俺はポケモントレーナー   作:goldMg

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30_ほろびのうた

 月夜、ネイティオが空を見上げている。

 数千年に渡って世界がたどる旅路を見届けてきた記録そのものにして、全てを見通す精霊としての役割を持つネイティオ。

 その一体。

 浮かぶ月に何を思うのか。

 その先に何を見るのか。

 世界を満たす二つの唄に惑わされぬ預言者は誰かに懇願した。

 

『この、欠落したドリームランドを壊さないでくれ』

 

 

 ──────

 

 

 初動がカスだったとはいえ、一年も続けていれば何の問題もなく活動出来るようになる。

 ホシノとレッドはスパイクタウンとの違いに慣れさえすればバリバリにキャリアウーマンだったし、アイリとナギも少しずつ自分で戦う感覚っていうのを掴んでいった。

 最初は二人とも渋っていたけど、依頼でポケモンと遭遇した時に指示を出して、ワザを放つ感覚を覚えさせた。

 最近は2人ずつで分かれて行動することも多いな。

 積極的に依頼を受けていることもあってか村民との仲も少しずつ改善されてきた。あいつらは子供達とも遊んだりしている。

 ケロマツだけは対応が最初っから変わっていない当たり、良い意味で頑固なんだと思う。

 

 他の救助隊の奴らも多少は俺たちのことを認めたようで、初期ほど当たりはキツくない。

 特にウォリアーズなんかは接するうちにアイリに絆されたのか、会う度にアピールしてきて正直キショい。

 めっちゃオラついてたくせに、今ではただのキモオタみたいな感じだ。

 トライデンツの奴らも、後方理解者面して俺たちのことを生暖かい目で見てくるのは心底腹立つからやめろ。

 塩対応のケロマツが心のオアシスすぎる。

 

 家も多少は補強できた。

 俺の日曜大工の成果を見たワニノコが代わりにやってくれたんだよね。

 自信満々に家を見せた時の反応がこれだ。

 

「うわ……」

 

 うわ……しか言ってくれなかったし、無言で大工道具持ってきて俺のやったところを修繕された。

 普通に傷付いた。

 ただ、俺は傷付いたけど仲間は喜んでいた。家のレベルが格段にアップしていたからだろうな。

 ぐぬぬ……

 

 でも俺だって、日曜大工しかやっていなかったわけじゃ無い。

 1レベルクソ雑魚ボディピカチュウのままじゃ先なんて無いので、めっちゃ頑張った。

 暇があれば依頼受けてダンジョン潜ってレベル上げに勤しんだ。

 レベルという概念が視覚化できるわけじゃ無いけど、戦えば戦うほど、色々なダンジョンに潜れば潜るほど身体のキレがジワジワーっと戻っていくのを感じた。

 ランクも順調に上がり、ワニオンズとストレンジャースはともにエリートランクまで上がった。

 ……だって一年も滞在してるんだもん、そりゃあ上がりますよ。

 

 ミルタンクからは働きすぎなんじゃ無いかと言われたし、ワニノコの両親からもわざわざ家に招かれてワニノコの近況について聞かれた。

 ワニノコが俺のダンジョンアタックに着いて来ているのを、劣悪な労働環境が〜みたいな勘違いされたんじゃ無いかと思われる。

 何故俺が三者面談を開かなきゃいけないんだ? 

 むしろ、俺は来なくていいって言ってるのにワニノコが着いてきてるんだけど。

 ただ、その甲斐あってかワニノコの母親とは仲良くなれた。何故か父親には毛嫌いされてるけど。

 何かが癪に触ったらしくてお茶ぶっかけられたし。

 ……じゃあアンタが代わりにダンジョンアタックしてくださいよお! 

 ねえ、今から俺と変わるぅ!? 

 こちとら命懸けなんですわ! 

 この前なんか4方向全部グラビモスに囲まれたんだから! みずタイプのアンタならもっと楽に倒せたでしょうねえ!? 

 

 ……好きでやってる事だろうって、当たり前だろ! 好きじゃなくてこんなことやってられるか! 

 別に好きじゃなくてもやってるけどな! 

 そもそもアイツらを元の場所に帰してやらなきゃいけないし。

 何だよお父さん……本当に帰るのかって? 当たり前じゃん、帰らない選択肢が無いよね。

 心配しなくても俺がいなくなればワニノコはそんな危険な依頼は受けたりしないから。

 あ、今はアリゲイツだったな。

 ほら喜べよ、子供が成長してるんだぞ。

 ……すっげえ複雑そうな顔してて笑える。

 それにしてもワニノコの家って子沢山だよな。

 まあ、俺たちの仲間のアリゲイツが一番育ってるけど。

 そりゃ当たり前か、だってレベルアップしまくってるんだから。

 なぜかワニノコって呼んでほしいと言われてるけど。

 いやアリゲイツじゃん何に拘ってんだこいつ……とは思いつつも俺は優しいので黙っていた。

 

 今やお前が一家の稼ぎ柱だから、お前のお父さんも肩身が狭いんじゃねえかあ? 

 ほら見ろよ、あの子供達の目。みんなキラキラした目でお前のこと見てるぞ? 憧れの大スターだ。

 俺のおかげ? 

 何言ってんだ、お前が頑張ったからだろ? お前が良くやってるってのをちゃーんと、お天道様は見てくれてる。それにあの日、お前が宝の存在を教えてくれたからここまで来たんだぜ。

 アレがなきゃ俺もさっさとこの村から出てってた。

 いやマジで。

 だって留まる意味無いし。

 

 ずっとこの村にいないか? ……さっきも言ったけどそれはあり得ないね。俺にはアイツらを元の場所に帰す義務がある。

 もちろん、お前との冒険は楽しかった。

 結局俺は四足歩行の動物としては生きていけないらしいが、それでもピカチュウとして過ごすのは悪くない体験だった。一年経っても、万ボルを撃った時の爽快感と来たら他に代わるものが無いしな! 

 すぐに帰るわけじゃ無い。悟空だってドラゴンボールを揃えるのにとんでもなく時間がかかってたんだ、それなりに長い目で見てるよ。

 

 ……俺の故郷は無くなった。

 少なくとも、俺が認識できる限りでは永遠に失われた。だから、俺はどこでも良いんだ。

 スパイクタウンだろうが、チュンチュン村だろうが大差は無い。

 でもアイツらは違う。ここに迷い込んだのは何かの間違いだろうし、それに故郷自体もそう遠い場所じゃ無い。

 いわば、迷子なんだ。まだ、帰れる見込みがある奴らを帰さない訳にはいかないだろ? 

 なにせ、俺らは救助隊なんだから。

 それにエリートランクになったとは言え、まだまだ先は遠いぞ? 俺たちが目指しているのはマスターランク、たった1匹しか到達した事がない領域だ。

 そして最終目標。

 頼りにしてるぜ? 

 

 

 ──────

 

 

 彼らがこの村に来てから一年。

 怒涛の、と頭に付けられるような日々を過ごして来た。最初の依頼ではナカヌチャン達が大ピンチだったので、僕も村の皆んなも不安感が強かった。だけどそれ以降、ストレンジャースは快進撃を繰り広げた。

 

 悟りの湖に現れた怒り狂うスイクンを宥めたかと思えば、飛来して一体を自分のものにしようとしたクッパを撃退し、仲間が夢でお告げを聞いたと言って村の地下に封印されていた謎の遺跡を見つけ出して、村の救助隊を指揮する事で数百年に一度襲来すると伝わる百竜夜行を退ける。

 それ以外にも色々と……

 こんなにたくさんの災害がやってくるなんて久しぶりだってコータスお爺さんは言っていた。

 

 アブソルのせいでこんなにたくさんの災害が来てるんじゃないかって噂が広まった事があった。

 そんな訳ないって僕も否定したんだけどアブソルは拘束されちゃって、村の牢屋に入れられてしまった。あんまり良くない事も言われたらしい。

 まあ当然、アブソルを可愛がっているピカチュウがキレて……ストレンジャースと村が対立してしまった。あのままだったら、本当にピカチュウは村から出て行ってしまっていたに違いない。

 駆けずり回ってカイロスさんやケロマツさんの力も借りて、村のみんなの誤解を1匹ずつ解いて回った。やっとこさ全員の誤解を解いた時には出発直前で、辛うじて引き留めることに成功した。

 あれが別れにならなくて良かったって思ってる。

 

 僕も……結構強くなったと思う。

 いつもピカチュウに振り回されて、何が何だかわからないうちに話が進んでいくけど、それでも必死に喰らい付いた。その甲斐もあってかグングンと力がついて行き、地下の遺跡でアリゲイツに進化する事ができた。村の他のモンスター達はもっと時間をかけて進化したのに、僕だけなんかズルをしたみたいで気が引けるけど、ピカチュウ曰く成長の度合いが違うだけだから気にしなくていいらしい。

 よく分からなかったけど、ピカチュウがそう言うなら僕もあまり気にしない事にした。

 

 あと、ピカチュウはアレでも弱くなっているらしい。百竜夜行を撃退した時も言っていたけど、まるで力が足りないんだってさ。

 ナカヌチャン達もうんうんと頷いていたし、本当のことを言ってるみたい。

 ……つまり、レベルが下がっているってこと? 一体何に巻き込まれればそんなことになるのか分からないけど、今は少しずつ元に戻しているんだとか。

 

 ……ずっとここにいればいいのに。

 ピカチュウに向けてそんなことを言った。一年間一緒にやって来た相棒だから、気持ちを汲んでくれるんじゃないかと少しだけ思っていた。

 ……それは、僕の思い上がりだった。

 ピカチュウはストレンジャースのみんなをとても大切に思っている。あの四匹に呼ばれているとなれば飛んでいくし、言われたことはなんでもやっていた。

 そんな四匹を元の村に返すことが、ピカチュウにとっては一番大事な目標なんだって……

 

 ピカチュウは、変わらない。

 この村に来た初めの頃から一貫して、四匹を元の村に帰す事を目標に掲げていた。救助隊のランクをエリートランクまで上げても、ピカチュウにとっては大きな事ではないようだった。

 それが僕にはとてもかっこよく見えて──いつのまにか憧れていた。

 地位や名誉に揺るがず、仲間のために最善を尽くす。脇目も振らずに最短距離を突き進む。

 

 みんなも彼のことを羨望の眼差しで見ていた。それは……そんなのは当たり前だった。

 時間をかけて少しずつランクを上げていったトライデンツや、おこぼれに預かっているだけの僕とは違う。

 マスターランクになるなんて大口を叩いているだけの余所者だった彼らは、馬鹿にしていた村民達が目を背けたくなる程の実力者だった。

 

 でも、結局のところピカチュウは全く満足していない。ウォリアーズから酒飲みに誘われても、ミルタンクのおばちゃんに休みなよと言われても、アブソル達がグースカ寝ている日でも、僕がお父さん達と一緒に遠足に行っている日でも、暇さえあればダンジョンに挑み続けている。

 休むときは仲間とゆっくりするか、村のモンスター達と情報交換をしている。

 本当に、本気で、心の底から、最果ての森の宝物を見つけ出そうとしているんだ。

 ピカチュウは言っていた。

 最果ての森の場所が分からないのは条件が満たされていないからだって。そしてその条件は、ストーリーを進めなきゃ解放されないはずだとも。

 他にも何か言っていてそれらの意味は分からなかったけど、やっていることは分かった。全ての依頼をこなして、あらゆるダンジョンを踏破する事が目的に違いない。

 

 でも、あんなに頑張っているのを見て心配にならないわけがなかった。ロコン達だって当然のように心配はしていたけど、それでも嬉しそうだった。自分たちのために頑張ってくれている事が嬉しいんだって。

 ちょっと変じゃないのかなと思ったけど、僕だってピカチュウのダンジョンに全部ついていけている訳じゃ無いからあんまり言えない。

 それに……ピカチュウはいつだって楽しそうだ。僕だったら辛くて弱音を吐いてしまいそうな事でも、本当に嬉しそうにやり遂げる。

 火山でグラビモス四体に囲まれたときも、全身から稲妻を迸らせながら破壊していった。熱耐性が足りねえ! とか言いながら次々とグラビモスを地面に沈めていくのは何のギャグかよく分からなかった。

 

 本当に──こんな日々がいつまでも続けば良いと、そう思っていた。

 歌が、世界に響くまでは。

 

 

 ──────

 

 

「あの人、本当に楽しそうよね……」

 

「やっぱり動いてないと落ち着かないんだろうねぇ〜」

 

 キルリアとナカヌチャンは村のマーケットで買い物をしていた。チュンチュン村に来て一年、もはや余所者という目で見られる事は無くなったし、生活の基盤も完全に出来上がった。

 

「あら〜キルリアちゃん、今日はナカヌチャンと2人でお買い物?」

 

「はい、お野菜とか無いですか?」

 

「安いのあるわよぉ、最近は村周りがだいぶ安全になったから畑も大きくできるようになったし」

 

「ナギちゃん、これなんか良いんじゃ無い?」

 

「そうね……ピカチュウもこういうの好きだし、買っていきましょうか」

 

「愛しの旦那さんの好物なんだったらもう一つオマケで付けてあげちゃおうかしらね!」

 

「えと……あはは……」

 

「あ〜ナギちゃん赤くなっちゃって可愛い〜」

 

「4匹も嫁さんがいるなんてピカチュウもすごいんだものねえ」

 

「…………」

 

 何度も否定してきたのだけど、それでもなぜか村ではそう広まってしまっている。

 主にピカチュウの行動が原因ではあったが、彼を拒絶なんて嘘でもできないので広まるべくして広まったというべきだった。

 

「美味しい料理作ってやんなよ!」

 

「あ、はい……」

 

「うへ〜……なんか、やっぱり恥ずかしいよねえ……」

 

 知らぬは本人ばかりというべきか。

 帰るための情報収集に気を割いているピカチュウはそんなしょーもない事をいちいち気に留めない。たまに茶化される事はあっても揶揄いの一種としか捉えないため、全く届かなかった。

 

 そして四人には、とある気持ちの変化が起きていた。

 気候も穏やかで住みやすいし、こっちでの生活も悪く無いなあなんて気持ちが少しだけ芽生えていたのだ。

 住めば都という事だ。

 帰りたくはあるけどその方法がまるで分からず、宝物とやらを見つけるというアヤフヤな情報しか無い現状。まずは住環境を整えようと試行錯誤した結果、存外に良い家ができてしまったので強い気持ちを保つのが難しくなっていた。

 ただ、一人だけはひたすらにダンジョンに潜り続けていた。

 

 呆れるほどの目的意識の強さだった。

 例え4匹が休日でも、おはようの挨拶をしてご飯を食べたらさっさとダンジョンに行ってしまう。クリアして帰ってきたと思ったら地図を広げて、ここはダメだったとか法則性は〜とか次の計画を立てる事に余念が無い。お兄さんもたまにはゆっくりしなよ〜とホシノが声をかければ一緒にのんびりすることもあるけど、大抵は誰かと一緒にダンジョンに行っている。

 一つの救助隊でダンジョンに潜るのは3匹が上限のため、基本的にはワニノコと他の誰かが同行していた。ダンジョンと、そこに出てくるモンスターのタイプを考えて相性のいい相手を連れて行くのがいつも通りと言ったところか。

 

 今日は久しぶりにピカチュウも休みなので、疲れてるんじゃないかという事で元気の出るご飯を食べさせてあげようと計画したのだ。

 

「うへ〜、お兄さんがピカチュウって呼ばれてるのも慣れちゃったなあ……」

 

「あの人、本当に自分の名前をどうでも良いと思いすぎじゃない?」

 

「そんな事無いぞ」

 

「え? ……うへぁぁ!?」

 

「こんにちは〜」

 

 帰り道、ピカチュウがいつの間にかナカヌチャンの隣を歩いていた。

 アリゲイツも一緒だ。

 ホシノは思い出す。

 確か今日はアリゲイツの家族にお呼ばれしていたんだった。

 

「……何を話してきたの〜?」

 

「え? ……ワニノコはどうですかって話をしてきた」

 

「どういうこと?」

 

「要は三者面談だよ」

 

「……あぁ〜、スクールに通ってた時にやった事あるねえ確か」

 

「ブラック企業なんじゃ無いかと思われてたっぽいんだよなあ……」

 

「ブラック? 黒がどうしたの?」

 

「……そういう概念が無いのか、さすがだな」

 

「?」

 

「ん? でもそうなると何でお茶をぶっかけられたんだ? 」

 

「お茶を?」

 

「そうそう、ワニノコの父ちゃんからいきなりお茶をかけられたんだよ」

 

「アリゲイツでしょ? それでお父さんに? ……それって」

 

「あの、僕の目の前でその話するのはやめてくれないかな……」

 

 気まずそうにするアリゲイツ。

 キルリアとナカヌチャンは目を丸くするも、話の筋をおおよそ掴んでいた。

 二人でコソコソと話し出す。

 

「これってそういう事? そういう事なの?」

 

「おじさん的にはそんな感じしてなかったんだけど……でも多分そういう事だよね」

 

「あの、そもそも彼ってポケモンと……?」

 

「ナギちゃん……! ソレを言ったら今の私達もだよ……!」

 

「はっ……!? 確かにそうね……」

 

 なんかコソコソしてる2匹を怪訝な顔で見るピカチュウ。

 

「なんだあいつら……」

 

「さ、さあ!? なんだろうね〜……」

 

「……お前なんか知ってるだろ! 分かるんだからなそういうの!」

 

「うわっ! ……うひひひ! やめてぇ! 知らない! 知らないから!」

 

 くすぐられてジタバタと暴れるアリゲイツは、結局最後までピカチュウに屈しなかった。

 

 

 ──────

 

 

「釣りって何でこんなにむずかしいんですかね……」

 

「アイリは忍耐が足りない」

 

 垂れた釣り糸、ソレを辿るとロコンとアブソルがいる。

 二人は、ナカヌチャン達とは違う食材を準備しにきていた。

 つまり、魚である。

 ピカチュウがいたら爆笑しながらながら突っ込みを入れるであろう。

 何で四足歩行が釣りなんだよ、と。

 しかしジャンケンで負けたのだから仕方がない。釣りがそう簡単にいかないのはみんな知っている事で、だからこそみんなやりたがらなかったのだ。

 ともかく、こうして糸を垂らしてどれくらい経ったか。時計が無いこの世界では自分の感覚と太陽の位置の二つのみが時間を知る手段だ。

 

 元からぼんやりした性格のレッドはこういう何もしない時間というのが嫌いじゃなかった。水面でチャプチャプと浮き沈みする浮き、穏やかな太陽とふわふわ雲、話しかけてくる通行人、本人にとっては何もせずとも勝手に時間が過ぎ去っていく。

 対して落ち着かない性格のアイリにとってはあまり体験したことのないような時間だった。旅の途中で釣りをした事だって当然あるけど、そういう時は青年が一緒にいるので雑談をしていたらいつの間にか釣れているという感じだ。何も無かったら何も話さないレッド相手だとアイリはどうすれば良いのかまだ人生経験が足りなかった。

 せめてすぐに魚が掛かってくれれば話題を探さなくても良いのだが、その話題を出すのだって若干10歳のアイリにはまだ難しい。うーんうーんと頭を捻らせても何も出てこなかった。

 レッドはそんなアイリを不思議そうに眺めるばかりで、やはり何かを言う事は無い。ゴソゴソとポーチを探って飴を一つ渡しただけだ。

 

「あ、ありがとうございます……」

 

 2匹仲良く飴玉を口の中で転がしていると、一つ聞きたいことを思いついたアイリは、レッドをちょいちょいと爪で突く。

 

「なに?」

 

「レッドさんってリザードンをいつも連れていましたけど……他のパートナーはどんなモンスターなんですか?」

 

「エーフィ、ラプラス、フシギバナ、カメックスだよ」

 

「ほえ〜……今はどこに?」

 

「預け屋さん」

 

「ふるさとのですか?」

 

「そう」

 

「レッドさんの故郷って……」

 

「マサラタウン、小さい街だよ」

 

「何で師匠って、マサラタウンの事をあんなに好きなんですかね……」

 

 アイリはこれまでの人生で、一度たりともその名前を聞いたことが無かった。なのに、青年は少し似ている単語の名前が出ただけで

 

『今、マサラタウンって言った!?』

 

 と騒ぎ立てる。

 一体何が彼をそこまで駆り立てるのか。我々はその秘密を探るためにジャングルの奥地へ向かった。

 

「サトシの故郷でもあるんだって」

 

「さとしですか?」

 

「うん、サトシ」

 

「誰ですかサトシって、師匠の友達ですか?」

 

「お兄さんに友達とかいないよ」

 

「はは……」

 

 実際、青年に友達はいないし友達を作ろうと思ってもかなり難しいだろう。

 何せメガネが使えない、タブレットは使えても文字が読めないからソーマもほぼ使えない。

 お前どうやって連絡取るつもりなんだ? いや、誰とも連絡とか取ってないな? というわけだ。

 コミュニケーション能力はともかく、ツールを使いこなせないロートルに友達を作るチャンスなど無いのだ。

 アイリもそこらへんは分かっているので軽い冗談のつもりだったのだけれど、まさか真面目な顔で返されるとは思わなかった。

 

「あの夜に教えてもらったの、サトシは虹の勇者で、世界の中心なんだって」

 

「あの夜……?」

 

「……あ」

 

「何ですかあの夜って! レッドさん!」

 

 アイリはロコンの長い鼻先を詰め寄らせる。私が知らないところでまた師匠と何かしていたんですか! と追求するつもりだった。

 レッドが不意に空を見上げる。

 何か見つけたのか、とアイリもつられて空を見た。

 

「…………」

 

「…………あの、何を?」

 

「空、綺麗だね」

 

「え? はい…………って、誤魔化されませんからね!? あの夜のことについて詳しく! ちゃんと! 教えてください!」

 

「ちっ……」

 

「あー舌打ちしたー! 師匠に言い付けちゃいますよ!」

 

「……お兄さんはそんな事じゃ怒らないし」

 

 強がりつつも、目ん玉はあっちへ行ったりこっちへ行ったりと大忙し。劣勢を悟ったレッドは頭を抱えて蹲ってしまった。

 アイリが背中に乗ってきゃんきゃんと吠える。

 

「こたえろー!」

 

「ふ、二人だけのひみつだから……!」

 

 万事休すのレッドにはしかし天が味方した。

 二人のそばを通りかかる者達がいたのだ。まあ、誰かと言えば当然ご存知の──

 

「いや、君たちはこんな所で何してますのん?」

 

「あ、アイリちゃん……?」

 

 合流したピカチュウとナカヌチャン達だった。家に一旦荷物を置いて、魚を釣っている二人を探しにきたようだ。

 レッドとアイリの普段あまり見る事のないタイプの戯れにナギはちょっと驚いていた。ポケモントレーナーにとっては年相応のやり取りなので、場所はともかくほっこりしていた。

 

「お、お兄さん!」

 

「──あわぁ!」

 

 すさささと素早い動きでピカチュウの後ろに駆け込んだアブソル、つい今までその背に乗っかっていたロコンは地面に転げた。

 

「どした〜レッド〜」

 

「うんん」

 

 猫撫で声で様子を聞いてくるピカチュウの小さな体にスリスリと頭を擦り付ける。

 キルリアもキルリアで、もんどり打ったロコンに怪我が無いかを確認していた。

 

「大丈夫? アイリちゃん」

 

「うわーんナギさーん!」

 

「どうしたの?」

 

「レッドさんが師匠と秘密のあいびきをしてたんですぅ!」

 

「は?」

 

「え?」

 

「はあ?」

 

「いつ?」

 

「……俺?」

 

 全員の視線がアブソルとピカチュウの間を行き来し……ピカチュウに固定された。

 ぶんぶんぶんと首を横に振るピカチュウ。

 

「そんな如何わしい密会みたいな事してないから!」

 

「どうだか……」

 

 ジトーっとした目つきで見られて、まるで自分が悪い事をしたかのような錯覚に陥る。

 おかしい、今ここにきたばかりなのにすぐさま糾弾の場に変わってしまった。

 

「なんでえ!? 信用しろよそこは! ……なあレッド、してないよね?」

 

「知らない」

 

「当事者じゃないの!?」

 

 少しだけ頬をむくれさせたアブソルがそっぽを向いた。

 ピカチュウは最近の出来事を必死に思い出す。ダンジョン行ってダンジョン行ってダンジョン行って、情報収集して休み取って、ダンジョン行って……ソレしか思い出せなかった。やっぱりそんな変な事してる暇無いよ。

 

「そもそも何の話なんだ? ソレが分からないと俺が話したかどうかも──」

 

「……耳貸して」

 

 ゴニョゴニョと聞かされてアレのことかと納得する。

 

「別に逢い引きとかじゃないじゃん」

 

 しかし、そんなこと言われても何も知らない4匹としては内容を聞かなければそもそ判断出来ない。

 あーだのこーだのと言い合って──

 

「あーもうめんどくせえ! こんな所にいつまでもいられるか! 行くぞレッド!」

 

「うんっ」

 

「お兄さん! にがさないからね!」

 

「残念ながら俺はピカチュウだ! …………?」

 

「お兄さん?」

 

 走り出そうとしたところで、ピカチュウは足を止めた。

 レッドが早く行こうと急かすも、顔を険しくしてあちこちを見回す。

 

「なにしてるの? ……あ」

 

 

 ──────

 

 

「じしんだ」

 

「前のより大きいぞ!」

 

「とりあえず外に出なきゃ」

 

「……きゃああああああ!!」

 

 村のあちらこちらで土煙が上がっている。

 建物が崩壊していた。

 怪我をしている村民も複数いる。

 響く歌声の清廉さとは裏腹に、村は混沌に包まれていた。

 百竜夜行を退けて一息ついている所にこの仕打ち、泣きっ面に蜂どころの騒ぎでは無かった。

 立っていることすらままならない。

 店先に陳列した商品が未知に散らばり、魚がパニックを起こして水面を跳ねる。

 

「百竜夜行が終わってめでたしめでたし、とはいかないみたいだな」

 

「……お父さん達は大丈夫かな」

 

「ワニノコ、お前は家に帰れ」

 

「う、うん!」

 

「……どうやらストーリーが進んだっぽいな」

 

 ともかく連絡所の前に急ぐことにした。おそらく他の救助隊もそこにはいる。

 何が起こっているのか、何が起こったのかを把握して救助隊としてできることを探さないといけない。

 

 連絡所の前、未だ百竜夜行の最終防衛設備や怪我人の治療所が設けられているそこにはトライデンツがいた。

 村の地図を広げて顎に手を当てているカメックスは、ピカチュウ達を振り返ると状況を説明した。

 

「ペリッパーや他のひこうタイプのモンスターに観測してもらって分かったことがある」

 

「……大陸が二つに割れたぁ!?」

 

 そんなバカな……でもポケモン世界なら起こるかも……

 実際に目にしてみたいところだけど、生憎自分はひこうタイプでは無い。

 

「それで、原因は何なの?」

 

「先ほどの地震だと言いたい所だが分からない。むしろ、ピカチュウなら分かることもあるんじゃないか? 色々と不思議なことを知っているし」

 

 そう言われても、そんな情報だけだと特定も何も無い。

 コータスはどうしたんだ? あの爺さんならこういうの経験してるかもしれないだろ。

 

「もう長老には調べてもらっている。ただ、少し時間がかかるらしい」

 

 未だに俺だけあの爺さんとほとんど会話出来てないんだけど……

 

「今は兎に角、建物の倒壊に巻き込まれた者がいないか調べている最中だ」

 

 結果として、アリゲイツの両親が巻き込まれた。

 一命は取り留めたが危ない状態らしい。半狂乱のアイツを抑えておくのは大変だった。

 ウォリアーズの奴らに感謝する時がくるとはな。

 アイツは今、疲れて寝ちまった。

 まさかこんな事になるとは……元の世界でも昔、とんでもない地震が起きたらしいけどオレはそこまでのヤツは体験してないからな。

 こりゃあ、早い事解決しないともっと取り返しのつかない事になるな。百竜夜行もとんでも無かったのにこんな天変地異で殺されちゃたまんねえよ。

 

 

 ──────

 

 

 十中八九、伝説のポケモンか古龍の仕業だな。

 こんな規模の災害を引き起こすなんて、普通はあり得ない。

 

「うへ、まあそうだよね〜」

 

「おっと……また揺れたな」

 

「何なんですかこの揺れ……」

 

「一応、ナバルデウスが現れた時も地震は起きてるんだよね。でも、大陸が真っ二つに割れたりなんて……あり得ないよそんなの」

 

 ナカヌチャンが地面にハンマーを突いてうーんと悩む。ホシノなりに答えを探そうと考えているらしい。

 しかし、俺としては考えるだけ無駄だと思っている。

 もうこれは、ダンジョンに潜るしか無い。

 

「ダンジョン? ソレで何か解決するの?」

 

 いや、直ぐに解決はできない。

 むしろこのイベントを進めるんだ。

 きっと、大陸の裂け目に重要な何かがある。

 

「何かって?」

 

 何かがわからないから行くんだ。

 それに俺たちは救助隊ストレンジャース、ダンジョンに潜るのが本業だろ? 

 ……ごめん、あっちの世界に帰るのは少し遅くなってしまうかもしれないけど。ここでこの世界を放り出したらそれこそ、ポケモントレーナーとしての誇りすら無くなってしまう。

 

「謝る必要なんて無いわよ、私たちはあなたに着いていくだけだから」

 

 頼もしいよナギ。

 

「師匠! 冒険ですね!」

 

 そうだな、久しぶりに本物の冒険だ。

 

「少しワクワクしてる?」

 

 あ、分かる? 

 

「おじさんは逆に安心したよ〜……こんな状態の村を放置して、帰るために探索を続けようなんて言い出したらそんなのお兄さんじゃ無いからね〜」

 

 そうなの? 

 ……よーし、それじゃあまずはそれぞれのダンジョンがどんなふうに変わっているのかを調査だ! 

 

「おー!」

 

 覆いの森を始めとして、これまで訪れたダンジョンの調査を行った。当然、ウォリアーズやトライデンツ、他にもデジーズ、オレサマーズなどの力を借りた。みんな快く協力してくれたというか、言われなくても調査するつもりだったとか。

 で、未知のモンスターが多数確認されて明らかな敵対行動が確認できた。

 フォルムとしてはこの世界では珍しく人間っぽさがあるんだけど、理性は無い。

 あと生臭かった。

 明らかにこれまでにオレが出会ったモンスター達とは様相が全く違うソイツらは、見ているだけでゾワゾワとしたものが背筋を駆け巡った。

 

 それで、大陸の裂け目にはオレの予想通り新しいダンジョンが形成されていた。

 ペリッパーが片割れを犠牲にそれを確認してきてくれた。

 新しく発見されたそのダンジョンは禍々しくて、かつ神々しさを孕んでいたそうだ。

 言うなればダンジョン全体が祭壇のような雰囲気に包まれていたって事だ。

 安全のためにペリッパーは2匹で確認に向かったが、片割れはダンジョンを目にした途端にバランスを崩して墜落し、帰ってきた方も憔悴しきっていた。

 ……いつも世話になっていたから残念だ。

 

 葬式には怪我をしていたはずのアリゲイツの両親も参列した。

 この村で、ペリッパーの世話になっていない奴なんていない。みんな、酒を飲んで悲しみを誤魔化していた。

 ナギ達も今日ばかりは献杯を飲み、黙祷を捧げた。

 かくいう俺もこれまでにした会話や、無茶振りに応えてくれたことを思い出していた。

 

 ペリッパーはクッパとの戦争においても物資補給のために最前線まで飛んできてくれた。特性により大陸の環境を塗りつぶして通常攻撃が通じない肉体となったクッパ。アイツを倒すためには、スターキラーと呼ばれるアイテムが必要だった。

 本当にギリギリで空から舞い降りたペリッパーとリオレウスによって届けられたソレを使い、ようやくクッパの無敵性は解除された。

 

 百竜夜行では戦闘が本分でないにも関わらず、そのスタミナと胆力を買われて陽動部隊として活動していた。なんで私がこんな事を……なんて文句を言いながらも、村のために時間を稼いでくれたから俺たちは押し寄せるポケモンを倒す事ができた。

 

 そんなヤツがバランスを崩して墜落した。それは、正直信じられない事だった。

 帰ってきたぺリッパーによれば、発狂したようにも見えたと。

 発狂とはつまり恐怖で身体が言うことを聞かなくなるということで、あのペリッパーに限ってそんなことはあり得ないと理性が否定する。

 だが、あの憔悴した姿は……その話が作り話じゃ無いと雄弁に語っていた。

 

「お兄さん……」

 

 ホシノに心配させてしまったようだ。

 顔が険しくなっていたのかもしれない。

 

「そのダンジョン、すごい嫌な予感がする……」

 

 俺もだ。

 ナバルデウス達と相対した時みたいな生存本能が訴えかけてくるのとは違う、すごい気持ち悪い感覚がある。

 

「でも……行かなきゃね」

 

 そうだ、ここで引いたら村は滅ぶ。

 俺たちが守ってきた意味も、価値も、命も、全部奪われる。おそらく宝は見つからないし、暗く閉ざされた世界で身を寄せあって生きていくしかない。

 そんなのは許せなかった。

 俺は絶対に目標を達成する。

 

「辛気臭い顔をしてるな」

 

 ウォリアーズのガチグマがやってきた。

 小言を言いにきたのだろうか。

 ソレとも……アイリならあっちだけど、何の用だ。

 

「お前がそんな顔をしていては村の者が不安になる、もっと堂々としていてくれ」

 

 不安、不安ね……

 確かにこっちを見ているのも多い。

 だけど外様の俺がどんな顔していようとお前らには関係無いだろ。

 

「……俺達がした仕打ちを考えれば、そう返されても仕方ないか」

 

 そうだ、一生反省してろ。

 俺はお前らがレッドにした事を忘れたわけじゃ無い。

 目的があるから俺達はこの村にいるしその過程で防げる悲劇は防ぐけど、ソレとコレとは別問題だ。

 

「……そうだな」

 

 ノシノシとガチグマは去って行った。

 ホシノが耳打ちをする。

 

「良いの? あんな風に言っちゃって」

 

 レッドは悲しんでいたんだ。

 俺は今でも怒ってる。

 その気持ちを素直に出して何が悪い。

 それともヘラヘラ笑ってアイツと酒でも呑めばいいのか? ワニノコのお父さんやケロマツの爺さん、カイロス達ならともかく、そこまで俺は懐が広く無い。

 レッドはもう気にして無いのかもしれないけどな。

 

「……ううん、お兄さんはそれでいいよ」

 

 ありがとう、ホシノ。

 

 

 ──────

 

 

「お母さんお父さんごめん……僕、ソレでも行きたいんだ」

 

「アリゲイツ……」

 

 葬儀の後日、お見舞いに来たらアリゲイツが治療所のベッドで寝ている両親を説き伏せている最中だった。

 俺たちが大地の裂け目に向かう事を伝えるとアリゲイツも着いてきたいとの事だったので、親御さんが許可すればと条件をつけておいたからだろう。

 ぶっちゃけ生きて帰れるか分からねえ。

 まあダンジョンは基本的に生きて帰れるかの保証なんて全く無いんだけど、今回は特に異質だ。

 それをアイツの親に伏せたまま連れて行くなんてことは出来ない。

 

「ピカチュウが行くのに、僕が行かないなんてあり得ないよ!」

 

「彼はストレンジャースのリーダーだ……その事は分かっているんだろう?」

 

「……でも……でも、僕はワニオンズのリーダーで、ピカチュウはワニオンズの一員でもあるから!」

 

 嬉しいこと言ってくれるねえ。

 涙が出てきそうだ……いや本当に。

 

「あなた……ここまで言ってるんだもの、行かせてあげましょうよ」

 

「…………」

 

「お願い! ここで行かなきゃ僕は……」

 

 話がつきそうだったし、コソコソいつまでも聞いてるのもあれだから治療所から離れようと振り向いたらクソデカマシュマロボディが目の前を塞いだ。

 ハピナスだった。

 

「怪我ですか?」

 

 怪我じゃないです。

 ちょっと知り合いの様子を見に来ただけです。

 

「あなたそこに立ってただけですよね」

 

 も、もうちょい静かに……アリゲイツ達に気付かれちゃうから……

 

「なぜ気付かれたらいけないのですか?」

 

 だめだ、こいつ忖度しないタイプの性格だ……

 

「アリゲイツさんこんにちは、ピカチュウさんがいらしてますよ」

 

 あーあ……よ、よおワニノコ。

 

「ワニノコではなくアリゲイツですね」

 

 何だこのロジハラポケモン!? 良いんだよ俺たちの関係なんだから! 

 

「聞いてたの?」

 

 聞いてたというか聞こえたというか……そういう感じです。

 

「…………」

 

 覚悟は伝わってきたよ、それでお父さん達はどうなんだ? 

 ここまで来たらちゃんと聞かせてほしい。

 

「……最後までは聞いてなかったの?」

 

 話がまとまりそうだったから最後の最後は聞いてない。

 ……まさかあそこからどんでん返しがあったのか!? 

 

「あそこがどこかは分からないが……ピカチュウ、お前は本当に大地の裂け目に向かうんだな?」

 

 当然向かう。

 

「この村で静かに暮らすという選択肢は無いのか?」

 

 何を言っているか分からないけど、俺にその選択肢は許されないよ。

 アイツらの親から託されてるんだ。

 絶対にアイツらを帰すためにも俺は止まれないし、止まりたいとも思って無い。

 

「…………はぁ〜〜〜!!」

 

 どんだけでかいため息ついてんだよ。

 

「俺もそんな事言ってみて〜〜!」

 

 言えよ。

 

「羨ましいな、本当にお前が羨ましい」

 

 お? 馬鹿にしてるな? 

 

「……お前のことは、友人だと思っている」

 

 …………え? 

 

「だから約束しろ、必ず生きて帰ってくると」

 

 わ、わかりました。

 

「それならアリゲイツを連れていけ」

 

 わ、わかりました。

 

「あと、俺のことをお父さんと呼ぶな」

 

 わ、わかりました。

 

 

 ──────

 

 

「何あれ」

 

 レッドがあれ呼ばわりしたのはソファの上で溶けてるピカチュウだ。

 帰ってきたかと思ったら仰向けに倒れ込んで動かなくなってしまった。

 アイリが尻尾を引っ張ったり耳に噛み付いたりしても全く反応しない。

 

「アリゲイツのお父さんに友達だって言われたんだってさ」

 

「ふーん」

 

「よっぽど嬉しかったのかなぁ」

 

「……ずるい」

 

「なにが?」

 

「アリゲイツのおとうさん」

 

「……気持ちは分かるけど、お兄さんも同年代の友達が欲しかったんじゃないの?」

 

 ナギがペチペチと頬を軽く叩く。

 

「もう1時間くらいそうしてるんだから、良い加減に起きなさい」

 

「…………」

 

「ほら、ご飯出来てるんだから食べるわよ」

 

 無理やり抱えて椅子に座らせ、良い加減めんどくさくなってきたのかビンタに変わった。

 衝撃で焦点が戻る。

 

「──いつの間に飯が」

 

「食べましょ」

 

「…………誰かに友達と言われたのは久しぶりだった」

 

「よかったじゃない」

 

「何年ぶりか分からないな」

 

「え」

 

「まあ俺は記憶喪失だからそんな気がするだけなんだが」

 

「……そ、そうよね」

 

「飯食うか」

 

「ええ、みんなも席に着いて食べましょう?」

 

 

 ──────

 

 

 俺たちが進んできた旅路全てを象徴するように、大地の裂け目にはタペストリーが飾られていた。

 フルオカタウンのものだ。俺がホシノと出会ったところから始まる物語、まるで俺たちを待っていたかのようだ。

 動物はいるのにモンスターはどこにもいない。

 ただ、不気味さだけがそこにあった。

 ダンジョンと言うにはあまりにもおかしな一本道を進む。

 

 進むほどに気温は下がり、息が白くなる。宙には球状に纏まった水がそこら中をふわふわと飛び回って、まるで空間を彩るかのようにさまざまな色に変化していた。

 タペストリーも続く。

 マタナキタウン、コトリタウン、オールドタウン、マサゴタウン、そして……まだ知らない、見たことの無い街がいくつも表わされていた。

 数週間にも及ぶ道の最後、大きな扉に入る前の広間に……俺の過去、世界を刻んだタペストリーが飾られていた。

 膝から崩れ落ちた俺の周りに仲間が集まり、何かを言っていた。

 揺れる視界の中で、唄が聞こえる。

 不快だった。

 無理やり音を繋ぎ合わせただけのソレを唄だと言い張っているような、そんな歪さを感じた。

 

 目を覚ました俺の周りにはキルリア達がいて、変わらずあのタペストリーはそこにある。

 心配そうに声をかけてくる5匹を落ち着かせて、深呼吸をする。

 改めて、マジマジとタペストリーを見る。

 そこには確かに俺の過去が載っていた。

 ……別に、それだけだ。

 俺の記憶を読んだだけのことかもしれない。

 動揺を誘う策なのかも。

 そうだとしたらまんまとハマった俺は間抜けだけど、もう大丈夫だ。

 

 大扉を全員で押し開けて中に入るとあまりにも巨大な空間が広がっていた。

 そして、どれだけ広いのかすら分からない空間の中央にはこれまたどでかい彫像があった。

 あのナバルデウスすら遥かに凌駕するような大きさだ。

 ……クジラ? 

 いや、クジラに似てるけど全然別物だ。

 調べてみても何も分からなかったが、その彫像から唄が出ていることは明らかだった。

 そして、この世界に似つかわしく無いことに、明らかに人間を模った彫像が壁に掘られていた。今にも動き出しそうな、両手を握って苦しんでいるようなその姿は仄かに光って辺りを照らしている。

 

 ともかく、あの巨大な彫像をぶっ壊せば歌は鳴り止むだろう。

 サイズがやべえけど、攻撃し続ければいつかは壊せる。

 全力全開でカミナリを放つために力を溜めると、カツカツと何者かの足音が響き始めた。

 

『辞めた方がいい、せっかく落ち着いているんだから』

 

 全く見覚えがない少年だ。

 奇妙な衣装を着ていた。

 もしかして俺の知り合いだったりする? 

 

『ううん、初対面だね』

 

「あ、あれってもしかして人間!?」

 

 アリゲイツが騒いでいる。

 一応この世界でも人間って実在したんだな。

 

「すごい昔に絶滅したはずだよ!」

 

『…………』

 

 それで、絶滅したはずの人間が何でここにいるんだ? 

 

『……絶滅したっていうのは、少し違うね』

 

 悲しそうに、壁に目を向ける。

 少しだけ視線を逸らした瞬間、背後に気配が湧いた。

 振り向くと、少年が壁にそっと触れていた。

 

『今でも祈っているのさ』

 

 ──面白くも無い想像が脳内をよぎる。

 あの手の形、まさかそんな……

 

『彼らは今でもここにいるんだ』

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