

 え? アイリと同じようにしろ? はいはい。

 

 山菜の揚げ物もなかなか美味えな。

 あれ、村長さんですよね、どうされたんですか? ……え? 酒? いやー……子供達の前では飲まないことに決めてるんで……いや、ほんとに。

 いででででで、やめろホシノ! まだ肉体的に子供なのは本当でしょうが! 

 ほらリザードンも頷いてるぞ、コレが真実だ! 

 ……ていうかなんでお前とヒーホー君は酒呑んでんだよ! 俺を見習え! 

 オレンジュース飲め! 

 ああ、ユカリのお父さんお母さん、どうしたんですか? 

 ユカリ達とも少し話してあげて欲しい? 

 あー……じゃあちょっと行ってくるわ。

 

「数日ぶりだな」

 

「はい……この村は……どうです、か……?」

 

「なんというか……田舎らしいよな」

 

「トレ君の知ってる田舎もこんな感じなんだ?」

 

「そうだな……ただ、ここまで歓迎される事は無かったかもしれないな」

 

「この村も普通はそうだよ」

 

「ええ?」

 

「物語の中にしかいないような人がやってきたんだから、そりゃ宴会だって開くでしょ」

 

「ん? …………レッドの事か」

 

「違うよ! なんでここでふざけるの!」

 

「別にふざけてねえよ……」

 

「ポケモン……トレーナー……さん……あなたの……こと、です……」

 

「は? どういうこと?」

 

「本当に分かってないの……? 君、頭大丈夫?」

 

「いきなり罵倒を浴びせるな! 温度差でショック死するわ!」

 

「田舎だから変化が少なくて、みんなソーマで退屈を紛らわしてるんだよ。だからトレ君の活躍もみんな知ってるってわけ」

 

「じゃあ俺に分かるわけないじゃん……ソーマとかほとんど見ないんだし」

 

 もうデジタル機械の無い生活にすっかり馴染んでしまったので、タブレットはたまの情報収集とかアイツらと一緒になんか見る時以外は触ってないぞ。

 そもそもポケモンがいるからそっち見てれば飽きない。

 マサゴタウンに来るまでは一切触る機会無かったな。

 リンの体調とかそういうのもあったし。

 

「大体、活躍っつっても実際に何したかなんてあんまり伝わってないだろ? ソレで盛り上がりようとかあるのか?」

 

「正確に……伝わって、ない分……逆に……」

 

「あ〜……あるよな、そういうの」

 

「でも君、世間では英雄って言われてるよ?」

 

「はあああ!? 冗談じゃねえぞ!?」

 

「冗談じゃ無いよ、だって自分がやった事を思い出してみなよ」

 

「俺がやった事? えーと……記憶喪失になっていつの間にかこの地方に来て、街でバッジ集めて、オールドタウンでユカリを助けて、この村に来た、って感じだな」

 

「要約しすぎだよ!」

 

「なんなんだ……」

 

「自己顕示欲とか無いの!?」

 

「あるよ」

 

「無いでしょ!」

 

「はあああ……しょうがねえな」

 

 おい、俺の筋肉! 聞かれてるぞ! 自己顕示欲があるのかい、無いのかい、どっちなんだい! ……あ〜〜〜〜る!!

 

「あるってよ」

 

「ブハッ! あひゃひゃひゃひゃひゃ!!」

 

 なんか隣のおっさんが酒噴き出して笑ってた。

 やはりきんに君……! 

 

「一人で何してんの……」

 

「んふふふ……!」

 

「お姉ちゃん今のツボったの!?」

 

「理由は分かるけどさ、一介のポケモントレーナーに対して英雄とか言われても困るんだよね」

 

「……君がなんて思っても、やった事の大きさは変わらないからね?」

 

「んー……暫く大人しくするか〜!」

 

「できるの?」

 

「無理! この村でもやりたい事あるし!」

 

「うわあ……また何かやるの?」

 

「ユキノオー関連でなんか起こるだろ?」

 

「いや、私に聞かれても分からないよ……何か起こるの?」

 

 流れなんですよねえこういうのは。

 俺のゲーム的第六感が囁いてる。

 まだ終わりじゃないって。

 一応、博士から裏も取れてるしな。

 

「……トレ君」

 

「ん?」

 

「何をやるか知らないけど……私達も、ソレに参加して良い?」

 

「……良いんじゃないか?」

 

「ほんと!?」

 

「メロエッタは戦えるのか?」

 

「ちょ、ちょっとだけなら……」

 

「なるほどな、ユカリのパートナーはいるのか?」

 

「えと……この子です」

 

 ユカリの後ろから現れたのはウサギ? だった。

 お? 見た事ないぞ? 

 

「ハムって……言います……」

 

 ウサギのハム……? 

 ……いいじゃん。

 ほら、こっちおいでー……おごぉっ! 

 パンチされたぞ! 攻撃方法がまさかの手! 

 

「ハ、ハム……ダメだよ……ごめん、なさい……!」

 

 殴られたところにユカリがおしぼりを当ててくれた。

 本当に甲斐甲斐しくて良い子だ……

 

「トレ君大丈夫?」

 

 体調崩して以降、リンはちょっとだけ俺に優しくなった。今も、こうして心配してくれている。

 やっぱ接した時間が正義なんだなって……

 

「大丈夫大丈夫、ポケモンだからな。こういうこともあるよ」

 

「──ポケモントレーナー君」

 

「はい?」

 

 後ろを振り向くとユカリのお父さん。

 

「なんですか?」

 

 ニコニコだねえ……。

 

「うちの娘達の事を……どう思う?」

 

「仲間だと思っています」

 

「そうかそうか! ところで、彼女達は可愛いと思わないかい?」

 

「あ、はい、可愛いです」

 

「うんうん、女性としてはどうだい?」

 

「魅力的ですよね」

 

 ユカリは大和撫子、リンはスポーティーとふんいきこそ違えど魅力はある。

 ソレは間違いないな。

 なぜかお父さんが笑みを深めた。

 

「ほうほう……どうだい? うちの娘達を嫁に貰ってはくれないかい?」

 

 ほげええええええ!! 

 その話題かぁぁぁぁぁい!! 

 おい! 死ぬほど気まずいぞ! 

 ユカリとリンのあの真っ赤な顔見ろ! 

 俺も顔合わせ辛いよ! この会話終わったらなんて話しかければ良いんだよ! 

 しかもあっちの方からとんでもない圧力感じるよ! なんだこの視覚化された死の気配! 

 

「ええと……彼女達次第、ですよねぇ〜? ほら、やっぱりこういうのって当人の意思が大事じゃないですか」

 

「どうなんだいユカリ、リン」

 

 なんでこんな気まずい空間にいなきゃならねえんだ! 俺は先に逃げさせてもらうぜ! も使えねえ! 

 頼む! なんか起きろ! 

 というかユカリ、リン! お前らにかかってるぞ! なんとかしてくれ! 

 ……はっ! そうか、ナギ! ナギはどこだ! あいつなら……ダメだ! めっちゃ俺のこと睨んでる! 

 やべえ! ユカリ達はなんて答えるんだ! なんとかなれえええええ! 

 

「その……私は……」

 

 その瞬間、聴覚が捉えたのはユカリの言葉では無かった。遠くから近づいて来る微かな音、それは、俺の怠けていた警戒信号を全開にさせた。

 すぐに立ち上がり、外と繋がる扉を開ける。

 

「ポケモントレーナー君!? 一体何を……」

 

 ユカリのお父さんの言葉は無視し、同じく気付いていたであろうアイツと目を合わせた。

 

「リザードン! かえんほうしゃ!」

 

 瞬間、酒を飲んでいたリザードンの目が光る。

 その潜在能力が余さず引き出され、放たれた青い猛炎は槍のように吹雪を突き抜けていった。

 

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