俺はポケモントレーナー   作:goldMg

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32_愛故に

 べっしょりTシャツを水洗いして別のシャツを着た。

 ワニノコは、Tシャツ一枚だと寒そうにしていたのでさらに重ね着をさせた。

 ナギ達はまだワニノコのことを知らないけど、もう寝てるし明日でいいや。

 ほら、寝ようぜ。

 ……あれ、そういえば寝袋足りねえよな。

 俺の寝袋貸すから今日はこれで寝な。

 俺は毛布にくるまればいいから。

 

「……ニンゲンはあんまり鼻が効かないんだね、ピカチュウの匂いが少ししか感じ取れないや」

 

 いや、嗅がないで? 

 

「それにしてもすごい寒いね。ネブクロ? に入って少しは暖かくなったけど」

 

 まあ、終わりの方とは言ってもまだ冬だからな。

 ドリームランドだと常に穏やかな気候って感じだったけど、こっちだとそもそもこの時期にテントで泊まるのは良くない。

 寒すぎて死ぬ。

 

「ピカチュウは寒くなさそうじゃん」

 

 俺の肉体は特別だからな。

 寒いならもう少し着込むか? 

 

「うーん、胸がキツイからあんまり……ニンゲンの身体って不便だね」

 

 一長一短だよ。

 

「……あっ、そうだ! ピカチュウの身体は暖かいんだし僕のこと抱きしめてよ!」

 

 良いけど。

 ……でかいな。

 

「あはは、柔らかいね。あー……あったかい」

 

 お前は逆にあんまり体温高くないな。

 

「ねえピカチュウ」

 

 ん? 

 

「……やっぱなんでもない」

 

 そうか。

 色々考えることはあると思うけど、今日はもう寝ようぜ。

 

「うん、おやすみ」

 

 おやすみ、ワニノコ。

 

 ──目が覚めたら、死ぬほど冷たい目の4人が俺を見下ろしていた。

 きょ、今日はずいぶん早起きですね……

 

「誰かさんのおかげでね〜、それでお兄さんは……私たちが寝てる時間にその子と何してたのかな〜?」

 

 何してた……? 

 

「うぅ、寒い……」

 

 あ、ごめん。

 寝てる間に離してたわ。

 ワニノコの冷えた頬に手を当てると、刺すような目が凍り付くような眼差しに進化した。

 な、なんだお前ら! そんな目で見られても俺は屈しない! 

 

「お兄さん、そのひと誰」

 

 …………? 

 ああ、ワニノコだよ。

 

「そんなんで誤魔化せるわけないでしょ!」

 

「適当なこと言ってたら私達が許すと思った〜?」

 

「きもい」

 

「激キモです!」

 

 おい、俺が怒らないと思ったら間違いだぞ。誰だ今俺のことを激キモって言ったのは。

 ……お前らか! 

 

「きゃ──!」

 

「うわっ……」

 

 アイリとレッドを丸ごと毛布の中に包みこんだ。

 俺はしまっちゃうお兄さん。

 あと適当じゃねえから。

 こいつ本当にワニノコだから。

 

「そんなわけないでしょ! ワニノコはモンスターなんだから!」

 

「しょうこをみせろー!」

 

 目を><にしながら抗議してくるホシノに俺が嘘つきじゃないと証明するため、ワニノコの肩を軽く叩く。

 

「うん……」

 

 ちょっと反応したと思ったらすぐ夢の中に沈んでいった。

 ほっこり。

 ……ハッ!? ジトーッとした視線が! 

 

「じーっ……」

 

 レッドとアイリが布団の中からジト目で睨んでいた。

 ほっこり。

 レッドは抗議のつもりなのか二の腕に噛みついてきたけど、自分が今は人間の姿であることに気付いて顔を赤くしていた。

 猫の甘噛みみたいなもんで、可愛さしかない。

 可愛いということは、それだけで偉いということだ! 

 

「偉いぞ2人とも」

 

「?」

 

 理解できてないらしい。

 子供にはまだ早かったみたいだな。

 

「ワニノコ、ほら、朝だから起きろ」

 

「まだ寒いよ〜……」

 

 寝袋の中からくぐもった声を出すワニノコは寒風摩擦的なアレなのか、モゾモゾと中で動いている。

 

「ナギ達が挨拶したいってよ」

 

「ん〜」

 

 朝に弱すぎる、やはり爬虫類か? 

 まあ俺は鬼なので、寝袋から一瞬で外に出します。

 

「……さむっ!?」

 

 脳が覚醒したのかしかめ面になり、熱を求めてくっついてくる。

 反射的に毛布の中に入れて抱きしめた。

 

「ねえ」

 

 ナギが聞いたことのない声を出した。

 日常茶飯事だから何の気無しにやっただけなのに……

 そんなドスの効いた声で言わんでも。

 そもそも、お前らが布団に入り込んでくるから俺もそれに対応しちゃっただけでしょ! 

 全部お前らのせいなんだ! 

 なあワニノコ! 

 

「……う、うん」

 

 あれ、起きたか。

 ゲシゲシと背中をレッド達に蹴られながら、毛布の中に俺も潜る。

 ワニノコはまた少し泣きそうだった。

 

「夢じゃ……無いんだね」

 

 現実だよ。

 悪いけど、すぐにはドリームランドに帰れないから。

 ……あれ、あっちが夢なのか? 

 やべえな、どっちのことかわからねえ。

 

「違うんだ」

 

 なにが? 

 

「ピカチュウ……今だから言うけど、僕はずっと君に憧れていた」

 

 おいおい照れるぜ。

 流石にマスターランクともなるとファンもできちゃってたのかなあ!? 

 

「茶化さないでよ! 真面目な話なんだから……」

 

 ご、ごめん、耐えられなくて。

 でも今の状況で話すのはやめた方が……

 

「聞いて」

 

 ……わかった、俺も覚悟を決める。

 死ぬ時は一緒だ。

 

「う、うん……いや、そういう話じゃなくて……たったの一年とちょっとで本当にマスターランクになっちゃったね、僕たち」

 

 なっちゃったなあ……まあ、移動時間とかいう現実性がくっついてきたせいで時間かかっちゃったからしょうがない。

 ダンジョンの一階層だってそこそこ広いから探索も数分で終わる訳じゃなかったし、何なら食事ですら時間かかる。

 

「一年でも長いと思ってたの!? あはは、本当……すごいや」

 

 しょうがねえじゃん、俺にとってはそういうもんなんだから。

 

「うん? …………それにマスターランクになっただけじゃなくて、宝物まで手に入れた」

 

 ……ああ、ドリームランドで一番穏やかな冒険だったな。

 

「そうだね、嬉しかったなあ……それに綺麗だったよね、あの景色」

 

 間違いない。

 俺が見た中で一、二を争う景色だった。

 

「生命の樹……ソラまで届く不思議なダンジョン、だよね?」

 

 クリスタルに守られた不可侵不可視の大地にて守られていた、星と命を共にするダンジョン。

 その頂点は、成層圏すら越えて星を見下す宙の台座。

 飾られていたのは、輝く冠。

 コータスは、俺たちが持って帰って来たそれをかむくらのかんむりと呼んだ。

 当然のように知っていて、1000年前にも同じ物を見たと語っていた。

 

「僕、一生忘れないよ」

 

 楽しい冒険だった。

 

「うん、信じられない事の連続だった」

 

 ワニノコは目を潤ませていた。

 

「ピカチュウ、君と……君たちと出会うまで、僕は正直ダメダメだったから」

 

 ホントか? 

 あんなに強くなれたのに。

 出し惜しみしてたんじゃねえのか? 

 

「……そうだね、そうかもしれない。もっと1人でもやれたはずなのに、なにかと理由を付けて逃げてたのかもしれない」

 

 まあ、だからそのうち相棒を見つけてただろうな。そっちのルートだったらオーダイルにまで進化して、さらなる高みまで──

 

「それは!! …………違うよ……」

 

 違くはないだろ。

 進化するってのは肉体の成長だ。

 レベルを上げさえすれば誰だって至れる。

 ただ、各々の必要経験値量に大きなバラつきがあるとかだと時間はかかったりするかもしれないけど。

 

「違くて……そうじゃ無くて……」

 

 ? 

 

「相棒は……ピカチュウ以外は考えられないよ」

 

 そうなの? 

 

「うん、考えたくもない」

 

 そりゃまたなんで。

 嬉しいけどさ。

 

「そんなの…………僕を導いてくれたのは、君だから」

 

 うう〜ん……これまた難しい話が来たな。

 

「本当に……難しかったんじゃないかなって思ってる。あの四匹と、僕を連れて冒険をするのは」

 

 ええ? 

 思い返してみても普通に役割分担してたと思うんですけど。

 難しい事はそりゃ難しいけど……さっきも言っただろ、楽しかったって。

 俺は楽しませてもらったよ。

 

「……だから、憧れたんだ」

 

 そうなのか。

 

「でも、ここからは違う」

 

 なにが? 

 

「僕は君の隣に立って、いつか君を越えてみせる」

 

 ……俺のライバルって事? 

 

「ライバル……うん、そうだね。僕は、君のライバルになりたい」

 

 その宣戦布告、確かに受け取った。

 差し当たっては、毛布の中から出て一戦……

 

「ま、まままままだ早いよ! それに、直接戦うなんて言ってないじゃないか!」

 

 冗談だよ。

 俺が仲間を攻撃するわけないじゃん。

 それに、お前のこの柔肌が傷ついたらどう責任取ればいいんだよ。ダチに殺されるわ。

 

「…………お父さん」

 

 ワニノコ……心残りは無いのか? 

 

「あはは……分かってるでしょ?」

 

 意地悪すぎたか。

 ドリームランドにいつ帰れるか分からない、それは覚悟してるってことでOK? 

 

「えへへ……うん」

 

 可愛いやつめ! 

 全部わかってて来たな? 

 なら、俺から言うことは無い。

 俺からは。

 

「え? ……うわっ!」

 

「ワ゛ニ゛ノ゛コ゛ざ〜ん゛!!!」

 

 うちの泣き虫どもがなんて言うかな? 

 

 

 ──────

 

 

 毛布を脱いだワニノコは、俺の仲間たちと顔を突き合わせる。

 4人とも真剣な顔をしていたが、ワニノコも別のことで真剣な顔をしていた。

 

「それで……あなたは本当にあのワニノコなの?」

 

「……ちょっと待って……さっきの僕の話……全部、聞かれてたの……?」

 

「そうよ」

 

「………………」

 

 ワニノコは毛布にくるまって丸くなってしまった。

 なんかどっかで似たような光景を見た気が……

 主にピンク髪のおじさんとかあいででででで。

 

「……ねえ、顔を見せてほしいわ」

 

「…………」

 

 無理無理と毛布の中で首を振るワニノコ。

 だから忠告したのに……

 しばらく呻いていたワニノコは少しだけ正気を取り戻したのか、顔を真っ赤にしながらも立ち上がる。

 が、俯いた。

 

「うう……」

 

「ワニノコちゃん」

 

 ホシノがワニノコの顔の前に手を差し出した。

 はたと、顔を上げて見つめ合う。

 

「握手!」

 

「あ…………うん!」

 

 やるじゃん。

 ピンク髪で天使でショットガン使えてapp18で性格神でお金の管理ができるだけだと思ってたわ。

 見直した。

 ワニノコは握手の後、パンッと小気味良い音を立てて自らの頬を張った。

 

「……みんな、僕から言いたいことがあります!」

 

 それを聞いて、佇まいを整える4人。

 ワニノコは何度か深呼吸をした後、あどけなさの残る顔でそれぞれの顔を見た。

 震える声で、思いを紡ぐ。

 

「あんな風にお別れしちゃったけど……また、一緒に冒険してもいいですか?」

 

「ええ、あなたも私たちの大切な仲間よ」

 

「おじさんはかわいこちゃんが増える分には文句無いかな〜」

 

「私は大歓迎です!」

 

「よろしく」

 

「──ありがとう!」

 

「……良かった、本当に。あなた1人だけ残して心配だったから……」

 

「えー? 僕そんなに頼りないー?」

 

「だってあんなに泣いてたし……」

 

「それは──うん、寂しかったんだ。キルリア、ナカヌチャン、ロコン、アブソル……ピカチュウ。みんなといるのが当たり前だったから」

 

 真っ直ぐな眼差しで一人一人を見て、恥ずかしげもなくそんなことを口に出せるワニノコのその立ち姿に、やはりと理解した。

 最初に出会った時の、カチリとパズルがハマったようなあの感覚は間違いじゃなかった。

 やはり、こいつは主人公だ。

 ドリームランドの流れの中で、こいつがいなければ世界は進まなかった。

 レッドやヨウと似た存在だろう。

 重要な鍵であり、流れを生み出す基点。

 さすが、俺のリアルラックは高えな。

 そして、レッドは俺の肩にもたれかかっている。

 誤解が解けたにも関わらず、何故か俺は正座させられていた。

 

「お兄さん、なんでウンウン頷いてるの」

 

「わたし知ってます! そういうの、後方理解者面って言うんですよね!」

 

 おかしい、こんな流れを生み出す主人公が許されていいのだろうか。そもそも何で主人公じゃなくて端役の俺が正座させられてんの? 意味ある? 

 まあ2人にそんな事はさせないけど、それはそうとしてやっぱりおかしいよな。

 4人全員から反省しろって言われたぞ。

 俺、なんかしたかよ。

 リザードンもちょっと他人行儀だし、やっぱヒーホー君なんだよなあ……

 

「ちっ……帰ってこなくて良かったホ……」

 

 泣いた。

 俺はこんなにヒーホー君のことを想っているのに……

 ところで、チェリノと一人称が被ってるんだけどそこんところどう思う? 

 

「死ね」

 

 氷漬けにされた。

 なっつ。

 

「ピ、ピカチュウだいじょうぶ!?」

 

 心配してワニノコがすぐさま寄って来た。

 良い子すぎる。

 うちの連中と来たら俺が氷漬けにされても「またか」みたいな顔して心配すらしないんだから。

 見ろ、この必死な顔。

 冷たそうにしながらも周囲の氷を必死に叩いて割ろうとしてるぞ。

 やっぱさあ、お前らもワニノコを見習え? 俺が攻撃されたら駆け寄って来て心配するぐらいしろ。

 

「ワ、ワニノコちゃん? お兄さんは丈夫だから、放っといても……」

 

「ダメに決まってるじゃないか!」

 

 うう……ワニノコは優しいなあ……お兄さん涙がちょちょぎれるよ……

 でもワニノコの手も痛そうだから出るね。

 ぱりーん。

 

「うわぁ! ……大丈夫!? 身体冷たくなって……ない!? 温かい!」

 

 ワニノコはペタペタと身体を触ると、ホッと安心していた。ヒーホー君をジロッと睨む。

 

「君も! 意味も無く相手にわざを使っちゃダメだよ!」

 

「ヒ、ヒホ……」

 

 オイラが悪いの? みたいな顔をしている。

 ばーかばーか! ざまあみやがれ! 

 

「ほら、大丈夫でしょ〜?」

 

「それは結果論でしょ! ……はあ、よかった」

 

 安心したのか、ワニノコはへたり込んだ。

 確かに、初見にはショックの大きい映像だったかもしれない。これからの時代はこういう層にも配慮した動画作りが必要だと思うんだよね。

 

 

 ──────

 

 

 失踪、死亡したとまで言われていたポケモントレーナーが帰ってきたことで俄に騒ぎ立つソーマ界隈。

 撮られた動画には、ブカブカのTシャツを着せた少女をだっこしていく上裸のポケモントレーナーの姿が。

 

『朗報、我らがポケモントレーナーが帰ってきた』

 

『悲報、我らがポケモントレーナー、帰ってきて早々全裸巨乳美少女を仲間に加える』

 

『死刑』

 

『これは死刑』

 

『羨ましすぎる』

 

『また増えた』

 

『ナギちゃんを連れて行った挙句に別の女まで、ますます許せん』

 

『いぇーい! ナギちゃんファンクラブのみんな見ってるー? お前らの大好きなナギちゃんはポケモントレーナーの隣で寝てまーす!』

 

『俺その場にいたんだけど、あの子にピカチュウとか呼ばれてたぞ』

 

『ちょwwwピカチュウておまwww』

 

『あの女の子にとってはピカチュウぐらいの強さなんじゃね?』

 

『え……それは……』

 

『バケモンじゃねえか!』

 

『それにしても、1年間もどこにいたんだろう?』

 

『ずっとダンジョンに潜ってたとか?』

 

『流石に……あるかも』

 

『それにしても、あの上半身……』

 

『古傷だらけだったな』

 

『かっこよすぎた』

 

『男の子はああいうのに弱いんだ』

 

『まだ分からんぞ、毎晩ムチで叩かれてるのかもしれない』

 

『SMかあ……』

 

『あのレベルの傷をつけようと思ったら最早拷問だろ』

 

『過酷な修行の果てに仮面ライダーデトロイトが……』

 

『素晴らしい! 彼にはぜひ我が道場に入門してもらおう!』

 

『やべーぞ! カラテ王だ!』

 

『逃げろ! 捕まったらカラテ家にされる!』

 

『俺見たんだ! 看板破りしに行ったサイキッカーが、超能力の壁と看板ごと叩き割られてぶっ飛んでったの!』

 

『カラテ王自ら看板を破るのか……』

 

『頭のネジどこ……?』

 

『みんな! 我が道場はいつでも歓迎する! 私とともに道を極めよう!』

 

『絶対罠だ』

 

『道の代わりに失くしたものはありませんか?』

 

『友、家族、金だ!』

 

『草』

 

『壊れてるよあんた』

 

 

 ──────

 

 

 ワニノコを仲間に加えて困った事はたくさんある。

 いや、性格とか個人的な事はほとんどないよ? でもやっぱり、種族間の差ってのはなかなか本人には認識し辛くてな? 

 トイレとか飯とか服とかブラジャーとか男と女の見分け方とか、人間になったばかりのワニノコにはむずいんだわ。まあそこら辺はデリカシーの必要な話だそうなので、俺はハブですよ。

 しょうがないので大道芸で稼いでいた。

 なお、現金なんて一般人が持ってるわけがないので、毎回1人は連れて行って電子決済だ。

 

 ぶらぶらーぶらぶら、あーあ、寝っ転がってるだけでお金が降ってきたら良いのになー。

 ……ん? 誰だと思ったらブラクラブラザーズ! ブラクラブラザーズじゃないか! 

 あれから元気にしてたか? 

 失踪してる間、何してたかって? 異世界でポケモンとして過ごしてたぜ! 

 またまた〜、じゃなくて。

 本当だから。

 ところで、何か大きな事件とか起きたりした? 

 俺、こっちで何が起きてたかとか全然知らないんだよね。

 ……へー、別の地方で異常気象がねえ。

 普通だな。

 異常気象なんて俺の世界だったら当たり前だったし。それってもう異常じゃなくて普通だよな。

 でも別に天気予報が聞きたいわけじゃないんだけど、とんでもないお宝が見つかったとかそういうのが知りたいんだよね。

 そんなの公表されないって? そりゃそうだ。

 あの少女の正体? 

 ……聞いてどうする? 

 …………そうそう、あんまり知り過ぎない方がお互いの為になるよね。

 それより、面白い話無いの? 

 

「面白い話ならありますよ」

 

「……誰?」

 

 男が立っていた。

 服装自体はここら辺にいてもおかしく無いのに、場違いな雰囲気を纏っている。

 

「失礼、私はこういうものです」

 

「名刺……これはご丁寧にどうも」

 

 あとでアイリにでも呼んでもらうか。

 

「本日参ったのは、これを渡す為です」

 

「……メガネケース?」

 

 懐から取り出されたのは、黒いケース。

 サイズや形から、当てずっぽうでその正体を推測する。

 

「その通りです、流石ですね」

 

 予想は当たっていたようで、男が蓋を開けると中にはメガネが入っていた。

 これを渡しに来たってマジ? 

 もっとあるだろ、菓子折りとか饅頭とか。

 でも、ブラクラブラザーズの2人は大興奮していた。

 

「すっげ……! これ、自律AI搭載型の最新モデルですよね!? しかも……なんかカスタムしてある!」

 

「初めて見た……これ一つで家が建つって……ま、まさか!?」

 

 つまりなんだ。ランボルギーニ的なアレなのか? メガネが好きだったら垂涎ものみたいな。

 

「メガネに好きも嫌いも無いっすよ! みんな使ってるんですから!」

 

 そうだった、この世界だとメガネはパンツぐらい当たり前の必需品なんだった。

 ……つまり俺はパンツも履いてない露出狂ということか!? 

 

「通信速度も容量も処理速度も桁違い……コレさえあれば協会へのハッキングだって容易に行えるって言われてるんです」

 

 ……悪い、何もわかんねえ。

 そもそも普通のメガネのスペック知らないし、協会へのハッキングがどの程度のことなのかも知らん。

 まあ大事なのは、そんな物を俺に渡して何をさせたいのかって事なんだけど。

 

「簡単な事です、あなたのデータを取らせていただきたい」

 

 興味無い。

 

「そう言わず」

 

 そもそも俺、メガネ使わないし。

 

「コレを機に試すのも悪くないでしょう?」

 

 悪いなお前ら、ハズレ引いたみたいだから帰るわ。

 ……もうね、露骨過ぎ。

 

 テントで先ほどのことを話す。

 ナギが険しい表情になった。

 

「おじさんに連絡しておこうかしら」

 

 しておけしておけ。

 それと、コレからは1人で出歩くの禁止な。

 

「お兄さんが一緒なら良い?」

 

 良いけどそれ、そもそも1人じゃなくね? 

 

「はい、質問!」

 

 はいワニノコ。

 

「トイレは!? 僕トイレ行きたい!』

 

 ……リザードンだな、任せるぞ。

 何にせよ、変な人に着いて行かないこと。

 高級メガネで釣られるなよ? 特にアイリとワニノコ。

 

「僕、そんなちょろく無いもん! それにメガネとか言われてもよく分かんないし!」

 

「私だってかしこいので大丈夫です!」

 

 分かんない奴と自信満々な奴ほど騙されるんだよ! 

 仲間の名前を出されても着いて行くんじゃないぞ。

 

 ワニノコが立派なレディーになったことで、キャンパーとしての生活も終わって次の街への旅が始まった。

 アイリのバッジ? クソ難易度ポケダン世界攻略してきて取れないわけねえだろアイリ舐めんな。

 チェリノの驚いた顔は見てて愉快だった。

 

 そして、ワニノコは人間として生活している時はノコという名前で通すことにした。

 かわええやん? 

 本人も満更でもなさそうだし、コレで良いだろ。

 あと、ワニノコはプレイヤーとしてジムに登録した。つまり、メガネも使えるし文字も読めるということだ。

 ……俺の知能は4歳児以下なのか? 

 そしてノコもあっという間にバッジを一つゲットした。

 ドリームランドの主人公が取れないわけねえよなあ? 

 

 雪が溶け、春との境になったところで俺たちはスパイクタウンを出発した。

 スパイクタウンは、一年も練習期間あったから攻略余裕すぎて金が溜まりに溜まった。

 アイリは、プリンを2つも食べちゃいます! してしょっちゅうナギに叱られてた。

 あと、俺も怒られた。

 プリンを10個食べただけなのに……

 

「みんなで食べる分とか考えないの!?」

 

 だってお。

 仕方ないので11個目を開けた。

 口に運んでやればブツブツ言いながらも一口一口ちゃんと食べるので、たぶん自分が食べたかっただけなんだろうな。

 アイリに微妙な顔で見られて恥ずかしがってたけど。

 

 次なる目的地は、炎の町グレンタウンだそうだ。

 …………グレンタウンだ! 

 あのグレンタウンだ! 

 ハゲいるかな! ハゲ! 

 

「ハゲって連呼するのやめて、そもそも何でハゲ?」

 

 ジムリーダー禿げてねえの? 

 グレンタウンと言えばハゲだろ。

 

「本当に失礼だからやめなさい、あそこのジムリーダーは女性よ」

 

 何だ何だ、今回は出し惜しみなしだな! 

 まあジムリーダーなんて誰でも良い。

 グレンタウンと言えば、伝説のポケモンや化石の研究をしているはずだ! 

 オーキド博士とも繋がりがあるだろうし、絶対に訪れないとな! 

 レッドは何か知らないか? 

 

「……分かんない」

 

「昔は何にも興味無かったもんね」

 

「今は違うから」

 

 グレンタウンと言えば化石! いつか俺も発掘してえなあ! 

 

「何でピカチュウはあんなに興奮してるの?」

 

「お兄さんはいつもあんな感じだよ〜……でも、やっぱりちょっとテンション高いかも?」

 

 いやあ、ピカチュウの肉体は小さくてスタミナ少なくて……やっぱり俺の肉体が最強だ! 

 

「あー……確かに、ピカチュウの時よりは強そうだよね」

 

 遠距離攻撃の手段が乏しくなったけど、それでもこっちの方がやっぱ馴染むんだよな。

 ほら、ノコだって片腕でお姫様抱っこ出来ちゃうし! 

 

「あはは、すごいすごい! ……でも、荷物重くないの?」

 

 冬も終わりかけでだいぶ少なくなったから、楽勝だな。

 

「うーん……ちょっと下ろしてもらっても良い?」

 

 おう。

 

「僕の荷物も下ろして?」

 

 おう。

 

「じゃあ、これは僕が持つから」

 

 え? 良いよ別に、お前まだ筋力も付いてないんだし。無理して怪我される方が嫌だよ。

 リンみたいに風邪引かれてもアレだ。

 

「リン…………? でも、君は怪我しても荷物を持つんでしょ?」

 

 そりゃあ役目だし。

 

「じゃあ、やっぱり僕も持つ!」

 

 ……ライバルってことだな? 

 

「んふふ! そういう事だから!」

 

 ノコはいい子だな。

 

「子供扱いするなぁ!」

 

 だってお前4歳だし……

 むしろ子供扱いしない方が変じゃね? 

 

「そんなこと言ったら僕より年上なのに、アイリ、とかレッドの方が小さいじゃないか! ……まだ、ニンゲンの名前は慣れないなぁ」

 

「……小さくないし」

 

「……ノコさんが大きいだけです」

 

 ジメジメと頭にしめじを生やした2人をフォローしつつ、ナギに実際のところを聞く。

 あいつって精神年齢どれくらいなん? 

 俺から見ると、ホシノより一つか二つ下くらいなんだけど。

 

「うーん……それくらいよね、多分」

 

 じゃあ16歳でいいや。

 

「ちょっと、そんな適当に……」

 

 ノコがどう思うかだな。

 

「────この世界に来た日が誕生日?」

 

 嫌か? 

 

「……ううん、それでいいよ。いや、それがいい!」

 

 じゃあ今度、少し遅めの誕生日会でも開くか。

 

「もー、人間の姿になってから撫ですぎ!」

 

 だって可愛いから。

 あと俺、頑張るむん! みたいな雰囲気が結構好きなんだよね。

 

「そ、そう? ……じゃあいいけど」

 

 ところでスパイクタウンは北の方にあるらしいんだけど、グレンタウンってそうだっけ? 

 

 

 ──────

 

 

「疲れた……」

 

 悲報、ノコ、体力が無い。

 疲れたよー……と嘆きながら俺にぐでーっと寄りかかってくる! 

 おう、邪魔だ! 

 歩いてるんだよ俺も! 

 せっかくお前の気持ちを汲んで荷物を持たせてやったのに早いよ! ギブアップが! 

 俺のライバルならもっとシャキシャキ歩け! 

 

「僕ももう少し体力あるかなって思ってたんだよお……ワニノコの時と全然違いすぎて……ねえピカチュウ〜……」

 

 もー、しょうがないなあノコちゃんは。

 休憩タイム入りまーす。

 

「ノコさん、だいじょーぶですか?」

 

「うう……足が痛い……」

 

 痛いもんはしょうがない。

 テントの中に放り込んで寝かせた。

 今はアイリマッマに膝枕してもらいながらひんひん泣いてる。

 子守唄まで歌ってもらって、完全に赤ちゃんだ。

 精神年齢16歳って言ったやつ誰だよ。

 でもアイリ歌上手いな。

 

「お兄さんは」

 

 ん? 

 

「歌とか歌わないの?」

 

 俺? カラオケで歌うことはあったけど、そんなに。

 バーチャル歌合戦とか学園祭でやったなあ。

 レッドは? 

 

「……わ、私は良い」

 

 なんだよ、好きな歌手とかいないのか? 

 最近はお前も好きなものとかだいぶ増えてきただろ? 俺とか俺とか俺とか。

 

「え……な、なんで……」

 

 そんなショック受けたような顔されると流石の俺も傷付く。ジョークは笑って流してくれない……? 

 真面目な顔されるのが一番きつい。

 

「……お兄さん、ジョーク下手だから2度としないで」

 

 ナギ〜、レッドがいじめるよ〜(;ω;)

 焚き火でお湯が沸くのを見ているオカンに抱き着くと、柔らかい手付きで俺のガッサガサの髪を優しく解してくれた。

 ああ、俺の心までほぐれりりゅ……

 ──なんでこのパーティのメンバーの中で俺だけキューティクル死んどるん? 

 

「もう……あなたが悪いんでしょ」

 

 そうは言いつつも声が優しくて癖になりそう。

 純真無垢な言葉はいつだって、俺の汚れちまった心に強制ホワイトアウトを引き起こさせるからキツいんだ。

 

「レッドさんだって、いつまでも何も知らないわけじゃないのよ?」

 

「あんまり子供扱いしないで」

 

 そうだよな……レッドだってもう15歳ぐらいだもんな。

 俺が15歳の時は40年ぐらい前のYouTubeの動画を真似て、川でザリガニ取って料理してたな……レッドもザリガニ取るか? 

 

「……怒るよ」

 

 15歳って何すれば喜ぶんだよ! 

 俺も若いけど若くねえんだよ! 

 

「もう少し大人として見てほしいのよね?」

 

「…………」

 

 レッドの不安気な目はその言葉を否定していなかった。

 まあ、わかった。

 大人……大人ね、OKOK。

 でもナギ、一つだけ言わせてくれ。

 

「なに?」

 

 自分は大人ですみたいな顔してるけど、お前もまだ子供だからな? 

 

「…………お金の管理もできないくせに」

 

 良いんだよ、一つくらい欠点があっても。

 

「一つじゃ済まないでしょ!」

 

 欠点があったらなんだ? 

 お前らが補ってくれるだろ? 

 

「……そういうイジワルなところ、ホント嫌い」

 

 ナギは不貞腐れて目を伏せてしまった。

 この状態で放っておくのは流石に人として終わってるので、正面にしゃがんで手を握る。

 柔らかくて、きめ細やかな肌を傷付けないようにそっとさすった。

 ウワイセカイジンノハダシュゴイ……

 やがて無視できなくなったのか、チラッと視線を寄越す。

 

「なに?」

 

 なんか元気パワーとか送り込んでる気になってただけなので、何も返答が思いつかなかった。

 とりあえず隣に座って、腕を回して肩を抱く。

 

「…………はぁ……」

 

 ため息の後、寄りかかってきたのでたぶん許された。

 ちょいちょいと服を摘まれて、顔を向けるとレッドが自分の事を指差している。

 そちらに手を差し出したら、レッドも隣に座ってムギュッと抱き着いてきたので同じように抱きしめ返す。

 お湯が沸いたらスープを入れて、ニコニコと嬉しそうな二人と緩やかな時間を過ごした。

 

 この世界が天国である可能性が唐突に浮上。

 両手に華とはまさにこの事だな。

 この世界での生活は充実し過ぎている。元の世界だったら俺とか技術に適応できないカスだったのに、己の身一つあれば成り上がれるこの世界に感謝だわ。

 もう帰らなくて良いかも……とはならないけど、コイツらがいるならそれで良いような気もしてくる。

 

 まあ、ポケモン世界にいる以上穏やかな時間も誰かに邪魔されるんですけどね! 

 この世界には俺の時間を邪魔するやつが複数いる。

 

 一つは通りすがりのプレイヤー。

 すれ違いざまにメガネをクイクイして俺の情報を抜いていく。コイツらにはもう慣れたので、諦めて無視するしかない。態度とか挨拶ちゃんとしてるやつにはある程度ちゃんと応じる。

 

 もう一つは野生のポケモン。

 草むらがガサガサと揺れたと思ったら突進してくる。大抵はリザードンによって丸焼きにされるかヒーホー君によって氷漬けにされる。

 突然すぎると人間の反応速度的に指示を出す余裕が無いので、俺が確定急所で処す。

 その日の晩飯は決まりだ。

 

 最後が俺の仲間たち。

 俺が部屋にて惰眠を貪ろうとしても突撃朝の晩ごはんしてくるし、一人用のテントをわざわざ立ててるのにその場を離れて戻ってくると解体されてる。

 最初はいじめかと思った、今は慣れたけど。

 

 何が言いたいかというと、焚き火の前でのんびりと過ごしていた俺の首に後ろから腕が巻き付いてくる。

 まるで蛇にじわじわと首を絞められているような気分だ。

 二人の肩を抱いていた腕をホールドアップして命乞いをする。二人も引き攣った顔で立ち上がっていた。

 まだ……まだ俺は死ねなぁい! 

 

「今日……テント、もう一つ立てといて」

 

 ぼうけんのしょは何処だ! 

 

 

 ──────

 

 

 ホシノは、覚悟を決めた。

 以前は、自分はポケモントレーナーの一番であるという自覚があった。

 それを口に出して言ってくれたし、露骨では無くてもそう扱ってくれている事をきちんと感じていた。

 少し雑に扱われるのも、距離の近さ故だと分かっていればむしろ嬉しかった。

 何かをする時はちゃんと自分に相談してくれるようにもなった。

 このまま直線を突き抜けてゴールまで行ける、そんな確信があった。

 余裕をぶっこいてたと言っても良い。

 

 雲行きが怪しくなったのは、レッドが自分のパートナーと2人でお風呂に入るようになってからだ。もっと遡ると、コトリタウンからその兆候はあった。

 レッドがどういうつもりで一緒に入り出したのかなんてのは、本人しか知る由も無い。

 

 でも、拒否しない青年が悪いとホシノは思っていた。

 

 年頃の女の子と二人きりでお風呂に入るなんて、間違いが起きたらどうするんだと私もナギちゃんも何度も伝えたのに……

 俺じゃ無くてレッドに言ってくれの一点張りで、その雑さにイラついていた。

 本気で拒絶すればレッドちゃんだって諦めるはずなのに、それを選ばないのはお兄さんの良いところで、悪いところだよね。

 仲間のやる事に対して最初は説得しようとするけど、命やその身の危険に関わる事じゃ無い限りは、最後まで折れなければやらせてくれる。

 それをまさか、女の子とお風呂に一緒に入るなんて事にまで通用するさせて来るなんておじさんだって予想できないよ。

 しかもナギちゃんとアイリちゃんもお風呂に誘っていた。その約束は一年前のことだけど、きっとそうするんだろうね。

 

 そして、ノコちゃんがパーティに入った。

 もちろんノコちゃんのことはワニノコの姿だった時から仲間だと思っていたし、大好きだ。

 でも……なんか嫌な予感がした。

 性格とかも全然違うのに、なんかレッドちゃんとすごい似てると感じた。お兄さんから荷物を受け取って自分で背負っている姿を見て、それ自体には何にも変な事はないのに冷や汗が出てきた。

 ドリームランドにいた時は何ともなかったけど、よく考えたらあっちではお兄さんの後ろにくっついて回っていて……お兄さんもそれを認めていた。

 そしてノコちゃんを迎え入れたあの朝、お兄さんに対して向けていた目。向けられている本人はうんうんと頷いているだけだったけど。

 本当はモヤモヤして、ムカムカして、置いてけぼりにされているような気がした。

 

 だから私も、一歩を踏み出してみようと思った。

 

 ──ポスッと、胸の中に小さく飛び込んできたホシノを抱き止める。

 いやあ、何の話かとドキドキしながらテントで待ってたけど変な事を言い出すモンだからびっくりしたぜ。

 俺の胸に顔を埋めてるホシノはつまり、俺からの扱いが雑な事に不安感を覚えていたらしい。

 そんなつもりは無かったんだけどな。

 

 ホシノと出会ってから2年ぐらいになる。

 様々な試練を乗り越えてきた。

 目的は変わらず二つだけれども、大事なものが増えた。

 プラプラしてるだけの大学生だった俺が背負うにはあまりにも重いもの。

 命と、信頼。

 

 ポケモントレーナーとしてこの世界を駆け抜ける。

 そう決めたからこそ俺はここまできた。

 駆け抜けて駆け抜けて……変わらずポケモントレーナーとしてありたいと思っている。

 だけど、俺はすこしずつ変わっていた。

 それを今、ひさしぶりに自覚させられる事になるなんてな。

 現代にいた時の、惰性で生きているだけの俺のままでは、とてもやっていくことなんてできなかった。

 肉体の話でもあるけれど、それよりも重要なのは俺の精神性だった。

 必要なことだったと思っている。

 失くしたのとは違う。

 先に進んで踏み越えていくために、俺の一部は捨ててきた。

 つまり、俺は前よりも「しっかり」している。

 

 必ずしも悪いとは言わない。

 一般的にはしっかりしていた方が良いのは言わずもがなだし。

 でも、ホシノとレッドに対する気持ちを強く持っていればよかったあの頃とは違う。

 アイリ、ナギ、ノコも同じように大事だ。

 そして、人数が増えた分だけ俺の時間は減るわけで……その歪みが今、こうしてホシノを不安にさせる結果につながっていた。

 無言でこちらを見上げているホシノの髪を撫でる。

 俺が以前に買った、サクランボの髪留め──いや、クラボの髪留めか──を付けている。

 まだ壊れてなかったんだな。

 撫でる度に気持ち良さそうに目を閉じるホシノは、先ほどの不安気な表情ではなくなっていた。

 

 それはそうと、明らかにおかしい。

 抱きついているだけだったのが、もはや半分くらい俺のことを押し倒している。

 潤んだ目つきが俺のことを捉えて離さない。

 何かの覚悟を決めたような雰囲気を感じる。

 そう、何のことか分からないけど! 変な事をしようとしている! 

 

 上に覆い被さったホシノの唇から、静かに言葉が絞り出された。

 

「お兄さん……」

 

 ホシノ、一旦落ち着いた方が──

 

「私は落ち着いてるよ?」

 

 落ち着いてるなら尚更……何でいきなりこんな事をするんだ? 

 

「うへ……言わなきゃダメ?」

 

 …………いや、分かってるさ。

 

「一緒にいるようになってから……もう2年だよ〜?」

 

 少し、遅すぎたか? 

 旅が終わるまで、なんて考えてたんだけど……

 

「待ちくたびれちゃったかなあ……あんまり放っておくとって、言ったのにさ〜」

 

 ……ごめん。

 そうだな、2年って長いよな。

 

「うん」

 

 もはや鼻先がつくような距離にまで迫ったホシノは、はにかんだ。

 オッドアイが、熱を帯びたように潤んでいる。

 

「お兄さんは私のお兄さんなんだから……全部、教えて?」

 

 ──喜んで。

 

 詰まるところ、年貢の納め時ってやつだった。

 

 

 ──────

 

 

 俺だって可愛い女の子とイチャイチャしてえんだよ……

 でもそれはそれとして進むべき道は決まっているので、完全に好き放題して良いわけでもないんだよな。

 逆説的に、旅の目標の邪魔にならない程度になら好き放題して良いとも思ってるけど。

 別に我慢とかじゃない、それぐらいで良いと思っていた。

 そもそも、こんな可愛い子達に囲まれてたらそれだけで十二分にリア充だし。見てるだけで体力回復するわこんなん。

 ただ、相手がそれで満足してるかは別問題で……してなかったらしい。

 俺も嫌なわけじゃない、むしろそういうのは好きだ。

 でもさあ……このパーティは六人パーティなわけでさあ……テントをたたんで出発したんだけどさあ……朝からホシノが歩き辛そうにしててさあ……流石に忍びないからだっこしてさあ……視線がすごくてさあ……リザードンも「お前さあ……」みたいな目で見てきてさあ……

 八方塞がり、孤立無援、五里霧中、四面楚歌、焼肉定食、販売中止、デスマフィンなわけなんだよね……

 

「えへへ……へへ……うへへへへ」

 

 腕の中でニマニマして頬っぺた抑えてるおじさんはそんな事、微塵も気にていないようだ。

 …………どう考えてもこれからのみんなとの関係が微妙な感じに! 

 

「全然そんな事ないと思うよ〜? 私達のこと、何にもわかって無いんだからも〜……うへへ」

 

 うへへ、じゃねえんだよ。

 見ろあの、かっぴらいた目で俺のことガン見してるナギ。話しかけようとした瞬間、千切りにされてご臨終だろ。

 

「えへへへ」

 

 だ、だめだあ! 

 いつもの5割増しで可愛いけど脳みそのcpuが5割も働いてない! 

 くそ、こんな空気をぶっ壊してくれる奴はいないのか! 

 

「ねえ」

 

 うわああああ!!! 

 

「ねえピカチュウ」

 

 なんだノコ! 

 

「子供が欲しいの?」

 

 え゛……それは……

 

「昨日……ちょっと覗いたんだ」

 

 あんまり感心しないぞ。

 

「ごめんね? ……でも僕も、子供産めるよ?」

 

 お前は何を言ってますのん!? 

 これ以上場をしっちゃかめっちゃかにするな! 

 あと俺は子供が欲しいわけじゃ……

 

「そう……なの?」

 

 ホシノが不安そうに俺のことを見上げて来てるううう! 

 逆にこの段階で子供できたら旅とかどうするんだよ! そりゃあ、流れでしちゃった俺が言っても説得力無いけどさ! それは置いといて、子供を作るのは早くね!? 

 

「私くらいの歳で子供いる人もいるよ?」

 

 いるよ、じゃねえから!! 

 異世界の生々しい事情なんて知りたく無かった……! ポケモンはCERO:Aのはずなのに! まさか開発のお茶目なフレーバーテキストの影響が……おおきなきんのたまってこと!? 

 

「ピカチュウ、さっきから何言ってるの?」

 

 大体、ノコもノコだしホシノもホシノだ! 

 子供はそんな思いつきで作るもんじゃない! 

 

「思い付きじゃないもん!」

 

 ずっと子供欲しかったってこと!? 4歳なのに!? それもおかしいだろ! 

 ……ホシノも! 昨日はともかく、避妊もできないのに節操無くなんてのもダメだからな! 

 ……何で俺は異世界にきて保健の授業をしなきゃいけないんだ? 

 

「でも私、ピル飲んでたよ?」

 

 ……ピル!? 

 ピルあったの!? 

 ていうかお前……最初からそのつもりだったのか!? 

 

「うへへ……」

 

 うへへ、じゃないから。

 可愛いのが腹立つ。

 この策士め。

 

「子供を作るとか何とか……随分楽しそうな話してるわね」

 

 おいナギ! お前もコイツらを落ち着かせるの手伝ってくれ! 

 

「落ち着いてないのはあなたよね。それにしても……あなたが最初なら、腹は立つけど……納得よね」

 

「ごめんね?」

 

「……負けたみたいだからやめてちょうだい?」

 

「おじさんみたいなちんちくりん、相手にしてくれるか不安だったけど……お兄さんはちゃんと──えへへ」

 

 それは違くね? 

 俺はホシノのかわいいところや良いところをちゃんと知ってるし、そもそもホシノを前にして興奮しないやつとか男じゃないから。

 

「お兄さん……」

 

「目の前で惚気るのもやめてくれるかしら?」

 

 

 ──────

 

 

 昼休憩、ここからは女の子同士の話だとかで隅っこに追いやられた。

 声が聞こえないように遠くへ行けとのご命令に従い、450番どうろから外れた場所にある池を覗き込んでいた。

 

 ハスボーがプカプカと浮かんでこちらを見て来る。

 看板にはなんか描いてあって、文字は読めないんだけどピクトグラムから餌やり禁止だと読み取れた。

 でも、この人懐っこさから見るにプレイヤーどもはご飯をあげているらしいな。

 それは良くない。

 犬だって、中途半端に甘くするのが一番良くないんだから。本当に良くない。

 もう手遅れかもしれないけど、俺は餌あげないからな。

 だからそんなに見ても無駄だぞ。

 

「餌あげちゃダメですよー?」

 

 あげないよ。

 野生は野生、人は人だ。

 来ないならこっちからは行かない、それがポケモンとの関わり方だ。

 でも面倒なのが、ポケモンってのはただの野生動物とは違うから、来たら行くってのも時には必要。

 殴られ、噛み付かれ、斬られながらだんだん分かっていった。

 男探索ってやつ。

 ……誰? 

 

「あ、こんにちは!」

 

 こんにちは。

 えーと、君は誰かな? 

 発掘とか好きそうな格好してるけど。

 

「俺、ダイゴって言います!」

 

 ダイゴ……違うらしいな。

 何歳だい? 

 

「16です! あなたはポケモントレーナーさんですよね?」

 

 そうだよ、何か用でも? 

 俺は暇つぶしにこの池を眺めていただけなんだけど。

 

「ここらへんは古代モンスターが多く生き残っているので、有名な観察スポットなんですよ」

 

 カブトでもいたか? 

 ……いや、ハスボーしかいないけど。

 何か別のものが見えてらっしゃる? 

 

「ハスボーが古代モンスターですよ」

 

 マジ!? 

 ……いや、よく考えたらそうだな。

 オールドタウンで俺が経験した事やマタナキタウンで調べた事が正しければ、この世界はゲーム時間よりも遥か先。あの時代が神話となり、情報が朽ち果てるほどの時代だ。

 そりゃあハスボーだって古代ポケモンとか言われますわ。

 

「そ、それでですね……」

 

 うん? 

 

「ポケモントレーナーさんと、色々とお話してみたかったんです!」

 

 何で? ボーイミーツボーイに何の意味が? 

 

「オーキド博士に教えてもらったんです! 古代モンスターにめちゃくちゃ詳しいぞいって!」

 

 めっちゃおしゃべりじゃんあのジジイ……

 途中で情報打ち切っといて良かったわ。

 というかオーキド博士と知り合いとか、もしかして君ってけっこう凄い人? 

 

「これでも、一時期はオーキド博士の助手として働いていたんです! 勝手に着いていくなって、幼馴染には怒られちゃいましたけど……」

 

 たははは……と頭を掻く姿からはアオハルを感じた。

 もしかして幼馴染は女の子かな? 

 

「ええ、まあ……」

 

 それで……古代モンスターがなんだって? 

 

「まずはこのハスボー!」

 

 ハスボー? 

 ハスボーについてなんか話す事ある? 

 無いよ俺、ハスボーの情報なんか。

 

「いやいや見てくださいよ! この、生き残る事に特化したフォルム! 水面にプカプカ浮いて自分を草だと騙す。自分だけなら天敵が過ぎ去るのを待つ! まさに弱者!」

 

 うん。

 

「進化してハスブレロになったら、浮いて草のフリをするのは変わらない。でも、天敵が近付いてきた時に…………あっ! ほら、あれ!」

 

 ハスブレロが水面下からダマグモに飛びかかる瞬間をちょうど目にすることができた。お互いみずタイプのポケモンだからか拮抗していたが、加勢してきたハスボーの群れを前にしてなす術なく倒れた。

 ぐしゃぐしゃになったダマグモに群がるポケモン達。

 

「どうです!?」

 

 いや、ルンパッパは? 

 ハスブレロまではそれで良いんだけど仲間はずれはやめたげて? 

 

「ル、ルンパッパ? ルンパッパは絶滅してるので……」

 

 いや、ハスブレロいるじゃねえか。

 あの頭のハスを見たら分かるだろ。

 

「確かに近縁種ではありますけど……もうず──っと、目撃されてませんよね」

 

 辛うじて動画記録があるくらいで……とか言ってるダイゴくんに違和感を感じる。

 近縁種……? いや、進化先だけど……と思いつつも、オーキド博士と一時期旅をしていたと言われると俺も弱い。別に研究者とかじゃ無いし、この世界ではもしかしたらルンパッパは近縁種なのかもしれない。

 

「でもルンパッパなんて単語がスッと出て来る人、今時いませんよ! やっぱり詳しいんですね!」

 

 詳しい……うーん、詳しい……

 まあ、めんどくさいからそれで良いか……

 

「あ、ほらあれピカチュウ」

 

 ピカチュウ!? 

 驚きすぎて振り向きの勢いで首を痛めかけた。

 でも確かにピカチュウがいる、群れで。

 浅瀬で毛繕いをしているようだ。

 なんだかんだこっちの世界でピカチュウ見たのって初めて……か? ドリームランドにはいたけど。

 

「ピカチュウも近縁種のライチュウが絶滅していますし、生き残った種族と絶滅した種族の違いは何なのかってのも凄い気になりますね」

 

 ふーん……ドリームランドのダンジョンにライチュウがいなかったのも同じ理由なのかな。

 それにしてもピカチュウ可愛いなあ……

 しばらく眺めてたら群れもこちらに気付いたのか、耳を立ててこちらを見ている。

 警戒されてる? 

 

「ピカチュウは仲間意識が強いので、危険だと悟ったらすぐに逃げられるようにああしてるんですよ」

 

 へー、普通に解説がありがたい。

 痒い所に手が届くわ。

 ……あれ、なんか少しずつ近付いてくるな。

 これはどういう行動? 

 

「近付いて来るのは餌だと思われたか……仲間だと思われたか、だと思いますけど」

 

「ピカ!」

 

「ピカピ!」

 

「ピッカァ!」

 

「ピカ!」

 

 なんか纏わり付かれてるんだけど……これはあれか? 蛇が餌を食べる前に巻き付く的な。

 

「いや……仲間だと思われてるみたいですね」

 

 ほーん……

 

「ピカ!」

 

 一匹持ち上げてみたら、元気よく手を挙げて挨拶してくれた。

 こんにちは、ピカチュウ。

 

「ピカピカ、ピッピカピ……ピーカピーカ!」

 

 こうしてるとピカチュウの知能がだいぶ高いことがわかるな、明らかに話しかけてきてるし。

 肩に乗っけてみると、意外とその場所を気に入ったのかうまくバランスを取って乗り続けている。

 近付いてきた他のピカチュウ達も俺の体をよじ登り始め、全身ピカピカのピカチュウ人間になってしまった。

 

「すごい懐いてますねえ……ピカチュウと縁があったり?」

 

 縁……まあ、間接的な縁ならいくつか。

 

「かくいう僕も地域毎のピカチュウの差を調べたりしてましたから! 縁もありますよ!」

 

 楽しそうだな。

 俺も家の中にいるよりはそういうフィールドワーク系の方が好きかもしれない。

 

「──ですよねですよね! いや〜、やっぱ分かってるな〜! 今時はみんな旅なんかしたがらないんですよ」

 

 勿体無い、こんなに不思議で面白い世界なのに。

 でも……慣れたら不思議でも何でも無いのか? 

 

「そんな事無いですよ! 日々謎は増えていくばかりです! 一年前、オールドタウンで起きた出来事だって全く解明されていないんですから!」

 

 そなの? 

 

「そうなんです! ……実際、ポケモントレーナーさんは何か知ってるんじゃないんですか? というか当事者ですよね?」

 

 シラナイ。

 

「えぇー本当ですかー?」

 

 ポケモントレーナー、ウソツカナイ。

 

「くっそー、そのうち絶対聞き出してやる!」

 

 頑張れな。

 ところでダイゴ君はどこに向かっている最中だったんだ? 

 

「俺は故郷に向かってるんです」

 

 グレンタウン? 

 

「はい!」

 

 良ければ、どんな街か聞かせてもらっても良いか? 恥ずかしながら地理的な情報を持ってなくて。

 

「それじゃあまず──」

 

 説明しながら、グレンタウンのとんでもなく上手な絵を地面にガリガリと描いていくダイゴ。

 

「東西4km、南北8kmの細長い形で、街の東から伸びた451番どうろが450番どうろに接続する形になってます。今はだいたいこの辺りですね」

 

 グレンタウンは島じゃないのか? 

 

「──説明しましょう!」

 

 うわ、びっくりした……ピカチュウ達もびっくりして背後に隠れちゃったよ。

 何をそんなに大きな声を出すことがあった? 

 

「元々は離れ小島だった第一グレンじま。繰り返される火山の噴火で新しくできた第二グレンじま。最後に、巨人が運んできたと言われている第三グレンじま。最終的にそれらがくっついてできたのが大グレンじまです! そして大グレンじまは最終的に大陸とくっついてグレン半島になりました。グレンタウンとはつまり、大グレンじまの事を指していると言っても良いでしょう!」

 

 ほえー。

 

「巨人が運んできたというのも、信じられない話ではありますけどちゃんと証拠などが見つかっているんですよね」

 

 へー。

 

「第三グレンじまだった場所の地質調査を行った結果、なんと! 全く違う地方にしかない鉱石が見つかったんです! しかもそれは、プレート運動でも説明できないような場所からの移動だったことも分かっています!」

 

 ほうほう。

 

「しかも、解析できない物質がこびりついた巨大な凹みがあるんです! 手の形をした!」

 

 ふーん。

 

「日夜、その物質の研究が行われているんでしょうね」

 

 凄いな。

 本当に研究者なんだ。

 

「はい! 俺は将来、世界に名を残すような人間になるんです!」

 

 凄いな。

 本当になれそうだ。

 

「……ポケモントレーナーさんは既に後世に語り継がれるような方ですけど、2年より前は全く名前が出てきませんよね」

 

 まあ、2年前まではポケモントレーナーじゃなかったし。

 

「なるほどなるほど……じゃあ記憶喪失になったのが2年前というのは本当なんですね?」

 

 そうだな、以前は平凡な人間だったはずだ。

 

「家族とかは?」

 

 消えた。

 

「……なるほど」

 

 ついでに故郷も消えた。

 

「ご、ごめんなさい……」

 

 何でどいつもこいつも深刻そうな顔をするんだ。

 消えたって表現が良くないのか? 

 もう少しマイルドに……ほぼ確実に帰れない、とかで良いか。

 

「その……言及し辛いです」

 

 ジャンプしたら壁抜けで案外帰れたりするかもしれない。

 

「…………ははは……記憶喪失前も絶対普通じゃないですね」

 

 ところで、ピカチュウはいつまで群がってるんだ。さっきから俺の体に静電気がとんでもなく溜まってて鬱陶しい。

 

「ピカチュウは人類に対してそこそこ友好的なモンスターなので、しばらくはそのままでしょうね」

 

 

 ──────

 

 

「あ、帰ってきた〜」

 

 ダイゴくんは一足先に幼馴染のところへ行くらしい。上空を舞っていたボーマンダの背に乗って飛び去った。

 好きなんすねえドラゴンが。

 俺も好き。

 トコトコと駆け寄ってきたホシノを抱き締めると、柔和な笑みを見せる。

 何の話してたんだ? 

 

「うへ……共有財産の話かな〜」

 

 あー……スパイクタウンで金もだいぶ増えたからな。一時期はひもじくてひもじくて、野生ポケモンがいなきゃ餓死してましたよホンマに。

 

「そうだね〜」

 

 機嫌良さそうだけど、そんなにあるのか? 

 金が。

 

「うん? ……まあ、ぼちぼちだよねえ」

 

 ふーん、じゃあ俺のお小遣いももう少し増えたり? 

 

「それはダメ」

 

 きびしっ。

 ……おっ、レッドも来た。

 

「──ピカチュウ!」

 

 俺の後ろに着いてきたピカチュウに気付いたレッドは、らしからぬ興奮を見せ、群れに突っ込んですっ転んだ。

 ピカチュウは逃げないから、落ち着いてくれ。

 怪我してないか? 

 

「うん」

 

 服や鼻先についていた土を軽く手で払う。

 普段は落ち着いてるのに、いきなり突撃するキライがあるからな。

 ほら、じっとしてろ。

 顔にまだ汚れがついてるから。

 

「むぐっ……お兄さんもピカチュウの毛が付いてるよ」

 

 え? 

 

「ほら、ここ」

 

 あ、本当だ…………ってめっちゃついてる!? ホシノ、何で教えてくれないんだ!? 

 お前の服にも付いちゃってるじゃん! 

 

「え?」

 

 全然気付いてねえし……

 やっぱちょっとアホの子になってる! 

 

 静電気のせいで取れない毛に苦戦している間、レッドはピカチュウを一匹一匹じーっと観察していた。

 ホシノはまたナギ達のところに戻って楽しそうに話している。

 毛を取り終えたら隣に座って、一緒にピカチュウを観察する。

 

 探してるのか? 

 

「うん……でも、やっぱりいない」

 

 そんなにすぐに分かるのか? 

 

「……ピカは目も頭も良いの」

 

 そうだよな、前も言ってた。

 

「絶対に攻撃は喰らわないし、急所も外さない」

 

 凄い、俺が対戦相手なら台パンしちゃう。

 

「私が何もしなくても相手の指示を見切って、全ての動きが最善だった」

 

 ……やっぱり天然の6V個体かな? 

 

「最初はピカに色々教えてもらったんだ。それに、リザードンと出会った時もまだピカがいたよ」

 

 その頃はこんなちっちゃくて──なんて、指と指の隙間を見せて来る。

 いや、プランクトンじゃないんだから……

 ヒトカゲだから小さいのはわかるけど。

 

「いつか……お兄さんにも、会わせ、たい、な……」

 

 近寄ってきたピカチュウの身体にぽたりぽたりと雫が垂れていく。不思議そうに見上げたピカチュウを撫でる手は震えていて、その思いを強く物語っていた。

 小さくしゃくりあげる背中を、軽く摩る。

 野生のピカチュウと触れ合った事で、レッドが長い間我慢していた気持ちが溢れ出して来る。

 

「どこにも…………いない、の……」

 

「ずっと、探し、てる、のに……」

 

 自らの半身を失った痛み。

 それは、癒すにはあまりにも長い時間がかかる。

 俺にとってはホシノを失った事を意味するソレは、想像するだけで悲しみの影が心にかかるほどだ。

 

 俺にはレッドの気持ちは分からない。

 ピカチュウの代わりにもなれない。

 なる気も無い。

 ただ、絶対にピカチュウを見つけ出す。

 忘れたことは無い、レッドを仲間に加えてから今まで俺の中で一貫している願い。

 それを叶える気持ちがふわりと強くなった。

 

 

 ──────

 

 

「レッドさん、とても悲しそうです……」

 

「そうね……」

 

 物陰から見つめるのは旅の仲間たち。

 レッドが心配で、こっそり見守っていた。

 

「レッドちゃん……」

 

 全てが動き出したあの街、フルオカタウンで青年と最初に出会ったのはホシノで、次がレッドだった。

 そして、旅を始めたキッカケはホシノではなくレッドだった。

 ポケモントレーナーが何度か偶然レッドと遭遇し、ピカチュウの存在に触れた。

 何か手掛かりを知っているんじゃないか。そんな、藁にも縋るような思いで、断られるのも承知で彼に対してレッドは頼み込んだ。

 それで、旅の目標を掲げたのだ。

 

 そこら辺の事情をナギもアイリも、最近加わったばかりのノコもある程度は把握している。

 そして青年との絆を知っているからこそ、レッドが青年にあれだけ懐いているのも、それこそ一緒にお風呂に入りたがるのだって理解は出来た。

 

 ただ、自身にしがみつくレッドを、覆い被さるように強く抱き締め、優しく話しかける青年を見て、あれはズルいと四人ともが感じた。

 レッドではない。

 青年が、だ。

 弱っている時にあんな事をされたら、離れられなくなるに決まっていた。

 ただ、それを彼に聞くと決まって、これもコミュニケーションだな、などと宣う。

 頭にウジでも詰まっているに違いない。

 もう少し乙女心というものを勉強した方がいい。

 

「ピカチュウ……何でどこにもいないのかしら」

 

 手がかりのあったグズマと違い、ピカチュウに関する情報は無い。

 ピカチュウは種族名である以上、探していると公表したところでまともな情報など集まるわけもない。

 むしろ、謝礼目的で嘘の情報が集まる可能性の方が高い。

 しかし彼曰く、そのピカチュウが実在するなら、必ずこの世界のどこかで爪痕を残しているらしい。

 何でそんな自信満々なのか分からないけど、それが正しいなら、有名なピカチュウなどというものがいない以上、そのピカチュウは実在しないことになる。

 彼はそれを聞いても全く引かなかった。

 

「レッドがこの世界にいる以上、ピカチュウが実在するのは必然だ。これは俺の知識から来る話でしかないけど、そう間違ってはいないはずだ」

 

 一欠片の迷いも疑いも無くそう言い切る青年を、少しだけ表情柔らかに見上げるレッドが印象的だった。

 言い方に妙なモノは感じたけど、そう言われてしまえばもう彼の事を信じるしかない。

 常識を知らず、非常識を知っているのがポケモントレーナーという存在で、そんな彼に着いてきたから今があった。

 

 ただ、肝心のピカチュウは見つからない。

 それだけが不思議で仕方なかった。

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