ここまできて野宿!?
……街の中はどうなってるのか確かめてやる!
ここからだと幕のせいで全然分からねえからな!
幕って言っても舞台にあるような幕じゃなくて、空間そのものが歪んで幕みたいになってるって話だから風が吹いても見えねえし、中入るしかねえな。
え? 入り口から順番に? 知ったこっちゃねえ! 俺が入りたいって言ったら入るんだよ!
うおおお! 突撃じゃああああ!
なんか弾かれて入れない。
奇妙な感覚だけど、弾かれるとしか言いようがない。ゴムとかトランポリンとかそういうのではないんだけど……
くそっ! 邪魔すんな、何だお前ら!
警備員? いやちょっと待ってくれって。
入れないんだけど、どうなってんだよここ。
……入り口はあっちだぁ? あのクソ長い行列?
やだ! あんなところやだ!
もっと楽して入りたい!
なんか無いのVIP券みたいなやつ!
あるの? じゃあそれくれよ。
ええ? 一介の警備員が持ってるはずないだろって? そりゃそうか。
というか、街の中に入るのにテント放り出していくってどんな危機管理してんだよ!
ジムリーダーとかはVIPらしい。
マジ? じゃあナギは?
……もう辞めたから無理?
えー……もう一回ジムリーダーやらない?
やるわけないか……
俺って世界救ってるしVIP待遇とかにならないかな?
そんな事を考えて先ほどの警備員に話しかけたら、ジムリーダーに言ってくれとのことだったので入り口近くで喚いてみた。
いつものあなたに戻ってだあ?
何言ってんだ、これが俺のスタイルだ。
最近は世界の危機が多すぎて弾ける機会が無かっただけだよ!
おら! ジムリーダー出てこい!
なんか出て来たと思ったら警備員だったのでまとめて吹き飛ばしてデモを続けてたら、ナギがキレすぎて泣きそうになってたので流石に辞めた。
ご、ごめんて……
──────
整理券を受け取って待つ事数日、俺はイライラしていた。
絡んでくるヤンキー、サインをねだるガキンチョ、飴ちゃん食べるかいおばさん、モンスターだいすきクラブ、コソ泥、ナギちゃんファンクラブ、レッドファンクラブ、ネズミ……いい加減にしろ!
お前ら、テントだからって好き勝手にやってくるな! あと、覗き目的で来たやつはわかるから、いたらぶっ殺すからな!
賑やかでいいじゃんって……テントの周り囲まれてる状況でよくそんな事言えますねえ!?
落ち着かねえよ!
お前ら忘れてるかもしれないけど、俺、1人部屋好きだからね!?
邪な気配が多いので、いい加減外に出てみれば揃いも揃ってチンピラですみたいな空気のやつらがバトルを仕掛けて来た。
よーしお前ら、人様のお家(テント)にわざわざカチこんできたんだ。
仲良くしようじゃないか。
……なんで全員シザリガー?
ザリ好き団とかいうネーミングセンスを感じない名前の同好会らしくて、シザリガーの素晴らしさを伝える為に全国を周っていたそうだ。
結構有名になったかと思ったら、俺がドダイトスを人気にしてしまった為に埋もれてしまい、恨んでいたらしい。
どうでもいい事で俺に迷惑をかけるな。
俺に勝つ為に強くなって個人的な恨みを晴らすとかならまだしも、PR不足で人気じゃなくなったからって俺に当たるな。
プロデュースをアイマスで勉強し直してこい。
シザリガーをアイドルにして見せろ、バカが。
遠目に警備員が俺のことを監視しているのが鬱陶しいが、さっきのはザリ好き団が突っかかって来たのが悪いのであって俺に責任はないと思うんだ。
……大暴れしたから普通に目つけられてる?
ちなみにあの列無視して入り口から入ったらどうなるんだ?
ジムリーダーがやってくる、か。
……じゃあ合法的に戦えるじゃん!
うけけけけ!
リザードンにニトチャで吹き飛ばされたところに、ホシノのショットガンを頭部に20連射されて流石に気絶した。
気付いたらテントの中でホシノに膝枕されてた。
優しい顔でこちらを見ていたのでママ……と言ったらぺいっと捨てられた。
うちのママ、ツンデレなんだ。
散歩をしていたら唐突に、ジムリーダーを名乗る幼女が現れた。
よくも散々荒らしてくれたな、この外道! だそうだ。
どういたしまして、君のお父さん達はどこかな?
ん? 違う?
そうだね、違うね。
ほら、ここら辺には変態がたくさんいるから安全なところに連れて行ってあげるよ。
数日だが、見知った警備員のところに連れて行くと引き攣った顔をしていた。
おいおい落ち着いてくれよジョニー、今日はやらかしに来たわけじゃねえって。むしろ良い事をしにきたんだ。
だから、そんな銃なんか向けないでくれや。
別にこの子に何かしたわけじゃねえよ。
それに……セーフティがかかったままだぜ?
まあいいや。
この子、迷子らしいからお父さん達を見つけてあげて欲しいんだよ。
……おう、それじゃあ任せますわ。
ん? どこ行ってたって……散歩してた。
なんかジムリーダーを名乗る幼女がいたから送り届けてたんだよ。
やっぱ良い事すると腹が減るな、昼飯はどうするかね。
……お、買って来たのか。
うん? うちにある食材じゃ無いな。
何だこれ、野菜たっぷりで……
街の中で買って来たあ!!?
どうやって!?
……レッドが行ったら通してもらえた?
なんで?
差別?
それで……街の中はどんな感じなんだ?
……いや、教えてくれよお!
何でお前らだけいっつも知ってるんだよ! 俺も早く知りてえよ!
──────
今日もジムリーダー幼女と出会った。
今日はお姉ちゃんと一緒らしい。
うわでっか……
お姉ちゃんじゃなくて補佐?
何言ってるかわかんないけど、とりあえず警察呼ぼうか?
だって、家族でも無いのに幼女と一緒にいるとか普通に事案じゃん。
もしかしてこの世界だと事案じゃ無いのか? そんな事ないよな? 俺のことロリコン呼びするやつもいるんだし。
ところで、それ何食ってんの?
串焼き?
ガキが一丁前に良いもん食いやがって……まあ、俺は愛情たっぷりの手作りのご飯が待ってるから良いんだけどな。
家族?
いや家族じゃないよ、仲間。
仲間なのに愛情はおかしい?
確かに子供には早いかも。
お姉ちゃんなら分かるよな?
……ほら、お姉ちゃんもわかるってよ、いや〜幼女には分からんか〜。
おっふ……
幼女パンチさくれつ、しかし威力が足りず!
ふははは!
我、無敵なり!
あ、ラッキーだ、珍しい。
卵貰いにいこ。
じゃあな、幼女、おっぱいちゃん。
ラッキーのムチムチボデーを堪能してたら、プレイヤーの少年に話しかけられた。
めっちゃ興奮してる。
お、落ち着けよ……
なんでも、あの時オールドタウンにいたのだとか。
めっちゃ大変だったっしょ、大丈夫だった?
…… あぁ、ポケモン達がプレイヤーを守ってたのね。
やっぱ絆っていいよな!
マジ? 奢ってくれるの?
じゃあ……そこの屋台でお願いできる?
さっき串焼き食ってるやつがいたから俺も食べたくなってさ。
本当は買いたいんだけど、使える金が少なくてな。
まあこれも旅をするためのコラテラルダメージってやつだ。
……ここならジムがあるから稼げるだろうし少しの我慢だな。
ああ、いやなんでも。
美味いけど何の肉使ってるんだろうな、この肉。
……へー、ミルタンクなんだ。
…………へー。
そういや君はどれくらい前からここにいるんだ。
……だいたい2週間って、長くね?
そんなに待ってまだ入れないの?
運が悪かったってなに?
……ああ、一度入れたのね。
ん? 何でまた出て来たんだ?
ミスった? 何をミスったんだ?
──うおっと。
……ホシノ!?
どうしたんだいきなり、危ないぞこんなところで走ったら。
何してたって、そりゃあ世間話を……ぎくっ……いや、街の話なんて全然、ねえ?
ほら、この子もそう言ってるし。
名前?
いや、名前は知らないんだけど。
……ゲンキくんって言うのか。
もしかして、おにぎりとか好きだったりする?
ゲンキくんに買ってもらったんだけど、ホシノも串焼き食うか?
ほれ、あーん。
ラッキーって良いよな、丸くてピンク色で可愛いし。
あと、直径1mのほぼ球体で体重35kgってめちゃくちゃ軽いよな。何入ってんだろうな。
たまごうみとかしてるから軽いのかな。
ゲンキくん、ラッキーが持ってる卵って美味いの?
食べた事ないのか。
もしかしてラッキーが嫌がったり?
……シンプルに食べる気にならない? マジ? 旅の途中とかめっちゃ重宝しそうなのに。
パートナーの身体を食べるのは猟奇的過ぎるって言われると確かにそうだけど。
俺もホシノの身体食えって言われても流石に……アホ毛ぐらいなら。
いや、冗談だから。
隠さなくて良いから。
度し難いものを見るような目をするな。
──────
「なんか……すごい自由というか、子供っぽいんだけど……いつもと違わないかしら」
「むしろ、いつもがこう」
「最近大人しかったからねえ〜」
フルオカタウンでバトル後に警備員からカツアゲしてたり、マタナキタウンで脱獄していたのを知っている2人にしてみれば、ここしばらく青年が大人しかったのは奇跡だと考えていた。
基本的にルールを無視して何とかしようとするタイプなのだ。
「そもそも、会社に乗り込んで丸ごと潰そう何て考える人が秩序側なわけないじゃ〜ん」
「ナギ、泣きそうだった」
「やめてちょうだい……」
思い出しても恥ずかしい、ナギはあの光景をそう断じた。
『いーれーろ! いーれーろ!』
『やめて』
『いーれーろ! いーれーろ!』
『ねえ……』
肩を掴んで揺さぶるも、青年は謎の言語で書かれたプラカードを掲げて叫ぶのを辞めない。
正直、恥ずかしくて仕方がなかった。
すぐさまこの場を離れたい気持ちでいっぱいだったけど、1人で放っといたら今よりも加速していきそうな気がしたので離れるに離れられなかった。
ホシノさん達は放っといて良いなんて言うけど、少しは体裁を気にして欲しい。
『いつものあなたに戻ってよ……』
『んん? いつもの俺はこれだぞ? 最近真面目にやりすぎて頭おかしくなりそうだったからな……バランスとらせてくれや! いーれーろ! いーれーろ! ジムリーダー! 出て来て俺と話してくれー!』
『おい! うるさいぞ!』
『ジムリーダーに会わせてくれ!』
『会わせるわけ無いだろう、そもそも暇じゃないんだよ! いけ、ゲンガー!』
『……つまり、勝てば良いんだな?』
『ちょっと待ってあなた……まさか始める気じゃないわよね』
『そのまさかですが何か?』
『何考えてるの!?』
『目と目があったらポケモンバトル、負けたら勝った方の言うことを聞く。当たり前じゃん』
『…………』
絶句。
獣のそれと呼ぶに相応しい笑みを浮かべた彼は、集まって来た警備員達と、野蛮で無意味な闘争を開始した。
──────
『はい俺の勝ち! 何で負けたか明日まで考えといてください!』
『あいつ、何でモンスターの攻撃が効かないんだ……!』
『ばか! 英雄とか呼ばれてるバケモンだぞ! それくらい当たり前だろ!』
『めちゃくちゃだ……そもそもほとんど当たらないし』
死屍累々、警備員のパートナー達は気絶していた。大した怪我は負っておらず、あくまで衝撃でやられている。
気遣いだろうか。
もっと別のところに気を使った方がいいと思う。
『いーれーろ! いーれーろ!』
ただ、懲りずにあの下らない儀式を続ける彼を見て、頭の中でなにかがキレたような音がした。
『良い加減にしてよ!』
『!?』
『さっきからやめてって言ってるじゃん!』
『え……』
『私たちのことも考えてよ!』
『…………』
『やめて! ……ぐすっ』
『……ご、ごめんなさい』
感情が昂りすぎて涙が出てしまった。
でも、彼も落ち着いてくれたので怒った甲斐があった。
私の勝ちね。
──────
久しぶりに衆人環境に現れたポケモントレーナーの事でソーマは湧いていた。
オールドタウンに端を発した事件を解決した英雄が、仲間を引き連れてピクセルタウンにやって来たのだ。
当然と言えば当然だが、動画が多数投稿された。
スパイクタウンと外を隔てるエネルギーフィールドを蹴ったり、警備員と乱闘したり、子供を高い高いしていたり、ジムリーダーと談笑していたり。
フルオカタウンからの無茶苦茶さを知っている人からすれば、いつも通りの光景が戻ってきて逆に安心したと言ったところだ。しかし最近知った人、特に、事件解決云々ら辺からちゃんと知った人、彼のことを英雄としてしか知らない人は、ポケモントレーナーの無法さ加減に驚いていた。
『お か え り』
『また警備員とモメてる……』
『いっつも戦ってるじゃんこの人』
『やっぱり根っこがアウトローなんだよなあ』
『やる時はやるんだけど、やっちゃいけない時もやるのがドスニキだから』
『もはやその呼び名も懐かしい』
『またナギちゃんに懲らしめられててワロタ』
『部外者がちゃん付けとかきっしょ』
『この人、なんかイメージと違うくない?』
『もっとしっかりした人かと』
『失望しました』
『女の子泣かせちゃダメでしょ』
『いつも通りだから気にしたら負けだよ。女の子泣かしちゃダメなのは本当にその通りだし何であんなゴミカスに俺たちのナギちゃんがついて行っちゃったのかも分かんないしあんなに女の子に囲まれてるのかもわかんないけど』
『ソダネー』
『実際言いたいことは分かる』
『いっつも怒られててざまあみろって感じだわ』
『全員養えるだけのお金持ってるんだろうなあ』
『結婚してくれ! たのむ!』
『噂によるとしぼられてるらしい』
『搾られてる!?』
『ムクムクして来たな』
『お小遣いをな』
『あの人何歳なんだろ』
『20は超えてるらしい』
『20を超えてお小遣いを? ……妙だな』
『金使いが荒すぎてホシノさんからお小遣いカットされまくってるって聞いたことあるな』
『嫁じゃん』
『ヒモじゃん』
『捨てられちまえ』
『結局、グズマって誰なんだ』
『別の地方で聞いた気がする』
『地方が変わると情報も表示されづらいしなあ』
『グズマくんは良い人だよ』
『だからグズマって(ry』
『それにしても20超えて旅始めるとか凄えな』
『引きこもりだったとか?』
『あれが引きこもるとか想像できないんだけど』
そこまでで、アイリはソーマを見るのをやめた。
数日前の動画についていたリプライ、突然出てきたグズマの情報をみんなに伝える為だ。
寝袋の上に寝っ転がっている青年の横へ行く。
お腹の上にホシノが乗っかり、ダラダラしている。
カホウを寝て待つとか言っていた。
「し、ししょー……」
少しだけ揺れ動く心が言葉に乗ってしまい、あまり元気な声が出せなかった。
「なんだ?」
「その、お兄ちゃんの情報が……」
「本当!?」
「うぎっ」
ナギが青年の胸板を踏み付けてアイリの元に近付いてきた。
先ほどのリプライ部分を共有する。
一通り読むと、アイリと顔を見合わせた。
「……別の地方」
「カントーとか?」
「カントーってどこ?」
そりゃお前カントーはカントーだよ……と、答えにならない答えを返した青年は上体を起こす。
「んん……なに〜?」
「何でもないから寝てて良いよ」
「うん……」
お腹の上で寝ていたホシノもつられて目を覚まし、下の方にずり落ちていく。あぐらの体勢になった青年の膝に頭を乗せ、頬を撫でられると再び眠りに落ちた。
──────
グズマの 情報を 手に入れた!
のかと思ったら手に入れていなかった。
別の地方にいるかもしれない、しかも確定でも無い、程度の話だった。
正直な話、アローラ……ここだとアローハか、そこにでもいるもんだと思っていたので、別の地方にいるのなんて驚きでも何でも無い。
というか、今までグズマの情報が出てこなかった事の方が驚きだ。
別の地方だとしても言語が繋がってるんだから、何かしら出るだろと思ってたんだけど。
別の地方にいるのは何と無く分かっていたという事を告げたら、何でもっと早く言わないのかと怒られた。
言ってなかったっけ?
そもそも俺の想像でしか無いし、何の根拠も……無いことは無いけど、信用に足るだけの証拠はない。
少なくとも出せるものは無い。
そういうわけで、言ったところでっていうのがあったんだけど……というのを力説した。
そもそも、いつも証拠なんか提示してないでしょ、だそうだ。
言う事自体は大体当たってるんだから、正論捏ねてないでちゃんと教えて、とも。
正論をこねる……?
初めて聞く言葉だ、全然あるに近しいものを感じる。
とりあえず、俺は預言者でも何でも無いからアテにされても困るぜ。
グズマって……顔は知ってるけど、実際どんなやつなんだろう。本当に顔しか知らないんだよな。
チンピラなのは間違い無いよな。
ゲーッゲッゲッゲ!! とか笑いそう。
……本当にアイリの兄貴か?
義理の兄貴とかじゃ無いのか?
「本当のお兄ちゃんです!」
アイリにお兄ちゃんと呼ばれたい人生だった……
一人っ子だから弟が妹が欲しかったな。
まあ、両親のリソース全部俺に割かれてたからやりたい放題だったけど。
それにしても、あの悪人面とアイリが同じ胎から……ううむ、生命の神秘。
え? 俺も本当に人間か怪しい?
失礼な、俺は客観的にも主観的にも人間だ。
むしろ俺からすればこの世界の人間、特にお前らはappが高過ぎる。
app17はあるぞ。
つまり……!?
え? appがなにって……そりゃあ見た目の話だよ。
17は低くないかって何言ってんだ。
17は最高値だから。
高過ぎて人間じゃないというかなんというか……
肩身が狭くてやってられんぜ全く!
──────
「調子いい事言って」
悪態を吐きながらもナギの心臓はバクバクと鳴っている。褒められるのには慣れている、はずだった。
ジムリーダーをやる前から、ファンクラブのみんなには容姿をよく褒められた。
ジムリーダーに就任してからは、ますますその機会は増えた。
嬉しくはあったけど、その範疇に収まっていたはずだった。
青年から改めて褒められると、心臓が大きく跳ねる。何の気無しに、彼はそういう事をする。
いつものように平静を保とうとする。
それでも、少し気を抜けば頰が緩み始める。
見られたく無くて後ろを向けば、今みたいに周り込んできて、照れてるなんて揶揄われる。
本当に、何歳のやりとりよ。
ずっと不思議だったというか、恥ずかしかったというか、文句を言いたかったというか、一体どういうつもりでこんな距離感で接してくるのか。
こんな……鼻先が触れ合うような距離で見つめてきて、私は息をするのも躊躇われているというのに、呑気に、肌キレイすぎだろ……と呟いている。
俺の負けだ、なんて勝手に落ち込んでレッドさんに慰められて、その髪に顔を近付けて、良い匂いだなと笑っていた。
私たちの事を仲間だと思っているのは分かってる。大事に思っているのも伝わってくる。でも、彼にはその先の感情があるのか甚だ疑問でしか無い。
匂いを嗅がれたレッドさんは満更でもなさそうに彼の胡座の上に鎮座し、稀にしか見せないような笑みで彼に撫でられていた。どうやらホシノさんをどかして場所を確保したらしい。
最近ふたりが一緒にお風呂に入っていたのは私も知ってるし、抗議もした。
万が一があったらどうするのかと、一対一でレッドさんを説得しようとしたけど、別に良いと跳ね除けられた。しかし彼と話してみたら、ま、まままままんがいちぃ!!? と明らかにびっくりしていた。
二人の間には大きな認識の差があるような気がした。
そういう事を全く考えていないわけではないと思うんだけど、いまいち分からない。
遥か過去から来たこともあり、そういう面が現代とはだいぶズレているのかもしれないと思う事もあった。でも、私たちの容姿を褒めてくれる時点でそれも無いということにすぐ気付いた。
本当にモヤモヤする。
ホシノさんだって気になっているはずだ。コトリタウンでデートしている時に、そういう雰囲気になったと思ったのにお兄さんはそうじゃなかったと落ち込んでいたのを覚えている。
なので、彼がいつもしている事を真似てみることにした。直球で聞いてみる。
「彼女が欲しくないのか? ……めっちゃ欲しい!」
すごい良い笑顔で答えられてしまった。
レッドさんがトントンと肩を叩く。
自分のことを指差していた。
頷く彼に、心臓がドクンと大きく跳ねる。
「彼女になってくれるんか〜……優しいなレッドは……」
レッドさんを抱きしめて、ヨヨヨと泣き真似を始めた。どうやら励ますために気を遣われたと思っているみたい。ホッとはしたけど、レッドさんが可哀想だという複雑な気分になった。
実際、彼女は不愉快そうな顔をしていた。
ポカポカと彼の頭を叩いている。
「あたたた、なんだなんだ」
本当に何で叩かれているのかわかっていないような表情を見ると、私までイライラしてくる。
ただ、ああして自分の意思を開けっぴろげに表現できるレッドさんが少しだけ羨ましかった。
これ以上あの人のそういう部分を見ようとしても結局誰かが傷付きそうなので、問い詰める事はできなかった。
「女の子ってなんでこんなに難しいんだよ……」
──────
オンナノコハムズカシインダヨ! した次の日、ゲンキ君がいじめられているのを見かけた。
唐突過ぎだろ。
どうせならという事で即席の仮面を作り、仮面ライダーデトロイトを名乗って突入した。
開けろ! 死刑だ!
完璧な変装により身バレせずに、ゲンキ君をいじめていた奴らをぶちのめした。事情を聞くと、ゲンキ君のテントを勝手に回収しようとしていたらしい。
ボロ雑巾を一人持ち上げて話を聞くと確からしい。
2度とすんなよ、という事で警備員に突き出す。不審者と間違われて俺まで捕まりそうになった。
仮面ライダーデトロイトは無辜の民を傷付けない、さらばだ!
仮面を被ったままジムリーダー幼女と出会ってしまった。あのオッパイちゃんも一緒だ。どうやら、二人の名前はチェリノとメイと言うらしい。
メイ……懐かしい名前だ。
ぶっちゃけ、登場人物でもリアルの顔になると判別が難しくなる。
仮面ライダーデトロイトの名がチェリノのセンスにブッ刺さってしまったらしくて一緒に行動をする事になった。
もちろん仮面はつけたままだ。
昼飯はまだ食ってないとのことなので、俺が奢ってあげる事にした。
このセンスが分かる子には優しいんだ俺は。
……プ、プリンが良い?
それはちょっとここら辺にある店だと売って……いる!? なぜ屋台でプリンが!?
自分が欲しいと言ったから?
何言ってんだこいつ……
まあ良いや、食いたいなら買ってやるよ。
「ちょっと待って、プリンは一日2個までって決めたよね?」
「……デトロイトからの分はノーカウントなのだ!」
「そんなわけないでしょ! あなたもチェリノが可愛いからって甘やかさないでください!」
いや、仮面ライダーデトロイトは自分に優しい者に優しいだけだから。
「あなた大人ですよね? 良い歳こいて何でそんな変な格好してるんですか?」
すいません、プリン10個ください。
「毎度あり!」
ガッツ! ガツガツ! プリンうんめぇ〜! いくらでも食えちまうぜ!
ほら、チェリノにも5個あげるよ!
「!! ……メ、メイ……」
食わないならあの店主の目の前で地面に叩きつけるけど。
「ひ、卑怯ですよ!」
お優しいメイちゃんはそんな事許容しないよねえ!?
ほーらチェリノ、プリンだぞ〜。
「だめです!」
あ。
「約束は守らせます!」
いや、お前が全部食ってどうすんだよ。
3個は没収でーす。
「くっ……! 身長差はずるいですよ! ……ジャローダ、あのプリンを取って!」
死ぬほど情けないポケモンの使い方してんな……
「ちょっと! 大人しくしてよ!」
デトロイトの全てを背負った俺が負けるわけないんだよね。
「メイ! みだりに人にモンスターのわざを向けるな!」
「あ……は、はい……」
おお、チェリノの一喝に従った。さすが自称ジムリーダーとその補佐。
そこら辺のイメージプレイもバッチリか。
……というか、早く町に入りてえなあ。
「整理券は取ってないのか?」
取ってるに決まってるじゃん。
もう結構な日にち待ってんだぞ、そりゃ待ちきれねえって。
でもグズマの事もあるし、アイリがジムリーダー倒したらさっさと出てくかねえ。
「グズマ……? どこかで聞いたような」
「……アレじゃない? アッシュ地方の」
「ああ、あれか!」
君たち、詳しい話を聞かせてもらおうか?
──────
グズマ@アッシュ地方、特定余裕ですたwww
……アッシュ地方ってどこだよ!
ニュースカイアローブリッジ遺跡が有名?
う、うわあああああ! bgmが! bgmがいきなり!!
あいつアメリカにいるのかよ! くっそ遠いじゃねえか! 良い加減にしろ!
カントーとかにいろや!
何で無駄に活動範囲広いんだよ!
グローバリズムかこのやろう!
……それにしてもお前ら、なんでグズマのこと知ってるんだ?
「そりゃあ、オイラがジムリーダーだからだぞ!」
「そうだね」
ふーん……まあ、良いか。
本当に助かったわ、握手してくれ。
俺の名前は仮面ライダーデトロイト、今後ともヨロシク。
「そこは本名じゃないの!? 明らかに偽名じゃん!」
本名とか失くしたから無いよ。
「そんな小物落としたみたいな感じで……」
だって本当だし。
さて、ちゃんと昼飯奢ろうかな。
何が食べたい? プリン以外で。
何でも好きなものを言ってくれ。
「良い加減にその仮面外さないんですか? 変な目で見られてるんですけど」
ああ、いつものことだから。
「いつもこんなことしてるんですか!?」
失礼な、今日は大人しいぞ。
「あれで!?」
「デトロイト! わたしはミノタンが食べたいぞ!」
ミノタンだな、ちょっと並びそうだから待っててくれ。
「私も一緒に並ぶぞ! でも疲れたからおんぶしてくれ!」
「私がおんぶするから!」
だそうだ。
「デトロイトが良い!」
だそうだ。
ほら、乗っかれ。
「うおー! メイと違ってゴツゴツしてるぞ、触ってみろ!」
ムキッ!
メイはフニャフニャというかポヨポヨというかね、もう骨格から違うよ。
うちにはいないタイプだ。
「汗臭そうなのでやめときます」
失礼だね君……
その後、二人と別れてテントに帰り、チェリノとメイからグズマがアッシュ地方にいるっぽい情報を入手した事を報告した。
良い加減にしろとホシノに怒られた。
どうして……
そもそも何を良い加減にすれば良いのかすら分からん。
はいはいと聞き流そうとしたら、チェリノは本当にジムリーダーだったらしい。
あの幼さでジムリーダーはギャグだろ。
というか、だからグズマの事知ってたのか。
逆に幼女が知ってる事を何でナギは知らないの?
……ああ、ナギがジムリーダーになる前の情報って線もあるのか。
チェリノが今より幼女だった時に手に入れた情報か……大丈夫?
アイリが落ち着きなくメガネをかちゃかちゃしている。ソーマでアッシュ地方の情報をかき集めるための準備をしているとか。
ナギも一緒に準備していた。
どうやら、遠い地方の時は色々と設定をいじらないと情報が出てこないようだ。
ふーん……めんどくさ。
「あなたも見てばっかりじゃなくてなんか手伝いなさいよ!」
……な、なんかするわ!
肩とか揉む!
「ふわっ……あっ……」
「ナ、ナギちゃん、あんまりエッチなのはダメだよ〜」
「私じゃないでしょ! ……〜〜っっ!! 上手いのは分かったからやめて……!」
ゴッドハンドって名乗っても良いかもしれん。
それにしてもアッシュ地方、ブラックホワイトねえ。
アメリカンな奴らがいるのかしら。
飛行機はこの世界には無いし、船──長旅になりそうだなあ……
そうだ、お前らアレか? 海外行った事あるのか?
無い? まあそりゃそうだよな。
普通はこの世界で海外に行く意味無いし。
まあ、俺が今一番気になってるのはスパイクタウンの中なんですけどね!
今度チェリノに出会ったらジムリーダー特権で中に入らせてもらうぜ。
「もう少しで整理番号来るんだからやめなよ〜」
そうなのか。
じゃあやめとく。
その代わりあいつらから根掘り葉掘り聞かせてもらうぜ。
「だめ」
なんで
「私が教えたいから」
じゃあ先輩として、中に入ったらちゃんと教えてくれよ? 後輩の俺にな。
「うん」
──────
外に出る時、仮面を被っていると普段よりも盗撮や絡まれる回数が少ないことに気づいた。
手放せなくなっちゃったみたいだ。
「うへ……なにその悪趣味な仮面」
指先でクルクルと仮面を回していたらホシノが口元を手で抑えながら覗き込んできた。
そんなダメか?
チェリノは喜んでくれたんだけどなあ。
この2本のツノがイカしてると思わない?
「おじさんにはちょっと……」
なんだオラ、言ってみろ!
「うーん……虫みたいで気持ち悪い感じも」
それが良いんでしょうが!
お前の髪の毛も二本角にしてやる、うりうり。
「うわ〜……もう」
サラッサラで全く変わらん!
これだからキューティクルお化けは……
「もしかしておじさん褒められてるー?」
褒めてる。
それに、よく考えたらホシノはカッコイイより可愛いだからこれで良いや。
お風呂ではいじめられてたりしないか?
「お風呂でいじめられるって何……?」
お前のキューティクルが恨めしいとか、ピンクで生意気だとか。
勇者のくせに生意気だ、とか。
変なこと言われてない?
すぐ言えよ? そういうの俺は許さないから。
「お兄さんより変な人はいないよ〜」
よし、表に出ろ。
「うへ〜……」
最近ダラダラしてるから鈍ってないかの確認も兼ねて特訓をした。
やる気なさそーにしてたけど、お前最近ちょっとプニプニしてないか? と煽れば一生懸命動き出した。
やっぱうちのポケモンやればできるじゃん!
怠け癖ひどいけど。
仮面をつけて特訓してた影響か、途中でチェリノも参加してしまった。
うおーデトロイトー! とか言って乱入された。
人の目が減るかな、と思ってやった事なのにジムリーダーが来ちゃったからあんまり意味なかったな。
チェリノのパートナーはドドブランゴだった。
せっかくジムリーダーが戦う気になっているので、ホシノとヒアウィゴー!
──────
激闘!? 謎のプレイヤー、仮面ライダーデトロイトvsスパイクタウンジムリーダーチェリノ!
動画につけられた見出しだ。
ポケモントレーナーのテントから少し離れた場所、広場にて両者は対峙する。
チェリノは仮面ライダーデトロイトのパートナーを探すが、それらしいモンスターは見当たらない。
『デトロイト! お前のパートナーはどこにいるんだ!』
『まあ焦るなって……さて、久しぶりのジムリーダー戦、バッジは関係ないけどいけるか?』
『うん!』
『よし! ──チェリノ、パートナーは俺だ! そして、戦うのはホシノ自身だ!』
『むむ……? どういう事だ?』
『ピンク髪の女の子を戦わせる……ええ!?』
メイは、あの奇妙な仮面を被った男の正体を理解した。
確かにこちらの事を知っているかのように馴れ馴れしかったし、エネルギーフィールドを攻撃していたあの背格好ともよく考えれば近かったけど、そんな事ある?
一人で不審者二人分は盛りすぎじゃない?
チェリノは何もわからずに、メイの様子を見ていた。
『何だメイ、何か知ってるのか?』
『知ってるも何も……』
『おっと、それ以上は野暮ってもんだぜ! 俺は仮面ライダーデトロイト、それ以上でもそれ以下でもない!』
『何言ってるの……』
いきなりポーズを取って意味不明な事を言い出した相方にドン引きのホシノであったが、それはそれとしてスイッチを切り替える。
ドドブランゴを正眼に捉え、指示そのままに動くために余計な力を抜いていく。
仮面ライダーデトロイトは仮面の上から顎をかくような仕草をして、切れ込みから見える目が敵の一挙一動を鋭く観察する。
『そんじゃあ、このコインがあの時計をぶち破ったら開始って事で!』
止める間もなく、衝撃波を纏って放たれたコインは広場に設置された時計を撃ち抜いた。
弁償代15万円が加算された。
『脚は筋肉のかたまり……頭がセオリーだな』
『そうだね』
『チェリノに合わせていく! いつでもやれるように準備しとけ!』
『りょーかい!』
『一瞬で弱点が見抜かれた!? いや、ドドブランゴの事を知っているの!?』
『ふふん! それくらいで怯むほどオイラは弱くないぞ!』
『知っているとも……ジムリーダーはみんなポケモンを信じている。だからこそ強敵たり得るし、闘う価値があるのさ! ……他のトレーナーが腑抜けているのかもしれないけど』
『ドドブランゴ!』
一言で事足りる。
チェリノが名を呼ぶだけで、ドドブランゴは溜めを作って跳躍した。
『右腕の振り下ろしが来るぞ! 前へ進んで雪煙を警戒しろ! 次の手が来る!』
ホシノは頭上を飛び越えたドドブランゴの背後に回り込んだ。剛腕が雪に深く突き刺さり、舞い上がった雪は一時的にホシノの視界からドドブランゴを覆い隠した。
後ろに飛ぶ。
一瞬前まで立っていた場所に巨大な氷塊が激突していた。
『一言に全てを込める……そういうのかっこいいよな、俺には出来ないから憧れる』
『感心している暇なんかあげないぞ! ドドブランゴ!』
『ホシノ、まもる』
何もわからぬままのホシノの周囲にバリアが張られる。あまりやらない、全てをコントロールする指令だった。
バリアの外を強烈な氷撃が吹き抜けていく。
ブレス攻撃によって急激に広場全体の気温が下がり、野次馬達があまりの寒さに身体を震えさせる。
『あまり高レベルには見えないけど、種族としてそもそも強いのか? ……ギャハハハハ!! 本当に、知らないポケモンばっかでおもしれなあ!? もっと見せてくれ!』
『狂人……』
仮面をつけたまま、下卑た笑い声をあげている仮面ライダーデトロイト、というかポケモントレーナーの姿にメイは戦慄していた。
噂に聞く英雄の姿とはあまりにもかけ離れていた。
いや、そもそもこれが彼なのかもしれない。
そしてそれよりも異常なのは、あのピンク髪の少女だった。人間のはずなのに、モンスターのわざである「まもる」を使用していた。
どんなカラクリか、ジムリーダーのそばで仕事をして一般人よりもそういったことに詳しいはずの自分ですら全く分からなかった。
『ホシノ! 今のうちにあの牙をへし折ってやれ!』
ダッと駆け出し、接近したホシノはショットガンをコッキングした。
『二十発ぶち込まれたの思い出すな……まあいい、これで終わるわけないしな』
強力なブレスを放った反動で動けない顔面にシェルが何度も何度も打ち込まれる。
『──オイラのドドブランゴは最強なんだ!』
『ホシノ、逃げろ』
パリッと電気が弾けた次の瞬間、閃光が空を埋め尽くす。
先ほどまでとは全く違う肉体を持つモンスターがそこにいた。
牙ではなく山羊のような角が、白ではなく金色の毛が、地肌は黒く染まり、身の内から電気を溢れさせるその姿は……
『スーパーサイヤ人!?』
『ちがう、なんだそれは! これこそ我がドドブランゴの真の姿、ラージャンだ!』
『明らかに肉体が変化している……よくもまあホシノはこれに勝てたな』
『スパイクタウンのバッジはジムリーダーとのバトルで獲得できないよ?』
『マ? ……なんにせよ、頭部以外には攻撃は通らなさそうだな』
赤黒く脈打つ腕はその熱量で触れたところから雪を溶かしている。
『走れ! 焼き尽くされるぞ!』
ノーモーションで雷光が直線に放たれ、そのまま薙ぎ払われる。
観客達も慌てて逃げていた。
ホシノは後ろに迫るビームを避けるためにジャンプした。
牽制としてほのおのシェルを射撃したが、まるで痛痒を感じていないようだった。
青年は胸が沸き立つような感覚に襲われ、右手が青く燃え上がった。
『大ぶりが来るからそれに合わせて右目を潰せ!』
『…………!』
先ほどのドドブランゴ同様、体を弓形にしならせたラージャンは横回転しながら突っ込んできた。
すれ違い様に右目に向けてインパクトシェルを放ったホシノは、風圧で吹き飛ばされた。
しかし身軽に着地すると、次の指示を待つためにチラッとトレーナーを見て僅かに驚く。
腕組みで仁王立ちの全身から噴き上がる青い炎が周囲に飛び移っていた。あれは、彼の気分がかなり高揚している時の姿だ。
仮面の下ではとんでもない笑みを浮かべているに違いない。
『タイプまで変化しているとは恐れ入った! もしかしたらカムイよりも厄介なんじゃないか!?』
先ほどよりも大きくなった観衆達の声に応えるように、チェリノはラージャンに指示を出す。
『ボルテッカー!』
『その巨体でボルテッカーはsyレならんしょこれは……ホシノ! 右腕に突っ込め!』
全身を発光させ、目にも止まらぬ速さで突進してくるラージャンに臆す事なく回避行動を取る。
『嘘、あれで避けれるの!?』
メイは、もし自分があそこに立っていたらと思うと肝が冷える思いだった。まるですり抜けるような回避方法、一歩間違えれば死も免れ得ない。
しかし、そんな感情と同時にワクワクとした思いが抑え切れないのを感じた。
相反する感情に困惑していると、あることに気付いた。ポケモントレーナーから生じた青い炎が自分や観衆に飛び火していたのだ。
熱くないそれに驚きながら、チェリノが心配になって視線を移す。
『ムフフフ! やってしまえ! ラージャン!』
『チェリノ!?』
明らかに目がおかしい。
その様子を見て、メイは叫んだ。
あり得ない悪寒に襲われ、ポケモントレーナーはホシノだけでなく全ての観衆に指示を出す。
『退避しろぉぉ!!』
勝手に体が動く感覚に驚きながらも、次々と逃げていく観衆達。
ラージャンが腕を地面に突き立て、地響きと共に巨岩を掘り起こした。
メチャクチャになった地面を無視して、ラージャンはホシノに向けてソレをなげつける。
迫る巨岩を避けるとそのまま背中に乗ったホシノ。ラージャンは自身にまたがる不遜な猿を振り落とそうとするも、ホシノは器用に乗りこなす。
地面をめくりおこしながら転がっていく岩に向けて、ラージャンを激突させた。
砕ける岩と、よろめくラージャン。
こおりのシェルに切り替えたショットガンを至近で構え、撃ち続けた。
『ずいぶん大味なジムリーダーだな……制御し切れてないのか?』
『ふははは! 打ち壊せえ!』
『チェリノ! しっかりして! なんでこんな……見た事ない……!』
『いつもなら制御出来てんのか? ……どういう事だ』
『トレーナー! このままだとキツイよ! 私以外に攻撃が向いたらどうしようもない!』
『……分かった! おいメイちゃん、俺たちの負けだ! 一旦ラージャンを落ち着かせてくれ!
『わかってるんでしょ! チェリノの様子がおかしいんだよ!』
『あはは……あはははは!! ラージャン、やってしまえ!』
『しゃあねえ……仮面ライダーの出番みてえだな! 道を開けろ! 死刑だ!』
『うへー……なんでこの場面でそのセリフなの?』
暴れるラージャンの眼前に立ち塞がったポケモントレーナーは、いつものナイフを取り出した。
『どうせ、ポケセン行きゃあ治るんだからな』
『……あんまり無茶しないでね〜?』
『ばか、俺が無茶しなかったら誰が無茶するんだよ』
『誰も責めないよ?』
『男の意地ってやつだ』
──────
崩れ落ちるラージャン、というか変身が解けたドドブランゴの前でナイフを弄ぶポケモントレーナー。
仮面が半壊して少し落ち込んでいるようだった。
「やっぱあの人やばくね?」
あの人が誰かは分からないけど、ほぼ無傷で何を落ち込む事があるのかホシノにはさっぱり分からなかったので、腕に抱きついてアドバイスをする。
「せっかくみんなを守ったのに、そんな顔してたらみんな不安になっちゃうよ〜?」
「……確かに! ホシノはすごいな!」
そんな小さなことで褒められても嬉しくないんだけどなーなんて思いつつも、頬を撫でる手の心地よさに、されるがままになっておく。
歓声が響く中で、ジムリーダーチェリノとその補佐メイに近付いていく。
「メイ、チェリノは大丈夫か」
「うん……今は落ち着いてる。だけどあの炎は何なの? サイコエネルギーみたいな見た目だったけど」
「そのまんまサイコエネルギーだ、理屈は知らんから詮索するな」
「あれのせいでチェリノがこんな風になっちゃったんだよ!?」
「……とりあえず場所変えようか、ドドブランゴは俺がポケセンに運ぶから」
衆目も集まっていたし、えっちらおっちらとチェリノちゃん達をテントに運んだ。ジムリーダーが制御不能になったなんて外聞悪いこと甚だしい。
チェリノちゃんは疲れたのか、メイちゃんの背中の上で寝息を立てている。そんな姿を彼も見つめていた。
「ばるんばるんだな……」
むかっ。
「いってぇ! 何すんだよ!」
足を踏み付けてやった。
おじさんは浮気許さない派だから。
みんなは別だけど。
「ドドブランゴ落としてお前に当たったら怪我しちゃうだろ!」
……そんなこと言っても浮気は許さないけどね。
テントに着いたらナギちゃん達が出迎えてくれた。ソーマで見ていたらしい。
「チェリノをどこかに寝かせておきたいんだけど」
「そうしたら……彼の寝袋でいいかしら」
「なんで!? 今敷いてあるやつでいいじゃん! 俺のをわざわざ出す意味ある!?」
「だってあなたのせいで倒れちゃったんでしょ? 可哀想に……」
「うーんこの理不尽、俺も別にバクフーンみたいな身体になりたかったわけじゃないんだけど」
「ほら、いいから寝袋出して?」
「はい」
ナギちゃんに言われるがままスゴスゴと寝袋を敷き始めた。
カッコいいんだか情け無いんだかよく分からない。反復横跳びしてるのかも。
──────
「す、すごい……これがあの……」
ゲンキは仮面ライダーデトロイトを名乗る男の戦いを見ていた。
まあぶっちゃけ、分かる人は分かっていた事ではあるが、あれはポケモントレーナーの戦い方だった。
立ち振る舞いが完全に彼のソレなのだ。
間違えようもなかった。
なので、また変な事やってる……程度の認識ではあったが、それはそれとしてバトルそのものは見てしまう。
ゲンキは、ポケモントレーナーのバトルを実際に見たのは初めてだった。
動画では何度も見た。
しかし、実際に見るとやっぱり違う。
何というか、前提が違うのだと思わされる。
バッジを集めて実績を得ることが目的の試練は楽しさとはかけ離れている。必要だからやっているだけで、本心から好きでやっている子なんて一人もいないはずだ。
だと言うのに、20を超えて試練を始めたという彼は、心底から楽しそうだった。
それを声色やその仕草が物語っていた。
価値観が違う。
モチベーションが違う。
そしてなにより、
「圧倒的な指揮能力……」
ジムリーダーチェリノのパートナーは混種のモンスターだ。ドドブランゴの状態ならそこそこの強さだが、激昂時すると能力が上昇して先ほどまでと戦い方が変わる。
その状態ならジムリーダーカムイの保有するパックンフラワーキングに匹敵するとも言われていた。
それに、あの女の子が食らいついている。
銃火器はある程度までの強さのモンスターに対してなら有効打になりうるけど、一定以上になるとほとんど効かない。それを立ち回りと手数でカバーしていた。
そして、先ほどのポケモントレーナーが放った避難指示、周囲の人間全てを動かすほどのソレは大きな衝撃だった。
それが当然のような、あるべき形のような、自然とあの声に従っていた。
結局、バトル自体はうやむやになってしまった。
だけど、見ていた時、これまで感じた事のない高揚感を感じた。
ラッキーも同じだったようで、目を合わせると、その奥に青い炎が見えたような気がした。
周りの人も皆ソワソワとしている。自分達と同じく、胸の奥から湧き上がる気持ちに困惑しているのだろう。
何故か、あんなに苦手だったバトルがしたい気分になっていた。
あと、あの仮面はどこで手に入るのだろうか。
──────
なんか、やたらとバトルしてる奴らを見かけるな。
みんな意気揚々とバトルしていて俺もなんだかバトルしたい気分だ。
ジムリーダー戦、めっちゃ楽しかったよなあ。
全く予期しないタイミングでのバトルになっちまったけど、やっぱりポケモンバトルをしなきゃポケモントレーナーじゃないもんな。
あのヒリヒリする感覚は本当に病みつきになる。
…………でも!
今はそんなことより……!
やっっっっっっっと!!
俺たちの番が来た!
スパイクタウンの中に入れるぞ!
そしてアイリは、アッシュ地方に行くかはともかく、まずはこの街でピカチュウを探すらしい。
こんな場所にいるかぁ?
チェリノはあのあと、目を覚ましたら街に戻っていった。始末書を書かないといけないらしい。
ただ、もう仮面は外していたので、あの場ではデトロイトじゃなかったんだけど、言いたいことがあったとかでがっかりしていた。
もっと大きくなったら、もう一度デトロイトと戦いたいとのことだったので伝えておくと言っといた。
付け髭しててなんか変なやつだなって思ってたけど、純真なだけなんだな。可愛いもんだ。
メイはまあ、補佐というかお守りというか。
良いコンビじゃん。
そんでもって、列が進むのおっっそ!
もうあと一歩なのにまだ入れ無いんだが!?
どんだけ手続き煩雑なんだよ!
レッドはすんなり中に入れたらしいのに、どうなっとんじゃ!
え? 初めて入る人は時間かかる?
なんで?
……あ、俺たちの番きた。
じゃあお前らが先入って待っててくれ。
レッドが一番に入り、すぐにホシノが入る。
そして、アイリが入った。
やはり、時間がかかるらしい。そこそこ待たされてナギの番になり、ウィンクして入っていく。
ナギも初めてらしいけど、少しは知っているとか。
俺も文字が読めたらなあ……
「じゃっ、お先に」
「おう」
ワクワクしながら待っていると、後ろに並んでいるガールが話しかけてきた。
「ポケモントレーナーさんは初めて入るんですか?」
「……ん? ああ、散々待たされてやっと入れるよ」
「じゃあ、どんなモンスターなんですかね!?」
「どんなモンスター……?」
「……あっ、知らないんですか?」
「何のことかはともかく、知らないのは間違いないな」
「うーん……じゃあネタバレはやめときますね!」
「この直前でネタバレされたら俺も流石にキレる自信がある」
「それじゃあサインください!」
「何一つとしてそれじゃあじゃないけど!?」
「なんで、あんな大所帯で旅してるんですか?」
「脈絡は!? 話の流れとかどこいった!?」
「教えてくださいよ〜」
「えー……まあ、成り行きだな。世界中旅するってのは考えてたけど、アイツらに関しては本当にたまたまだ」
「元々の知り合いとかでは無いんですか? 記憶喪失なんですよね?」
「俺の知り合いとか、この世界に一人もいないけど」
「え……記憶喪失前の知り合いから連絡とか来ないんですか? そもそも記憶喪失なら一人もいないかどうか分からないんじゃ……?」
「あ、俺の番来たから」
「ちょ……今度、絶対教えてもらいますからね!」
「押せ押せすぎだろ……まあ、今度会ったらな」
「……あの、私の名前は──」
あ、聞く前に中に入っちゃった。
まあいいか、縁があればどっかで出会うだろ。
──―あ?
なんだここ。
真っ白だ。
何もねえぞ。
『勇敢』
ん?
『野蛮』
脳内に直接声が響いてくるな。
どういう空間だ?
『誠実』
『粗雑』
『闘争』
熟語を羅列してるだけだろこれ、なんなんだよ。なんか意味のあること言えよ。こんな事に無駄に時間かけやがって。
『ペルソナは──無し』
なに?
『分類不能、詳細不明、新種のモンスターの可能性あり』
ペルソナは知らんけど、俺がモンスターとか何言ってんだ?
『割り当てモンスター無し、暫定措置として、ピカチュウを割り当てるものとする』
なにが?
もっとわかりやすく説明して?
……うぉっ、光が。
…………ぬぉぉぉぉぉ!?
な、なんだあ!?
多分スパイクタウンなんだろうけど、人間の代わりにポケモンだけがそこらへん歩いてる!?
「ちょっと〜新人さ〜ん?」
「そこでのんびりしてたら危ないわよ」
「お兄さん、ピカチュウなんだ……ふふ」
「師匠がいつもよりちっちゃーい! かわいい〜!」
なんかポケモンが話しかけてくる!?